それぞれの拠点1
昼間にもかかわらず薄暗い森。
この幽鬼の森は死臭が漂っており、多数のアンデッドが蠢いている。死体の状態で現世に蘇ったゾンビ。攻撃を受けると麻痺毒に侵されてしまうグール。恐怖を撒き散らすレイスなどが、際限なく現れては侵入者を襲ってくる。
気軽に訪れた人間は、それらの仲間になるだろう。
しかし……。
【ターン・アンデッド/死者の浄化】
今も襲ってきたスケルトンは光に包まれて、その偽りの命を終えている。
一番前を歩く人物が、周囲から迫りくるアンデッドを浄化しているのだ。また後ろには、多くの女性と一人の男性が続いていた。
そう。フォルトたちの一行である。
「悪いわねえシェラ。楽でいいわあ」
「いえルリ様。これも司祭の務めですわ」
「アンデッドなんて倒したところで、面白くも何ともないわよ」
「お姉ちゃんの言ったとおりねえ」
シェラの護衛として、マリアンデールとルリシオンが両隣を固めた。
その後ろには、フォルトと他の身内が続く。
本来ならいつものように、スケルトン神輿を用意したかった。しかしながら浄化されてしまうので、仕方なく諦めている。
そこで、今回召喚したのがバイコーンだ。
二角獣とも呼ばれる馬で、名のとおり額から二本の角が生えている。純潔を司る馬にユニコーンが存在しており、その対極に位置する魔獣だ。
一行は全員が不純なので、選択としては間違っていない。
(そう言えば、クエストを始めたリリエラは……)
フォルトと一緒に暮らす者だと、リリエラが唯一の純潔である。
デルヴィ侯爵に処分される寸前だった彼女は、カーミラが救出? する前から純潔を散らしていた。とはいえ呪術系魔法の効果で、生娘に戻っている。
もちろん狙ったわけではなく、体じゅうの傷を治すことが目的だった。
「フォルト様。もっと強く手を回さないと落ちますわよ?」
「そうか? では……」
「あんっ!」
馬など乗ったことがないフォルトは、乗馬が得意なレイナスの後ろいる。彼女の腰に手を回しながらも、片手は太ももを触っていた。
ちなみにアーシャは日本から召喚された当時に、馬術の訓練をさせられていた。今もソフィアを後ろに乗せて、器用に馬を操っている。
「えへへ。そんな御主人様にはこうでーす!」
「でへ」
カーミラは『隠蔽』を解いて、フワフワと空を飛んでいる。
そしてフォルトの背後から、ムニムニと後頭部を刺激してくれた。
「ところでアーシャ」
「な、なに?」
「怖いだろ?」
「こ、こ、怖くないわ! 今のところは……」
「シェラに感謝だな。アンデッドが近づく前に浄化している」
「うぅぅ」
「大丈夫ですよアーシャさん。私がついています」
「そう?」
(ソフィアはたまに、根拠の無い大丈夫があるな。まぁそこがいいんだけど……。それにしても、幽鬼の森は雰囲気がヤバいな!)
実のところフォルトも、学生時代はホラーが苦手だった。某ホラー・ゲームでは最初に出現するゾンビで、ゲーム機の電源を落としたほどだ。
そして歳を重ねるにつれて、何の恐怖も感じなくなった。
「カーミラよ。拠点になる場所はまだか?」
「もうすぐですねぇ」
「そうか。どんな場所だった?」
「双竜山の森と変わりませんよぉ」
「泉があると言っていたな」
「そうでーす。ちゃんと飲めますよぉ」
「特殊な場所なのか?」
「バグバットちゃんの話では、聖なる泉だそうでーす!」
(セーフティゾーンか? ゲームなら、「なぜ、こんな場所にあるんだよ!」と突っ込みを入れたくなるな。まぁアンデッドが寄り付かないなら何でもいいが……)
周囲を見渡すと、薄い霧が立ち込めている。草木は枯れているので、ドライアドが見たら発狂しそうだ。
かの森の精霊は双竜山の森に残して、ルーチェと一緒に留守を任せている。
「屋敷付きなのががいいな」
「御主人様に譲渡するそうですよぉ」
「気前がいいなあ! まぁくれるなら貰っておく」
そんなことを話しながら、フォルトたちの一行は聖なる泉まで移動した。
広さとしては、双竜山の森にある湖の半分程度だろう。水深はあるようで、魚も泳いでいる。
そして……。
「へぇ。大きい屋敷だな」
「でもでも。放置されすぎて腐っていますよぉ」
「修繕はブラウニーでやれるだろ」
「新しく建てるよりは得意ですねぇ。すぐに終わると思いまーす!」
バグバットから譲渡された屋敷は、ホラー映画で使われている屋敷に近い。とはいえ屋敷の周辺に、アンデッドはいないようだ。
拠点を襲わないと聞いていたが、聖なる泉のおかげかもしれない。
「ならカーミラは、ブラウニーたちに細かい指示を頼む」
「はあい!」
【サモン・ブラウニー/召喚・家の精霊】
得意気なフォルトは、五十体のブラウニーを召喚する。
その指揮権をカーミラに渡して、聖なる泉の畔で寝っ転がった。他の身内も近くに寄ってきて、一緒に休憩を始める。
移動で一番の功労者のシェラは、隣に座って肩を寄せてきた。
「移動中は不安だったが暮らしやすいかもしれないな」
「ですわね。あら……。アレは何かしら?」
「どれだシェラ?」
「んっ。泉の底に木の根っこがありますわ」
「ほう。かなり太いな」
泉の底にある巨大な根から、ブクブクと水泡が表れていた。普通の泉であれば地中から水が湧き出るが、聖なる泉の源泉は木の根のようだ。
その仕組みは分からないが……。
「何だろうな?」
「ま、魔人様……。もっと……」
「あ……。はい」
フォルトの悪い手が勝手に動いているので、シェラは気持ち良さそうだ。
ともあれ湖の底にある木の根については、ソフィアも興味津々だった。
「もしかして、世界樹の根では?」
「世界樹?」
「亜人の国フェリアスの中央にある巨大な樹木ですね」
あちらの世界で世界樹と言えば、ファンタジー界の定番だ。枯れると世界の終わりなど、様々な設定がされている。
もちろん、こちらの世界の世界樹については知らない。
「こんな場所にまで伸びているのか?」
「大陸に根付いていると聞いたことがあります」
「さすがは世界樹。ちなみにだが、根を切ったらどうなる?」
「えっと……。エルフ族に嫌われます」
「なにっ! なら世界樹は大切にしよう!」
「ふふっ」
エルフ族に嫌われては困る。
一人ぐらいは身近に欲しいので、今後は品定めをしたいと考えていた。だからこそエルフ族に対しては、人間と違って友好的にするべきだろう。
その思考はソフィアに読まれており、フォルトは気恥ずかしくなった。
「あれ? マリとルリはどこに行ったのだ?」
「ぁっ。屋敷の周辺を見てくるそうですよ」
「枯れた草木ばかりで殺風景だと思うがな。なぁアーシャ?」
「え? なっ、何か言った?」
「ははっ。やはり怖いのだろ?」
「こ、怖くないわ!」
「でへ」
小刻みに震えているアーシャは、フォルトの背中に身を寄せている。小ぶりな双丘の柔らかさを堪能できて、頬の筋肉が緩む。
アンデッドさえ近寄ってこなければ、彼女も慣れてくるだろう。
「さて。屋敷の補修は進んでいるかな?」
屋敷に顔を向けると、ブラウニーたちがせっせと働いている。
その光景を見たフォルトは、ソッと視線を逸らした。「自分はぐーたらしているのに」と、精霊たちに対して申しわけなさを覚えてしまう。
兎にも角にも、新たな拠点に到着したのだ。ならばとアーシャ・ソフィア・シェラの三人を連れて、散策を理由に逃げ出すのだった。
◇◇◇◇◇
馬車に乗ったシュン率いる勇者候補チームは、城塞都市ミリエから出発した。都市と同名の聖女を護衛しながら、デルヴィ侯爵領に向かっている。
御者はエレーヌで、シュンは隣に座っていた。
「え、えっと。シュンさん?」
「呼び捨てで構わねぇぜ。それで、どうかしたのか?」
「い、いえ」
「遊びじゃねぇぜ?」
「え?」
「恥ずかしいから、これ以上は言わせんなよ」
「っ!」
(まぁエレーヌも遊びだけどな。アルディスにバレないか冷や汗ものだが、そのスリルが堪らねぇ。こっちの世界は一夫多妻制だし、いずれ楽しみも増えるか?)
そんな下衆なことを考えたシュンは、エレーヌの太ももを触っている。
荷台からは死角なので、スキンシップをやり放題だった。とはいえずっと触ることはできずに、邪魔者が登場する。
「ホストよお。俺らの護衛なんて要らねぇだろ?」
「あ、あぁ俺もそう思うぜ」
荷台から身を乗り出したギッシュが、後方に向かって顎をしゃくった。
もちろんシュンは気配を察知したので、エレーヌから少し離れている。また荷台の後方は開いており、彼が指したものは理解できた。
護衛対象の聖女ミリエが乗っている馬車だ。
加えて十人の騎士が隊列を乱さずに、馬上から周囲を警戒している。
「あの騎士たちよお。俺らと同じ中級騎士だろ?」
「だな。レベルは俺たちと同じぐらいか」
「あんだけいりゃ、平野の魔物なんて余裕で倒せるぜ!」
勇者候補チームがいなくても、野盗などは襲ってこないだろう。
そして、街道に近い平野の魔物や魔獣は強くない。普通の人間なら脅威だが、推奨討伐レベルは八から二十ぐらいである。
オーガを倒せる者なら、何の苦労も無く処理できるはずだ。
「言いたいことは分かるが、俺たちをご指名で報酬も出るぜ」
「楽っちゃ楽だがよ。これじゃレベルなんて上がんねぇよ!」
強くなることに貪欲なギッシュは、魔物討伐以外は丸投げだ。
それでも文句を言ってくるので、シュンは呆れてしまう。だが勇者候補チームの戦力に違いなく、リーダーとして適当に聞いておく。
ともあれ、騎士たちに任せてばかりではいられないか。
「おいアルディス!」
「なに? どうかしたの?」
「周囲の警戒は怠らないようにな」
「サボってないけど何もいないよ? まだ明るいしね!」
太陽の位置が高いからと、魔物や魔獣が襲ってこないわけではない。しかも知能が低ければ、人数差があっても襲ってくる。
それぐらいは理解しているだろうが、シュンは全員に向かって釘を刺す。
「そっか。でも仕事だぜ? やってる感は出しとけよ」
「分かってるって! でも疲れたから、ノックスに変わってもらうね」
「いいよ。僕に任せてよ」
「なら俺は、今のうちに寝とくぜ。何かあったら起こせや」
毎度のことながら、ギッシュは寝てしまう。と言っても休めるときに休むのが、戦士の心得と習っていた。
アルディスも目を閉じて、寝息を立て始めている。
「俺とエレーヌは前方を警戒だな。次の休憩のときに御者を代わるぜ」
「あ、ありがとう」
「いいってことよ! それよりもエレーヌ……」
「なに?」
「アルディスをどう思う?」
「え? 急にどうしたの?」
「いや。リーダーとして聞いておきたい」
「強くて憧れるわ。私と違って活発的だし……」
「好きってことか?」
「そ、そうね。一緒にいるのは好きよ」
エレーヌとの性格は正反対だが、アルディスは女性である。
そもそも男性が苦手なので、ギッシュやノックスよりは話しやすいらしい。シュンとは体を重ねた仲だからか、苦手意識は薄くなっていた。
もう少し抱いてやれば、恋愛感情のほうが勝るようになるだろう。
「なら、ラキシスはどう思う?」
「ラキシスさんですか? 奇麗な女性でしたよね」
「エレーヌも負けてねぇよ。ミスコンで優勝じゃねぇか!」
「それは……。もう!」
「ははははっ。もっと自信を持っていいぜ。俺の目に狂いはねぇ!」
「シュンがそう言うなら……」
(これなら拠点を作ったときに、また酒の力も借りればいけるか? 日本じゃバレねぇようにやってたが、こっちの世界なら……)
何を隠そうアルディスにも、エレーヌと同様の質問をしている。
その結果を踏まえると、「三人は仲良くできそうだ」という結論に至った。ならばシュンの口車で誘導できれば、将来的な楽しみも増えるだろう。
フォルトに後れを取っているのは否めないが……。
(おっさんにやれて俺にやれねぇことはねえ! 今に見てろよ!)
そんなことを考えながら旅を続けていると、やはり魔物や魔獣に襲われた。とはいえやはり弱いので、限界突破を終えたシュンが苦戦することはなかった。
そして一行はデルヴィ侯爵領を前に、休憩ができそうな場所を発見する。
「おっ! 小川があるぜ」
「み、見えました。あそこで休憩しましょうか?」
「そうだな。ノックスは後ろに合図を送ってくれ!」
「はいよ」
「やっと馬車を降りられるの? 体をほぐしたいなあ!」
「グオー! グオー!」
ギッシュの鼾がうるさい。
勇者候補チームの馬車だと、左右に椅子が並ぶ造りだ。後にスペースがあるとはいえ、横になっても休めた気にならない。
外で休憩したほうが、幾分かマシである。
馬車を停車させたシュンは、聖女ミリエの機嫌を窺いに向かう。最初に出会ったときは冷たくされたが、護衛をしているので報告がてら近づいた。
「あら。休憩ですの?」
「小休止に入るぜ。馬が回復したら出発する予定だ」
「そう。周囲の警戒をお願いしますね」
相変わらず塩対応の聖女ミリエは、馬車の中に消えていった。にもかかわらずシュンは舌なめずりをしながら、仲間の近くに戻る。
エレーヌを抱いたことで、今は攻略中の女性がいないのだ。王女だろうが聖女だろうが、自身に釣り合うならアプローチをしておくべきだろう。
そして「どう攻略しようか」と、休憩をしながら考えるのだった。
Copyright©2021-特攻君
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