魔人と国王3
席を立ったフォルトは、エインリッヒ九世との面会を終わらせようとした。庇護の対価として働かされるぐらいなら、王家の世話になる必要は無いからだ。
やはり、国王と面会したのは間違いだったか。
「待て!」
「まだ何か?」
「話は終わっておらん!」
「もう話すことは無いと思われますが?」
「いいから座れ! 謁見の間であれば大変な事態になっておるぞ!」
「ふぅ」
(少し身勝手だったか? でも、これについては国王が悪い。俺のことはグリムの爺さんから聞いてるはずだ)
反省はしていないが、フォルトは仕方なく席に戻った。
護衛の宮廷騎士に目を向けると、エインリッヒ九世を守るように前のめりだ。腰から下がった剣の柄を持ち、命令があれば即座に襲い掛かってくるだろう。
礼儀は不要と言われたが、少し傍若無人が過ぎたかもしれない。
「爺から聞いていた印象とは違うな」
「そうですか?」
「強く出れば従うと思っておったが……」
(パワハラ上司かよ! でもまぁ王様なんてそんなものか)
働いていた頃のブラック企業で世話になった上司を思い浮かべて、フォルトは呆れてしまった。「こんな上司だったな」と苦笑いを浮かべる。
ともあれ……。
「ローゼンクロイツ家を名乗りましたからね」
「魔族の貴族家とはいえ名乗る以上、無礼も過ぎると家名に泥を塗るぞ」
「そ、そうですね。もしかして、俺を斬りますか?」
「話をすると言ったであろう。だが放置できぬのも事実だ」
「………………」
「少し待っておれ」
声を落としたエインリッヒ九世は、グリムと会話を始めた。
残念ながら小声なので、内容は聞こえない。ならばとフォルトも、カーミラにヒソヒソと問いかけた。
今のうちに、彼女の意見も聞いておきたい。
「カーミラはどう思う?」
「気持ちがいいですよぉ」
このような場所でも、フォルトの悪い手は勝手に動いていた。
テーブルの下なので、エインリッヒ九世やグリムには見られないか。しかしながらカーミラは頬を赤くして、甘い声を漏らし始める。
これ以上は危ない。
「いや。そうではなく……」
「なるようになりますよぉ」
「そうか?」
「マリも言っていたじゃないですかぁ」
「あぁ……」
家名を利用しろとはマリアンデールの言だが、フォルトからするとどう利用して良いのかが分からない。
家名を出したところで、相手が平伏するとは思えなかった。
「フォルト・ローゼンクロイツよ」
「何でしょう?」
話がまとまったのか、エインリッヒ九世が声をかけてくる。
フォルトは何を言われてもいいように、少しだけ身構えた。
「王家に取り込むのが無理なら、爺にくれてやる」
「どういうことですか?」
「ほっほっ。ワシの客将という話じゃ」
「客将?」
「ローゼンクロイツ家当主が、人間の庇護など受けられまい?」
「そうですね」
「身分的に良いじゃろうし、姉妹も納得できるのではないかのう」
「ふーん」
日本でいう客将とは、主従関係を結ばない客分待遇の武将のことだ。
こちら世界では武将ではなく、将軍や貴族などが当てはまる。部下となる騎士や兵士とは違って、家主からの命令を受ける必要は無い。
今後は庇護という名目が失われて、客将として扱われる。今までとあまり変わりないように思えるが、これで貴族たちを煙に巻くのかもしれない。
グリムがフォルトたちの管理を続けるために、建前が必要だったのだろう。
(客将ねぇ。日本で有名な軍師や中国の豪傑なんかを思い出すな。厨二病が疼く。確かにこれであれば、マリやルリから怒られないか)
「納得したな?」
「それでいいですよ」
「男として二言は無いな?」
「い、いいですよ」
「ならば良い。今より大変になるが頑張るようにな」
「え?」
「当然であろう? お前に接触してくる者も多かろうな」
「ええっ!」
「爺が守るのにも限界がある。自分で何とかせよ」
「………………」
グリムの庇護があればこそフォルトに接触できたのは、ローイン公爵やデルヴィ侯爵といった大物だけだ。
それが失われるということは、すべてを相手にする必要があった。
一応は客将なので、多少は守ってもらえるだろう。だが、どうしようもないときは素通しにするはずだ。
(騙されたのか? いや。これは生活保護を止めて自立しろって話だな。文句は言えないが、まぁ召喚魔法のおかげで自給自足はできているし……)
「ほっほっ。そのまま森を使っても良いが、家賃は頂こうかのう」
「くっ!」
「今はビッグホーンの素材をもらったから請求はせぬ」
「はいはい。まぁやれる範囲でね」
双竜山の森の入口から屋敷までは、徒歩で一日はかかる。
田舎の土地とはいえそれほどの広さであれば、かなりの金額になるだろう。完全に敵対して手中に収めても良いが、それだと最初に戻ってしまう。
人類に喧嘩を売っても、将来的に後悔するはずだ。
フォルトの人間に対する考えが、延々とループする。と言っても、これで手打ちにしたほうが良さそうだった。
それに思惑があったにせよ、今までの待遇は破格だった。しかも客将の件は、エインリッヒ九世が譲歩したとも解釈できる。
これ以上駄々をこねると、グリムからの恩を仇で返すことになるだろう。
「居づらくなった出ていきますからね!」
「ほっほっほっ。客将とはそういうものじゃ」
「爺に迷惑をかけるでないぞ」
「分かりました。分かりましたよ!」
「では、舞踏会を楽しむが良い」
「やはりやるのか」
「馬鹿者。お前たちを招きはしたが主賓ではないぞ」
「はぁ……」
兎にも角にも、これでエインリッヒ九世との面会は終わった。
隣をチラリと見ると、カーミラが笑顔を浮かべている。すべてを任せてくれるのは嬉しいが、これで本当に良かったのか。
そんなことを考えたフォルトは、彼女と貴賓室に戻るのだった。
◇◇◇◇◇
シュンはカルメリー王国の王城で、王女と思しき女性に近づく。
まずは、アプローチをしないと始まらない。お約束のホストスマイルを浮かべて、好印象を持たれるように話しかける。
しかしながら……。
「農具を他の場所に運ぶなら、俺が運んでやるぜ?」
「こ、こら! 無礼だぞ!」
「やっぱり?」
「当たり前だ! それ以上近づいたら、牢屋にぶちこむぞ!」
「ちっ」
城内まで案内をしてくれた門衛に止められてしまった。
腕を引っ張られて、王女との距離が遠くなる。だがそれを良しとしないシュンは、門衛の肩越しに片手を振って気を引こうとした。
それが功を奏したのか、王女が門衛に告げる。
「あら。構いませんわよ」
「姫様!」
「姫と言ってもねぇ。属国の姫なんて、宗主国の道具に過ぎないわ」
「それは……。我らがふがいないばかりに……」
「いえ。お父様が悪いのです」
どうやら話しかけても良いようだが、門衛と会話を始めてしまった。とはいえ遠慮を知らないシュンは、二人の間に割って入る。
折角お近づきになれるチャンスなので、時間を無駄にしたくない。
「いいかな?」
「あ……。構いませんわ」
「農具はどこに運べばいいんだ?」
「男手は助かりますわね。ところで貴方は?」
「俺か? 俺はシュンだ。エウィ王国の勇者候補だぜ!」
「エウィ王国の……。なら、デルヴィ侯爵を知っているかしら?」
「名前だけな。会ったことはねぇ」
ちなみにシュンは、王侯貴族と面会したことが無い。しかもフォルトのように前置きはせず、素で話しかけてしまった。
それでも気さくな王女なのか、あまり気にしていないようだ。
ともあれ王女が言ったデルヴィ侯爵は、エウィ王国の大貴族である。悪い噂しか聞かないが、それを他国の王女に伝えられない。
それぐらいの常識は弁えている。
「そう。貴方はデルヴィ侯爵を殺害できますか?」
「はい?」
「勇者候補なのでしょ? 悪の権化たる侯爵を討ってほしいですわ!」
「い、いや。悪の権化って……」
「まさかと思いますが、腰に差してある剣は飾りなのかしら?」
「いきなりそんなことを言われても、な」
一体どうしたというのか。
エウィ王国の大貴族を討てるわけもなく、どう答えて良いかも分からない。さすがに斜め上過ぎて、シュンはあたふたしてしまう。
「冗談ですわ。エウィ王国の人間に用はありませんの」
「え?」
「農具は運ばなくて結構。門衛さん。お帰りを願ってくださいね」
「はっ! ほら行くぞ!」
「あぁ……」
王女はプイッと後ろを向いて、この場から離れていった。
デルヴィ侯爵を殺すと言えば良かったのか。はたまた、エウィ王国の人間だと知って揶揄われたのか。
それは不明だが、どうやら嫌われてしまったようだ。
「なぁ。王女様はどうしちまったんだ?」
「ミリエ姫はな。デルヴィ侯爵との婚姻を控えている」
「婚姻だと?」
「病死した姉君のミリア姫に飽き足らず、妹君まで手にかけようと……」
「なるほどな。だが六十歳を越えた爺って聞くぜ?」
「勇者候補なら異世界人だな? 王家の婚姻とはそういうものだ」
「へぇ」
(あの王女はミリエっていうのか。しかも爺が抱くだと? ふざけてやがるな。悪の権化ってのも頷けるぜ。くそっ! 権力、か……)
シュンは一人で納得する。
日本でも歳の差婚はあったが、ミリエ姫はどう見ても十代だ。
きっと権力にものを言わせて、無理やりに婚姻を決めたのだろう。しかも病死した姉の代わりに妹と交わるなど、はっきり言って羨ましい。
それに王政国家だと、権力は絶対的な力を持つ。デルヴィ侯爵の殺害などもっての外で、逆にお近づきになりたいところだ。
そんなことを考えていると、門衛に背中を押される。
「ほら。もう行け!」
「分かったよ。だが農具はどうすんだ?」
「後は我々が運んでおく。そのまま出発してくれ」
馬車まで戻ったシュンは、門衛と別れて仲間と合流する。
以降は農具を馬車から降ろして、ミルストーン城を後にした。
「ノックス。報酬の金は?」
「もらったよ。どうかしたの?」
「エウィ王国とカルメリー王国って仲が悪いのか?」
「さすがに知らないよ」
「そっか。そうだよな」
まだ諦めきれないシュンは、馬車に乗ってからも考え込んでいた。とはいえ、これ以上は無理である。
ミリエ王女とは、縁がなかったと諦めるしかなかった。
「まぁ気を取り直して帰るか!」
「ねぇねぇシュン。こっちの冒険者ギルドで依頼を受けようよ」
「おっ! アルディスは頭がいいな」
「へへっ! ボクを舐めないでよね!」
「みんなもそれでいいか?」
「いいぜ。何なら腰を据えてやろうぜ!」
「ギッシュの提案も捨てがたいが、すぐに戻ってこいってさ」
「んだよ! 自由に動けんじゃねえのか!」
「俺に言われてもな……」
(何の用があるのやら……。早馬が来たってことは、緊急の仕事か? だがどう頑張っても、城塞都市ソフィアに帰るのは一週間後だぜ。間に合うのか?)
ギッシュは文句を言っているが、命令ならば戻らないと拙い。
それでもアルディスの提案は良く、道中で完了できる依頼があれば助かる。ランクを上げるまでは、馬車の維持費も馬鹿にならないのだ。
冒険者ギルドのある場所は、通行門から伸びる大通りに面している。立地条件が良すぎるが、ギルドの特性を考えれば妥当だった。
ともあれ到着した後は、冒険者ギルドに入って依頼を探す。
「いい依頼はあったか?」
「ま、待ってくださいね」
依頼を探すのは、シュンとエレーヌだ。
ちなみに馬車を預けることにも、金銭が必要だ。節約をするために、馬車は道の端に寄せて残った仲間に見張らせた。
そして依頼自体は、冒険者ギルドに設置された掲示板に張り出されている。
達成できる依頼書を、受付に持っていけば良い。
「こ、これなんてどうですか?」
「見せてくれ」
「きゃ!」
シュンはさりげなく、エレーヌの腰に手を回した。
それにビックリした彼女は、小さな悲鳴を上げる。
「あぁ悪いな。押されちまったぜ」
「そ、そうですか。声をあげちゃってごめんなさい」
「別にいいぜ。でもエレーヌは、俺のことを嫌いだったりするのか?」
「嫌いではないですよ。ただちょっと、男性が苦手なんです」
「なるほどねぇ」
「よく痴漢に遭っちゃって……」
「まさか男性恐怖症なのか?」
「ち、違います! そこまでではないですよ」
(そんな旨そうな体をしてればなあ。内気だし触ってくださいと言っているようなもんだ。しかし、男性が苦手ねぇ。やっぱすぐに手を出さなくて正解だぜ)
ここでもホストスマイルを浮かべたシュンは、エレーヌを視線で舐め回す。
痴漢の被害に遭うだけあって、とても男受けする体だ。たわわな二つのものは手に収まりきらず、それでいてスタイルは崩れていない。
悲鳴も小さかったことから、電車内では耐えるしかできない女性だ。
「そっか。まぁ俺で良ければ相談に乗るぜ」
「え?」
「一応リーダーだしな。克服したいなら力を貸すぜ!」
「あの……。いいんですか?」
「もちろんだ! 仲間なんだしよ。気楽にな」
「そ、そうですよね!」
男性恐怖症まで進んでいないのは幸いだ。
苦手といってもエレーヌは、ギッシュやノックスとも会話ができている。ならば今まで培ったノウハウで、簡単に手籠めにできるだろう。
わざわざ口説く必要も無いか。
「話が逸れたな。その依頼を受けようか」
「野菜類の輸送ですね」
「さすがは農業国家。んじゃ受付してくるから、みんなに知らせてくれ」
「はい! では先に戻りますね」
食べ頃なエレーヌは、冒険者ギルドの出口に向かった。
そしてシュンは、依頼書を携えて受付に進む。しかしながら途中で立ち止まり、口角を上げて振り返る。
彼女をモノにする算段は、すでに組み上がっているのだった。
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