魔人と剣聖1
精鋭部隊の前に現れたフォルトは、熊の耳が生えた男性に詰め寄られていた。
そして、この場にいる者たちは混乱している。マリアンデールの時間停止魔法の効果時間が切れたので無理はない。
突然の爆発が起こり、この場にいなかった者たちが突如として現れたのだ。
逆の立場なら、自分でも混乱する。
「なっ、何だ! お前たちは何者だ!」
「ローゼンクロイツ家だ!」
「いきなり現れやがって……」
「と、言われてもな。ミノタウロスを討伐されては困るのだ」
「なんだと!」
「た、隊長! そこの女は魔族です!」
「うるさいわねえ。私のことよりも、床に転がっている人を助けたらあ?」
「「ぐうぅぅぅ」」
ミノタウロスの下半身が直撃した戦士たちは、苦しさのあまり呻いていた。
防御に徹していたからか、一応は生きてはいるが重症を負っているようだ。もしも上半身まで残っていたら、彼らは死んでいたかもしれない。
その戦士たちに、ルリシオンは冷めた視線を送っている。
力がすべての魔族からすると、精鋭部隊の力量に拍子抜けしたか。
「何が何だか分からん! とにかく説明しろ!」
「説明、説明ね。ル、ルリ!」
「しょうがないわねえ。そこの熊男。私が説明してあげるわあ」
「任せた!」
「はいはい」
戸惑ったフォルトは、面倒な説明をルリシオンに丸投げした。
そして、隣にいるカーミラの腰を引き寄せる。と同時に周囲を見渡すと、精鋭部隊の中に珍しい人物を発見した。
(あれは……。ウサミミだとお! なんと珍しい。珍しいよな? 他は犬やら猫やら熊だしな。地上にいた獣人族でも見てないぞ)
「あぁ……。ちょっといいかな?」
「ひっ!」
「あ……」
ウサミミに釣られて話しかけようとしたが、フォルトを怖がっているようだ。
ビクっと体を震わせて、直立不動の姿勢になった。
遠くからだと分からなかったが、どうやら女性のようだ。少女のような顔立ちで、体の線は細い。片手に弓を持っており、狩人のような格好だ。
その周囲では、他の獣人族が警戒している。
ルリシオンと熊男が話しているので襲ってはこないが……。
「こ、来ないで……」
「きさま! フィロから離れろ!」
「な、何だ?」
ウサミミの少女は、フィロと呼ばれていた。
ともあれ彼女の後ろから、刀を持った女性が前に出てくる。フォルトに近づくとその刀を突き出して、鋭い視線を向けられた。
ポニーテールが特徴的で、年齢は二十代の後半か。
どうやら戦士ではなく剣士のようで、道着に近い服を着用している。またチェインメイルを着込んでいるのを、胸元から確認できた。
普段なら、顔の筋肉を緩めてしまう美人さんである。しかしながら彼女は血にまみれており、迫力のほうが先にきた。
「ティオ!」
「ティオ?」
「ひっ!」
「きさま! それ以上フィロに近づくと斬るぞ!」
「え?」
(こ、これは……。俺が悪者になっているのか? しかし今更だが、刀を突き付けられても怖くないな。魔人として慣れてきたからか?)
こちらの世界に召喚されてからのフォルトは、何人かの人間を簡単に殺害した。とはいえ、ここまで敵意を向けられたのは初めてだ。
日本にいた頃は、他人と喧嘩をしない性格だった。
昔であれば、確実に怯んでいただろう。
「きさま! 聞いているのか!」
「あぁ済まない。少し考えごとを、な」
やはり、人間から魔人に変わったことが影響している。
人間を見限ってからのフォルトは、加速度的に慣れていた。
自分は冷静なほうだと思っていたが、大罪の傲慢が影響しているようだ。今までの自分を振り返ると、納得をしてしまう。またゲームオタクの部分も大きく、何かにつけて状況を当てはめられる。
そのあたりが恐怖を和らげて、現在の自分を作り出していた。
(まぁいいか。難しいことを考えるのも限界だ。しかしこの女、ティオと呼ばれていたな? ティオ……。ベルナティオ。まさか〈剣聖〉か!)
「お前が〈剣聖〉のベルナティオだな?」
「そうだ。きさまは何者だ!」
「ル、ルリ?」
「熊の人と話してまーす!」
「そうだった」
「何をゴチャゴチャと……」
「この人からだよティオ! ピリピリと感じるのは!」
怯えているフィロは、ベルナティオの後ろから顔を出して何かを言っている。
残念ながらフォルトには、周囲が騒がしいこともあって、彼女たちの会話は聞こえなかった。
とりあえずルリシオンを頼れないので、すでに限界だが対応する。
「先ほど言っただろ?」
「馬鹿なのか? 反対側にいた私に聞こえるわけがないだろう」
「そ、そうか。俺はフォルト・ローゼンクロイツだ」
「ローゼンクロイツだと? では、あの女どもは……」
「マリアンデールとルリシオンだな。同じ説明を熊男にしていると思うぞ」
「知らん! しかし奴らが、〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉だと?」
「理解したか?」
「するか! まぁいい。一つだけ確認する。お前たちは敵か? 味方か?」
「今は味方だな。セレスには話を通してあるぞ」
「セレス殿、だと?」
「ま、待てベルナティオ殿! 援軍だ! 刀を収めろ!」
熊男との話が終わったようだ。
やはり面倒な説明は、ルリシオンに任せて正解である。もう一人彼女がいれば、ベルナティオも任せることができただろう。
姉のマリアンデールでは、フォルト以上に不適格だ。
「この人間の女が〈剣聖〉ね」
「そうらしい。ってマリ?」
「ふふっ。時間対策をしていることは褒めてあげるわ」
「お前が〈狂乱の女王〉か」
「会ったのは初めてね。噂だけは聞いているわ」
「こっちもな」
マリアンデールが進み出て、ベルナティオと向かい合う。
両者とも顔は笑っているとはいえ、目が笑っていない。緊張感が増しており、一触即発の雰囲気をビンビンに感じた。
フォルトは「ほらな」と心の中で納得して、カーミラと共に成り行きを眺める。
「あらあ。返り血を浴びちゃったなんて無様ねえ」
「ル、ルリ……」
「ふん! 〈爆炎の薔薇姫〉のせいでな!」
「あはっ! 避けられないのが悪いのよお」
「ちっ」
熊男から離れたルリシオンも、ベルナティオを挑発をする。
そこでフォルトは、久々にスキル『状態測定』を使って、三人を見比べた。
(ほう。人間の癖に強いな。さすがは〈剣聖〉ってところか。マリとルリのほうが上だが、大差は無いかもしれない。技術力が勝負を分けそうな感じだなあ)
スキル『状態測定』は、観察対象の生命力を可視化する。
ただし棒状の線が、相手の頭上に見えるだけだ。数値などは存在しないが、ゲーム脳のフォルトであれば、おおよその見当がつけられる。
仕組みが分からないので過信はせず、こういったときにしか使わない。
「ティオは勇者よりも強いのではないか?」
「気安く愛称で呼ぶな!」
「あ……。ま、まぁいいではないか」
「よくない!」
「ベルナティオ殿。今は言い争いなどしている場合では……」
「そ、そうだな。とにかく、ティオと呼ぶな!」
「はいはい」
熊男の仲裁が痛み入る。
ベルナティオはフィロを連れて、精鋭部隊の輪に混じった。続けてミノタウロスから受けた返り血を、布で拭き取っている。
暫くは話せそうもないので、フォルトは魔族の姉妹に声を掛けた。
「マリとルリは、〈剣聖〉と戦いたいのか?」
「別に……。でも泣き叫んで、命乞いをするところは見たいわね」
「あはっ! 私もお姉ちゃんと同じだわあ」
「ははっ。ところで……」
「それよりもお前たち。ミノタウロスを倒してもらって助かったぞ!」
フォルトが姉妹と会話していると、熊男が言葉を遮った。
少し偉そうな人物だが、それも当然か。
彼は精鋭部隊の隊長で、熊人族のヴァルター。他の討伐隊よりも先行して、地下四階層から五階層の魔物を間引きをしていた。
「あ、あぁ気にするな」
「被害は最小限で済んでいると思う」
「そうねえ。どのみち、ミノタウロスの突進は止められないわあ」
「ふふっ。上半身が無いだけ威力が下がったでしょ」
「そ、そうだな!」
ヴァルターは冷や汗をかいている。
彼にしてみれば魔族は隣人なので、敵対しているつもりはない。しかしながら、魔族の思想や姉妹の噂は知っているようだ。
二人には初めて会うので、少し緊張をしているのだろう。
「ところでヴァルター殿。あのウサミミ少女は?」
「兎人族のフィロだ。何か言われたのか?」
「俺が怖がられているのだ」
「本人に聞かないと分からんが、魔族だからじゃないのか?」
「俺は魔族ではないが……」
「確かに角が生えていないな。フォルト殿は人間か?」
「そ、そうだ!」
フォルトの見た目は、吸血鬼のコスプレをした人間のおっさんだ。
魔人だと知られたくないので、ヴァルターが勘違いしてくれるなら助かる。
「間違いを正しておくが、俺たちは援軍ではないぞ」
「違うのか?」
「ミノタウロスだけに用がある。ルリから説明を受けただろ?」
「姉妹の限界突破と聞いたが……」
「うむ」
ミノタウロスを討伐したはルリシオンであり、マリアンデールのカウントにならないのだ。もう一体必要なので、これから探さなければならない。
討伐自体は一瞬だった。しかしながらブロキュスの迷宮は入り組んでおり、討伐対象を発見するまでが遠すぎる。
これが限界突破作業の主旨なら、神々の「嫌がらせ」としか思えない。また限界突破とは、言葉どおりの意味ではないとフォルトは考えている。
何にせよミノタウロスはいたので、あと少しで帰れるだろう。
そう思っていると、ヴァルターが会話を続けた。
「もう一体か。だがミノタウロスは、もっと下層だと思うぞ」
「五階層が巣ではないのか?」
「はぐれた奴だろう。五階層はアンデッドしかいないはずだ」
「はぐれねぇ」
「セレス殿が許可したなら構わんが、俺たちと一緒に行かんか?」
「どういうことだ?」
「下層に下りる階段までだがな。魔物の間引きを手伝ってくれ」
「面倒だ!」
「階段を探すほうが面倒だと思うぞ? 一緒なら斥候を出せる」
残念ながら魔力探知だと、通路の行き止まりは分からない。
地下四階層からのマッピングも、カーミラが行っている。彼女に苦労を押し付けている自覚はあり、精鋭部隊の斥候が使えるなら有難い。
そしてフォルトは、ベルナティオとフィロに視線を向けた。
「カーミラはどう思う?」
「いいと思いますよぉ。好きにやっちゃってくださーい!」
「やっちゃってって……」
「えへへ。おっさん親衛隊も、あと二人ですねぇ」
満面の笑顔のカーミラは、本当に愛すべきシモベである。
フォルトのすべてを肯定して楽しませてくれる。シュン率いる勇者候補たちは五人だったので、おっさん親衛隊も同数にしようと考えていた。
そして、おっさん親衛隊に入れるなら……。
「いいだろう。一緒に向かうとするか」
「ローゼンクロイツ家の支援は本当に助かる」
「支援、ね」
とりあえず魔物の間引きに関して、フォルトは手加減を修得したと思っている。精鋭部隊に戦闘を見られても、人間の範疇で収められるだろう。
そしてまたここでも、家名がものを言っている。
自身が作り上げた名声ではないので、さすがに気まずくなった。同時に気恥ずかしさもあるので、マリアンデールの肩に手を置いて引き寄せる。
「ふふっ。貴方はお人好しね」
「旅は道連れ世は情けって言うだろ?」
「何それ?」
「済まん。ジジくさかったな」
日本のことわざは、こちらの世界の住人には通用しない。気恥ずかしさが増大したので、フォルトは口を真一文字に閉めた。
余計なことを言わず、ただ黙って身内を触っていれば良い。
「応急手当が済んだら出発するぞ!」
「「はい!」」
数十分後、ヴァルターの命令で討伐隊は出発した。
フォルトたちは精鋭部隊の中央に位置して、後をついていくだけだ。
最前線はヴァルターとベルナティオで、斥候はフィロが担当している。
吹き飛んで怪我をした戦士たちは、応急手当を終えていた。とはいえ戦いは無理なので、以降の戦力にはならないだろう。
(いい尻……。じゃない! おっさん親衛隊に入れれば、シュンを止めることができるか。いや。止めるというか瞬殺しそうだ。人間だしズルではないよな?)
フォルトの視線は、前方を歩くベルナティオの桃尻に向いていた。
同時に脳内では、おっさん親衛隊と勇者候補チームの戦力を比較・分析する。たとえ手に入れる可能性が低くても、脳内で妄想するのは自由だ。
もちろん、シュンたちと戦うつもりは微塵もない。おっさん親衛隊を結成するきっかけに過ぎず、他に比較できる相手がいない。
そして「はぐれたミノタウロスが出てくれないかな」と思いながら、魔力探知の範囲を広げるのだった。
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