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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第九章 三国会議
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フォルト・ローゼンクロイツ4

 自由都市アルバハードにあるグリムの宿舎。

 祖父が戻っているので、ソフィアは打ち合わせをしようと時間を合わせた。三国会議も終わりに近づいており、顔を見るのは数日ぶりか。

 すでに、三大大国が発表する共同文書の作成は終わっている。だが外交折衝での決定を履行するために、王国に帰還してから再び会議が開かれる予定だった。

 今のうちに収集した情報を伝えて、それに備えておくのだ。


「ソフィアのおかげで助かったのう」

「ですが、私が集めた情報は多くありません」

「十分じゃ。下級貴族たちの動きがよく分かるのう」

「デルヴィ侯爵が昇爵して、派閥が大きくなっていますね」

「うむ。三国会議の各分野でも、侯爵の意見が通っておる」

「かなり強引だったと聞きました」

「ほっほっ。あの男は力があるからのう」

「帝国貴族にも顔が利くとか?」


 今回の三国会議は、デルヴィ侯爵の独壇場だった。事前に帝国貴族を丸め込んで、各分野の会議を有利に進めている。

 その結果を聞いて、皇帝ソルは激怒したそうだ。

 三国会議が終了して帝都に帰還したら、粛清の嵐が吹き荒れるかもしれない。とはいえそんなことは、侯爵に関係が無かった。

 金品を受け取った帝国貴族にはご愁傷様だ。


「素直に喜べぬが、今回は侯爵の功績が大きいのう」

「手腕は大したものですが……」

「言いたいことは分かるが、力を使うには力を付けねばならぬ」

「そのためには何をしても良いと?」

「あ奴の持論じゃな」

「必要悪というものですか?」

「認めたくはないがのう」

「はぁ……」


 黒いうわさの絶えないデルヴィ侯爵は、金と権力の化け物と揶揄やゆされている。

 またそれを肯定するかのごとく、「黒い棺桶かんおけ」とつながっているらしい。エウィ王国に蔓延はびこる国内最大の裏組織で、人々から恐れられている集団だ。

 密輸・密売・麻薬はもちろん、奴隷・人身売買とありとあらゆる違法に手を染めている。「人が消えたら黒い棺桶」と言われるほどだった。

 真偽のほどは定かでないが、関係が露呈すれば身の破滅となる。だが露呈しないことこそが、侯爵の力なのだろう。

 本当に化け物である。


「そう言えば、御爺様おじいさまの悪い噂が流れているようです」

「やれやれじゃ。侯爵の嫌がらせが始まったかの?」

「嫌がらせで済めば良いのですが……」

「無理じゃな。まずはブレーダ伯爵との仲を裂きにきておるのう」

「魔の森を任されたのは御爺様のおかげ、と喜んでおられましたが?」

「国境を越えた帝国の密偵のせいじゃ」

「フォルト様が仰っていた者たちは密偵でしたか」


 双竜山を越えた者たちは、フォルトが見逃している。と言うよりは面倒なので、手を出さずに放っておいただけだ。

 また双竜山の亜人から受けた報告では、すでに山を越えていた。

 わざわざ後を追いかけてまで、何かをするはずがないのだ。


「どうしたのじゃ? 顔が赤いようじゃが……」

「い、いえ。何でもありません」


 ソフィアは話題の男性と、激しく睦み合った後である。だからなのか、全身が高揚してしまった。

 とりあえずグリムが戻るまでには、何とか体を動かせるようになっている。

 さすがに話題を反らさないと、恥ずかしさのあまり部屋を飛び出しそうだ。


「え、えっと……。レイバン男爵が御爺様に面会を求めているようですが?」

「ふむ。それはソネンに回してあるのじゃ」

「父様に、ですか?」

「うむ。いまだに処分されていないのなら、男爵には何かあるのう」

「何があるのでしょうか?」

「ほっほっ。ソネンに調べてもらおうかのう」


 祖父のグリムには考えがあるようだ。

 レイバン男爵の何かをつかんでいるのか、それとも何らかの疑惑があるのか。ソフィアには分からないが、父のソネンなら期待に応えるだろう。

 ともあれ、父親の名前が出たついでに聞いておきたいことがあった。


「分かりました。そ、その……。御爺様に少々お聞きしたいことが……」

「何じゃな?」

「え、えっと……。父様と母様は……」

「ソネンとフィオレがどうしたのじゃ?」

「こ、こ、こ、子供は作らないのでしょうか!」

「何を言っておるのじゃ?」

「い、いえ。弟か妹が欲しいな、と……」


 フォルトと結ばれた件は言っても良いが、「人間から魔人に変わった」とは伝えられない。しかも自己完結している種族なので、子供は作れないのだ。

 すでに遅いのだが、ソフィアは今後のグリム家を考えてしまう。


「ふむ。ソフィアは知らなんだか……」

「え?」

「フィオレは身籠っておるぞ」

「ええっ! 聞いていないですよ!」

「つい最近の話じゃからのう」

「た、確かに庇護ひごされてからは、両親とほとんど会っていませんが……」

「驚かせるつもりのようじゃな」


 家族がソフィアに対して、うそは吐かないはずだ。ならば母親のフィオレは、一年以内に出産するだろう。

 そうなればソフィアは後顧の憂いなく、フォルトの身内になれる。

 出来すぎな気もするが、この話で安心してしまった。


「そ、そうですか。良かった」

「良かったじゃと?」

「え? あ、いえ……」

「やれやれじゃ。かの者に取られたかのう」

「は、い」

「ふーむ。それならワシに挨拶ぐらいはするものじゃぞ?」

「昨日でしたので……」

「はぁ……」

「御爺様?」


 グリムはあきれていた。

 特に責められず挨拶と言っているので、ソフィアを渡すのは構わないと思っていたようだ。しかしながら、三国会議の真っ最中だとは思いもよらなかったか。

 もちろん、その気持ちは分かる。


「それで良いのか?」

「え?」

「ソフィアの覚悟を聞いておこう」

「覚悟ですか?」

「かの者は状況が特殊じゃ。今は良いが敵対する可能性をはらんでおる」

「はい」

「我らと敵対したらどうする気じゃ?」

「そうならないように務めますが……」

「敵対したら、と聞いておる」

「フォルト様について行きます」


 覚悟を決めているソフィアは、バグバットから提示された選択肢を思い出す。

 先日の出来事だったが、フォルトについては自身の役目と決めたのだ。魔人から魔神に覚醒させないために、足枷あしかせとなるつもりだった。

 それも、一生涯に渡って……。


「ならば何も言うまい」

「それともう一つ、御爺様にお聞きしたいことがあります」

「何じゃな?」

「延体の法について……」

「ほう」


 延体の法とは、人の寿命を延ばす儀式だ。

 それをグリムは完成させて、二百年もエウィ王国に仕えている。ソフィアが教えを乞えば、延命した時間だけフォルトの足枷になれるだろう。


「伝授していただけますか?」

「残念ながらソフィアには無理じゃな」

「え?」

「ソネンやフィオレでも無理じゃ」


 首を振ったグリムは、ソフィアに理由を伝える。

 他人の命を使用する儀式が、延体の法なのだ。しかも人間では、大した延命にならない。何百年と生きるには、長寿の種族を糧とする必要があった。

 もちろん儀式自体も難しいので、魔法を極めていないと不可能である。


「ワシの古き友にエルフがおった」

「はい」

「その者の命をもらったのじゃ」

「………………」

「話せば長くなる。じゃが強制ではないぞ?」

「分かりました」


 自分の我儘わがままのために他人の命を奪うなど、ソフィアには無理だった。また魔法使いとしても未熟で、両親の足元にすら及んでいないのだ。

 ソネンとフィオレに無理ならば、どうやっても延体の法の習得はできない。

 これには思わずうつむいてしまうが、グリムの問いに顔を上げた。


「ソフィアよ。長寿を手に入れて何をするつもりじゃ?」

「それは……。言えません」

「両親にもか?」

「はい」

「ふむ。かの者にまつわる話じゃな?」

「はい」

「ならば聞かぬことにしようかのう」

「ありがとうございます」


 家族は、ソフィアを信用している。

 この場に両親はいないが、おそらくは同様の答えを返すだろう。

 そしてグリムは、フォルトの件で余計な詮索を一切しない。特殊な人物なので、自分から話すのを待っているのだ。

 ともあれここで、グリムが一つの提案をする。


「かの者は婿養子にならぬかのう」

「どうでしょう。まだそこまでの話はしていません」

「ふむ。ならば呼んできてもらえるかな?」

「構いませんが……。同席しても?」

「駄目じゃ」

「分かりました」


 確かにフォルトが婿養子になれば、ソフィアが家督を継げる。

 この話には同席したかったが、残念ながら即答されたので諦めるしかない。ならばと立ち上がって、一生涯をささげた相手を呼びに向かうのだった。



◇◇◇◇◇



 緊張した面持ちのフォルトは、机を挟んでグリムと向かい合っている。

 ソフィアが身内になった件を伝えたので、「挨拶に来い」と急かされたのだ。本来であれば自分から出向くのだが、どう切り出したものかと頭を捻っていた。

 彼女とは歳が離れたおっさんなので、それも悩みの種である。しかしながら、そういった話はすっ飛ばされてしまった。


「孫娘に手を出したら責任を取ってもらうと言ったはずじゃ」

「確かに言っていましたね」

「では、責任を取ってもらうぞ?」


 ソフィアをもらえる前提だったのだ。

 これではフォルトが考えていた言葉が、宙に浮いてしまった。されど何も言わないのは、男としての矜持きょうじが許さない。

 機を逸して恥ずかしいが、ありふれた文言を伝える。


「はい。生涯幸せにします」

「それは当然じゃが、婿養子にならぬか?」


(そうだよなあ。可愛い孫娘だもんな。しかも子煩悩な両親の一人娘だろ? 俺は得体の知れない異世界人。今までは庇護されてきたが……)


 グリムからの提案は、当然のように言われると思っていた。

 息子のソネンがいるので、フォルトが家督を継ぐことはあり得ない。だが庇護してまで囲った異世界人を、ソフィアの婿として扱える。

 危険視している魔族の姉妹も抑えられるのだ。結婚というおめでたい話とはかけ離れるが、そこまで考えているだろう。

 もちろん考えていないかもしれないが、その答えは決めていた。


「済みません。無理ですね」

「なぜじゃ? ワシは貴族ではないが、それなりに名家じゃぞ?」

「俺は……。フォルト・ローゼンクロイツです」

「むっ!」

「本当に済みません。ローゼンクロイツ家の当主になりました」

「………………」


 頭を下げたフォルトは、ここで初めてローゼンクロイツ家を名乗った。

 そうは言っても、この家名は魔族の貴族家である。

 エウィ王国の重鎮グリムが認めるはずはない。ソフィアとの関係も解消させられるかもしれないと思ったが、意外にも怒っていないように見える。


「そちらを取るか」

「はい」

「お主は人間ではないな?」

「………………。ご想像にお任せします」

「詮索したいところじゃが……。やめておこうかのう」


 今まで深く追求されていないからこそ、フォルトはグリム家に好意的なのだ。しかしながら、本当に知りたいことは分かっている。

 もちろん想像するのは勝手なので、こちらからは何も言わない。


「ありがとうございます」

「ソフィアも大変な者を選んだものじゃ」

「そうですね。俺もビックリしました」

「今後は庇護ではなく、お主の身内として扱ってもらうぞ?」

「そのつもりですよ」


 グリムは婿養子にこだわりは無いようだ。

 息子のソネンがいるからだろうが、ソフィアを返せと言われなくて良かった。もちろん言われるまでもなく、身内になった彼女は全力で守るつもりだ。

 今回の件で、「庇護されている者が庇護する」という状況が解消された。


「ならば安心じゃ。それとな。デルヴィ侯爵が嫌がらせを始めておる」

「へぇ」

「最悪の場合は、ソフィアを捨てるからの?」

「言っていましたね」

「その場合は、以降の援助はできぬ。お主らで何とかせい!」

「分かりましたよ」


 最悪の場合とは、ソフィアが神殿から異教徒の認定を受けること。

 こうなると処分の対象になって、基本的には処刑されてしまう。だからこそグリム家は、異教徒の家族として見られないようするのだ。

 つまりローイン公爵家のレイナスのように、ソフィアを廃嫡する。だがそれを金と権力を使って、デルヴィ侯爵が買い取るはずだ。

 そしてリリエラに対して行われていた非道が、その身に降りかかる。


(そこまでするかな? と思うけど……。元聖女とはいえ、一人の女性を手に入れるには手間がかかりすぎる。でもなあ。やりそうな気もするんだよなあ)


 デルヴィ侯爵のソフィアを見る目。

 それとフォルトを見る目が、そんな気にさせる。

 もしかしたら、ただの考え過ぎかもしれない。しかしながら防衛策を講じていなければ、現実になりそうで怖い。

 グリム家は侯爵の人となりを知っているので、余計にそう感じている。だからこそ身を案じて、彼女の庇護をお願いされたのだ。


「侯爵の話が出たので伝えておきますが、俺に話があるようですよ」

「ソフィアから聞いておる」

「もう会うつもりはないですけどね!」

「ほっほっ。ローゼンクロイツ家の当主が、デルヴィ侯爵を恐れるか」

「恐れるわけでは……」

「その家名を名乗るならのう。姉妹に聞いてみれば分かるじゃろう」

「なるほど」


 フォルトは天井を見上げて、マリアンデールとルリシオンを思う。

 あの姉妹なら、「正面から粉砕してきなさい」と憤るだろう。

 さすがに面倒臭いので、ローゼンクロイツ家を名乗るのは止めたほうが良いかもしれない。とはいえそれをすると、ソフィアの婿養子になれと蒸し返される。

 選択肢は二つしかないが、これには眉をひそめてしまう。


「聞いておきますよ」

「では行ってよいぞ。くれぐれもソフィアは大切にせい」

「分かっていますとも!」


 にも角にも、ソフィアをもらうことができたのだ。

 グリムの部屋を出ると、廊下で彼女が待っていた。会話の内容が気になっていたらしく、早足で近づいてフォルトの腰に両手を回された。

 これにはあっという間に撃沈して、彼女の頭をでてしまう。

 そして何かを問われる前に、互いの唇を重ねるのだった。

Copyright©2021-特攻君

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