表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十二章 剣聖
171/192

剣聖3

 光の精霊ウィル・オー・ウィスプに照らされた四人組が、迷宮の通路を進む。

 周囲には、蛇やナメクジといった魔物の死骸が散乱している。しかしながら、この一行が倒したわけではない。通路を進んでいたところ、すでに死んでいた。

 ともあれ四人組の一人フォルトが、他の三人に声を掛ける。


「精鋭部隊は順調に進んでいるようだな」

「そうみたいですねぇ。御主人様が戦う必要がないでーす!」

「ははっ。楽なことは良いことだな」

「でも、片付けぐらいしてほしいわあ」

「床がヌルっとして気持ち悪いわね」


 フォルトたちは地下四階層に入り、マッピングをやりながら進んでいた。

 現在の四階層は、討伐隊の精鋭部隊が間引き中だ。そのため、まだ地図が完成していない。だからこそマッピングしているが、まだ追いつかないようだ。


「しかし、誰もいないぞ?」

「五階層に向かったかもねえ」

「ふーん。ならこの先に、階段があるのかな?」

「地図だと切れてまーす! 魔力探知はどうですかぁ?」

「今のところは反応が無いな。点在してるが、たぶん魔物だろう」

「そうね。私の魔力探知も同じだわ」


 マリアンデールの魔力探知と一致するらしい。

 フォルトが広範囲に探知すれば、精鋭部隊を発見できるだろう。とはいえ酔ってしまうので、そんなことはやらない。

 間引きされていない魔物も探知するので、頭がくらくらしてしまうのだ。


(獣人族の死体が無いな。犠牲者はいないってことか。精鋭とは聞いていたが、よくやってるようだな。〈剣聖〉ベルナティオだったか?)


 大罪の一つ強欲が収まっていないフォルトは、〈剣聖〉に興味津々である。

 年齢は聞いていないが、人間の女性だとセレスは言っていた。ゲーム脳でイメージすると、最高レア・キャラクターの女性剣士が思い浮かぶ。

 ただし、こちらの世界は過酷な環境だ。

 もしかしたら、筋肉隆々の厳つい女性かもしれない。


「マリ、ルリ。〈剣聖〉は強いのか?」

「さぁ。会ったことも戦ったこともないわね」

「私たちは、帝国軍を蹂躙じゅうりんするのに夢中だったわあ」

「ふむふむ。勇者よりも強いのかな?」

「勇者も戦ったことがないのよ」

「魔王城に戻れば戦えたかもねえ」

「まぁ何だ」


 色々と考えたところで、ベルナティオは精鋭部隊と行動を共にしている。

 フォルトは「風貌もセレスに聞いておけば良かった」と後悔しているが、もうすぐお目に掛かれるだろう。

 分かりきった話だが、魔物も出現しないので暇なのだ。


「御主人様! あの部屋を見てくださーい」

「どうしたカーミラ?」

「毒ですねぇ」


 通路を進んでいると開けた部屋があり、紫色の液体が床に飛び散っていた。

 魔人のフォルトや悪魔のカーミラは、毒を無効化するスキルを持つ。だが、マリアンデールとルリシオンには毒対策が無い。

 部屋に入るのは危険かもしれない。

 それでものぞくことはできるので、部屋の中を確認する。


「あの死骸は?」

「ナーガだわ。どうやら精鋭部隊が倒したようね」

「確か……。蛇と人が合わさった魔物だったか?」

「そうよお」

「強いのか?」

「推奨討伐レベルは三十ね」

「ワイバーンと同等か」

「同じように毒を持ってるけど、ナーガはき散らすからウザいわ」

「ふーん」


 ナーガが持つ毒は、コブラのそれと同じだ。

 神経毒に分類されており、目に入ると灼熱しゃくねつ感から失明。またまれると、強いしびれを引き起こす猛毒である

 日本では、「象をもみ殺す」と言われていた。

 部屋の奥に死骸が残されており、精鋭部隊が討伐したことは明白か。


「部屋に入ってもいいのか?」

「足跡が多いですねぇ。大丈夫だと思いますよぉ」


 液体は乾き始めており、毒の効果は失われているようだ。とはいえ臭いがきつく、毒か死骸によるものか。

 耐えられないほどではないが……。


「あら。階段があるわね」

「ここから下層に向かったようねえ」

「普通は見張りを置かないか?」

「精鋭部隊は人数が少ないと思うわよお」

「なるほどな。地上に戻るときにも掃除するつもりか」

「多分ねえ。私たちも五階層に行くかしらあ?」

「もちろんだ」


 まだミノタウロスとは遭遇しておらず、死体も見てない。五階層以降にいるのだろうが、果たして何階層にいるのか。

 全十階層との話なので、まだ半分である。

 フォルトは「五階層にいてください!」と祈って、皆と階段を下りた。


「さて、どちらへ向かえばいいのやら」


 階段を降りると、通路が別れて伸びていた。

 左右を眺めたところで、風景は同じだ。五階層もマッピングは必須だが、別に地図を完成させるために来たわけではない。

 そこで、魔力探知のお世話になる。

 フォルトは酔わないように、少しずつ範囲を広げた。


「左に反応があるな」

「右にもあるけど、点在してるわね。こっちは魔物かしら?」

「左は集団のようだ」

「御主人様! この感じはアンデッドがいますねぇ」

「アンデッド?」

「五階層は、アンデッドの巣みたいですよぉ」

「よく分かるな」

「えへへ。死臭ってやつでーす!」


 悪魔の嗅覚が、死臭を嗅ぎ分けるか不明だ。

 フォルトにはさっぱり分からないが、カーミラの言葉に間違いは無いだろう。であればアンデッドがいるので、暗黒神の司祭シェラを連れてくれば良かったか。


「まぁ左に行ってみよう」

「はあい!」


 フォルトたちは、左の通路を進む。

 探知した集団を追えば良いのだが、事はそう単純ではない。途中で通路が曲がり、当然のように行き止まりもあるのだ。

 遠回りしないと辿たどり着けないこともザラにある。


「やれやれ。それにしても……」


 首と肩を回したフォルトは、ふと考えた。

 何度か昆虫の魔物と戦ったので、手加減はマスターしたはずだ。

 そろそろ誰かに戦闘を任せて、後ろからのんびりと眺めていたい。などと思いながら通路を進んでいると、最初の行き止まりで引き返すことになるのだった。



◇◇◇◇◇



 精鋭部隊は四階層の間引きが終わり、五階層を攻略中だった。

 マッピングをやりながら進んでいるので、その歩みは遅い。分かれ道では立ち止まり、斥候が通路の先を確認する。

 基本的には魔物がいる方向に進むので、ベルナティオの出番は多かった。


「フィロ。どうだった?」

「思ったよりもアンデッドは少ないね」

「まぁ倒したばかりだしな」

「でも、ピリピリした感じが激しくなってるような?」

「どういうことだ?」

「分からないよ。初めてのことだしね」


 五階層で出現する魔物は、そこまで強くない。

 数が多いだけで、ゾンビやグールなどの死人である。昆虫の魔物は生き物の体液が目的なので、四階層から下にはいないようだ。

 そして、隊長のヴァルターから指示が飛んだ。


「よし! 浄化は済んだな? 魔力の回復に努めろ!」

「「はい!」」


 アンデッドを討伐したら、神官が浄化をする。

 それをやらないと、アンデッドが発生するからだ。討伐しても補充されるのと同意なので、間引きした意味がなくなる。

 もちろん魔力を消費するので、その回復を待ってから進む。

 ともあれ休憩に入ったところで、ヴァルターが近づいてきた。


「どうしたフィロ。敵か?」

「あ、ヴァルター隊長。敵じゃないけど、何か変な感じです」

「ほう。方向は分かるか?」

「後ろですね」

「後ろ? 分かれ道の反対方向からか?」

「分からないです」

「おい! 魔力探知班!」


 魔力探知は、そこまで難しい技術ではない。

 ただし、能力が低いと探知する範囲が狭くなる。精鋭部隊の魔法使いたちは強者だが、それでも何キロメートルも先は探知できない。


「隊長。みんなには休憩をしてもらったほうが……」

「何を言う。状況を知ることが一番大切だと教えただろ?」

「そ、そうですが……」

「フィロ。何も全員がやるわけではない」

「ベルナティオ殿の言ったとおりだ」

「はい」

「ヴァルター隊長! 後方に四つの反応を探知しました!」


 魔力探知班から報告を受けたヴァルターは考え込む。

 ベルナティオは後方を向いて、暗闇の先に視線を送る。精鋭部隊を中心にランタンの薄暗い光は発しているが、さすがに見通せない。

 まだ距離があるのだろう。


「四つ……。援軍か?」

「四人はあり得ないです。我々より精鋭となると……」

「まさかセレス殿か? いや。総司令官が来るわけないか」

「隊長! 前方から危険が来ます!」

「前方だと!」


 精鋭部隊の注意が、後方に向いたところだった。

 フィロは、危険察知能力の高い兎人うさぎびと族である。もちろんハズレもあるが、魔力探知よりも広範囲を察知できた。


「何かヤバいのがきます!」

「挟み撃ちか? ベルナティオ殿!」

「うむ。後ろはどうする?」

「俺が押さえよう。ベルナティオ殿は前方の魔物を頼む!」

「心得た!」

「戦士は俺の左右を固めろ! 突破されるなよ?」

「「はいっ!」」


 今いる場所は、部屋ではなく通路だ。

 横幅は狭く、三人以上は並べない。

 ヴァルターは後方に移動して、大盾を構える。どのような魔物が出現するかは不明だが、戦士の二人も並んで壁となった。

 魔法使いや神官は中央に移動して、前衛を務める戦士たちの援護に入る。

 そしてベルナティオは一人で、精鋭部隊の前に出た。


「グモオオオッ!」

「この声は!」


 ベルナティオが担当する方向から、魔物の咆哮ほうこうが聞こえた。

 五階層にはいないはずの魔物で、精鋭部隊に緊張が走る。


「ミノタウロスだと! ベルナティオ殿!」

「大丈夫だ! それよりも後方を任せるぞ!」


 ミノタウロス。

 牛の頭部を持った人型の魔物で、大柄のうえ筋肉質だ。

 武器として、巨大な戦斧せんぷを持っている。オーガを越える怪力の持ち主で、戦斧が無くとも、ひ弱な人間の体など簡単に潰せてしまうだろう。

 ベルナティオの修行相手としては申し分ない。


「来るぞ! 『気剣体一致きけんたいいっち』!」


 刀の柄に手を掛けたベルナティオが、黒蛇戦で使ったスキルを発動する。

 スキルは集中力を消費するとはいえ、十分に休憩できている。しかもブロキュスの迷宮に出現する魔物は、彼女だと物足りなかった。

 スキルを使うほどの強敵がおらず、現状だと集中力は乱れない。


「グモ、グモオオオオオオ!」


 ベルナティオは通路の奥に、ミノタウロスを確認する。

 聞いてはいたが、実際に目にするのは初めてだった。自身にはそよ風だが、威圧するかのような咆哮は、精鋭部隊の戦士でも身じろぐほどだ。

 そして狩りを始めるかのごとく、ゆっくりと近づいてきた。



【ストレングス/筋力増加】



 ミノタウロスとの接敵には、まだ遠い。

 精鋭部隊の魔法使いから、身体強化の支援を受ける。遅れて並んだ戦士たちは、盾を構えて左右を固めた。

 ベルナティオは「少し下がれ」と言って、抜刀術の構えをとる。

 次にすり足歩行で、間合いを詰めていく。


「グモオオオッ!」


 ミノタウロスは雄たけびを上げ、急に走りだした。

 まるで、猛牛の突進だ。

 前傾姿勢をとり、戦斧を肩に乗せている。肉体も武器になるので、体当たりをされても危険だ。まともに受け止めれば、腕の骨が砕けて吹き飛ばされてしまう。下手をすると、重圧での死亡もあり得た。

 日本であればブルドーザーの突進を、盾で受け止めるようなものだ。

 その恐怖に、両隣を固める戦士たちがひるむ。


「ちっ」


 舌打ちしたベルナティオは、前方から迫るミノタウロスをにらむ。

 突進の速度が落ちていない。

 殺傷圏内に入ると、巨大な戦斧が上段から振り下ろされてくる。

 これは、二段構えの攻撃だ。戦斧が避けられても体当たりで、精鋭部隊の中心に雪崩れ込むつもりだろう。

 その攻撃を読んでいたベルナティオは、少しだけ横に動く。

 戦斧での攻撃が大振りのうえに直線的で、軌道さえ分かれば簡単に回避できる。戦士たちのように怯んでおらず、まるで流れるような動きを見せた。

 そして刀を抜き放ち、すれ違いざまに斬る。


「『月影つきかげ』!」


 黒蛇を討伐した必殺スキルだ。筋肉隆々のミノタウロスとはいえ、攻撃を避けられなければ同様の道を辿る。

 はずだった。

 通路には、鉄がぶつかる激しい音と響く。

 ベルナティオの攻撃は弾かれて、不覚にも刀を床に落としてしまった。


「な、何だ!」


 ベルナティオは目撃する。

 走り込んできたミノタウロスが、その場で止まっているのだ。しかも周囲が静寂に包まれており、まるで時間が停止したかのようだった。

 状況は不明だが、もう一本の刀に手を掛ける。

 その瞬間、女性の声が聞こえた。


「あら時間対策? それとも抵抗したのかしら?」


 女性の声は、後方を担当したヴァルターの近くから発せられている。

 ベルナティオは迷った。

 後方に視線を向けたいが、無傷のミノタウロスが目と鼻の先にいるのだ。もしも動きだせば、攻撃を受けてしまう。

 それでも今は、状況の確認が先か。

 意識をミノタウロスに向けておけば、視線を逸らしても対処できる。


「だ、誰だ!」


 後方ではヴァルターを含めて、精鋭部隊の全員が止まっている。

 彼らよりも奥の暗闇から、ゴシック調の可愛い黒服を着た女性が二人現れた。

 地上の拠点では、どちらも見たことがない顔である。しかも一人は頭に角が生えており、魔族だと判別できた。


「魔族だと!」

「あはっ! ラッキーだわあ。ミノタウロスがいるじゃなあい」


 この状況で動けているのは、二人の女性とベルナティオだけだ。

 混乱しそうになるが、冷静に対処しなければならない。頭脳をフル回転させて状況を整理し、最適の行動をとる必要があった。


(あのままではヴァルター殿が……。しかし魔族と獣人族は……。なっ!)


 その答えが出る前に、魔族だと確認できた女性が片手を前に出す。

 ベルナティオは攻撃されると思って、ミノタウロスの後ろに回り込む。



【フレア・バースト/発炎爆発】



 魔族の女性が魔法を発動すると、一気に状況が動いた。

 まず轟音と共に、ミノタウロスの上半身が吹き飛んだ。同時に周囲が一斉に騒がしくなって、精鋭部隊の怒声や悲鳴が聞こえた。

 そしてミノタウロスの下半身は、盾を構えていた戦士たちに突っ込んだ。


「「うおおおおっ!」」

「何がどうなっている!」


 ミノタウロスの下半身の直撃を受けた戦士たちが吹き飛んだ。

 盾を構えていたことが幸いして、かろうじて生きているようだ。下半身は精鋭部隊の中央まで転がり、その動きを止めている。

 まさに一瞬の出来事で、ベルナティオは肉片と血を浴びていた。


「あらあ。少しうるさかったわねえ」

「いいのよルリちゃん。それにしても、タイミングがバッチリだわ!」

「あはっ! あれぐらいの爆発ならいいわよねえ?」

「構わないのではないか? 少し揺れたが、迷宮は崩れないだろう」

「御主人様! 注目を浴びていますよぉ」

「お前たちは誰だ!」


 二人の女性の他にも、男女がいたようだ。

 ベルナティオからでは、彼らの話など聞こえない。しかしながら笑顔がこぼれているので、非常に腹立たしい。

 ともあれ、この短時間での情報量が凄まじい。

 敵なのか味方なのか。

 現在はヴァルターが混乱しながらも、あの四人に詰め寄っているようだ。ならばと床に落とした刀を拾って、彼らに警戒しながら近づくのだった。

Copyright©2021-特攻君

感想・評価・ブックマークを付けてくださっている読者様、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ