ドワーフ王ガルド2
ドワーフ族の集落にある鍛冶工房。
そこかしこで、カンカンと鉄を打つ音が鳴り響く。工房内は熱気が物凄く、数分もいれば汗が出てきてしまう。
そして作業中のドワーフたちは、周囲に目もくれず仕事に集中している。
ともあれフォルトは姉妹に連れられて、カーミラと共に訪れていた。
惰眠を貪っている間に散歩先として選定してくれたので、「やっぱり行かない」と手のひらは返せない。いくら駄目男でも、それぐらいの分別はある。
「へぇ。剣を作っているところは初めて見るな」
(工場見学をしてるようで楽しいな。確か小学生ぐらいだったか? 社会科見学と称して、どこかの工場に行ったなあ)
昔を思い出したフォルトは、感慨深く腕を組んだ。と同時に、工房の奥から一人のドワーフが近寄ってくる。
全員が同じ顔に見えるとはいえ、服装は他の作業員と違った。
おそらくは親方と呼ばれる者で、他のドワーフたちは弟子か。
「何じゃ何じゃお主らは? 無断で入ると怪我をするぞ!」
「うん?」
「ここは鍛冶工房だぞ! 売るもんは無いわい!」
「あぁ買いにきたわけではないのだ」
「では何だというのだ?」
「見学だ見学。武具を作っているところに興味があってな」
「ほう。人間のくせにのう。連れは魔族か?」
「そうよお。邪魔はしないから見せてねえ」
親方らしきドワーフは、顎鬚を触りながら首を傾げている。
この人物もそうだが、全員が酒樽のような体型だ。しかも髭が濃すぎて、フォルトたちに対して怒っているのかすら分からない。
(まぁ人間でも人種が違うと同じに見えるしな。種族が違うのだから、もっと見分けはつかないだろう)
「作業なんぞ見て何が面白いのやら……。邪魔をしないなら別に構わん」
「悪いね」
「あまり近づくなよ? 火の粉が飛んで危ないからな」
「分かった」
見学の許可を取ったフォルトたちは、鉄の板を打っているドワーフを眺めた。
この板は、インゴットと云うらしい。カンカンと音が鳴るたびに、その形を変えている。また水に通しては熱するなど、実に興味深い作業だ。
親方らしきドワーフは、工房の奥に戻った。
「フォルトぉ。それが面白いのお?」
「面白いかは別にして、目が離せないな」
「ふうん。私には何が何だか分からないわあ」
「カーミラちゃんは、御主人様を見てるのが面白いでーす!」
「ふふっ。確かにそうね」
「………………」
カーミラや姉妹から馬鹿にされている気はするが、フォルトは真剣な眼差しで、作業の光景を眺めている。
おっさんでも、男の子だからだろうか。心躍るものがあった。
(格好良いというか何というか。俺もやってみたい衝動に駆られる。うーん。少しだけでも打たせてもらえないかな?)
「カーミラ」
「どうかしましたかぁ?」
「俺にもやらせてもらえないか聞いてくれ」
「いいですよぉ」
笑みを浮かべたカーミラは、親方らしきドワーフを探しに向かった。
フォルトに顔の区別はつかないが、彼女には分かるようだ。
「ドワーフのおじさん!」
「何じゃ。まさか怪我でもしたのか?」
【チャーム・魅了】
いきなり魅了の魔法を使ったカーミラは、何食わぬ顔で問いかけていた。
それについてフォルトは、頭を抱えてしまった。他のドワーフは作業に集中して気付いていないようだが、わざわざ魅了の魔法を使う話でもない。
「御主人様! やっても構わないらしいですよぉ」
「あ、あぁ……。そりゃそうだろうな」
「えへへ」
頭を抱えはしたが、すでに魅了してしまったのなら有効活用だ。
早速フォルトは、親方らしきドワーフに作業の手順を問い質した。もちろん全作業行程など無理なので、鉄を打つところだけだ。
「鉄は熱いうちに打て!」
「ふむふむ」
「後ろの炉を見ろ。インゴットを熱しておるだろ」
「ふむふむ」
「アレを打たせてやる。後はそれを持て!」
親方らしきドワーフから、ハンマーのような道具を指した。
それなりに重いが、フォルトは片手でヒョイッと持ち上げる。
「これは?」
「大槌だな。金床に乗せた鉄を打つのだ」
「ふむふむ」
大槌の長さは、だいたい一メートルぐらい。頭の部分が約三十センチメートル。重さは六キログラム近くある。
ちなみに五キログラムが、スイカ一個分である。
「ほう。力はあるようだな」
「まぁこれぐらいなら……」
そして高温に熱せられた鉄のインゴットが、金床に置かれる。親方らしきドワーフは、その先に付いているテコ棒を握っていた。
とりあえずフォルトは、的を外さないように心がける。
「軽く振り下ろしてみろ!」
「では……。よいしょ!」
フォルトは大槌を持ち上げ、おっさんらしい掛け声と共に軽く振り下ろした。
自身からすると、コツンと当たる程度の力加減だった。しかしながら、金床もろともインゴットを粉砕してしまう。
周囲には「ドゴーン!」と轟音が響いて、作業中のドワーフを驚かした。
「「な、何だ!」」
「「どうした!」」
金床は原形を留めておらず、床を陥没させてしまった。
軽くやったつもりだったが、魔人の力を調整できなかったようだ。
「あ……」
「馬鹿もん! 力を入れ過ぎだ!」
「す、済まん」
「アホみたいに力があるな。本当に人間か?」
「そんな感じです」
「とにかく、もっと力を加減しろ!」
「わ、分かった」
カーミラが使った魅了魔法のおかげか、親方らしきドワーフは激怒していない。やらかした弟子を諫めている程度か。
もしかしたら彼女は、こうなることを予見していたのかもしれない。
「お前らは、こっちを見ている暇があれば仕事をしろ!」
「「は、はいっ!」」
「これぐらいのことで動じおって、集中力が足らんわい!」
「「す、済みません!」」
「だから腕が上がらんのだ!」
「「はいっ!」」
親方らしきドワーフは、弟子たちに説教を始めてしまった。頑固親父そのもので、実に怖い人物だ。
これでは続けられないが、フォルトとしては割って入る勇気など無い。
(あの怒りが俺にきませんように……)
「御主人様。どうしますかぁ?」
「い、いや、放っておけ。当分の間は終わらないだろう」
「そうですかぁ?」
「うむ。遊びは終わりにするか」
「はあい!」
「貴方。もう終わり?」
「フォルトぉ。少しは加減をしなさいよねえ」
「ははっ。つい、な」
結果はどうあれ鉄を打てたので、フォルトは満足した。
これ以上は工房にいても、魅了が解けた親方らしきドワーフに怒られる。魅了の場合は効果時間中の記憶は残るが、あの人物ならコロッと忘れそうだ。
もちろん、反省はしていない。
「他に面白そうな場所はあるのか?」
「そうねえ。フォルトが喜びそうな場所だと……」
「酒造所かしらね」
「酒か!」
「ドワーフの火酒は有名よねえ」
「へぇ。どんな酒?」
「ちょっと飲めば、口から火を吹いて目を回すわねえ」
要は辛い酒である。
日本酒だと、糖の少ない酒が辛口に分類されていた。またウイスキーだと、刺激の強い酒が辛口とも言われている。
「よし! そこに行こうか」
「いいわよお。下調べは終わっているわあ」
「さすがだなルリ」
「私も調べたわよ!」
「よくやったマリ」
姉妹の頭を撫でたいが、マリアンデールだと怒る。しかも、ルリシオンだけにやると不貞腐れる。だからこそフォルトは、何もしない。
ともあれ親方らしきドワーフを放って、四人は鍛冶工房を後にする。問題を起こしたのは自身だが、弟子たちには「ご愁傷様」としか言えない。
それから暫く歩いていると、酒造所に到着する。
施設に近づいたときから、酒の匂いがプンプンと匂っていた。
「久々の香り」
「フォルトは酒を飲めるのお?」
「前は飲んでいたがな。まぁ今でも飲めると思うぞ」
「でもでも。御主人様は魔人なので酔えないと思いますよぉ」
「やはりそうなのか? 俺も何となくそう思っていたが……」
「えへへ。『毒耐性』で奇麗さっぱりでーす!」
「なるほど」
酩酊状態とはバッドステータスである。
それは、『毒耐性』のスキルがあれば避けられる。
「あれ? スキル発動の切り替えはできるぞ」
「そうですけどぉ。御主人様は酔うつもりですかぁ?」
「酒は酔って楽しむものだぞ?」
「暴食の関係で、きっと限界以上に飲むと思いまーす!」
「だあ! そうだった! いや。酔っ払う前に切り替える!」
「できますかぁ?」
「うぐっ! も、もちろんできるとも!」
「えへへ。なら介抱はしますねぇ」
酒造所の警備は厳しく、入口から先には向かえない。しかしながら現在は、味見と称した飲み会のようなことをやっていた。
入口の前では、大勢のドワーフが殺到している。
「一人一杯じゃ! 後は出荷したときに買ってくれ!」
「「早く飲ませろ!」」
「分かった分かった! ワシも飲むぞ!」
「「いいから早く寄越せ!」」
酒を配っているドワーフに向かって、催促の声が止まらない。
後で姉妹から聞いた話だが、彼らは仕事を終えている者たちだ。また酒造所で飲めなくても、すぐに酒場に卸される。
とりあえず全員に行きわたるので、フォルトたちは最後に酒を受け取った。
「ふーん。これが火酒?」
「私たちには分からないけど、酒造するたびに味が違うそうよお」
「酒好きのドワーフ族ならではの味覚か」
フォルトは木製の小さなコップを持ち、注がれている酒を眺める。
ドワーフ族は利き酒の名人だらけで、ほんの些細な違いも見逃さないらしい。だからこそ、毎日のように違う火酒を楽しんでいるのだ。
「小指に付けて飲むといいわよ」
「マリ。さすがにそれは……」
「あはっ! フォルトに任せるわあ」
「御主人様! グイっといっちゃいますかぁ?」
「ははっ。じゃあ一口だけ……」
そこまで言われれば怖いが、小指に付けた程度では酔えないだろう。と思ったフォルトは、一口だけ火酒を飲んでみた。
一気に飲み干さず舌先で舐めとるように、だ。
「………………」
「御主人様?」
「………………」
「フォルトぉ。大丈夫かしらあ?」
「………………」
「駄目ね」
「うっ!」
火酒の香りが口の中いっぱいに広がって、胃の中に落ちていく。
そこからは大変だった。
すぐに「カーッ!」と辛いものが、胃の中で暴れ出したのだ。しかも一瞬のうちに、フォルトは意識が飛んでしまった。
「はぁ。だから言ったのにねえ」
「まったく……。貴方は死にたいのかしら?」
「御主人様は立ったまま気絶していますねぇ」
「………………」
『気絶耐性』というスキルもあるので、実際には気絶していない。
これは、重度の酩酊状態である。フォルトは立った状態で、上半身をフラフラと動かしていた。倒れないように、足を小刻みに動かしてもいる。
それを見たカーミラが、背中で抱えておんぶした。
「もう駄目でしょ。さっさと宿に帰るわよ!」
「そうねえ。暫くは酒が抜けないわあ」
「えへへ。御主人様は面白いですねぇ」
「ふふっ」
「あはっ!」
カーミラに背負われたフォルトに、彼女たちの声は届いていない。
時おり「うぅぅ」と唸っているが、そうしていることも自覚が無い。にもかかわらず悪い手だけは、彼女の小ぶりな双丘を楽しんでいるのだった。
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