旅立ちの予感3
アルバハード領主バグバットのところからニャンシーが戻ってきたので、フォルトは湖に浮かぶ小島で報告を受けようとしていた。
その彼女は現在、カーミラの膝上でゴロゴロと鳴いている。
「にゃ。そこにゃ」
「ニャンシーちゃん! もふもふ!」
「うむ。苦しゅうない」
「ニャンシー」
「何じゃ主?」
報告を受けようとしていたが、二人の様子を見てマッタリしてしまった。
双竜山の森にいる間は、常にお気楽極楽状態である。とはいえ身内会議での話は、ニャンシーからの報告を受けないと先に進まない。
「バグバットは何と言っていた?」
「構わないである、と言っておったのう」
「ず、随分とあっさりだな」
「しかも住みやすそうな土地を提供してくれるそうじゃ」
「土地?」
「森じゃ」
「おお!」
アルバハードを拠点としても、どこに住居を構えるかは決めていなかった。だからこそバグバットからの返答に、フォルトは大いに喜んだ。
森であれば、今の生活を変えなくても良いだろう。
「アルバハードが近く、主の希望に沿えるそうじゃ」
「ほう。どのような森なのだ?」
「幽鬼の森と言っておったのう」
「幽鬼の森? 何だか嫌な予感がするな」
「アンデッドの住処じゃな。ゾンビやらグールが徘徊しておったのう」
「うげっ!」
幽鬼の森とはアルバハードの北側にあり、アンデッドの巣になっている。
立ち入る人間など皆無なので、フォルトの希望通りではあった。しかしながらアンデッドは、生者の敵なのだ。同じアンデッドの吸血鬼ならともかく、自分たちが住居を構えるなど思いもよらない。
そうは言っても捨てがたい話だ。
「そのアンデッドは……」
「どこぞの国を滅ぼしたときの余りだそうじゃぞ」
「………………」
「襲わないようにできるので消滅させないでほしいそうじゃ」
「ふむふむ。まぁ借りる土地だしな。善処しよう」
ほぼ希望に沿っている場所なので、フォルトは高望みをしない。
何でもそうだが、上を見るとキリが無いからだ。きっと、ちょっとだけ景観が気持ち悪いだけだろう。襲われないのなら、気にしなければ良いのだ。
そう思っていると、カーミラが口を開いた。
「御主人様は、幽鬼の森に行くのですかぁ?」
「だな。人間が皆無なのがいい。町が近いとくれば文句無しだ!」
「アーシャは大丈夫ですかねぇ?」
「あ……。幽霊が苦手だったか」
「そうでーす!」
「なら分かっていると思うが……」
「えへへ。さすがは御主人様です!」
バグバットのおかげで、フォルトたちの拠点については目途が立った。
また到着してしまえば、暫くは双竜山の森に戻らない。ならばとアンデッドが徘徊する森ということを、アーシャには黙っておく。
肝試しのノリで、アンデッドにビックリした彼女から抱き着かれたい。
(よしよし。後はソフィアからの報告か。客将になってすぐに出ていくのは信義にもとるか? まぁ聞いてから考えるとするか)
「よし! テラスに戻るぞ」
「はあい!」
ニャンシーからの報告を受けたフォルトは、スキル『変化』で翼を生やす。続けてカーミラと一緒に、空へと飛び立った。
腰が軽いうちに進めないと、テンションが下がった時点で重くなってしまう。となると、計画が水泡に帰すのだ。
昔からそうだった。
本当に何かをやりたいときは、すばやく動いたものだ。先延ばしするほど腰が重くなり、最後には計画を破棄していた。
「オヤツはあるかな?」
テラスに到着したフォルトは、いつもの専用椅子に腰かける。
そして、カーミラを隣に座らせた。すると屋敷から出てきたレイナスが、キュウリスティックを持ってくる。
至れり尽くせり状態で、思わず笑みを浮かべた。
「はいフォルト様。あーん!」
「あーん。ポリポリ」
「ふふっ。ピタ……」
フォルトにキュウリスティックを食べさせたレイナスは、後ろに回り込んで後頭部を刺激してくれる。
その心地良い感触を受けて、彼女のレベルを早く上げさせたいと思う。
闘技場の完成も見えてきたので、今回の件を有意義に使いたい。
ともあれそれは、まだ先の話だ。
「そう言えば最近、レイバン男爵に動きが無いな」
「ソフィアさんからは、グリム様に面会を申し込んだと伺いましたわ」
「へぇ。なら今後は、どういう動きをすると思う?」
フォルトと会いたいらしいレイバン男爵は、冒険者のシルビアとドボを送り込んでからの動きが見られない。
この件に関しては、デルヴィ侯爵が裏にいたと推測していたが……。
「フォルト様は、デルヴィ侯爵と面識ができましたわ」
「ちょっとだけな」
「そうなると、レイバン男爵を使う必要は無いですわね」
「首ってことか?」
「無能の烙印は押されたでしょう。ですが使い道はあるものですわ」
レイナスが考えるレイバン男爵の使い道は、きっと良いことでは無いだろう。デルヴィ侯爵なら、ブラック企業以上の仕事を押し付けるか。
その点だけは、フォルトも同情してしまう。
(俺もブラック企業に勤めたからなあ。知ったことではないが、可哀想だとは思う。とにかく精神と体がボロボロにされるのだ。経験者が語ってあげるよ)
フォルトは誰に語るでもないが、デルヴィ侯爵を不快に思う。だがブラック企業体質は、何も侯爵だけではない。
貴族全般に言える話だった。
「俺は恨まれそうだな」
「かもしれませんわね。おそらくレイバン男爵は、完全に使い潰されますわ」
「ははっ。確定だな」
「フォルト様が気になさる話ではありませんわよ?」
「気にしていないさ。俺が気にするのは身内だけだ」
「ふふっ。ちゅ」
日本にいた頃なら気にしただろう。
祖父母からは、「他人には優しくしなさい」と言われて育てられたからだ。
今はその優しさが、身内だけに向いている。他には話している間に、フォルトが気になった者たちか。
前者は優しさのすべて。後者は一部だけだが……。
「御主人様。食料はどうしますかぁ?」
「あぁ持って行けないな。魔界から運べないのか?」
「大丈夫ですよぉ。でも量が多いでーす!」
「さすがに何往復もさせると悪いな」
「えへへ。肉だけならいいですよぉ」
「なら身内会議で話したとおりに、畑とかは閉鎖しよう」
「幽鬼の森でも畑を作りますよねぇ?」
「もちろんだ。どういった土地か分からないが……」
一応は、双竜山の森に戻るつもりだった。
本当に戻るかは謎だが、そうなっても良い状態にしておかないと駄目だ。
このようにフォルトは旅立ちの前に、身内会議で出た案件を精査していた。面倒でもやっておかないと、後々後悔すると知っている。
そして、グリムからの回答を待つのだった。
◇◇◇◇◇
身内会議から暫く経った頃、フォルトはソフィアの部屋に訪れていた。情事をするためだったが、今は賢者モードでベッドに寝転がっている。
部屋の窓は開いており、外から流れてくる風が体の火照りを冷ます。といった感じで二人が過ごしていると、連絡用のハーモニーバードが窓べりに留まった。
それに気付いた彼女は移動して、足に付けられた手紙を外してから目を通す。
「どうだった?」
「やはり御爺様は渋っていますね。近くにいてもらいたいようです」
「そうか」
「アルバハードに向かうとなると、エウィ王国から出国することです」
「俺は国民ではないけどな」
「フォルト様は異世界人と見られていますからね」
「そうだった。まったく……」
(無視することはできるが、グリム家を困らせるのは本意じゃない。日本の総理がグリムの爺さんなら、良い国になりそうだけどなあ)
グリム家は国民目線の領主である。
貴族のことを見聞きしているので、フォルトからすると余計に好感が持てた。しかも、身内となったソフィアの家族でもある。
無下にすると、彼女が悲しむだろう。
「グリム家に迷惑が掛からない方法は無いか?」
「バグバット様が仲介してくれるなら、あるいは……」
「仲介?」
「勇者には仲間がいたのですが……」
「ソフィアの仲間ってことだな」
「はい。嫉妬ですか?」
「うむ」
もちろん言われるまでもなく、フォルトは分かっている。だがソフィアとちょっとでも関係性があると、何となくモヤモヤしてしまう。
重い男と思われそうで嫌だが、大罪で持っているので仕方無い。
「ふふっ。大丈夫ですよ。十歳のときでしたからね」
「だったな。それで?」
「彼らはバグバット様が後見人になることで、自由に行動していますよ」
「ほう!」
「きゃ!」
ソフィアが隣に腰かけたので、フォルトは悪い手を回して太ももを触った。
いつものセクハラだが、彼女は体を預けてくる。
そして女性の柔らかさに撃沈しながらも、「バグバットが後見人」という提案は有りだと思った。ならばと忘れないうちに、ここでもニャンシーを呼ぶ。
「何じゃ主?」
後見人が必要なら、早速お願いすれば良い。
ニャンシーには改めて、バグバットの所に向かってもらう。
「といったわけで、バグバットに後見人を頼んでこい」
「うむ。任せておくのじゃ!」
(これで問題が無くなるな。そうだ! 双竜山の森には戻る予定だが、立つ鳥跡を濁さずと言うしな。何かやってから向かうのが礼儀というものだ)
ニャンシーを送り出した後は、グリム家に対しての置き土産を考える。
客将は続けることになるが、今までは色々と動いてもらった。フォルトから返礼をしないと、日本男児が泣くというものだ。
「グリムの爺さんに土産を置いていきたいんだが?」
「土産、ですか?」
「今までの礼を込めてな。何をやれば喜ぶ?」
「え?」
ソフィアに目を向けると、何か不思議なものをみたような表情だった。
フォルトは人間を見限っているので、その反応は当然か。少しばかり心外だが、今までの自分を鑑みると、苦笑いでしか返せない。
「聞くのが一番早いかと思います」
「ははっ。そうだな。では聞いてくれるか?」
「はい」
再びベッドから離れたソフィアは、椅子に座って手紙を書き始める。
次にハーモニーバードを使って、グリムのいる場所に向かわせた。
「これでいいですか?」
「うむ。お手柔らかに頼みたいけどな」
「ふふっ。書いておきましたよ」
「さすがだな。ならまた、ニャンシーとグリムの爺さん次第か」
「はい」
ソフィアが戻ってきので、先ほどと同じ姿勢になる。
それに合わせて、フォルトの悪い手も動きだした。彼女は慣れたもので、完全に受け入れている。
「ぁっ。と、ところでフォルト様。馬車は大型が三台ほどで?」
「だな。俺は密着できて嬉しいが、さすがに全員が入ると狭いだろう」
「はい。長旅ですからね」
「旅か。ヤバいな。腰が重くなってきた」
「ですが行かれるのでしょう?」
「まあな。転移魔法でもあればいいのだが……」
「転移魔法、ですか?」
「あるのか?」
「他の異世界人の方々も言っていましたが、残念ながら聞いたことはないです」
転移魔法が存在すれば、空を飛ぶよりも早く到着するが……。
それにしても時空系魔法が存在するのに、転移魔法は無いらしい。フォルトとしては、こちらの世界を創造した神様に文句を言いたいところだ。
(カーミラやニャンシーは魔界に行けるが、それとは仕組みが違うのか? 時空系魔法はあるのになあ。アカシックレコードにも情報は無いし……)
「アイテムバッグも?」
「それも伺いましたが、同じく聞いたことがありません」
「ですよね」
これらは、魔法に詳しいニャンシーやルーチェにも尋ねている。ソフィアの知識からも存在しないようで、フォルトは頭を抱えてしまう。
一応は眷属たちに作製を頼んだが、進展はまったくない。
「そう言えば……」
「どうしたソフィア?」
「馬車でアルバハードに向かうと、デルヴィ侯爵領を通りますよ?」
「え?」
デルヴィ侯爵領が国境なのだ。
初めてアルバハードを訪れたときは空を飛んだので、侯爵領を通過していない。だが、馬車で向かう場合は経由することになる。
ソフィアはもちろんのこと、フォルトも侯爵に狙われているだろう。
もしも移動中に見つかれば、面倒事になりそうだ。
「三国会議のときは、本気で狙っていそうだったが……」
「本気で、と問われると自信はありません」
「あからさまだしな」
「はい。ですが、それも計画の内とも考えられます」
「まったく……。面倒な大貴族だな」
「ふふっ。フォルト様が私を守ってくださるのでしょう?」
「もちろんだ!」
「きゃ!」
フォルトは悪い手を使って、ソフィアを抱き寄せる。と同時にデルヴィ侯爵のことを忘れ、本能が赴くままに彼女を抱いた。
それから数日後、ニャンシーの報告とグリムからの手紙が揃う。ならばとそれを踏まえて、最終的な決定を下すのだった。
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