魔人と国王1
フォルトは日本から召喚されて以降、城塞都市ソフィアには一度だけ訪れた。
それは、レイナスを拉致するときだ。
もちろん空を飛んできたので、町並みなどは分からない。カーミラが操った適当な貴族の屋敷を占拠して、すぐに引き籠っている。
ともあれ都市の先には、王族が暮らす王城と王宮がある。
一般的に知られている王城とは違って、相当に広い敷地面積があった。召喚されたばかりの異世界人が使うロッジや騎士訓練所・教会なども建てられている。
ただしそれは、ほんの一部だ。
まるで、もう一つの町と言えるほどだった。
(懐かしくはないが、この城を見ると最初の頃を思い出すな。召喚されてからは理不尽な話ばかりだった。嫌な思い出しかない)
「カーミラ」
「何ですかぁ?」
「いや。何でもない」
「はあい!」
今が幸せなフォルトは、最初の頃の嫌な記憶は薄れている。
それよりは、カーミラと初めて出会ったときを思い出していた。
(あの頃と変わらず、とても密着度が高い。実にすばらしい! 最初はあたふたしてしまったが……。最高に気持ち良かった)
カーミラは魅力的な体を密着させ、気絶していたフォルトを起こした。
以降は促されるがまま、至福の情事に及んでいる。だからこそあの感触と温もり忘れないように、隣に座る彼女の体を引き寄せた。
「王宮の前に到着致しました!」
御者をしていた騎士が、前方の小窓を開けて到着を知らせる。
そして、馬車が停車した。
フォルトより先に出るのは、護衛として創造しておいた大罪の悪魔サタンだ。禍々しい槍を片手に周囲を警戒しながら、ゆっくりと地面に足をつける。
「ふん!」
「ば、化け物!」
「ふん! 邪魔だ。道を空けよ!」
「魔物! い、いや。悪魔が城内に侵入したぞ!」
馬車の扉を開けた騎士が、数歩ほど後ろに退いて剣を抜く。
角だけであれば、ルリシオンのような魔族で通るかもしれない。しかしながら、大きな翼に尻尾まで生えている。
絶世の魔王系美少女なのだが、人間から見れば魔物の類だったか。
それが馬車から登場すれば、誰だって驚くだろう。フォルトたちを送り届けた騎士たちも合流して、一斉に武器を構えた。
「あぁ済まん。俺の護衛だ」
「え?」
「途中で合流してな」
「知らんぞ! 我々は確認していない!」
「ふん! 貴様らが間抜けなだけだ。それでも騎士か!」
「ひぃ!」
サタンの威圧感が物凄く、あの皇帝ソルにも劣らないだろう。
ともあれサタンは馬車の中で創造しており、騎士たちが知る由も無い。苦笑いを浮かべたフォルトは「失敗したかな?」と思ったが、手遅れなので後の祭りだ。
今後は慎重に扱うべきか。
そう考えたところで、一緒に馬車を降りたカーミラの腰に手を回す。
「とにかく、武器を収めてくれないか?」
「貴様らを王宮に入れられん!」
「あらあ。せっかく招かれたけど帰っちゃうわよお」
「ムカつくわね。都市で暴れようかしら?」
最後は騎士たちを嘲笑うかのごとく、マリアンデールとルリシオンも優雅に馬車を降りてくる。彼女たちもまた、見目麗しい女性である。
それが余計に、騎士たちを怯えさせた。
勝ち目が無いことは理解しているのか、一斉に包囲の輪を広げる。
ただし、増援が来れば分からない。
「うぅ。我らでは判断できん!」
「なら判断できる奴に尋ねてきなさあい」
「あまり待たせるんじゃないわよ!」
「お、おい!」
「はっ!」
慌てた騎士の一人が、王宮内に向かった。
他の騎士たちは、馬車を取り囲んだままである。であればこれ以上の問答は無用だとして、フォルトは事の成り行きを見守る。
そして暫く待つと、王宮からグリムが姿を現した。「やれやれ」といった表情が分かるだけに、頬をポリポリとかく。
「よい。武器を収めるのじゃ」
「しかし!」
「エインリッヒ陛下が招待したローゼンクロイツ家の者ぞ!」
「「はっ!」」
騎士たちを睨んだグリムが、語気を強くして命令する。さすがに国王の名前が出たので、彼らは命令に従うしかないだろう。
次にフォルトの前まで進むと、サタンを前に口を開く。
「初めて見る顔じゃな」
「ふん! 余も初めて会ったからな」
「魔族ではないのう。何者じゃ?」
「ふん! 主の護衛だ!」
「主のう」
危険が無いと判断したグリムは、フォルトに向き直った。
気まずいと言えば気まずいので、疑問を問われる前に答えてしまう。
「護衛だよ」
「なるほどのう。とりあえず武器を下ろしてもらえるかの?」
「サタン!」
「ふん!」
サタンの持っていた槍が、一瞬で消える。
彼女が装備している武器や服は、本来の姿の皮膚が変化したもの。
これはニャンシーも同様で、科学を無視した魔力的な能力らしい。魔力的とあやふやなのは、当の本人たちにも分からないからだ。
召喚魔法と同様に、「そういうもの」と割り切るしかない。
「済まなかったの。では、ワシが案内をしよう」
「グリムの爺さんなら安心だ」
「ほっほっほっ。お主たちは馬車を移動しておくのじゃ」
「「はっ!」」
舞踏会が終われば、馬車を回してくれるそうだ。ならばと騎士たちに背を向け、身内たちを伴ってグリムの後をついていく。
田舎者丸出しのフォルトは、王宮内をキョロキョロと眺めながら進んだ。
旅行などしたことが無く、とても物珍しかったのだ。
「さすがに立派だなあ」
「えへへ。うちとは大違いですね!」
王宮とフォルトの屋敷を比べては駄目である。
切り出した丸木を、あまり加工もせずに建てたのだ。建築技術の粋を集めたような王宮とは、天と地の差があった。
「アレでも住めば都だ。アレ、でもな」
「ほっほっ。ワシはお主の屋敷のほうが好きじゃぞ」
「そうですか?」
「うむ。静かで落ち着くからのう」
グリムぐらいの年齢になると、旧校舎のような屋敷でも風情を感じるのだろう。と言ってもフォルトの屋敷は、総価値なら相当なものだった。
なぜかと言うと、魔道具の数が違う。
水が湧きだす蛇口から、光を発する照明などだ。
眷属のルーチェが作成した魔道具は、人間社会だと高価な代物である。
「この貴賓室で待機じゃ」
「貴賓室?」
「他国の王や上級貴族を招いたときに使う部屋じゃな」
「ほうほう」
王宮にある貴賓室は最上級の部屋であり、下級貴族が使える場所ではない。
そこに案内されたことで、マリアンデールとルリシオンは感心した。
「へぇ。手紙の内容といい。礼儀を弁えたようね」
「当然よお。でも、さっきのはいただけないわあ」
「それは勘弁してもらいたいのう」
「あはっ! 冗談よお」
ルリシオンの言葉に対して、グリムが苦笑いを浮かべる。
勇魔戦争が終結して十年以上も経過しているので、騎士たちの中には魔族の怖さを知らない者も混じり始めていた。
戦争経験者は身分が上がっていたり、年齢とともに引退している。
戦争以降に行われている魔族狩りでも、そう簡単に魔族を発見できない。対魔族戦闘の経験者も、現役だと減ってきていた。
「このソファーはいいな」
「御主人様に膝枕ができますねぇ」
「よし! 頼む」
貴賓室の中には、寝心地の良さそうなソファーがあった。横になっても余裕があるので、カーミラの膝枕を堪能する。
そして部屋を見渡すと、絵画や調度品が視界に入った。
もちろんフォルトには、美術品の価値など分からない。理解できるのは、「高級そう」ということだけだ。
「寛いでおるのう。一応は王宮なのじゃがな」
「ははっ。気疲れして……」
「まぁよい。暫くしたら陛下と謁見じゃ」
「え?」
「何を驚いておるのじゃ? そのために呼んだのじゃぞ」
「そ、そうだが……。もう会うのか?」
今回の国王との謁見は非公式である。
フォルトとしてはアルバハードで催された晩餐会のように、舞踏会で面会するのかと思っていた。
それが舞踏会の前に、会議室で謁見をするらしい。
「先に言っておくが、貴族の礼儀なんて知らないぞ?」
「ほっほっ。それは陛下も理解しておる。気楽に会えば良いのじゃ」
「そうなのか?」
「公私は分けるものじゃ。時間もそれほどかからぬ」
「へぇ。助かる」
「陛下もお忙しい御方じゃからのう」
何を話すのかは分からないが、数分から数十分で終わるなら我慢できる。しかしながら、このような対面は緊張してしまう。
もしも大企業であれば、アルバイトが会長に面会するようなものだ。
魔人の力など、精神的なものには意味を成さなかった。
「あぁ緊張してきた」
「御主人様。大丈夫ですかぁ?」
「貴方は……。ローゼンクロイツ家当主としての自覚を持ちなさい!」
「まったくねえ。シャキッとしなさあい」
「無理。やはりサタンが会ってきてくれ」
「ふん! 構わぬが、それに意味はあるのか?」
「お主は……。駄目に決まっとるじゃろう」
「ですよね」
「「はぁ……」」
フォルトの馬鹿馬鹿しい言葉には、全員が呆れている。
ともあれティーセットを用意したメイドが、貴賓室に入ってくる。高級そうな食器に菓子も添えられており、オヤツの時間の開始だった。
それにしても気が重いと思ったフォルトは、頭を抱えたくなる。だが抱える代わりにカーミラの太ももを堪能しながら、茶菓子に手を伸ばすのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトたちとは別に、同じく馬車に乗っていた一行がいる。
それは、シュン率いる勇者候補チームだ。大型の馬車に乗り、城塞都市ソフィアからカルメリー王国に向けて旅立っていた。
「まさかエレーヌが、馬車の御者をできるとはな」
「こ、こっち世界に来てからやらされたんです!」
「へぇ。馬には乗れるようになったけどな」
「シュンは「聖なる騎士」ですもんね」
「最初は大変だったぜ!」
ホストスマイルを浮かべたシュンは、馬車を御しているエレーヌの隣にいた。長距離の移動に際しては、交代して向かう必要があるからだ。
そのために、馬車の操作方法を教えてもらっている。
「か、軽く手綱を打ち付けると歩きだしますよ」
「こうか?」
「はい!」
エレーヌから言われたとおり、シュンは手綱を馬に打ち付ける。
二頭の馬はゆっくりではあったが、馬車を引いて前進を始めた。舗装されていない道なので、それなりに揺れが激しい。
ちなみに強く打ち付けると、もっとスピードが出る。
「なるほどなるほど。で、止まるときは?」
「え、えっと。手綱を引っ張ればいいです。強くやっては駄目ですよ?」
「力加減を教えてくれ」
「え? きゃ!」
シュンはエレーヌの腕を掴んで、手綱を持つ手の甲を握らせる。
スキンシップの一環だが、この程度では昂るほど子供ではない。
(へぇ。冷たい手だな。アルディスやラキシスとは違う。そのアルディスは……。寝てるな。今がチャンスだぜ!)
ただっ広い平原にできた道を走っているので、余所見をしても問題は無い。
後ろをチラリと見たシュンは、エレーヌに体を寄せる。続けて促すと、彼女は恥ずかしがりながらも手綱を引っ張った。
「ありがとう。これぐらいでいいんだな」
「緊急時は思いっきり引っ張りますけど、基本的には馬が嫌がります」
「だいたい分かった」
「さすがですね」
「ところでさ。エレーヌって冷え性なのか?」
「え? あ……。冷たかったですか?」
「いや。大丈夫だ」
シュンは二人の女性と関係を持ったので、それぞれの違いを考える。
アルディスは手は普通で、ラキシスは温かい。後はエレーヌを口説き落とせば、三種類の温もりを楽しめるなどと思い描く。
そして暫く御者の練習をしていると、荷台からギッシュが身を乗り出した。
「おぅホスト。俺と代われや!」
「い、いや。ギッシュがやると暴走するだろ!」
「チンタラと走ってんじゃねえ!」
「バイクじゃねぇんだぞ!」
「そうだけどよ。乗り物に乗ると熱くなってくんだろ?」
「こねえよ! 馬車に名前まで付けやがって……」
ギッシュはスピードを出したくて、体がウズウズしているようだ。とはいえ彼が望むような無茶をすれば、馬車が壊れてしまう。
乗馬の練習では馬の尻を叩きながら、まるで競走馬のように走らせていた。また蛇行もさせていて、馬が悲鳴をあげていたものだ。
「俺はゼッツーに乗ってたからな」
「馬車にゼッツーって……」
「いいじゃねぇか。塗装は勘弁してやったろ?」
「そうだけどよ」
馬車を族車にされては堪らない。
ギッシュにすべてを任せていたら、大変な事態を招くだろう。下品な仕様にされ、衆目を一身に集めることとなる。
噂が噂を呼んで、勇者候補チームは変人の集まりだと思われてしまう。
「カルメリー王国までは一週間ぐらいだろ? やっぱスピードを上げようぜ」
「壊れるって言ってんだよ! ゆっくりと行こうぜ。なぁエレーヌ?」
「そ、そうですよ。安全が第一です!」
「けっ! 道交法なんてねぇだろ?」
「それでも、です」
「ちっ。分かったよ。じゃあ俺も寝るぜ」
ギッシュは荷台に戻って、すぐに寝息を立てていた。
唯我独尊過ぎて困ってしまうが、戦闘のときは頼りになる男なのだ。
「続きをしようか」
「えぇ」
シュンが収集してきた情報を総合すると、エレーヌは押しに弱そうだ。と言っても口説く場合は、注意が必要だった。
アルディスに知られると、たちどころにチームが崩壊する。
そのスリルも、また楽しいのだが……。
「もう一回だけ、力加減を頼むよ」
「いいですよ。で、でも……。近すぎ……」
「手長猿じゃねぇからな。頼むよ」
「わ、分かりました」
シュンはちょっとしたセクハラをしながら、御者の指導を受ける。
それを暫く続けながら、最後の詰めをどうするか考えた。エレーヌについては、もう手のひらの上も同然である。
後は時と場所を選ぶだけだった。
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