ブロキュスの迷宮1
フォルトは本題を伝えるために、ドワーフ王のガルドと向かい合った。
隣にはカーミラが座り、マリアンデールとルリシオンは左右に立っている。リリエラは今回の件に関係が無いので、後ろに控えさせた。
「お主らは、ブロキュスの迷宮に向かうのか」
ブロキュスの迷宮。
場所としては、今いるドワーフ族の集落から二日ほど進むと到着する。地下十階層で構成されており、魔物の巣窟になっている人工迷宮だ。
「そうよお。何か問題があるかしらあ?」
「問題と言うか、今は魔物の間引きをやっておる」
「あら。それはちょうどいいわね」
「間引き?」
ガルド王の話によれば、ブロキュスの迷宮では魔物討伐の最中だった。
基本的に魔物や魔獣は繁殖が早く、その数を増やしているのだ。何もせずに放置すると、迷宮や洞窟から溢れ出てしまう。
間引きとは魔物の数を減らして、スタンピードを未然に防ぐ作業である。
これを怠るとスタンピードが発生して、種族存亡の危機となってしまう。広範囲に拡大すると更に増えていき、手の施しようが無いのだ。
「ふーん」
「フェリアス全域から戦士を集めてやっておる」
「なら、間引きとやらが終わってから向かえばいいのか?」
「マリとルリがいるなら、間引きに参加してもらいたい」
「参加か。報酬はあるのか?」
「無いこともないが、スタンピードが発生すれば報酬どころではあるまい?」
「なるほどな」
ある意味では、一種のボランティア活動である。
スタンピードについてフォルトは、日本の漫画やアニメ・小説などの創作物で理解はしている。魔物の氾濫など、確かに対処は面倒臭い。
ガルド王の言葉は一理あるが、それでも間引きへの参加は迷う。
「間引きは誰かの指示を受けたりするのか?」
「司令官はおる。お主らの目的は、ミノタウロスの討伐だったな?」
「うむ」
「今は地下三層との報告を受けているな。遭遇したという話は聞いていない」
「他の魔物には用が無いのだ。勝手に進んでもいいか?」
「うーむ。勝手に動かれると、間引きの効率が悪くなるな」
「そもそも俺たちは、数に入っていないだろ?」
「マリとルリなら相当な戦力になるのだ」
ガルド王が期待するのは、マリアンデールとルリシオンの力である。
魔物や魔獣の討伐は、無傷でやれないのだ。当然のように、死人も出ていた。姉妹が間引きに参加することで、討伐隊の被害が抑えられる。
参加する者たちは、貴重な人材なのだ。無駄に殺しては、討伐隊に参加する人数が減っていくだけである。
せっかく戦力になる姉妹が訪れたので、使わない手は無いのだろう。
「主旨は分かるが……」
「安心せい! マリとルリの性格は理解しておる」
「まぁ愛称で呼べているぐらいだしな」
「では、なるべく多くの魔物を討伐してもらえるか?」
「魔物の分布は分からないぞ?」
「現地の司令官に聞けば良い」
フォルトは考える。
マリアンデールとルリシオンは、我儘なうえに独善的だ。
現地司令官の命令を聞くつもりはない。もちろん、討伐隊と歩調を合わせるつもりもない。にもかかわらず、邪魔はしてほしくない。
そしてガルド王からの依頼は、進行方向に現れた敵の殲滅だった。
これを落としどころにしているのは明白か。
「確かにマリとルリを理解しているな」
「ただし、討伐隊を殺すなよ?」
「それぐらいの分別はあるわ」
「ガルドは、私たちを何だと思っているのかしらあ?」
「ガハハハッ! 自分たちの胸に聞いてみろ!」
「ふふっ! 善処するわ」
「あはっ! フェリアスの住人は隣人だからねえ」
姉妹はニヤけた笑みを浮かべているが、無差別に殺害はしないだろう。
間引きに参加している討伐隊の者は、亜人の国フェリアスの住人である。魔族との確執は薄いらしいので、わざわざ敵対するつもりはないようだ。
それにしても、人間相手の対応とはえらい違いだ。
「で、その司令官は?」
「今回はエルフ族の番だから……。森司祭のセレスだな」
「森司祭? ドルイドか」
「うむ。弓の腕も天下一品だぞ?」
「へぇ。司祭で弓使いか」
「セレスには手紙を書いてやろう。後は勝手に相談せい!」
(ドルイドのスナイパーかあ。しかもエルフ! 名前からすると女かな? いいじゃないかいいじゃないか。会ってみないと分からないが欲しいなあ)
エルフ族の女性は、三国会議で出会ったクローディアが記憶に新しい。
他のエルフ族も物色したいからと、フォルトは保留していた。新たなエルフ族と出会えるなら、これに勝る喜びは無い。
自身にとって、エルフは正義なのだ。
「嬢ちゃんは連れていかんのだろ?」
「クエス……。んんっ! お使いの途中だ」
「そうか。服飾師を紹介してくれと言われておってな」
「できれば頼まれて欲しいが?」
「紹介する約束だからな。お主たちが戻るまでワシが預かるか」
「ほう。なぜ、そこまでしてくれる?」
ガルドは変わっているが、ドワーフ族の王様だ。
リリエラと約束をしたらしいが、面識ができて間もない。身内以外を信用しないフォルトとしては、そこまでする理由が分からない。
ドワーフだからでは、片付けられないだろう。
人間であれば、絶対に裏がある。
「ドワーフ族は約束を守る種族だからな」
「それだけか?」
「ガハハハッ! というのは冗談だ。守らないときもある」
「………………」
「嬢ちゃんのおかげで完売したのだ。その礼だな」
「なるほど」
「しかも、お主らが迷宮で頑張ってくれるだろう?」
「頑張りはしないがな」
「ミノタウロスを倒すのだろ? 放っておいても頑張るわい。ガハハハッ!」
約束を守る種族だけなら、フォルトは信用しなかった。しかしながら、取引として考えれば理解できる。
それに、マリアンデールとルリシオンの知人だ。ニャンシーもリリエラの影に潜っているので、今は信用しても良いかもしれない。
「なら、よろしく頼む」
「うむ。今日はワシの屋敷に泊まっていけ」
「宿をとってあるが……」
「ガハハハッ! 女将に使いを飛ばしといてやるわい!」
「それなら泊まらせてもらう」
まだ数人のドワーフ族を観察しただけだが、何となく分かってきた。
この種族は、陽気で明るい。同時に、頑固で律義である。フォルトとしては、とても好感が持てる種族だった。
話がひと段落付いたので、後ろを向いてリリエラに視線を向ける。
「リリエラ」
「はいっす!」
「クエストの続きをやっておけ」
「了解っす! でも……」
「どうした?」
「視線がイヤらしいっす!」
「気にするな」
リリエラは顔を赤らめて、素足をモジモジと動かしていた。
ともあれ話は聞いたとおりなので、彼女はガルド王に預ける。
「俺たちが戻るまでは、ガルド王の世話になっておけ」
「いいんすか?」
「そう言ってくれたからな。もし気が引けるなら、適当に働けばいい」
「分かったっす!」
リリエラの性格ならば、一生懸命に働きそうだ。
クエストも服飾師の紹介まで進めるので、今回は大成功だろう。今後は彼女を使って、エロかわな服の生産に乗り出せるか。
ガルド王と親しくなっていたことも大きい。
「話はまとまったか? 別室を用意するから、夕食まで待っておけ」
「そうさせてもらうわ」
「悪いわねえガルド」
「せっかくワシに会いに来たのだ。もてなしてやるわい! ガハハハッ!」
以降は別に用意された部屋で寛いでから、ガルド王と夕食を共にする。
さすがに火酒は遠慮したが、多くの酒を飲まされた。樽ごと運び込まれたので、本当にドワーフ族は豪快だと改めて感じている。
そして日付も変わり、フォルトたちはブロキュスの迷宮に向かうのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトたちはお約束のスケルトン神輿に乗って、原生林の中を進む。
現在は、集落を出てから一日が経過している。もう少し進めば、ブロキュスの迷宮に到着するだろう。
「こっちで合っているのか?」
「えへへ。大丈夫ですよぉ。さっき空から確認しましたぁ!」
「だったな」
スケルトンの指揮権をカーミラに渡しているので、方角は間違っていない。
そして、魔物も近寄ってこない。
なぜかというと、大罪の悪魔ルシファーがいるからだ。
傲慢を冠に持つこの悪魔は、左右の色が違うオッドアイの美女。また漆黒と鮮血を表す黒と赤の天使の翼を六枚持つ。
髪は黒と白のメッシュが入ったロングヘアーで、服装はボンテージである。
女王様と呼ぶ男性が多いかもしれない。
もちろん、最初に創造したときの姿を思い出すことはない。
「ルシファー」
「何だね?」
「お前とサタンだと、どっちが強い?」
「決まっているだろう? 分かりきったことを聞くな!」
「サ……」
「ふんっ!」
冗談を言おうとしたが、目の前に槍を突き付けられた。
それで終わりと思いきやルシファーは、スケルトン神輿より高く浮き上がる。次に上から目線で、フォルトを見下してきた。
口角は上がっており、不敵な笑みを浮かべている。
「直接戦えば、私が負ける」
「ほう。傲慢なのに謙虚だな」
「私は集団戦に特化した悪魔。だから負けるのだよ」
「へぇ。サタンは個人戦向きか」
「その空っぽの頭でも理解したか?」
「………………」
とても主人に向ける言葉ではないが、不快に感じない。
それは、自身の傲慢が顕現した悪魔だからだ。フォルトからすると、鏡と話しているような錯覚を覚える。
(何だかなあ。しかし、常にマウントを取ろうとしている姿が可愛いかもしれん。欲情はしないが……)
「そんな強力な悪魔をポンポンと出さないでもらえるかしら?」
「どうしたマリ?」
「貴方が魔人なのは隠すのでしょ?」
「うむ。知られると面倒だからな」
「ルシファーを使役している所を見られると……。バレるわよ?」
「そ、そうだな!」
フォルトが魔人という件は、意識して隠していた。しかしながら、最近は調子に乗り過ぎたようだ。
これというのもローゼンクロイツ家を名乗ったことと、大罪の悪魔を使役し始めたのが原因である。
ルシファーではないが、七つの大罪の傲慢が顔を出していた。
「ちなみに俺が魔人だとバレると、どうなると思う?」
「あのね。魔王スカーレットは魔人なのよ?」
「魔人の怖さを理解している人は少ないだろうけどねえ」
「魔王の怖さは知られているわ」
マリアンデールとルリシオンの伝えたいことが、何となく理解できた。
フォルトが魔人だと知られると、魔王に認定されてしまうのだろう。いくら違うと言い張っても、周囲がそう見てくれない。
「確か憤怒の魔人グリードって奴がいたよな?」
「一夜のうちに、魔導国家ゼノリスを滅ぼした魔人ねえ」
「一夜だったのか」
「あれから噂すら聞かないけどね。現場を見た人は死んでいるわ」
「グリードを魔王と呼んだ人もいたわよお」
「な、なるほど」
やはり、フォルトが魔人だと知られるわけにはいかない。
ただでさえ、魔族の貴族ローゼンクロイツ家を名乗っているのだ。魔王に格上げされてしまうと、目も当てられない。
「よし! ルシファーは消えろ!」
「心にも無いことを言うな。目的地の近くまでは居てやるぞ?」
「今の話を聞いていたか?」
「弱者の戯言など聞こえんな。まぁ私に任せておけ」
「弱者……」
「それとも消えて、魔物を呼び寄せるか?」
「そうだった。と、とにかくバレるな!」
「はははははっ! 誰にモノを言っている? 私はルシファーだぞ!」
「………………」
根拠の無い傲慢だが、ルシファーを消すと面倒かもしれない。
近辺に出現する魔物が雑魚でも、相手にするのは面倒なのだ。もちろん討伐するのは三人の身内だが、順調な移動が阻害されてしまう。
ともあれブロキュスの迷宮に近づいたところで、傲慢の悪魔を消す。考え直せと主張していたが、魔王にされたくないのだ。
それでも居座ろうとしたので、彼女の同意を取らずに消したのだった。
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