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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十二章 剣聖
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剣聖2

 迫りくる巨大な黒蛇を、一振りの剣が切り裂く。

 鉄の剣とは違って、両刃ではなく片刃だ。刀身が真っすぐ伸びた形状ではなく、片刃が反り返っている。

 これは刀と呼ばれる武器で、日本では侍という戦士の装備だ。


「まだまだあ!」

「シャーッ!」


 この黒蛇は、ブラックヴァイパーとの別名を持つ魔物である。

 全長が十メートル以上ある個体も確認される凶暴な大蛇だ。人間など簡単に丸()みして食べてしまう。

 出現した黒蛇は五メートルほどだが……。


「ちっ。蛇の分際で……」

「シャーッ! シャーッ!」


 その黒蛇と対峙たいじしている人間がいる。

 長い黒髪をポニーテールでまとめた女性で、年の頃は二十代後半か。

 着用している服は道着に近く、戦士というよりは剣士に見える。服の内側にチェインメイルを着込んでおり、動きやすさに重点を置いていた。

 刀は腰に二本差して、うち一本は抜かれている。


「『気剣体一致きけんたいいっち』! いくぞっ!」


 その女性は、スキルを発動した。

 剣道では「教え」になるが、こちらの世界では補助スキルに該当する。刀が手足の一部のように感じられて、攻撃の威力や命中率を高めるのだ。

 女性は刀をさやに納めてから、柄に手をかける。

 そして目を閉じ、独特な構えを取った。


「………………」


 女性を丸呑みにしようと、黒蛇は頭部を浮かせる。

 餌となる獲物を、頭部から丸呑みにするつもりだ。長い舌をチロチロと動かした後は、口を大きく開けて襲ってきた。


「シャーッ!」

「はああぁぁぁあああ! 『月影つきかげ』!」


 黒蛇の口に、女性の肩まで入った瞬間。

 驚異的な速度で刀を抜き放ち、黒蛇を一閃いっせんした。

 これは「抜刀術」と呼ばれる剣技だ。

 女性の攻撃により、黒蛇の口が切り裂かれる。そのまま斬撃は止まることなく、頭部まで貫いた。

 さらに、威力か風圧によるものか。黒蛇の頭部は、後方へと吹き飛んだ。


「ふぅ。終わったか」


 黒蛇が動かなくなったのを確認して、女性は刀を鞘に戻した。続けて振り返り、後方で待機していた者たちに向かって歩き出した。

 数多くの獣人族が待機しており、その中から大柄な男性が声を掛けてきた。


「ベルナティオ殿はお強いですなあ!」

「蛇如きでは強さを計れまい?」

「いやいや。おかげで四階層の攻略も順調ですぞ!」

「そう言ってもらえるとうれしいがな」


 〈剣聖〉ベルナティオ。

 齢二十七歳。わずか七歳で剣を取り、今の今まで負け知らず。その剣の道は誰にも譲らず。勇魔戦争でも、魔族を相手に負けはない。

 ソル帝国の闘技場では出場禁止の覇者であり、まさに天下無双の剣豪である。


「ヴァルター殿。まだ間引きをするのか?」

「はい。五階層への階段前までは進む予定ですな」


 この男性は精鋭部隊の隊長で、熊人族の獣人だ。

 怪力の持ち主で、隊員からの信頼も厚い。盾職戦士――タンク――であり、体を隠せるほどのラージ・シールドを持つ。

 この盾は、大盾とも呼ばれる。


「分かった。おっと、私も解体を手伝おう」

「いえ! ベルナティオ殿にそんなことはさせられません!」

「しかし、皆がやっているなら……」

「最前線で戦っておられるのですぞ。どうぞお休みください!」

「そ、そうか? なら、お言葉に甘えよう」


(気を遣ってくれるのは有難いのだが、特別扱いは困るな。まったく……)


 称号自体は、最近獲得したものだ。

 そうは言っても、すでに二つ名として〈剣聖〉と呼ばれていた。各国から秋波を送られているが、すべてを断っている。

 自身には、剣の道を極めるという目標がある。

 称号を獲得してからは、更に酷い。

 強者を囲い込めば、それだけでパワーバランスが変わる世界だ。どの国も、喉から手が出るほど欲しいだろう。


「やれやれだな」

「ティオは大変だね」

「フィロ。お前も戦え!」

「邪魔しちゃ悪いじゃん。目の前でピョンピョン跳ねられたら嫌でしょ?」


 近づいてきたフィロは、兎人うさぎびと族の女性である。

 昔からの友人で、愛称の「ティオ」と呼べる間柄だ。

 白髪のショートカットが特徴的で、二十歳の童顔である。軽装備となる皮(よろい)を着用して、武器は弓と短剣を持つ。

 兎人族はその名のとおり、頭から兎のような長い耳を生やしていた。また非常に優れた危険感知能力を有している。

 その危険感知能力のおかげで生存率が高く、今まで生死を賭けるような戦いに遭遇したことがない。

 討伐隊では、「幸運のフィロ」と呼ばれている。


「それぐらいは問題無い。フィロには当てないさ」

「へへっ。もしかして私なら、ティオに勝てるかな?」

「無理だな。いくらフィロが幸運でも、私は負けない」

「まぁそうだよね。ところでさ!」

「何だ?」

「嫌な予感がするんだよね」

「嫌な予感?」

「うん。こう、何て言うか。ピリピリする感じ?」

「私には何も感じないが?」

「そう? 気のせいかな」


 フィロが腕組みをしながら、首を傾げている。

 彼女が危険を察知するときは、もっと直接的なはず。四階層までは戦いの連続だったので、単純に疲れたのだろう。


「フィロも休んでおけ」

「そうしよっかな。私に解体はやれないしね!」

「確か……。五階層までの間引きだったな?」

「そう聞いてるよ」

「なら、一度地上に戻ったほうがいいかもしれないな」

「どうだろうね。隊長次第じゃない?」


 精鋭部隊の行動を決定するのはヴァルターで、フィロに決定権は無い。

 それに戻ると言っても、すべての魔物を間引きしたわけではない。戻るときにも遭遇するだろうし、再び来るときにも戦うことになるだろう。


「どちらも危険か」

「さてね。まだピリピリする感じがするけど……」

「魔物が近づいたら違う感じ方をするだろ?」

「そういった話なら、進んでも戻っても平気じゃない?」

「まぁヴァルター殿に任せればいいか」

「そうそう。ティオはさ。鬼婆みたいに戦ってればいいよ!」

「誰が鬼婆だ!」

「へへっ。戦うことしか脳が無いんだからさ」

「言ってろ。とにかく休むぞ」

「はいはい」


 休憩に入ったベルナティオは、通路の壁に背中を預ける。

 体力には余力を残しているので、まだ疲れを感じていない。休憩と言ったが、刀の手入れを始める。布で磨いて、刃こぼれが無いか確認した。

 そしてフィロが隣に座って、肩に頭を乗せてくるのだった。



◇◇◇◇◇



 精鋭部隊の斥候を務めているフィロは、通路の角から顔を出す。

 そして、奥にいる魔物を凝視した。

 迷宮の中は暗いが、獣人族は『暗視あんし』スキルを持つ種族が多い。暗闇でも昼間のように見られるスキルだ。

 またゴブリン・オーク・オーガ、他にも魔物・魔獣の一部も保有している。

 人間が、夜を恐れる理由の一つだ。個人なら修練によって習得できるが、種族としては保有していない。


「あの魔物は……。ナーガ?」


 視線の先には、人間のような上半身を持った蛇がいた。

 首から上は、人の顔と蛇を足した感じか。比率としては、蛇のほうが多い。日本でも有名なコブラという毒蛇に、人間のような目・鼻を付けたイメージだ。


(あれはヤバいよね。とりあえず戻ろっと!)


 顔を戻したフィロは、忍び足で通路を戻った。

 以降は精鋭部隊に合流をして、隊長のヴァルターに報告する。


「ナーガだと?」

「うん。階段の前に居座っていたよ」

「何体だ?」

「一体だけど、部屋は狭いと思う」

「くそっ! 部屋が狭いんじゃ、部隊で入れねぇな」

「おそらくだけど、五人ぐらいしか無理じゃないかな」

「狭すぎるだろ!」

「あ……。戦闘を考えて五人ね。何もいなければ、もっと入れるよ」

「あぁ悪いな」

「ヴァルター隊長はせっかちです!」

「はははははっ! そう言うな」


 フィロからの報告を受けたヴァルターは、頭をいて顔を赤らめた。

 こういった間違いはよくやるほうで、他の隊員たちもクスクスと笑っている。

 ちなみに、ナーガの推奨討伐レベルは三十だ。

 一般兵では、出会えば死ぬレベルである。討伐隊の精鋭部隊は強者が集まっているが、レベル三十の限界突破をした者は少ない。


「毒が厄介なんだよな」

「噛みつかれるのもそうだけど、毒をき散らすんだよね!」

「それな。部屋が毒だらけになっても困る」

「でもさ。毒の部屋になれば、五階層に行かなくても平気じゃない?」

「駄目だな。下層はアンデッドの巣だ」

「そうだっけ? 毒は関係がないか」


 フィロの話は、五階層より先でスタンピードが起きても、その毒部屋で勝手に死ぬという発想だ。と言っても、五階層はいるアンデッドは毒を無効化する。更に下層には、ナーガの毒に抵抗を持つ魔物も棲息せいそくした。

 人間や獣人族には危険でも、効果が薄い魔物は多い。

 二人の会話を聞いたベルナティオは、ヴァルターに提案する。


「ナーガが一体なら、私だけでも討伐できると思うぞ?」

「いや。一人では危険だな」

「なぜだ?」

「いくら〈剣聖〉でも、毒には敵わないだろ?」

「毒を撒かれるより先に倒せばいい」

「まぁそうなのだが……。いや。やはり神官を付けよう」

「そうか」


 ベルナティオのレベルは、ナーガよりも上だった。推奨討伐レベルをはるかに超えており、一人でも余裕だと考えている。

 それでもヴァルターは、身の安全を優先した。

 部隊の隊長として、一人の犠牲も出したくはないのだろう。


「俺とベルナティオ殿。他は神官と魔法使いが一人ずつだな」

「分かった」

「残りの者は、後方からの魔物に対処しろ! 突破されて邪魔をさせるな!」

「「おおっ!」」


 気合が入った小さな声が響く。

 ここは魔物が巣くう迷宮なので、大声など以ての外だ。

 ともあれベルナティオは、ヴァルターとフィロについていく。後ろには神官と魔法使いが続き、通路の角まで進む。

 視覚は、ランタンから漏れる灯りが頼りだった。

 現在は光量を落として、ナーガに気付かれないようにしている。


「この先か?」

「そうだよ。もう一回確認するね」

「任せる。皆は準備をしてくれ」


 ナーガがいる部屋が近く、ベルナティオは戦闘の準備に入る。

 そして、フィロからの報告を待つ。

 ここまでは、ランタンの薄暗い明かりを頼りに進んできた。しかしながら今は、ランタンに備わったシャッターが下りている。


「暗闇で見えるのは羨ましいな」

「戦闘になったら、ちゃんと光を灯すぜ」

「頼む。気配は分かるが、視認したほうがいいからな」

「おっ! まだ一体のようだ。行くぞ!」


 現在の状況を、フィロの手信号で伝えられたようだ。

 その意味はベルナティオに分からないが、ナーガの他に魔物はいないらしい。ヴァルターから合図が出たので、目を閉じて味方の気配を探る。

 同時に、後ろにいた魔法使いが光属性魔法を発動した。



【ライト/光】



 魔法使いが持つ杖に光が灯り、暗い通路が明るくなる。

 いきなり強い光を見ると、視覚が潰されてしまう。だからこそ目を閉じたのだが、徐々に開けながら明るさに慣れさせる。

 もちろんすでに走りだしており、ヴァルターの気配を追いかけていた。


「フィロはここで待っていろ!」

「ティオ。頑張ってね!」


 ヴァルターを先頭に、一行はフィロの横をすり抜けて奥に向かう。

 奇襲にならないのは当然で、ナーガはこちらを向いて威嚇していた。


「シャーッ!」

「俺に防御魔法を!」

「はいっ!」



【レジスト・ポイズン/毒耐性付与】



 神官から信仰系魔法を受けたヴァルターが、部屋の中に飛び込む。

 以降はナーガに接近して、大盾を構えた。


「来なっ!」

「シャーッ!」


 ヴァルターの戦い方は、防御に特化している。グレートソードをぶん回すどこかの戦士と違って、本来の盾職戦士を地で行く。

 ナーガは言語を理解しないが、それなりに知能がある。上半身を左右に揺らしながら隙を探り、攻撃できる箇所を探していた。

 大盾が邪魔だと認識した行動だ。


「魔法で攻撃しろ!」

「はいっ!」



【ロック・ジャベリン/岩のやり



 ヴァルターがナーガを引き付けている間に、魔法使いが攻撃を仕かけた。

 ナーガの左右に岩の槍を作り出して、勢いよくぶつけている。

 迷宮や洞窟では、火属性魔法が厳禁だった。

 煙で肺を痛める場合があり、酸素も失われてしまうからだ。ランタンや松明程度であれば良いが、魔法の炎はかなりの酸素を消失する。

 そしてナーガには、水属性魔法が効かない。風属性も空気を使うので控えたほうが良い。だからこそ魔法使いは、土属性魔法を使っていた。


「キシャーッ!」


 魔法攻撃を受けたナーガは、上半身を後ろに反らした。

 それを確認したヴァルターは、大盾を前に出して足を踏ん張る。ナーガが次に繰り出す攻撃に耐えるためだ。

 反り返ったナーガは、弓から放たれた矢のような勢いで向かってきた。続けて両拳を前に出して、大盾にぶつかる。

 その攻撃を踏ん張って耐えたが、勢いがあり過ぎて押されてしまう。


「ぐうううっ!」

「私に任せろ!」


 ベルナティオは勝機と見て、ヴァルターの左から飛び出す。

 ナーガの攻撃は大盾に受け止められて、今は無防備の状態だ。ならばと刀の柄を握りながら、床の上を走る速度を上げて接近する。

 間合いに入ったところで、鞘から刀を抜いた。


「まだ早い!」

「でやああっ!」


 ベルナティオは目にも止まらぬ速さで刀を抜いて、ナーガの胴体を斬る。

 そして返す刀で、首を狙った。


「シャーッ!」


 その瞬間、ナーガの側頭部が開く。コブラのような皮膚の膜だ。

 斬られたことがトリガーになったのか、紫色の液体が飛び散った。しかしながらベルナティオは意に介さず、ナーガの首を斬り落とす。

 ただし、その液体を浴びてしまった。


「うぐっ!」

「治療だ!」

「はいっ!」



【キュア・ポイズン/状態異常回復・毒】



 ヴァルターの命令で駆け寄った神官が、ベルナティオに信仰系魔法を使う。

 この魔法は、毒だけに効果がある。効果対象を絞るので、初級の状態異常回復魔法よりも効果があった。


「大丈夫か?」

「少し無茶をしたようだ」

「まったく……。部屋を出るぞ!」


 ナーガを討伐した一行は、フィロが待つ場所に戻った。

 毒を撒き散らされたので、暫くは部屋が使えないだろう。地下五階層に向かう階段があるとはいえ、精鋭部隊は待機せざるを得ない。

 ベルナティオは地面に腰を下ろし、壁に背を預けるのだった。

Copyright©2021-特攻君

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