表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十一章 それぞれの拠点
149/192

寄り道2

 クラックス村の隠された栽培地には、五十人前後の男女が集まっていた。

 この場所は立入禁止としてあるので、村人は誰も寄りつかない。また集められた者たちを見ると、薄汚い格好をして泥まみれの状態だった。

 彼らを前にレイバン男爵は、渋い表情を浮かべる。


「レイバン男爵様! みんなを集めましたぜ」

「ガマスよ。もう少し何とかならんかったのか?」

「今まで作業中でしたので……」

「それは分かっているがな」

「ほら。一生懸命やっている姿を見せられますぜ?」

「そうか?」

「まぁまぁ。小奇麗にしても貴族様から見れば、みんな同じですよ!」

「かもしれぬな」


 ガマスと呼ばれた男性が、レイバン男爵の近くでニヤニヤと笑っている。

 集まった男女のリーダー格で、栽培地を取り仕切っている人物だ。大柄のうえ、筋肉が盛り上がっている。

 その太い腕なら、人間の首など簡単に折れそうだった。


「何やら褒美をくれるって話でしたか?」

「あぁそう言われている」

うれしいねぇ。一人一人に手渡すなんていきな計らいだぜ!」

「村に直接来られたからな。期待しても良いのではないか?」

「へへ。仕事に精が出るってもんでさぁ」

「その仕事だが……。順調なのか?」

「もちろんですぜ! もうすぐ収穫して流せると思いますよ」

「そうか」

「おっと男爵様。馬車が来たようですぜ」


 二人で会話していると、馬車が近づいてくる。

 このあたりでは見られない豪勢な馬車だ。ガマスはレイバン男爵から離れて、後ろで待機してる男女の所に戻った。

 それを確認したレイバン男爵は、デルヴィ侯爵を出迎える。


「侯爵様。お待ちしておりました」

「あらあ。到着したようよお」

「誰だ?」

「侯爵様のお付きよお。道を空けなさいねえ」

「あ……。これは失礼しました」


 馬車から降りてきたのは、ゴシック調の可愛い黒服を着た女性だ。

 れ惚れする容姿だが、それに現を抜かしている場合ではない。女性の後ろに、白髪の老人を確認したからだ。


「いいのよお。ほら、侯爵様が馬車から降りられるわあ」

「は、ははっ!」


 そしてレイバン男爵が畏まっていると、更に二人の男女も降りてきた。

 一人は、先ほどの女性と似たような服装の少女。もう一人は、吸血鬼のような格好をした中年である。

 侯爵ほどの者が一人で訪れるわけがないので、男爵は不思議に思わなかった。


「着いたか?」

「指示通りに人間を集めたようね」

「ふーん。あれで全員か?」

「どうなのだ男爵?」


 レイバン男爵は、中年男性に促されたデルヴィ侯爵に問いかけられた。だがそのおかしさに気付けず、失礼が無いように頭を下げる。

 もちろんうそなど言えないので、男爵は本当のことを伝えた。


「はい! 全員でございます!」

其方そのほう、まさか隠し立てをしておらぬな?」

「隠すなどと……。私は侯爵様のためなら何でもやりますぞ!」

「そうか。良い心掛けだな」

「ははっ!」


 少し褒められたからと安心はできない。

 ガマスたちに失礼があっても、レイバン男爵が責任を取らされる。ならばと姿勢を正して後ろを振り向くと、彼らも緊張しているか直立不動だった。

 ただし、遠くから見ても身形が悪すぎる。

 全員がボロボロの布服を着て、髪も手入れをしておらずボサボサである。また体中に泥が付いていたりと、やはりどう見ても汚らしい。仕事に臨む姿勢というアピールは、さすがに無理がありそうだ。

 それでも今更なので、恐る恐るデルヴィ侯爵の顔色をうかがうのだった。



◇◇◇◇



 レイバン男爵の内心など知らないフォルトは、ゆっくりと周囲を見渡す。

 掘っ立て小屋が何軒か建っており、その奥が目的の場所だと思われる。従事している者は全員が集められているらしく、予定通りに事が進んでいた。

 そして、行動して良いかを迷う。


(さて。方法は問わないとグリムのじいさんからは言われているが……。まぁこういうのは経験しておかないとな。いざという時は躊躇ちゅうちょできないし……)


 今回の件は、フォルトの気構えを正すためでもある。ローゼンクロイツ家当主として、自らの決断に責任を持てるようにするのだ。

 たとえそれが、独善的なものだとしても……。


「フォルトぉ。どうするのお?」

「そうだな。ルリ、行動を開始しろ」

「いいわよお。じゃあ死んでねえ」

「え?」


 デルヴィ侯爵の後ろから、『隠蔽いんぺい』スキルで角を隠したルリシオンが前に出る。続けて満面の笑みを浮かべながら、得意な魔法を発動した。

 レイバン男爵は、それを口をポカンと開けながら眺めている。

 無理もない。普通の日常から、一瞬にして非日常に変わったのだ。



【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】



 ルリシオンの弾ける火弾が、この場に集まっていた男女の中央で炸裂さくれつした。また爆発音と重なるように、何人もの人間が吹き飛ばされる。

 その光景を、フォルトは目を逸らさずに受け入れた。


「「ぎゃあああっ!」」


 中央の人間は直撃を受けたので、声も出せずに肉片となって燃えた。周囲にいた人間は爆心地に近いほど、重傷を負って地面に激突する。

 そう。蹂躙じゅうりん劇の始まりだった。


「あはっ! 叫び声が最高だわあ。燃えなさあい。あはははっ!」

「いいな。ルリちゃんばっかり……」

「マリも行動を開始していいぞ?」

「いいのね。じゃあ……」



【グラビティ・プレス/重力圧】



 うめき声を上げて地面に倒れている男女に、今度はマリアンデールの魔法が発動する。上空に黒い球体を浮かべて、強力な重力を発生させた。

 彼女もルリシオンと同様に、残忍な笑みを浮かべている。


「ぐぎゃ!」

「ぶぺっ!」

「潰れちゃう? 潰れちゃうわ!」


 マリアンデールは手加減をせずに、球体の下にいた人間を地面に圧し潰した。文字通りにベシャンコに潰された人間は、まるでせんべえのようだ。

 体内から飛び出た内臓も、血だまりに変わっていく。


「テメエ! 何してやがる!」

「あら。強そうなのがいるわね。名前を聞いてあげるわ」

「ガマスだ! テメエら、何してっか分かってんのか!」


 マリアンデールの前に、ガマスと名乗った大柄な男性が立ち塞がった。

 武器を所持していないが、デルヴィ侯爵と会うのだから持ち込めるわけがない。しかしながら、あの太い腕は脅威である。

 小柄な女性の首など簡単に折ることができるだろう。

 ただしそれは相手が普通の人間が相手なら、だ。


「テメエを人質にして……」

「無駄なことをしないで死ねば?」

「チビがっ! 大人しく捕まりなあ!」


 ガマスが太い腕を振り上げて、マリアンデールを捕まえようとする。

 この場は魔族の姉妹に任せているフォルトは、腕を組んで結果を見守った。


「誰がチビですってえ!」

「なっ!」


 額に青筋を浮かべたマリアンデールは、ガマスの懐に潜り込む。

 次に右腕を後ろに引いて、分厚そうな腹に手刀を突き入れた。普通であれば、女性の細い指などへし折れるだろう。

 もちろん、相手が悪かったと言わざるを得ない。


「ぐはっ! うぐぐぐぐっ!」

「この程度も避けられないなんて……。ただの木偶の坊だったようね」

「ぐぼぁ!」


 マリアンデールは手刀を更にねじ込んで、ガマスの体内から内臓を引きずり出す。同時に後方に飛び退いて、一瞬のうちに距離をとった。

 大量の返り血を浴びたくなかったのだろう。

 それでも手刀を体内に入れたので、腕が血で汚れてしまったが……。

 これが、〈狂乱の女王〉の一端か。魔法を使わずに体術でトドメを刺すあたり、彼女の性格が分かろうというものだ。


「人間風情がっ! 私にめた口を利くからそうなるのよ」


 絶命したガマスは、うつ伏せに倒れ込む。

 それを見るマリアンデールの目は、とても冷ややかだった。


「な、何が……。デ、デルヴィ侯爵様!」

「どうした男爵?」


 レイバン男爵の前では、魔族の姉妹による惨殺が行われているのだ。

 その恐ろしさに耐えかねたのか、デルヴィ侯爵の近くに駆け寄ってひざまずいた。言うまでもなくその間も、姉妹は生き残っている人間を蹂躙している。

 周囲には爆発音と悲鳴が木霊して、地面に広がった血だまりは増えていく。


「な、何ですか! 何ですかアレは! 何がいったい!」

「主様。いかがいたしましょうか?」

「侯爵様! そんな男と話していないで止めてください!」


 レイバン男爵の言葉を聞いて、デルヴィ侯爵は突如として振り返る。

 それから蛇のような目をり上げて、男爵に顔を近づけた。


「そんな男、だと? ギイイイィィィイイイ!」

「ひっ!」

「待て待てクウ。殺すな」

「ギッ。畏まりました」


 この場にいるデルヴィ侯爵は、フォルトの眷属けんぞくクウが化けた姿である。

 そして、ドッペルゲンガーの基本的な攻撃方法は不意打ちだ。相手が背を向ける、または元の姿に戻って驚いた瞬間に襲いかかる。にもかかわらず、今は侯爵の姿から戻っていない。

 主であるフォルトを軽く扱われて怒ったのだろう。

 侯爵の奇声に恐怖を覚えたレイバン男爵は、頭を抱えて地面に額を付けている。見事な土下座だが、それほどまでに凄まじい形相だったか。

 こちら側から見られなかったのは残念だ。


「レイバン男爵殿?」

「ひいぃ!」

「あぁ……。お前は殺さないから安心しろ」


(そうは言っても、ガタガタと震えているな。まぁ無理もないか。マリとルリは楽しそうだから、それは何よりなのだが……)


 この状況で、「安心しろ」と言っても無理だろう。

 マリアンデールとルリシオンは、一人も逃がすつもりはない。しかも姉妹から逃げようとする人間を、真っ先に殺害している。

 そういう指示を与えたのはフォルトだが、きっと言わなくても変わらないか。


「何なのだお前は!」

「俺か? 男爵殿が会いたがっていた異世界人だ」

「なんだと!」

「グリムの爺さんに頼まれてな。ここで栽培している麻薬を焼きにきた」

「ふざけるな! 何なのだ! 何の話だ!」


 知りたいことは伝えたはずだが、レイバン男爵は混乱しているようだ。

 フォルトは頭をかきながら、「何度も言わせるな」と思う。とはいえ、男爵だけは捕縛するようにも頼まれていた。


「俺はフォルト・ローゼンクロイツ。宮廷魔術師グリムの客将だぞ?」

「グ、グリム様の客将だと?」

「聞いていないか? すぐに伝わったと思っていたが……」

「き、聞いてはいる。しかし……」

「ならば話は早い。男爵殿を拘束させてもらうぞ?」

「に、逃げっ!」

「られるわけがないだろう?」



【ホールド/拘束】



 フォルトは魔法を使って、レイバン男爵を拘束した。

 この魔法を使われると、まるで体が縛られたように動けなくなるのだ。抵抗することは可能だが、所詮は物理的・魔法的な力を持たない貴族である。

 男爵は立ち上がろうとしていたので、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。

 顔から突っ込んでおり、非常に痛そうだ。


「ぐっ!」

「鼻から血が出ているが……。まぁ諦めろ」

「うぅぅ」

「うめき声ぐらいしか出せないか。クウよ」

「はい主様」

「縛って馬車の近くに放り投げておけ」

「畏まりました」


 ドッペルデルヴィのクウは馬車に戻り、移動中に用意しておいたロープを持ってくる。以降はグルグルと、レイバン男爵を縛り上げた。

 魔法には効果時間があるので、こういった作業は必要である。


「ぐぅぅ!」

「そうそう。このデルヴィ侯爵が言っていた話は本当だからな?」

「ぐ?」

「アルバハードで会っている。もう気にしなくていいぞ」

「うぅぅ」

「まぁ引き渡す奴が来るまでは大人しくしておけ」

「ううっ!」


 縛り上げられたレイバン男爵を、クウが馬車の近くまで運ぶ。傍から見ると小太りの中年を、老人が持ち上げている状態だ。

 何とも滑稽こっけいだった。


「終わったわあ」

「やっぱりいいわね。人間が潰れる感じ……。ゾクゾクしちゃうわ」

「ははっ。少しはストレスの発散ができたか?」

「そうねえ。不意打ちでやったから物足りないわあ」

「逃げ惑う人間を殺すのがいいのよ」


(マリとルリは、人間が相手だと物凄く残忍だな。蹂躙しているところを見たのは初めてだが、戦争のときも同じような感じだったのか?)


 不意打ちに近かったので、マリアンデールは時空系魔法を使っていない。にもかかわらず一人も残さず殺し尽くすあたり、フォルトは末恐ろしいものを感じた。

 今のリリエラには見せられない状況だ。


「マリの服が汚れてないか?」

「強そうなのがいてね。でも見かけ倒しだったわ」

「ふーん。着替える?」

「ふふっ。そうしたいけどムードが無いわね」

「ははっ。それに魔法の服だしな」


 姉妹の服も魔法の服だ。放っておけば汚れは落ちて、シワも無くなる。

 魔法とは、かくもすばらしきかな。


「さてと。麻薬畑を燃やさないとな」

「そうねえ。私がやってくるわあ」

「頼む。もうギブアップ」

「早いわね。そんなにも外に出るのは嫌かしら?」


(色の付いたタイマーを思い出すな。どうにも嫌になってくる。もう世界が違うのだから、この引き籠りの体質も改めないとなあ)


 活き活きしている姉妹を見て、フォルトは再び思う。

 やはり森に引き籠ると、彼女たちのためにならないと……。

 また日本では、引き籠りを脱した人間が多く存在した。改善するのには何年も必要だろうが、絶対に治せないということはない。

 そんなことを考えながら、馬車の中に戻るのだった。

Copyright©2021-特攻君

感想・評価・ブックマークを付けてくださっている読者様、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ