アルバハード再び3
自由都市アルバハード。
エウィ王国のデルヴィ侯爵領と同じく三国と国境を接しており、様々な物資が集中する商業都市である。
侯爵領に人間主体の商品が集中するのに対して、アルバハードには亜人主体の商品が多く販売されている。
その理由は亜人の国フェリアスが、人間との交流を制限しているからだ。
「さてアーシャ」
「なに?」
「珍しくて便利なものだぞ?」
「分かってるって!」
都市に出たフォルトは、アーシャを同行者に選んだ。
それは、同じ日本人だからだ。探しているものが理解できて、異世界人としても意見が出し合える。ついでに、おっさんでは無縁のギャルとデートできる。
本来なら、身内の全員は無縁だが……。
「でもフォルトさん」
「どうした?」
「こうして歩いてると親子みたいなんですけど!」
「ぐっ!」
(外に出るとおっさんに戻ってしまうのは条件反射だからなあ。ずっと『変化』をしていても良さそうだけど……)
フォルトを弱者と思い込んでいるのは、きっとシュンたちだけだ。
ローゼンクロイツ家を名乗ったおかげ――せい――で、貴族からは強者と思われいる。デルヴィ侯爵に至っては、「竜を倒せ」と言われてしまった。強さの基準を測るためかもしれないが、ビッグホーンを討伐できることは知っている。
「嫌か?」
「もう慣れたよ。お、じ、さ、ま!」
「お、おじさまって……」
「ふふん。フォルトさんの趣味に刺さるっしょ?」
「ま、まあな」
ギャルにおじさまと言われると、何となく心に響くものがある。
そしてフォルトは、吸血鬼の真祖バグバットを思い浮かべてしまう。やはり自分はおっさんであり、おじさまは分不相応だ。
「気が向いたらだが、この癖を治してみよう」
「どっちでもいいよ。あたしは強さで男を見ることにしたの!」
「ふーん」
「もしも魔の森に行かなかったとしても、シュンと行動してたわ」
「そうだな」
「チームで来たときに見たけどさ。大変そうなんだもん!」
「確かになぁ」
「あたしはノックスと同じ従者だったしね。今のほうが断然いいじゃん!」
こちらの世界の女性が、なぜ強さを基準で男性を選ぶかは体験した。
シュンと行動を共にしたままなら、必死に魔物退治を行っている最中だろう。だが現在は、魔物すら使役している魔人の身内だ。
過酷な世界での安心感は、日本での価値観を打ち砕く。
「ところでさ」
「うん?」
「珍しいものを探してるのに、何で飯ばっか食べてるん?」
「あっはっはっ!」
「笑って誤魔化すんじゃないわよ!」
「いい匂いに誘われて……」
「さっき朝食を平らげたばかりっしょ!」
フォルトの両手には、出店で買った串焼きがある。
もちろん購入するための金銭は、夜中のうちにカーミラが奪っていた。情事の合間に終わらせるあたり、小腹を空かせると読んでいたか。
それにしても、さすがは自由都市アルバハードだ。各国から食材が集まっているおかげで、どの出店の料理も旨い。
まだ昼前だというのに、暴食が疼いて仕方がない。
「というわけで、まずはキッチン関係だ!」
「そっちかい!」
「うむ。ルリにはもっと旨い料理を作ってもらわないとな」
「そ、そうね。確かにめっちゃ美味しいよね!」
ともあれ二人は、キッチンが売られている店を物色する。
場所は分からなかったが、そこは積極性が売りのアーシャに任せた。赤の他人に話しかけるなど、フォルトにはハードルが高い。
「ほう。これは……」
(さすがに日本とは比べ物にならないが、いい感じだな。ブラウニーが作ったキッチンよりは使いやすいだろう。これなら欲しいなあ)
訪れた店には、基本的なキッチンの見本が配置されていた。
レンガや鉄で作られたものが、展示品として並べられている。
要はモデルルームみたいなものだ。
店で買うのではなく、どの職人に依頼するかを決めるらしい。予算を提示して、職人と材料を選べば良い。
「さすがにカーミラでは奪えないか」
「そりゃあねぇ」
「職人か。バグバットに相談したほうがいいな」
「吸血鬼の職人がいるかもね!」
「ははっ。そうだな」
「次はどこに行くぅ?」
「食器関係も見ておくか」
「へへっ。なんか新婚みたいじゃん!」
「ぶっ!」
なぜかアーシャは、おっさんを喜ばせる術に長けていた。
おそらくだが、無意識だと思われる。おっさんに好かれるタイプだからこそ、中年の教師に言い寄られて嫌いになったのだろう。
そして二人は、次の店に訪れた。
「さすがに立派だな」
「これは鉄かな? 隣のは陶磁器かぁ」
「詳しいな」
「えー。普通じゃん!」
(食器関係は、落としたときに割れたりしない木や鉄が理想かな? 見栄えはどうでもいいしな。でも見栄えも味の一部とか、何かの料理番組で……)
人間が受ける情報とは、八割が視覚から入ると言われていた。またそれを踏まえた実験では、コントラストが味に影響を与えていると結果が出たようだ。
フォルトは暴食の大罪も持っているので、あまり味を気にしていない。しかしながら旨いなら、それに越したことはない。
そこで、食器関係は奪うと決めた。
「鉄の皿は確保だな」
「そう? こっちのがいいっしょ!」
「ふーん。だがもう少し大きいほうが……」
「あたしはそんなに食べないから、小さいほうがいいよ!」
二人は買い物を楽しむように――奪うため――食器の品定めをした。すると傍から見れば親子なので、たまに温かい視線が突き刺さってくる。
そういった感情を向けられると恥ずかしく、アーシャを連れて店を出た。
「さ、さあて次に行くか!」
「うん! どこに行くん?」
「よし! 服飾店でも行くか!」
「えー。オシャレな服は無いと思うよ?」
「一応、な」
そして最後とばかりに、服飾店に到着する。
アーシャが言ったように期待はしていないが、もしかしたらという希望はある。とりあえず店内を見てみないと、何とも言えない。
しかし……。
(まぁ期待はしていなかったよ? していなかったけど、これは酷い。ファッション音痴の俺でも分かる。まさにシンプル・イズ・ベスト!)
「ほらね」
「あ、あぁ……。そそらないな」
店内を物色していたアーシャは、下着をピーンと引き延ばしている。
どう見てもトランクスに近いのだが、これは男女共用のような気もする。
いつもは身内の下着を拝んでいるので、色欲がまったく疼かない。
ちなみに中世では、男性がブリーフを履いていた。また女性は、現代のブラジャーやショーツに近い下着を着用していたらしい。
なんと、発掘されているのだ。昔の絵画からも分かるだろう。
「やはり駄目か」
「ふーん。どんなのを履いてほしいの?」
「言わせるな。今ので十分に満足している。だから服を探しにきたのだ」
「気にしてくれてたんだ」
「まぁ目の保養にもなるしな」
「エロオヤジ」
アーシャの願いは、オシャレをすることだ。しかも日本のオシャレなので、こちらの世界には存在しない。
そして、フォルトの趣味も同様だ。
何にせよ期待外れだったので、二人は肩を落としながら店を出た。
「さてアーシャ。そろそろ戻るか」
「もう帰るん?」
「見たい所は見た。他も期待できないな」
「面白グッズとかも無さそうだしね」
「それに……。そろそろ限界……」
「きゃはっ! 頑張ったほうなんじゃない?」
(ギャルと一緒に何軒も店を巡る。うん。俺は頑張った。リハビリもできている感じがするな。まぁ幽鬼の森に引き籠るがな!)
以降の二人は腕を組んで、バグバットの屋敷に足を向ける。
収穫らしい収穫は、それなりにあっただろう。幽鬼の森でも快適な生活をするために、フォルトは慣れないことも頑張った。
そもそもが活発的なアーシャは、町に出たことで喜んでいる。
兎にも角にも他の身内と合流して、幽鬼の森に出発するのだった。
◇◇◇◇◇
エウィ王国騎士訓練所。
シュンが剣を振るっていると、騎士ザインに呼ばれた。どうやら元勇者チームのプロシネン、シルキー、ギルについて聞きたいらしい。
ちなみにその三人は、勇者候補チームの指導を終えて旅立っている。
「奴らはどうだった?」
「格が違げぇな。見るべきものは多かったぜ」
「模擬戦もやっていたな。一勝ぐらいはできたのか?」
「無理に決まってんだろ! プロシネンは人間じゃねぇよ」
「そう腐るな」
シュンやギッシュは、プロシネンに一矢も報えなかった。あれほど何も通用しなかったのは、魔族のルリシオン以来だ。
どちらが強いなどは、力量不足で分からないが……。
「俺らもレベルを上げりゃ、あいつらぐらいの強さになるのか?」
「別格と言っても、まだ人間の域だな」
「へぇ。なら目標にするか」
「その意気は良いが、他にも話がある」
「何だよ?」
「あぁちょっと待て。いや。本当にいいのか? だが……」
どうも、ザインの歯切れが悪い。
シュンは怪訝な表情を浮かべるが、話を聞かないことには始まらない。
「どうしたよ?」
「うーん。デルヴィ侯爵様が、お前たちを使いたいそうだ」
「侯爵様?」
「聖女ミリエ様の後見人が侯爵様なのは知っているな?」
「そう言ってたな」
新たな聖女ミリエは、カルメリー王国の第二王女である。またかの国はエウィ王国の属国で、管理はデルヴィ侯爵に一任されていた。
そして聖女に任命されると、通常はエインリッヒ九世の居城に移される。しかしながら、侯爵が後見人になった。
これによって元聖女ソフィアのように、国内をある程度は自由に動ける。
「侯爵様の屋敷まで、聖女様を護衛してほしいそうだ」
「会ったことはないけど、指名なら受けたほうがいいのかね?」
「当然だ。受けないという選択肢は無い」
「依頼料は?」
「馬鹿もん! 侯爵様からの依頼だぞ!」
話に上がったデルヴィ侯爵は、エウィ王国で三番目に偉い人物である。
ザインにとっても雲の上の存在で、シュンはこっぴどく叱られた。
「でもよ。俺らも稼がねえと……」
「安心しろ。冒険者ギルドは通さないが、直接くださるそうだ」
「何だよ。驚かせないでくれ」
「シュンは貴族を分かっていない。今から教え込んでやる」
「………………」
「とにかく、失礼がないようにしろ!」
「へいへい」
「それがいかんのだ」
格差が激しいエウィ王国において、デルヴィ侯爵は雲の上の存在だ。
シュンなどは、吹けば消し飛ぶ塵芥である。
そして貴族のことを説明された後は、仲間を集めて依頼内容を伝える。一番の懸念はギッシュで、今回は大人しくしてもらわないと拙い。
「面倒な交渉事はホストに任せるからよぉ」
「そ、そうね。シュンさんなら大丈夫よ!」
「シュン、頼んだわよ? ボクたちじゃ無理無理!」
「従者の僕が会話をすることはないね」
(まぁこうなるよな。別にいいけどよ。とりあえず、我儘で偉そうな社長の対応をする感じでいいか? よくキャバスケを引き連れて遊びに来てたな)
経営者や起業家といった人々。
彼らの中で女性好きな者は、キャバ嬢から言われるがまま、ホストクラブに連れて来られていた。よくタッグを組んで対応したものだ。
そしてキャバ嬢の目的は、仕事終わりにホストと遊ぶこと。だからこそそういった者たちには、良い気分にさせてから酔い潰れてもらった。
「んじゃ、侯爵領に向かう準備をするぞ」
そしてシュンたちは、旅の準備を始める。
馬用の飼葉や自分たちの食料や水を用意するのだ。聖女ミリエの護衛という話なので、装備のメンテナンスもしておく。
城塞都市ミリエからデルヴィ侯爵領までは、三日から四日は必要だ。
「そうだエレーヌ。俺に話があるんだったな?」
「え、えぇ。準備が終わってからでいいかしら?」
「構わねぇぜ。なら夕方に、城門を出たところで待ち合わせようか」
シュンはアルディスに聞かれないよう、エレーヌと城外で待ち合わせる。
今まで色々と相談に乗っていたが、そろそろ対価をもらうつもりだった。
そして個人での準備を終えると、彼女を都市に連れ出す。
向かう場所は、低ランク冒険者が利用する酒場だ。城の関係者もほぼおらず、恋人に知られることはないだろう。
こういった場所の下見は、こちらの世界に召喚されてから済ませていた。
以降は酒場に入ると、あまり目立たない端っこの丸テーブルに座る。
自由に動ける騎士裁量権があるとはいえ、さすがに夜中は出歩けない。城門が閉じてしまうので、今からはスピード勝負だった。
まずは店員に、エール酒を二杯頼んでしまう。
「あ、あのシュンさん? 私は……」
「飲めるだろ? 疲れた後の一杯はうめぇぞ」
「へい、お待ち!」
内気なエレーヌは、こういった場所に一人で訪れたことがない。
都市自体の治安が悪く、荒くれ者が多い場所である。女性だと入りづらく、彼女は少し肩を震わせていた。
もちろん、その程度の話は織り込み済みのシュンだ。彼女が委縮している間に乾杯をして、エールを飲み干させる。
その間につまみが出されて、二杯三杯と勧めていく。
「相談事って、いつものか?」
「あ、え……。そ、そうです」
「まあよ。男ってやつは……」
エレーヌの悩みは、男性が苦手なことだ。男性恐怖症まで進む前に、シュンが勇者候補チームのリーダーとして相談を受けていた。
ともあれ元ホストであれば、女性に酒を勧めることは容易。
「ひっく! で、でもれすねぇ」
「エレーヌは酔ったのか?」
「大丈夫れすよぉ」
「飲みすぎると明日が辛くなるぜ。そろそろ出るか」
「そうれすねぇ」
(チョロい。後は宿屋に連れ込めば完了だぜ。目が虚ろだな。でも、寝ちまうほどじゃねぇ。さすがに泊まれねぇからな。さっさと済ませるぜ!)
酒量の加減などは、シュンであればお手のものだ。エレーヌが酔い潰れる前に、酒場を出て宿屋に向かう。
ちなみに、ラキシスを匿っていた宿屋である。
「シュンさあん。城内に到着れすかぁ?」
「ちょっと休んでから帰らねぇとな。フラフラだぜ?」
「そうれすかぁ?」
「まぁ俺が介抱してやるよ。ほら……」
「ひっく! ちょっとぉ。どこを触ってるんれすかあ?」
「はははははっ! 俺に任せとけ!」
「はーい。リーダーに任しぇまーす!」
後は簡単である。一気に勝負を決めたシュンは、エレーヌを手に入れた。
情事が終わったときに正気に戻ったが、内気な彼女は受け入れてしまった。ならばとチームに亀裂が入ると伝えて、この事実を誰にも話せなくさせる。
そして、一組のカップルが出来上がるのだった。
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