それぞれの戦い1
双竜山の中腹から、森を見下ろす大柄な女性がいた。
ピンク色に染めたミスリルの胸当ては、胸部が大きく膨らんでいる。腰当はロングスカートと一体で、太ももあたりからサイドスリットが入っていた。
そのスリットからは、ぶっとい筋肉質の足がはみ出ている。
「屋敷、小屋、倉庫、畑が見えるわねん」
女性の周囲には、オーガの死体があった。
彼女は振り向いて、髪の毛を整える。パンッと頭頂部で手を合わせ、そのまま上空に向かって突き上げた。手を離した後は、髪が奇麗に直立不動となる。
この人物の髪型はモヒカンだ。また女性ではなく、なんと男性だった。さらには角も生えており、人間でもなかった。
ヒスミール・ホルノス。魔族の貴族ホルノス家の嫡男である。
「何者が住んでいるのかしらねん」
(行ってみようかしらん? 頼まれたのは偵察だけど、屋敷の大きさの割に人影が見当たらないのねーん!)
ヒスミールは目を細めて、目的の場所を観察をする。
そして周囲を警戒しながら、山を下って麓に向かう。双竜山から森に侵入を試みるつもりだが、手前で足を止めて考え込んだ。
「確か迷いの森とか噂になっていたわねん」
ソル帝国の人間がダマス荒野を渡って、この森に幾度か訪れていた。しかしながら丸一日は森の中を歩かされたうえに、入口まで戻されている。
そして、ゴブリンの襲撃があったという報告も受けていた。
魔族のヒスミールなら襲撃は問題無いが、やはり迷わされるのは困る。
「まぁ森に入らないと何も始まらないのねん。女は度胸よーん!」
ヒスミールは意を決して、森の中に踏み込んだ。同時にいつ襲われても良いように身構えながら、神経を研ぎ澄ます。
以降は小一時間ほど進んだが、ゴブリンの姿は発見できない。
それでも何かを感じて、警戒は解けなかった。
(この森は何かあるわねん。太陽の光もほとんど差し込まないし、木々の間隔が狭いわん。もしかして……)
報告では、今まで死亡した者はいない。ゴブリンに襲われても逃げ出せば、後を追われることはないそうだ。
ともあれヒスミールは、ドンドンと目的地に向っていく。
ただし目印になるものが何も無いので、すでに迷っているようにも思えた。真っすぐに進んでいたとしても木々を避けながらだと、どうしても方向がずれる。
「うーん。やっぱり迷っちゃったかしらん? なら……」
途中で考え込んだヒスミールは、近くの大きな樹木によじ登った。
それから一気に跳び上がって、森の上空に出る。
次に森を見下ろすと、正面には屋敷のある目的地が視界に入った。また肩越しに後ろに顔を向けると、双竜山が見える。
一応は迷わず、目的地に向かえているようだ。
(中間ぐらいよねん?)
上空から落下したヒスミールは、現在地を把握した。
以降も警戒しながら、道無き森を歩いていく。移動中に小動物は発見したが、やはりゴブリンとは遭遇しない。
それでも進んでいくと、不自然なほど開けた場所に出た。
「あらん?」
首を傾げたヒスミールは、腰をクネクネと動かしながら考え込む。
このような場所は、双竜山からは確認できなかった。先ほど上空に跳び出たときも同様で、何者かの意図を感じる。
(報告には無かったけど、やっぱり拙いわよねん?)
このまま開けた場所に足を踏み入れると、方向感覚が狂うかもしれない。迂回しても同様で、ダマス荒野側の入口に戻される気がした。
もちろん根拠は無いが、ヒスミールは躊躇する。
前方を見渡しても道など無いので、どの木々の間に向かっても同じか。となると戻るしかないのだが、それでは森に入った意味が無い。
ならば……。
「道が無ければ作ればいいのねん! 『強体』よーん!」
要は真っ直ぐに進めれば良いのだ。
この場所までは迷っていないはずなので、真正面に道を作れば問題は解決する。薙ぎ倒した木々を目指せば、方向感覚が狂っても修正できるだろう。
ヒスミールが使ったスキルは、筋力と物理防御力を上げる。『剛腕』と『鉄壁』を組み合わせたようなスキルだが、体重の増加は無い。
このスキルを選んだのは、次に行う行動との相性だ。
「じゃあ……。いくわよーん!」
「待ちなさい!」
拳を脇の下まで引いて、次のスキルを使おうとした瞬間。正面の木々の間から女性の声が聞こえたので、ヒスミールは訝し気な表情に変わる。
そして目を凝らしていると、破廉恥な格好をした女性が姿を現した。
「森を傷つけることは許しませんよ!」
「貴女は誰かしらん?」
「私はドライアドです」
「森の精霊さんかしらん?」
「そのとおりです」
森の精霊ドライアド。
ヒスミールはその存在を知っているが、あまり詳しくない。だがこの精霊の異名は聞き覚えがあり、侵入者を迷わせている張本人だと気付く。
そして森の精霊は、長い年月を経た大樹に宿ると云われていた。人前には滅多に現れず、今回のように遭遇するのは珍しい。
ただし……。
「早々に森から立ち去りなさい!」
「残念なのねん。無理な相談だわん」
「この先に向かっても良い結果にはなりませんよ?」
「行ってみないと何ともねん」
「旦那様の命令は、侵入者を森から追い出すことです」
「旦那様?」
「戦いは避けたいのですが、森から立ち去らないのであれば……」
やはりドライアドは、何者かに使役されている。
この場にいるとは思えないが、旦那様と呼ばれる者が目的地にいるのだろう。と確信したヒスミールは、「厄介だわん」と難しい表情を浮かべた。
(ドライアドには勝てそうだけど、問題が山積みだわーん!)
破廉恥な精霊は微動だにせず、こちらの様子を窺っている。
森から去らないと戦闘になるが、現状では拒否するしかない。最低でも目的地に辿り着いて、森に住まう者を確認したいのだ。
ヒスミールは腰に手を伸ばして、蛇腹剣の柄を握る。
「仕方がありませんね。では後悔しなさい!」
「うふふ。いくわよーん!」
オカマと言えども、ヒスミールは魔族である。
障害は排除すれば良いと、蛇腹剣を抜き放つ。と同時にドンッと音がするほど地面を踏み込んで、一気にドライアドとの距離を縮める。
「『操樹』!」
距離が離れているので、先手はドライアドだ。
彼女がスキルを使うと、周囲の木々から大量の蔦が伸びてきた。ヒスミールの動きを止めようと、前後左右から絡めとろうとする。
「それじゃ止まらないわよーん!」
ヒスミールが蛇腹剣を後方に反らすと、刃の部分が鞭のように伸びる。またビュンビュンと振り回すことで、自身に近づいてきた蔦を紙のように切断した。
その間も足を止めず、蛇腹剣の射程圏内にドライアドを捉える。
「どらあああああっ!」
スキルの発動で無防備のドライアドに、蛇腹剣が唸りを上げて迫った。
このまま巻きつければ、勝負が決まるだろう。何枚もの分離した刃を肉体に食い込ませて、ズタズタに切り裂ける。
「………………」
勝利を確信したが、蛇腹剣が届いた瞬間にドライアドの姿が消えた。
ヒスミールは立ち止まって、周囲を警戒する。
「ど、どこかしらん?」
「最後の警告です。森から立ち去りなさい」
ドライアドの声が聞こえた。
その出所は分からないが、精霊界に送還されたわけではないだろう。ヒスミールは息を殺して、敵の気配を探る。
ともあれ先ほどの攻防から、戦闘には不向きな精霊だと結論付けていた。
再び現れても、こちらの勝利は揺るがない。
「それは無理な相談と言ったわよん」
「ならば、問答は終わりです」
その言葉を最後に、ドライアドの声が聞こえなくなった。
周囲は静寂に包まれ、木々の枝葉が揺れる音だけがする。だがそれも束の間、ヒスミールは急に肌寒くなった。
「な、何かしらん?」
ヒスミールが周囲を警戒していると、またもや前方から人影が現れる。
その人影を見ると、どうやら人間のようだ。ショートカットの整った顔立ちで、胸の大きさから女性だと思われる。
思われるとは、魔法学園の男子用制服を着用しているからだ。
ともあれ先に戦闘したドライアドは動いていなかったので、場所的に蛇腹剣が使いづらい。まずは相手との間合いをとるため、開けた場所の中央に飛びのいた。
もしかしたら、森の精霊を使役している人物かもしれない。
「学生さん、ではないのねん。ドライアドの旦那様かしらん?」
「………………」
「無視されると傷付いちゃうわん。戦うつもりなら容赦しないわよん?」
「こちらのセリフです。主様の住まいに侵入した愚か者よ」
「貴女は……。人間?」
「質問ばかりですね。ご自身の命を以って確かめれば良いでしょう」
「うふふ。そうするわねん」
青白い顔の女性は、ヒスミールに敵意を向けている。
ドライアドからの連戦になるが、傷も無く疲れは感じていない。蛇腹剣を引き戻した後は、ジリジリと間合いを詰める。
それが戦いの合図となったか。
女性の周囲には、レイスと呼ばれる死霊が何体も出現するのだった。
◇◇◇◇◇
幽鬼の森には身内しかいないので、フォルトは若者の姿である。
そして屋敷のテラスでのんびりとしながら、ボケッと空を眺めていた。足をダラーンと伸ばして、隣に座るカーミラに寄り掛かっている。
普段以上にダラけているが、それには理由があった。
「早く帰ってきてほしい」
「まだ行ったばかりですよぉ」
「そうだけどな」
「三人が心配ですかぁ?」
「心配と言えば心配だな。フロッグマンは弱かったけど……」
「えへへ。大丈夫だと思いますよぉ」
「そうか?」
「レイナスちゃんは強くなっているじゃないですかぁ」
「真面目だからな。期待通りの成長をして、おっさんは嬉しいよ」
フロッグマンでの自動狩りを確認したフォルトとカーミラは、蜥蜴人族の集落でレイナス・アーシャ・ソフィアと一晩を過ごした。
そして本日、空を飛んで帰還したところだ。
つまり一日しか経っておらず、おっさん親衛隊が帰還するのは五日後である。
(レイナスは魔法剣士として、俺が思い描いたとおりの成長をしている。アーシャやソフィアの支援もあるし、余程のことがなければ大丈夫だろう。でも寂しい)
フォルトは単純に、彼女たちとスキンシップをしたいだけである。しかしながら、これは慣れないと駄目だろう。おっさん親衛隊が戻ったら、マリアンデールとルリシオンを引き連れて、ブロキュスの迷宮に向かうのだ。
もちろん怠惰なので、すぐに出発するわけではないが……。
「リリエラはどうしてるかなあ」
「ちゃんとクエストをこなしていると思いますよぉ」
「是非とも頑張ってほしい」
「えへへ。新しい服はエロかわでーす!」
「それだ! クエストの失敗だけは避けてもらいたい!」
「ニャンシーちゃんがいるので、死ぬことはないと思いますよぉ?」
「ゲームオーバーじゃなくてな。せめて……」
今回リリエラに与えたクエストは、フォルトの趣味がすべてを占める。
ともあれ過程を楽しむ遊びなので、別に達成をしなくても良い。良いのだが最低限として、目的の服を生産できる職人は発見しておきたい。
「ははっ。楽しみだな」
「そうですねぇ。カーミラちゃんも楽しみでーす!」
(リリエラが目論見通りに達成したら、みんなが華やかになるな。実に喜ばしい。夏の日のためにも……。でへでへ)
幽鬼の森には聖なる泉があるので、やはり水着は欲しい。
こちらの世界では売られていないようだが、本職の服飾師ならレイナスよりも、華やかな衣服は製作できるだろう。
放水については、付与魔法で何とでもなるのだ。
もちろん水着に限らず、身内を着飾りたい。
などと考えていると、マリアンデール・ルリシオン・シェラが近づいてきた。
「いつものフォルトねえ。フライドポテトを持ってきたわあ」
「これこそ俺。口まで運んでくれ」
「貴方、死にたいのかしら? ほ、ほら。あーん」
「あーん」
マリアンデールに頼んだわけではないが、フォルトは「レアを引いた」とホクホク顔である。ツンツンデレな彼女が照れている姿に撃沈しそうだ。
今度はポッキーゲームをやってみようかと考えてしまった。
「御主人様がイヤらしい顔をしていまーす!」
「でへ。今度な」
「はあい!」
内容を伝えてないが、カーミラが喜んでいる。
それはさておき、マリアンデールとルリシオンがいるので、ブロキュスの迷宮についての話題に入った。
おっさん親衛隊の目的がレベル上げなら、姉妹の目的は限界突破だ。
「マリ。ブロキュスの迷宮は人工なのだろ?」
「古代のドワーフ族が造った迷宮ね」
「地図は無いのか?」
「完成後に燃やしたと聞いているわ」
「はい?」
「造った後は放置だからね。勝手に魔物が棲みついたらしいわよ」
「やれやれ」
フォルトは呆れてしまった。
周囲に与える影響を考えると理解できないが、ダンジョンでも作りたかったのか。地図を残さないぐらいなので、わざと魔物を引き入れたのかもしれない。
「その棲みついた魔物に、ミノタウロスがいたのでしょうね」
「なるほど」
「地下十層って話よお」
「十層も、か。迷宮の広さにもよるが……」
階層数を聞いて、フォルトはげんなりしてしまう。また人工迷宮なので、罠が設置されているという話だった。
とりあえず姉妹は、これ以上は知らないそうだ。
「ルリ。ドワーフの集落まではどれぐらいだ?」
「アレを使うなら三日かしらねえ」
「途中で休める場所は……。ちょっと待て」
「どうしたのお?」
召喚した魔物や眷属とは、魔力の糸で繋がっている。
話の途中だったが、それに反応があった。繋がっている先は、双竜山の森に残してきた眷属の一人だ。
何かあったのかもしれない。
そう思ったフォルトは、反応があった眷属を呼び出すのだった。
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