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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十一章 それぞれの拠点
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アルバハード再び1

 応接室に通されたフォルトたちは、デルヴィ侯爵と面会していた。

 とても豪華な部屋で、王宮の貴賓室よりも立派な造りである。だが成金趣味が全開で、それを隠そうともしていなかった。


其方そのほうからワシに会いに来るとは、な」

「近くを通ったので寄らせてもらった」

「ほう。ようこそワシの領地へ。と歓迎したいところだが……」


 デルヴィ侯爵は怪訝けげんな表情で、フォルトを観察している。

 蛇のような目でにらまれ、その真意は測りかねた。線の細いじい様なのだが、妙に圧迫感を覚える。

 これが、権力者の風格というものかもしれない。


「其方のことは色々と聞いておるが、まさか森から出るとは思わなかったぞ」

「引き籠っているとやれないこともあるのですよ」

「国境を越えたいと、そういうことだな?」

「………………」


(話が早い。だが、あの一言でよく分かったな。やはり侮れない爺様だ。リリエラに対する悪行を知っているから、素直に尊敬できないけどな)


 エウィ王国を出るとは、一言も伝えていない。言い回し的には、侯爵領内に用事があると思うのが普通だろう。

 デルヴィ侯爵が現在の地位を築けているのは、この鋭い洞察力のおかげか。表面的な部分はもちろん、裏に隠された物事を見通していた。

 その洞察力に年齢や経験に裏打ちされた思考能力を合わせると、フォルトの真意など簡単に見抜いてくる。


「其方の懸念は分かっておる。まだ下の者には周知しておらぬ」

「ですか」

「出国について、陛下は知っておるのか?」

「うーん。グリムの爺さんが伝えていると思うが……」

「ソフィア嬢?」

「フォルト様の仰るとおりです」


 出国する条件として、レイバン男爵を捕縛した。

 ついでに新興の裏組織「蜂の巣」をほぼ壊滅させたので、いまさら駄目と言われても困る。またその条件とは別に、定期連絡を含めることで許可をとったのだ。

 フォルトたちなら簡単に行えるので、何も問題は無かった。


「ふむ。グリムが責任を持つならば良いだろう」

「では?」

「国境を素通りさせるのは構わぬ」

「ありがとうございます」

「しかし……」


(きた。もちろん、タダで通れるとは思っていない。何かしらの条件が出されるだろうと考えてはいた。さて、何を言われることやら……)


 相手が貴族ならば、見返りを求められるのは当然だ。家族ですら捨てられる非情さがあるので、無償の奉仕などは絶対にしない。

 元貴族令嬢レイナスは、それをする相手なら恐くないと言っていた。


「其方の実力を確認したい」

「え?」

「其方の強さは、風聞でしか伝わっておらぬ」

「何をどう見せれば良いのやら……」

「この場で大爆発は困るがのう」

「あ……」

「フォルト様。やろうとしましたわね?」


 デルヴィ侯爵とレイナスが鋭い。

 それほどまでに実力を見たいなら、「応接室の壁に向かって爆裂系魔法を撃ち込めば」と考えてしまった。まったく、本当によく分かるものだと感心する。

 フォルトは困った表情で、先日の件を伝えた。


「実力と言ってもな。レイバン男爵を捕らえた、では駄目か?」

「ほう。男爵に落ち度でもあったのか?」

「麻薬の栽培だな」

「麻薬だと?」

「そうだ。畑も裏組織も潰しておいた」

「それは大義であった。だが、ワシが知りたい実力ではない」

「ふーん」


 フォルトとしては、デルヴィ侯爵が悔しがると思っていた。

 シルビアとドボからの報告で、金づるにしていると考えていたからだ。とはいえ侯爵は表情を変えずに、「裏組織とは無関係」と言いたげだった。

 確たる証拠は無いので、別にどちらでも良いが……。


「では、大陸の南に棲息せいそくしている竜を討伐してこい」

「あ……。面倒だし遠い。俺に竜退治は無理だ!」

「何だと?」

「しかも反対方向だ」

「ワシの命令が聞けぬとは、な」

「偉いのかもしれないが、俺には関係無い」


 金と権力の化け物と言っても、フォルトにとってはどちらも不要。

 そもそもデルヴィ侯爵に対しては、上位の人間とすら思っていない。国王のエインリッヒ九世も同様で、人間社会を知っているから穏便に対応しているのだ。

 実力行使に出るようなら、相応の対応に変わるだけだった。


「反対方向だと……。其方が向かうのはアルバハードだな?」

「よく分かるな」

「引き籠りの其方が向かうのだ。一度行った場所しかあるまい」

「………………」

「ならば、ワシの下に付け!」

「はい?」

「悪いようにはせぬ。其方のためにもなろう」

「どういうことだ?」

「ワシが後ろ盾になってやる。金や女も用意してやるぞ?」

「あ……。悪いが断らせてもらう」


(女は間に合っているし、十分に満足している。金も要らない。やはり考えることが悪代官だな。そのうち誰かに成敗されるぞ?)


 額に眉を寄せたフォルトは、とある時代劇を思い出してしまう。自分で成敗をするつもりは無いが、バッサバッサと斬り倒される場面を脳裏に浮かべる。

 ともあれ、会話は終了にならない。


「理解しておったが、欲が無いとはな」

「あることはある」

「ほう。言ってみろ」

「放っておいてもらいたい」

「誰にも邪魔されない平穏を求めるか?」

「俺は自堕落なのですよ」

「だが、そうも言っておられぬぞ」

「え?」

「其方はすでに、国内外から注目されておる」

「うぐっ!」

「ローゼンクロイツ家を名乗り、皇帝に喧嘩けんかを売りおって……」

「喧嘩を売ったわけではない!」

「ソフィア嬢がおるのだ。勇魔戦争を知らぬわけではあるまい?」


 皇帝ソルとの対話を、「挑発」と思われても困る。だがローゼンクロイツ家は魔族の貴族なので、そのように受け取られても仕方ないか。

 事実、デルヴィ侯爵から指摘されている。エウィ王国の侯爵がそう思うなら、ソル帝国の重鎮はもっと意識しているだろう。

 それだけにバツが悪い。


「どうだ? グリムには無理だが、ワシなら何とかしてやれるぞ」

「その代わり手足になれと?」

「近いが違う」

「え?」

「ワシもローゼンクロイツ家を敵に回すほど馬鹿ではない」

「ふーん」

「ワシからの依頼をこなせば良いぞ」


 またこのパターンかと、フォルトは苦笑いを浮かべる。

 国王のエインリッヒ九世ですら、デルヴィ侯爵と同様のことを言っていた。自分たちでこなせない仕事が、そんなにもあるのかと思ってしまう。


「だが断る!」

「ぬぅ」

「俺は仕事をしないと決めている」


 何度も思う。本当に何度でも。自給自足ができるほどの力を得ているのに、わざわざ仕事をしたい奴がいるのかと……。

 もちろん、趣味や遊びの結果が仕事になる場合もあるだろう。社会に貢献するなどといった殊勝な考えを持つ者もいるかもしれない。だがフォルトは、率先して仕事をしたいとは考えられない。

 寝室で寝ているほうが幸せである。


「それだと、国境を越えさせるわけにはいかぬのだが?」

「あ……。そうだったな」

「馬鹿者。人にものを頼むなら対価を支払え」

「ですよね」

「まったく。子供に言い聞かせているようだぞ」


(デルヴィ侯爵は、こんな奴だったか? いや。馬鹿らしくなっただけか。いかんいかん。悪人がちょっと良いことをすると、善人に見えるだけだ)


 デルヴィ侯爵の表情は変わらない。

 何を考えているのか、フォルトは素人なので分からない。とはいえ、「対価を支払え」という話は理解できる。しかも、金銭を要求するつもりは無いようだ。

 侯爵は、実力を確認したいと言っていた。

 おそらく依頼の成果を以って、今後の扱いを決めたいのだろう。


「では、あまり負担にならない依頼を頼む。負担にならない依頼だぞ?」

「二回も言わなくて良い。ならば、闘技場で扱う魔物を集めろ」

「はい?」

「其方が闘技場の建設を提案したのだ。使いたいのではないのか?」

「ま、まあな」

「何も人間同士の戦いだけが闘技場ではないぞ」

「そうだが……」


 闘技場という言葉に、フォルトは少し興味が湧いた。

 あちらの世界の闘技場でも、牛や虎といった獣が対戦相手となっている。闘牛場という対牛専用の競技場もあるぐらいだ。

 そうなると、依頼の趣旨も理解できる。

 魔物に対する知識欲にも駆られて、詳しく聞いてみたくなった。


「人間が勝てねば意味が無い。そこそこの魔物で良いぞ」

「ふーん。ゴブリンやオークは?」

「いても良いが弱すぎるな」

「オーガは?」

「そのあたりは欲しいが、人型以外も需要はあるぞ?」

「バジリスクとか……」

「駄目だ! 石化対策が無いと、一方的に終わってしまうではないか」

「なるほど。理解した」

「どうだ? エウィ王国から出るなら、珍しい魔物もおるだろう」


 目の付け所はさすがである。

 グリムから聞いているが、デルヴィ侯爵は闘技場の利権を持っている。だからこそ多種多様な魔物を集めて、観客を盛り上げたいと考えたのだろう。

 フォルトは身内のレベル上げのために、魔物を狩ることも目的としていた。ならばそのついでに、何体かは確保できるかもしれない。

 とりあえず依頼人が悪代官なので、レイナスとソフィアに意見を求めた。


「レイナスはどう思う?」

「良いと思われますわ」

「ソフィアは?」

「フォルト様のお好きに……」


 実際に魔物を狩る二人は、デルヴィ侯爵からの依頼に前向きだ。

 ここで拒否したら、国境を越えるための対価が支払えない。もっと面倒臭い内容になると困るので、一石二鳥となるなら受け入れたほうが良いか。

 しゃくと言えば癪だが、背に腹は代えられない。


「受けてもいいが、魔物の管理はどうするのだ?」

「こちらでやる。奴隷紋を施すから暴れないようにして送れ」

「分かった。仕事ではないがな!」

「何だと?」


 フォルトは仕事をしないと、デルヴィ侯爵に宣言した。

 そう。これを仕事にしてはいけない。身内のレベル上げと知識欲のついでに、たまたま魔物を捕獲するだけなのだ。

 こうでも言っておかないと、侯爵に負けた気がする。


「やれやれだな。そう考えるのは其方の勝手だ」

「だが、何日も置いておけないぞ。魔物の引き取りは?」

「ふむ。では、担当者を決めておこう」

「魔物を引き取りに来るときは、領主のバグバットを通してくれ」

「バグバット殿、だと? ふむ……。それでよかろう」


 これで決まりだ。

 国境を越えるための対価は、たまたま捕縛した魔物を提供することで合意した。以降は国境の通行証を発行してもらって、デルヴィ侯爵の屋敷を出る。

 そしてフォルトは、腕を組んで考え込んだ。


(しかし、腹には何物もありそうな化け物だな)


 デルヴィ侯爵との面会を終えて、フォルトは三つほど危惧を抱いていた。

 一つ目は、あっさりと終わったこと。

 ソフィアに対する執着が見られず、国境の通過も簡単に認めた。国法では異世界人を国外に出さないのに、だ。グリムの責任ならと言っていたが、侯爵の立場だとそれだけで済まされる話でもないだろう。

 二つ目は、応接室の下と隣の部屋に人間が配置されていたこと。

 おそらくは暗殺者だと思われるが、最後まで動いていない。侯爵の身辺警護と思えば納得できるとはいえ、話の内容次第では襲ってきたか。であれば、侯爵はこちらの殺害を視野に入れていたことになる。

 そして最後は、バグバットの名前を出したときに表情が変わったこと。

 ほんの一瞬だったが、口角を上げていたように思える。一番不気味だった瞬間で、思わず体を震わせそうになった。


「とにかく国境を越えられるのだ。ソフィア、レイナス。行くぞ!」

「「はいっ!」」


 フォルトたちは馬車に乗って、デルヴィ侯爵の屋敷を後にした。

 それにしても、まるで城のような屋敷で驚いたものだ。侯爵という地位を考えてれば当然かもしれないが、昇爵したときに建てたわけではないだろう。

 金と権力を最大限に誇示しており、住む世界が違うと改めて感じる。

 ともあれ待機中の者たちと合流して、アルバハードに向かうのだった。

Copyright©2021-特攻君

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