ドワーフ王ガルド3
ドワーフ族の火酒でダウンしたフォルトは、集落にある安宿で二日間も眠り続けていた。夢など見ない深い眠りである。
そして本日、三人の女性に起こされた。
「御主人様! 朝ですよぉ」
「うぅ」
「さっさと起きなさい!」
「うぅぅ」
「起きないならねえ。悪戯しちゃおうかしらあ」
「う? 頼む」
「起きてんじゃないのよ!」
体に心地良い刺激があったので、フォルトは狸寝入りを決め込んでいた。
ルリシオンの言葉に抗いきれず、期待と共に起きてしまったが……。
「あっはっはっ! しかし、ドワーフの火酒は凄いな!」
「小指に付けて飲みなさいと言ったわよねえ」
「さすがになあ。だが、一瞬でダウンするとは……」
「ドワーフは毎晩のように飲んでるけどねえ」
「さすがに人間や魔族には卸していないだろ?」
ドワーフ族の火酒をグビグビと飲んだら、命の危険さえありそうだ。
いくら酒が久しぶりのフォルトでも、一滴程度の分量で酩酊するとは思っていなかった。もうこれは猛毒の類で、ドワーフ族以外だと飲めない酒だろう。
「一部に卸していたわねえ。魔族にも酒豪はいるわよお」
「あれは酒豪でも飲めない気が……」
「ふふっ。普通のお酒も売っているわよ」
「だろうな。そっちで良かったのだが……」
「貴方は見ていて飽きないからね。火酒でどうなるか楽しみだったのよ」
「そ、そうか。楽しんでもらえたなら何よりだ」
こうやって弄られるときもあるが、それもまた楽しい。
悪意があることはやらないので、この程度なら笑って許せてしまう。
「とりあえず、二日酔いにならなくて良かった」
「スキルを自動で切り替えたと思いまーす!」
「ふむふむ。魔人は便利だな」
「便利って貴方……。自分の体でしょ?」
「ははっ。経験をして、初めて知るわけだしな」
「他人の体みたいに言わないで。それよりも、ガルドのところに行くわよ」
「帰ってきたのか?」
「さっきだけど、門衛が教えてくれたわあ」
「ふーん」
ガルドとは、放浪癖のあるドワーフ王だ。
いつの間にか出かけては、フラっと戻ってくるらしい。臣下も黙って見過ごしているあたり、改めるように言っても聞かないのだろう。
それで王様なのだから恐れ入る。
「場所は?」
「屋敷だと思うわよお。フォルトが倒れた酒造所の近くねえ」
「ふふっ。あの酒造所は、ガルドが個人で所有しているのよ」
「さすがはドワーフ王。酒が絡んでいるな」
「私たちのことは伝えたらしいから、さっさと向かうわよお」
門衛も律義である。
正式に謁見を申し込んだわけではなく、こちらへの伝達は門衛の仕事でもない。まるで冗談のような口約束だったが、わざわざ王の帰還を知らせてくれた。
ともあれフォルトたちは宿屋を出て、ガルドの屋敷に向かう。酒造所の前を通るので、酒の匂いが漂いだした。
今後は何があっても、火酒を飲むことはないだろう。
「ところで、俺はどうやって帰ったのだ?」
「カーミラが背負ったわ」
「あ……。悪いなカーミラ」
「大丈夫ですよお。気持ち良かったでーす!」
酔いつぶれていても、フォルトの悪い手は動いていたようだ。
これには「実にけしからん!」と思いながら、両手を握ったり開いたりする。せめて、意識があるときだけ動いてほしい。
「フォルトぉ。着いたわよお」
「あ、あぁ……」
屋敷というように、人間の王族が住まうような王宮ではない。
それでも、デルヴィ侯爵の屋敷よりは大きいかもしれない。外観に派手さはなく、芸術的で落ち着いた雰囲気を醸しだしていた。
ドワーフ族の建築技術の粋を集めたと思えるほどだ。
「いい屋敷だな」
「そうねえ。ジグロードでも中々お目にかかれない屋敷ね」
「へぇ。マリやルリの屋敷はどうだった?」
「あはっ! 私たちの屋敷も、ドワーフ族が建てたわあ」
「今は破壊されているはずよ。適当に想像すればいいわ」
「戦争のせいか。勿体無かったな」
「フォルトぉ。あそこから入れるわあ」
ガルド王の屋敷は、高い塀で囲まれている。また個人的に用事がある場合は、門前にある警備の詰所に声をかけるそうだ。
このあたりも、人間とは違うか。
何と言うか、妙に気軽さがある。
「あれ? 何でここにいるっすか?」
詰所に近寄ろうとした瞬間、フォルトは背後から声をかけられた。
聞き覚えのある声だったので、思わず振り向く。
そこには、自由都市アルバハードでクエスト中のリリエラが立っていた。しかも隣には、一人のドワーフを連れていた。
「リ、リリエラか? それはこっちのセリフだな。クエストはどうした?」
「クエスト中っす!」
「そうなのか?」
「お主は嬢ちゃんの知り合いなのか?」
リリエラを問い質していると、隣のドワーフが割り込んできた。
見たこともない人物だが、どのみち見分けがつかない。
「リリエラ。このドワーフは誰だ?」
「ガルドさんっす!」
「ガルド? ガルドと言えば……」
「私たちが来てあげたのだから、屋敷にいなさいよ」
「あはっ! ガルドは何をしているのかしらあ?」
「おや? マリとルリも一緒ではないか」
やはり、ドワーフ王のガルドで間違いがないようだ。
なぜゆえに、リリエラと一緒にいるかは謎だ。とはいえドワーフ族の集落に訪れたのは、彼に会うことが目的である。
「マリとルリから、ガルド王と面会したほうがいいと言われたのだ」
「お主は人間だろ? マリとルリだと?」
「まぁその話も後でしよう」
「いいだろう。屋敷の中に入れ。嬢ちゃんもな」
「マスター?」
「いいぞ。リリエラにも経緯を聞きたいしな」
「分かったっす!」
変な組み合わせだが、リリエラが面白い展開になっている。
さすがに、ドワーフ族の集落で会うとは想像もしていなかった。
ともあれフォルトたちは、ガルド王に連れられて屋敷に入る。もちろん屋敷の主が帰還したので、警備の詰所は素通りである。
何も言われなかったところを見ると、頻繁に抜け出しているのだろう。
「では、この部屋で待っとれ。旨い酒でも飲ませてやる」
「い、いや。昼間から酒は……」
「そうか? まぁさっさと入れ入れ!」
カルドはそれだけを言うと、フォルトは客室に押し込まれた。文字通り押し込んできたので、「おっとっと」とバランスを崩す。
実に豪快な王様だ。
「ガハハハッ! 小一時間ほど待っとれ。用事を済ませてくるわい!」
「ちょっとガルド! 早くしなさいよ!」
「分かっとる分かっとる。ガハハハッ!」
「放浪癖か。何となく分かる気がする」
「でしょう? ガルドが戻るまで寛ぐわあ」
五人になったフォルトたちは、客室にあるソファーに座る。
この部屋も派手さはなく、デルヴィ侯爵のような成金趣味とは違う。調度品は飾られているが、どれも主張を抑えた謙虚さがあった。
ガルド王は小一時間と言っていたので、ゆっくりと待つしかない。ならばとその間に、事の経緯をリリエラに尋ねた。
「先ほどの続きだが、なぜリリエラがドワーフの集落にいるのだ?」
「報告しちゃってもいいっすか?」
「あ……。そ、そうだったな。最後にまとめてだものな」
「はいっす!」
(でも幽鬼の森に戻る前に会っちゃったしなあ。しかも、あの袋は何だ?)
まだクエストの途中なので、フォルトはどうしようかと迷う。
それでも、リリエラが持っている袋に興味が湧いた。小脇に挟んでおける程度の大きさで、クエスト中に入手したものだろう。
「リリエラ。その袋の中身は何だ?」
「あ……。今は答えられないっす」
「やはり、クエストに関わるものか」
「はいっす!」
「うーん」
「聞いちゃえば?」
フォルトが腕を組んで悩んでいると、マリアンデールが口を挟んできた。
確かに報告を受けてしまえば手っ取り早いが、後の楽しみが失われる。
「でもなあ」
「相変わらず優柔不断ね。どうせ、ガルドが戻るまでは暇よ?」
「まぁいいか。というわけでリリエラ。報告をしろ」
「いいんすね?」
「いいっすよ」
「マネしないでほしいっす! じゃあ報告するっす」
1.バグバットの執事から、服飾師を紹介を提案されて受ける。
2.執事の用事を済ませるために、商人ギルドまで向かう。
3.そこでガルドと出会って、人間に販売する服を見せてもらう。
4.目的の服だったが、値段が高くて購入できなかった。
5.服の販売を手伝うことで、代金とした。
6.執事からの提案を断る。
7.手伝いを無事に終えて、報酬の服をもらう(クエスト達成)。
8.ガルドには、目的の服を作製した服飾師の紹介を頼む。
9.ガルドに連れられて、ドワーフの集落に到着(現在)。
「以上っす!」
(アルバハードに置いてきたときから、そんな面白いことになっていたのだな。しかしも、王様自らが出張販売だと? どんだけ……)
リリエラの行動よりも、ガルド王の放浪癖にインパクトを受けた。
ドワーフ族の王様が、護衛も付けずに隣国まで行っているのだ。「よく止められなかったな」と、フォルトは感心してしまう。
「そ、そうか。だが、ドワーフ族の王様だと知っていたか?」
「知らないっす! さっき聞いたっす!」
「………………」
「ど、どうしたっすか? 何か問題があったっすか?」
「い、いや。で、その脇に抱えているのが目的の服か?」
「そうっす。一部のエルフが着るらしいっす」
「ふむ。見せてみろ」
「は、はいっす!」
声を落としたリリエラは、顔を赤くしている。だが命令なので、彼女は袋から服を取りだした。続けて、全員が確認できるように広げている。
その服を見たフォルトは、思わず目を見開いてしまう。
「そ、それは!」
「エロかわっすよね?」
「近いが……。エロだ」
「やっぱりっすね」
一部のエルフ女性が着るらしいが、デザインを抜きにすれば露出過多だ。
これは狙っていたとおりの服だったので、フォルトは心が躍ってしまう。だからこそ早速、リリエラに次の命令をした。
「着替えてみろ」
「え?」
「聞こえなかったのか? その服を着てみろ」
「ええっ! マスターはエッチっす!」
「エ、エッチ……」
「そうっす! マスターの前で着替えるなんて……」
リリエラは、玩具であって身内ではないのだ。
目の前で着替えさせるなど、彼女は恥ずかしいに決まっている。とはいえ、フォルトは着衣派である。
もちろん男として裸体に興味はあるが、少しは配慮する。
「カーミラに目隠しをしてもらうから着替えろ!」
「ええええっ!」
「はあい! 目隠ししまーす!」
頬の筋肉を緩めたフォルトは、カーミラを足に乗せて腰に手を回す。
その行動に喜んだ彼女は、柔らかい二つの膨らみで目を塞いだ。さすがは悪魔のリリスで、男心を掴んで離さない。
実に、実にすばらしい目隠しだ。
「でへでへ。着替えていいぞ」
「わ、分かったっす! カーミラ様は動いちゃ駄目っすよ?」
「御主人様! むにゅむにゅ」
「うほっ!」
そのままカーミラを堪能していると、客室の入口から声をかけられた。
目隠しのおかげで、フォルトは確認できないが……。
「何をしておるのだ?」
「でへ。っと誰だ?」
「ワシだ。用事を済ませて戻ってきたわい」
別れたばかりだと思ったが、ガルド王は急いでくれたようだ。
もしかしたら、用事とやらを放り投げたかもしれない。
後数分ほど少し堪能したかったが、極上の目隠しを諦める。カーミラを隣に座らせて、いつもどおり太ももに手を伸ばした。
そして、リリエラに視線を向ける。
「もう着替えたのか」
「当たり前っす! マスターはいやらしいっす!」
「それにしても……。隠すな!」
リリエラは恥ずかしがりながら、今まで着用していた服で前を隠していた。
当然のようにフォルトは、それを許さない。
命令を出してその服を下ろさせると、露出過多な彼女の姿が目に映る。一応は希望に沿っているが、改善の余地はありまくりだった。
それでも、今までは見られなかった服だ。
「恥ずかしいっす!」
「うむ。その服がなあ」
「ほう。お主も服に興味があるのか?」
遅くなったがフォルトは立ち上がり、ガルド王と向き合う。
確かに、こういった露出過多の服には興味がある。しかしながら、その話をする前にやることがあった。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな」
「ワシがドワーフ族の王ガルドだ」
「俺はフォルト・ローゼンクロイツだ」
「ローゼンクロイツ? クローディアの嬢ちゃんが言ってた奴だな」
「その女エルフなら、三国会議で会ったぞ」
ガルドは正装に着替えてきたらしいが、やはり見分けが難しい。
それでもマントや王冠を身に着けているので、一応は王様に見えるか。
とりあえずはお互いの自己紹介も終わったので、対面形式でソファーに座る。以降はマリアンデールとルリシオンを交えて、来訪の目的を告げるのだった。
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