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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十二章 剣聖
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ブロキュスの迷宮2

 ブロキュスの迷宮が近いということで、フォルトたちはスケルトン神輿みこしを下りた。以降は暫く進むと、木々が伐採されて開けた場所に出る。

 ドワーフ王ガルドが言っていた討伐隊の駐屯地だろう。

 そこには、大勢の武装した集団がいた。


「ここか?」

「何だお前たちは?」


 フォルトたちに気付いた男性が、早足に近づいて声をかけてきた。

 この人物もそうだが、頭部に獣耳が生えている者たちが多い。と言っても人間との差異はそれぐらいで、他に変わった部分は見られないか。

 獣人族と呼ばれる種族だろう。


「ルリ。悪いがよろしく」

「はぁ……。いいわよお」


 最近は国王や貴族の相手をしており、フォルトの脳みそは疲れきっていた。

 そこで、ルリシオンにバトンタッチだ。

 亜人の国フェリアスの住人は、人間と確執――差別に起因する――がある。逆に魔族は勇魔戦争があったとはいえ、お互いは過去のものと割り切っているらしい。

 もちろん引き籠りの弊害で、人と話すのが苦手ということもある。


「その角は……。魔族か?」

「そうよお。私たちはミノタウロスに用があるのよねえ」

「ミノタウロスだと? 遭遇した話は聞いてねぇな」

「勝手に行くから邪魔をしないでねえ」


 説明は面倒と言いたげなルリシオンは、男性に要点だけを伝える。

 司令官の居場所など尋ねることはあるが、それらをすっ飛ばしていた。もしかしたら最初の対応は、フォルトのほうが無難だったか。

 それでも、獣人族の男性は気にしていないようだ。討伐隊の規則は分からないが隊員でもない者が訪れても、誰を呼ぶでもない。

 どうも、軍隊とは勝手が違うかもしれない。


「四人でか? 馬鹿も休み休み言え!」

「あら。死にたいのかしら?」

「何だお前は?」

「ルリちゃんの姉よ。迷宮の入口だけ教えて、とっとと消えなさい!」

「ふざけるな! この……」

「あ、カーミラ」

「はあい! 黙ってくださいねぇ」

「むぐぐっ!」


 獣人族の男性が、爆薬を投下しそうになった。

 フォルトとしてはいきなり血の海もないだろうと、カーミラに口を塞がせる。直接触れたくないからか、布を持っているところが可愛らしい。

 マリアンデールに視線を向けると、何を言われそうだったか察していた。

 お尻をたたかれたので、乾いた笑みを浮かべておく。


「おい! どうした?」

「何かあったのか?」

「おっ! 魔族がいるぜ!」


 遠目だと、トラブルに見えたのだろう。

 他の者たちが、フォルトたちの周囲に集まってきた。獣人族はもちろん、ドワーフ族や蜥蜴とかげ人族までいる。


(やれやれだな。どうしてこう、人が集まることになるのやら。カーミラがちょっと男の口を押さえただけだろ? まぁいい。とにかく! 俺は空気……)


 三国会議の晩餐会ばんさんかいで培った「空気になる」特技を使う。

 ちなみに、それが有用だと勘違いしているのはフォルトだけだ。当たり前のことだが空気になれないので、渦中の人となる。


「何だあ? 人間もいるぞ!」

「魔族と人間だと? よく分からん組み合わせだな」

「人的交流は始まっているが、もうここまで来ているのか?」

「おい人間。ブロキュスの迷宮に何の用がある?」


 野次馬というべき人たちに問いかけられて、フォルトは困ってしまう。

 そしてカーミラは、男性の口から手を放して隣に戻ってきた。


「御主人様。どうしますかぁ?」

「あ、あぁ……。どうしようか?」

「やっちゃいますかぁ?」

「さすがにガルド王から念を押されたからな。ルリに任せる!」

「はいはい。ガルドから手紙を預かってるのだけどお?」

「ガルド? ドワーフ族のガルド王か!」


 またもや、ルリシオンにバトンタッチをする。

 彼女はガルド王の名前を出して、責任者を呼び出すつもりだ。

 その行動に対して、フォルトは腕を組んで感心する。

 人間が相手なら残忍だが、フェリアスの住人ならそうでもない。しかもブロキュスの迷宮に訪れた身内の中では、一番しっかりしている。

 最初はどうかと思ったが……。


「マリは下がっておけ」

「え?」

「いや。ルリの邪魔をしないようにな」

「ちょっと貴方! 私を何だと……」

「まぁまぁ」

「ど、どこを触って……。ぁっ!」


 穏便に済ませたいフォルトは、マリアンデールの肩に手を回して押さえ込む。彼女は色々と小さいので、腰に手を回せないのだ。

 そのうえで、悪い手を解放した。弱点などは、知り過ぎるほど知っている。

 続けてルリシオンに視線を向けると、一人の女性が声を掛けていた。


「この騒ぎは何事ですか?」


 腰まで伸びた金髪の美女で、しかもエルフ族だ。

 緑色の上着と、黒のズボン。そして、ロングブーツを履いていた。両腕にはアームウォーマーを付けており、肌の露出はまったく無い。

 実に残念だが、クローディア以来の女エルフだ。


「貴女は誰かしらあ?」

「私はエルフ族のセレス。討伐隊の総司令官を任されています」

「あはっ! ルリシオン・ローゼンクロイツよお」

「ローゼンクロイツ家と言えば……。貴女が〈爆炎の薔薇ばら姫〉ですね?」

「そうよお」


 フォルトと出会う前の姉妹は、ガルド王のところに身を寄せていたのだ。

 その際に二人の存在を隠匿したが、フェリアスの盟主エルフ族には伝えられた。直接会ったことがなくても、彼女たちの名声は承知していたらしい。

 マリアンデールに視線を向けたセレスは、〈狂乱の女王〉かと問い質した。


「話が早いわね。貴女への手紙を預かっているわ」

「手紙ですか? これはガルド王からですね」


 討伐隊の責任者であるセレスが現れたことで、野次馬たちは解散した。

 そしてフォルトの目は、ガルド王からの手紙を読むセレスに向いている。

 間近にいる女エルフを、目に焼き付けるためだ。全身をめ回す視線の動きは、確実に世の女性から距離を置かれる。

 ともあれ手紙を読み終えた彼女は、ルリシオンとの会話を続けた。


「なるほど。お二人の限界突破の対象がミノタウロスですか」

「そうよお。勝手に行かせてもらうわねえ」

「お待ちください」

「貴女の指揮下に入るつもりはないわあ」

「勝手に動かれると、こちらに被害が出るのです」

「知ったことではないわよお。私たちに近づかなければいいわあ」

「待てルリ!」


 セレスは困っているようだ。

 ガルド王からの手紙にも、フォルトたちが勝手に動くと書いてあるはず。

 こちらとしても、すぐに対応は無理だと理解してしている。だからこそ、「討伐隊に迷惑をかけられない」とルリシオンに伝えた。

 もちろんそれは建前で、エルフ族を前にテンションが上がったのだ。


(やはりエルフ族は欲しいな。と言ってもセレスを拉致ると、面倒事になるのは分かりきっているしなあ。せっかく知り合えたのに、いきなり敵対も……)


「現状を聞いて、こちらが合わせようか」

「どうしたのお?」

「別に急いでいるわけではないからな」

「そうだけどねえ」

「ははっ。ゆっくり行こうではないか」


 面倒でもフォルトは、丁寧に対応することにした。

 あわよくば仲良くなって、エルフの里に案内してほしい。里であれば彼女以外の女エルフもいるのだから、品定めが捗るだろう。

 大罪の色欲と強欲が、怠惰を上回ったのだ。


「ローゼンクロイツ家の方々は、ガルド王の客人として扱います」

「よろしく頼む」

「はい。では、現状を説明しますね。こちらに……」


 セレスに促されて、フォルトたちは大きめの天幕に向かう。

 この天幕は司令官室になっており、討伐隊の隊長格が集まっていた。

 何かの会議をしていたようだが、当然のように参加するつもりはない。ひと先ず天幕の外で、彼女に呼ばれるまで待機するのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトはルリシオンだけを連れて、天幕の中に入った。

 そして総司令官のセレスから、現状の説明を受ける。

 まず討伐隊の先頭は、ブロキュスの迷宮の地下三階層を進んでいるらしい。ミノタウロスの遭遇報告は無いので、地下四階層以降に棲息せいそくしていると思われた。

 そして討伐隊の間引き作業は、魔物の全滅を狙っていない。目的は数を減らすことなので、地下一階層にも魔物が残っている。

 勝手に動くとしても、この点は留意しておく必要があった。


「迷宮内の構造は?」

「入り組んでいますが、到達階層の地図はあります」

「なるほど。地図はもらえるのか?」

「はい。こちらが模写した地図になります」


 地図を受け取ったフォルトは、テーブルの上に広げる。

 地下三階層までらしいが、この地図があれば迷うことはないだろう。だが、気になる点があった。

 地図の所々に、赤いバツ印が付いているのだ。


「この赤い印は?」

「魔物の巣ですね。攻略するとしても、少数精鋭が求められます」

「なるほど」


 大量の魔物が巣くっている場所に、大人数は送り込めない。

 確かに弱者が向かっても、魔物の餌になるのが関の山か。また迷宮の通路では広がれないので、人数を送ったところで目詰まりを起こすだけだ。

 セレスの話は的を射ており、フォルトも避けるべきと考える。


「ちなみに、どのような魔物が巣くっているのだ?」

「地下一階層は迷宮(あり)です」

「蟻か」

「堅いうえに、数が大量にいます」

「ふむふむ」


 迷宮蟻。

 基本的な習性は、普通の蟻と同様だ。女王蟻の命令を受けた働き蟻が、ブラック企業さながらに仕事をする。

 女王蟻を討伐すれば巣を壊滅させられるが、辿たどり着くのは容易ではない。

 蟻の習性として巣の外にいる蟻は三割前後で、残りはすべて巣に残っている。だからこそ攻め込むなら、その七割の蟻を相手にしなければならない。


「で、お前さんは討伐に参加するんだろ?」

「ローゼンクロイツ家の令嬢姉妹がいるなら、討伐が楽になりそうだな」

「頼むぜ! 期待しているよ」

「いやあ。ガルド王も良い人材を送ってくれるじゃねえか」


 隊長格の面々が、期待を込めた視線を送ってくる。

 様々な者と会話するようになって思い知ったが、ローゼンクロイツ家としてのマリアンデールやルリシオンの名声は高い。

 ともあれ「こちらが合わせる」と言ったが、討伐の邪魔をしないだけだ。


「俺たちはミノタウロスだけに用事があるのだ」

「セレス様から聞いてはいるがな。各層を攻略しないと辿り着けないだろう」

「魔物が残っていても、三階層までは行けているのだろ?」

「まあな。四階層からがキツくて、まだ駆除がやれてねぇんだ」

「なるほどな」

「どうせ下層に向かうのだろ? だったら手伝えよ」


(調子が良いだけに聞こえるが……。進行方向に魔物がいたら倒すだけであって、お前らと一緒になって討伐しないぞ? でも獣人族か)


 眷属けんぞくのニャンシーを見れば分かるように、フォルトは獣人系も好きだった。エルフが一番だが、なるべくなら友好的に接しておきたいと考える。

 隊長格の者たちが男性ばかりとはいえ、獣耳少女には期待していた。

 それでも……。


「だが断る!」

「何だと!」

「いや。俺たちはさっさと向かいたいのだが?」

「そんなことを言うなよ。別にいいじゃねぇか」

「いやいや。俺たちにメリットは無いのだが?」


 そう。現状だと、彼らに協力しても利益が無い。

 ボランティアに近い討伐隊とはいえ、人が動くなら対価が必要だ。しかもローゼンクロイツ家であれば、相応の対価を要求しないと姉妹に足を踏まれる。

 もちろんそれについては、天幕に入る前から決めていた。だからこそフォルトは今この場で、セレスから確約を取っておきたい。


「メリットですか?」

「うむ。例えば手伝った報酬として、エルフの里に招待とか?」


 討伐隊の総司令官であれば、セレスはエルフ族の中でも発言権がある人物だ。確約の言質を取れば、友好的に女エルフの品定めができる。

 いっそのこと、エルフの里に拠点を移しても良い。

 男性のエルフは邪魔かもしれないが……。


「もしかして、目的は世界樹ですか?」

「違う。エルフ族に用がある」

「どのようなご用が?」


 セレスの目が鋭くなる。

 エルフ族は、排他的な種族だ。

 フェリアスの住人でも、エルフ族の領域に足を踏み入れるには許可がいる。しかも種族全体に用があるとは、彼女に警戒されて当然だろう。

 フォルトは何も知らない――実際知らない――体にして、思い付きで回答した。


「拉……。んんっ! まぁ物珍しさだな。旅行と言い換えてもいい」

「魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこするフェリアスで?」

「ははっ。俺たちは強いからな。まぁどうしても、とは言わないが?」


 目を閉じたセレスは考え込んでいる。

 討伐隊の総司令官としては、ローゼンクロイツ家の力――〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉――は借りたいだろう。

 少しでも被害を減らして、今回の任務をやり遂げたいはずだ。

 弱みに付け込んでしまったが、そもそもフォルトたちは数に入っていない。降って湧いたような話なのだから、破格の報酬でもある。

 エルフの里に案内するだけで、ローゼンクロイツ家が手を貸すのだから……。


「クローディア様と相談になりますが、前向きに検討します」

「検討か。まぁすぐには決められないか」

「ガルド王の客人なら大丈夫かと思います」

「別の報酬も考えておくが、大いに期待しておく」

「では早速、ローゼンクロイツ家にお願いがあるのですが?」

「あ……。待ってほしい。俺は疲れたから、後はルリと相談してくれ」

「そ、そうですか? では、お休みになられる天幕を用意させますね」

「ありがとう」


 この程度で疲れたは無いといった表情だが、セレスは突っ込んでこない。

 とりあえずフォルトは、ルリシオンに耳打ちする。以降は天幕から出て、カーミラとマリアンデールがいる場所に戻った。


「貴方。私のルリちゃんを……」

「済まん済まん。マリの優秀な妹なら任せられるかなと思ってな」

「そ、そう? なら許してあげるわ」

「とりあえずルリには伝えてあるが、俺たちは適当に討伐隊を手伝う」

「本気?」

「エルフが欲しくてな」

「別にいいけどね」


 ソフィアを身内にしたばかりなので、フォルトは恥ずかしくなった。

 こちらの世界の住人は、男女間の思想がドライである。

 一夫多妻・一妻多夫が常識の世界だと理解して実践しているとはいえ、自身には日本での常識が残っているのだ。

 見境が無いと思われていないか、少しばかり気が気でない。


「つ、ついでということだ。レイナスたちを待たせてしまうが……」

「帰還したら構ってあげればいいわよ」

「そうしよう」

「ふふっ。今は私たちのことを考えなさい!」

「はいはい。ならマリには、膝枕を頼もうか」

「し、仕方ないわね! ほら……」


 マリアンデールはツンとしながら、地面に座り込んだ。

 フォルトは「レアを引き当てた」と思いながら、彼女の膝枕を堪能する。

 周囲から見れば、おっさんが子供に膝枕をさせていると捉えられてしまうか。だが彼女のレアな行動は逃せずに、至福のときを過ごすのだった。

Copyright©2021-特攻君

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