ブロキュスの迷宮2
ブロキュスの迷宮が近いということで、フォルトたちはスケルトン神輿を下りた。以降は暫く進むと、木々が伐採されて開けた場所に出る。
ドワーフ王ガルドが言っていた討伐隊の駐屯地だろう。
そこには、大勢の武装した集団がいた。
「ここか?」
「何だお前たちは?」
フォルトたちに気付いた男性が、早足に近づいて声をかけてきた。
この人物もそうだが、頭部に獣耳が生えている者たちが多い。と言っても人間との差異はそれぐらいで、他に変わった部分は見られないか。
獣人族と呼ばれる種族だろう。
「ルリ。悪いがよろしく」
「はぁ……。いいわよお」
最近は国王や貴族の相手をしており、フォルトの脳みそは疲れきっていた。
そこで、ルリシオンにバトンタッチだ。
亜人の国フェリアスの住人は、人間と確執――差別に起因する――がある。逆に魔族は勇魔戦争があったとはいえ、お互いは過去のものと割り切っているらしい。
もちろん引き籠りの弊害で、人と話すのが苦手ということもある。
「その角は……。魔族か?」
「そうよお。私たちはミノタウロスに用があるのよねえ」
「ミノタウロスだと? 遭遇した話は聞いてねぇな」
「勝手に行くから邪魔をしないでねえ」
説明は面倒と言いたげなルリシオンは、男性に要点だけを伝える。
司令官の居場所など尋ねることはあるが、それらをすっ飛ばしていた。もしかしたら最初の対応は、フォルトのほうが無難だったか。
それでも、獣人族の男性は気にしていないようだ。討伐隊の規則は分からないが隊員でもない者が訪れても、誰を呼ぶでもない。
どうも、軍隊とは勝手が違うかもしれない。
「四人でか? 馬鹿も休み休み言え!」
「あら。死にたいのかしら?」
「何だお前は?」
「ルリちゃんの姉よ。迷宮の入口だけ教えて、とっとと消えなさい!」
「ふざけるな! この……」
「あ、カーミラ」
「はあい! 黙ってくださいねぇ」
「むぐぐっ!」
獣人族の男性が、爆薬を投下しそうになった。
フォルトとしてはいきなり血の海もないだろうと、カーミラに口を塞がせる。直接触れたくないからか、布を持っているところが可愛らしい。
マリアンデールに視線を向けると、何を言われそうだったか察していた。
お尻を叩かれたので、乾いた笑みを浮かべておく。
「おい! どうした?」
「何かあったのか?」
「おっ! 魔族がいるぜ!」
遠目だと、トラブルに見えたのだろう。
他の者たちが、フォルトたちの周囲に集まってきた。獣人族はもちろん、ドワーフ族や蜥蜴人族までいる。
(やれやれだな。どうしてこう、人が集まることになるのやら。カーミラがちょっと男の口を押さえただけだろ? まぁいい。とにかく! 俺は空気……)
三国会議の晩餐会で培った「空気になる」特技を使う。
ちなみに、それが有用だと勘違いしているのはフォルトだけだ。当たり前のことだが空気になれないので、渦中の人となる。
「何だあ? 人間もいるぞ!」
「魔族と人間だと? よく分からん組み合わせだな」
「人的交流は始まっているが、もうここまで来ているのか?」
「おい人間。ブロキュスの迷宮に何の用がある?」
野次馬というべき人たちに問いかけられて、フォルトは困ってしまう。
そしてカーミラは、男性の口から手を放して隣に戻ってきた。
「御主人様。どうしますかぁ?」
「あ、あぁ……。どうしようか?」
「やっちゃいますかぁ?」
「さすがにガルド王から念を押されたからな。ルリに任せる!」
「はいはい。ガルドから手紙を預かってるのだけどお?」
「ガルド? ドワーフ族のガルド王か!」
またもや、ルリシオンにバトンタッチをする。
彼女はガルド王の名前を出して、責任者を呼び出すつもりだ。
その行動に対して、フォルトは腕を組んで感心する。
人間が相手なら残忍だが、フェリアスの住人ならそうでもない。しかもブロキュスの迷宮に訪れた身内の中では、一番しっかりしている。
最初はどうかと思ったが……。
「マリは下がっておけ」
「え?」
「いや。ルリの邪魔をしないようにな」
「ちょっと貴方! 私を何だと……」
「まぁまぁ」
「ど、どこを触って……。ぁっ!」
穏便に済ませたいフォルトは、マリアンデールの肩に手を回して押さえ込む。彼女は色々と小さいので、腰に手を回せないのだ。
そのうえで、悪い手を解放した。弱点などは、知り過ぎるほど知っている。
続けてルリシオンに視線を向けると、一人の女性が声を掛けていた。
「この騒ぎは何事ですか?」
腰まで伸びた金髪の美女で、しかもエルフ族だ。
緑色の上着と、黒のズボン。そして、ロングブーツを履いていた。両腕にはアームウォーマーを付けており、肌の露出はまったく無い。
実に残念だが、クローディア以来の女エルフだ。
「貴女は誰かしらあ?」
「私はエルフ族のセレス。討伐隊の総司令官を任されています」
「あはっ! ルリシオン・ローゼンクロイツよお」
「ローゼンクロイツ家と言えば……。貴女が〈爆炎の薔薇姫〉ですね?」
「そうよお」
フォルトと出会う前の姉妹は、ガルド王のところに身を寄せていたのだ。
その際に二人の存在を隠匿したが、フェリアスの盟主エルフ族には伝えられた。直接会ったことがなくても、彼女たちの名声は承知していたらしい。
マリアンデールに視線を向けたセレスは、〈狂乱の女王〉かと問い質した。
「話が早いわね。貴女への手紙を預かっているわ」
「手紙ですか? これはガルド王からですね」
討伐隊の責任者であるセレスが現れたことで、野次馬たちは解散した。
そしてフォルトの目は、ガルド王からの手紙を読むセレスに向いている。
間近にいる女エルフを、目に焼き付けるためだ。全身を舐め回す視線の動きは、確実に世の女性から距離を置かれる。
ともあれ手紙を読み終えた彼女は、ルリシオンとの会話を続けた。
「なるほど。お二人の限界突破の対象がミノタウロスですか」
「そうよお。勝手に行かせてもらうわねえ」
「お待ちください」
「貴女の指揮下に入るつもりはないわあ」
「勝手に動かれると、こちらに被害が出るのです」
「知ったことではないわよお。私たちに近づかなければいいわあ」
「待てルリ!」
セレスは困っているようだ。
ガルド王からの手紙にも、フォルトたちが勝手に動くと書いてあるはず。
こちらとしても、すぐに対応は無理だと理解してしている。だからこそ、「討伐隊に迷惑をかけられない」とルリシオンに伝えた。
もちろんそれは建前で、エルフ族を前にテンションが上がったのだ。
(やはりエルフ族は欲しいな。と言ってもセレスを拉致ると、面倒事になるのは分かりきっているしなあ。せっかく知り合えたのに、いきなり敵対も……)
「現状を聞いて、こちらが合わせようか」
「どうしたのお?」
「別に急いでいるわけではないからな」
「そうだけどねえ」
「ははっ。ゆっくり行こうではないか」
面倒でもフォルトは、丁寧に対応することにした。
あわよくば仲良くなって、エルフの里に案内してほしい。里であれば彼女以外の女エルフもいるのだから、品定めが捗るだろう。
大罪の色欲と強欲が、怠惰を上回ったのだ。
「ローゼンクロイツ家の方々は、ガルド王の客人として扱います」
「よろしく頼む」
「はい。では、現状を説明しますね。こちらに……」
セレスに促されて、フォルトたちは大きめの天幕に向かう。
この天幕は司令官室になっており、討伐隊の隊長格が集まっていた。
何かの会議をしていたようだが、当然のように参加するつもりはない。ひと先ず天幕の外で、彼女に呼ばれるまで待機するのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトはルリシオンだけを連れて、天幕の中に入った。
そして総司令官のセレスから、現状の説明を受ける。
まず討伐隊の先頭は、ブロキュスの迷宮の地下三階層を進んでいるらしい。ミノタウロスの遭遇報告は無いので、地下四階層以降に棲息していると思われた。
そして討伐隊の間引き作業は、魔物の全滅を狙っていない。目的は数を減らすことなので、地下一階層にも魔物が残っている。
勝手に動くとしても、この点は留意しておく必要があった。
「迷宮内の構造は?」
「入り組んでいますが、到達階層の地図はあります」
「なるほど。地図はもらえるのか?」
「はい。こちらが模写した地図になります」
地図を受け取ったフォルトは、テーブルの上に広げる。
地下三階層までらしいが、この地図があれば迷うことはないだろう。だが、気になる点があった。
地図の所々に、赤いバツ印が付いているのだ。
「この赤い印は?」
「魔物の巣ですね。攻略するとしても、少数精鋭が求められます」
「なるほど」
大量の魔物が巣くっている場所に、大人数は送り込めない。
確かに弱者が向かっても、魔物の餌になるのが関の山か。また迷宮の通路では広がれないので、人数を送ったところで目詰まりを起こすだけだ。
セレスの話は的を射ており、フォルトも避けるべきと考える。
「ちなみに、どのような魔物が巣くっているのだ?」
「地下一階層は迷宮蟻です」
「蟻か」
「堅いうえに、数が大量にいます」
「ふむふむ」
迷宮蟻。
基本的な習性は、普通の蟻と同様だ。女王蟻の命令を受けた働き蟻が、ブラック企業さながらに仕事をする。
女王蟻を討伐すれば巣を壊滅させられるが、辿り着くのは容易ではない。
蟻の習性として巣の外にいる蟻は三割前後で、残りはすべて巣に残っている。だからこそ攻め込むなら、その七割の蟻を相手にしなければならない。
「で、お前さんは討伐に参加するんだろ?」
「ローゼンクロイツ家の令嬢姉妹がいるなら、討伐が楽になりそうだな」
「頼むぜ! 期待しているよ」
「いやあ。ガルド王も良い人材を送ってくれるじゃねえか」
隊長格の面々が、期待を込めた視線を送ってくる。
様々な者と会話するようになって思い知ったが、ローゼンクロイツ家としてのマリアンデールやルリシオンの名声は高い。
ともあれ「こちらが合わせる」と言ったが、討伐の邪魔をしないだけだ。
「俺たちはミノタウロスだけに用事があるのだ」
「セレス様から聞いてはいるがな。各層を攻略しないと辿り着けないだろう」
「魔物が残っていても、三階層までは行けているのだろ?」
「まあな。四階層からがキツくて、まだ駆除がやれてねぇんだ」
「なるほどな」
「どうせ下層に向かうのだろ? だったら手伝えよ」
(調子が良いだけに聞こえるが……。進行方向に魔物がいたら倒すだけであって、お前らと一緒になって討伐しないぞ? でも獣人族か)
眷属のニャンシーを見れば分かるように、フォルトは獣人系も好きだった。エルフが一番だが、なるべくなら友好的に接しておきたいと考える。
隊長格の者たちが男性ばかりとはいえ、獣耳少女には期待していた。
それでも……。
「だが断る!」
「何だと!」
「いや。俺たちはさっさと向かいたいのだが?」
「そんなことを言うなよ。別にいいじゃねぇか」
「いやいや。俺たちにメリットは無いのだが?」
そう。現状だと、彼らに協力しても利益が無い。
ボランティアに近い討伐隊とはいえ、人が動くなら対価が必要だ。しかもローゼンクロイツ家であれば、相応の対価を要求しないと姉妹に足を踏まれる。
もちろんそれについては、天幕に入る前から決めていた。だからこそフォルトは今この場で、セレスから確約を取っておきたい。
「メリットですか?」
「うむ。例えば手伝った報酬として、エルフの里に招待とか?」
討伐隊の総司令官であれば、セレスはエルフ族の中でも発言権がある人物だ。確約の言質を取れば、友好的に女エルフの品定めができる。
いっそのこと、エルフの里に拠点を移しても良い。
男性のエルフは邪魔かもしれないが……。
「もしかして、目的は世界樹ですか?」
「違う。エルフ族に用がある」
「どのようなご用が?」
セレスの目が鋭くなる。
エルフ族は、排他的な種族だ。
フェリアスの住人でも、エルフ族の領域に足を踏み入れるには許可がいる。しかも種族全体に用があるとは、彼女に警戒されて当然だろう。
フォルトは何も知らない――実際知らない――体にして、思い付きで回答した。
「拉……。んんっ! まぁ物珍しさだな。旅行と言い換えてもいい」
「魔物が跳梁跋扈するフェリアスで?」
「ははっ。俺たちは強いからな。まぁどうしても、とは言わないが?」
目を閉じたセレスは考え込んでいる。
討伐隊の総司令官としては、ローゼンクロイツ家の力――〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉――は借りたいだろう。
少しでも被害を減らして、今回の任務をやり遂げたいはずだ。
弱みに付け込んでしまったが、そもそもフォルトたちは数に入っていない。降って湧いたような話なのだから、破格の報酬でもある。
エルフの里に案内するだけで、ローゼンクロイツ家が手を貸すのだから……。
「クローディア様と相談になりますが、前向きに検討します」
「検討か。まぁすぐには決められないか」
「ガルド王の客人なら大丈夫かと思います」
「別の報酬も考えておくが、大いに期待しておく」
「では早速、ローゼンクロイツ家にお願いがあるのですが?」
「あ……。待ってほしい。俺は疲れたから、後はルリと相談してくれ」
「そ、そうですか? では、お休みになられる天幕を用意させますね」
「ありがとう」
この程度で疲れたは無いといった表情だが、セレスは突っ込んでこない。
とりあえずフォルトは、ルリシオンに耳打ちする。以降は天幕から出て、カーミラとマリアンデールがいる場所に戻った。
「貴方。私のルリちゃんを……」
「済まん済まん。マリの優秀な妹なら任せられるかなと思ってな」
「そ、そう? なら許してあげるわ」
「とりあえずルリには伝えてあるが、俺たちは適当に討伐隊を手伝う」
「本気?」
「エルフが欲しくてな」
「別にいいけどね」
ソフィアを身内にしたばかりなので、フォルトは恥ずかしくなった。
こちらの世界の住人は、男女間の思想がドライである。
一夫多妻・一妻多夫が常識の世界だと理解して実践しているとはいえ、自身には日本での常識が残っているのだ。
見境が無いと思われていないか、少しばかり気が気でない。
「つ、ついでということだ。レイナスたちを待たせてしまうが……」
「帰還したら構ってあげればいいわよ」
「そうしよう」
「ふふっ。今は私たちのことを考えなさい!」
「はいはい。ならマリには、膝枕を頼もうか」
「し、仕方ないわね! ほら……」
マリアンデールはツンとしながら、地面に座り込んだ。
フォルトは「レアを引き当てた」と思いながら、彼女の膝枕を堪能する。
周囲から見れば、おっさんが子供に膝枕をさせていると捉えられてしまうか。だが彼女のレアな行動は逃せずに、至福のときを過ごすのだった。
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