寄り道2
クラックス村の隠された栽培地には、五十人前後の男女が集まっていた。
この場所は立入禁止としてあるので、村人は誰も寄りつかない。また集められた者たちを見ると、薄汚い格好をして泥まみれの状態だった。
彼らを前にレイバン男爵は、渋い表情を浮かべる。
「レイバン男爵様! みんなを集めましたぜ」
「ガマスよ。もう少し何とかならんかったのか?」
「今まで作業中でしたので……」
「それは分かっているがな」
「ほら。一生懸命やっている姿を見せられますぜ?」
「そうか?」
「まぁまぁ。小奇麗にしても貴族様から見れば、みんな同じですよ!」
「かもしれぬな」
ガマスと呼ばれた男性が、レイバン男爵の近くでニヤニヤと笑っている。
集まった男女のリーダー格で、栽培地を取り仕切っている人物だ。大柄のうえ、筋肉が盛り上がっている。
その太い腕なら、人間の首など簡単に折れそうだった。
「何やら褒美をくれるって話でしたか?」
「あぁそう言われている」
「嬉しいねぇ。一人一人に手渡すなんて粋な計らいだぜ!」
「村に直接来られたからな。期待しても良いのではないか?」
「へへ。仕事に精が出るってもんでさぁ」
「その仕事だが……。順調なのか?」
「もちろんですぜ! もうすぐ収穫して流せると思いますよ」
「そうか」
「おっと男爵様。馬車が来たようですぜ」
二人で会話していると、馬車が近づいてくる。
このあたりでは見られない豪勢な馬車だ。ガマスはレイバン男爵から離れて、後ろで待機してる男女の所に戻った。
それを確認したレイバン男爵は、デルヴィ侯爵を出迎える。
「侯爵様。お待ちしておりました」
「あらあ。到着したようよお」
「誰だ?」
「侯爵様のお付きよお。道を空けなさいねえ」
「あ……。これは失礼しました」
馬車から降りてきたのは、ゴシック調の可愛い黒服を着た女性だ。
惚れ惚れする容姿だが、それに現を抜かしている場合ではない。女性の後ろに、白髪の老人を確認したからだ。
「いいのよお。ほら、侯爵様が馬車から降りられるわあ」
「は、ははっ!」
そしてレイバン男爵が畏まっていると、更に二人の男女も降りてきた。
一人は、先ほどの女性と似たような服装の少女。もう一人は、吸血鬼のような格好をした中年である。
侯爵ほどの者が一人で訪れるわけがないので、男爵は不思議に思わなかった。
「着いたか?」
「指示通りに人間を集めたようね」
「ふーん。あれで全員か?」
「どうなのだ男爵?」
レイバン男爵は、中年男性に促されたデルヴィ侯爵に問いかけられた。だがそのおかしさに気付けず、失礼が無いように頭を下げる。
もちろん嘘など言えないので、男爵は本当のことを伝えた。
「はい! 全員でございます!」
「其方、まさか隠し立てをしておらぬな?」
「隠すなどと……。私は侯爵様のためなら何でもやりますぞ!」
「そうか。良い心掛けだな」
「ははっ!」
少し褒められたからと安心はできない。
ガマスたちに失礼があっても、レイバン男爵が責任を取らされる。ならばと姿勢を正して後ろを振り向くと、彼らも緊張しているか直立不動だった。
ただし、遠くから見ても身形が悪すぎる。
全員がボロボロの布服を着て、髪も手入れをしておらずボサボサである。また体中に泥が付いていたりと、やはりどう見ても汚らしい。仕事に臨む姿勢というアピールは、さすがに無理がありそうだ。
それでも今更なので、恐る恐るデルヴィ侯爵の顔色を窺うのだった。
◇◇◇◇
レイバン男爵の内心など知らないフォルトは、ゆっくりと周囲を見渡す。
掘っ立て小屋が何軒か建っており、その奥が目的の場所だと思われる。従事している者は全員が集められているらしく、予定通りに事が進んでいた。
そして、行動して良いかを迷う。
(さて。方法は問わないとグリムの爺さんからは言われているが……。まぁこういうのは経験しておかないとな。いざという時は躊躇できないし……)
今回の件は、フォルトの気構えを正すためでもある。ローゼンクロイツ家当主として、自らの決断に責任を持てるようにするのだ。
たとえそれが、独善的なものだとしても……。
「フォルトぉ。どうするのお?」
「そうだな。ルリ、行動を開始しろ」
「いいわよお。じゃあ死んでねえ」
「え?」
デルヴィ侯爵の後ろから、『隠蔽』スキルで角を隠したルリシオンが前に出る。続けて満面の笑みを浮かべながら、得意な魔法を発動した。
レイバン男爵は、それを口をポカンと開けながら眺めている。
無理もない。普通の日常から、一瞬にして非日常に変わったのだ。
【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】
ルリシオンの弾ける火弾が、この場に集まっていた男女の中央で炸裂した。また爆発音と重なるように、何人もの人間が吹き飛ばされる。
その光景を、フォルトは目を逸らさずに受け入れた。
「「ぎゃあああっ!」」
中央の人間は直撃を受けたので、声も出せずに肉片となって燃えた。周囲にいた人間は爆心地に近いほど、重傷を負って地面に激突する。
そう。蹂躙劇の始まりだった。
「あはっ! 叫び声が最高だわあ。燃えなさあい。あはははっ!」
「いいな。ルリちゃんばっかり……」
「マリも行動を開始していいぞ?」
「いいのね。じゃあ……」
【グラビティ・プレス/重力圧】
うめき声を上げて地面に倒れている男女に、今度はマリアンデールの魔法が発動する。上空に黒い球体を浮かべて、強力な重力を発生させた。
彼女もルリシオンと同様に、残忍な笑みを浮かべている。
「ぐぎゃ!」
「ぶぺっ!」
「潰れちゃう? 潰れちゃうわ!」
マリアンデールは手加減をせずに、球体の下にいた人間を地面に圧し潰した。文字通りにベシャンコに潰された人間は、まるでせんべえのようだ。
体内から飛び出た内臓も、血だまりに変わっていく。
「テメエ! 何してやがる!」
「あら。強そうなのがいるわね。名前を聞いてあげるわ」
「ガマスだ! テメエら、何してっか分かってんのか!」
マリアンデールの前に、ガマスと名乗った大柄な男性が立ち塞がった。
武器を所持していないが、デルヴィ侯爵と会うのだから持ち込めるわけがない。しかしながら、あの太い腕は脅威である。
小柄な女性の首など簡単に折ることができるだろう。
ただしそれは相手が普通の人間が相手なら、だ。
「テメエを人質にして……」
「無駄なことをしないで死ねば?」
「チビがっ! 大人しく捕まりなあ!」
ガマスが太い腕を振り上げて、マリアンデールを捕まえようとする。
この場は魔族の姉妹に任せているフォルトは、腕を組んで結果を見守った。
「誰がチビですってえ!」
「なっ!」
額に青筋を浮かべたマリアンデールは、ガマスの懐に潜り込む。
次に右腕を後ろに引いて、分厚そうな腹に手刀を突き入れた。普通であれば、女性の細い指などへし折れるだろう。
もちろん、相手が悪かったと言わざるを得ない。
「ぐはっ! うぐぐぐぐっ!」
「この程度も避けられないなんて……。ただの木偶の坊だったようね」
「ぐぼぁ!」
マリアンデールは手刀を更にねじ込んで、ガマスの体内から内臓を引きずり出す。同時に後方に飛び退いて、一瞬のうちに距離をとった。
大量の返り血を浴びたくなかったのだろう。
それでも手刀を体内に入れたので、腕が血で汚れてしまったが……。
これが、〈狂乱の女王〉の一端か。魔法を使わずに体術でトドメを刺すあたり、彼女の性格が分かろうというものだ。
「人間風情がっ! 私に舐めた口を利くからそうなるのよ」
絶命したガマスは、うつ伏せに倒れ込む。
それを見るマリアンデールの目は、とても冷ややかだった。
「な、何が……。デ、デルヴィ侯爵様!」
「どうした男爵?」
レイバン男爵の前では、魔族の姉妹による惨殺が行われているのだ。
その恐ろしさに耐えかねたのか、デルヴィ侯爵の近くに駆け寄って跪いた。言うまでもなくその間も、姉妹は生き残っている人間を蹂躙している。
周囲には爆発音と悲鳴が木霊して、地面に広がった血だまりは増えていく。
「な、何ですか! 何ですかアレは! 何がいったい!」
「主様。いかがいたしましょうか?」
「侯爵様! そんな男と話していないで止めてください!」
レイバン男爵の言葉を聞いて、デルヴィ侯爵は突如として振り返る。
それから蛇のような目を吊り上げて、男爵に顔を近づけた。
「そんな男、だと? ギイイイィィィイイイ!」
「ひっ!」
「待て待てクウ。殺すな」
「ギッ。畏まりました」
この場にいるデルヴィ侯爵は、フォルトの眷属クウが化けた姿である。
そして、ドッペルゲンガーの基本的な攻撃方法は不意打ちだ。相手が背を向ける、または元の姿に戻って驚いた瞬間に襲いかかる。にもかかわらず、今は侯爵の姿から戻っていない。
主であるフォルトを軽く扱われて怒ったのだろう。
侯爵の奇声に恐怖を覚えたレイバン男爵は、頭を抱えて地面に額を付けている。見事な土下座だが、それほどまでに凄まじい形相だったか。
こちら側から見られなかったのは残念だ。
「レイバン男爵殿?」
「ひいぃ!」
「あぁ……。お前は殺さないから安心しろ」
(そうは言っても、ガタガタと震えているな。まぁ無理もないか。マリとルリは楽しそうだから、それは何よりなのだが……)
この状況で、「安心しろ」と言っても無理だろう。
マリアンデールとルリシオンは、一人も逃がすつもりはない。しかも姉妹から逃げようとする人間を、真っ先に殺害している。
そういう指示を与えたのはフォルトだが、きっと言わなくても変わらないか。
「何なのだお前は!」
「俺か? 男爵殿が会いたがっていた異世界人だ」
「なんだと!」
「グリムの爺さんに頼まれてな。ここで栽培している麻薬を焼きにきた」
「ふざけるな! 何なのだ! 何の話だ!」
知りたいことは伝えたはずだが、レイバン男爵は混乱しているようだ。
フォルトは頭をかきながら、「何度も言わせるな」と思う。とはいえ、男爵だけは捕縛するようにも頼まれていた。
「俺はフォルト・ローゼンクロイツ。宮廷魔術師グリムの客将だぞ?」
「グ、グリム様の客将だと?」
「聞いていないか? すぐに伝わったと思っていたが……」
「き、聞いてはいる。しかし……」
「ならば話は早い。男爵殿を拘束させてもらうぞ?」
「に、逃げっ!」
「られるわけがないだろう?」
【ホールド/拘束】
フォルトは魔法を使って、レイバン男爵を拘束した。
この魔法を使われると、まるで体が縛られたように動けなくなるのだ。抵抗することは可能だが、所詮は物理的・魔法的な力を持たない貴族である。
男爵は立ち上がろうとしていたので、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。
顔から突っ込んでおり、非常に痛そうだ。
「ぐっ!」
「鼻から血が出ているが……。まぁ諦めろ」
「うぅぅ」
「うめき声ぐらいしか出せないか。クウよ」
「はい主様」
「縛って馬車の近くに放り投げておけ」
「畏まりました」
ドッペルデルヴィのクウは馬車に戻り、移動中に用意しておいたロープを持ってくる。以降はグルグルと、レイバン男爵を縛り上げた。
魔法には効果時間があるので、こういった作業は必要である。
「ぐぅぅ!」
「そうそう。このデルヴィ侯爵が言っていた話は本当だからな?」
「ぐ?」
「アルバハードで会っている。もう気にしなくていいぞ」
「うぅぅ」
「まぁ引き渡す奴が来るまでは大人しくしておけ」
「ううっ!」
縛り上げられたレイバン男爵を、クウが馬車の近くまで運ぶ。傍から見ると小太りの中年を、老人が持ち上げている状態だ。
何とも滑稽だった。
「終わったわあ」
「やっぱりいいわね。人間が潰れる感じ……。ゾクゾクしちゃうわ」
「ははっ。少しはストレスの発散ができたか?」
「そうねえ。不意打ちでやったから物足りないわあ」
「逃げ惑う人間を殺すのがいいのよ」
(マリとルリは、人間が相手だと物凄く残忍だな。蹂躙しているところを見たのは初めてだが、戦争のときも同じような感じだったのか?)
不意打ちに近かったので、マリアンデールは時空系魔法を使っていない。にもかかわらず一人も残さず殺し尽くすあたり、フォルトは末恐ろしいものを感じた。
今のリリエラには見せられない状況だ。
「マリの服が汚れてないか?」
「強そうなのがいてね。でも見かけ倒しだったわ」
「ふーん。着替える?」
「ふふっ。そうしたいけどムードが無いわね」
「ははっ。それに魔法の服だしな」
姉妹の服も魔法の服だ。放っておけば汚れは落ちて、シワも無くなる。
魔法とは、かくもすばらしきかな。
「さてと。麻薬畑を燃やさないとな」
「そうねえ。私がやってくるわあ」
「頼む。もうギブアップ」
「早いわね。そんなにも外に出るのは嫌かしら?」
(色の付いたタイマーを思い出すな。どうにも嫌になってくる。もう世界が違うのだから、この引き籠りの体質も改めないとなあ)
活き活きしている姉妹を見て、フォルトは再び思う。
やはり森に引き籠ると、彼女たちのためにならないと……。
また日本では、引き籠りを脱した人間が多く存在した。改善するのには何年も必要だろうが、絶対に治せないということはない。
そんなことを考えながら、馬車の中に戻るのだった。
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