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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第十章 新・聖女誕生
131/192

総括2

 大陸の北東部全域に広がる原生林。

 あちらの世界で言えば、アマゾン熱帯雨林が近いだろうか。

 東の海に流れ出す大河流域に大きく広がって、大陸の四分の一を占めるほどだ。他にも様々な魔物や魔獣が、生存競争を繰り広げている地域でもあった。

 そして森の住人である亜人たちが、フェリアスという国を興している。


「見えてきたわ」


 その原生林の中を、颯爽さっそうと走る耳の長い女性がいる。

 木の枝から枝に飛び移って、まるで地面を走るかのように渡っていた。視線を空に向けると、木々の隙間からは大樹が見える。

 天を貫くほど高く伸びるそれは、彼女の視界に収まらないぐらい太い。

 この途方もなく大きな一本の樹木が、世界樹と呼ばれる大樹だ。長寿種のエルフ族が誕生する以前から存在して、今もなおフェリアスを見守っていた。

 そして原生林を渡っていた女性は、エルフ族のクローディアである。


「クローディア様。お帰りなさいませ」

「はい。ただいま」


 世界樹の麓には、古来より遺跡と思われる建造物が多数存在していた。

 そしてエルフ族は、世界樹の守り人を使命としている。だからこそこの場所は、エルフの里と呼ばれていた。

 同族と挨拶を交わしたクローディアは、安堵あんどの笑みを浮かべた。三国会議に出席していたが、やっと戻れたと緊張感を解く。

 三大大国の一員として仕方無いが、人間の相手は神経をすり減らすのだ。


「大族長たちが、大広間にてお待ちです」

「分かりました」


 クローディアは、女王の名代を務めている。

 そして世界樹の前にある遺跡を、便宜上の城としてあった。遺跡の入口を守る同族は、人間国家でいうところの門衛にあたる。

 大広間という場所も、ただ広い部屋だったからそう呼んでいた。

 ともあれ客人を待たせているようなので、急いで城の中に入る。

 以降は着替えもせず、大広間に向かった。


「お待たせしましたわ」

「そんなに待ってはおらぬ」

「三国会議はどうであった?」

「急かすな急かすな。帰還したばかりではないか」

「人間ヲ相手ニ大変ダッタナ」

「とりあえず座って、酒でも飲め!」


 五人の大族長に迎えられて、クローディアは床に座る。

 テーブルや椅子の無い大広間では、全員が円を描くように腰を下ろしていた。人間からすると原始的と思うだろうが、彼らにとっては普通である。

 そして亜人の国フェリアスは、六つの種族で形成されていた。


「ガルド様。ドワーフ族のお酒は好評でしたよ」

「ガハハハッ! そうであろう。厳選した最高級の酒じゃぞ」


 ドワーフ族。

 まるで酒樽さかだるのように太った体と、毛むくじゃらなひげが特徴である。しかもその体型とは裏腹に、彼らは手先が器用な種族だ。

 生まれ持った職人としての技術で、武器や防具の製作や装飾品の加工、建築などを行える。ドワーフ製は品質が高く、人間社会では高値で取引されていた。

 フェリアスの各地に点在する鉱山を拠点にしている。


「シュレッド様。急ぎ戻れたのは……」

「よい。走るより飛ぶほうが速かろう」


 有翼人族。

 その名のとおり、背中から翼が生えている種族だ。

 森の各地に集落を持ち、フェリアスの空を担っている。翼は魔力を帯びていないが羽ばたく力が強く、まるで鳥のように飛べる。

 ある程度の重量の荷物なら運べるので、空輸で大活躍だった。

 彼らのおかげでクローディアは、エルフ族の領域まで短時間で戻れた。


「カザン様。護衛を出していただき……」

「礼は不要。人間どもを観察する良い機会だろう」


 獣人族。

 それは総称で、様々な部族で成り立つ種族だ。

 基本的には頭に生えた獣耳の形で、出身の部族が分かる。猫耳なら猫人族、犬耳なら犬人族だ。また人間よりも力が強く、フェリアスでは最大の人口を誇る。

 獣人族も各地に集落を築いて、森全体の警備を担当していた。


「ソレイユ様。ルニカの件は残念ながら……」

「そっか。まぁいいんだけどよ」


 人馬族。

 上半身が人間で下半身が馬、別名でケンタウロスと呼ばれる種族だ。

 狩猟を生業とし、弓の扱いに関してはエルフ族に匹敵する。走るスピードは馬よりも速いが、その能力は森では活かせない。

 フェリアスの東から海の間には平野部があり、そこを縄張りとしている。


「ロット様。養殖の技術提供を受けられそうですわ」

「本当カ!」


 蜥蜴とかげ人族。

 リザードマンとも呼ばれ、他の五種族とは見た目からして違う種族だ。

 直立した蜥蜴なので、人間からはゴブリンやオークなどと同様に魔物と分類されていた。だが知能の高さと義理堅い種族性で、フェリアスに受け入れられている。

 水辺や湿地帯に集落を築いており、肉ではなく魚を食べる。

 戦いともなれば、最前線に立つ頼れる種族だ。


「しかしクローディア殿。エウィ王国と人的交流だと?」

「はい。グリム殿から技術提供を提示されまして……」

「交流と言ってもな。我らドワーフ族は交流しておるぞ?」

「獣人族も多少なりとも交流しているな」


 フェリアスの住人は人間と確執があるので、基本的には交流していない。とはいえドワーフ族は物品を販売しており、それなりに交流している。

 獣人族は彼らの護衛として、たまに国境を越えるときがあった。

 そして、有翼人族・人馬族・蜥蜴人族は交流していない。エルフ族も同様だがフェリアスの盟主として、三国会議のような場に出席する程度だ。


「フェリアスの地に足を踏み入れる、という話ですわ」

「今でも入っていないわけではなかろう?」

「規模が変わりますからね。国境周辺の集落だけでは済まないでしょう」

「技術ノ提供ハ喜バシイガ、森ヲ破壊サレナイカ心配ダナ」

「そのあたりは獣人族が目を光らせておく」

「奥地に入られなければ問題無いと思うぞ?」

「では、人間の立ち入りを規制する準備を急がせましょう」


 亜人の国フェリアスの思想は、自然原理主義に近い。

 「自然に生かされている者は、自然と共に生きるべき」といった内容である。だからこそ、森との共生や保護を第一に考えている。

 そして人間は無意味に樹木を傷つけて、必要以上に伐採する種族だ。

 フェリアスの住人からは、森の破壊者と呼ばれて忌み嫌われていた。しかしながら交流を拒めば、牙をいた侵略者になるだろう。

 最悪の結果を避けるために、対等な国家として門戸を開いたのだ。


「そう言えば、魔族の件はどうなった?」

「魔族狩りへの参加はしません。今までどおりで変わらずですわ」

「頼られたら助けてはいるが……」

「魔族全体に恨みは無い。森に侵攻してきたから撃退したまでだ」

「撃退と言っても、人間と組まねば無理じゃったがな。ガハハハッ!」


 これが、フェリアスの魔族に対する立ち位置だった。

 魔族とは昔から交流があり、隣人として友好を保っていたのだ。戦争を引き起こした理由は不明だが、当時の魔王によって友好を壊されたと考えられている。

 昔からの友誼ゆうぎを思って、人間が行っている魔族狩りには参加していない。また人間を刺激しないように、虐殺については黙認している。


「フェリアスとしては、魔族に手を差し伸べることはできませんわ」

「分かっている。個人が勝手に助けているだけだ」

「ものは言いようだねぇ」

「そうは言うがな。ソレイユ自身も匿った魔族がいるだろ?」

「そりゃあ……。一個人として勝手にやっていることだ」

「ほらみろ」


 場の雰囲気が明るくなる。

 三国会議では、他の二国に譲歩する場面が多かった。人間の要求を受け入れた形になったが、クローディアの決定に異を唱える者はいない。


「女王が出席しなかったのだから仕方あるまいな」

「その女王だが……」

「済マヌ。我ラノ司祭デモ駄目ダッタ」

「人的交流が盛んになるのだ。人間の領域に期待するのも有りじゃな」

「未調査の場所の探索も行わないとなりませんわね」

「解決の糸口があるかも知れねぇな」


 エルフ族の女王が、三国会議に出席できなかったことには理由がある。

 その解決には、まだまだ時間を要するだろう。専念することは不可能で、その解決方法も解明されていない。

 以降のクローディアは、三国会議を総括する。

 そしてローゼンクロイツ家の登場も、この場での共有情報とした。一番驚いているのは人馬族の大族長ソレイユで、ドワーフ族のガルド王も同様か。

 ともあれ今後のフェリアスが向かうべき道を、皆で意見を交わすのだった。



◇◇◇◇◇



 特産品調査というクエストで、リリエラが双竜山の森を出発した頃。

 冒険者のシルビアとドボが、意気揚々として戻ってきた。

 樽の中に隠れて侵入した件は記憶に新しい。どうやらフォルトからの依頼を達成したようで、今は堂々とテラスの椅子に座っている。

 その依頼を出した本人は、彼らの報告を興味深く聞いていた。


「と言った話だね。真っ黒だったというわけさ」

「見た目で判断するのはあれだがデルヴィ侯爵はなあ」


 シルビアから調査報告を聞いているフォルトは、カーミラを隣に座らせて太ももに手を伸ばした。ソフィアも同席しているが、隣の席に腰を下ろしている。

 残りの身内は他の場所にいるので、その愛らしい姿は見られない。

 レイナスとアーシャは、ルーチェから魔法の指導を受けている最中。またマリアンデールとルリシオンは、シェラと一緒に屋敷の調理場で遊んでいる。


(うん。何とか会話はできている。アルバハードでのリハビリのおかげか? 嫌なのは変わらないが、多少は抵抗が減ったか……)


 フォルトは人間嫌いがたたり、身内以外との会話に抵抗があった。

 表面的には問題無くても、内心では気持ち悪かったのだ。とはいえ、アルバハードで活動をしているうちに免疫が付いたか。

 これなら、ストレスも貯まらないだろう。


「報告に出たシュナイデン枢機卿すうききょうって誰だ?」

「聖神イシュリル神殿の権力者さ。次期教皇ともくされているね」

「へぇ。そいつとデルヴィ侯爵が……」

「表面的には人気があっても、裏ではお察しだよ」

「政治の世界のドロドロか」

「情報屋の見立てでは、そんなところだねぇ」


 これらはすべて、異世界人のフリッツという人物が調査した内容だった。

 出身地は米国で、シルビアやドボと同時に召喚された男である。互いに道は違えども、ずっと親友として付き合っているそうだ。同様に召喚されたクレアと所帯を持って、料理屋を営みながら情報屋をしている。

 平穏で無難な生活を聞いて、フォルトに虫唾が走ったのは内緒だ。

 そして親友という関係性は、シュンとの間に芽生えることは無い。


「後は新興の裏組織か?」

「侯爵に金が流れているらしいよ」

「他には?」

「いや。こんなところだね。依頼完了でいいかい?」

「白い貨幣だった、な」


 彼らの集めた情報は大したことがない。

 裏情報で危険はあるかもしれないが、それでも報酬と見合わないだろう。交渉事では、引き籠りのおっさんが勝てようはずもない。

 そこで、フォルトが採った行動は……。



【マス・ドミネーション/集団・支配】



「「なっ!」」


 いきなり魔法を使われたので、シルビアやドボが驚くのも無理はない。だがフォルトの魔法は、瞬時に効果を発揮した。

 以降の彼らは目が虚ろになって、口を閉ざしている。

 その行動に対しては、ソフィアが非難の声を上げた。


「フォ、フォルト様!」

「どうかしたか?」

「精神支配の魔法は法に触れますよ!」

「ふーん」

「あ、いえ……。なるべくなら控えてくださいね」

「そうしよう」


 身内になる前の思考で、フォルトを非難してしまったようだ。後悔の念を表情に浮かべているが、それを含めて愛しているので問題は無い。

 カーミラが手を伸ばして、彼女を慰めているところが微笑ましい。

 とりあえず効果時間があるので、さっさと要件を済ませてしまう。


「シルビアさん。その報告が報酬に見合うと思うか?」

「いや。多すぎるね」

「ドボさんは?」

もらい過ぎだぜ」

「ふーん」


(この始末をどう付けようか)


 フォルトは支配の魔法を解除した。

 この魔法は、効果中の記憶が残っている。魅了と同様の仕組みなので、魔法の効果が切れたシルビアとドボは怒り出した。


「テ、テメエ! 何しやがんだ!」

「そうだよ! 私らを支配……。うっ!」


 二人は激昂げきこうするが動けなかった。

 彼らのすぐ後ろに、マリアンデールとルリシオンが立っているからだ。しかもシルビアの首には、ナイフが突き付けられている。


「まったく……。オヤツを置いておいたわあ」

「ありがとう」

「私たちは必要無かったかしら?」

「いやいや。手っ取り早くて助かった」


 マリアンデールの時空系魔法だ。

 対象者の時間を止める魔法を発動させて、シルビアとドボは動きを止めていた。怒った人との会話は面倒なので、非常に助かったのは事実である。

 怒らせたのはフォルトだが……。

 またソフィアが何も言わないのは、姉妹に殺害の意思が無かったからだ。


「済まんな。相場が分からないのだ」

「だからって……。くっ!」

「ルリ。もういいよ」

「はいはい。じゃあ調理場に戻るわねえ」


 姉妹は手をヒラヒラと動かして、屋敷の中に向かった。

 時間停止の連携も兼ねたのだろう。本来なら魔法の効果時間が切れた瞬間に、シルビアの首が切り裂かれていた。

 それが分かるだけに、二人は溜飲りゅういんを下げている。


「オメエは本当に何者だよ?」

「異世界人で日本人だ」

「けっ! 足りない分はやってこいってか?」

「いや。もういい。カーミラ」

「はあい! 報酬の白金貨でーす!」

「お、おい……」


 カーミラは小さい胸の谷間から白金貨を取り出して、テーブルの上に置いた。当然のようにフォルトはほほの筋肉を緩めて、その胸元に視線を向ける。

 逆にシルビアとドボは苦々しい表情で、両手を震わしていた。


「かぁ! いいよっ! 悪かったよっ! ちゃんとやるよっ!」

「ははっ。プライドはあったか」

「あったりめえだ! でも時間がかかるよ?」

「だから、次の依頼をしたい」

「あん? どういうこった」

「デルヴィ侯爵の件は終わりでいい」

「はあ?」


 デルヴィ侯爵の情報は、今回の報告以上の内容は望めないだろう。

 フォルトが依頼した情報収集など、他の人間も行っているはずだ。情報屋が集めたネタも、世間に知られたところで問題の無い情報だと思われる。

 それならばと、新しい情報が欲しくなった。


「新興の裏組織について調べてくれ」

「裏組織のほうかい? そんなもん調べてどうすんだい?」

「さぁ? 情報次第だと思うぞ」


 所詮は子供じみた話で、侯爵に嫌がらせができるかどうかだけ。

 情報の価値よりは、シルビアとドボの利用価値を確認することがメインだ。


「シルビア。それぐらいならいいんじゃねえか?」

「まぁ新興の裏組織なら簡単に調べられるよ」

「今回の経費として、白金貨は受け取れ。次は後払いでいいか?」

「断る選択肢は無いね。構わないよ」

「なら、相場と経費を分けて請求してくれ」

「決まりだ! でもさ。あんたは冒険者ギルドを通さねえのか?」

「森からは出たくないのだ」

「そうだったね。金払いがいいなら、神様のような依頼人さ」

「まったくだぜ」


 これも遊びなので、「面白い情報があれば良いな」程度の依頼だ。

 とりあえずフォルトは、シルビアとドボの性格を理解した。

 冒険者ギルドを通さない依頼にもかかわらず、最初に渡した白金貨を持ち逃げしなかった。お茶目をするが、依頼を完了させるというプライドもあるようだ。

 道具としてなら見限るのは早いだろう。


「今日は泊まっていくといい」

「ありがとよ」


 以降はすべてソフィアに任せており、フォルトが対応することはなかった。シルビアとドボが出発したのも、次の日に彼女から聞いている

 ともあれ冒険者の利用方法を、今後も模索するのだった。

Copyright©2021-特攻君

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