魔人と剣聖3
ブロキュスの迷宮の地下五階層を進むフォルトたち一行は、精鋭部隊と共に、地下六階層に下りる階段を発見した。
かなり広い空間となっており、魔物の死骸の一部が散乱している。
奥に続く通路は無いので、ここが行き止まりのようだ。また動いている魔物はおらず、六階層から上ってくる気配もない。
安全確保も兼ねて全員で入ると、ヴァルターが声を上げた。
「到着したぞ! 出入口を固めて休憩に入れ!」
「「はいっ!」」
精鋭部隊の目的は達成している。
階段まで来る間に、大量のアンデッドを間引きしていた。
その起点になったのが〈剣聖〉ベルナティオだ。途中で襲ってくる凶暴な魔獣も、彼女であれば一刀両断だった。
流れるような洗練された動きに、フォルトは感嘆の息を漏らしたものだ。
「フォルト殿。助かりましたぞ」
「いや。俺たちは何も……」
ヴァルターは感謝の意を示しているが、フォルトたちは何もしていない。
ベルナティオに怒られてからは、一回も戦っていないのだ。ちょっとした嫌がらせで、彼女に身体強化系魔法を使ったぐらいである。
戦闘が終わると睨まれてしまった。にもかかわらず怒鳴られず、嫌がらせと思われていないようだ。
戦闘の支援であれば、精鋭部隊からも受けるので当然か。
「本当に四人で行くのか?」
「うむ。ヴァルター殿たちとはお別れだ」
「五階層以降はよく分かっていないぞ」
「まぁ行けば分かるだろ」
「ローゼンクロイツ家なら平気だろうが……」
「それよりも、だ。休憩したら地上に戻るのだろ?」
「作戦ではそうなっている」
「なら、地図をいただけるか? 俺たちも目的を達成したら戻るからな」
「そ、そうだな。おい! 迷宮の地図を持ってこい!」
五枚の羊皮紙を受け取ったフォルトは、無造作にカーミラに渡す。
これは精鋭部隊の魔法使いが、念写の魔法で複製した地図だ。
ついでに、食料と水も補充させてもらった。松明などの消耗品は要らないが、ここまで来る間に減っている。
(うーん。転移魔法でもあれば移動は楽なのだが……)
こちらの世界に、転移系の魔法は存在しない。
ソフィアからは、そのような魔法は存在しないと聞いている。また悪魔のカーミラや眷属のニャンシー・ルーチェも、同様の答えだった。
無いものは無いと諦めているが、迷宮も五階層まで潜ると欲しくなる。
そんなことを考えていると、珍しくもベルナティオから声を掛けられた。
「おい、きさま」
「どうした? 俺たちと離れられて嬉しいだろ」
「そのとおりだな」
「まぁ地上に戻るなら気をつけることだ」
「戻る? 誰がだ?」
「ティオが」
「だから、私を愛称で呼ぶな!」
「ベルナティオが」
「ちっ。私も一緒に六階層に行くぞ!」
「はい?」
(この〈剣聖〉様は、何を言っているのだろう。精鋭部隊の任務は終わりだろ? 皆と一緒に戻るのではないのか?)
小首を傾げたフォルトは、再びベルナティオに睨まれた。
可愛い少女がやるなら絵になるが、おっさんだと気持ち悪かったか。嫌われているのは理解したので、それなら近寄らなければ良いと思う。
「地上に戻らないのか?」
「アンデッドばかりでは修行にならんのだ」
「なるほど。で、俺たちについてくると?」
「仕方なくな」
「ふーん」
「な、何だ?」
「まず、きさまと呼ぶのを止めろ」
「きさまなど、きさまで十分だ!」
「少人数での行動だ。その態度ではなあ」
迷宮に一人で潜るのは自殺行為で、それは〈剣聖〉でも同じこと。
六階層以降は外していない罠もあり、魔物の強さも分からない。だからこそ、フォルトたちと一緒に行きたいのだろう。
別に構わないのだが、あまり横柄な態度だと、身内の三人が怒る。
「確か……。フォルト・ローゼンクロイツだったな」
「うむ」
「フォルトでいいか?」
「愛しいフォルト様だ!」
「なっ!」
「冗談だ。フォルトで構わん」
「くそっ!」
「俺たちについてくるのは、ティオだけか? フィロとやらは?」
「精鋭部隊の斥候だぞ。私の我儘に付き合わせられん!」
俺たちなら良いのかと思うが、それは置いておく。
フィロも一緒ならウサミミを愛でられるが、確かに精鋭部隊が困るか。
実に残念だが、目的を達成すれば地上に戻るのだ。フォルトを怖がっていると聞いており、迷宮の外なら誤解も解けるかもしれない。
誤解と言っても、理由すら分からないが……。
「まぁいいだろう。だが、お前は名前が長い。面倒だからティオと呼ぶ」
「くっ! 仕方がない。言い争っていても先に進めん!」
「そういうことだ」
「迷宮の中だけだぞ!」
「分かった分かった」
これで、ベルナティオがついてくる。
道中で警戒心が減れば、もっとお近づきになれるだろう。
ただしフォルトは引き籠りの中年男性で、ホストのシュンではないのだ。女性を口説くことなどできず、手に入れる算段はついていない。
嫌われているよりはマシ、といったところだ。
ともあれ彼女はその旨を伝えに、フィロのところに戻った。と同時に、カーミラ・マリアンデール・ルリシオンが傍にくる。
「フォルトぉ。あいつを連れていくつもりなのかしらあ?」
「一緒に行きたいらしいからな」
「身内にしたいのでしょ?」
「身内かどうかは……。だが、おっさん親衛隊には入れたい!」
「同じことよ。レイナスだって、玩具から身内になったのだしね」
「あ、はは……」
マリアンデールとルリシオンは、身内が増えることを気にしない。
フォルトの身内になった者は様々だが、自身で口説いた女性はいない。レイナスは拉致からの調教、他は彼女たちから望んで身内となった。
はっきり言って、ベルナティオがそうなるとは思えない。
「御主人様。あの女が一緒だと、色々と知られてしまいませんかぁ?」
「そうか?」
「マッピングはしますけどぉ。召喚した魔物を先行させますよねぇ?」
「あ……。バレた?」
「えへへ。御主人様の考えてることは分かりまーす!」
「いやあ。行き止まりとか、もう勘弁してほしいからな」
フォルトは手加減の練習を兼ねて、召喚魔法を使わずに進んできた。
有用性は高いので召喚したかったが、魔力を温存している。
迷宮では、魔力の回復手段がない。いや。普段からないのだが、自然回復に任せるしかないのだ。
魔人として魔力は膨大にあるとはいえ、貧乏性が顔を出している。
「知られると言っても、弱い魔物なら構わないと思うわあ」
「そ、そうだな! そうするか」
「貴方は調子に乗ると、強い魔物を召喚するでしょ」
「そ、そんなことはないぞ!」
「あるのよ。まったく……。弱い魔物ね!」
「わ、分かった」
アラクネでも召喚しようと思っていた矢先、姉妹に釘を刺された。
以降は雑談を交わしていると、精鋭部隊は撤収の準備を始めた。ならばとフォルトたちも、地下六層に下りるために動きだす。
「俺たちも行くとするか」
「はあい!」
「そうねえ。さっさと終わらせたいわあ」
「六階層にミノタウロスがいればいいけどね」
そしてフォルトは、フィロと会話しているベルナティオに視線を送る。
一緒に行くと言っていたので、無視して六階層に向かえば怒るだろう。
「ティオ。あの人は危険よ?」
「そうか? 危険なら斬り捨てるだけだ」
「一緒に行かないほうがいいよ」
「さすがに一人では行けん。まぁすぐに戻る」
「で、でも!」
フォルトからは、二人の会話が聞き取れない。
準備はとっくに終わっているので、彼女たちに近づいた。
「ティオ! 早くしろ!」
「だから、私を愛称で……」
「迷宮でなら呼んでもいいのだろ? いいから行くぞ!」
「ちっ。分かった」
「ティオ……」
「フィロはヴァルター殿たちと地上に戻れ」
「う、うん。本当に気をつけてね」
「心配性だな。」
「ティオ!」
「急かすな! いま行く!」
フォルトが二人の会話を遮ったので、またまたベルナティオに睨まれた。
兎にも角にも、これで六階層に向かえる。最後はヴァルターに挨拶をしてから、五人で階段を降りていくのだった。
◇◇◇◇◇
ブロキュスの迷宮、地下六階層。
相も変わらず、人工の通路が続いている。だが上層よりも分岐点が多く、まさに迷宮である。扉も設置されており、今までの階層とは構造が違う。
「この迷宮も半分を越えたな」
「きさまは何者なのだ?」
「きさま、ではない! 愛しのフォルト様だ!」
「………………」
「ま、待て! 刀を抜くな! 冗談だ!」
「ちっ」
ベルナティオに冗談は通じないようだ。
フィロと何を話していたか分からないが、警戒心は更に上昇しているようだ。
それにしても、魔物や魔獣の数が少ない。地下六階層に出現するのは、五階層にもいた黒虎や鎧鼠。他には、迷宮蟻が棲息していた。
まだ遭遇していないが、迷宮女王蟻もいるだろう。
「気を張り詰め過ぎよ」
「何だと!」
「マリ……」
「楽なのだからいいじゃない」
マリアンデールから言われたとおり、フォルトは弱い魔物を召喚した。
その魔物を先行させて、通路に設置されていた罠に嵌めさせていたのだ。とはいえ鬼畜と言われると困るので、知能が無い魔物を召喚していた。
それがベルナティオのお気に召さないらしく、プリプリと怒っている。
「一家に一台スケルトン」
「何だそれは?」
「便利だろ? 消滅したところで気にしなくてもいいからな」
弱い魔物とはスケルトンだ。
地下六階層に下りてからは召喚しており、フォルトは斥候として使っていた。通路の先が行き止まりでも、文句を言わずに戻ってくる。また魔物や魔獣がいれば、こちらまで釣ってきてくれた。
本当に使えるアンデッドだ。
「カーミラよ。六階層は魔獣の巣だな」
「さっきもブラックタイガーちゃんでしたぁ」
「………………」
「そう怖い顔をするな。ティオには戦わせているだろ?」
「そ、そうだが……。こんなものは戦いではないだろ!」
「もっと肩の力を抜かないと疲れるだけだぞ」
「ちっ。誰のせいで力が入っていると……」
「何か言ったか?」
「うるさい!」
魔獣がスケルトンを襲っているところを、後ろから斬り捨てる。
実に簡単なお仕事だ。スケルトンは確実に犠牲となるので、獣人族や人間にはできない方法だろう。
これも、フォルトのゲーム脳で考えた戦術だった。
(弱いユニットで釣ってきてフルボッコ。シミュレーションゲームの基本だな。某MMORPGでもよくやっていた。うまく釣れない場合は死んでいたが……)
フォルトが日本で遊んでいたゲームには、釣り師と呼ばれる名人がいた。
大抵の場合はプレイヤーよりも、敵の移動速度が速く捕まってしまう。だが釣り師の名人は、味方の射程圏内まで釣ってくる。
そういったプレイヤーはフレンド登録して、よくお世話になっていた。
「もういい。きさまと来たのが間違いだ」
「そう言うな。まぁでも……。いるな」
「何が?」
「ミノタウロスだ。五階層で確認できた魔力探知の反応と同じだな」
「ほう。どの辺だ?」
「ちょっと! ミノタウロスは私の獲物よ!」
地下六階層も変わらず、ベルナティオからすると弱い魔物だ。
それがストレスになっているようで、彼女は戦いたいようだ。と言ってもマリアンデールの限界突破に必要な魔物である。
さすがに譲れるわけがない。
「ちっ。他にはいないのか?」
「うーん。同じ反応は一つだけだな」
「くそっ!」
「修業と言っていたが、なぜそこまで戦いたいのだ?」
「剣の道を極めるためだ」
「剣の道?」
「きさまには分からん!」
「そうか。愛しの……」
「ちっ」
デジャブのようだが、ベルナティオは再び刀に手を掛けた。
彼女とは戦いたくないので、これ以上の意地悪は止めようとフォルトは誓う。
「もう言わん。とにかく、ミノタウロスは俺たちの標的だから手を出すな」
「分かった。他にも探しておけ!」
「はいはい」
(まったく……。怒っていて取り付く島もないな。しかし剣の道、か。昔の剣豪のようだ。俺も何かの道を……)
ベルナティオのような精神と哲学の道を探しても仕方ない。
怠惰で三日坊主のフォルトには、何かの道があっても歩めない。などと思い直していると、ミノタウロスの反応が近くなった。
もう遭遇間近となったので、マリアンデールに尋ねる。
「マリ。強化魔法は何が欲しい?」
「要らないし、すぐに済むわ」
マリアンデールの視線は、ベルナティオに向いていた。
魔族。いや、〈狂乱の女王〉のプライドか。妹のルリシオンも強化をしていない状態にもかかわらず、ミノタウロスを一撃で仕留めていた。
ともあれフォルトは、彼女の雄姿を目に焼け付けようとする。一方的に終わるだろうが、それでも身内の戦闘を見ておきたいと思うのだった。
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