三国会議3
三国会議は終わりを迎えて、最後の晩餐会が開始されている。
場所は迎賓館で、立食形式も変わらずだった。
そこかしこに貴族がたむろして、主催者のバグバットに視線を集めている。また貴族たちは、夫人や令嬢といった女性を参加させていた。だからなのか初日と違って、それなりに華やかさはある。
「初日と同様、料理に毒は入っていないのである!」
「「おおっ!」」
「御存分に召し上がってほしいである!」
バグバットの挨拶と共に、会場の隅に並んでいる楽団が曲を奏で始めた。
そしてまたもや、各国の重鎮が順番に登場する。
「さぁ飯だな!」
「フォルト様。また目立ってしまいますよ?」
「あ……。そうだった」
初日の晩餐会を思い出して、フォルトは苦笑いを浮かべてしまう。しかも今回は、更に目立つ二人の女性を連れている。
彼女たちは目元を隠す仮面を付けて、同時に角も隠していた。
そう。魔族の姉妹マリアンデールとルリシオンである。
何にせよ晩餐会という場だと、彼女たちは堂に入っていた。
「人間どもの視線が煩わしいわねえ」
ともあれ姉妹は、周囲の貴族たちからチラチラと見られていた。
仮面を付けているので仕方ないが、美女かどうかが気になるのだろう。しかしながら隠している部分が少ない仮面なので、男性陣は美女と決めつけているか。
逆に女性陣からは、あまり良い感情を向けられていない。
「ルリちゃんのために人間を掃除しようかしら?」
「おいおい二人とも……」
「冗談よ。ローゼンクロイツ家の令嬢として振る舞ってあげるわ」
この場にいる人間は、立派な貴族である。ならば魔族の名家ローゼンクロイツ家として、恥ずかしい真似はできないらしい。
それでも姉妹にとって、人間の貴族家は格下という認識だった。
どう振る舞うか謎だが、フォルトからすると騒ぎは勘弁してもらいたい。
「バレないものだな」
「だから言ったでしょう? そんなものよお」
「目立ってはいるようだぞ?」
「各国の首脳が入場すれば平気よお」
「へぇ」
「ソフィアは身分が低いからね。誰も近づいてこないわ」
晩餐会や舞踏会は社交界の行事だが、貴族たちにとっては戦場だ。いかに手を尽くして人脈を広げるかを、虎視眈々《こしたんたん》と狙っていた。
そのために令嬢を参加させて、婚姻を匂わせたりもする。
特に三国会議の晩餐会では、他国の貴族が参加しているのだ。身分の高い貴族家と仲良くなり、御家の安泰に繋げていく。
ソフィアはもちろん、フォルトたちと会話する暇など無い。
(政治家がやっている政治資金パーティーや会合のようなものか? 出席しなければ干されるとかあるのだろうな。あぁやだやだ……)
そう思い至ったフォルトは、吐き気がしてくる。
人間の醜さが詰まった場所だと、改めて認識したからだ。
「貴族どもは気持ち悪いが、カーミラの桃を触っていれば大丈夫だ」
「えへへ。気持ちがいいですよぉ」
「あ、あの……。えっと……」
「ソフィアも?」
「っ!」
ソフィアが身内になったことで、一線を引かなくても良くなったことは喜ばしい。ならばと周囲から見られないように、フォルトは悪い両手を解放する。
その位置の取り方は完璧だった。
「まったく。貴方は護衛なのだから大人しくしていれば?」
「マリ。それは違うぞ」
「え?」
「大人しく触っているのだ」
「………………」
「後でマリもな」
「ふ、ふん! 死にたくなければしっかりとやることね」
マリアンデールはツンデレというか、ツンツンである。と言っても、たまにデレるときがある。物凄くたまに、だ。
そのレアを引き当てたときが嬉しかったりする。
「さすがはバグバットね。一流の料理だわ」
「初日の飯も旨かったぞ」
「中立なんてやめて、魔族側に立っていればねえ」
「事情があるのだろ?」
「魔王スカーレットは迎えるつもりが無かったようだけどお」
「へぇ」
とりあえずフォルトたちは、庶民的な晩餐会を楽しむ。まるで我が家の料理を囲むように、テーブルの一つを占領した。
以降は首脳全員が登場して、ルリシオンの言ったとおりになる。誰も彼もがこちらを無視して、貴族社会のドロドロを開始したのだ。
つまり、暴食を満足させるチャンスが訪れた。
「俺は空気」
「はい?」
「ガツガツガツガツガツ!」
「ちょ、ちょっと! 食べ過ぎよ!」
「ガツガツガツガツガツ!」
「きゃ!」
「食べるか触るかどっちかにしなさい!」
「ガツガツガツガツガツ!」
「御主人様は最高に面白いでーす!」
フォルトは大きな鶏肉にフォークを刺して、高速で回転させながら食べていく。同時に空いている手で、誰かしらの桃を触る。
変な芸当を身につけたものだ。
「ちょっと休憩」
「「………………」」
「ソフィア。どうかしたのか?」
「い、いえ。ところでフォルト様」
「うん?」
「貴族が近づいてくるようですが……」
「誰だ?」
ソフィアの視線を追いかけると、こちらに歩いてくる貴族がいた。
当然のようにフォルトが見たことも無い男性なので、首を傾げてしまう。
ほっそりとした人物で、年齢は若そうだ。貴族らしく豪華な服を着用しているが、おかっぱ頭が小物感を漂わせている。
そしてあろうことか、にこやかに笑いながらマリアンデールに話しかけた。
「そこのマドモアゼル。お名前をお聞きしてもいいかな?」
「邪魔。死にたくなければあっちに行きなさい」
貴族社会のドロドロに参加すれば良いものを、何とも命知らずな貴族だ。
そうは言ってもマリアンデールは、自分から魔族だと名乗らなければ分からない姿である。また言ったところで、誰も信じない可能性のほうが高い。
魔族の特徴である角が小さいからだ。大きなリボンを外しても、髪の毛の隙間からちょこんと少し見える程度だったりする。
空気になっているフォルトは、貴族が口走った「マドモアゼル」のせいで笑いそうになった。しかしながら目立ちたくないので、事の成り行きを眺めておく。
「これは手厳しい。僕はアルカス・アリマー。アリマー伯爵家の嫡男さ」
「聞こえなかったのかしらあ? 私たちの前から消えなさあい」
「貴女もお美しい。いずれのご令嬢かな?」
姉妹は仮面を付けているので、美しいも何も無い。とはいえ隠してるのは目元だけなので、アルカスには絶世の美少女に見えたのだろう。
もちろん、そう思っているかは定かでない。
それでも彼女たちの顔を知っているフォルトは、勝手に納得して同意する。
ともあれこの出来事で、状況が激しく変化してしまった。
目尻を上げて睨んだマリアンデールが、馬鹿貴族の腹を殴ったのだ。手を抜いているのが丸わかりとはいえ、人間よりも身体能力の高い魔族の一撃である。
「はぎゃっ!」
「「きゃあ!」」
「何事だ!」
アルカスは後ろに吹き飛んで、テーブル上の料理を撒き散らした。となると言うまでもなく会場内が騒然として、すべての者が視線を向けてくる。
フォルトはソフィアの後ろに移動して、空気になりながら馬鹿貴族を眺めた。
(うわぁ。痛そうだ。まぁ生きてはいるのか)
馬鹿貴族はピクピクと体を痙攣させて、目を開きながら気絶していた。
小さな女性がやったことなので、大目に見て欲しいところだ。
「身の程を知りなさい! 気持ち悪いったらないわ!」
「焼き殺さないだけ有難く思いなさあい」
「マリさん! ルリさん!」
「えへへ。御主人様。面白いことになりましたねぇ」
「俺は空気。話しかけるな」
姉妹に危害が及んだわけではないので、フォルトは空気に徹する。
カーミラが言ったように面白いが、さすがに騒ぎは勘弁してほしい。
「マリ、ルリ。大人しくしてろ」
「あらあ。あの男とダンスでもすれば良かったのかしらあ?」
「駄目に決まっているだろう」
「なら仕方ないわよね。私は汚物を遠ざけただけよ」
「そうだな。仕方ない」
言いくるめられてしまったが、姉妹は大切な身内である。
あのような馬鹿貴族にマリアンデールやルリシオンが触れられたらと思うと、無性に腹が立ってきた。
いくら温厚なフォルトでも、嫉妬と共に憤怒が顔を出しそうだ。
「「衛兵! 衛兵!」」
「あ……」
これは、当然の結果である。
各国の首脳を交えた晩餐会で、明確な暴力を以って騒ぎを起こしたのだ。
この会場に参加している貴族たちは、ソフィアのように護衛を連れてきている。壁際にいる護衛もいれば、外で待機してる護衛もいる。
それらが、フォルトたちを取り囲んだ。
「静まるのである! 吾輩主催の晩餐会で、争いごとは御法度である!」
取り囲んでいる護衛たちをかき分けて、お助けバグバットが進み出てくる。しかしながら、その目は厳しい。
自由都市アルバハードでは、基本的に争いが厳禁。
また上流階級の貴族に対して、こちらから手を出している。立場的にも助けられるどころか、監獄に一直線だろう。
「ソフィア殿。この騒ぎは何であるかな?」
「申しわけありません!」
「領主としては見過ごせないのである」
「ソフィアは俺の後ろに……」
「はっ、はい!」
フォルトは前に進み出て、ソフィアを後ろに隠した。
この場で目立っても、身内には手を出させない。たとえ吸血鬼の真祖バグバットが相手であったとしても、自身の信念を曲げることはない。
そして二人の緊張が増したとき、マリアンデールとルリシオンが隣に立つ。と同時に仮面を取って、その可愛らしい素顔を露わにした。
「バグバット。久しぶりねえ」
「誰であるかな?」
「あら。私たちを忘れてしまったのかしら?」
「ま、まさか! マリ様にルリ様であるか!」
「あはっ! そうよお」
「ふふっ。お邪魔してるわ」
姉妹を知っているなら話は早いが、フォルトは頭を抱えてしまう。
二人が魔族だと知られたら、どうなるかは想像できる。だからこその仮面であり、わざわざ『隠蔽』のスキルを使ってまで正体を隠したのだ。
「「魔族が現れたぞ!」」
「この人数では……」
「ええい! 包囲を崩すな!」
やはりと言って良いのか、周囲が更に騒然とする。
人間と魔族は、不倶戴天の敵同士なのだ。しかしながら魔族の脅威は理解しているらしく、フォルトたちを取り囲んだ護衛たちは後ろに下がった。
貴族を含めて誰も逃げ出さないのは、称賛に値するかもしれない。
「武器を収めるのである! アルバハードでの争いは厳禁である!」
「しかし!」
「吾輩と敵対するつもりであるか?」
「い、いえ。そのような……」
(さすがはお助けバグバット。間を取り持てるのは、やはり奴しかいない。何も見なかったことにして、ソッと帰らせてくれないかな?)
降りかかる火の粉は払うが、フォルトとしては穏便に済ませたい。
虫の良い話だが、これが本心でもある。と思ったのも束の間、再びマリアンデールとルリシオンが爆弾を放り投げる。
「人間如きが、私たちに声をかけてきたのが悪いのよ」
「ローゼンクロイツ家を舐めた罰だわあ」
魔族は魔族でも、ローゼンクロイツの家名を出した。
せっかくバグバットが、事態を収拾している最中なのだ。今は事の成り行きを見守って、穏便に済ませるほうが得策である。
そのフォルトの希望を、完全に打ち砕いてしまった。
「ローゼンクロイツ家……」
「まさか〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉なのか?」
「生きていたのか」
護衛たちは顔を見合わせて、更に一歩下がってしまう。
人間にとって、ローゼンクロイツ家は脅威のようだった。姉妹は家名を武器に使えと言っていたが、これだけ怯ませられるなら便利だろう。
そうフォルトが感心したところで、何とも野太い怒声が会場に響く。続けて遠巻きに状況を窺っていた貴族の中から、一人の壮年男性が進み出た。
「ローゼンクロイツ家だと!」
「「ソ、ソル陛下!」」
皇帝ソル、その人である。
初日の晩餐会で見た強面の中年男性だが、一歩進むごとに威圧感が増す。護衛たちの中には、尻もちを搗く者もいた。
それはフォルトにとっても同様で、顔を引き攣らせて逃げ腰になる。
まさに、世紀末覇者的な皇帝だった。
「魔族の一匹や二匹が紛れ込んだくらいで戦意を失いおって!」
「「も、申しわけございません!」」
「ふん! 初めて会うな。その節は帝国が世話になったようだ」
「逃げ惑う帝国兵は無様だったわ」
「あはっ! また燃やしてほしいかしらあ?」
「俺はソル帝国皇帝として、相手が魔族でも礼節を弁えているのだがな」
他者を完全に委縮させる威圧感を放っておいて、どこに礼節があるのか。
そう思うほどだが、姉妹は不敵な笑みを浮かべている。ならばとフォルトは震える足を叩きながら喝を入れて、恐怖心を抑えてみる。
自身はもうフォルト・ローゼンクロイツなのだから……。
「あはっ! それは失礼したわねえ」
「皇帝なら格が見合うかしら?」
「ふん! 傲慢な女どもだ。滅びた国の貴族なぞ男爵にも及ぶまい」
「ふふっ。死にたいのかしら?」
「やってみるがよい」
魔族の姉妹と皇帝ソルの間では、目に映らない火花が飛び散っているようだ。マリアンデールとルリシオンは両腕を組んで、目が笑っていない笑顔に変わる。
とりあえず成り行きを見守るフォルトも、彼女たちと同様にしてみた。
「そこの男!」
「はいっ!」
(お、思わず反射的に……。これは格好悪いぞ! でも、そうさせる何かが皇帝にはある。わけがないか。俺がビビりなだけだった)
一人でボケとツッコミをできる程度は、フォルトに余裕が生まれている。にもかかわらず、皇帝ソルへの恐怖心は残っていた。
中身が引き籠りのおっさんには、やはり荷が重すぎる。
「お前が魔族の姉妹を飼い慣らしているのか?」
「ソフィア様の護衛であります!」
これにもフォルトは反射的に、いつもの自衛隊のような敬礼をしてしまう。
はっきり言って情けなさ過ぎるが、ソフィアの護衛には違いないのだ。自身をチキンと言って憚らないおっさんは、これで押し切ってしまおうと考える。
「嘘を言うな! 本当のことを言え!」
「ソフィア様の護衛であります!」
「………………」
皇帝ソルは口を閉ざしたが、フォルトに鋭い視線を向ける。
目力も物凄く、まさに蛇に睨まれた蛙状態で動けなくなった。額から流れる脂汗を拭き取ることもできない。
ともあれ、それを助けるのもまた姉妹だった。
「貴方は誰に向かって口を利いているのかしらあ?」
「なに?」
「フォルトこそ、ローゼンクロイツ家の現当主よ!」
「ちょ、ちょっと!」
「何だと!」
姉妹の言葉には、さすがのソルも驚いたようだ。
それはバグバットにしても同様らしく、場を納めることを忘れている。周囲の者たちは息を呑んで、蚊帳の外になってしまった。
そして敬礼中のフォルトは「この場でバラさなくてもいいだろ!」と、心の中で彼女たちに悪態を吐く。
いや。一生誰にも知られないでほしいとすら思っている。
「マ、マリ?」
「いいのよ。バグバットには伝えておきたかったからね」
「いや。よくないのだけど?」
「フォルトは何を言っているのかしらあ。家名に泥を塗ったら駄目よお」
「くっ!」
姉妹の願いを叶えたいばかりに受け取った家名である。
身内の二人が泥を塗るなと言うなら、フォルトはそうするだけだ。とはいえ彼女たちには、お仕置きが必要だろう。
人間嫌いの引き籠りだと知っているのだから……。
(マリとルリには、一週間は起き上がれないほどの責めを与えないと駄目だな。どうやって責めようか? カーミラにも参加してもらって……。でへ)
色欲が顔を出したところで、フォルトは完全に余裕を取り戻せたようだ。ならばと敬礼をやめて、皇帝ソルと対峙した。
それにしても、世紀末覇者の前に立つのは勇気がいる。
「貴様がローゼンクロイツ家の当主だと?」
「そのとおり、だ!」
「ふん! ならば、そう扱うまでだ。フォルトと言ったな!」
「う、うむ」
「覚えておくぞ」
その言葉を最後に、皇帝ソルは離れていった。
一方的に話していたが、どうやら矛を収めるようだ。
「とんだハプニングであるが、晩餐会の続きをお楽しむのである!」
「い、いや。しかし……」
「吾輩の面子にかけて、身の安全は保障するのである!」
「ふん! バグバットの顔を立ててあげるわ」
「何もしなければ暴れないから安心しなさあい」
「こう申しているのである! 楽団の者たちも音楽を再開するである!」
バグバットの言葉が合図となり、晩餐会の続きが始まった。
楽団が曲を奏でて、場の雰囲気を一掃しようとしている。事の発端となったアルカスとやらは、すでにどこかへ運ばれていた。
貴族たちは今まで以上に離れて、護衛を盾にしている。
そしてフォルトは会場の隅に移動して、身内だけで料理を楽しむのだった。
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