ドワーフ王ガルド1
亜人の国フェリアスの原生林を、ゆっくりと進む一団があった。
彼ら以外の人が見たら、奇妙な一団だと思うだろう。先頭の者は、剣を使って草木を刈っている。またその後ろに続くのは、何かに担がれた三人の男女だ。
「ジャジャジャジャーン!」
その一団の男性が、なぜか大声を上げた。
何か恥ずかしそうな、それでいてテンションが高そうな声である。
「貴方。奇声を上げてどうしたのかしら?」
「あ……。いえ。何でもありません」
「フォルトぉ。歩いたほうが速いんだけどお?」
今度は、二人の女性が声を出す。
彼女たちはフォルトと呼んだ中年男性の隣で、何かに担がれていた。二人とも、ゴシック調の可愛い黒服を着用している。
「そう言うな。スケルトンたちが頑張っているじゃないか」
「アンデッドに頑張られてもねえ」
この一団の男女は、幽鬼の森から出発したフォルト・マリアンデール・ルリシオンである。またその三人は、木の板に乗っていた。
それを担いでいるのが、アンデッドのスケルトンだ。
十体ほどが召喚され、木の板を肩に乗せて進んでいる。
これぞ、フォルトの愛車スケルトン神輿だ。進行方向には草木が生い茂っているので、剣で刈っているスケルトンもいた。
そしてもう一人、地面を歩いている女性がいる。
「ふん! まだ着かぬのか?」
「もうすぐじゃないか?」
「ふん!」
フォルトが創造した大罪の悪魔サタンだ。
彼女については、ただの魔物避けである。マリアンデールとルリシオンに自動狩りは必要ないので、ワラワラと魔物に襲われても面倒だった。
「マリとルリは、ドワーフの集落に行ったことがあるのか?」
「何度かねえ。顔見知りもいるわよお」
「あれ? ドワーフとは戦争をしていたのでは?」
「ドワーフとはまともに戦っていないわよ」
「そうなのか」
「あいつらは魔族にも武具を卸しているからね」
「へぇ。そう言えば二人は、ソル帝国を担当していたな」
「担当じゃないわ。ブラブラと散歩をしただけよ」
十年前の勇魔戦争。
当時の亜人の国フェリアスは、魔族を森から追い返すことに専念していた。また人間と一緒に魔族の国ジグロードに向かったのは、ドワーフ族ではなく獣人族だ。とはいえその獣人族も、遠征の途中で引き返していた。
人間が行った殲滅戦にも参加せず、魔族からの恨みは買っていない。
「まぁいいか。サタンではないが、まだ到着しないのか?」
「ほら。鉱山が見えるでしょ? あの山の麓よ」
「さすがはドワーフ。鉱山の近くか」
「自分たちで採掘して、自分たちで加工するからねえ」
「なら小一時間ぐらいだな」
「そうねえ。道に出れば、もう少し早いわよお?」
「いや。スケルトンが見られてしまうだろ」
フォルトたちは道が伸びているにもかかわらず、まだ手付かずの原生林の中を進んでいた。最初から道を歩けば良いのだが、そのあたりの事情はお察しだ。
ともあれアンデッドは、命がある者すべての敵だと認識されている。手当たり次第に、生者を襲うからだ。
スケルトン神輿に乗って道に出たら、確実に攻撃されるだろう。
ちなみに、吸血鬼は別である。
理由としては、大昔から生者と交流していたバグバットの成果だった。
「貴方。カーミラがいないようだけど?」
「金を調達させている。そろそろ合流するはずだ」
「何かを買うつもりなのかしら?」
「分からん。でもドワーフから奪うのはちょっと、な」
「確かにねえ。仲良くしたほうがいいわよお」
「そうなのか?」
「色々と便利な種族だしね」
「便利、か」
確かに、姉妹が言ったとおりだ。
便利という言葉には、いささか悪い気はする。と言っても、ドワーフ族は職人芸が光る種族だ。様々なものを作り出せるので、今後はお世話になるかもしれない。
まずは、人間との相違を観察したいところだ。
「御主人様! 戻りましたぁ!」
そんなことを考えていると、カーミラが空から下りてくる。続けて、フォルトの首に腕を巻きつけてきた。
背中に押し当てられる小ぶりな膨らみで、一瞬にして撃沈してしまう。
以降は温もりを堪能してから、スケルトン神輿に座らせた。
「ご苦労さん。いつもどおりだろ?」
「各貨幣を一枚ずつでーす!」
「うむうむ。それでいい」
「えへへ。そろそろ到着ですかぁ?」
「カーミラは『隠蔽』を頼む」
「はあい!」
ドワーフ族が魔族と交流していたとはいえ、さすがに悪魔とはないはずだ。スケルトン神輿も途中で降りて、大罪の悪魔サタンも送還する予定だった。
そして鉱山も近くなり、木々の隙間から、木造の壁らしきものが見えてくる。
「よし! ここからは歩いて集落に向かう」
「ふん! また用があれば呼べ!」
「はいはい」
サタンはふんふん言いながら、この場から消えた。
集落と言っても、小さな町ぐらいはあるか。しかしながらフェリアスの住人であれば、人間のように町とは呼ばないらしい。
どれほど大きくても、里や集落などと呼称しているとの話だった。
「「止まれ! 止まれ!」」
フォルトたちが通行門らしき場所に向かうと、三人の門衛に止められた。
ドワーフ族の集落に訪れたので当然だが、門衛はドワーフである。自由都市アルバハードでは遠くから眺めたとはいえ、これには再び感激してしまう。
「おぉ……。生ドワーフ!」
「「何じゃ何じゃお主らは!」」
「ガルドに会いにねえ。集落にいるかしらあ?」
「お前さんは魔族じゃな? ガルドと言ったらワシらの王じゃぞ?」
「そうねえ。そのガルドよお」
「我らが王に何用じゃ? 謁見の約束でもしておったのか?」
「ふふっ。ローゼンクロイツ家の姉妹が来たと言えば分かるわ」
門衛とマリアンデールの言葉に、フォルトは首を傾げた。
件のガルドという人物は、ドワーフの王族らしい。
「ドワーフの王様が知り合いなのか?」
「そうよ。ローゼンクロイツ家の力を理解したかしら?」
「あぁ実感した」
「よく分からんが、ちょっと待っとれ!」
亜人の国フェリアスでも、ローゼンクロイツ家の家名がものを言っている。
門衛の一人は聞いたことがあるらしく、近くの詰め所に戻った。残った二人のドワーフは物珍しそうに、フォルトをジロジロと見ている。
これには戸惑ってしまう。
「俺の顔に何か付いているのか?」
「いんや。お前さんは人間じゃろ? なぜ魔族と一緒にいるのだ」
「俺のものだからな」
「ものじゃと? 人間が? 魔族を、か?」
「俺がローゼンクロイツ家の当主だしな」
「お前さんが? 確かジュノバと聞いていたのじゃが?」
「姉妹の親父さんだな。まだ会っていないが……」
何か拙いことでも言ったのか。と思ったフォルトだが、職務質問をされている感じがして緊張してしまう。
その態度が面白かったようで、二人のドワーフが笑い出した。
「ワハハハッ! どっちでもいいな! まぁもうちょっと待っとれ」
「え?」
「細かいことを気にすると、腹が減るからのう」
「はい?」
「いやいや。喉も乾くだろ! 早く酒を飲みたいもんじゃ」
「ワハハハッ! 仕事が終わったら一杯行くか?」
「何じゃ。一杯じゃ足りんわい!」
「そうじゃそうじゃ。ワハハハッ!」
「………………」
門衛たちが、アフターファイブの話で盛り上がっている。
すでにフォルトたちを見ておらず、「それでいいのか!」と心の中で叫ぶ。物凄く陽気な種族で、何となく新鮮な気分を味わった。
すべてのドワーフ族がそうとは限らないが……。
「よし! 集落に入っていいぞ」
陽気な門衛たちを眺めていると、詰所に行った門衛が戻ってきた。
そして、集落に入る許可は出るが……。
「済まんがガルド王は不在じゃ」
「あら。どこに行ったのかしら?」
「我らにも分からん。放浪癖がある御方じゃからな。ワハハハハッ!」
「変わっていないわねえ」
「それでいいのか!」
「何じゃ? どうかしたのか」
会話を聞いたフォルトは、今度こそ思ったことを口にした。
仮にも王といえば、国のトップ。ドワーフ族なら、種族の族長なのだ。
その最高権力者が、部下も知らないうちに消えていなくなる。しかも、放浪癖だからと笑って認めているところがおかしい。
「そうは言うてものう。いないものは不在としか答えられんのじゃ」
「そ、そうか。なら待たせてもらえばいいのか?」
「ガルド王に確認が取れんだけじゃ。今日は宿屋にでも泊まっておけ」
「宿屋か」
「うむ。ワシの知り合いの宿を紹介してやろう。飯も酒も旨いぞ!」
「よろしく頼む」
「門を越えてすぐ右にある宿じゃ。ワハハハッ!」
これは、紹介になるのだろうか。
そう思ったフォルトは、カーミラと顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「ガルド王が戻ったら、俺たちに知らせてくれるのか?」
「いいぞ。どうせ暇じゃからな」
「暇……」
「お前たちのような旅人はあまり訪れないからのう」
「へぇ」
「ここは生産をする集落じゃ!」
この集落は材料を鉱山で採掘して、生産を行う場所だった。
そして生産された商品は、フェリアスの各地に輸送されて販売される。集落に訪れる者は、それに携わる者たちだけなのだ。
ほとんどが顔見知りらしく、門衛の仕事が暇というのも頷けた。
そうは言っても、別に販売しないわけではない。工房に在庫が残っていれば売ってくれるので、好きに交渉してくれとの話だった。
「それでは集落に入るか」
先に姉妹から聞いていたが、身分証となるカードの提示は必要無い。
そもそもフェリアスの住人は、人間が崇める六大神を信仰していないのだ。神殿や教会から発行されるカードは所持しておらず、国内では使用していない。
ともあれ集落に入った後は、門衛に紹介してもらった宿屋に向かう。どうやら酒場も兼ねているらしく、多くのドワーフたちで賑わっていた。
もちろんここでも、ルリシオンの出番だ。
「泊まりたいんだけどお」
「はいよ! 旅人かい? 珍しいね」
受付のカウンターは無人だったが、奥からドワーフが顔を出した。
声から察すると女性で、宿屋の女将だろう。ドワーフ族は女性でも髭が生えていると聞いたが、フォルトは目の当たりにした。
萌える要素は皆無だが、遠くから眺めているぶんには面白い。
「見てのとおり一階は騒がしいよ。それでもいいかい?」
「いいわよお。どうせガルドが戻るまでだしねえ」
「何だい。またどっかにほっつき歩いてんのかい?」
「そうらしいわあ」
「部屋はどうすんだい?」
「一部屋でいいわあ」
「ふーん。ベッドも床も頑丈にできてるから安心しなよ!」
「ちょっ!」
何を言い出すかと思えば、夜の営みのことだった。宿屋の女将はフォルトを見て、ニヤニヤと笑みをこぼしている。
こんなやり取りをされると、さすがに恥ずかしい。
「男なら頑張りな! 宿泊料は前金だよ」
「カーミラ」
「はあい! いくらですかぁ?」
「一泊で銀貨三枚だよ。飯は一階で頼みな」
「はあい!」
「あんたらの部屋は二階の一番奥だよ」
フォルトたち鍵を受け取って、女将に指定された部屋に向かう。室内は殺風景だったが、確かにベッドは頑丈そうだ。
これなら、三人を相手にしても平気だろう。
広い部屋ではないので、とりあえずはベッドに座りながら話す。
一泊で銀貨三枚なら、この程度だろう。旅人の来訪は少ないと言っていたので、酒場がメインかもしれない。
それでも、フォルトには十分過ぎる空間だった。
「集落から迷宮まではどれぐらいだ?」
「神輿なら二日かしらね」
「まぁ遅いしな」
「短縮するなら乗らないほうがいいわよお」
「そうだなあ。行くときに決める」
確かにスケルトン神輿は移動が遅い。
楽をするために乗っているが、時間を費やすなら考えたほうが良いか。
「あはっ! 私たちはどっちでもいいけどねえ」
「まったく、貴方ときたら……」
「ガルドとやらと会ってからのほうがいいか?」
「話を通しておくと便利だわあ。便宜を図ってもらえるからねえ」
「なるほどな」
「人間はいないようだし、外をブラブラするかしら?」
「そうだな。ドワーフには興味がある」
「ふふっ。なら明日にでも集落を散歩しましょうか」
「そうしよう」
「きゃ!」
マリアンデールの顔が近かったので、無造作に抱き寄せて横になる。
そしてフォルトは目を閉じ、彼女から手を離した。
「ぐぅぐぅ」
「あら。寝るのね」
「惰眠モードですねぇ。今のうちに魔界から補給しまーす!」
「よろしくねえ。私たちは適当に過ごしておくわあ」
三人は個々で動きだした。
まずカーミラは、食料の搬入を開始する。食事は一階で済ませられるが、暴食なので量が足りないだろう。
マリアンデールとルリシオンは、宿屋を出て集落の下見に向かった。フォルトが好きそうなものを選定しておくためだ。
そんな彼女たちの献身をよそに、自身は惰眠を貪るのだった。
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