リリエラ日記3
フォルトたちはすでに、幽鬼の森へ出発している。
それに伴なって一人で残ったリリエラは、バグバットの屋敷に留まっていた。
過去のクエストであれば、拠点となる双竜山の森からスタートとなる。しかしながら今回は、新たな拠点になる幽鬼の森に引っ越し中だった。
そういった理由で、図々しくも預けられたのだ。
移動する手間は減ったが、屋敷の主は吸血鬼の真祖にして領主。
カルメリー王国の第一王女ミリアだった頃でさえ面識は無く、三大大国が配慮する人物だ。失礼が無いか冷や汗ものだが、自身の素性を知られていないのは幸いか。
ともあれ、クエストは開始された。
「ふぅ。マスターも無理難題を出すっすね」
期間は一カ月。
その間にクエストを達成して、幽鬼の森に戻らなければならない。また戻る場合はアンデッドが襲ってくるので、自身の影に潜むニャンシーが先導する。
そして、今回のクエストは人探しだった。
簡単なようで難しい。
リリエラは与えられた部屋を出ると、執事を探して声を掛けた。
「執事さん。ちょっといいっすか?」
「はいリリエラ様。何なりとお申し付けください」
「あ……。その敬称は止めてもらえないっすか?」
「畏まりました。では、リリエラさんとさせていただきます」
「ありがとうっす!」
バグバットの屋敷に滞在する間は、吸血鬼の執事が世話をしてくれる。
元王女とはいえ、今はただのリリエラなのだ。もう第二の人生を受け入れたのだから、平民以下の自分に畏まった敬称は不要である。
「それで、何か御用ですか?」
「えっと。アルバハードで服を作っている人はいるっすか?」
「服飾師のことですね?」
「はいっす! エロかわな服を作れる職人さんっす!」
「エロかわについては存じませんが、服飾師でしたらいらっしゃいます」
「どこにいるっすか?」
「ご紹介致しましょうか?」
「助かるっす!」
執事の言葉に、リリエラはパアッと顔を明るくする。
町でシラミつぶしに探す覚悟をしていたが、何でも聞いてみるものだ。
「でしたら都市に出る用事がございますので、御一緒にいかがですか?」
「本当っすか? 是非お願いするっす!」
「畏まりました。後程、お部屋までお迎えにあがります」
「やったっす!」
リリエラは部屋に戻って、執事が来るまで休憩をする。
ベッドの上に腰かけた後は、幽鬼の森に向かったフォルトのことを考えた。ただクエストを達成するだけでなく、彼が気に入る結果を持ち帰られなければならない。
不興を買って処分されたくはないのだ。
(これは簡単に達成できそうだけど、マスターは何をしたいのかしら? 前回が特産品調査で、今回が服飾師を探すクエスト。商売でも始めるつもり?)
「でも、あのマスターに限っては無いっすね!」
リリエラは短いながらも、フォルトと同じ場所で生活しているのだ。
さすがに、彼の性格は分かりかけていた。
本当にどうしようもなく自堕落で破廉恥な人物である。あそこまで何もしていないのに、何の苦労もせずに生きていけるのが不思議だった。
そして「羨ましいっす」と呟くと同時に、部屋の扉がノックされる。
「はいっす!」
「リリエラさん。お迎えに上がりました」
「待ってたっす!」
フォルトの悪い部分を考えていると、時間は早く過ぎるものなのか。
部屋の扉を開けると、執事が笑顔を浮かべていた。
「それでは出かけましょうか」
「はいっす! 執事さんの用事はなんすか?」
「私の用事は、商人ギルド長との打ち合わせでございます」
「商人ギルドっすか?」
「はい。職人の紹介も、そちらでやっております」
「なるほどっす!」
なぜ誘われたかを理解したリリエラは、執事と一緒に町に出る。
以降は商人ギルドに訪れると、執事だけが奥の部屋に通された。
リリエラは重要な客でもないので、ギルド長との会話を聞くわけにはいかない。受付近くの椅子に座って、執事が戻るのを待つことになった。
当然と言えば当然か。
(アルバハードは人が多いわ。それに人間だけではないのかしら? 今ギルドを出たのはドワーフ? カルメリー王国では見かけたことがないわ)
ドワーフ族が人間の領域に進出しているとはいえ、それほど多くない。
基本的に職人気質なので、自分たちからは売り込まないのだ。とはいえどの世界にも変わり者がいるように、商売に興味を持つドワーフもいる。
「嬢ちゃんや。悪いが詰めてくれんか?」
「え?」
「椅子が空いてなくてな」
「は、はいっす!」
ドワーフ族のことを考えていると、隣にドワーフが座ってきた。酒樽のような体格なので、椅子が狭く感じる。というよりも狭い。
このドワーフは男性のようで、髭が長く胸まで伸びている。
聞いた話によると、女性でも髭が生えているらしい。もちろんそれには意味があって、短く切り揃えるのが美しいとされていた。
「済まんな。荷物が多くてのう」
「そうっすか」
「人間の町では、商品を売るのも大変だな」
「そうっすか?」
「手続きが多すぎるぞ!」
「そうなんすか?」
「ワシらの集落なら、地べたに座ってすぐに始められるわ!」
気さくなドワーフなのか、赤の他人のリリエラに話しかけてくる。
会話を続ける謂れは無いが、荷物の量を見て興味を持ってしまった。
「何を売ってるっすか?」
「服だな。エルフ族に卸そうかと思っとる」
「へぇ。エルフっすか」
「作り過ぎてな。ついでに人間にも売ってみるかとな」
「見せてもらえるっすか?」
エルフ族が着用するような服なら、人間の感性とは違うかもしれない。
もちろんリリエラには、どのようなデザインなのかは分からない。だが確認できるならと、ドワーフの男性に頼んだ。
もしかしたら、フォルトの希望に沿うかもしれない。
「いいぞ。ワシの番までは時間が掛かりそうだ」
「やったっす!」
「嬢ちゃんなら……。こういうのはどうだ?」
「なっ!」
ドワーフの男性が取り出した服に、リリエラは目を見張った。
まるで、アーシャが着ている露出過多な服だ。上着はお腹が見えて、スカートは短い。しかしながら装飾はされておらず、緑色に染めてあるだけだった。
森の妖精でもイメージしたのだろう。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「これを作ってる人だったっすか?」
「いんや。ワシは売るほうだ。職人はドワーフ族の集落におる」
「そうっすか」
「服飾に興味があるのか? 若いのに偉いのう」
「偉くはないっす! でも、興味はあるっす!」
この服はフォルトの好みに近いと、リリエラは思った。
可愛いには程遠いが、エロについては合致しているだろう。
「一着でいいので売ってもらえるっすか?」
「おっ! それは願ってもないのう。なら、大銀貨三枚でどうだ?」
「高すぎるっす!」
「気に入ったのではないのか?」
「そうっすけど、今は持ち合わせが無いっす」
「ううむ」
大銀貨三枚は、日本円で三万円だ。
その金額であれば、もっと丈夫で長持ちする服が買える。リリエラとしては、銀貨五枚――日本円で五千円――なら購入しても良いと考える。
使われている布の量が少ないのだから……。
「であれば、ワシの手伝いをせんか?」
「手伝いっすか?」
「うむ。手伝ってくれたら、タダで一着やるわい!」
「えっ! 本当っすか?」
「ドワーフ族は一度約束すれば、絶対に破らんわ!」
「そ、それは失礼したっす!」
「ガハハハッ! 冗談だ。破るときもある」
「………………。何をすればいいっすか?」
「簡単なことだ。やってもらうのは――」
手伝いの内容を聞いたリリエラは、「ええっ!」と驚きの声を上げる。確かに簡単で楽かもしれない。だが、自身にとってはかなり厳しい。
それでもクエストを達成するなら、仕事を受けるしかない。ならばと首を縦に振って、嫌々ながらも引き受けるのだった。
◇◇◇◇◇
クエストを開始しているリリエラは、バグバットの執事から服飾師を紹介してもらう予定だった。しかし急遽、ドワーフの手伝いをすることになった。
現在はその執事に謝っている最中で、ペコペコと頭を下げている。
それでも、笑って許してくれた。
紹介と言っても、先方に話が通っているわけではない。執事からすると、お節介を焼いただけとの話だ。
まるで気にも留めておらず、ホッと胸をなで下ろした。
「ごめんなさいっす!」
「何度も謝る必要はありませんよ。では、お引き受けしたのですね?」
「はいっす! 服がタダでもらえるっす!」
「そうですか。ドワーフ族なら安心だと思いますが……」
「何かあるっすか?」
「もしも相手が人間の場合は、すぐに受けないことをお勧めします」
「なぜっすか?」
「世の中には悪い人間などいくらでもおります。騙されたくなければ、ね」
「分かったっす! 忠告は素直に受けるっす!」
「それは良い心掛けです」
執事の言葉に頷いたリリエラは、世界の中で一番の悪人を知っている。
自身の夫だったハーラス・デルヴィ侯爵だ。
(ハーラス……。いえ。ミリアは死んだのよ。彼のことは忘れないと駄目。私はリリエラ。マスターの玩具だわ)
奴隷調教を施されたとはいえ、リリエラにはミリアの記憶が残っている。だが過去の記憶は、はっきりと言うと邪魔だった。
忘れられるならそうしたいが、今のように時おり思い出してしまう。
「では執事さん。ドワーフさんの手伝いに行ってくるっす!」
「はい。お気を付けていってらっしゃいませ」
商人ギルドを出たリリエラは、ドワーフの男性がいる場所に向かう。
ギルドでは、出店の申請をしていた。リリエラが執事を待っている間に、その場所で合流することにしたのだ。
到着すると小さなテントが張られ、道端には多くの服が並べられている。
「おぉ来たか!」
「はいっす!」
「では頼むぞ」
「分かったっす」
渋い表情に変わったリリエラは、テントに入って手伝いの準備をする。
それは、何を隠そう着替えだ。買いたいと思った服を着用して店前に立つことが、ドワーフの男性から言われた手伝いの内容だった。
要はマネキンである。
(恥ずかしいわ!)
スタイルに自信がない、わけではない。しかしながら、ここまで肌を露出した服を着用するのは初めてだ。
リリエラはスカートを腰に合わせながら、頬を赤らめてしまう。
「どうだ?」
「ちょ、ちょっと! 中を覗かないでほしいっす!」
「おぉ済まんかったのう。だが、人間の女には興味無いぞ?」
「問題はそこじゃないっす!」
「まぁ気にするな。では、もう少し待つとするか」
たとえ興味が無くとも、女性の着替えを覗くなどデリカシーに欠ける。
そう思ったのだが、文化や価値観の違いと後で聞いた。
もちろんドワーフ族にも、服を着用する文化はある。だが男女ともに、裸体に対する羞恥心が乏しいらしい。
ともあれリリエラは、急いで着替えてテントから出る。
以降はドワーフの男性から言われるがまま、商品の隣に立つ。
恥ずかしいうえに、足先から股間にかけて涼しさを感じてしまう。
前を通り過ぎる者たちは、彼女の格好を見て顔が赤くなっている。中にはわざわざ近づいて、マジマジと眺める男性もいた。
それを、お腹を隠してスカートを下に伸ばしながら耐える。
「シッシッ! 男に売るもんじゃないわい!」
「ちっ。ちょっとぐれぇいいじゃねえか!」
「服を買うなら良いぞ?」
「良くないっす!」
「い、要らねぇよ! 着るわけじゃねぇのに買えるかってんだ!」
「なら商売の邪魔だ。あっちへ行け! シッシッ!」
「分かったよ!」
こんな感じのことを、リリエラは数時間ほど続けた。
店に寄ってくる一部の女性客は、興味がありそうに値段を聞いてくる。しかしながら、金銭を出してまで買い替えるほどではないようだ。
こういった行為は、日本だと「冷やかし」というらしい。
「ガルドさん。服が売れないっすね」
「そうだな。人間の女性は、こういった服を着ないのか?」
「知っている人たちは着てるっす!」
ドワーフの男性は、ガルドと名乗っていた。
それはともあれフォルトの身内以外では、露出過多の服を着た女性は見たことがない。王女だったときでさえ、ドレスは薄いが肌の露出は少なかった。
そもそも人間は、裸体に対する羞恥心が豊かなのだ。
「ほう。着ている者がいるなら売れるかもしれぬのう」
「微妙っす」
「とりあえず、ワシが集落に帰るまで頼めるか?」
「いつまでっすか?」
「三、いや四日ぐらいだな。会合には間に合うだろう」
「会合っすか?」
「それは嬢ちゃんが気にする話でもないな。ガハハハッ!」
「でも……」
一日だけだと思っていた手伝いが、四日になってしまった。とはいえクエストの内容は、服ではなく服飾師を探すことだ。であれば日数が伸びた分の報酬として、ガルドに服飾師の紹介を依頼する。
そして了承の旨を受け取ったリリエラは、マネキンを続けるのだった。
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