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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十一章 それぞれの拠点
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リリエラ日記3

 フォルトたちはすでに、幽鬼の森へ出発している。

 それに伴なって一人で残ったリリエラは、バグバットの屋敷に留まっていた。

 過去のクエストであれば、拠点となる双竜山の森からスタートとなる。しかしながら今回は、新たな拠点になる幽鬼の森に引っ越し中だった。

 そういった理由で、図々しくも預けられたのだ。

 移動する手間は減ったが、屋敷の主は吸血鬼の真祖にして領主。

 カルメリー王国の第一王女ミリアだった頃でさえ面識は無く、三大大国が配慮する人物だ。失礼が無いか冷や汗ものだが、自身の素性を知られていないのは幸いか。

 ともあれ、クエストは開始された。


「ふぅ。マスターも無理難題を出すっすね」


 期間は一カ月。

 その間にクエストを達成して、幽鬼の森に戻らなければならない。また戻る場合はアンデッドが襲ってくるので、自身の影に潜むニャンシーが先導する。

 そして、今回のクエストは人探しだった。

 簡単なようで難しい。

 リリエラは与えられた部屋を出ると、執事を探して声を掛けた。


「執事さん。ちょっといいっすか?」

「はいリリエラ様。何なりとお申し付けください」

「あ……。その敬称は止めてもらえないっすか?」

「畏まりました。では、リリエラさんとさせていただきます」

「ありがとうっす!」


 バグバットの屋敷に滞在する間は、吸血鬼の執事が世話をしてくれる。

 元王女とはいえ、今はただのリリエラなのだ。もう第二の人生を受け入れたのだから、平民以下の自分に畏まった敬称は不要である。


「それで、何か御用ですか?」

「えっと。アルバハードで服を作っている人はいるっすか?」

「服飾師のことですね?」

「はいっす! エロかわな服を作れる職人さんっす!」

「エロかわについては存じませんが、服飾師でしたらいらっしゃいます」

「どこにいるっすか?」

「ご紹介致しましょうか?」

「助かるっす!」


 執事の言葉に、リリエラはパアッと顔を明るくする。

 町でシラミつぶしに探す覚悟をしていたが、何でも聞いてみるものだ。


「でしたら都市に出る用事がございますので、御一緒にいかがですか?」

「本当っすか? 是非お願いするっす!」

「畏まりました。後程、お部屋までお迎えにあがります」

「やったっす!」


 リリエラは部屋に戻って、執事が来るまで休憩をする。

 ベッドの上に腰かけた後は、幽鬼の森に向かったフォルトのことを考えた。ただクエストを達成するだけでなく、彼が気に入る結果を持ち帰られなければならない。

 不興を買って処分されたくはないのだ。


(これは簡単に達成できそうだけど、マスターは何をしたいのかしら? 前回が特産品調査で、今回が服飾師を探すクエスト。商売でも始めるつもり?)


「でも、あのマスターに限っては無いっすね!」


 リリエラは短いながらも、フォルトと同じ場所で生活しているのだ。

 さすがに、彼の性格は分かりかけていた。

 本当にどうしようもなく自堕落で破廉恥な人物である。あそこまで何もしていないのに、何の苦労もせずに生きていけるのが不思議だった。

 そして「羨ましいっす」とつぶやくくと同時に、部屋の扉がノックされる。


「はいっす!」

「リリエラさん。お迎えに上がりました」

「待ってたっす!」


 フォルトの悪い部分を考えていると、時間は早く過ぎるものなのか。

 部屋の扉を開けると、執事が笑顔を浮かべていた。


「それでは出かけましょうか」

「はいっす! 執事さんの用事はなんすか?」

「私の用事は、商人ギルド長との打ち合わせでございます」

「商人ギルドっすか?」

「はい。職人の紹介も、そちらでやっております」

「なるほどっす!」


 なぜ誘われたかを理解したリリエラは、執事と一緒に町に出る。

 以降は商人ギルドに訪れると、執事だけが奥の部屋に通された。

 リリエラは重要な客でもないので、ギルド長との会話を聞くわけにはいかない。受付近くの椅子に座って、執事が戻るのを待つことになった。

 当然と言えば当然か。


(アルバハードは人が多いわ。それに人間だけではないのかしら? 今ギルドを出たのはドワーフ? カルメリー王国では見かけたことがないわ)


 ドワーフ族が人間の領域に進出しているとはいえ、それほど多くない。

 基本的に職人気質なので、自分たちからは売り込まないのだ。とはいえどの世界にも変わり者がいるように、商売に興味を持つドワーフもいる。


「嬢ちゃんや。悪いが詰めてくれんか?」

「え?」

「椅子が空いてなくてな」

「は、はいっす!」


 ドワーフ族のことを考えていると、隣にドワーフが座ってきた。酒樽さかだるのような体格なので、椅子が狭く感じる。というよりも狭い。

 このドワーフは男性のようで、ひげが長く胸まで伸びている。

 聞いた話によると、女性でも髭が生えているらしい。もちろんそれには意味があって、短く切りそろえるのが美しいとされていた。


「済まんな。荷物が多くてのう」

「そうっすか」

「人間の町では、商品を売るのも大変だな」

「そうっすか?」

「手続きが多すぎるぞ!」

「そうなんすか?」

「ワシらの集落なら、地べたに座ってすぐに始められるわ!」


 気さくなドワーフなのか、赤の他人のリリエラに話しかけてくる。

 会話を続けるいわれは無いが、荷物の量を見て興味を持ってしまった。


「何を売ってるっすか?」

「服だな。エルフ族に卸そうかと思っとる」

「へぇ。エルフっすか」

「作り過ぎてな。ついでに人間にも売ってみるかとな」

「見せてもらえるっすか?」


 エルフ族が着用するような服なら、人間の感性とは違うかもしれない。

 もちろんリリエラには、どのようなデザインなのかは分からない。だが確認できるならと、ドワーフの男性に頼んだ。

 もしかしたら、フォルトの希望に沿うかもしれない。


「いいぞ。ワシの番までは時間が掛かりそうだ」

「やったっす!」

「嬢ちゃんなら……。こういうのはどうだ?」

「なっ!」


 ドワーフの男性が取り出した服に、リリエラは目を見張った。

 まるで、アーシャが着ている露出過多な服だ。上着はお腹が見えて、スカートは短い。しかしながら装飾はされておらず、緑色に染めてあるだけだった。

 森の妖精でもイメージしたのだろう。


「どうした? 顔が赤いぞ」

「これを作ってる人だったっすか?」

「いんや。ワシは売るほうだ。職人はドワーフ族の集落におる」

「そうっすか」

「服飾に興味があるのか? 若いのに偉いのう」

「偉くはないっす! でも、興味はあるっす!」


 この服はフォルトの好みに近いと、リリエラは思った。

 可愛いには程遠いが、エロについては合致しているだろう。


「一着でいいので売ってもらえるっすか?」

「おっ! それは願ってもないのう。なら、大銀貨三枚でどうだ?」

「高すぎるっす!」

「気に入ったのではないのか?」

「そうっすけど、今は持ち合わせが無いっす」

「ううむ」


 大銀貨三枚は、日本円で三万円だ。

 その金額であれば、もっと丈夫で長持ちする服が買える。リリエラとしては、銀貨五枚――日本円で五千円――なら購入しても良いと考える。

 使われている布の量が少ないのだから……。


「であれば、ワシの手伝いをせんか?」

「手伝いっすか?」

「うむ。手伝ってくれたら、タダで一着やるわい!」

「えっ! 本当っすか?」

「ドワーフ族は一度約束すれば、絶対に破らんわ!」

「そ、それは失礼したっす!」

「ガハハハッ! 冗談だ。破るときもある」

「………………。何をすればいいっすか?」

「簡単なことだ。やってもらうのは――」


 手伝いの内容を聞いたリリエラは、「ええっ!」と驚きの声を上げる。確かに簡単で楽かもしれない。だが、自身にとってはかなり厳しい。

 それでもクエストを達成するなら、仕事を受けるしかない。ならばと首を縦に振って、嫌々ながらも引き受けるのだった。



◇◇◇◇◇



 クエストを開始しているリリエラは、バグバットの執事から服飾師を紹介してもらう予定だった。しかし急遽きゅうきょ、ドワーフの手伝いをすることになった。

 現在はその執事に謝っている最中で、ペコペコと頭を下げている。

 それでも、笑って許してくれた。

 紹介と言っても、先方に話が通っているわけではない。執事からすると、お節介を焼いただけとの話だ。

 まるで気にも留めておらず、ホッと胸をなで下ろした。


「ごめんなさいっす!」

「何度も謝る必要はありませんよ。では、お引き受けしたのですね?」

「はいっす! 服がタダでもらえるっす!」

「そうですか。ドワーフ族なら安心だと思いますが……」

「何かあるっすか?」

「もしも相手が人間の場合は、すぐに受けないことをお勧めします」

「なぜっすか?」

「世の中には悪い人間などいくらでもおります。だまされたくなければ、ね」

「分かったっす! 忠告は素直に受けるっす!」

「それは良い心掛けです」


 執事の言葉にうなずいたリリエラは、世界の中で一番の悪人を知っている。

 自身の夫だったハーラス・デルヴィ侯爵だ。


(ハーラス……。いえ。ミリアは死んだのよ。彼のことは忘れないと駄目。私はリリエラ。マスターの玩具だわ)


 奴隷調教を施されたとはいえ、リリエラにはミリアの記憶が残っている。だが過去の記憶は、はっきりと言うと邪魔だった。

 忘れられるならそうしたいが、今のように時おり思い出してしまう。


「では執事さん。ドワーフさんの手伝いに行ってくるっす!」

「はい。お気を付けていってらっしゃいませ」


 商人ギルドを出たリリエラは、ドワーフの男性がいる場所に向かう。

 ギルドでは、出店の申請をしていた。リリエラが執事を待っている間に、その場所で合流することにしたのだ。

 到着すると小さなテントが張られ、道端には多くの服が並べられている。


「おぉ来たか!」

「はいっす!」

「では頼むぞ」

「分かったっす」


 渋い表情に変わったリリエラは、テントに入って手伝いの準備をする。

 それは、何を隠そう着替えだ。買いたいと思った服を着用して店前に立つことが、ドワーフの男性から言われた手伝いの内容だった。

 要はマネキンである。


(恥ずかしいわ!)


 スタイルに自信がない、わけではない。しかしながら、ここまで肌を露出した服を着用するのは初めてだ。

 リリエラはスカートを腰に合わせながら、ほほを赤らめてしまう。


「どうだ?」

「ちょ、ちょっと! 中をのぞかないでほしいっす!」

「おぉ済まんかったのう。だが、人間の女には興味無いぞ?」

「問題はそこじゃないっす!」

「まぁ気にするな。では、もう少し待つとするか」


 たとえ興味が無くとも、女性の着替えを覗くなどデリカシーに欠ける。

 そう思ったのだが、文化や価値観の違いと後で聞いた。

 もちろんドワーフ族にも、服を着用する文化はある。だが男女ともに、裸体に対する羞恥心が乏しいらしい。

 ともあれリリエラは、急いで着替えてテントから出る。

 以降はドワーフの男性から言われるがまま、商品の隣に立つ。

 恥ずかしいうえに、足先から股間にかけて涼しさを感じてしまう。

 前を通り過ぎる者たちは、彼女の格好を見て顔が赤くなっている。中にはわざわざ近づいて、マジマジと眺める男性もいた。

 それを、お腹を隠してスカートを下に伸ばしながら耐える。


「シッシッ! 男に売るもんじゃないわい!」

「ちっ。ちょっとぐれぇいいじゃねえか!」

「服を買うなら良いぞ?」

「良くないっす!」

「い、要らねぇよ! 着るわけじゃねぇのに買えるかってんだ!」

「なら商売の邪魔だ。あっちへ行け! シッシッ!」

「分かったよ!」


 こんな感じのことを、リリエラは数時間ほど続けた。

 店に寄ってくる一部の女性客は、興味がありそうに値段を聞いてくる。しかしながら、金銭を出してまで買い替えるほどではないようだ。

 こういった行為は、日本だと「冷やかし」というらしい。


「ガルドさん。服が売れないっすね」

「そうだな。人間の女性は、こういった服を着ないのか?」

「知っている人たちは着てるっす!」


 ドワーフの男性は、ガルドと名乗っていた。

 それはともあれフォルトの身内以外では、露出過多の服を着た女性は見たことがない。王女だったときでさえ、ドレスは薄いが肌の露出は少なかった。

 そもそも人間は、裸体に対する羞恥心が豊かなのだ。


「ほう。着ている者がいるなら売れるかもしれぬのう」

「微妙っす」

「とりあえず、ワシが集落に帰るまで頼めるか?」

「いつまでっすか?」

「三、いや四日ぐらいだな。会合には間に合うだろう」

「会合っすか?」

「それは嬢ちゃんが気にする話でもないな。ガハハハッ!」

「でも……」


 一日だけだと思っていた手伝いが、四日になってしまった。とはいえクエストの内容は、服ではなく服飾師を探すことだ。であれば日数が伸びた分の報酬として、ガルドに服飾師の紹介を依頼する。

 そして了承の旨を受け取ったリリエラは、マネキンを続けるのだった。

Copyright©2021-特攻君

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