それぞれの戦い2
ヒスミールと対峙するルーチェは、死霊を浮かべて戦闘態勢をとる。
ドライアドに頼まれて迎撃に来たが、確かに強そうだった。
(やれやれですね。せっかく魔道具が完成しそうだったのに……。それにしても、あの角は魔族ですか? 魔族の場合の対処は聞いていませんでした)
フォルトからの命令は、双竜山の森に侵入する人間を追い返すこと。だが、目の前の女性らしき男性は魔族である。
殺害しても怒られないだろうが、脳裏に魔族の姉妹が浮かぶ。
「お名前をお聞きしても?」
「私はヒスミールよーん! でも覚えたところで意味は無いわよん?」
「なぜですか?」
「うふふ。貴女はここで死ぬからよん」
「戯言を……」
戯言である。
吸血鬼の真祖バグバットと同様に、ルーチェもアンデッドなのだ。すでに死んでいるので、「消滅させる」が正解だった。
(この魔族の名前は聞きましたが、今は主様に伝えられませんね。追い返した後に報告をするとして……。まずは……)
【サモン・アンデッドウォリアー/召喚・屍骨戦士】
ヒスミールとの距離があるので、最初の行動としては召喚魔法が最適だ。
ルーチェはデモンズリッチなので、魔法戦闘がメインとなる。壁になる魔物がいなければ、戦いを有利に進められない。
そして屍骨戦士とは、スケルトンの上位種である。
中位アンデッドに属し、推奨討伐レベルは三十と高い。姿は骸骨だが骨太で、鉄製の剣や盾、鎧を装備して出現する。
召喚した数は五体だ。
「あらん? アンデッドなんて召喚しちゃって可愛いわん」
「そうですか。では、死んでください」
「五体もいるのねん。厄介だわーん!」
ヒスミールはそれだけ言うと、屍骨戦士に向かって走り出した。
それならばとルーチェは、屍骨戦士に視線を向ける。剣と盾を構えさせて、さながら屈強な戦士のようだ。
まずは、侵入者を包囲するように命令を下す。
「囲みなさい!」
「どらあ!」
ヒスミールは雄たけびをあげながら、剣を鞭のように伸ばした。
それから分裂した鋭い刃をビュンビュンと振り回して、二体の屍骨戦士を巻き込むように攻撃してくる。
ルーチェは「欲張り過ぎ」と、彼に対し苦笑いを浮かべた。
屍骨戦士は盾を前に出して、その攻撃を勢いよく弾き返す。
【マス・シールドウォール/集団・盾壁】
ヒスミールが屍骨戦士を突破できないのを悟ったルーチェは、防御系魔法を展開して、五体の屍骨戦士の物理防御力をあげた。
これにより、さらに強固となった屍骨戦士を群がらせた。
「やっぱり無謀だったかしらねん?」
屍骨戦士が包囲を縮めようとすると、ヒスミールは後方に下がる。と同時に一体の屍骨戦士に向かって、再び蛇腹剣を振るう。
それが功を奏したようで、盾ごと巻きついた。
「どらあぁぁぁあああっ!」
「ちっ」
屍骨戦士の一体が上空に飛ばされたので、ルーチェは舌打ちした。
以降は頭から落下させられると、頭蓋が砕かれて動かなくなる。
「どらどらどらどらどらっ!」
ヒスミールは蛇腹剣から屍骨戦士を外さずに、そのまま回転し始めた。遠心力を使って、他の屍骨戦士をぶつけるつもりだろう。
まるで、ジャイアントスイングのようだ。
「甘いわね」
【ボーン・スパイク/骨突起】
今度はルーチェが、死霊系魔法で攻撃した。
ヒスミールを中心に、地面から鋭い骨が三十本ほど突き出る。続けて一斉に、彼に向かって発射された。
「あららん? ふんっ!」
ヒスミールは骨突起を避けるために、蛇腹剣もろとも屍骨戦士を投げ飛ばす。
その攻撃は他の屍骨戦士に当たり、一体が戦闘不能にされた。次に後方宙返りをして、骨突起を避けられてしまう。
一連の行動を観察していたルーチェは、三体の屍骨戦士を戻した。
「やるわねん」
「当然です」
ルーチェは澄ました顔で答える。
二体の屍骨戦士を倒されたとはいえ、まだ三体も残っている。有利なことには変わりがない。しかもヒスミールは、武器を手放していた。
「もう一度だけ聞きましょう。森から退去しなさい」
「私はここからが強いのよん?」
「ですが、彼我の戦力差は理解していると思いますが?」
「確かにそうねん」
会話をしながらも、ヒスミールはジリジリと寄ってくる。
戦闘意欲は削がれていないようだ。ならばとルーチェは命令を下し、前方に屍骨戦士を並べた。強固な陣形で屍骨戦士を犠牲にすることで、カウンターの近距離攻撃魔法を撃ち込める。
召喚したアンデッドの使い道など、そんなものだ。
「参ったわねん。貴女までは遠そうだわん」
「降参しますか? ならば見逃してあげます」
「お言葉に甘えようかしらねん。その前に一つだけいいかしらん?」
「何ですか?」
「森の主は……。フォルト・ローゼンクロイツかしらん?」
一瞬だけ体の動きを止めたルーチェは、ポーカーフェイスを浮かべる。
そしてヒスミールに悟られないように、思考を巡らせた。
(主様を知っている? これを肯定して良いものか迷いますね)
「うふふ。マリちゃんとルリちゃんは元気かしらん?」
「っ!」
「私はホルノス家の嫡男。姉妹と同じ魔族の名家よーん!」
「お二人とはどのような関係でしょうか?」
「あらん? 答えを言っているのと同じだわん」
誘導尋問に乗せられてしまい、ルーチェは苦い顔をする。
普通に考えれば同じ魔族なので、姉妹を知っているのは当然だ。しかしながら、二人を愛称で呼ぶことができるかは疑問だった。
まるで知らない者に言われたら、姉妹は激怒するだろう。
ともあれ、主人と姉妹の名前を出したのだ。双竜山の森と関連付けている以上、ヒスミールは姉妹の知人と考えても良いか。
どうせエウィ王国では、周知の事実なのだ。知人だった場合のほうが困るので、今は対応を変えるべきだった。
「残念ながら不在ですので、森にはいらっしゃいません」
「それは残念だわん。久しぶりに組手がしたかったのよん」
「ヒスミール様がいらっしゃったことは伝えておきます」
「分かったわん。なら退くとするわねん」
「お待ちを……」
ヒスミールが背を向けた瞬間に、ルーチェは声をかける。
これを聞いておかないと職務怠慢になってしまう。
「何かしらん?」
「組手だけが用件ではないと思いますが?」
「うふふ。森の主の正体を探りにきただけよん」
「何のために?」
「調査を依頼されたのねん。もちろん依頼人については言えないわん」
「………………」
魔族と人間の関係性から、依頼人は魔族かもしれない。と思ったが、その真偽を判断するのは主人のフォルトである。
眷属のルーチェは、その判断材料を収集するだけで良いだろう。
「それにしても、マリちゃんとルリちゃんが生きていたとはねん」
「そ、そうですか」
「家名を聞いたときから期待はしてたわん」
ローゼンクロイツ家の存在は、まだ周知されていないはずだ。であれば、依頼人の素性を絞れる情報になるか。
それとも、誤情報を伝えているのか。
先ほどの戦いと併せて、ヒスミールは中々のくせ者だ。
「最後に。ヒスミール様は敵ですか? 味方ですか?」
「今はどちらでもないわねん。今は、ね」
「………………」
「うふふ。私にもやることがあるのねん。でも二人にはよろしくねん」
「分かりました。伝えます」
これを最後にヒスミールは、踵を返して双竜山に向かった。
彼が戻ってこないことを確認したルーチェは、主人のフォルトに伸びた魔力の糸に魔力を流す。
これは信号となるので、以降は呼び出されるのを待つだけだ。
「さてドライアド。後は任せますね」
「はい。あの者の誘導はお任せを……」
ドライアドは樹木のネットワークを使って、一部始終を監視していた。誘導と言っているので、もしかしたら嫌がらせで迷わせるかもしれない。
そんなことを思ったルーチェは、任務を達成した高揚感に包まれるのだった。
◇◇◇◇◇
屋敷のテラスで打ち合わせをしているフォルトは、ルーチェを呼びだした。
彼女まで伸びた魔力の糸に反応があったからだ。緊急の場合以外は使わないはずだったが、まずは双竜山の森での出来事を報告された。
それを聞いたマリアンデールは、ばつが悪そうな表情を浮かべている。
「あいつが来たんだ?」
「前にマリが言っていた奴か?」
「そうよ。オカマ」
(オカマが攻めてきた! 出会いたくないし、やっぱり森を出て正解だな。でも怖いもの見たさに、遠くから眺めてみたいとも思う)
ヒスミールの風貌を聞いて、フォルトは少しだけ興味が湧いた。
世紀末雑魚のいで立ちである。一度ぐらいは拝んでおきたい。魔法の透明化で近寄れば、それも叶うだろう。
もちろん、わざわざ探すつもりは無い。
「それでルーチェ。ヒスミールとやらはどこから森に入った?」
「双竜山からです」
「うーむ。ならソル帝国かな」
グリム領ではフォルトとの約束どおり、双竜山の入山を厳しく規制されている。しかも、ヒスミールは魔族である。
ソル帝国が魔族を囲っているという話は、グリムから聞いていた。
「森の主を調査することが目的のようです」
「まぁ俺の名前は皇帝が知っているしな」
帝国の目的は不明だが、ある程度の見当はつく。
エウィ王国の隣国なので、国境になる双竜山と森は偵察したいだろう。建物があれば調査したいはずだ。
ともあれ、森の主を知ったことで退いている。
今後の出方は気になるが、現状だと放置しても構わないか。
「オカマは強かった?」
「はい。中々の強者です。力も隠しているでしょう」
「マリやルリと比べると?」
「聞き捨てならないわね。ヒスミール如きに負けないわよ!」
「そ、そうか。済まなかった」
「ふんっ! 分かればいいのよ!」
「お姉ちゃんの姉弟子じゃないかしらあ?」
「兄弟子よ、兄弟子! 姉じゃないわ!」
「そんな関係が……」
マリアンデールとヒスミールは、同じ師を持つ兄妹弟子だった。
それは何十年も前のことで、彼女がそれほど強くなかった頃だ。彼女が百歳だと考えると、フォルトは時代を感じてしまう。
「マリは無手だったな」
「そうよ。使うほどの相手がいなかったけどね」
「〈狂乱の女王〉、か」
「女王とかいい響きよね。そう思わないかしら?」
「ははっ。どちらも格好いいよな」
マリアンデールの〈狂乱の女王〉。ルリシオンの〈爆炎の薔薇姫〉。
どちらも厨二病をくすぐりまくるので、フォルトとしては実に羨ましい。
「俺に二つ名は付くかね?」
「さぁ。魔人なのだし、怠惰の魔人かしら?」
「そういうのではなくて……」
「二つ名が欲しいのお?」
「いや。やはり要らない」
言葉では要らないと言ったが、内心は欲しかった。しかしながら、どのような二つ名が付けられるか不明だ。
恥ずかしく、また格好悪いのは御免である。
「この時期に来た理由はあるのかな?」
「もしかしたら、帝国軍が攻めてくるのかしらねえ」
「面倒だから勘弁してほしい。石化三兄弟が頑張ってくれればなあ」
「フォルトの出る幕はないわあ。お姉ちゃんと遊んでくるわよお」
「そうよ! 私たちの獲物を取らないでよね!」
「ははっ。ソル帝国の相手は二人に任せる」
フォルトはすべて他人任せだが、高みの見物ぐらいはしたいと思う。
こちらの世界には、エンターテインメントがほとんど無いのだ。マリアンデールとルリシオンの戦いを眺めるのは、映画を観るようで楽しいだろう。
実際、レイバン男爵のときは面白かった。
「よしよし。なら続きを詰めるとしようか」
そしてフォルトたちは、限界突破作業の話に戻る。
ミノタウロスは良いとして、もう一種類を討伐しなければならない。面倒臭い話だが、姉妹が受けた神託ではそうなっている。
もう一種類とは、あちらの世界でも有名なマンティコアと呼ばれる魔物だ。同時に討伐する必要は無いらしいが、ミノタウロスの討伐後もお出かけだ。
兎にも角にも、姉妹の限界突破が最優先である。
そう考えたフォルトは、ヒスミールの件を頭の中から放り出すのだった。
Copyright©2021-特攻君
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