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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十二章 剣聖
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(幕間)乱世の予感

 左右の壁に、本棚が並べられた部屋の一室。

 茶色いローブを着用した男性が、机の上に置いてある羊皮紙を眺めている。歳は二十代前半だろうか。また机には、豪華なつえが立てかけてあった。

 この男性の名は、ソル帝国の軍師テンガイである。

 そして対面には、黒コートを着用した三人が立っていた。


「首尾はどうでしたか?」

「はっ! ベクトリア王国が話に乗ってきました」

「盟主として立つと?」

「はい。とはいえ、我らが持ちかける前には……」

「ほう。すでに動いていたと?」

「そのようです」


 ベクトリア王国とは、エウィ王国の南にある小国群の一国だ。

 山岳地帯に囲まれており、小国ながら難攻不落とされている。エウィ王国の次に歴史がある国で、周辺の小国とは友好関係を結んでいた。


「南方小国群で参加予定の国は?」


 ベクトリア王国の周辺に栄える小国は、以下のカルメリー王国・サザーランド魔導国・サディム王国・ラドーニ共和国・ライラ王国。

 つまり南方小国群とは、この六カ国の総称である。

 そしてベクトリア王国は、南方小国群の中で一番の国力を誇っていた。


「ベクトリア王が予定していたのは、カルメリー王国以外の国々です」

「その国は、エウィ王国の属国ですからね。我らの思惑通りとも言えます」

「はい」

「では、種を芽吹かせましょうか。以降の作戦を開始してください」

「了解しました!」

「では行きなさい。私は陛下に報告します」

「「はっ!」」


 命令を受けた三人は、一礼をして部屋から退出した。

 テンガイは報告に使う羊皮紙を束ねて、「順調ですね」と口角を上げる。

 そして席を立った後は、皇帝ソルの執務室に向かう。

 執務室の前では、フルプレートアーマーを装備した四人の近衛騎士がいる。直立不動の姿勢だったが、こちらを発見すると、胸に右腕を水平に置いた。


「陛下に取り次いでいただけますか?」

只今ただいまは、ルインザード様がお見えになっております」

「そうでしたか」


 そこまで話したところで、執務室の扉が開く。

 部屋の奥からは、帝国四鬼将筆頭のルインザードが退出してきた。


「おぉテンガイではないか。陛下に何用だ?」

「種について進展があり、陛下にご報告致します」

「なるほどな。お前たちは誰が尋ねてきても執務室に通すな!」

「「はっ!」」

「お心遣い、ありがとうございます」

「後で招集があろう。またそのときにな」


 内容を濁したが、ルインザードは察したようだ。

 この件は公にできず、裏で動いている。自分から人払いを願うつもりだったが、彼が代弁してくれた。

 そしてルインザードは、テンガイから離れていく。

 執務室に入った後は、近衛兵によって、扉は固く閉められた。

 皇帝の執務室は広いが、基本的にはソルしかいない。奥にきらびやかな机や椅子が置かれて、その前にはソファーが並んでいる。

 執務を補佐する内務官は隣の部屋におり、必要があれば呼び出す。


「どうしたテンガイ?」

「種の件です」

「ソファーに座れ」

「はっ!」


 皇帝ソルの表情は明るい。

 先ほどルインザードと話していたようだが、何か良い報告でも受けたか。とはいえテンガイの報告も同様なので、我知らず笑みを浮かべてしまう。

 とりあえずソファーを勧められたが、手前で止まる。帝国の絶対的支配者より先に座るなどあってはならない。

 以降はソルが着席するのを待ち、ソファーに腰を下ろす。

 それから持ってきた羊皮紙を渡して、作戦の経過を説明した。


「ベクトリア王は、俺が思っていた以上の野心家だったか」

「はい。しかも、帝国から接触があると読んでいました」

「ふんっ! それすらも手の内と知らずに、な」

「小知恵が回るぐらいでないと使えますまい」

「ははははははっ!」


 皇帝ソルは大柄な体を大きく揺すって、豪快に笑っている。

 テンガイからの報告に満足したようで、この件に関する労いの言葉も賜った。

 ともあれ、これだけのために皇帝の執務室に訪れたわけではない。報告するべき事柄は多く、その一つを話題に挙げられた。


「帝国の周辺国家の状況はどうなっておる?」

「砂漠の国ハンバーが、内戦に突入しました」

「ふむ。突入させました、の間違いではないか?」

「炎の民は気性が荒いですなあ。扱いやすくて助かります」

「背後から攻められねばよい」

「セーガル王は仲裁に乗り出すでしょう。その余裕はありません」


 テンガイが口角を上げると、皇帝ソルもそれに応じた。

 謀略を考える者にとって、予定どおりに進むのが楽しいのだ。


「ターラ王国はどうだ?」

「予定どおりです。冒険者に仕立てた諜報員ちょうほういんが、ゲリラに紛れ込みました」

「馬鹿どもが多くて助かるな」

「状況が状況です。選択肢が無いことには同情します」

「同情などと微塵みじんも思っておらぬだろう?」

「はははっ。それで帝国内の準備は?」

「ルインザードがとどこおりなく終わらせておる」

「では?」

「ふんっ! 平和に現を抜かしてる国など滅びればよい」

「そうですね。乱世なくして統一はなりませぬ」

「ソル帝国が、人類を統一してやろうと言うのだ!」


 皇帝ソルは立ち上がり、拳を握り締めた。

 その眼差しは近くを見ているようで、未来という遠くの景色を眺めている。筋肉で盛り上がった肉体からも覇気が感じられ、テンガイは覚悟を再認識した。

 人類統一という偉業のためには、どのような犠牲もいとわないと……。


「よし! ベクトリア王国はテンガイに一任する」

「はっ! 必ずや成功を……」


 テンガイは立ち上がって、皇帝ソルに一礼をする。

 そして、執務室から退出した。ルインザードが言っていたように、これから重鎮に招集が掛かるだろう。

 ソル帝国は人類統一という偉業のために、今は静かに動きだすのだった。



◇◇◇◇◇



 月明かりに照らされた部屋の中央で、一つの人影がたたずんでいる。

 身長は低いようで、成人男性の半分ぐらいか。というよりも極端な猫背らしく、背中が丸まっていた。

 特徴的なのは、つばの広いとんがり帽子。またうついているので顔は分からないが、その手にはホウキを持っている。

 ともあれガチャリと音がして、部屋の扉が開く。続けて明るくなるのと同時に、猫背の者は振り向いた。

 入室してきたのは、吸血鬼の真祖バグバットである。


「アクアマリン。戻ったであるか」

「きひひ。今しがたさ」

「明かりぐらいともせばよいものを……」


 部屋にいた者は、アクアマリンと呼ばれる老婆だ。

 ライカンスロープのメドランと同様に、自由都市アルバハードの諜報員である。大陸の西を担当させており、亜人の国フェリアスから帰還したところだった。


「メドランはまだかぇ?」

「とっくに戻ったのである。今は大陸の南方に向かったのである」

「竜王かい?」

「で、あるな。まずは報告を受けるのである」

「きひひ。よいともさ」


 帽子のつばを上げたアクアマリンは、ソファーに腰かける。

 バグバットは棚に向かって、小さな箱とワインを取り出す。続けてソファーに近づき、テーブルを挟んで、彼女の対面に座った。

 ワイングラスとティーセットは、テーブルのうえに用意されている。


「その箱は?」

「良き茶葉を入手したのである」

「きひひ。ありがたいねぇ。あたしからも土産があるよ」

「で、あるか」


 帰還の途に就いたアクアマリンは、ドワーフ族の集落に立ち寄ったらしい。

 部屋の片隅に視線を向けたバグバットは、彼女が運び込んだであろう木箱を発見した。気の利いた土産に口角を上げて、同じ銘柄だろうワインをグラスに注ぐ。


「おっと報告だったね。人馬族がフェリアスから脱退したよ」

「理由は調査できたであるか?」

「当然さね」

「それは?」

「残念ながら言えないねぇ」


 アクアマリンは澄ました顔で、茶をすすり始めた。

 彼女はバグバットの部下なので、仕事の成果を報告しなければならない。にもかかわらず口をつぐむとは、何を考えてのことなのか。


吾輩わがはいを裏切るのであるか?」

「違うさね。これは、アタシの問題でもあるからねぇ」

「六魔将として、であるか」

「後は察してほしいねぇ」

「で、あるか」

「報告できない理由が分かったようだねぇ」

「生きていらしたのであるな。アクアマリンはどうするのであるか?」

「まだ厄介になるよ。仕事はちゃんとするさね」

「で、あるか」


 アクアマリンは、魔王軍六魔将の一人である。

 ただし魔族ではなく人間で、現在は協力関係を築いている。彼女の素性を知っている者は、バグバットとメドランだけだった。


「吾輩は……」

「中立じゃろ? 分かっておるよ」

「で、あるか」

「アルバハードには手を出さないと仰せだねぇ」

「ならば構わないのである」

「とにかく、人馬族はフェリアスから脱退したということさね」


 バグバットは表情を変えない。

 アクアマリンの事情は、互いに協力関係を結んだときから理解している。来るべきときが来ただけで、動揺もせずにワインを飲む。


「大陸が騒がしくなるのであるな」

「そうかい?」

「砂漠の国ハンバーで内乱が発生したのである」

「メドランからかい?」

「で、あるな」

「ヤレヤレだね。帝国かい?」

「そう読んでいるのである」

「個人的には好都合だねぇ」

「で、あるな」

「きひひ。助言は無しかい?」

「吾輩は中立である」


 アクアマリンの話から、おおよその見当はついた。となると、メドランを大陸の南に向かわせたのは正解だった。

 おそらく、南方小国群でも何か起こるだろう。

 そして、彼女からの報告は続く。


「人馬族については済まないが、〈剣聖〉を知っているかぇ?」

「面識は無いのである」

「今はフェリアスに滞在しているねぇ」

「ほう。人間の最大戦力がフェリアスであるか」

「ブロキュスの迷宮で修行だとさ」

「むっ!」

「どうかしたかぇ?」

「いや。これは言えぬ問題であるな」

「アタシの真似かい? まぁ構わないさ」


 考え込んだバグバットは、フォルトの姿を脳裏に浮かべる。

 現在は、そのブロキュスの迷宮に向かっているはずだ。しかも、マリアンデールとルリシオンを連れて……。

 〈剣聖〉との出会いで、何が起こるか分からない。

 触発された魔人に、災厄をき散らされても困る。


(出向くか迷うのであるな。アルバハードを留守にしたくないのである。かと言ってアクアマリンを向かわせるのは、非常に拙いである)


 バグバットの想定どおりであれば、アクアマリンを送るのは危険だ。

 必ずや、ローゼンクロイツ家の姉妹を引き込もうとするだろう。

 そうなれば、フォルトが許さない。マリアンデールとルリシオンが断ったところで諦めれば良いが、それは望めない。


「これも運命であるか?」

「どうかしたかぇ?」

「何でもないである。他には?」

「エルフの女王の情報を入手したよ」

「ほう。さすがはアクアマリンであるな」

「きひひ。呪いさね。何者かに呪われて、今は伏せっているねぇ」

「何者かとは?」

「残念ながら分からないねぇ。目的も不明さね」

「で、あるか」


 これで三国会議に、女王名代のクローディアが出席した理由が分かった。

 エウィ王国やソル帝国の要求に対して譲歩していたのも、その事実を勘繰られないようにするためか。

 どの線の犯行かは不明だが、外部から干渉を受けていたようだ。


「きひひ。各部族総出で、呪いを解呪する方法を探している最中さね」

「で、あるか。して、あの男は元気であるか?」

「相変わらずだったねぇ。いずれは会いに来るんじゃないかぇ」

「迷惑である!」

「そう言いなさんな。きひひ」


 バグバットにしては珍しく嫌そうな顔になり、まるでフォルトのようだ。

 その表情が面白かったのか、アクアマリンはしわを寄せて笑っている。


(生きていたのであるな。喜ばしいことであるが、あの男のほうが危険である。もしもフォルト殿と出会うと……)


「アクアマリンは、いつまで協力できるのであるか?」

「そうさねぇ。あと一回。いや。二回は平気かねぇ」

「で、あるか」

「どこを調べてほしいかぇ?」

「まずは、南方に向かったメドランと合流してもらうである」

「エウィ王国は?」

「今回は通り過ぎて、更に南に向かうのである」

「遠いねぇ。竜がきたら逃げるよ?」

「構わないのである。メドランも同じことを言っていたのである」

「きひひ。では行ってくるとするかねぇ」


 アクアマリンは話は終わったとばかりに、茶を飲み干す。と同時にソファーから立ち上がり、ゆっくりと退出した。

 メドランはだいぶ先に進んでいるが、彼女なら追いつくだろう。

 手に持ったホウキに乗って、空を飛ぶのだから……。

 そしてバグバットも立ち上がり、窓の近くに移動する。


「乱世になるのであるな」


(世界から誕生した吾輩には関係が無いのであるな。大人しく、今で満足をしていれば良いものを……。なぁフォルト殿……)


 バグバットは手に持ったワイングラスを、七つの月に向かって掲げた。

 人外の者である吸血鬼の真祖には、争いの絶えない生き物たちが愚かに映る。またフォルトという魔人も、きっと同じことを思うだろう。

 そしてワインを飲み干した後は、部屋から出ていくのだった。

Copyright©2021-特攻君

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