それぞれの拠点2
幽鬼の森を拠点としたフォルトたちは、新たな生活を始めていた。屋敷の補修工事は途中だが、随分と暮らしやすくなっている。
そしてテラスという憩いの空間は、最優先で設置した。
今もフォルトは、専用椅子――ラブシート――に座っている。
「マモンよ。食料の搬入状況はどうだ?」
「あん? これから行ってくるぜ。いつもの奴らを頼むわ」
「分かった。しかし……」
大罪の悪魔マモン。
魔人フォルトが、七つの大罪の強欲を使って創造した悪魔である。姉御肌の美人さんで、褐色肌のセクシーボディが特徴だ。
上は胸開きのトップス・下はデニムぽいホットパンツを装備している。
腰のくびれと、形の良いお尻がヤバい。
(うーん。俺のイメージから創造しただけあって……。エロ過ぎだろ! だが残念なことに、アレでも欲情できないのが玉に瑕だな)
大罪の悪魔は、自身の一部である。
どんなに鼻血ものの姿でも、フォルトの色欲は反応しない。とはいえ目の保養にはなるので、それだけは救いだった。
そしてお約束のように、最初の姿は思い出さないように努める。
「なに見てんだ? もしかして……。挟んでほしいのか?」
「俺の一部じゃなければ頼みたいけどな」
「目隠しでもすりゃ平気なんじゃねえか?」
「まぁ今度な」
「それよりも、さっさと召喚してくれよ」
「はいはい」
【サモン・アンドロマリウス/召喚・手癖の悪い盗賊悪魔】
大罪の悪魔は、最長で三日間しか活動できない。
マモンには引っ越し作業をやらせていたが、本日を以って消えてしまう。だからこそ作業を終わらせようと、手駒となる悪魔を召喚した。
フォルト前に召喚陣が形成されて、八本の手を持つ小柄な中級悪魔が出現した。インプとゴブリンを掛け合わせたような邪悪な顔をしている。
数は二十体で、その手には茶色い袋を持っていた。
これはゴムのように伸びるらしく、相当量の荷物が運べるのだ。
「指揮権はマモンだ!」
「「ギャ!」」
「助かるぜ。んじゃ行ってくるわ」
「よろしくな」
また大罪の悪魔は、魔界での活動が可能である。にもかかわらず、物質界と魔界を繋ぐ「印」と呼ばれる扉は設置できない。
その制限を補完するように、カーミラが魔界で待機していた。
ともあれ彼女が設置した「印」が現れると、マモンとアンドロマリウスたちは飛び込んだ。魔界を通ることで、双竜山の森までは数時間で到着する。
後は戻るのを待てば良いので、聖なる泉から歩いてきたシェラを呼んだ。
「ちょっとこっちに来てくれ!」
「あら魔人様。何か御用ですか?」
「悪いけど、みんなをテラスに集めてくれ」
「分かりましたわ」
「よろしく!」
拠点の整備と同時進行で、色々と決める事案があった。
シェラを送り出して待っていると、身内が続々とテラスに集合する。フォルトの隣を占領するのはレイナスだが、今回は後頭部の刺激役はいない。
これから真面目な話をするからだ。
「集まってもらったのは他でもない」
「どうしたのよ?」
「班を作ろうかと思ってな」
「班、ですか?」
「うむ。限界突破組、自動狩組、留守番組だ!」
まずは限界突破組として、マリアンデールとルリシオン。加えて自動狩組のレイナス・アーシャ・ソフィア、留守番組はシェラと班分けをして目的の整理をする。
幽鬼の森に移動してきた理由は、ただ引っ越すためではないのだ。
「マリとルリが向かうのは、何とかの迷宮だったな?」
「ブロキュスの迷宮よお。忘れっぽいわねえ」
「あっはっはっ!」
「まったく……。近くにドワーフ族の集落があるから、そこを拠点にするわ」
「なるほど。ドワーフか」
フォルトが初めてドワーフ族を確認したのは、三国会議のときだ。
あちらの世界で知られるドワーフと似通っているので、興味を持っていた。亜人の国フェリアスを形成する種族の一つとして、鉱山の近くで集落を営んでいるらしい。
人間の町なら寄り付かないが、集落に訪れてみたくもあった。
「まぁ限界突破の期限はないのだろ?」
「そうねえ。でも、さっさと終わらせたいわあ」
「気持ちは分かる。経験値が勿体無いからな」
「なにそれ?」
こちらの世界の住人に、ゲーム用語を言っても分からない。マリアンデールとルリシオンは、きょとんと首を傾げている。
フォルトは恥ずかしくなったので、経験値についての質問をスルーした。同時にレイナスの肩に手を回して、自動狩組の話に進む。
「聖剣ロゼが言っていた沼地だったな」
「はい。そちらもフェリアスになりますわ」
「ふーん。何がいるのだ?」
レイナスの武器となった聖剣ロゼからは、魔物の情報を得ていた。フェリアスの沼地に棲息しているらしく、自由都市アルバハードからは近い。
そして、フォルトの質問に答えるのはソフィアだった。
「フロッグマンという魔物です。バグバッド様に尋ねておきました」
「さすがはソフィア。推奨討伐レベルは?」
「二十です」
「オーガよりも低いのか」
「あくまでも一体の場合ですよ。フロッグマンは群れを形成しています」
「ふむふむ。なら数がこなせるな。自動狩りにもってこいだ!」
「はい。場所が沼地ですので、蜥蜴人族の集落を拠点に考えています」
「蜥蜴人族?」
「リザードマンとも呼ばれていますね」
「おお!」
これも、ドワーフと同様に定番だった。
こちらの世界のリザードマンは、直立した蜥蜴である。また言葉は通じるので、交渉などは行えるようだ。
ちなみに進化はせず、ドラゴニュートにもならない。
「なら先に、自動狩組から始めるか」
「まさかフォルトさん。あたしたちについてくるの?」
「最初は何が起こるか分からないからな」
「やった! シェラさんと留守番かと思ってた!」
「ははっ。そうしたいがなあ!」
(アーシャは不安だったか。まぁ初めての土地と魔物だしな。とりあえず引き籠りのリハビリもやれているし……)
身内の強化は、フォルトのためでもあるのだ。幽鬼の森に移動を決めた理由と同じで、自堕落生活を封印してでも動く。
もちろん、短期間で済ませるつもりだった。
自堕落生活を送りたいという気持ちは変わっていない。しかしながら一人で行動するわけではなく、現在は腰が軽かった。ならばアーシャとアルバハードを散策したように、折角の機会を楽しまなければ損だろう。
そして定番の種族を思い浮かべながら、打ち合わせを続けるのだった。
◇◇◇◇◇◇
商業都市ハン。
エウィ王国では物流の中心地で、様々な物資が集まる一大商業都市だ。
自由都市アルバハード・ソル帝国・亜人の国フェリアスと一部の小国が隣接して、大陸の重要拠点の一つに数えられる。
もしも戦火に包まれれば、大陸中が大混乱に陥るだろう。
そして、この都市を本拠地にしているのがデルヴィ侯爵だった。
(すげぇ……)
シュン率いる勇者候補チームの一行は、依頼の達成を報告するために、デルヴィ侯爵の屋敷の前に到着した。
それにしても、さすがは侯爵というべきか。
屋敷は城と遜色が無く、敷地面積も相当広いようだ。屋敷を囲む壁も、城壁と何ら変わらない。門も城門に近く、完全に圧倒された。
「何者だ!」
屋敷の警備は厳重で、門衛の詰所すら大きい。
ギロリと睨んで誰何してきた門衛の他にも、武装した兵士が近づいてきた。ならばとシュンは馬車を降りて、来訪の目的を伝える。
「侯爵様からの依頼で、聖女ミリエ様をお連れしたぜ」
「何だと? 確かに向かっていると聞いていたが……。確認する!」
後続として、聖女ミリエが乗る馬車も続いている。
確認などはすぐに終わったようで、門衛が戻ってきた。
「よし! 通っていいぞ」
「侯爵様に取り次いでほしいんだけど?」
「お前たちが到着したら通すように言われている。屋敷まで進め!」
「分かったよ」
勇者候補の一行は城門を通り抜けて、門衛に言われたとおりにする。
屋敷までは距離が離れていて、途中でも検問を受けるほどの厳重さだった。「どんだけだよ」と口走ったシュンは、仲間と一緒に呆れてしまう。
ちなみにフォルトが訪れたときは、馬車から出ずに外を見ていない。門衛などの対応はレイナスに任せて、ソフィアとイチャイチャしていた。
「また検問かよ。突破できねぇのがもどかしいぜぇ」
「おいおい。俺らは暴走族じゃねぇんだ。まぁ馬鹿馬鹿しいけどな」
「で、でも侯爵様は偉い人なんでしょ?」
「そんな人の目に留まるなんて、ボクたちって凄いんじゃない?」
「うーん。あまりいい噂は聞かないよ?」
エレーヌが言ったように、デルヴィ侯爵は大貴族だ。またシュンたちにとっての貴族は、あちらの世界の政治家と重なる。だからなのか、イメージは良くない。
そして屋敷の前に到着すると、警備兵の他に執事のような人物が待機していた。
「私がご案内を致します。聖女様はどうぞこちらへ」
「俺らは?」
「お前たちはこっちだ! 武器は置いてこいよ?」
「へいへい」
対応が真逆である。
シュンとギッシュは中級騎士待遇とはいえ、やはり異世界人である。
地位など無いに等しいので、当然と言えば当然か。しかも聖女ミリエについては送り届けるだけであり、今後の行動を共にするわけではない。
勇者候補チームの一行は警備兵に連れられ、聖女とは違う場所に案内された。フォルトたちも通された応接室だが、そんなことは知る由も無い。
(これが大貴族の応接室か。下品だけど悪くねぇぜ。俺も領地を貰ったら、侯爵様のような屋敷を建てられるかもしれねぇな)
成金趣味が全開の応接室に入ったシュンは、日本のホストクラブを思い出す。もちろん全然違うのだが、豪華な造りは気に入った。
日本にある自分の部屋とも重なって、それなりに居心地が良い。
まずはソファーに座りながら、デルヴィ侯爵が来るのを待つ。
「何か落ち着かないね」
「そ、そうね。私もちょっと……」
「アルディスとエレーヌは、こういう部屋が苦手か?」
「シュンは平気なんだ? まぁネオン街で働いていればねぇ」
「まあな」
「でも屋敷を建てるなら、もっと質素なほうがいいわよ!」
「あぁ……。もちろんだぜ!」
早速釘を刺されたが、このような部屋は大貴族にしか作れない。
応接室に飾られている調度品は、どれも超高額に違いないのだ。万が一にでも壊したら、シュンたちでは弁償できないだろう。
そこで、一番の危険人物に視線を送った。
「あ、ギッシュ」
「ああん? どうしたよ」
「壊すなよ?」
「壊さねえよ! オメエは俺を何だと思ってんだ?」
「壊し屋?」
「ま、まぁ間違っちゃいねぇ」
勇者候補チームの面々は武器を置いてきたので、ギッシュがグレートソードを振り回すことはないか。などと考えていると、メイドがお茶を運んできた。
さすがは侯爵家で働くだけあって、完璧な立ち居振る舞いだ。目が霞むほどの美人だが、シュンですら口説くの忘れてしまう。
それにしても、デルヴィ侯爵は現れない。
「まだ来ねぇのかよ?」
「聖女と会ってるんだろ」
「シュンってさ。聖女様に嫌われてるのかい?」
「ノックス。それは違うぜ」
「え?」
「俺じゃなくて、エウィ王国の人間が嫌いらしいぜ」
「へぇ。属国の王女様だからかな?」
「多分な」
聖女ミリエの塩対応は、何もシュンだけではなかった。護衛の騎士たちも同様で、旅の間はほとんど口を開いていない。
ただしそれだけなら、彼女を諦めるには早いだろう。
ともあれ小一時間ほど待たされると、デルヴィ侯爵が応接室に入ってきた。蛇のような目をした白髪の老人で、その身に着用している服は豪華で派手なものだ。
まさに、成金。
「其方らが、我が王国の勇者候補か?」
「はい。シュンと申します」
「ふむ。其方がリーダーだな?」
「はい。未熟ながらリーダーを務めています」
立ち上がったシュンは、デルヴィ侯爵を前にして緊張してしまった。
怖気・寒気など、奇怪な気配を肌で感じたのだ。「この爺は何なんだ」と、思わず悪態を吐きたくなるほどだった。
物理的な力など何も無いのに、「蛇に睨まれた蛙」の状態になってしまう。
「座って良いぞ」
「ありがとうございます!」
「よくぞ聖女様の護衛を務めてくれた。礼を言うぞ」
「いえ。依頼でしたので……」
他の面々は、シュンにすべてを任せている。
それでも自身と同様に、デルヴィ侯爵に対しては緊張しているようだ。しかしながらギッシュだけは「舐められてたまるか!」と思っているのか、腕を組んでドッシリと構えていた。
余計な口を挟まないだけでも恩の字か。
「受け取れ。其方らの報酬だ」
「え?」
懐に手を入れたデルヴィ侯爵が、袋に詰まった金貨をテーブルに置いた。
金貨と分かったのは、袋を開けた状態だからだ。何とも細かい演出をするが、それを見たシュンたちは笑顔に包まれた。
ほとんど働いていない依頼で、金貨五十枚は多すぎる。
「お、多くないですか?」
「黙って受け取れば良いのだ。先行投資の意味も兼ねておる」
「先行投資?」
「うむ。其方らには、他にもやってもらいたい案件があるのだ」
最後の言葉と共に、デルヴィ侯爵は身に乗り出した。加えて、勇者候補チームを舐め回すように観察を始める。
特にシュンに対しては、互いの鼻が触れる寸前だ。
これには嫌悪感を覚えて、顔を引きつりそうになった。だが人脈は宝だということを知っているので、何とかホストスマイルで耐える。
そして続く侯爵の話に、耳を傾けるのだった。
Copyright©2021-特攻君
感想・評価・ブックマークを付けてくださっている読者様、本当にありがとうございます。