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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十三章 フェリアスの空
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魔人と剣聖2

 ブロキュスの迷宮、地下五階層。

 アンデッドだけだと聞いていたが、通路の奥まで向かうと違った。ミノタウロスと同様に、地下六階層以降からはぐれた魔物がそれなりにいる。

 腐肉でも食する魔獣がほとんどで、餌を求めて階段を上ってきたか。



【マジック・アロー/魔力の矢】



 精鋭部隊と合流したフォルトは、初級の無属性魔法を放った。

 その目標となったのは黒い虎で、ブラックタイガーと呼ばれる魔獣だ。

 日本で知られる虎よりも二回りほど大きく、推奨討伐レベルは二十八である。ワイバーンには及ばないが、オーガやビッグベアよりも強い。

 普通は草原地帯に棲息せいそくするが、暗視能力を持つので迷宮にもいる。

 何にせよ通路に陣取っており、邪魔だからと攻撃したのだ。

 迷宮女王(あり)でマスターした――と思っている――手加減で、ブラックタイガーも一発の光弾で仕留めた。頭部を狙うのがコツだ。

 そして黒虎の近くには、一人の女性が震えながらたたずんでいる。


「き、き、き」

「き?」

「きさま! 邪魔をするな!」


 その女性は抜いていた刀を、遠くからフォルトに突き付けた。

 震えていたのは、ブラックタイガーが怖かったからではない。今もわなわなと震えており、その表情からも怒りだと分かる。


「邪魔と言われても……」

「さっきから、私が斬り捨てる前に倒すな!」


 この震えている女性は〈剣聖〉ベルナティオだ。

 最前線を担当する彼女は、フォルトが光弾を放つ前に飛び出していた。ブラックタイガーを斬り伏せようとしており、それを邪魔されたからと怒っている。

 魔法を主体とする自身としては、こちらに近づかれる前に討伐したい。だからこそ彼女の言葉は理解できず、首を傾げて尋ねた。


「なぜだ?」

「これでは修行にならん!」


(修行? 〈剣聖〉と呼ばれても修行とかするのだな。そこまで強くなっているのなら、もう隠居生活をしてもいいのではないか? 駄目なのか?)


 フォルトは魔人になったことで、自堕落な隠居生活に入っていた。

 現在は身内のために動いているが、基本的には森に引き籠っている。


「戦わないに越したことはないのでは?」

「それでは迷宮に潜る意味がない!」

「そ、そうか。難儀だな」

「何だと!」

「まぁまぁベルナティオ殿。被害がないのは幸いですぞ」


 二人が言い争いになりそうなところで、ヴァルターが間に入る。

 精鋭部隊の隊長として、迷宮内で喧嘩けんかをされたら困るだろう。大声で騒いでいれば魔物を呼び寄せ、精鋭部隊が命の危険にさらされるのだ。

 もちろん魔物の相手をしているので、常に命の危険を伴なっている。しかしながら無用な戦闘を続ければ疲労が蓄積して、思わぬ不覚をとってしまう。

 それについては、ベルナティオも理解しているようだ。


「ヴァルター殿がそう言うなら……」

「確かに余計な手出しだったようだ。では、危険なときだけ手伝うとしよう」

「私が戦うのだ。危険などない!」


 あおっているつもりはないが、ベルナティオは酷く絡んでくる。

 出会った当初から敵意を向けられており、それを改善しようとしていたのだ。女性に嫌われたくないのは本音だが、フォルトの下心が見透かされたかもしれない。

 彼女の桃尻に心奪われていたとはいえ、背中に目でも付いているのか。

 そう考えていると、カーミラに腕を引っ張られた。


「御主人様に向かって生意気ですねぇ。殺しますかぁ?」

「いや。あれも手に入れたい」

「さすがに無理だと思いまーす!」

「かもなあ。まぁ様子見だ」

「えへへ。いざとなったら調教しましょう!」


(魔人の力を使ったゴリ押しで勝てるのか? いや。もし勝てたとしても、彼女は自害してしまうような気がする)


 調教という言葉を聞いたフォルトは、レイナスを思い出した。だが〈剣聖〉のベルナティオは、彼女のようにはいかないだろう。

 人間の実力者であり、簡単には捕らえられないからだ。合流してからの戦闘を眺めていたが、早々に実力行使は諦めていた。

 本気の戦闘をしたことがないので、相手との実力差が読めない。エルフと同様に手に入れるなら、無傷の状態が良いのだ。

 自害など以ての外で、入手難易度は高い。

 今はピリピリと怒っていとしても、時間が経って落ち着けば、普通に会話をできるかもしれなかった。

 とりあえず話題を変えるため、姉妹に声を掛けた。


「はぐれたミノタウロスはいないか」

「そうねえ。下層に行けばいそうだけどお」

「貴方が面倒なら、私だけで行ってもいいわよ?」

「駄目だ! 俺の傍にいろ!」

「っ!」

「マリだけを行かせると、迷宮までも破壊するのではないか?」

「ちょ、ちょっと! 私を何だと思ってるのよ!」

「ははっ。冗談だ。せっかく一緒に来たのだから、最後まで一緒にな」

「ふ、ふんっ! せいぜい私たちを飽きさせないことね!」

「そうしよう」


 ミノタウロス以降のフォルトは、マリアンデールとルリシオンを下がらせている。今後も同様で、精鋭部隊の前で戦わせるつもりはない。

 それは、ゲーム脳からの判断だった。

 対人戦で重要なことは、相手の情報だと思っている。

 身内だと、カーミラを除けば最強の姉妹なのだ。ポンポンと戦わせて、情報を垂れ流すつもりはなかった。


「ところでカーミラ」

「何ですかぁ?」

「人間は、あそこまで強くなれるものなのか?」

「多分ですけどぉ。スキルのおかげだと思いまーす!」

「ほほう。レイナスの『素質そしつ』のようなものか」

「より上位のスキルですねぇ」


 はっきり言ってスキルは、無限にあると思って良い。

 いや。無限は言い過ぎかもしれないが、それでも多いことは確かだった。種族スキルや人物のみの特殊な固有スキルも存在する。

 すべてを修得することは不可能で、また把握もできないだろう。

 とりあえずフォルトは召喚魔法と同様に、「そういうもの」と割りきっていた。難しく考えても専門家ではないので、全容の解明などできないのだ。

 ともあれ精鋭部隊は、地下五階層の間引きを続けている。

 出現するのはアンデッドが多いので、ベルナティオであれば余裕である。休憩を入れたいときに、他の戦士たちと交代するぐらいだった。

 そして、地下五階層の奥まで進んだ頃。


「ティオ」

「きさま。私を愛称で呼ぶなと言ったはずだが?」

「だったな」

「ちっ。それで、何の用だ?」

「そう突っ掛かるな。俺は何もしていないぞ」

「ふん! フィロがきさまを怖がっている」

「ほう」

「フィロは危険感知ができる兎人うさぎびと族。だから、お前は危険なのだ」

「はい?」


 休憩を狙ってベルナティオに話しかけたが、何とも理不尽な話だ。

 確かにフォルトは魔人であり、全種族の敵だと認識している。しかしながら彼女たちは、その事実を知らない。

 見た目は人間のおっさんなので、危険と言われても困ってしまう。


「やれやれ。それだけで決めつけられても、な」

「きさまは魔族と一緒にいる人間だ。どう考えても危険だろ?」


 人間と魔族は、不倶戴天ふぐたいてんの敵同士。

 フォルトと姉妹のように、仲睦まじく行動することなどあり得ない。こちらの世界の一般常識であれば、人間を裏切った危険人物とも言える。

 もちろん裏切ったわけではなく、人間を見限っているだけだが……。


「そういうものか」

「きさま……。まさか異世界人ではないだろうな?」

「そうだが?」

「勇魔戦争を経験していない奴か」

「とにかく、俺をきさまと呼ぶな。フォルトという名前がある」

「きさまと仲良くするつもりはない。フィロにも近づくな!」

「ふーん」


(嫌われたものだな。アーシャのおっさん嫌いとは違うが……。しかし、近くで見るとりんとして格好良いな。やはりこれは……)


 〈剣聖〉ベルナティオ。

 日本のコスプレイヤーが、こぞって真似をしそうな逸材である。凛々《りり》しくも美しい剣士で、フォルトの憶測だが、彼女は二刀流かもしれない。

 腰に二振り差しており、予備とは思えない一品の刀だ。


「そうか? 俺は仲良くしたいがな」

「ちっ。いいから、あっちに行け!」

「やれやれ。またなティオ」

「だから、愛称で呼ぶなと……」


 苦笑いを浮かべたフォルトは、ベルナティオの抗議を聞かずに離れていく。

 彼女から嫌われている理由は分かったが、あまり不快感を覚えていない。要は警戒心からきてる話なので、大人として理解している。

 そうは言っても、警戒心を解くのは非常に難しい。また迷宮内での調教も現実的ではなく、今回は諦めたほうが無難か。

 嫌われようと面識はできたのだ。

 彼女は修行と言っていた。ならば、おっさん親衛隊と合同でやるように提案してみるのはどうだろう。

 そんなことを考えながら、カーミラと姉妹の近くに戻るのだった。



◇◇◇◇◇



 幽鬼の森にある聖なる泉。

 その畔にいるレイナスは、地面に横になりながら空を眺めている。聖剣ロゼを隣に置いて、日課の訓練で乱れた息を整えていた。


「フォルト様たちは、何をしているのかしらね」

「(平和ね)」

「そうですが、フォルト様がいないと寂しいですわ」

「(私は清々しているけどね!)」

「泉に捨てるわよ?」

「(ちょ! うそうそ! 冗談だって!)」

「まったく。ロゼも早く慣れなさい」

「(だって怖いんだもん)」


 聖剣ロゼと会話が可能なのは、使用者として仮免許を受けたレイナだけだ。

 ともあれ聖剣ロゼは、魔人のフォルトを怖がっていた。明確な理由は分からないらしく、どうも反射的だそうだ。


「あの魔人にすべてをあげちゃうなあ、と言ってましたわよね?」

「(私が人間ならね。人間じゃないもん!)」

「そ、そう」

「(確かに強いよ? 魔力量もハンパないわ! でもねぇ)」

「理由が分かれば良いのですけど……」

「(きっとレイナスが未熟だから、私の力を引き出せていないのよ!)」

「やはり捨ててしまいましょう」

「(うそよ嘘! あぁ泉に投げ込まないで……)」


 このやり取りも日常的になってきたが、自身が未熟なのは理解している。

 魔法は別としても、レイナスの剣技は自己流だ。

 そしてフォルトからは、魔法剣士を目指すように言われている。とはいえ正式な剣術を学ばなければ、今以上の成長は望めないかもしれない。

 聖剣ロゼの力を引き出せていないのは事実である。


「使えない剣は要らないと思いますわ」

「(つ、使えるようになってきたじゃない!)」

「本当に?」

「(そ、そうよ! この私が言ってるんだから間違いはないわ!)」

「実感がないのだけれど?」

「(後はレベルね。今はいくつだっけ?)」

「レベル? 三十二ですわ」


 レイナスはフロッグマンの自動狩りで、レベルを二つほど上げていた。

 ちなみにアーシャがレベル二十八で、ソフィアが二十三だ。


「(もうちょっとじゃない?)」

「でしたら、暫くの間は捨てないでおいてあげるわね」

「(レイナスは意地悪だわ)」

「ふふっ。なら、誰かに拾われそうな場所に……」

「(捨てないでよ!)」


 レイナスは考える。

 聖剣ロゼの話が本当ならば、レベル三十五から四十で認められそうだ。もう一息なのだが、レベルが上がりづらい。

 それは、フロッグマンが弱すぎるためだ。

 自身はレベル三十の限界を越えた先に進んでいる。おそらくは、生死を賭けた戦闘が必要だと思っていた。


「さて、テラスに戻りましょうか」


 笑みを浮かべたレイナスは、聖剣ロゼを握って立ち上がる。

 ホッとした声が聞こえたが、努めて無視した。にもかかわらず聖剣ロゼは、構って欲しくてずっとしゃべっている。

 毎度のことながら、本気で捨てようか迷う。

 そしてテラスでは、アーシャとソフィアが、ティータイムを楽しんでいた。ならばと聖剣ロゼを地面に放り投げて、彼女たちと同席する。


「レイナス先輩! お疲れさん!」

「アーシャ。お茶をいただけるかしら?」

「おっけー!」

「ところで、ソフィアさんにお尋ねしたいのですが?」

「何でしょうか?」

「捕らえたフロッグマンについて、ですわ」

「あ、そうでした。レイナスさんには伝えておきますね」


 闘技場で使う魔物や魔獣の件。

 おっさん親衛隊が捕らえたフロッグマンのボスだが、デルヴィ侯爵の下まで送らなければならないのだ。

 国境を越える条件として、商業都市ハンに送ることになっている。しかしながら面倒臭がりなフォルトは、幽鬼の森まで引き取りに来させる方針にした。

 ソフィアはその方針転換を、ハーモニーバードでバグバットに伝えている。


「こうなると見越していたようで、侯爵は担当者を送っていたそうです」

「はぁ……。フォルト様の性格が読まれていますわ」

「ふふっ。分かりやすいですからね」

「ですが、その担当者」


 あのデルヴィ侯爵が、フォルトに気を遣うわけがない。

 貴族社会を熟知しているレイナスは、その担当者こそ警戒する。

 そうは言っても思惑など一つであり、こちらの現状を知りたいのだ。とすると、幽鬼の森には入れないほうが良いだろう。


「バグバット様が許可を出したのです」

「あら。フォルト様が怒ると思いますわよ?」

「担当者を放置しておくと、勝手に向かうとか……」


 バグバットとの取り決めでは、幽鬼の森を立入禁止にしていない。

 アンデッドがいるので誰も立ち入らないが、その担当者は強者らしいのだ。放っておくと勝手に向かわれるので、監視として執事を付けたとの話だった。


「苦肉の策でしたのね」

「はい。侯爵との関係もあるので、これが精一杯だそうです」

「仕方ありませんわね。フォルト様は土地を借りている身ですわ」


 フォルトがいない中、レイナスたちが客人を迎えることになる。

 本来なら突っぱねたいが、バグバットとの関係を崩すほうが拙い。拠点を貸し出してもらって、屋敷まで頂いたのだ。

 良好な関係を維持しないと、愛しの主人に申しわけが立たない。


「ふふっ。すぐに帰っていただきますよ」

「それが無難ですわね。いつ頃に到着しますか?」

「明日らしいですよ」


 一抹の不安を覚えたレイナスは、アーシャの入れた茶を飲む。

 フォルトと連絡が取れない以上、留守番組でどうにかするしかない。ソフィアが言ったとおり、すぐにお帰り願えば良いか。

 これは、ちょっとした試練かもしれない。

 自堕落な主人は、常に傍にいた。だが、今は違う。怠惰を封印してまで、自分たちのために動き始めているのだ。ならば留守を預かる身として、今回の件を切り抜けなければならい。

 その思いを共有するために、ソフィア・アーシャと歓談を続けるのだった。

Copyright©2021-特攻君

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