ブロキュスの迷宮4
地上に戻ったフォルトは、森司祭セレスがいる天幕に向かう。
今回もまたバトンタッチができるように、ルリシオンを同席させた。
ちなみにカーミラは、スキル『隠蔽』を使って人間の姿に変わっている。周囲からは従者と思われているので、マリアンデールと一緒に外で待機してもらう。
「お疲れさまでした。どうでしたか?」
「俺たちが到着してからの被害は無い」
「あはっ! お姉ちゃんが一瞬で潰しちゃったわあ」
「そ、そうですか。さすがはローゼンクロイツ家ですね」
「まぁ到着前は知らん」
「それで、討伐隊の者たちは?」
「勝手に撤収してくると思うぞ?」
「しかしそれほどの力があれば、女王蟻も……」
上目遣いのセレスが、フォルトの顔をチラチラと窺ってくる。
もちろん、彼女の気持ちは分かる。しかしながら、こちらにも予定があるのだ。討伐隊の救援はやったので、依頼は終了である。
それでも不思議に思うことがあり、一つの疑問を呈した。
「討伐隊に強者はいないのか?」
「いますよ。ですが、迷宮を先行している部隊に配属されています」
「ほう。どのような奴だ?」
「〈剣聖〉ベルナティオ様です」
「け、〈剣聖〉だってえ!」
「フォルトぉ。どうしたのお?」
「いや。何でもない」
セレスから強者の二つ名を聞いて、フォルトの心は踊った。
厨二病が刺激され、思わず後ずさる。
「最近、開花されたそうです」
「開花?」
「カードの称号欄に「剣聖」と……」
「なるほど」
心の内から沸き上がる感情が止まらない。
そして、遠くからでも良いので眺めてみたい。フォルトの身内レイナスの称号は「氷結の魔剣士」なので、どれほどの差があるか。
「さぞかし強いのだろう」と、意味も無く頷く。
「どうかされましたか?」
「〈剣聖〉と聞いて興味が湧いただけだ。ところでその……。男なのか?」
「人間の女性ですよ。フェリアスには武者修行に来たと言っていました」
「武者修行か。そうかそうか」
「フォルトぉ」
「何だルリ?」
ルリシオンが呆れ顔だ。
女性と聞いて執着していれば、彼女に察せられて当然か。〈剣聖〉を手に入れたいということに……。
事実そのとおりで、フォルトの眼が爛々《らんらん》と輝いていた。
「強欲ねえ」
「そ、そうだな。少し抑えるか」
「何か?」
「い、いや。では、その〈剣聖〉がいれば討伐できるのではないか?」
「まだ戻ってこないのです」
「いつ戻るのだ?」
「彼女が配属された精鋭部隊は、現在のところ地下四階層ですね」
「ふむふむ」
「迷宮の通路は狭く、大部隊では討伐できません」
「だろうな」
魔物の間引きをするにあたり、強者は精鋭部隊として下層を担当する。
上層の間引きは、そこまで強くない者たちが行う。また討伐で大きな被害を出しそうな魔物――女王蟻など――は放置である。
要はスタンピードに発展しなければ、それで良いのだ。
「ブロキュスの迷宮では、地下五階層まで間引きをすれば撤収します」
「なるほど。全滅させるのは不可能だと?」
「はい。また何年か後に同じことをやりますね」
「大変だな」
「どの魔物の領域でも同じですよ」
魔物の領域だと大軍を擁することが難しく、間引きの段階だと緊急性は低い。大掃除するにも強者は足りず、被害が甚大になるのだ。だからこそ、どの国家でも間引きだけに留めている。
エウィ王国が悪い例だった。
魔の森に兵士や冒険者を送り込んでいるが、掌握するには至っていない。フォルトがゴブリン・オーク・オーガを連れ出したとしても、だ。
多少は奥地に進めて、開拓を始めているようだった。
それでも、森の全域となると終わりが見えないだろう。少しでも魔物が残っていれば繁殖するので、人的被害は相当なものか。
(ウィズ何とか! というやつか? そう考えると、こっちの世界は大変だな。こういう場面に出くわすと、改めて差を感じてしまう)
「では、女王蟻は放置でいいな」
「倒せるなら倒してもらったほうが……」
「ですよね。だが、マリとルリの限界突破が優先だな」
「そこを何とか!」
「何ともならん。そもそも、指揮下に入らないと言っただろ?」
「………………」
もう自分たちの用事を終わらせて、幽鬼の森に帰還したい。
はっきり言ってフォルトは、すでにホームシックである。身内と離れることに慣れておらず、肉体的・精神的に癒されたくなっていた。
道草を食っている場合ではないのだ。
そうは言ってもエルフが欲しいので、一つ提案してみる。
「うーん。なら、悪魔に魂を売れるか?」
「え?」
「セレスさんさえその気になれば、女王蟻ぐらい簡単に駆除するぞ」
「フォルトぉ。ストップよお」
今のフォルトは、〈剣聖〉の件で生じた強欲が抑えられなかった。エルフの里に訪れるまで待てず、セレスを手に入れようとしてしまった。
確かに、彼女でも良い。まさにエルフであり、自身の好みでもある。十分に、強欲と色欲を満足させられるだろう。
ただしそれは、エルフ族と敵対することを意味する。
ルリシオンのおかげで冷静さを取り戻し、そのことを思い出した。
「まぁ何だ。時間は無限にあるしな」
「何か?」
「先ほどの言葉は忘れろ。女王蟻の討伐は貸しってことでどうだ?」
「貸し、ですか?」
「依頼された討伐隊の救援は、エルフの里への招待が報酬だ」
「はい。確認の手紙を出したばかりですが……」
「女王蟻の討伐は、セレスさん個人への貸しだ!」
「何で返せば良いですか?」
「決まっている。エルフの里を案内してほしい」
「え? その程度で良いのですか?」
「旅行と言っただろ。ガイドを頼む。まぁ試したいこともできた」
「何を試されるのですか?」
「内緒だ。では行ってくる」
これで、旅行券――里からの回答待ちだが――とガイド役が揃った。
フォルトはルリシオンの腰に手を回して、セレスの前から去っていく。先ほどの迷宮蟻から察すると、女王蟻の討伐など容易だ。
そしてどうせ討伐するならと、一石二鳥にする。
「あはっ! 何を試すのお?」
「手加減」
「確かにフォルトは、戦闘経験が少ないわねえ」
「うむ。みんなや召喚した魔物にやらせてばかりだったからな」
「フォルトらしいと思うけどお?」
「ははっ。こういう機会は滅多にない。遊びだ遊び」
「ふーん。いいんじゃないのお」
魔人としての自覚があるフォルトでも、その力の使い方は雑だ。
もちろん怠惰は健在で、別に戦闘経験を増やしたいわけではない。しかしながら、加減を知らないと事故のもと。
そんなことを考えながら、カーミラやマリアンデールと合流する。と同時に、女王蟻を討伐する旨を伝えるのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトたちは休憩を取った後、再びブロキュスの迷宮に潜った。
そして、討伐隊が迷宮蟻と戦っていた部屋に戻る。一階層の地図ではその先に巣があるらしく、女王蟻もいるだろう。
ともあれ後始末がまだのようで、獣人族の討伐隊が残っていた。
「まだやっていたのか?」
「あんたたちか」
フォルトはルリシオンを伴って、帰還前に会話した獣人族に声を掛ける。
周囲の者たちからは、奇異な目で見られてしまう。だがすぐに視線を逸らして、迷宮蟻の素材を確保するための作業を再開した。
「時間が掛かっているようだな」
「迷宮蟻は堅いからな。バラすのにも時間が必要だ」
「なるほどな」
「お前たちは、なぜ戻ってきた?」
「女王蟻の討伐だな」
「何だと!」
「この先にいるのだろ?」
「そうだが……。まさか四人で、か?」
「う、うむ。先ほどのアンデッドも召喚する。問題は無いはずだぞ?」
(召喚しないけどな。さすがに四人で討伐したら目立つだろう。演技が必要だな。ソフィアには下手だと言われたが、頑張ってみるとしよう)
この獣人族の戦士は、リビングアーマーとマリアンデールの強さを見ている。自分たちよりも強いと思っているようで、強くは止めてこない。
ただし迷宮蟻の脅威も知っており、半信半疑な表情を浮かべている。
「危険な気はするが……。援軍の礼として、何名か同行させるぞ」
「何だ。この討伐隊の指揮官だったか」
「犬人族のスタインだ。よろしくな」
スタインの頭部を見ると、犬の耳が生えていた。
獣人族は獣の特性を持っており、基本的に人間よりも強い。迷宮蟻で苦戦していたことを考えると、人間なら全滅していたかもしれない。
フォルトとしては脅威に感じなかったが、女王蟻の強さを一段上げておく。
「フォルトだ。フォルト・ローゼンクロイツ」
「ローゼンクロイツ家か。なら、強さは本物だな」
「信じるのか?」
「隣の魔族は、〈爆炎の薔薇姫〉ルリシオンだろ?」
「そうよお」
「後ろの嬢ちゃんが、〈狂乱の女王〉マリアンデールか」
「よく知っているわね」
「そりゃ魔族は隣人だったからな。戦争じゃ戦ったが、魔王のせいだろ?」
「そ、そうねえ。そういうことにしておくわあ」
勇魔戦争を引き起こしたのは魔王スカーレット個人という認識だ。
そしてマリアンデールとルリシオンは、ソル帝国軍を蹂躙している。フェリアス方面ではないので、亜人に恨まれていない。
その割り切った考え方に、フォルトは好感を持てた。
「隣人ねぇ」
フォルトは思う。
やはり姉妹のためにも、亜人の国フェリアスとは仲良くするべきだと。またシェラも同様で、この国の住人なら嫌な顔もしないだろう。
自身と同様に、人間が嫌いなだけなのだから……。
「あぁよろしくな」
フォルトの言葉に聞き耳を立てていた者たちから、ホッとした声が漏れた。
彼らもまた、迷宮蟻を一瞬で討伐した者たちと敵対したくないのだろう。スタインと同様で、ローゼンクロイツ家を知っているようだ。
ここでも、家名がものを言っている。
「では元気な者は……」
「そのよろしくではない。同行者は要らないぞ。俺たちだけで平気だ」
「そ、そうか? なら、剣を持っていけ。折れていないのが残っている」
「貰っていいのか?」
「いいぞ。俺たちは撤収だ。支給品で悪いけどな」
「いやいや。受け取っておこう」
スタインが補給物資の中から、一振りの剣を持ってくる。
それを受け取ったフォルトは、鞘から抜いてみた。新品だが、何の変哲もない鉄の剣だ。アーシャが使っている剣と大差は無いだろう。
「有難く使わせてもらおう」
「別に折ってもいいぞ。ドワーフ族から支給されるからな」
「そうか。まぁ適当に使う」
(獣人族ね。猫耳少女は……。暗いし汚れていて、よく分からん。地上に出たときにでも物色するか。ニャンシーがいるから要らないけど、目の保養ぐらいは……)
フォルトにとっては珍しい種族ばかりで、強欲が収まっていない。
一応はルリシオンに悟られないように、視線だけを向けていた。止められたばかりなので、彼女をガッカリさせたくない。
少しずつでも、気持ちを落ち着かせていく。
「どうした?」
「い、いや。では行ってくる」
「死ぬなよ?」
「ははっ。地上でセレスさんが待っているぞ」
スタインと別れたフォルトたちは、部屋の反対側に伸びる通路に向かう。
通路に入ると魔力探知を広げて、女王蟻がどこにいるかを探る。
迷宮蟻よりは魔力を持っているらしく、判別は難しくなかった。ならばと、先頭を歩くカーミラに声を掛ける。
「カーミラ。地図は?」
「御主人様が探知したのは、この先ですねぇ。十字路を左でーす!」
「ふむふむ。とりあえず、討伐隊からは離れたな?」
「ですねぇ。あいつらが蟻に襲われることはないと思いますよぉ」
迷宮蟻の索敵範囲は広いが、先ほどの戦いで数が減っている。
十字路の先にも分散しているとはいえ、まだ距離があるので平気だろう。とはいえ巣の近くには結構いるので、もう少し進めばフォルトたちが気付かれるか。
そう思ったところで、姉妹が隣に並んだ。
「貴方はどう戦うつもりなのかしら?」
「この鉄の剣でバッサバッサと?」
「止めときなさあい。フォルトに前衛なんて無理よお」
「そ、そうか? でも、そうだな。手加減するとしても魔法だしな」
「そうそう。怠惰なのだから楽をしないとねえ」
「ルリの言ったとおりだな。確か迷宮だと火は……」
フォルトは戦闘で使う魔法を考えながら、ゆっくりと通路を進む。後ろを三人の身内が、ニコニコと笑みを浮かべながら追いかけてくる。
目的の場所に近づくと、迷宮蟻が発する音が聞こえてきた。
魔力探知によって先に発見してるので、心の準備はできている。しかしながら実際に自らが戦うとなると、それなりの勇気がいるようだ。
我知らず立ち止まると、三人の美少女に視線を向けるのだった。
Copyright©2021-特攻君
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