それぞれの拠点3
勇者候補のシュンは、デルヴィ侯爵の話を聞いて考え込む。
依頼を受けること自体は、仕事として割り切れる。依頼内容も、勇者候補チームの実力を買ってもらったと思えば納得できた。
そして一番のメリットは、国内で有数の大貴族とパイプができることだ。
断る理由は無いのだが、一つだけ問題があった。
「魔物の搬送、ですか?」
「うむ。捕縛する者がいるのでな。指定する場所まで運んでもらいたい」
「うーん。ですが、俺たちが強くなれないです」
「頻繁に運ぶことはないだろう。その間はレベルを上げてくれたまえ」
「なるほど」
(この依頼を受けると、俺たちの拠点をハンに変えなきゃならねぇ。城塞都市ミリエに未練はねぇが、問題はラキシスだな。戻らねぇとヤれねぇし……)
シュン率いる勇者候補チームは自由行動中なので、拠点を変えても構わない。とはいえそうすると、理由が無いのに一人で戻る場合は困る。
数回は平気だろうが、要らぬ誤解を生むだろう。
「俺たちは自由に動かないと駄目なのですが?」
「ワシを誰だと思っている? その程度の融通は利かせられるぞ」
「え?」
「其方たちの配属先を、ワシにしてやろうというのだ」
「でっ、できるのですか?」
「他にも勇者候補はいる。しかも其方たちは……」
勇者候補は強くなればなるほど、王族の直轄で扱われる。
レベル四十の英雄級以上になれば、配属の自由は認められない。だがシュンたちでは、まだその段階に至っていないのだ。
もちろん勇者候補の数は限られるので、誰の下に付けるかも重要だ。
その観点だとデルヴィ侯爵は資格があり、他の貴族は文句を言えない。
「ですが……」
「其方のことは調査してある。もちろん、手配も終わっておる」
「手配ですか?」
「ふん! 言って良いのか?」
デルヴィ侯爵は蛇のような目を、アルディスとエレーヌに向ける。
そして、ニヤリと口角を上げた。
(この爺。俺の身辺調査をしやがったのか。なら手配とは……)
こういったことについて、シュンの勘は鋭い。
一連の流れを察すると、自身の女性関係について言われたのだ。となると手配というのは、ラキシスしか思い当たらない。
同席している仲間には、何の話か分からないだろう。
それにしても、デルヴィ侯爵の意図が読めない。
彼女については、仲間にも秘密だったのだ。情事を重ねている事実まで調べ上げており、依頼を受けられるように整えてある。
そこまでするほどの価値を、シュン個人に見出したのかと思うほどだった。
で、あれば……。
「依頼を受けますが、拠点を移しても住む場所がありません」
「案ずるな。それも手配してある」
「え?」
「ワシが所有している屋敷を貸してやる。其方らの拠点にするとよい」
「なっ!」
「譲渡する予定だった男爵が失脚したのでな」
失脚した者とはレイバン男爵だが、もちろん知る由も無い。
ともあれシュンにとっては、願ったり叶ったりの待遇だ。
元々拠点を用意するつもりだったが、貴族が使う屋敷で暮らせる。しかもデルヴィ侯爵旗下となるので、家賃は発生しないらしい。
ラキシスの件とよい、すでに手配してあるところが恐ろしい。
「ありがとうございます。では、色々と話を詰めたいのですが……」
「それは、バルボ子爵とやるとよい」
「子爵様ですか?」
「デルヴィ家に代々仕えておる子爵家の当主だ」
「分かりました」
「ワシは忙しいのでな。すぐに子爵を寄越すとしよう」
これで決まりだ。
デルヴィ侯爵が応接室を出た後、すぐにバルボと名乗る中年男性が現れた。
そしてシュンは仲間と一緒に、拠点となる屋敷に案内される。男爵に譲渡しようとしていただけあって、平民の家とは比べ物にならない大きさだった。
それにしても、敬語は慣れない。
「ひゃあ! 大きいねぇ」
「いいじゃねえか! 集会所にピッタリだぜ!」
「でもさ。管理が大変そうじゃない?」
「そ、掃除なんて無理よ!」
「ここで暮らすのか」
二階建ての屋敷だが、横に長いタイプの造りだ。
部屋数は入ってみなければ分からないが、両開きの窓数は二十枚ほどか。奥行きを考えると、五人で暮らすには大きすぎる。
エレーヌの指摘どおり、掃除は大変だろう。
いまさら断れないが……。
「掃除などは問題ありません」
「どういうことですか?」
「メイドなどの使用人を貸し出しますので、屋敷の管理は任せて良いです」
「なにっ!」
「無論、費用は必要ありません」
「「ええっ!」」
バルボ子爵の言葉に、皆が驚いた。
デルヴィ侯爵ほどの人物であれば、屋敷で働く使用人は余っている。そもそも侯爵が雇っているので、配置転換をするだけだそうだ。
さすがに破格の待遇なので、シュンは疑問を呈した。
「い、いいのですか?」
「方々におかれましては、十分な拠点を用意せよと賜っております」
「どうしてそこまで?」
「異世界人の勇者候補は、我らが王国の切り札でございます」
「なるほど」
「十分なサポートをするのが、侯爵様の御心でございますれば……」
「な、ならお言葉に甘えようかな」
「そうなさるほうがよろしいかと存じます」
あからさま過ぎて、どう考えても裏がある。
それでも拠点が欲しかったので、シュンは追求することを止めた。
本来は村落の土地を購入して、屋敷をフォルトに建てさせようと考えていたのだ。おっさんに借りを作るぐらいなら、こちらを受け入れたほうがマシだった。
「シュン様」
「うん?」
「あちらへ」
何か内密な話があるのか、バルボ子爵がシュンを誘った。
以降は仲間と離れたところで、声を落として会話を始める。
「神官ラキシスの件でございます」
「やっぱり手配というのは……」
「はい。シュン様がご執心と聞き及んでおります」
「み、みんなには黙っておいてもらえますか?」
バルボ子爵も、身辺調査の結果を知っているようだ。
弱みを握られた人数が増えたと思って、シュンは舌打ちをしたくなる。だが子爵も偉い貴族なので、そのような不敬はできない。
貴族の相手は本当に疲れるが、子爵は察してくれたようだ。
「無理に敬語を使わなくてもよろしいですよ」
「いいのですか?」
「あまりにも乱暴なのは困りますが、私は許容します」
バルボ子爵は仕事柄、様々な階級の人間と会うそうだ。円滑に仕事を行うため、礼儀に対しての許容範囲は広くしてあるらしい。
その話を聞いて、シュンは肩の力を抜いた。
「助かる」
「私もシュンと呼ばせていただきます。それで、ラキシスの件ですが……」
「ハンに来るのか?」
「すでに向かわれて、ハンの聖神イシュリル神殿に入られる予定です」
「そうか! いつでも会えるのかな?」
「はい。神殿の責任者に手を回しておきまする」
「マジか!」
「使用するかはお任せますが、そういう部屋も……」
「え? まさか……」
「使うか使わないかは自由でございます」
「そっ、そうだな!」
バルボ子爵の話は、とても魅力的だった。
今までのシュンは苦労していたが、ラキシスと簡単に会えるらしい。しかも、ヤリ部屋の用意すらしてくれるようだ。
拠点となる屋敷があっても、彼女を呼び寄せての情事などできない。
そこまで配慮されるとは……。
(この好待遇は何だよ! 今までの待遇は何なんだったって感じだぜ。でも悪い気はしねぇな。要は俺ら……。いや。俺を買ってるってことだろ? なら……)
目を細めたシュンは、「これがデルヴィ侯爵の権力か」と羨ましく思う。
その侯爵から期待されているのだ。ならば裏があろうとなかろうが、侯爵に尻尾を振るしかないだろう。
金・名誉・権力、すべてが欲しいのだから……。
「侯爵様には感謝を伝えておいてほしい」
「シュンは理解が早くて助かります」
「期待に沿える働きを約束するさ」
「よろしくお願いしますね」
これで、バルボ子爵との話は終わりだ。
仲間の下に戻ったシュンは、平然と屋敷を眺める。
アルディスやエレーヌは、屋敷の管理をしなくても良いのが嬉しいようだ。またギッシュやノックスも、この好待遇にご満悦である。
そして子爵の案内で、屋敷の中に足を踏み入れるのだった。
◇◇◇◇◇
放棄されていたバグバットの屋敷は、今やフォルト専用に変わっている。壁をぶち抜き寝室を広げて、食堂や風呂には直通で移動できる仕様にした。
そして大罪の悪魔マモンと召喚したアンドロマリウスたちにより、寝具や家具が下級貴族の水準までに引き上がっている。
ルーチェの製作した魔道具も設置して、さながら三流のホテル並みだ。
「完成か」
「完璧ですねぇ」
「まったくだ。外観は幽霊屋敷だけどな!」
「えへへ。いいじゃないですかぁ。まさに悪の味方の住処でーす!」
カーミラから悪魔の味方と聞いて、フォルトは苦笑いを浮かべた。
正義の味方と言いたいのだが、悪魔なので悪が上なのだ。
「よしマモン。消えていいぞ」
「そうかい? 挟まなくていいのかよ」
「まぁあれだ。また今度な!」
「そっか。んじゃまた呼べよ?」
セクシーボディのマモンが消えた。
これで彼女は、一週間も使えない。しかしながら欲情しないので、別に消えても構わない。どうせフォルトは動かないので、いずれ呼ぶことになるだろう。
ともあれ一緒に屋敷を眺めていた三人――カーミラ・レイナス・アーシャ――に向かって、大々的に宣言した。
「では早速、惰眠を貪るぞ!」
「はあい! でもでも。すぐに寝るのですかぁ?」
「今は、な。とりあえず寝心地を確かめたい」
「じゃあカーミラちゃんは、隣で寝ますねぇ」
「フォルト様。私も寝ますわ!」
「あ、あぁ……」
「フォルトさん! 本気で寝るん?」
「そうだが?」
「じゃあ適当に過ごしとくねぇ」
「そうしてくれ」
フォルトは二人の身内を連れて、寝室でぐっすりと眠った。
本気で寝るつもりだったので情事をしていないが、今までのベッドとは比較にならない柔らかさだ。
ブラウニーが作るものは粗悪品なので仕方無いが……。
以降は四度寝をしたところで、薄目を開けながら起きだす。
カーミラやレイナスと寝たはずだったが、隣にはソフィアがいた。
「あれ? カーミラとレイナスは?」
「カーミラさんは空から森の偵察。レイナスさんは庭で訓練中ですね」
「そうか。ソフィアも寝ていたのか?」
「少しだけ……」
「幽鬼の森はどうだ?」
「雰囲気は怖いですが、良い場所だと思いますよ」
「まったくだな。双竜山の森に帰るのが面倒臭くなった」
「まだ早いですよ。あちらはビッグホーンがいる領地が近いです」
「そうだった!」
フォルトの主食は、ビッグホーンの肉だ。
双竜山の西に棲息しているので、幽鬼の森からだとかなり遠い。
「幽鬼の森の近くにいないのかな?」
「聞いたことはありませんが、北に行けばライノスキングがいます」
「ライノスキング?」
「巨大なサイですね。ビッグホーンと同じく素材は高級品ですが……」
「肉の味は分からないか」
「はい。食べた人間も聞いたことがないですね」
「ふーん」
(あちらの世界のサイは、ワシントン条約に引っかかる動物だったな。肉を食べるなど以ての外で、捕獲は禁止されている。流通はしてないから味なんぞ知らん!)
さすがにサイの肉を試す勇気は無いので、基本的には無視になる。となると、やはり肉の王様であるビッグホーンが近いほうが良い。
討伐に向かうだけなら、空を飛べば短時間で向かえる。しかしながら亜人を使った解体や保存は、双竜山の森でなければ無理だった。
もちろん保存した肉を運ぶのは、マモンや召喚した悪魔の仕事である。
「ソフィアのレベルは、あれから上がったのか?」
「一つだけですね。時間もありませんでしたよ?」
「そうか。まぁ自動狩りについていけば上がるだろう」
「はい。レイナスさんがお強いですから……」
「と言っても、レイナスは限界突破をしてから上がっていないぞ?」
「心配性ですね。相手がフロッグマンなら大丈夫ですよ」
「知っている魔物なのか?」
「はい。勇者たちと遭遇したことがあります」
「なるほど。ソフィアは従者だったな」
「そうですね。後ろに隠れていました」
「ふーん」
「あんっ!」
ソフィアを触るフォルトの手に力が入った。
勇者チームの話になると、どうしても嫉妬が疼いてくる。彼女と出会う前なのだから仕方無いが、面倒な男になりそうで嫌になる。
そして手に感じた柔らかさを堪能した後は、食堂に向かった。
当然のように、三十分の延長はあったが……。
「さあ飯だ飯!」
「できてるわよお。持ってくるわねえ」
「助かるルリ」
フォルトの暴食タイマーに狂いはないようで、身内の全員が集まっていた。カーミラも戻っており、いつものように隣を占領する。
食事の準備が整ってからは、マリアンデールが疑問を呈した。
「出発はいつなのかしら?」
「もう少しだけ、屋敷を堪能してからでいいか?」
「私は構いまわせんわよ」
「あたしもいいわ。好きなときに連れてってもらえればね!」
「そうですね。急いでいるわけではありませんし……」
「もぐもぐ。なら、一週間後でどうだ?」
誰もが納得して恥ずかしいが、フォルトの怠惰は皆が知るところだ。
ともあれ先に始める自動狩組は、亜人の国フェリアスに向かう予定だった。魔族組は留守番として、幽鬼の森に残る。
カーミラとは一心同体なので、当然のように一緒に向かう。
「フォルトの食事は、レイナスちゃんに任せるわ」
「はい! まずは胃袋から、フォルト様を虜にしますわ!」
「アーシャ?」
「ぴゅ~ぴゅ~」
「ははっ」
相変わらずの光景に、フォルトは思わず笑ってしまう。
レイナスが口にした日本風の冗談は、アーシャの入れ知恵だ。幽鬼の森までの嫌なことは、こういったことで癒してもらえる。
そんな身内たちに感謝しながら、一週間を自堕落に過ごすのだった。
Copyright©2021-特攻君
感想・評価・ブックマークを付けてくださっている読者様、本当にありがとうございます。