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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十二章 剣聖
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それぞれの戦い1

 双竜山の中腹から、森を見下ろす大柄な女性がいた。

 ピンク色に染めたミスリルの胸当ては、胸部が大きく膨らんでいる。腰当はロングスカートと一体で、太ももあたりからサイドスリットが入っていた。

 そのスリットからは、ぶっとい筋肉質の足がはみ出ている。


「屋敷、小屋、倉庫、畑が見えるわねん」


 女性の周囲には、オーガの死体があった。

 彼女は振り向いて、髪の毛を整える。パンッと頭頂部で手を合わせ、そのまま上空に向かって突き上げた。手を離した後は、髪が奇麗に直立不動となる。

 この人物の髪型はモヒカンだ。また女性ではなく、なんと男性だった。さらには角も生えており、人間でもなかった。

 ヒスミール・ホルノス。魔族の貴族ホルノス家の嫡男である。


「何者が住んでいるのかしらねん」


(行ってみようかしらん? 頼まれたのは偵察だけど、屋敷の大きさの割に人影が見当たらないのねーん!)


 ヒスミールは目を細めて、目的の場所を観察をする。

 そして周囲を警戒しながら、山を下って麓に向かう。双竜山から森に侵入を試みるつもりだが、手前で足を止めて考え込んだ。


「確か迷いの森とかうわさになっていたわねん」


 ソル帝国の人間がダマス荒野を渡って、この森に幾度か訪れていた。しかしながら丸一日は森の中を歩かされたうえに、入口まで戻されている。

 そして、ゴブリンの襲撃があったという報告も受けていた。

 魔族のヒスミールなら襲撃は問題無いが、やはり迷わされるのは困る。


「まぁ森に入らないと何も始まらないのねん。女は度胸よーん!」


 ヒスミールは意を決して、森の中に踏み込んだ。同時にいつ襲われても良いように身構えながら、神経を研ぎ澄ます。

 以降は小一時間ほど進んだが、ゴブリンの姿は発見できない。

 それでも何かを感じて、警戒は解けなかった。


(この森は何かあるわねん。太陽の光もほとんど差し込まないし、木々の間隔が狭いわん。もしかして……)


 報告では、今まで死亡した者はいない。ゴブリンに襲われても逃げ出せば、後を追われることはないそうだ。

 ともあれヒスミールは、ドンドンと目的地に向っていく。

 ただし目印になるものが何も無いので、すでに迷っているようにも思えた。真っすぐに進んでいたとしても木々を避けながらだと、どうしても方向がずれる。


「うーん。やっぱり迷っちゃったかしらん? なら……」


 途中で考え込んだヒスミールは、近くの大きな樹木によじ登った。

 それから一気に跳び上がって、森の上空に出る。

 次に森を見下ろすと、正面には屋敷のある目的地が視界に入った。また肩越しに後ろに顔を向けると、双竜山が見える。

 一応は迷わず、目的地に向かえているようだ。


(中間ぐらいよねん?)


 上空から落下したヒスミールは、現在地を把握した。

 以降も警戒しながら、道無き森を歩いていく。移動中に小動物は発見したが、やはりゴブリンとは遭遇しない。

 それでも進んでいくと、不自然なほど開けた場所に出た。


「あらん?」


 首を傾げたヒスミールは、腰をクネクネと動かしながら考え込む。

 このような場所は、双竜山からは確認できなかった。先ほど上空に跳び出たときも同様で、何者かの意図を感じる。


(報告には無かったけど、やっぱり拙いわよねん?)


 このまま開けた場所に足を踏み入れると、方向感覚が狂うかもしれない。迂回うかいしても同様で、ダマス荒野側の入口に戻される気がした。

 もちろん根拠は無いが、ヒスミールは躊躇ちゅうちょする。

 前方を見渡しても道など無いので、どの木々の間に向かっても同じか。となると戻るしかないのだが、それでは森に入った意味が無い。

 ならば……。


「道が無ければ作ればいいのねん! 『強体きょうたい』よーん!」


 要は真っ直ぐに進めれば良いのだ。

 この場所までは迷っていないはずなので、真正面に道を作れば問題は解決する。ぎ倒した木々を目指せば、方向感覚が狂っても修正できるだろう。

 ヒスミールが使ったスキルは、筋力と物理防御力を上げる。『剛腕ごうわん』と『鉄壁てっぺき』を組み合わせたようなスキルだが、体重の増加は無い。

 このスキルを選んだのは、次に行う行動との相性だ。


「じゃあ……。いくわよーん!」

「待ちなさい!」


 拳を脇の下まで引いて、次のスキルを使おうとした瞬間。正面の木々の間から女性の声が聞こえたので、ヒスミールはいぶかし気な表情に変わる。

 そして目を凝らしていると、破廉恥な格好をした女性が姿を現した。


「森を傷つけることは許しませんよ!」

「貴女は誰かしらん?」

「私はドライアドです」

「森の精霊さんかしらん?」

「そのとおりです」


 森の精霊ドライアド。

 ヒスミールはその存在を知っているが、あまり詳しくない。だがこの精霊の異名は聞き覚えがあり、侵入者を迷わせている張本人だと気付く。

 そして森の精霊は、長い年月を経た大樹に宿るとわれていた。人前には滅多に現れず、今回のように遭遇するのは珍しい。

 ただし……。


「早々に森から立ち去りなさい!」

「残念なのねん。無理な相談だわん」

「この先に向かっても良い結果にはなりませんよ?」

「行ってみないと何ともねん」

「旦那様の命令は、侵入者を森から追い出すことです」

「旦那様?」

「戦いは避けたいのですが、森から立ち去らないのであれば……」


 やはりドライアドは、何者かに使役されている。

 この場にいるとは思えないが、旦那様と呼ばれる者が目的地にいるのだろう。と確信したヒスミールは、「厄介だわん」と難しい表情を浮かべた。


(ドライアドには勝てそうだけど、問題が山積みだわーん!)


 破廉恥な精霊は微動だにせず、こちらの様子をうかがっている。

 森から去らないと戦闘になるが、現状では拒否するしかない。最低でも目的地に辿たどり着いて、森に住まう者を確認したいのだ。

 ヒスミールは腰に手を伸ばして、蛇腹剣じゃばらけんの柄を握る。


「仕方がありませんね。では後悔しなさい!」

「うふふ。いくわよーん!」


 オカマと言えども、ヒスミールは魔族である。

 障害は排除すれば良いと、蛇腹剣を抜き放つ。と同時にドンッと音がするほど地面を踏み込んで、一気にドライアドとの距離を縮める。


「『操樹そうじゅ』!」


 距離が離れているので、先手はドライアドだ。

 彼女がスキルを使うと、周囲の木々から大量のつたが伸びてきた。ヒスミールの動きを止めようと、前後左右から絡めとろうとする。


「それじゃ止まらないわよーん!」


 ヒスミールが蛇腹剣を後方に反らすと、刃の部分がむちのように伸びる。またビュンビュンと振り回すことで、自身に近づいてきた蔦を紙のように切断した。

 その間も足を止めず、蛇腹剣の射程圏内にドライアドを捉える。


「どらあああああっ!」


 スキルの発動で無防備のドライアドに、蛇腹剣がうねりを上げて迫った。

 このまま巻きつければ、勝負が決まるだろう。何枚もの分離した刃を肉体に食い込ませて、ズタズタに切り裂ける。


「………………」


 勝利を確信したが、蛇腹剣が届いた瞬間にドライアドの姿が消えた。

 ヒスミールは立ち止まって、周囲を警戒する。


「ど、どこかしらん?」

「最後の警告です。森から立ち去りなさい」


 ドライアドの声が聞こえた。

 その出所は分からないが、精霊界に送還されたわけではないだろう。ヒスミールは息を殺して、敵の気配を探る。

 ともあれ先ほどの攻防から、戦闘には不向きな精霊だと結論付けていた。

 再び現れても、こちらの勝利は揺るがない。


「それは無理な相談と言ったわよん」

「ならば、問答は終わりです」


 その言葉を最後に、ドライアドの声が聞こえなくなった。

 周囲は静寂に包まれ、木々の枝葉が揺れる音だけがする。だがそれも束の間、ヒスミールは急に肌寒くなった。


「な、何かしらん?」


 ヒスミールが周囲を警戒していると、またもや前方から人影が現れる。

 その人影を見ると、どうやら人間のようだ。ショートカットの整った顔立ちで、胸の大きさから女性だと思われる。

 思われるとは、魔法学園の男子用制服を着用しているからだ。

 ともあれ先に戦闘したドライアドは動いていなかったので、場所的に蛇腹剣が使いづらい。まずは相手との間合いをとるため、開けた場所の中央に飛びのいた。

 もしかしたら、森の精霊を使役している人物かもしれない。


「学生さん、ではないのねん。ドライアドの旦那様かしらん?」

「………………」

「無視されると傷付いちゃうわん。戦うつもりなら容赦しないわよん?」

「こちらのセリフです。主様の住まいに侵入した愚か者よ」

「貴女は……。人間?」

「質問ばかりですね。ご自身の命を以って確かめれば良いでしょう」

「うふふ。そうするわねん」


 青白い顔の女性は、ヒスミールに敵意を向けている。

 ドライアドからの連戦になるが、傷も無く疲れは感じていない。蛇腹剣を引き戻した後は、ジリジリと間合いを詰める。

 それが戦いの合図となったか。

 女性の周囲には、レイスと呼ばれる死霊が何体も出現するのだった。



◇◇◇◇◇



 幽鬼の森には身内しかいないので、フォルトは若者の姿である。

 そして屋敷のテラスでのんびりとしながら、ボケッと空を眺めていた。足をダラーンと伸ばして、隣に座るカーミラに寄り掛かっている。

 普段以上にダラけているが、それには理由があった。


「早く帰ってきてほしい」

「まだ行ったばかりですよぉ」

「そうだけどな」

「三人が心配ですかぁ?」

「心配と言えば心配だな。フロッグマンは弱かったけど……」

「えへへ。大丈夫だと思いますよぉ」

「そうか?」

「レイナスちゃんは強くなっているじゃないですかぁ」

「真面目だからな。期待通りの成長をして、おっさんはうれしいよ」


 フロッグマンでの自動狩りを確認したフォルトとカーミラは、蜥蜴とかげ人族の集落でレイナス・アーシャ・ソフィアと一晩を過ごした。

 そして本日、空を飛んで帰還したところだ。

 つまり一日しか経っておらず、おっさん親衛隊が帰還するのは五日後である。


(レイナスは魔法剣士として、俺が思い描いたとおりの成長をしている。アーシャやソフィアの支援もあるし、余程のことがなければ大丈夫だろう。でも寂しい)


 フォルトは単純に、彼女たちとスキンシップをしたいだけである。しかしながら、これは慣れないと駄目だろう。おっさん親衛隊が戻ったら、マリアンデールとルリシオンを引き連れて、ブロキュスの迷宮に向かうのだ。

 もちろん怠惰なので、すぐに出発するわけではないが……。


「リリエラはどうしてるかなあ」

「ちゃんとクエストをこなしていると思いますよぉ」

「是非とも頑張ってほしい」

「えへへ。新しい服はエロかわでーす!」

「それだ! クエストの失敗だけは避けてもらいたい!」

「ニャンシーちゃんがいるので、死ぬことはないと思いますよぉ?」

「ゲームオーバーじゃなくてな。せめて……」


 今回リリエラに与えたクエストは、フォルトの趣味がすべてを占める。

 ともあれ過程を楽しむ遊びなので、別に達成をしなくても良い。良いのだが最低限として、目的の服を生産できる職人は発見しておきたい。


「ははっ。楽しみだな」

「そうですねぇ。カーミラちゃんも楽しみでーす!」


(リリエラが目論見通りに達成したら、みんなが華やかになるな。実に喜ばしい。夏の日のためにも……。でへでへ)


 幽鬼の森には聖なる泉があるので、やはり水着は欲しい。

 こちらの世界では売られていないようだが、本職の服飾師ならレイナスよりも、華やかな衣服は製作できるだろう。

 放水については、付与魔法で何とでもなるのだ。

 もちろん水着に限らず、身内を着飾りたい。

 などと考えていると、マリアンデール・ルリシオン・シェラが近づいてきた。


「いつものフォルトねえ。フライドポテトを持ってきたわあ」

「これこそ俺。口まで運んでくれ」

「貴方、死にたいのかしら? ほ、ほら。あーん」

「あーん」


 マリアンデールに頼んだわけではないが、フォルトは「レアを引いた」とホクホク顔である。ツンツンデレな彼女が照れている姿に撃沈しそうだ。

 今度はポッキーゲームをやってみようかと考えてしまった。


「御主人様がイヤらしい顔をしていまーす!」

「でへ。今度な」

「はあい!」


 内容を伝えてないが、カーミラが喜んでいる。

 それはさておき、マリアンデールとルリシオンがいるので、ブロキュスの迷宮についての話題に入った。

 おっさん親衛隊の目的がレベル上げなら、姉妹の目的は限界突破だ。


「マリ。ブロキュスの迷宮は人工なのだろ?」

「古代のドワーフ族が造った迷宮ね」

「地図は無いのか?」

「完成後に燃やしたと聞いているわ」

「はい?」

「造った後は放置だからね。勝手に魔物がみついたらしいわよ」

「やれやれ」


 フォルトはあきれてしまった。

 周囲に与える影響を考えると理解できないが、ダンジョンでも作りたかったのか。地図を残さないぐらいなので、わざと魔物を引き入れたのかもしれない。


「その棲みついた魔物に、ミノタウロスがいたのでしょうね」

「なるほど」

「地下十層って話よお」

「十層も、か。迷宮の広さにもよるが……」


 階層数を聞いて、フォルトはげんなりしてしまう。また人工迷宮なので、わなが設置されているという話だった。

 とりあえず姉妹は、これ以上は知らないそうだ。


「ルリ。ドワーフの集落まではどれぐらいだ?」

「アレを使うなら三日かしらねえ」

「途中で休める場所は……。ちょっと待て」

「どうしたのお?」


 召喚した魔物や眷属けんぞくとは、魔力の糸でつながっている。

 話の途中だったが、それに反応があった。繋がっている先は、双竜山の森に残してきた眷属の一人だ。

 何かあったのかもしれない。

 そう思ったフォルトは、反応があった眷属を呼び出すのだった。

Copyright©2021-特攻君

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