旅立ちの予感2
現在は家族会議、もとい身内会議中である。
畏まった雰囲気ではなく、テーブルを囲んで飯を食べながら始めていた。
議題としては、今後についてだ。物凄く大雑把だが、このほうが屈託の無い意見が出るだろう。
とりあえずフォルトは、手に持った箸で当事者を指した。
「シェラ。マリとルリの限界突破はどうだった?」
「まずはミノタウロスの討伐ですわ」
ミノタウロス。
身長が二メートルから三メートルはある牛顔の魔物だ。
姿は二足歩行の人間種と同様で、非常に筋肉質である。オーガに近いが、意思疎通が不可能な魔物として分類されていた。
また似た種族に、ハイ・ミノタウロスという亜人が存在する。知能が高く言葉も通じるので、友好を結ぶことが可能らしい。
ともあれ今回は、前者の魔物が対象となる。
「まずは?」
「もう一種類いるのですが、それは後日になるそうです」
「………………。神様も適当だな」
フォルトは呆れたが、前例はあるそうだ。
特に姉妹は同時に神託を受けるので、二種類の試練を用意されるらしい。本当のところは分からないが、暗黒神デュールの粋な計らいと認識されている。
神様がそんなことをするかはさておき、先に進めても良いとの話だった。
「まぁいいか。なら、ミノタウロスの居場所は知っているか?」
「ターラ王国にあるフレネードの洞窟かしら?」
「違うわねえ。フェリアスにあるブロキュスの迷宮だわあ」
「あ、あら。済みません!」
「フェリアス? 確か亜人の国だったな」
「比較的近いわよ。迷宮の近くには、確かドワーフ族の集落があるわ」
「ドワーフ!」
魔物の棲息地は、マリアンデールやルリシオンのほうが知っているようだ。
ドワーフ族自体は、自由都市アルバハードで見た。ミノタウロスと同様にファンタジー界の定番なので、フォルトは興味津々だ。
そうは言っても、双竜山の森には絶対に連れてこないだろう。
「ミノタウロスは強いのか?」
「強いわねえ。でも、私たちと比べちゃ駄目よお」
「マリとルリよりは弱いと?」
「雑魚ね」
「弱いのに限界突破で選ばれるのか?」
「発見するまでが大変なのよねえ」
「え?」
「洞窟や迷宮の下層に棲息しているのよ」
「なるほど。そういうことか」
(つまり、迷宮の奥深くまで行かなければ戦えないと……。何という面倒臭い魔物を対象にするのだ! まぁでも人間に会わないだけマシ、か?)
一般的に迷宮と呼ばれるものは、人工的に造った地下迷宮のことだ。洞窟については、自然にできた地下空間が広がった深い穴を指す。
違いとしては、罠や隠し扉などの有無が挙げられる。棲息する魔物次第だが、それらが設置されていたとしても粗末なものが多い。
「迷宮か。誰が造ったのだ?」
「古代のドワーフ族ね」
「へぇ。そこにミノタウロスが棲みついていると?」
「そうなるわね」
「なぜ居ると知っているのだ?」
「昔だけど、はぐれて外に出た個体がいたのよ」
(隣国のフェリアスか。どう向かえば良いかな? まぁそれは……)
亜人の国フェリアスは、大陸の北東部にある広大な原生林。
空からだと木々が邪魔をして、ブロキュスの迷宮を探すのは苦労する。
交通網というほど立派ではないだろうが、道なりにドワーフの集落を目指したほうが良いかもしれない。
もちろんフォルトは、ピストン輸送をしたくない。ならばとここで、ミノタウロスの件は置いておく。
次は、レイナス・アーシャ・ソフィアの狩場について議題に挙げた。
「では、自動狩りのできる場所だな」
「ダマス荒野を狩場にするのかしら?」
「あまり狩ってしまうと帝国兵が来るわよお?」
「その対応ができるなら構わないと思ってな」
「無理っしょ!」
「身も蓋も無いですが、荒野が広すぎますわ」
アーシャの一言が答えだろうと思われる。
それにレイナスも追従するが、他の身内も良い案が無いようだ。ソル帝国の人間を殺害するだけなら問題無いが、帝国自体を敵に回すのは勘弁である。
基本的には追い返したいので、ダマス荒野での狩りは却下か。
「シェラとソフィアはどう思う?」
「今の状態だから、帝国の人間が来ないのですわ」
「そうですね。石化三兄弟……。ぷっ」
(ソフィアは石化三兄弟がツボだな。その吹き出した顔は好きだぞ!)
ソフィアの顔を見てホッコリしたところで、フォルトは考える。
二人が言いたいことは理解した。やはりダマス荒野の石化三兄弟が、人間を森に寄せ付けない防波堤になっているのだ。
代替案が用意できないのならば、討伐を控えたほうが無難だろう。
そして、もう一つ……。
「フォルト様は御爺様の客将です。下手をすると戦争になりかねません」
「何も考えずに帝国の人間を殺害できないと言いたいのだな?」
「はい。戦争に発展すれば、ここが最前線になります」
身内にしたとはいえソフィアは、宮廷魔術師グリムの孫娘。
実際にあちらの世界でも、他国民の殺害は戦争に発展する場合があった。またグリム家の客将になった弊害で、フォルトには立場があるようだ。
彼女を悲しませないことが第一だが、デメリットのほうが多すぎる。
「腰は重いが、結局は旅に出るしかないか」
「貴方が旅に出るとか想像できないのだけど?」
「ははっ。俺もだ、マリ」
「みんながそれぞれで動くのはどうなのかしらあ?」
「それは駄目だ! お前たちには近くにいてもらいたい!」
「「っ!」」
フォルトに力強く言われたことで、皆の顔が赤くなる。とはいえ残念ながら、その光景は見られなかった。
飯をガツガツと食べていたからだ。
「もぐもぐ。うん? どうしたルリ?」
「ななな何でもないわあ」
「そうか」
「でもフォルト様は、旅に耐えられるのかしら?」
「うーん」
引き籠りと旅を天秤にかけると、フォルトの場合は前者が勝つ。しかしながら身内が絡むとなると、後者に傾く。
何度も同じことを考えてしまうが、もう諦めるしかないだろう。
「耐えられるかどうかは分からんが、まぁ頑張ってみるとしよう」
「へぇ。辛くなったら言いなさい。ルリちゃんとサポートしてあげるわよ」
「どうせ馬車から出ないっしょ? あたしは従者だから面倒をみてあげるわ!」
「お前たち……」
フォルトからすると、生活支援センターの世話になっている気分だった。だが、赤の他人から言われるよりは身に染みる。
ここまで言われてもまだ引き籠っていたら、男が廃るだろう。
「助かる。ではどこに向かうか、だな」
「ミノタウロスの討伐がありますのでぇ。フェリアスは確定でーす!」
「あぁそうだソフィア。俺たちは国境を越えられるのか?」
「どうでしょう。厳しいかもしれません」
「ふーん」
エウィ王国の国法で、異世界人は国外に出られない。しかも客将とはいえ、魔族が大手を振って国境を越えられるとも思えない。
それでも本来なら処分対象のフォルトが、何事も無く過ごしているのだ。
また国境だけを考えれば、自由都市アルバハードに訪れた。ソル帝国領のダマス荒野にも足を踏み入れている。
例外というものはあるだろう。
「御爺様に聞いてみますか?」
「そうだなソフィア。頼む」
「はい!」
聞くだけならタダである。
ソフィアは嬉しそうな表情で引き受けてくれた。今まで庇護下にあったので、フォルトから頼られるのが嬉しいのだろう。
大した内容でなくても、だ。
「フォルト様。ちょっとよろしいですか?」
「どうしたレイナス?」
「アルバハードの近くに魔物がいると……」
「あっ! 聖剣ロゼか!」
「はい。そこで強くなりなさいと言っていましたわ」
「だったな。そうか。アルバハードか」
フォルトは考える。
自由都市アルバハードは、三大大国との国境が重なる場所だ。エウィ王国やソル帝国はもちろんのこと、亜人の国フェリアスとも接している。
活動拠点を構えるならば、丁度良い場所だった。
「なるほどなるほど。ではバグバットの世話になるか?」
「バグバット様ですか?」
「うむ。俺たちの身元引受人になってもらおう」
これなら完璧である。
三国会議も終了して、祭りに訪れていた人間もいなくなっただろう。そもそもの人口は知らないが吸血鬼が治める国なので、人間は多くないはずだ。
各国が配慮する真祖バグバットに身元引受人となってもらえれば、エウィ王国は強く言えないかもしれない。
立地条件も良い。
聖剣ロゼが言っていた沼地も近く、フェリアスの国内にある。問題は面識を持ったばかりのフォルトの頼みを、彼が引き受けるかどうかだった。
これも、先ほどと同様で聞くのはタダだ。
「ニャンシー」
「何じゃ主?」
ニャンシーは眷属なので、会議には加わっていない。
それは、ルーチェやクウも同様である。席には着いているが、フォルトの最終的な決定を待っているだけだ。
「バグバットの所に行って、身元引受人になれるかどうかを聞いてこい」
「良いぞ。妾に任せておくのじゃ!」
ニャンシーは、バグバットの屋敷も訪れたことがある。魔界を通れば、すぐに辿り着けるだろう。
これで回答待ちになったが、まだまだ議題は多い。
「そうなると、みんなを空輸しないと駄目か?」
「だから、馬車で行けばいいじゃん!」
「アーシャは空が苦手だっけ?」
「に、苦手じゃないわ。カーミラが速く飛びすぎなのよ!」
「えへへ。さっさと御主人様の近くに戻りたかっただけですよぉ」
「それでもよ!」
(あのときのアーシャは息を切らしていたな。馬車でも別にいいか。町にさえ寄らなければ、人間と会うことはないのだし……)
魔の森から双竜山の森までは、馬車で移動したので経験済みだ。
ソフィアの膝枕が思い出されるが、あれからセクハラが多くなったか。少し休憩とばかりに、フォルトは妄想に耽る。
「御主人様がイヤらしい顔をしていまーす!」
「あ……。んんっ! 馬車はグリムの爺さんから借りられるのか?」
「何台か保有していますので大丈夫だと思います」
「それも聞いておいてくれ」
「はい!」
「次は森の管理か」
アルバハードに全員で向かうと、双竜山の森には誰も残らない。
長期に渡って留守にするので、屋敷や畑が荒れ果ててしまう。放棄するつもりは無いので、どうにかしたいところだ。
「カーミラはどう思う?」
「管理はドライアドで問題ありませんよぉ。畑も必要無いと思いまーす!」
「そうか?」
「心配なら眷属を残しておくと安心ですねぇ」
「なるほどな」
眷属はいつでも呼び出せるので、一緒に連れていく必要は無いか。
後はブラウニーを一体だけ残して畑を閉鎖すれば、コスト面でも大幅削減だ。倉庫にある食料は、拠点が決まってから運び込めば良いだろう。
カーミラが……。
そんなことを決めていると、姉妹に指摘された。
「貴方は戻らないと思うわよ?」
「え?」
「アルバハードに定住しそうよねえ」
「ぐっ!」
マリアンデールとルリシオンの言葉は、かなり的を射ていた。
確かに良い場所があれば、そのまま住み着く可能性がある。とはいえ国境越えの条件で、双竜山の森に帰還することが盛り込まれそうだ。
これについては、グリムの回答待ちとなる。
「まぁ何だ。最後の問題はリリエラだな」
「私っすか?」
もちろんリリエラも連れていくつもりなので、会議には参加させている。だが扱いがフォルトの玩具だからか、口を挟めるはずもない。
テーブルの端で、ずっと黙っていた。
「ちょっとバタバタするから、クエストに出せんな」
「そうっすか?」
「アルバハードで拠点を決めてからになる」
「はいっす!」
「それまでは従者でもやってくれ」
リリエラを使ったゲームの方向性は考えていた。
クエストに出さないのはそのためで、まだ形になっていなかったのだ。アルバハードに向かうなら、彼女にはやってもらいたいことができた。
「よし! 後はニャンシーが戻ってからだ。残りの飯を食おう!」
「はーい! じゃあ御主人様。あーん」
「あーん」
さすがに会話しながら食べると、料理の量が減っていない。
テーブルの上にはまだまだ残ってるので、全員で平らげた。
以降は食事も終わって風呂場に向かう頃、ニャンシーが戻ってくる。続けて報告を聞いた瞬間に、フォルトは口角を上げるのだった。
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