アルバハード再び2
フォルトたちの一行は、簡単に国境を越えている。
通行許可証にデルヴィ侯爵のサインがあるだけで、馬車の中を確認されずに素通りだった。国境警備隊があたふたしていたのはご愛敬か。
そしていつもどおりに野営を繰り返し、自由都市アルバハードに到着した。以降は領主の館で応接室に通され、吸血鬼の真祖バグバットと面会している最中だ。
ちなみに同行した者たちは、別室で待機している。
「フォルト殿。よくぞ参られたである」
「幽鬼の森だったか? 貸してもらえるようで悪いな」
「アンデッドについては問題無いのであるか?」
「それな。襲ってこないのだろ?」
「拠点を襲わせないようにしかできないのである」
「なるほど。襲ってきた場合の対処は?」
「倒してもらって結構である。必要になれば、また創造するである」
バグバットが言った創造とは、ゾンビなどの不死者を作りだす魔法である。【クリエイト・アンデッド/創造・不死者】が有名なところだ。
この魔法だと、死体は必要になるが……。
「ルリがいるから燃やしてもらうか」
「火属性魔法は危険であるな。森林火災は困るのである」
「あぁそうか。なら、森を傷つけないように対応しておく」
「ではフォルト殿の身元保証を、各国に通達するのである」
「あ……。待ってもらっていいか?」
「どうされたであるか?」
(デルヴィ侯爵の件で痛感したが、やはり対価を支払ったほうがいいか。どうでもいい奴なら適当にしてもいいけど……)
人間とは共存を選んでいるので、大きな問題事は避けたい。
相手が偉ければ偉いほど、対応を誤ると厄介なことになる。だからこそ最低限、何かを頼むなら対価が必要だろう。
それは、人間に限った話ではない。
特にバグバットには借りが多いので、先に返さないのは自分として許せない。新しい頼み事は、その借りを返してからだ。
フォルトの脳裏には、「クレクレ君」という言葉が浮かぶ。
「まずは、バグバットに借りを返したい」
「と申されても、今すぐには思い浮かばないのである」
「そうか? なら、何か思いついたら言ってくれ」
「で、あるか。では、まだ身元の保証は必要無いであるか?」
「うむ。どうせ幽鬼の森には、誰も入れないのだろ?」
「わざわざ、であるな。立入禁止にはしていないのである」
「ふむふむ。森に立ち入った者の対処は?」
「任せるのである。吾輩の一族でなければ構わないである」
バグバットはアルバハードという領土を守護しているだけなので、吸血鬼一族以外の者がどうなろうと知ったことではない。
それでも強大な力を持つ真祖が守護していることから、町の中は安全だと思われている。だからこそ、人々が集まっていた。
それらを守る義務は無い。
「フォルト殿。本日は泊まっていかれると良いである」
「お言葉に甘えよう。晩餐会の飯は旨かった」
「吾輩も、ローゼンクロイツ家をもてなせて嬉しいのである」
「バグバットでも家名を気にするのだな」
「ローゼンクロイツ家は名家である。前の当主は馬鹿者であるが……」
「馬鹿者?」
「腐れ縁であるな。ジュノバはどこで何をしておるのやらである」
(親友みたいなものか? 羨ましいかぎりだ。腹を割って話せる相手か。今はカーミラがそれだが、シモベだから距離感の違いを感じる)
カーミラには何でも話せるが、最終的な決定は丸投げされる。主人の命令を遂行するのが務めと思っているので、助言をもらえるが討論にならない。
フォルトに不満はないが、このあたりが限界だろう。と考えると、対等に話せる者が羨ましく感じる。
相手が男性なので、嫉妬はしないが……。
「二部屋を用意しているのである」
「人数が多いから助かる」
「で、あるか」
バグバットとの面会を終わらせた後は、執事の案内で部屋を移動した。
モダンな造りの内装は、落ち着いて休める空間になっている。
後で聞いた話だが、いつでも使える部屋は用意されているらしい。王侯貴族が来訪しても良いように、部屋の空間は広く余裕がある。
ベッドも同様なので、夜の営みも捗るだろう。と考えたフォルトは、ベッドの具合を確かめるために横になる。
そして目を閉じながら、別室に通されている身内を待つのだった。
◇◇◇◇◇
ベッドで大の字のフォルトは、腰のあたりに圧迫感を覚える。
それと同時に、頬の筋肉が緩んでいった。すると胸部にも重圧を感じたので、徐々に目を開けていく。
視界に映ったのは、自身の体に騎乗したカーミラだ。
「来たか」
「御主人様は寝るのが早いでーす!」
「ははっ。フカフカで我慢できなかった」
(やはり、しっかりと作ったベッドは違うな。ブラウニーだと雑だから、寝心地が良いとは言えない。帝国の町から奪っておくか)
フォルトは惰眠を貪るのが大好きなので、この良さを知ってしまうと欲しくなる。屋敷はみすぼらしくても良いが、生活関係には力を入れたいところだ。
ともあれこちら側の部屋に来たのは、カーミラと魔族組である。
「今日は泊まるのかしらあ?」
「飯も用意してくれるからな。一泊する」
「ふん! バグバットの癖に……」
「そう言えば、親父さんと仲がいいみたいだな」
「昔は二人で出かけていたわねえ」
バグバットと姉妹の父親は旧知の仲で、勇魔戦争以前は交流があったらしい。マリアンデールの言葉からも、家族ぐるみの付き合いだったかもしれない。
そのあたりは蕁麻疹が出そうなので尋ねないが、一つ疑問ができた。
「ふーん。母親はいないのか?」
「他界してるわよお」
「おっと。悪いことを聞いたな」
「別にいいわよ。ルリちゃんを出産してすぐ亡くなったわ」
「へぇ。二人の母親なら奇麗だったのだろうな」
「ふふっ。ご褒美が欲しいのかしら?」
「欲しいが飯が近いな。ここの料理は逃したくない」
「有名だった料理人を吸血鬼化させているからねえ」
「そ、そうか」
バグバットは一流を好む。
執事も一流なら、料理人も一流である。メイドもよく躾けられている。
そしてメイドについては吸血鬼ではなく、人間や亜人を使っているようだった。アンデッドばかりではなくて、少しホッとしたものだ。
「シェラよ。リリエラは?」
「ソフィアさんと一緒に隣の部屋ですわ」
「ふむ」
「あの玩具は、レイナスちゃんたちに人気なのよねえ」
「そうなのか?」
「人気というか面倒を見ているというか、ね」
確かにフォルトは、「世話をするな」と言っていない。
それに彼女たちがリリエラの世話をしたければ、率先してやっても構わない。しかしながら、今後のことを考えないと駄目だろう。
「使い潰すのお?」
「リリエラ次第だったが、この流れも作ったようなものだ」
「なるほどね」
リリエラを使ったゲームは、エンディングが決まっていない。レイナスたちから世話をされるのも、一つの通過点と考える。
そういった流れを経て、最終的に何者になるのかを楽しむのだ。
「リリエラには、アルバハードでやってもらうクエストがある」
「へぇ」
「何をやらせるのお?」
「内緒。でへ」
「御主人様が、イヤらしい顔をしていまーす!」
「んんっ! シェラ。茶を入れてくれ」
「はい、魔人様」
いま知られるとつまらないので、フォルトは勿体ぶった。
今回のクエストは難しいかもしれないが、是非とも達成してもらいたい。過去のクエストとは違って、過程よりは結果を重視していた。
そして茶を飲んでゆっくりしたところで、今後の動きを伝える。
「幽鬼の森へ向かう前に、アルバハードを見て回るか」
「「え?」」
「え?」
またこのパターンかと、フォルトは苦笑いを浮かべる。
確かに引き籠りなので、人間のいる町に出るのは珍しいだろう。とはいえ、新たな森に拠点を構えるのだ。
双竜山の森で不便は無かったが、今のうちにやっておきたい件がある。
「何が売られているかを見ておきたいのだ」
「家具とかですかぁ?」
「他には日用雑貨とか……。とにかく色々だ」
「御主人様。何か不便でもありましたかぁ?」
「いや。不便は無いが、知らないだけだと損だろ?」
「なるほどぉ」
ベッドが良い例で、他にもあるかもしれない。
もちろん日本と比べれば、大したものは売られていないだろう。だがスプーン一つにしても、ブラウニーが作るものよりはマシかもしれない。
他にも、便利グッズなどがあれば欲しい。
とりあえず、現時点での品ぞろえはリサーチしておくべきだった。
「もう何度か町に出ているからな」
「でもでも、お金は無いですよぉ? 冒険者たちに渡しちゃいましたぁ!」
「あれから奪いに行っていないか」
「はいっ! 奪ってきますかぁ?」
「うむ。それと……」
そろそろ、金銭や物資を調達する町を変えたほうが良いだろう。
何回も奪っているので、さすがに警戒されそうな気がする。
その旨をカーミラに伝えると、満面の笑みで了承した。彼女も思っていたらしく、次の町の選定を終わらせていた。
「アルバハードにいる間は変えておきますねぇ」
「そうしてくれ。だが、根こそぎ奪うことはするな」
「駄目なんですかぁ?」
「双竜山の森に帰れば、またそこを使うだろ?」
何事に対しても、「ほどほどで満足」が一番である。
カーミラがカモにしている貴族については知らないにしても、すべてを奪っては生殺しにならない。何度でも稼いでもらって、何度でも奪えば良い。
そして、同じような人間を発見するのは手間になる。しかも、多額の金銭を所持している人間は少数なのだ。
そう考えると、無駄に消費しては損だろう。
(悪魔もそうだが、魔族も似たような感性なんだよなあ。すべてを奪って「はいさよなら」状態だ。それでは勿体無いではないか)
「骨までしゃぶり尽くす」
「貴方。スケルトンがどうかしたのかしら?」
「ス、スケ……。まぁあちらの世界での俗語だ」
「へぇ」
「魔人様は博識ですわね。んっ」
シェラの柔らかい双丘が、フォルトの後頭部を刺激する。
毎度のことながら、彼女のそれはフィット感が良い。身内の中では大きめなので、後頭部がよく沈むのだ。
「とにかく、俺は町に出る!」
「分かったわあ。でも、私たちは部屋で休んでおくわねえ」
「なぜだ?」
「いま外の出ると、人間を襲っちゃうかもね」
「おいおい」
「あはっ! 冗談よお」
マリアンデールとルリシオンの顔は、赤く上気してるように見える。
おそらくは、レイバン男爵の件を思い出しているのだろう。姉妹にとってはストレス発散になったが、それだけにまた暴れたいのかもしれない。
「サディスティックだな」
「ふふっ。褒め言葉として受け取っておくわ」
「なら、シェラも居残りか」
「ですわね。人間は嫌いです」
「そうだったな。では、誰を連れていくか」
ここまで会話したところで、部屋の扉がノックされた。
どうやら、食事の準備が整ったようだ。バグバットの執事が迎えにきたので、フォルトたちは部屋を出る。
以降は人間組と合流して、一緒に食堂に向かう。テーブルの上には豪勢な料理が用意されており、歓迎されているのが分かった。
そして魔人と吸血鬼の真祖は再会を祝して、ワインを酌み交わすのだった。
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