大罪の悪魔2
食事を終えたフォルトは、寝室のベッドで横になっていた。
当然のように一人ではなく、マリアンデールとルリシオンがいる。横にちょこんと座っており、厳しい目を向けられていた。
「人間の国王なんて無視しておけばいいわ」
「都市を火の海にするなら行ってもいいわよお」
エウィ王国の国王から呼び出されている件について、だ。
魔族にとって人間は格下であり、ローゼンクロイツ家は魔族の名家である。
たとえ国王であっても、双竜山の森まで出向くのが普通と姉妹は思っている。しかしながら、魔族の国を滅亡させた人間からすれば思い上がりも甚だしい。
いくら姉妹が強かろうが、敗残兵としか見られていない。
「ははっ。マリとルリならそう言うと思った」
「分かっているのなら話が早いわ」
「シェラはどう思う?」
寝室には、魔族のシェラもいる。
現在はお医者さんゴッコの延長として、フォルトの体をマッサージ中だ。まったく凝っていないが、これもスキンシップである。
とりあえず、彼女の意見も聞いてみた。
「客観的に聞いても、マリ様とルリ様が正しいですわ」
「そうなのか?」
「ですが出てこないでしょうね」
「だよなあ」
客観的でないのは気のせいか。
そう思ったフォルトは、シェラの献身に身を委ねる。女性に体をほぐしてもらうのは、何とも気持ちが良い。
それにしても、ローゼンクロイツ家は……。
「重い家名を背負ったようだ」
「そうよお。今頃になって気付いたのお?」
「仰向けになってください」
「うむ」
シェラに背中を叩かれたフォルトは、うつ伏せの状態から反転する。
寝室のベッドは、四人が大の字で寝られるほど広く作ってある。ゴロゴロと動き回っても落ちないところが良い。
「ソフィアに配慮しているのは分かるわ」
「………………」
「でも、私たちも大切でしょう?」
「もちろんだ!」
フォルトは力強く頷いた。
改めて言われるまでもなく、身内は全員愛している。カーミラを特別視していようとも、全身全霊をもって大切にする女性たちなのだ。
「私たちも貴方は大切よ。だから、家名を有効活用しなさい」
「ふむ」
「貴族に無礼を働いたら、簡単に制裁できるのよお」
「そういうものか?」
「魔族は物理的な力関係がハッキリしているからね。文句を言わせないわ」
「なるほど。人間は?」
(御手討ち! みたいなものか。貴族にぶつかっただけで処刑とか? さすがにそれは無いか。あるのか?)
引き籠りのフォルトは、アニメや漫画・小説に毒されているようだ。
悪い貴族を懲らしめる作品が多かった。実際にそういった貴族が存在するかは分からないが、そのことを問うと姉妹はクスクスと笑う。
「ふふっ。貴族の性格次第ね。いないことはないわ」
「へぇ」
「でもねえ。そういった貴族は、遅かれ早かれ失脚するわよお」
「そうですよ魔人様。次はこちらを……」
「あぁ……。重点的に頼む」
「はい!」
シェラの手が心地良い。
普段から物静かな女性なので、どうしても背徳感を覚えてしまう。とはいえ、国王の件をどうするか。
それが問題だった。
「最終的な判断は貴方だけどね」
「当主の意向には逆らわないわあ」
「要はメンツを潰さなければいいのだな?」
「ふふっ。そうね。ちゅ!」
「そうよお。ちゅ!」
「でへでへ」
天井を見ているフォルトは、姉妹から同時に口付けをされた。
昔からむっつり度が高いで、顔の筋肉は緩みっぱなしだ。
「でも、王様を刺激するのもなあ」
「そう言えば、人間を利用しているとか?」
「まぁ投資みたいなものだ。ちょっと違うか?」
その場だけを考えれば、傍若無人でも良いだろう。しかしながら人間を利用しているつもりなので、完全な敵対関係は避けたかった。
その方針は、今後も変わらない。
(闘技場を造らせているしな。それにアーシャが言っているファッション。旨い食事のためには、調味料やレシピ。せいぜい頑張ってもらわないと……)
どれも、小さな自己満足である。
そうは言っても、あちらの世界の技術までは期待していない。だが技術の発展というものは、継続が重要なのだ。
フォルトとしては、ひっそりと待って享受するのが理想だった。
「魔人様。どうですか?」
「いいよシェラ。もっと頼む」
カーミラのマッサージも良いが、シェラも負けず劣らずだ。
ツボを心得ている彼女は、フォルトの太ももを揉みだした。司祭として献身的であり、オヤジ心をくすぐられる
ともあれ心地良さに眠気が出たところで、寝室の扉がノックされた。
この部屋には、身内であれば誰でも勝手に入って良い。にもかかわらず、ノックをする人物は決まっていた。
「フォルト様」
「ふぁぁあ。やぁソフィア」
「………………」
「混ざる?」
「結構です! 御爺様から手紙が届きました」
「進展があったのかな?」
「はい。こちらですが……」
ソフィアとグリム家は、ハーモニーバードを使って連絡を取り合っていた。
もちろん彼女のように召喚魔法が使えないと、その手段は使えない。魔法が存在する世界とはいえ、リリエラがやったような郵便配達の仕事は失われないだろう。
「ふむふむ。ほうほう。まぁ妥当、か?」
「どうしたのかしら?」
「ほら。読んでいいぞ」
内容に感心したフォルトは、手紙をマリアンデールに手渡す。
ルリシオンも横から目を通して、暫くすると二人して頷いた。内容については「またか」と思ったが、両者の面子を保つにはそれしかないように思える。
この提案なら乗れるかなと考えて、姉妹からの裁定を待つのだった。
◇◇◇◇◇
王宮の廊下を、三人の男女が歩いている。
そのうちの一人は、小さな王冠をかぶって白いドレスを着ていた。年の頃は十六歳ぐらいの少女で、とても可愛らしく気品もある。
少女の向かう先には、国王のエインリッヒ九世とグリムが外を眺めていた。
「お父様!」
「おぉリゼットよ」
エインリッヒ九世が振り返って、その少女の名前を呼ぶ。
彼女の正式な名前は「リゼット・ユフィール・フォン・エインリッヒ」。エウィ王国の第一王女で、他の二人は護衛である。
子沢山の王家には、八人の王子と四人の王女がいた。
そのうちの八男ブルマンは、ローイン公爵家に養子として送り出している。
第一王女の彼女は、そろそろ嫁ぎ先を決める必要があった。
「お父様。一つ考えたのですけど……」
「ふむ。その話は後でゆっくりと聞こう」
「はい。では、庭を散歩してきますわ」
「うむ」
満面の笑みを浮かべたリゼット姫は、その場から足早に去った。
それを目を細めて送り出しているエインリッヒに、グリムが声をかける。
「姫様は明るくなられましたな」
「ははははっ! リゼットの笑顔は王国を照らしてくれる」
「国民からの人気が高こうございますからな」
「今では天使などと呼ばれておるわ!」
「ほっほっ。国民に寄り添った政策を提案なさいます故」
「貴族どもに潰されておるがな」
「致し方ございませんな。しかしながら、まるで通らないわけでも……」
「貴族からすれば、飴と鞭だ」
「貴族に対して、あまり影響が出ない政策ですな」
「うむ。食料の配給を増やしたところで、今は余っておる」
リゼット姫の提案は、ほとんど通った試しがない。エインリッヒ九世が言ったとおり、どうでも良い提案だけに貴族は賛成する。
そのことを、彼女は喜んでいた。
「ワシからすれば、奇抜な提案もあって頼もしいのじゃが……」
「貴族が許すまい。それを是正せねばならぬのだがな」
「徐々にやるしかありますまい」
「うむ。国の歴史が長くなると弊害も多い」
「ですからワシは、陛下のお傍で……」
「助かっておる。曾祖父は良い親友を持ったものだ」
「ほっほっ。まだ死ぬのを許してくれぬようじゃ」
グリムは数百年もの間、エウィ王国に身を捧げている。
親友だった先王から、王国のゆく末を見届けてほしいと懇願されたからだ。約束を守らせるほどの絆を結んでおり、今も王家に仕えている。
また「延体の法」という儀式に協力したエルフも、その一人だった。
「さて。仕事が山積しておる。爺も手伝ってくれ」
「畏まりました陛下」
エインリッヒ九世はグリムを伴って、自身の執務室に向かった。
国家の頂点に座しているからこそ、仕事は山ほどある。勘違いをしている国民は多いが、暇に見えるのは時間と人材を上手に使っているからだ。
威張っているだけが国王ではない。
ともあれ暫く執務を行っていると、リゼット姫が部屋に入ってきた。
「お父様!」
「戻ったかリゼットよ」
先ほど口にしていた考えとやらを伝えにきたのだろう。
貴族に潰されることになるだろうが……。
「グリム様が庇護している異世界人について、なのですけど……」
「むっ。どうしてそれを?」
慈善活動の提案だと思っていたエインリッヒ九世は、予想外の内容に驚いた。
フォルトと呼ばれる異世界人については、リゼット姫を含めて家族にも伝えていないのだ。承知している貴族には緘口令を敷いて、対応を考えている最中だった。
誰かは分からないが、国王からの命令に従わなかったのか。
「メイドとの会話で分かりますよ。噂とはそんなものですわ」
王家に仕えるメイドは、貴族の令嬢がやっている。
王族に取り入ることで、実家の安泰を計るためだ。または王族の動きから情報を入手して、利益に繋げている。
「今は誰と会っている」などの情報は、メイドたちの実家に筒抜けだった。
もちろんそれは、王家のほうでも承知している。当然のようにエインリッヒ九世も、同様の使い方をしていた。
どうやらリゼット姫も、貴族側の情報を入手しているらしい。
ただし王女には何の権限も無いので、そういった利用は意外だった。
「そうか。まぁ上級貴族には公表したからな」
「はい。しかもお父様は、その者に出頭を命じたとか?」
「うむ。爺よ。その後はどうなっておる?」
「返事はまだでございますな」
「遅いな」
「申しわけございませぬ」
グリムが深々と頭を下げる。
王命としてフォルトを呼び寄せ、エインリッヒ九世と非公式の謁見をさせる。しかしながら、その算段がついていないようだ。
刺激するのは良くないという進言もあり、完全に任せてはいるが……。
「それなのですが、おそらく魔族の姉妹が邪魔をしておりますわ」
「急にどうした?」
「魔族の名家、ローゼンクロイツ家を名乗ったと聞き及んでいます」
「リゼット?」
「姉妹であれば、人間の王家を格下と見ているでしょう」
「………………」
目を細めたリゼット姫は、口早に捲し立てている。
今まで見たことも無い姿だが、その内容は的を射ていた。
「いったいどうしたというのだ?」
「お父様は、その異世界人をどうなさるおつもりですか?」
「今回は非公式の謁見だ。参考にする程度だな」
「では、私の考えを述べさせていただきます」
エインリッヒ九世の知っているリゼット姫は、良く言えば優しい人間。悪く言えば世間知らずで、貴族たちの思惑を考えたことすら無い。
また王女の立場は理解しており、政治絡みの話には口を挟まない。会話は世間話が主なところで、慈善活動の提案をする程度だった。
それが今回に限って、グイグイと食い込んでくる。
「うーむ。お前らしくもないが、聞くだけは聞いてみよう」
「ありがとうございます。舞踏会にお呼びしてはいかがでしょうか?」
「舞踏会だと?」
「はい。出頭を命じられたことを不快に思っている、と推察しますわ」
「なるほど」
「そこで招待という形を採るべきだと思います」
そのリゼット姫が、魔族への配慮を提案したことに首を傾げてしまう。とはいえ解決策の内容は、彼女らしいと言えばらしいか。
舞踏会を開くことは可能なので、グリムに意見を聞いてみる。
「爺はどう思う?」
「良い提案だと思われますな。魔族の姉妹はプライドが高いですからのう」
「魔族の国ジグロードが滅亡しても、ローゼンクロイツ家は健在ということか」
「はい。かの姉妹を敵に回すべきでは……」
「それは分かっている。だからこそ、爺の話に乗ったのだ」
フォルトを庇護するにあたり当初の目的では、ローゼンクロイツ家の姉妹を囲うことの比重が大きかった。
彼女たちの討伐には、多大な被害が出るからだ。
それが、グリムの中では逆転したと聞いている。
姉妹への警戒は緩められないが、それ以上に危険と見なしていた。
「グリム様。その異世界人の強さについては?」
「ふむ。興味がおありで?」
「そうですわね。私も勇者様には憧れておりましたのよ?」
「ビッグホーンを討伐できる強者。英雄級には届いていそうですな」
「勇者様がチームで挑んだ大きな魔獣ですね」
「魔族の姉妹が手伝ったのかもしれませぬな」
グリムは言葉を選んでいるようだ。
勇者級はレベル五十以上で、英雄級はレベル四十から五十の間である。またエウィ王国――異世界人以外――にも、勇者級・英雄級は存在した。
リゼット姫でも理解しやすいように伝えているのだろう。
ただしエインリッヒ九世には、全体的な脅威として進言されている。
「そうでしたか。では、お父様?」
「うむ。リゼットからの提案を採用するか」
「ありがとうございます」
以降は、細かい打ち合わせをした。
相手は魔族の名家なので、下手な招待は怒りを買うだろう。しかも、フォルトの性格すら考える必要があった。
もちろんそれは、グリムの領分だ。
最後にリゼット姫の提案を加えて、招待の仕方を決定したのだった。
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