それぞれの戦い3
亜人の国フェリアスの湿地帯は、非常にジメジメして蒸し暑い。
その湿地帯を、草木をかき分けながら進む者たちがいる。
おっさん親衛隊のレイナス・アーシャ・ソフィアだ。彼女たちはレベルを上げるために、フロッグマンの棲息地帯まで向かっていた。
「服が肌に張り付いて気持ち悪いですわね」
「仕方ないっしょ。脱ぐわけにはいかないからねぇ」
「私はそこまで酷くはありませんが……」
ソフィアの格好は、露出が最強のビキニビスチェである。
水着とほとんど変わらないので、一人だけ涼しそうだった。
「その服は羨ましいですわね」
「あ、あまり見られると恥ずかしいのですが……」
「フォルトさんと考えた最高傑作よ! あたしも作ってもらおうかなあ」
「アーシャさんなら似合いますよ」
「人間ノ考エルコトハ分カラナイ」
ぐったり気味に歩く三人は、一人のリザードマンに話しかけられた。
今回は大規模な駆除をするので、蜥蜴人族の戦士団と一緒に向かっている。
そして彼らの防具は、鉄のハーフプレートと獣皮の腰当てだ。インナーは着用しておらず、硬い鱗の肌を露出していた。
おそらくは女性もいるのだろうが、ソフィアのように恥ずかしがっていない。
当然だ。人間とは見た目から文化まで違い過ぎる。
「フロッグマンとは、かなりの数がいるのですか?」
「コノ時期ハナ。何千匹ト発生スル」
「それほどですか」
「ウム。狩場ヲ荒サレ魚ガ漁レナクナル」
魔物の増殖が与える影響について、レイナスとアーシャは興味が無さそうだ。
その二人に対してソフィアは、少し寂しそうな顔になる。確実にフォルトの影響を受けており、身内以外に対しての無関心さが窺えた。
興味があるのは、これから戦うフロッグマンについてだった。
「今から行く場所には何匹ぐらいいるの?」
「二百ダ」
リザードマンの言葉に、アーシャは肩を落とした。
初日に戦ったフロッグマンは十匹だが、今回は二百匹である。蜥蜴人族の戦士団は二十人なので、十倍の戦力差だ。
「それって大丈夫なん?」
「二百ダト苦戦スル。ダガ今回ハオ前タチガイル」
「期待されても困りますわよ?」
「氷ノ壁。アレハ助カル」
「氷壁ですか? 指揮系統に入らなくても良いなら……」
「戦イガ始マッタラ頼ム。氷ノ壁ヲ出現サセタラ好キニ戦ッテ構ワナイ」
おっさん親衛隊の戦闘を眺めていた案内のリザードマンから聞いたのだろう。
確かにレイナスの氷属性魔法があれば、戦闘は有利になる。
ともあれ彼女たちは、フォルトと別れてから連日連戦だった。また今回の自動狩りは、一週間を予定している。
本日の狩りが終了したら、幽鬼の森に帰還するのだ。
「コノ先ニイル」
「到着したようですわ」
「うぅ。ムシムシするぅ」
「ふふっ。アーシャさん。頑張ってくださいね」
「あたしはずっと踊ってるのよ? もう大変っ!」
「そう言えば蜥蜴人族に魔法使いはいらっしゃいますか?」
「ウム」
「ならアーシャさん」
「はいはい。何人?」
「五人ダ」
「えっと……」
アーシャのスキル『奉納の舞』は、彼女が認識した味方全員に効果がある。だからこそ、誰が味方かを知っておく必要があった。
そうは言っても蜥蜴人族の顔は、どれも同じに見える。
「杖を持っているリザードマンだけでいいのですよ」
「なるほどねぇ」
おっさん親衛隊の戦い方は説明してある。
音響の腕輪から流れる音楽が、戦闘開始の合図だった。
もちろん音楽を流すなど、危険極まりない行為。敵に自分たちの存在を知らせることになり、他の魔物すら呼び寄せかねないからだ。
それでもあえて音楽を流すのは、フォルトが望んだからに他ならない。とはいえその判断は、ソフィアが任されていた。
勇者の従者だった彼女の状況判断は卓抜している。蜥蜴人族が収集していた周辺の魔物情報を踏まえて、今回は大丈夫と判断した。
それをもう一度確認したところで、三人は草木の茂みから顔を出す。視線の先にはフロッグマンが大量にいるとはいえ、まだこちらには気がついていないようだ。
じゃれ合っていたり、魚を食べている。
「行くよお! レッツ・スタート・ザ・ミュージック!!」
アーシャの音響の腕輪からは、クラシカルなダンス・ミュージックが周囲に流れ始めた。と同時に彼女は、茂みから飛び出す。
以降は注目を集めるように、大胆かつ華麗に舞い始めた。
この音楽で踊れるとは大したものだ。
「ゲコッ?」
「ゲコッゲコッ!」
当然のように、フロッグマンたちが一斉にアーシャを見る。
そして獲物を発見した獣のような目になり、我先にと襲ってきた。
「行ケ! リザードマンノ勇者タチヨ!」
「「オオッ!」」
アーシャの音楽に負けじと、リザードマンの一人から号令がかかる。
陣形などはなく、真正面からのぶつかり合いだ。ならばとレイナスは、先ほど頼まれた氷属性魔法を使う。
【アイス・ウォール/氷壁】
この氷壁の魔法も、アーシャのスキル効果を受けている。大きさや強度などが強化されており、フロッグマンの筋力では壊せない。
レイナスはその氷壁を、両者がぶつかる付近に扇状で設置した。
前回のおっさん親衛隊が使った戦術である。
この状態であれば、蜥蜴人族の戦士団は包囲されないで済む。しかも出口付近が狭いので、フロッグマンたちが大渋滞を起こした。
それにしても、蜥蜴人族の戦士団は統制がとれている。
出口付近を壁役の数人が固めて、傷を負ったら交代していた。後衛は攻撃魔法ではなく移動阻害系の魔法を使って、敵の逃走を防いでいる。氷壁の側面から後ろに回り込もうとする者たちもおり、確実に全滅させるつもりだ。
ともあれ後は好きに戦えるので、どれから攻撃しようかと品定めをする。
「では私たちも行きますわよ!」
「あっ! 待ってくださいレイナスさん」
「何でしょうか?」
「あのフロッグマンを捕獲できますか?」
ソフィアが指さした先には、通常の個体よりも大きいフロッグマンがいた。
普通に考えると、この群れのボスだ。
「あれをですか?」
「ほら。デルヴィ侯爵からの依頼です」
「確か闘技場で使う魔物でしたわね」
「はい。フォルト様は忘れているでしょうが……」
「そうですわね。ロゼは調整を頼みますわ」
レイナスが聖剣ロゼを構えると、微かに震えている。
自動狩りは、本日で終了なのだ。フォルトへの土産として、ボスらしきフロッグマンの捕獲すれば喜ぶだろう。
そして逃がさないように、彼女は一気に間合いを詰めるのだった。
◇◇◇◇◇
屋敷の屋根で寝転がっているフォルトは、森の風景を眺めていた。
幽鬼の森は緑があまり見られない。ほとんどの草木は枯れた状態で、生命の息吹というものが感じられなかった。
大量のアンデッドが徘徊しているので当然か。
「おっ! 戻ってきたな」
森の奥からは、四人の女性が姿を現した。
レイナス・アーシャ・ソフィアのおっさん親衛隊だ。またもう一人は、彼女たちを迎えに行ったカーミラである。
「よっと!」
彼女たちの無事な姿が確認できたところで、フォルトは屋根から飛び下りた。続けてゆっくりと、誰もいないテラスに向かう。
そして自分専用椅子に座り、彼女たちが近寄ってくるのを待つ。
「フォルト様! いま帰りましたわ!」
「おかえりレイナス。それに皆もな」
笑顔で三人を迎えたフォルトだが、気になるものがあった。
それは、レイナスが引っ張っているフロッグマンだ。ロープで縛られて、ゲコゲコと鳴き声を上げている。
「それは何だ?」
「フロッグマンですわ」
「見れば分かるが……。大きいな。もしかして食べるのか?」
「いいえ。ボスのようでしたので引き渡しますわ」
「誰に?」
「いやですわ。デルヴィ侯爵に決まっていますわよ」
「………………」
レイナスの答えを聞いて、フォルトは考え込む。
それからデルヴィ侯爵と何度も呟いて、過去の記憶を探っていく。蛇のような目は思い出したくもないが、とある件と結びついて顔を上げた。
その変化を眺めている彼女たちは、クスクスと笑っている。
「国境を越えたときの対価か!」
「そうですわ。捕獲した魔物を闘技場で使うと仰っていましたわね」
「そうだそうだ。そうだった」
「きゃ!」
フォルトはレイナスを手招きして、隣に座らせる。同時に自身の後ろには、カーミラが移動した。
フロッグマンは歩くのも辛かったのか、その場で倒れ込んだ。
「虫の息だな。ボスってことは強かったのか?」
「オーガぐらいですわね」
「レベル二十五前後か」
「これであれば侯爵の意向に沿っているかと思いますわ」
「ははっ。よく覚えていてくれたな。助かる」
「ぁっ!」
フォルトは悪い手を開放して、レイナスの体を弄る。
ともあれデルヴィ侯爵の件は、すっかり忘れていた。どんなに嫌な相手でも約束をしたのだから、彼女たちの気遣いに感謝する。
「フロッグマンのボスって……」
「群れの中のボスですわね」
「なるほど」
「群れは点在していますので、それなりの数がいるかと思いますわ」
「まぁ一体いれば十分だろ」
デルヴィ侯爵に送る魔物。
フォルトはそれを、数よりも種類だと思っていた。同じ個体を対戦させても、観客に飽きられてしまうだろう。
奴隷紋を施すと言っていたので、治療しながら使うはずだ。
もし違っても知ったことではない。
「ソフィア。あの辺に他の魔物はいるのか?」
「アーマーゲーターにブラックヴァイパー。後はローパーが有名ですね」
「ワニ、蛇、触手か。強いのか?」
「地形次第ですよ」
「ワニと川辺で戦うとか、確かにあり得ないな」
「戦いやすい陸地におびき寄せられれば、今の私たちなら大丈夫です」
「ふむふむ。だが非効率だな。自動狩りには向かない」
「はい。ですので、狩りの最中に発見したら捕獲しておきますね」
このあたりは、おっさん親衛隊に任せれば大丈夫だろう。
もちろん暫くは彼女たちの成分を補充するので、自動狩りはお預けだ。
「よし! それではソフィア。後で部屋に行く」
「はいっ!」
「レイナスとアーシャ。カーミラも行くぞ!」
気合を入れたフォルトは、椅子から立ち上がった。
そして三人を引き連れ、屋敷に向かおうとして思い留まった。やることは一つなのだが、その前に終わらせておく雑用を思い出したのだ。
「そうそう。檻を作っておかないとな」
【サモン・ブラウニー/召喚・家の精霊】
それは、捕獲した魔物を閉じ込めておく設備だ。
毎回作るのも面倒なので、いつものように五十体のブラウニーを召喚する。二十個ぐらいの檻があれば良いだろう。
大きさも大中小の三種類を作らせておく。
「よろしく!」
「「了解デス!」」
ブラウニーたちは命令を受けて、すぐに檻を作り始める。
幽鬼の森には枯れた木しかないが、魔法で強度を上げられるだろう。
とりあえず、彼らの作業は見ておく必要は無い。ならばと次は食堂に向かって、マリアンデールとルリシオンに声をかけた。
シェラも手伝いをしているが、用があるのは姉妹だ。
「マリ! ルリ!」
「あらあ。料理はまだ完成していないわよお」
「悪いけど、外で虫の息のフロッグマンを檻に入れておいてくれ」
「フロッグマン?」
「ブラウニーが檻を作っている。後はよろしく!」
「はいはい。やっておくわ」
これで、他力本願の雑用は終わりだ。
フォルトは今度こそ三人を連れて、寝室に引き籠る。食事までの時間を使って、彼女たちの成分を補充するのだ。
そして満足した後は皆と食事をしながら、次の予定を伝えるのだった。
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