寄り道1
フォルトは身内を引き連れて、双竜山の森から一路アルバハードを目指す。グリム家からは三台の馬車を用意されており、それぞれに乗り込んで出発だ。
旅立ちの前に決定したことは、すでに終わらせている。
「御主人様! 忘れ物はないですかぁ?」
「多分な。もしあったら、ニャンシーに取ってきてもらおう」
「マスター、この馬車に乗っていいんすか?」
「うむ。リリエラには暫くの間、俺の従者をやってもらうからな」
フォルトと同乗する者は、カーミラとリリエラである。
他の馬車にはマリアンデールとルリシオン、シェラが乗る魔族組。もう一台にはレイナスとアーシャ、ソフィアが乗る人間組だ。
「カーミラは膝を貸してくれ」
「はあい!」
馬車は三台とも大型だ。
フォルトは知らないが、シュン率いる勇者候補チームの馬車と同様。八人乗りで、多くの荷物も積み込める。
もちろんグリム家から借りた馬車なので、豪華さは違うが……。
(何のことはない。出発してしまえば、次の目的地まで横になっていればいい。オヤツもあるし馬車も広い。あぁダラけるなあ)
「リリエラよ。キュウリスティックをくれ」
「はいっす!」
「口まで運んでくれ」
「は、はいっす! あーんっす!」
「あーん。ポリポリ」
早速フォルトは自堕落モードになり、リリエラをこき使う。
このまま、馬車で暮らしても構わない気もする。あちらの世界では車上生活の話題もあったが、別にネガティブなイメージは持っていない。
「アルバハードまではどれぐらいで到着するのだ?」
「分かりませーん! 一週間ぐらいじゃないですかぁ?」
「ふーん」
馬車は街道を進んでいる。
そして御者を務めるのは、フォルトが召喚したスケルトンだ。
アンデッドだと知られないように、ボロボロのローブを羽織らせてある。フードも被せているので、ちょっと見ただけでは分からない。
誰かから話しかけられなければ大丈夫だろう。
「一家に一台スケルトン」
「アンデッドは拙くないっすか?」
「問題無い。御者などジロジロと見ないだろう」
「町に入るときはどうするっすか?」
「町に寄らないから平気だ。何が悲しくて人間の町に……」
「そうっすか」
リリエラは不安そうだが、彼女の身になれば分かる。
本来なら町の外は、魔物が徘徊しているので危険なのだ。しかしながら双竜山の森では、ゴブリンがいるのに襲ってこない。屋敷の外にもインプやトレント、中に至ってはブラウニーまでいるが同様だった。
これらは常識からかけ離れており、彼女はまだ慣れていないのだ。
「リリエラは心配性だな」
「森で暮らし始めたばかりですしねぇ」
「うぅぅ」
「そうだミリア」
「………………」
「どうした?」
「マスターは意地悪っす」
「ははっ。済まん済まん。もうこういうのは止めにしよう」
「………………」
時おりフォルトはミリアの名前を口にしては、リリエラを確認していた。
玩具にしてから時間が経過しているので、以前の自分を取り戻しているかもしれない。カーミラの『契約』スキルで縛っているが、まだ楽しませてもらいたい。
(レイナスを調教したときも、何日かは確認したからな。それに……)
リリエラを確認しているのには、もう一つ理由があった。
彼女の妹であるカルメリー王国第二王女のミリエが、次の聖女に選ばれたのだ。もしもクエスト中に出会えば、面倒事になるのは想像に難くない。
ミリアに戻りたいと考えなければ、聖女を見かけても遠ざかるだろう。
「聖女ミリエは……」
「意地悪っす!」
「だったな。ほら。キュウリスティックを食え!」
「はいっす! あーん。ポリポリ」
ペットの犬に餌をあげている感じを覚え、フォルトはホッコリしてしまう。と同時にリリエラの頭を撫でると、顔を俯かせて恥じらうような笑顔を見せた。
ちなみに、犬の頭を撫でたらいけないらしい。
犬からすると、「びっくりした!」と驚くだけなのだそうだ。またそれに併せて舌をペロっと出す仕草をするが、ストレスの貯まった状態との話だった。
撫でて無難なのは背中だ。
「それにしても……」
リリエラの頭から手を離したフォルトは、腕を組んで考える。
グリム家への置き土産について、だ。
ソフィアから尋ねてもらったが、客将としてやってもらいたい案件があるらしい。簡単な――でもないか――内容だったので、先に片付けると決定した。
現在向かってる場所は、レイバン男爵の領地である。
「燃やすならルリでいいか」
「御主人様。本当にやるのですかぁ?」
「駄目か?」
「悪魔的には放っておきたいですねぇ」
「だろうな。でもグリムの爺さんからの頼みだし……」
「えへへ。大丈夫ですよぉ。そこ以外にもありそうでーす!」
「ははっ。一カ所でやるわけがないな」
「はい! 人間は愚かな生き物ですねぇ」
「うむ」
ここまで会話したフォルトは、ふとリリエラの表情を窺った。
レイバン男爵の領地は、デルヴィ侯爵領内にある。場所については、グリムからの手紙に書かれていたので迷うことは無い。
ただし侯爵領は、リリエラにとって最悪の場所である。政略結婚でデルヴィ家に嫁いだ彼女は、その侯爵によってミリアとしての人生を終わらせた。
死ぬ寸前まで凌辱された領地に向かっているのだ。
「リリエラよ。気分はどうだ?」
「馬車酔いはしない体質っす!」
「そうではなく……。いや。酔わないならいい」
「マスターは酔うっすか?」
「俺は魔人になってから、そういうことは無縁だ」
「羨ましいっすね」
リリエラに目的地は伝えてあるが、フォルトが見るかぎり変化は無い。
もう調べなくて良いだろう。
(俺は身内以外を信じないが……。これはやり過ぎか? ゲームキャラだから準身内には違いないが、色々と悪いことをしたな)
「しかし……」
目的地に、数時間で到着するわけではない。
夜は馬が走れないので、馬車を停車させて野営をする。だからこそ陽が沈む前に、御者のスケルトンに命じて街道から外れた。
この行動を繰り返しながら、フォルトたち一行は進んでいく。
そして数日が過ぎた頃に、レイバン男爵の領地が見えてきた。
以降は野営に入ると、ルリシオンやレイナスが食事の準備をする。食材は馬車で運んでいるが、木々の枝などを集めるのは他の身内だ。
もちろんフォルトは、それを眺めているだけの駄目親父だった。双竜山の森から出たことで、身も心もおっさんである。
ともあれ準備が整って、焚火を囲んで夕食の時間を迎えた。
「知らない土地で食べるのもいいものだな」
「魔族狩りから逃げているときは、こんな余裕は無かったけどね」
「ははっ。倒せばいいじゃないか」
「面倒なのよねえ。次から次へと群がってくるわ」
「まぁ数は力だもんな」
「どうしようもないとき以外は、さっさと逃げるべきだわ」
「大規模な魔法は?」
「使うと魔力がねえ。だから追われるほうは大変よお」
マリアンデールとルリシオンから、しみじみと語られた。
軍隊のようにまとまって襲ってくるなら、その場の戦闘で済むので遊べる。しかしながらバラバラと少数で連続して襲われると、魔力が枯渇してしまう。といった事情で勇魔戦争だと遊べたが、魔族狩りでは逃走を選択した。
姉妹は自由気ままに戦っていても、きちんと計算をしているようだ。
(マリとルリは強いのに、なぜ格下の人間から逃げていたのか疑問だったが……。それだとシェラは、もっと大変だったかな)
「なるほどな。シェラは隣に座ってくれ」
「あ、はい」
フォルトは隣に座ったシェラを抱き寄せて、優しく膝枕をしてあげる。
非戦闘員だろうが魔族の彼女も、人間の魔族狩りに追われていたのだ。非常に珍しい光景だが彼女の苦労を察すると、ついつい居た堪れなくなった。
絵面はよろしくないと思いながらも、そのまま料理に手を伸ばす。
「もぐもぐ。ソフィア。明日には到着するよな?」
「はい。ですが私も知らない村でした」
「町じゃないのか」
「フォルト様。レイバン男爵は村の名主だと思われますわ」
「そうなのかレイナス?」
「よくある話ですわよ」
閉鎖的な村だと、村人同士の結束が固い。
そこで村長や名主に爵位の一番低い男爵位を与えて、貴族側に引き入れるのだ。以降は男爵に村人を懐柔させ、そのうえで増税するのがよくあるパターンだった。
村人の不満を男爵に向けて、多めに徴収した金銭は上級貴族に入る。簡単な男爵の使い方であり、デルヴィ侯爵も行っているだろう。
「ちょっと待て。もしかして、レイバン男爵が一番割を食わないか?」
「男爵としての生活を送っているので文句を言えませんわ」
「味を占めさせて裏切らないようにしてるのか」
「ですわね。フォルト様も貴族を理解してきましたわね」
「勘弁」
「ふふっ。貴族については私に……。ピタ」
「そうだな。よし! 馬車で寝るか!」
「「はいっ!」」
「見張りには……。『大罪顕現・憤怒』!」
料理を平らげたフォルトは、スキルを使ってサタンを呼び出す。
相変わらず鼻息は荒いが、これでも魔王系美少女だ。大罪の悪魔なら、夜の見張りには以ってこいだった。
「後はサタンに任せた」
「ふん! 余がいるだけで、この辺の魔物など寄ってこんわ!」
「そうか。参加する?」
「止めておけ。余は主の一部だぞ」
大罪の悪魔は、魔人が持つ大罪を顕現させている。
サタンを抱くと、自慰にも等しい行為となるのだ。可愛いと思っていても、フォルトが欲情しないのはそのためだった。
「あぁ……。ま、まぁよろしくな」
「ふん!」
明日には目的地に到着するはずだ。
今からやることは一つである。フォルトはカーミラ・レイナス・シェラの三人を連れて、馬車の中に移動した。と同時に、女性特有の甘い香りに包まれる。
残りの身内は片づけを終わらせて、他の馬車で寝るだろう。
そして夜も更けた頃、馬車の外からサタンの鼻息だけが聞こえるのだった。
◇◇◇◇◇
デルヴィ侯爵領には、レイバン男爵の治めるクラックス村がある。
父親の名前が由来で、数百人の村人が暮らしている。
その村の中には、ひときわ大きい屋敷が建てられていた。他の家々と比べると豪華だからか、一目で男爵の屋敷だと分かる。
また屋敷の玄関では、二人の男性が会話をしていた。
「デルヴィ侯爵様が?」
「はい。もうすぐ到着なさると通達を受けました」
「そ、それはいかん! 歓待の準備を急がせろ! 俺は時間を稼いでおく」
「畏まりました!」
もう一人はレイバン男爵の私兵で、命令を受けて屋敷の奥に走っていった。
何かと慌ただしくなっているが、男爵は村に帰ってきたばかりである。
ちなみに男爵は、フォルトと同じ四十代のおっさんである。体型も似て肥満型で、顔を見なければ間違えるかもしれない。
「結局は駄目だったが……」
宮廷魔術師グリムに異世界人との面会を打診したが、息子のソネンに回された。以降はグリム領まで出向いたとはいえ、残念ながら断られて戻ってきたのだ。
そしてガックリと肩を落としていたところに、デルヴィ侯爵の来訪である。
「なぜ侯爵様が直接……」
レイバン男爵には、心当たりが二つある。
それでも侯爵ほどの人物が、わざわざ辺境の村に訪れるなど思いもよらない。異世界人については、侯爵の部下であるバルボ子爵が間に入っている。となると、もう一つの件かもしれないと体を震わせた。
(アレの件か? だが直接来ると問題があるように思えるのだが……)
「分からん。とにかく会うしかあるまいな」
レイバン男爵は身形を整えて、屋敷の外に出た。
デルヴィ侯爵が到着したら、すぐに迎えられるよう待機する。部屋で一息入れる時間はあるが、そんなことはできないのだ。
「まだか、まだか」
さすがに、数時間も玄関で待つのは馬鹿らしい。しかしながらデルヴィ侯爵からすると、レイバン男爵など吹けば飛んでいく塵芥である。
少しでも気に入られなければ、すぐに処分されてしまう。とにかくどのように機嫌を取るかを考えていると、数時間程度はあっという間だった。
そして、先ほどの私兵が戻ってくる。
「男爵様! 侯爵様が村に到着されたようです!」
「やっと来たか!」
「馬車が一台です。どうやらお供に騎士たちはいないようですよ?」
「お忍びなのだろう。メイドどもを並ばせろ!」
「了解しました!」
侯爵と男爵では、まるで大企業の会長と平社員のような関係である。不興を買わないように、奇麗どころのメイドを玄関の前に並べた。
そうは言っても二人しかおらず、他の男爵家から借りた二女や三女だ。身形もエプロンドレスで、お手伝いさんと呼んだほうが近い。
ともあれ暫く待っていると、豪華な馬車が到着した。
「お待ちしておりました侯爵様! 本日はお日柄も良く……」
「うむ。其方は息災かな?」
「はい!」
挨拶もそこそこ、二人は応接室に向かった。
デルヴィ侯爵にとって、レイバン男爵の屋敷はゴミにも等しい。本当のゴミが落ちていないかハラハラしながら、侯爵の顔色を窺う。
そしてソファーに座った後は、恐る恐る来訪の理由を聞いた。
「して侯爵様。村には何用で参られましたか?」
「うむ。異世界人の件だ」
「も、申しわけございません! 未だに面会も取り付けず……」
「もうよい。三国会議の晩餐会でワシが会っておる」
「何ですと!」
「元聖女ソフィアの護衛でな。だから、もうよいのだ」
「なら私の仕事は……」
こんな辺境の男爵など、無能の烙印を押された時点で処分されてしまう。異世界人の件と言われたときから、体が震えてしまった。
その感情を知ってか知らずか、デルヴィ侯爵は続きを口にする。
「安心するがよい。其方を処分せぬ。アレの管理があるからな」
「ありがとうございます!」
「今回、ワシが訪れたのには訳があってな」
「な、何でしょうか?」
「アレに従事してる者たちを集めてほしいのだ」
「なぜ、でしょうか?」
「其方に質問をする権利が?」
「い、いえ! 滅相もありません!」
不興を買ってしまったかと、レイバン男爵は立ち上がってペコペコと謝る。
本来なら土下座までしたいが、やり過ぎも同様に機嫌を損なう。
「馬鹿者が……。まぁよい。そ奴らに褒美をやろうと思ってな」
「褒美でございますか?」
「直接渡されたほうが、今後の仕事にも精が出るだろう?」
「そうですな」
「よいか! すべてだぞ。一人も漏らすなよ?」
「はいっ! 畏まりました!」
「うむ。ワシは一度村から出る。明日はアレの場所に直接向かう」
「分かりました! お待ちしております!」
これで、デルヴィ侯爵との面会は終了した。
兎にも角にも、金と権力の力は斯くも恐ろしい。
物理的な力を持たない老人だが、どのような無体をされても逆らえないのだ。レイバン男爵は完全に飲まれて、侯爵の馬車を見送った後も冷や汗が止まらなかった。
そして休む間もなく、明日の準備に取り掛かるのだった。
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