ブロキュスの迷宮3
ブロキュスの迷宮。
迷宮内には、薄暗い通路を進む四つの影があった。
そのうちの一つフォルトは光の精霊ウィル・オー・ウィスプを召喚して、周囲を照らしている。隣にはカーミラが並び、二つ目の影として地図を見ていた。
残りの影として、マリアンデールとルリシオンが続く。
当然のように、他には誰もいない。
「カーミラ。こっちで合っているのか?」
「地図通りなら大丈夫でーす!」
確かにブロキュスの迷宮は、人工的に造られていた。
床や壁は、山などから切り出された石材が使われている。通路の幅も等間隔で、同じような景色が続いていた。
自然にできた洞窟よりも、質が悪いかもしれない。
「蟻の死骸が無いな」
「素材として回収したはずよお。武具の材料になるからねえ」
「そうなのかルリ?」
「ドワーフが加工すれば、品質も良くなるわあ」
「なるほどな」
迷宮内には所々に戦闘の跡があり、魔物の死骸の一部が散乱している。血だまりもあるので、激しい戦闘が行われていたのだろう。
その死骸の一部を見ると、魔物は蟻だけではないようだ。
何となく記憶に残る昆虫の足などが落ちている。
(虫は嫌だなあ。まさかと思うが、あの黒い悪魔はいないだろうな? デカくなってカサカサカサっと動き回られたら……)
「フォルトぉ。どうしたのお?」
「い、いや。みんなは虫に対してどうなのだ?」
「どうって……。目の前に出たら、足で踏み潰すわあ」
「ふふっ。ルリちゃんに近づく虫は握り潰すわ」
「えへへ。御主人様の前で、バーンと潰しちゃいますねぇ」
「そ、そうか。潰すのか」
フォルトも蚊や蟻なら、何の問題も無く潰せる。おそらくだが、蠅も潰せる。だがそれ以外となると、手で潰したことがない。
やはり、気持ち悪さが先にきてしまうのだ。
「しかし地下十階層もあるのか。穴を掘るだけでも大変だろうに……」
「ドワーフは妥協をしないからねえ」
「そういう問題か?」
「使用目的にもよるでしょ」
「まぁなあ。で、目的は?」
「造ったのは古代のドワーフ族だし、どうせ鉱石だと思うわ」
「鉱山の鉱石でなければ……。ボーキサイト、か?」
ポーキサイトとは、アルミニウム原料である。
あちらの世界であれば、熱帯気候下での産出が盛んだ。地表に堆積するため、地面を掘れば採れたりする。
亜人の国フェリアスの気候であれば、それと合致しているような気がした。
「聞いたことがない鉱石けど、よく知っているわね」
「名称はあっちの世界だ。まぁ合っているかは知らん」
「適当ねえ」
「専門のドワーフではないからな」
フォルトは疑問に思っただけで、詳しく知るつもりはない。
それでも会話をしていないと、何となく気が滅入ってしまう。魔物の間引きが進んでいる関係で暇なのだ。
今のところ、魔物に襲われていない。
ともあれ……。
「この先だな」
「御主人様。何か……。あっ! そうでーす!」
「あら。魔力探知で何かを拾ったかしらあ?」
「うむ。まだまだ先だけど……」
「私たちには遠すぎて分からないわよ」
ルリシオンが言ったように、フォルトは魔力探知を広げている。しかも魔人の力として使っているので、探知範囲が広い。
悪魔のカーミラでも、ギリギリで届くか届かないかの距離だ。
「ははっ。先行している討伐隊の奴らだな」
「この探知場所ですとぉ。地図では広い部屋になっていますねぇ」
「急ぐのお?」
「まさか。走るのはダルい!」
「さすがは御主人様です!」
怠惰なフォルトが走るわけない。また魔力探知を広げすぎたので、少しだけ眩暈に襲われてしまった。
要は魔力探知というレーダーに、大量の生物を捕捉して酔ったのだ。
「魔力探知って……」
「貴方のことだから遠くまで広げたでしょ? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「ははっ。以後、気を付けるとしよう」
フォルトは「おぉ広がる広がる」と、魔力探知の範囲を無造作に広げた。といった内心をマリアンデールに読まれて、さすがに恥ずかしくなる。
以降は地図を頼りに、通路をゆっくりと進んでいく。
暫くは静かだったが、ある程度の距離を歩いたところで状況が変わる。金属音や大声が聞こえてきた。
先行している討伐隊のものだろう。
「さてと。行くとするか」
「御主人様が行きますかぁ?」
「ははっ。カーミラは冗談がうまいな」
「ですよねぇ」
「ルリ。迷宮蟻の推奨討伐レベルは?」
「レベル二十ぐらいじゃないかしらあ」
「ふむふむ。なら……」
【サモン・リビングアーマー/召喚・動く鎧】
フォルトは意気揚々に、得意の召喚魔法を発動する。
そして目の前に形成された召喚陣から、全身鎧の戦士が現れた。しかしながら、自身が思い描いていたものと違う。
「あれ?」
「どうしましたかぁ?」
「鎧が……」
「格好いいじゃないですかぁ!」
「そ、そうか? 俺もそう思う」
召喚されたリビングアーマーは、日本で有名な侍のような鎧武者姿だった。
兜からは角飾りが伸びて、怒りの表情をした烈勢面を装備している。また赤備え風の甲冑に、大きな肩当が付けられていた。
腰から下げている剣は、厨二病がくすぐられる刀だった。
「もしかしてニャンシーと同じで、俺のイメージからか?」
「多分そうですよぉ。リビングアーマーと言っても、形は様々でーす!」
「な、なるほどな」
「詳しい仕組みは分かりませーん!」
動く鎧。またの名をリビングアーマー。
鎧の中には誰も入っておらず、ゴーレムの一種と勘違いする者も少なくない。しかしながら実際はアンデッドで、霊体が動かしている。
討伐するには、魔法か魔法の武器が必要だ。
「まぁ面を付けているし、顔は分からないな」
「顔なんて無いですからねぇ」
「よし! 俺の代わりに、蟻と戦ってこい!」
「ギギギ」
フォルトが命令を与えると、リビングアーマーは音のする方向に走り出した。ガシャガシャとうるさいが、どうせ向こうでは戦ってるので大丈夫だろう。
それを見送った四人は、雑談をしながら追いかけるのだった。
◇◇◇◇◇
広い部屋の中では、激戦が繰り広げられている。
剣や盾を持った戦士たちが、その身で壁を築いていた。また彼らの後ろにいる魔法使いの面々が、敵の数を減らすために応戦している。
その敵とは迷宮蟻である。
大きさとしては、人間の成人男性と同じぐらいだ。
外皮は硬く、刃を通すなら相当な筋力が必要。また強靭な顎による攻撃は、人間の足など容易に切断してしまう。
一般兵なら、数人がかりでも苦戦する魔物だった。
とにかく数が多いので、戦士たちはジリジリと後ろに下がっている。
「押し返せ!」
「「おおっ!」」
迷宮蟻の顎を盾で防ぎながら、獣人族の一人が号令する。続けて同じように防いでいた戦士たちが、迷宮蟻を押し返そうと足を踏ん張った。
彼らの後ろからは、攻撃魔法が放たれる。
弓矢での攻撃は効果が薄く、魔法使いの人数は少ない。広範囲に焼き払いたいところだが、迷宮だと火属性魔法は使いづらい。
それでも他の属性魔法を使って、少しずつでも迷宮蟻の数を減らす。
「いけるか!」
「奥から来なきゃな」
「退くのも手だぜ!」
「なに言ってんだ! ここからが勝負だぜ!」
戦士たちが攻撃するときは、迷宮蟻の足を狙って剣で斬る。
部屋の中では、金属のぶつかる音が鳴り止まない。
「あ、危ねえっ!」
「え?」
迷宮蟻の群れを押し返すタイミングで、戦士たちの陣形が崩れかかる。
何人かの戦士が、迷宮蟻の体当たりを受けたのだ。後ろに飛ばされており、場所によっては大きな穴を空けてしまった。
当然のように穴を塞ごうと、待機中の戦士が前に出る。しかしながら、そうやってできた穴にも被害の差があった。
そして運が悪いのか、大きく崩れそうな場所に限って戦士の数が足りなかった。
「拙い! 穴を広げられるぞ! 誰か来てくれ!」
「駄目だ! 間に合わねえ!」
壁を突破されると乱戦になり、数で負けている討伐隊の被害が甚大になる。
まだ塞ぎきっていない隙間に向かって、迷宮蟻の一匹が突撃してきた。
そして誰もが、「やられた!」と思った瞬間。耳をつんざくような特大の金属音が部屋に木霊する。
赤い鎧を装備した戦士が、その迷宮蟻を真っ二つに斬り捨てたのだ。
「助かったぜ! っておい! 戻ってこい!」
「ギギギ」
「あいつは何て言った?」
奇怪な声を発した赤鎧の戦士は、足を止めずに前に出た。
あのように一人だけで突出すると、迷宮蟻が群がるに決まっている。無謀としか思えず、すぐにでも連れ戻さないと死んでしまう。
「助けねえと!」
「もう無理だ! いったん下がって、陣形を立て直すぞ!」
「見捨てるのか!」
「大丈夫だ! 見ろ! 赤鎧ヤローは強ぇじゃねえか!」
「え?」
「ギギギ」
迷宮蟻が赤鎧の戦士に群がっているが、まるで意に介さず攻撃している。また剣が振られるたびに、迷宮蟻の頭部は斬られていった。
それでも、腕や足などに噛みつかれている。
切断はされていないが、それも時間の問題かもしれない。
「赤鎧の頑張りを無駄にするな! 急いで陣形を整えろ!」
「「おおっ!」」
後退する間にも赤鎧の戦士を見るが、戦い方は変わっていない。しかも疲れを知らないのか、その動きが衰えることはなかった。
とりあえず赤鎧の戦士のおかげで、討伐隊は危機を脱するのだった。
◇◇◇◇◇
赤鎧の戦士のおかげで陣形が整った頃。
フォルトは目的の部屋に到着して、部屋の中を見渡した。
多くの獣人族がおり、部屋の中央付近では戦闘をしているようだ。怒声や金属音が飛び交って、思わず耳を塞ぎたくなる。
ともあれ、一番近くにいる者に声をかけた。
治療を担当している獣人族らしく、戦士の一人に信仰系魔法を使っている。
「ちょっといいか?」
「誰だ? 今は忙しい!」
「俺はフォルト・ローゼンクロイツ。セレスから頼まれてな」
「セレス様だと? まさか頼んでいた援軍か!」
「そう言っている。数は少ないけどな」
「何人でもいい! お前は魔法使いだな?」
「んー。それでいい」
「なら、戦士たちの後ろから蟻を攻撃してくれ!」
「分かった」
話を終えたフォルトは、前方に展開する戦士たちを眺める。
どうやら、リビングアーマーが囮になっているようだ。簡単な命令しか与えていないので、近くにいる迷宮蟻に襲い掛かっているのだろう。
「御主人様が戦うんですかぁ?」
「駄目か?」
「えへへ。色々とバレちゃいますよぉ」
「あ……。そうだったな。力の加減がどうもなあ」
たまにフォルトが使う攻撃魔法は、ほとんどが初級魔法だ。
そして魔人として使うと、初級でも上級クラスの威力になる。魔力の調整をしないと強大な魔法に見られるので、探られたくない腹を探られてしまうのだ。
その調整の加減が難しかった。
「私がやるわ」
「マリが、か?」
「すぐに済むわよ。貴方は高見の見物でもしていなさい」
「ふーん。なら任せる」
フォルトの事情を知っているマリアンデールが前に出る。
ルリシオンも同行するが、姉を手伝うつもりはないようだ。迷宮蟻からというよりは、周囲の討伐隊員を警戒している。
「お姉ちゃん。頑張ってねえ」
「ああん! ルリちゃんの期待に応えて、一瞬で終わらせてあげるわ!」
【グラビティ・プレス/重力圧】
マリアンデールが得意とする重力系魔法だ。
この魔法の利点は、わざわざ集団化しなくても良いところだろう。魔力を多く込めることで重力球の数が増やせ、同時に威力を上げることもできた。
そのぶん魔力の消費は激しく、通常は片方に絞る。
「蟻ごときなら数だけでいいかしらね。さぁ潰れなさい!」
「「ギョッ!」」
その重力系魔法の使い方が芸術的だ。
普段であれば相手の頭上に出現させるが、今回は迷宮蟻を囲むような配置で、重力球を何個も浮かべた。
まさに、重力球の輪である。
結果として、迷宮蟻の群れは輪の中央に向かって押し合った。また硬い外皮に罅が入ると、バキンという音と共に潰れる。
そしてリビングアーマーも、迷宮蟻ごとペシャンコになってしまう。
「終わったわ」
「やるな。省エネか?」
「省エネ? 全部に使っていたら、魔力がいくらあっても足りないわ」
「だろうな。マリの戦闘センスには畏れ入る」
「ふふっ。貴方に褒められるのは悪い気がしないわね」
「お、おい!」
マリアンデールを労っていると、獣人族の戦士が声をかけてきた。怒っているのか戸惑っているのか、微妙な声である。
何となく言われる内容が分かるので、彼女の前に出たフォルトが対応した。
「赤鎧の戦士も巻き込んじまったぞ!」
「あれは俺が召喚した魔物だ。だから気にするな」
「え?」
「しかも、鎧の中身はアンデッドだ!」
「アンデッドだと? まさかお前は、アルバハードの領主の手下か?」
「ル、ルリ……」
「はいはい」
肩を落としたフォルトは溜息を吐いて、ルリシオンにバトンタッチをした。
これ以上の会話は苦痛なので、もう彼女に任せてしまう。また何事も無かったかのようにマリアンデールを連れて、カーミラの近くまで下がる。
獣人族の戦士はまだ何かを言いたそうだが、もう話すことはない。
「これで、セレスからの依頼は終わりだな」
「はあい!」
討伐隊の総司令官セレスからの依頼。
それは地下一階層で、迷宮蟻に苦戦している部隊への援軍だった。巣の近くで、間引きをしていた部隊があったのだ。
援軍要請がきていたので、フォルトたちに白羽の矢が立った。
「地上に戻るとしようか」
「こいつらはどうしますかぁ?」
「勝手に撤収するだろ。俺たちでは治療も……。できないしな」
魔人のフォルトは、信仰系魔法が使えない。
呪術系魔法で傷を移すにしても、近くに呪える相手がいない。
「えへへ。さっさと戻って、御主人様とイチャイチャしまーす!」
「ルリちゃん! 帰るわよ!」
「あはっ! それじゃあ後はよろしくねえ」
「あぁ……」
ルリシオンは説明の途中だったようだが、もう十分だろう。
彼女は有無を言わさない威圧感を出して、獣人族の戦士を黙らせている。もしもこれ以上討伐隊と一緒にいれば、何かを手伝わされそうだ。
兎にも角にも四人で仲良く、地上に向かうのだった。
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