(幕間)おっさん親衛隊結成
亜人の国フェリアス。
三国会議で結んだ条約によって、エウィ王国との人的交流が始まろうとしている矢先。フォルトたちは、リザードマンと呼ばれる蜥蜴人族の集落に訪れていた。
自由都市アルバハードとの国境は、領主であり吸血鬼の真祖バグバットのおかげで素通りである。滞在場所も国境から近く、特に迷うことはなかった。
「本当に二足歩行の蜥蜴だな」
「そうですねぇ。もしかして食べたいですかぁ?」
「いや。さすがに……」
おっさんの姿に戻っているフォルトは草むらに隠れてながら、蜥蜴人族の集落の観察をしている。隣には『隠蔽』スキルで悪魔の姿を隠したカーミラがいる。
レイナス・アーシャ・ソフィアの三人は、集落の中に入っている。拠点にする予定なので、現在は交渉の最中だった。
「うまくまとまるかな?」
「確か面識があるんですよねぇ?」
「ソフィアがな。十歳のときだから、だいぶ変わっているだろうが……」
「蜥蜴に人間の違いが分かりますかぁ?」
「さあな。騒ぎになっていないようだし平気だと思う」
「あっ! 戻ってきましたよぉ!」
カーミラとヤキモキしていると、三人が戻ってきた。
彼女たちは族長に話を通せたらしく、宿を貸してもらえるそうだ。と言っても原始的な造りで、木や枝・植物の蔦・大きな葉っぱなどを使った建物である。
三角形のテント型で、窓も無ければ入口は一つしかない。
その宿に移動したフォルトは、ソフィアから詳しい話を聞く。
「この建物か。タダではないのだろ?」
「フロッグマンの討伐を手伝えば無料で良いそうです」
「俺たちの目的と合致したのか」
「今の時期は大量に発生するそうですよ?」
「へぇ。しかしなぁ」
外観から察せられるとはいえ、フォルトは宿の中を確認する。
剥き出しの地面の上に、茣蓙が敷かれてるだけだった。中心に伸びた一本の柱に、四方から丸木――加工していない――を立てかけて、柱と交差する部分を植物の蔦で結んでいた。後は葉っぱ・木の枝・蔦を使って、屋根や壁にしてある。
その光景を見た瞬間に、表情を曇らせて振り向いた。
「ここに泊まるのか?」
「残念ながら、他も同じような建物です」
「無理! アーシャも無理だろ?」
「もっちろん! フォルトさんが何とかしてくれるっしょ?」
アーシャは目をキラキラさせて、期待の眼差しを向けてくる。
フォルトとしても、こんな場所に愛しの身内を宿泊させられない。せめて、魔の森に建てた自宅ぐらいにはしたい。
そこでソフィアに、とある依頼をする。
「ソフィアには悪いが、宿を建て直していいか聞いてきてくれ」
「え?」
「ほら。魔の森に俺の家があっただろ? あれぐらいならすぐに建てられる」
「な、なるほど。分かりました。族長に聞いてきます」
「さすがはフォルトさんね! ちゅ」
アーシャの口付けで、フォルトの顔がだらしなくなる。
ともあれ暫く待っていると、ソフィアが戻ってきた。
「フォルト様、族長の許可が下りましたよ」
「そうか」
どうやら、是非とも頼むと言われたらしい。
予想していたことだが、蜥蜴人族に建築技術は期待できないようだ。また湿地帯で集落を営んでおり、雨などは気にしない種族だ。
現状でも不自由が無く、他種族が訪れることも少ないとの話だった。
「では」
【サモン・ブラウニー/召喚・家の精霊】
ここでもやはり、ブラウニーの出番だ。
いつものように五十体ほど召喚して、建築作業を開始させる。自動狩りを行っている間に完成するだろう。
「後はブラウニーに任せて、狩場の下見に行こうか」
「「はいっ!」」
フォルトたちは蜥蜴人族の集落を出て、フロッグマンの棲息地域まで向かう。
移動は面倒なので、久しぶりにスケルトン神輿の出番だ。しかしながら二人しか乗れないからと、まずはカーミラと体力の少ないソフィアを一緒に乗せる。
移動中も魔物に襲われる危険性もあるので、レイナスとアーシャは徒歩だ。
ちなみに蜥蜴人族の集落からは、一人の案内役がついてきてくれた。おそらくは男性だと思われるが、リザードマンの男女は判断が難しい。
「暫くしたら交代な」
ずっと徒歩なのも悪いので、交代で乗せることにした。
本来なら三人は定員オーバーだが、カーミラは腰の上に乗っている。
「モウスグ」
「あぁ……。みんなは道を覚えたか?」
「はい。問題はありませんわ」
「私も大丈夫です」
「あたしはレイナス先輩についていくわ!」
「そっ、そうか」
下見が終わった後はフォルトとカーミラを抜いた三人で行動するので、バラバラに逃げることがなければ大丈夫だろう。
アーシャは身軽なので、レイナスについていくことは可能だ。
「ソレヲ降リテ隠レル」
フォルトが皆に狩り中の注意点を伝えていると、目的地に到着したようだ。
スケルトン神輿に乗っていると、さすがに発見されてしまう。以降は案内人の蜥蜴人族が草むらに隠れたので、皆もそれに続く。
そして草むらから顔を出すと、沼の周囲にフロッグマンの群れを視認できた。
「ほう。あれか……」
フロッグマンとは、二足歩行をする緑色の蛙だった。
リザードマンと違って、知能は獣並みらしい。性格も凶暴で、人語を介した交渉などは不可能。遭遇したら戦うしかなく、亜人には分類できない。
蛙のくせに、まるで鋸のような牙を持つ。また腕力と脚力は強く、人間の首なら簡単に引千切れる。攻撃方法はシンプルで、「牙による噛みつき」・「拳による打撃」が主なところだ。
武具などは持っておらず、弾力性の高い肉体が攻撃の威力を削ぐ。
「三人でやれそうか?」
「大丈夫ですわ。戦術は考えてありますわよ」
「ほう。まぁ危なくなったら助けるからやってみろ!」
「はいっ! ではフォルト様、狩りを始めますわ。ちゅ」
「じゃあ行ってくるねっ! ちゅ」
「フォルト様。あの……」
「どうしたソフィア?」
「ちゅ」
ソフィアだけが恥ずかしがり、二人に遅れて口づけをされた。
フォルトは場所柄も弁えずに、「でへでへ」と涎を垂らしそうになる。だが今から身内の三人は、魔物との戦闘を始めるのだ。
いつでも助けられるように、カーミラと一緒に身構えておくのだった。
◇◇◇◇◇
そして、フロッグマンとの戦闘が始まった。
まずはアーシャが草むらから飛び出して、音響の腕輪を使う。
「いくよっ!!」
腕輪からは、軽快な音楽が流れ始めた。
アーシャは華麗なステップで踊り出して、スキル『奉納の舞』を発動させた。自身も含めて、レイナスとソフィアの魔力を強化する。
「やあああっ!」
次にレイナスが聖剣ロゼを鞘から抜いて、草むらから飛び出す。
同時にソフィアも、だ。沼地と言っても、地面が少し柔らかいぐらいか。足を滑らすほどではないので、彼女たちの動きは迅速だ。
対するフロッグマンの群れは十体だった。
フォルトとカーミラは、その戦闘を黙って見守っている。
案内役の蜥蜴人族には、「三人に任せてほしい」と伝えていた。彼か彼女か分からないが、同様に草むらか顔を出している。
「ゲコッ!」
「ゲコ、ゲコ!」
「うるさいですが、まずは……」
【アイス・ウォール/氷の壁】
アーシャの音楽に気付いて、フロッグマンが襲ってくる。
当然だろう。敵に襲撃を教えるようなものだ。しかしながらフォルトとカーミラがいるので、彼女は安心して使っている。
どのみち遮蔽物は無く距離が離れており、姿を見せれば気付かれる。
ともあれレイナスは、群れの左右に氷壁を出現させて道を作った。魔力が強化されているので、かなりの大きさだ。
「ゲ、ゲコ!」
「ゲコ、ゲコ、ゲコー!」
氷壁は、レイナスに向かって道が狭くなっていた。
知能が獣並みのフロッグマンは、その道を通って群がってくる。だがそれは戦術であり、彼女の思う壺だった。
レベル三十の彼女でも、同時に十体の相手は辛いのだ。
氷壁の間隔を狭めることで、複数を相手にせず戦える。
【ヘイスト/加速】
【ストレングス/筋力増加】
まだまだフロッグマンとの距離は離れているので、レイナスは加速の魔法を使う。と同時にソフィアも、筋力増加の魔法で彼女を強化をする。
そして、目前に迫ったフロッグマンに挑む。
「てやあああっ!」
「ゲコッ!」
フロッグマンは迫ってきた勢いのまま、レイナスに向かって跳び上がる。脚力が強いからか、かなりの跳躍力だった。
その一体は両手を頭上に組んで、彼女の頭部に向かって振り下ろしてきた。
「はっ!」
フロッグマンの攻撃が当たる寸前に、レイナスが聖剣ロゼを一閃する。
その鋭い切れ味と強化魔法のおかげで、緑色の体が真っ二つになった。
「ゲコー!」
一体を討伐したレイナスは、次の獲物を睨む。
剣の間合いには少し遠いようだ。とはいえ二体目のフロッグマンは、跳び上がらずに走り込んできた。
彼女は聖剣ロゼを横に薙ぎ払おうと構えて、新しく覚えたスキルを使う。
「次っ! てやぁぁぁああっ! 『魔法閃』!」
このスキルが発動すると、聖剣ロゼが光に包まれて、魔法の刃が発射される。地面を這うように放たれたそれは、フロッグマンの足を切り落とす。
以降は倒れ込んだので、後続の足止めになった。
レイナスは立ち止まり、聖剣ロゼを正眼に構えて態勢を整える。
それに併せて、ソフィアから魔法が撃たれた。
【ファイアボルト/火弾】
初級の火属性魔法だ。
この魔法攻撃にもアーシャのスキル効果が乗って、五割増しの威力である。
火弾はレイナスの横を通過して、最初に足止めされたフロッグマンに命中した。顔面に命中しており、両手で顔を抑えて地面に膝を付く。
「ゲコーッ!」
「やあああっ!」
火弾を受けたフロッグマンも邪魔になって、氷壁で囲んだ道は大渋滞になる。
もちろん、その隙を見逃すレイナスではなかった。
「『魔法剣』!」
次にレイナスは、聖剣ロゼに魔力を流した。
無属性の魔力を付与することで、更に殺傷力を高める。彼女たちがやっている自動狩りは、効率とスピードが重要なのだ。
次々に討伐する必要があった。
「ゲ、ゲコ、ゲコー!」
「ゲコゲコ!」
走り込んだレイナスは、負傷している二体のフロッグマンを斬り伏せる。
それを見た残りのフロッグマンは、不利を悟って逃げ出した。
「逃がさないっての!」
【ウインド・カッター/風刃】
「ゲッ!」
アーシャは踊りながら、初級の風属性魔法を撃ち込む。
スキルの効果が乗った風の刃は、一番奥にいるフロッグマンの背中を切り裂いた。真っ二つとまではいかないが、深く傷つけたようだ。
これで、逃走の速度が落ちた。
「決めるわ! 『氷結樹』!」
「「ゲコー!」」
レイナスが修得した中で、一番強力なスキルを使う。
彼女から逃走を図っているフロッグマンの地面から、氷の枝が何本も突き出た。と同時に、すべてのフロッグマンが串刺しになる。
そして魔物から流れ出る鮮血で、氷樹は真っ赤な花を咲かせた。
「終わったようだな。よくやった!」
草むらから眺めていたフォルトは、フロッグマンの全滅を確認した。もう周辺に魔物はいないので、三人に労いの言葉をかける。
それを聞いた彼女たちは、戦闘の緊張を解いて近づいてきた。
「フォルト様、すべてを片付けましたわ!」
「あたしの華麗な踊りに目を奪われたっしょ?」
「ふぅ。何とか勝てたようですね」
三人は嬉しそうだ。
フォルトの指示が無くても、レイナスは初見の敵をアッサリと倒した。推奨討伐レベル二十の相手だが、十体もいるとそれなりに大変である。
彼女たちの作戦勝ちだろう。
「これなら俺がいなくても楽勝だな」
「ロゼのおかげもありますけど……」
「ロゼ?」
「成長型知能ですわね。私はロゼと繋がっていますわ」
聖剣ロゼは、今までの戦いから最適解を導き出す。多少だがレイナスの動きを調整できるので、今回の戦いでも有効だったようだ。
フォルト的には、かなりヤバい聖剣だと思っている。
「そうか。ロゼもよくやった」
フォルトから声をかけられた聖剣ロゼは、カタカタと震えている。魔人には慣れておらず、まだ怖がっているのだろう。
レイナスと会話しているようだが、何となく理解できるので放っておく。
そしてカーミラも、三人を労った。
「三人ともいい感じでーす!」
「これは新たなチームの誕生だな!」
「そう言えば御主人様は、チームを作りたいと言っていましたねぇ」
「シュンたちに感化されてな」
事の始まりは、大したことではない。
シュンがチームを結成したから、フォルトも真似をしたかっただけだ。しかしながら先ほどの戦いを見て、チーム戦の面白さを思い出した。
(よく遊んでいたゲームのレイド戦を思い出すな。ゲーム内で知り合った仲間たちで戦ったものだ。お互いを補い合って討伐を頑張った)
「よし! チーム名は「おっさん親衛隊」だ!」
「フォルトさん、マジで言ってんの?」
「駄目か?」
「ダサい……」
「問題は人数だな」
「ちょっと! 聞きなさいっての!」
アーシャの抗議の声は聞き流しておく。
そしてフォルトは、対勇者候補チームを想定したシミュレーションをする。
現状だとレイナスが、ギッシュに抑えられてしまう。となると残りの四人が自由に動けるので、アーシャとソフィアが攻撃を受けるだろう。
後衛に向かってくるシュンを止める者が欲しい。
欲を言えば、信仰系魔法が使える人材も。怪我人を治療できる者がいないと、事故が起きた場合に誰かが死亡してしまう。
「シェラを加えるか?」
シェラは暗黒神デュールの司祭であり、信仰系魔法が使える。
それでも魔族なので、反則になってしまうか。
(シェラ自身も戦いたくはないだろうな。そもそも非戦闘員だし、戦いには向いていない。護身術を覚えても、前線に立つのは無理か)
「御主人様、ちょっといいですかぁ?」
「どうしたカーミラ?」
「リザードマンが……」
レイナス・アーシャ・ソフィアの戦闘がすばらしかったので、フォルトはテンションが上がっていたようだ。
カーミラに促されて振り向くと、案内の蜥蜴人族が呆けていた。
当然のように表情は分からないが、おそらくは当たっている。
「大丈夫か?」
「ア、アァ……。凄イナ。我ラデハ時間ガ掛カル」
「一人は限界突破をしているからな」
「ナルホド。エウィ王国ノ勇者カ?」
「違いますわね。フォルト様の勇者ですわ!」
「え?」
レイナスが目をキラキラさせて、腕に抱きついてきた。フォルトの勇者と言われても困るが、柔らかい双丘が押し当てられているので気にしない。
以降のフォルトたちは、蜥蜴人族の集落に帰還する。
そしてブラウニーたちが建てた宿で、ひと時の休息をとるのだった。
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