剣聖3
光の精霊ウィル・オー・ウィスプに照らされた四人組が、迷宮の通路を進む。
周囲には、蛇やナメクジといった魔物の死骸が散乱している。しかしながら、この一行が倒したわけではない。通路を進んでいたところ、すでに死んでいた。
ともあれ四人組の一人フォルトが、他の三人に声を掛ける。
「精鋭部隊は順調に進んでいるようだな」
「そうみたいですねぇ。御主人様が戦う必要がないでーす!」
「ははっ。楽なことは良いことだな」
「でも、片付けぐらいしてほしいわあ」
「床がヌルっとして気持ち悪いわね」
フォルトたちは地下四階層に入り、マッピングをやりながら進んでいた。
現在の四階層は、討伐隊の精鋭部隊が間引き中だ。そのため、まだ地図が完成していない。だからこそマッピングしているが、まだ追いつかないようだ。
「しかし、誰もいないぞ?」
「五階層に向かったかもねえ」
「ふーん。ならこの先に、階段があるのかな?」
「地図だと切れてまーす! 魔力探知はどうですかぁ?」
「今のところは反応が無いな。点在してるが、たぶん魔物だろう」
「そうね。私の魔力探知も同じだわ」
マリアンデールの魔力探知と一致するらしい。
フォルトが広範囲に探知すれば、精鋭部隊を発見できるだろう。とはいえ酔ってしまうので、そんなことはやらない。
間引きされていない魔物も探知するので、頭がくらくらしてしまうのだ。
(獣人族の死体が無いな。犠牲者はいないってことか。精鋭とは聞いていたが、よくやってるようだな。〈剣聖〉ベルナティオだったか?)
大罪の一つ強欲が収まっていないフォルトは、〈剣聖〉に興味津々である。
年齢は聞いていないが、人間の女性だとセレスは言っていた。ゲーム脳でイメージすると、最高レア・キャラクターの女性剣士が思い浮かぶ。
ただし、こちらの世界は過酷な環境だ。
もしかしたら、筋肉隆々の厳つい女性かもしれない。
「マリ、ルリ。〈剣聖〉は強いのか?」
「さぁ。会ったことも戦ったこともないわね」
「私たちは、帝国軍を蹂躙するのに夢中だったわあ」
「ふむふむ。勇者よりも強いのかな?」
「勇者も戦ったことがないのよ」
「魔王城に戻れば戦えたかもねえ」
「まぁ何だ」
色々と考えたところで、ベルナティオは精鋭部隊と行動を共にしている。
フォルトは「風貌もセレスに聞いておけば良かった」と後悔しているが、もうすぐお目に掛かれるだろう。
分かりきった話だが、魔物も出現しないので暇なのだ。
「御主人様! あの部屋を見てくださーい」
「どうしたカーミラ?」
「毒ですねぇ」
通路を進んでいると開けた部屋があり、紫色の液体が床に飛び散っていた。
魔人のフォルトや悪魔のカーミラは、毒を無効化するスキルを持つ。だが、マリアンデールとルリシオンには毒対策が無い。
部屋に入るのは危険かもしれない。
それでも覗くことはできるので、部屋の中を確認する。
「あの死骸は?」
「ナーガだわ。どうやら精鋭部隊が倒したようね」
「確か……。蛇と人が合わさった魔物だったか?」
「そうよお」
「強いのか?」
「推奨討伐レベルは三十ね」
「ワイバーンと同等か」
「同じように毒を持ってるけど、ナーガは撒き散らすからウザいわ」
「ふーん」
ナーガが持つ毒は、コブラのそれと同じだ。
神経毒に分類されており、目に入ると灼熱感から失明。また噛まれると、強い痺れを引き起こす猛毒である
日本では、「象をも咬み殺す」と言われていた。
部屋の奥に死骸が残されており、精鋭部隊が討伐したことは明白か。
「部屋に入ってもいいのか?」
「足跡が多いですねぇ。大丈夫だと思いますよぉ」
液体は乾き始めており、毒の効果は失われているようだ。とはいえ臭いがきつく、毒か死骸によるものか。
耐えられないほどではないが……。
「あら。階段があるわね」
「ここから下層に向かったようねえ」
「普通は見張りを置かないか?」
「精鋭部隊は人数が少ないと思うわよお」
「なるほどな。地上に戻るときにも掃除するつもりか」
「多分ねえ。私たちも五階層に行くかしらあ?」
「もちろんだ」
まだミノタウロスとは遭遇しておらず、死体も見てない。五階層以降にいるのだろうが、果たして何階層にいるのか。
全十階層との話なので、まだ半分である。
フォルトは「五階層にいてください!」と祈って、皆と階段を下りた。
「さて、どちらへ向かえばいいのやら」
階段を降りると、通路が別れて伸びていた。
左右を眺めたところで、風景は同じだ。五階層もマッピングは必須だが、別に地図を完成させるために来たわけではない。
そこで、魔力探知のお世話になる。
フォルトは酔わないように、少しずつ範囲を広げた。
「左に反応があるな」
「右にもあるけど、点在してるわね。こっちは魔物かしら?」
「左は集団のようだ」
「御主人様! この感じはアンデッドがいますねぇ」
「アンデッド?」
「五階層は、アンデッドの巣みたいですよぉ」
「よく分かるな」
「えへへ。死臭ってやつでーす!」
悪魔の嗅覚が、死臭を嗅ぎ分けるか不明だ。
フォルトにはさっぱり分からないが、カーミラの言葉に間違いは無いだろう。であればアンデッドがいるので、暗黒神の司祭シェラを連れてくれば良かったか。
「まぁ左に行ってみよう」
「はあい!」
フォルトたちは、左の通路を進む。
探知した集団を追えば良いのだが、事はそう単純ではない。途中で通路が曲がり、当然のように行き止まりもあるのだ。
遠回りしないと辿り着けないこともザラにある。
「やれやれ。それにしても……」
首と肩を回したフォルトは、ふと考えた。
何度か昆虫の魔物と戦ったので、手加減はマスターしたはずだ。
そろそろ誰かに戦闘を任せて、後ろからのんびりと眺めていたい。などと思いながら通路を進んでいると、最初の行き止まりで引き返すことになるのだった。
◇◇◇◇◇
精鋭部隊は四階層の間引きが終わり、五階層を攻略中だった。
マッピングをやりながら進んでいるので、その歩みは遅い。分かれ道では立ち止まり、斥候が通路の先を確認する。
基本的には魔物がいる方向に進むので、ベルナティオの出番は多かった。
「フィロ。どうだった?」
「思ったよりもアンデッドは少ないね」
「まぁ倒したばかりだしな」
「でも、ピリピリした感じが激しくなってるような?」
「どういうことだ?」
「分からないよ。初めてのことだしね」
五階層で出現する魔物は、そこまで強くない。
数が多いだけで、ゾンビやグールなどの死人である。昆虫の魔物は生き物の体液が目的なので、四階層から下にはいないようだ。
そして、隊長のヴァルターから指示が飛んだ。
「よし! 浄化は済んだな? 魔力の回復に努めろ!」
「「はい!」」
アンデッドを討伐したら、神官が浄化をする。
それをやらないと、アンデッドが発生するからだ。討伐しても補充されるのと同意なので、間引きした意味がなくなる。
もちろん魔力を消費するので、その回復を待ってから進む。
ともあれ休憩に入ったところで、ヴァルターが近づいてきた。
「どうしたフィロ。敵か?」
「あ、ヴァルター隊長。敵じゃないけど、何か変な感じです」
「ほう。方向は分かるか?」
「後ろですね」
「後ろ? 分かれ道の反対方向からか?」
「分からないです」
「おい! 魔力探知班!」
魔力探知は、そこまで難しい技術ではない。
ただし、能力が低いと探知する範囲が狭くなる。精鋭部隊の魔法使いたちは強者だが、それでも何キロメートルも先は探知できない。
「隊長。みんなには休憩をしてもらったほうが……」
「何を言う。状況を知ることが一番大切だと教えただろ?」
「そ、そうですが……」
「フィロ。何も全員がやるわけではない」
「ベルナティオ殿の言ったとおりだ」
「はい」
「ヴァルター隊長! 後方に四つの反応を探知しました!」
魔力探知班から報告を受けたヴァルターは考え込む。
ベルナティオは後方を向いて、暗闇の先に視線を送る。精鋭部隊を中心にランタンの薄暗い光は発しているが、さすがに見通せない。
まだ距離があるのだろう。
「四つ……。援軍か?」
「四人はあり得ないです。我々より精鋭となると……」
「まさかセレス殿か? いや。総司令官が来るわけないか」
「隊長! 前方から危険が来ます!」
「前方だと!」
精鋭部隊の注意が、後方に向いたところだった。
フィロは、危険察知能力の高い兎人族である。もちろんハズレもあるが、魔力探知よりも広範囲を察知できた。
「何かヤバいのがきます!」
「挟み撃ちか? ベルナティオ殿!」
「うむ。後ろはどうする?」
「俺が押さえよう。ベルナティオ殿は前方の魔物を頼む!」
「心得た!」
「戦士は俺の左右を固めろ! 突破されるなよ?」
「「はいっ!」」
今いる場所は、部屋ではなく通路だ。
横幅は狭く、三人以上は並べない。
ヴァルターは後方に移動して、大盾を構える。どのような魔物が出現するかは不明だが、戦士の二人も並んで壁となった。
魔法使いや神官は中央に移動して、前衛を務める戦士たちの援護に入る。
そしてベルナティオは一人で、精鋭部隊の前に出た。
「グモオオオッ!」
「この声は!」
ベルナティオが担当する方向から、魔物の咆哮が聞こえた。
五階層にはいないはずの魔物で、精鋭部隊に緊張が走る。
「ミノタウロスだと! ベルナティオ殿!」
「大丈夫だ! それよりも後方を任せるぞ!」
ミノタウロス。
牛の頭部を持った人型の魔物で、大柄のうえ筋肉質だ。
武器として、巨大な戦斧を持っている。オーガを越える怪力の持ち主で、戦斧が無くとも、ひ弱な人間の体など簡単に潰せてしまうだろう。
ベルナティオの修行相手としては申し分ない。
「来るぞ! 『気剣体一致』!」
刀の柄に手を掛けたベルナティオが、黒蛇戦で使ったスキルを発動する。
スキルは集中力を消費するとはいえ、十分に休憩できている。しかもブロキュスの迷宮に出現する魔物は、彼女だと物足りなかった。
スキルを使うほどの強敵がおらず、現状だと集中力は乱れない。
「グモ、グモオオオオオオ!」
ベルナティオは通路の奥に、ミノタウロスを確認する。
聞いてはいたが、実際に目にするのは初めてだった。自身にはそよ風だが、威圧するかのような咆哮は、精鋭部隊の戦士でも身じろぐほどだ。
そして狩りを始めるかのごとく、ゆっくりと近づいてきた。
【ストレングス/筋力増加】
ミノタウロスとの接敵には、まだ遠い。
精鋭部隊の魔法使いから、身体強化の支援を受ける。遅れて並んだ戦士たちは、盾を構えて左右を固めた。
ベルナティオは「少し下がれ」と言って、抜刀術の構えをとる。
次にすり足歩行で、間合いを詰めていく。
「グモオオオッ!」
ミノタウロスは雄たけびを上げ、急に走りだした。
まるで、猛牛の突進だ。
前傾姿勢をとり、戦斧を肩に乗せている。肉体も武器になるので、体当たりをされても危険だ。まともに受け止めれば、腕の骨が砕けて吹き飛ばされてしまう。下手をすると、重圧での死亡もあり得た。
日本であればブルドーザーの突進を、盾で受け止めるようなものだ。
その恐怖に、両隣を固める戦士たちが怯む。
「ちっ」
舌打ちしたベルナティオは、前方から迫るミノタウロスを睨む。
突進の速度が落ちていない。
殺傷圏内に入ると、巨大な戦斧が上段から振り下ろされてくる。
これは、二段構えの攻撃だ。戦斧が避けられても体当たりで、精鋭部隊の中心に雪崩れ込むつもりだろう。
その攻撃を読んでいたベルナティオは、少しだけ横に動く。
戦斧での攻撃が大振りのうえに直線的で、軌道さえ分かれば簡単に回避できる。戦士たちのように怯んでおらず、まるで流れるような動きを見せた。
そして刀を抜き放ち、すれ違いざまに斬る。
「『月影』!」
黒蛇を討伐した必殺スキルだ。筋肉隆々のミノタウロスとはいえ、攻撃を避けられなければ同様の道を辿る。
はずだった。
通路には、鉄がぶつかる激しい音と響く。
ベルナティオの攻撃は弾かれて、不覚にも刀を床に落としてしまった。
「な、何だ!」
ベルナティオは目撃する。
走り込んできたミノタウロスが、その場で止まっているのだ。しかも周囲が静寂に包まれており、まるで時間が停止したかのようだった。
状況は不明だが、もう一本の刀に手を掛ける。
その瞬間、女性の声が聞こえた。
「あら時間対策? それとも抵抗したのかしら?」
女性の声は、後方を担当したヴァルターの近くから発せられている。
ベルナティオは迷った。
後方に視線を向けたいが、無傷のミノタウロスが目と鼻の先にいるのだ。もしも動きだせば、攻撃を受けてしまう。
それでも今は、状況の確認が先か。
意識をミノタウロスに向けておけば、視線を逸らしても対処できる。
「だ、誰だ!」
後方ではヴァルターを含めて、精鋭部隊の全員が止まっている。
彼らよりも奥の暗闇から、ゴシック調の可愛い黒服を着た女性が二人現れた。
地上の拠点では、どちらも見たことがない顔である。しかも一人は頭に角が生えており、魔族だと判別できた。
「魔族だと!」
「あはっ! ラッキーだわあ。ミノタウロスがいるじゃなあい」
この状況で動けているのは、二人の女性とベルナティオだけだ。
混乱しそうになるが、冷静に対処しなければならない。頭脳をフル回転させて状況を整理し、最適の行動をとる必要があった。
(あのままではヴァルター殿が……。しかし魔族と獣人族は……。なっ!)
その答えが出る前に、魔族だと確認できた女性が片手を前に出す。
ベルナティオは攻撃されると思って、ミノタウロスの後ろに回り込む。
【フレア・バースト/発炎爆発】
魔族の女性が魔法を発動すると、一気に状況が動いた。
まず轟音と共に、ミノタウロスの上半身が吹き飛んだ。同時に周囲が一斉に騒がしくなって、精鋭部隊の怒声や悲鳴が聞こえた。
そしてミノタウロスの下半身は、盾を構えていた戦士たちに突っ込んだ。
「「うおおおおっ!」」
「何がどうなっている!」
ミノタウロスの下半身の直撃を受けた戦士たちが吹き飛んだ。
盾を構えていたことが幸いして、かろうじて生きているようだ。下半身は精鋭部隊の中央まで転がり、その動きを止めている。
まさに一瞬の出来事で、ベルナティオは肉片と血を浴びていた。
「あらあ。少しうるさかったわねえ」
「いいのよルリちゃん。それにしても、タイミングがバッチリだわ!」
「あはっ! あれぐらいの爆発ならいいわよねえ?」
「構わないのではないか? 少し揺れたが、迷宮は崩れないだろう」
「御主人様! 注目を浴びていますよぉ」
「お前たちは誰だ!」
二人の女性の他にも、男女がいたようだ。
ベルナティオからでは、彼らの話など聞こえない。しかしながら笑顔がこぼれているので、非常に腹立たしい。
ともあれ、この短時間での情報量が凄まじい。
敵なのか味方なのか。
現在はヴァルターが混乱しながらも、あの四人に詰め寄っているようだ。ならばと床に落とした刀を拾って、彼らに警戒しながら近づくのだった。
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