(幕間)勇者候補チーム その後4
フォルトが双竜山の森を出て、自由都市アルバハードに向かった頃。
城塞都市ソフィアの冒険者ギルド。
そこで冒険者としての登録を済ませたシュン率いる勇者候補チーム一行は、掲示板に張られている依頼を物色していた。
冒険者はランクで分けられて、それに見合った仕事をする。
ランクはEから始まり、以降はD・C・B・A・Sと上がっていく。勇者候補であろうと、最初はEランクからスタートだ。
依頼を達成させられる人物かどうかを、このランクで判断される。
「いい依頼はあったか?」
「ロクなもんがねえぞ!」
Eランクの依頼は、きつい・汚い・危険の三種類が主な仕事だった。危険なのは魔物退治ではなく、「危険な労働」という意味である。
ともあれチームメンバーの一人エレーヌが、とある依頼を発見した。
そしてチームリーダーのシュン・盾職戦士ギッシュ・空手家アルディス・魔法使いノックスが集まって、その依頼について話し合う。
「に、荷物の配達とかはどうでしょうか?」
「配達だあ?」
「ふむふむ。行先はカルメリー王国か」
「何を持っていくのかしら?」
「農具と書いてあるわ」
「農具かよ。あぁでも確か農業国家だったか?」
「経路は、デルヴィ侯爵領を南下ですね」
「遠いっちゃ遠いがよ。俺らには馬車があるぜ!」
勇者候補チームは、自由に動けるようになったのだ。
そこで、足を用意した。全員から所持金を集めて、八人乗りの大型馬車を購入している。後々のことを考えて、かなり奮発した。
荷物を多く運べ、人数が増えても買い替える必要は無い。
「おかげで金欠だけどな」
シュンは考える。
馬車を購入したのは良いが、すでに所持金が危うい。また神官ラキシスを匿っている関係で、その宿代が負担になっている。
後者については独断であり、仲間は知る由も無いが……。
「報酬は?」
「金貨三枚ですね」
「荷物を運ぶだけで三十万も貰えんのかよ!」
「マジかよ。何で他の奴らはやらねぇんだ?」
「僕たちのように馬車を持ってる冒険者は少ないと思うよ」
「あぁ……。確かにノックスの言ったとおりか」
「いいんじゃね? 馬車がありゃ楽に運べんぜ!」
冒険者で成功している者は、ランクの高い実力者だけだ。
ほとんどの冒険者はランクが低いので、常に金欠で喘いでいる。勇者候補チームも同様だが、身の丈に合っていない買い物をしていた。
それでも今回は功を奏して、この依頼なら簡単に達成できるか。
「依頼人は?」
「鍛冶屋の主人からで、直接納品を希望していますね」
「馬車代をケチったのか?」
「そんなところだろうね。誰も依頼を受けないわけだよ」
「きっつ……」
「いいじゃねえか。運ぶだけで大金が手に入るんだぜ?」
「でもさギッシュ。よく考えてみてよ」
カルメリー王国は隣国だが、エウィ王国から徒歩だと何日もかかる。おそらくだが馬車を使っても、片道一週間は覚悟しないといけないだろう。
またノックスからの指摘は、ギッシュを黙らせてしまった。
配達だけで三十万円でも、往復で二週間を見積もらないといけない。となると、一日あたり二万一千円程度。五人で割ると四千二百円という計算になる。
これは安い。
「Eランクの仕事なんて、そんなもんだろ?」
「基本的には安いよ。数をこなして、まずはランクを上げないとね」
依頼達成数を稼ぐなら、一日で終わる仕事を数多くやるべきだ。しかしながらランクアップには、依頼の内容も精査される。
簡単な仕事ばかりでは、ランクが上がらない。
「馬車の維持費も考えねぇとよ」
「ちっ。なら俺らと馬の飯でトントンぐれぇかよ」
「どこまで移動日数を短縮できるかだね。宿にも泊まれないよ?」
「馬車の中で寝ればいいし、ボクは受けてもいいと思うわ」
「そ、そうね」
「だな。んじゃ決を採るが……」
とりあえず移動日数の短縮については、勇者候補チームなら問題にならない。魔の森で魔物討伐に従事した関係で、野営や強行軍には慣れている。
それについては、女性陣のアルディスやエレーヌも同様だ。宿泊できないことに不満が無いと言えば嘘になるが、車中泊と思って文句は言わない。
それならばとシュンは、依頼書を取ってギルドの受付に向かおうとした。
「受付してくるから待ってろよ」
「君がシュン殿だな?」
「あん?」
シュンが仲間から離れようとしたところで、背後から男性に声をかけられた。
振り向くと、神官着より上質の服を着用している中年男性が立っている。どう見ても神殿関係者で、思わず身構えてしまった。
「初めてお目にかかる。聖神イシュリル神殿の司祭モルホルトだ」
「そのモルホルトさんが、俺に何の用だ?」
「我らが神殿の神官ラキシスについてだが……」
「あぁ悪いな。ちょっと待ってくれ」
「構わないですよ」
「ノックス。悪いが受付を頼む」
「いいよ。じゃあ、みんなで行こうか」
ラキシスの件についてはシュンの独断なので、仲間に聞かせたくない。
当然のようにノックスも知らないが、気を利かせて全員を連れていった。というよりも、司祭は神殿関係者の中で地位が高いからだ。
チームリーダーに「すべて任せた」が正解か。
「あっちで話そうぜ」
「確かに他の冒険者の邪魔になりますね。良いでしょう」
(ちっ。みんながいるときに来なくてもと言いてぇが、こいつには関係ねぇか。面倒だが言い訳を考えねえとな)
シュンはモルホルトを連れて、冒険者ギルドの隅に移動した。
仲間だけではなく、他の冒険者たちにも話を聞かれたくない。
「んで?」
「シュン殿が神官ラキシスを匿っていると話に聞きましてね」
「どっから聞いた?」
「とある筋からと言っておきましょう」
「ふーん」
シュンは知らないが、神殿勢力には多くの情報が集まる。
宿屋に匿った程度では、すぐに発見されてしまうのだ。
「彼女にもやることがあるので、神殿に戻していただけませんか?」
「なるほどね。何をやらせるんだ?」
「仕事は山ほどあります。神官の仕事は知っているでしょう?」
「あぁ……」
神官は神にその身を捧げており、仕事もまた多岐にわたる。
主なところは、人々の救済だ。軽微の怪我人なら司祭が出るまでもないので、信仰系魔法を使った治療を行っていた。
他にも炊き出しなども担当しており、神の慈悲を貧しい人々に与えている。
「シュン殿が懸念してるのは、賊に襲われた件ですね?」
「そうだ」
「彼女を神殿から出さないと誓いましょう。どうですか?」
「………………」
「賊から匿った礼はしますし、彼女は神殿に戻らなければならない」
「なぜだ?」
「神官だからです。彼女の居場所は、聖神イシュリル神殿しかありません」
(尤もらしいこと言うぜ。でもこいつが言ったように神殿から出さないなら、俺が匿う大義名分が無ぇな。断ると誘拐犯にされそうだ)
シュンの読みは正しい。
これを断ったら、モルホルトはエウィ王国に訴える腹積もりだ。王国にとって神殿勢力との関係は重要な位置を占めるので、ほぼ確実に負けると思って良い。
たとえ勇者候補だとしても、だ。
「分かった。神殿に連れていけばいいか?」
「明日の昼までに私を訪ねてください。報酬は用意しておきます」
「いくらだ? これまでの護衛と宿代だぜ。色も付くんだろ?」
「はい。大金貨一枚でどうですか?」
(百万円かよ! ラキシスにそんな価値があるのか? いや。村で助けてからはずっと護衛をしていたな。あながち高くねぇのかもな)
シュンには相場が分からない。
ちなみに護衛の依頼報酬は一概に言えず、日本でもピンキリだ。護衛対象が国家の要人なら、もっと高額に設定されていた。
ともあれラキシスの件に関しては、これで引き下がるしかない。
「了解だ。その代わり、また賊に襲われたらタダじゃおかねぇぞ!」
「神殿の警備は万全です。聖神イシュリルの名にかけて誓いましょう」
「明日の昼に連れていく」
「お待ちしております」
これで話が終わり、そのまま二人は別れる。
シュンは仲間と合流して、依頼の受付について聞いた。出発は三日後で、様々な準備をしなければならないようだ。
それとは別に、モルホルトとの会話を詮索された。
「シュンは何を話してたの?」
「賊の人相を聞かれた。容疑者が割れたっぽいぜ」
「なら、ラキシスさんを狙っていた賊が捕まるね」
「俺らには聞かなくてもいいのかよ?」
「見た奴らは同じじゃねぇか。俺だけで十分だろ」
「そりゃそうか」
(ギッシュめ。変なところで突っ込んできやがる。しかしチョロいな。アルディスも安心しているし、報酬の百万円は……)
ラキシスを匿っている費用は、シュンが自腹で支払ってる。
そうは言ってもモルホルトからの報酬は、今までの護衛に対してだった。
本来であれば、仲間に分配するのが筋である。だがどうせ知られていないからと、その金はネコババしようと考えた。
金はいくらあっても困らないのだ。
「んじゃ、後は各自でよろしくな」
受付を済ませた勇者候補チーム一行は、冒険者ギルドを出て解散する。
それぞれで用意するものを準備して、城内の訓練所に戻るだろう。シュンも同様だが、その足は宿屋に向いていた。
モルホルトからの話をラキシスに伝えて、神殿に戻ってもらうのだ。
「ラキシス。不便は無いか?」
「何も問題はありませんが、今日はどうされましたか?」
宿屋に到着したシュンは、ラキシスを泊めている部屋に移動した。
彼女を匿ったのは、邪な感情を持っていたからだ。ソフィアのように奇麗な女性なので、神殿に戻すのが惜しくなってくる。
そんなことを考えながら、部屋の中で椅子に座った。
「神殿の人と話せてな。ラキシスを戻せるようになった」
「まあ! では早速……」
「いや。明日の昼に届けるって伝えたぜ」
「そ、そうですか?」
「もう巡礼には出さないらしいぜ。神殿で仕事があるようだ」
「神殿に御用の人が多いのですね。あぁ聖神イシュリルよ」
その場でラキシスは両手を組んで、神に対して祈りを捧げている。
彼女も巡礼に出る前は、例に漏れず神殿から与えられる仕事をしていた。自らも患者を治療しているので、その心の内は慈愛に満ちている。
「今後は俺も怪我をしないと、ラキシスに会えないな」
「そうですが、怪我はなさらないでくださいね」
基本的に神官は、聖地の巡礼以外だと神殿から出ない。
休日といったものは無く、神の代行者として毎日の仕事に勤しんでいた。入用な物品は商人から納品されており、外まで買いに行く必要が無い。
気軽に呼び出してのデートなどは、神官が相手では難しいのだ。
「ラキシスと会うにはどうすりゃいいんだ?」
「私と、ですか? なぜでしょう?」
「そ、それは……」
神殿に戻せば、ラキシスとの関係が終わる。
彼女にしてみれば、シュンに恋愛感情を抱いているわけではない。と考えると、これから採るべき行動は一つだけだった。
椅子から立ち上がった後は、彼女の隣に移動する。
「シュン様?」
「ちゅ」
「んんっ!」
(もう襲っちまえばいいか。後腐れが無いように、一回こっきりだ。いや。俺ならラキシスを口説き落とせるはずだぜ! 今後も味わうことができるはずだ!)
そう。神の慈悲を、ラキシスから与えてもらおうと考えた。
つまり、春という施しを楽しませてもらう。今の彼女は望んでいないだろうが、結果的にはシュンを求めるようになるだろう。「肉体関係を結んでしまえばこっちのもの」という、下衆な思考だった。
「何を!」
「俺はラキシスが好きだ!」
「い、いやっ! 私には聖神イシュリルが!」
「駄目だ! 俺の女になれ!」
「だ、誰か! むぐっ……」
ラキシスは騒ごうとするが、シュンは唇を重ねて押さえる。
以降は力任せに、穢れを知らない神官の清らかな体を貪った。およそ勇者を目指す人物とは思えないが、それは別の話だと心の底から思っている。
抵抗を止めたのは、どれぐらいの時間が経った頃だったか。
彼女は目に涙を浮かべて、成すがままにされていた。
「良かったよ」
「………………」
「もしかして怒っているのか?」
「………………」
「好きだ」
「………………」
日本にいた頃のシュンは、同意を得ない情事も経験している。
こういった行為も終わってみれば、実のところ相手も望んでいたのだ。失敗したことは無かったので、まさにイケメンの特権だと思い込んでいる。
とりあえず、十分にケアすれば問題は無かった。
「ラキシス?」
「私は穢されて……」
「それは違うぞ!」
「いいえ。私は……。んっ」
相手が否定的な場合だと、シュンは唇を塞いで最後まで言わせない。
口論を避けるためだが、何度も繰り返し続けると諦めるものだ。今までの女性がそうであったように、今回のラキシスもまた同様に別の話を始めた。
「シュン様は……」
「俺では不足か?」
「そ、そんなことは……。ですが……」
神にその身を捧げたのなら、最後まで抵抗することこそが信仰だろう。だがラキシスは、シュンの手管に負けてしまった。
それを正当化するためか、初めての相手を認めてしまう。
勝利を確信した後は、最後の追い込みをかけておく。
「好きな女を抱いて何が悪い? 神は人の営みを妨害するのか?」
「い、いいえ。人間の営みは尊く……」
「神官も人間だ。その人間を好きになったのも人間だ」
「………………」
「天罰があるなら甘んじて受けるぜ。だから、ラキシスに見ていてほしい」
「神の審判に立ち会うことを望みますか?」
「そうだ。駄目か?」
「………………」
「ちゅ」
「んっ……。ぁっ!」
ラキシスが無言になったところで、シュンは再び体を貪る。快楽によって判断を誘導することで、特別な相手だと認識させるためだ。
彼女の大事な部分を触れるのは、「神ではなく自分」だと……。
「分かりました。その役目は私が承りましょう」
「なら続きを楽しもうぜ!」
「あんっ!」
ラキシスから合意が得られたところで、次は愛を育むのだ。神殿に戻しても逢引きを続ければ、完全にシュンの女になるだろう。
そう確信したからこそ、何の悪びれも無く性欲を満足させるのだった。
◇◇◇◇◇
ラキシスとの行為を楽しんだシュンは、とある件を済ませて仲間と合流した。
本来なら率先して、カルメリー王国に向かう準備を始めるところだ。とはいえまだ余韻に浸っている最中で、何度も続けたせいか疲れている。
そして、何も知らないアルディスが近づいてきた。
「シュン! 遅かったわね」
「ちょっとな。手間取っちまった」
「何が手間取ったのよ!」
「い、いや。依頼人の所に行ってたんだよ」
「依頼人?」
「鍛冶屋だな。荷物の量とかを確認してきた」
「へぇ。リーダーらしいじゃん!」
とある件とは、身の潔白を示すアリバイ作りである。
実際に確認してきたが、それでも遅いことには変わりない。だからこそ「恋人は頑張っているぞ」と勘違いさせて、アルディスを騙しておく。
空手家の彼女に知られたら、きっとサンドバッグにされるだろう。
「まぁ遅くなって悪かったが、準備は進んでるのか?」
「バッチリよ! 食料や水の手配、後は行先の報告だね」
「報告? あぁザインさんにも伝えておかねぇとな」
「言っておいたわよ。ボクだってそれぐらいはね!」
「助かるぜ」
シュンは感謝しながら、時おり遠くにいるエレーヌまで視線を向ける。彼女はノックスと会話しており、少しだけイラっとした。
彼の趣味は、フォルトのところにいた赤髪の女性と聞いている。
つまり彼女とは真逆で、年下の可愛い系が好みなのだろう。だからこそ恋愛感情は無いようだが、いつ恋に発展するか分からない。
その前に口説き落として、アルディスのように都合の良い女にするのだ。
「シュン?」
「おっと悪い。なら依頼開始日までは、適当に汗を流せばいいか」
「そうだね。ボクと組み手でもする?」
「いいね。無手の訓練もやっておかないとな」
「へへ。手加減してあげるわよ!」
「抜かせ!」
シュンは少し焦りながらも、アルディスと組み手を開始した。
いつもの相手はギッシュだが、ここは訓練所だ。他にも騎士や兵士がいるので、今日は勝手に相手を見繕うだろう。
それとは別に、エレーヌとノックスは魔法の練習を始めた。
「聖なる騎士」としては、魔法も習得したいところだ。しかしながらまずは、前衛としての本分に力を入れるのだった。
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