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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第九章 三国会議
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フォルト・ローゼンクロイツ2

 マリアンデールとルリシオンから、結婚を迫られた翌日。

 フォルトは本日の予定を尋ねようと、ソフィアの部屋に向かおうとする。だが自身の部屋を出ると、コックのような格好をした者たちが走り回っていた。

 どうも大声で叫びながら、何かから逃げ回っているようだ。


「ひぃ! 魔族だ!」

「にげ、逃げなきゃ!」

「助けて!」


 彼らの言葉を聞き取ったところで、フォルトは頭を抱えてしまった。

 確か魔族の姉妹はオヤツを作りに、調理場に向かったはずだ。


(マリとルリが来ることを伝えていなかったな。これは失敗した。しかし初日にシェラを見て……。いないか? まぁ俺が悪いな)


 三国会議の初日には、魔族のシェラを連れてきた。とはいえグリムとソフィア、後は料理長に姿を見せただけだったか。

 そう考えると、他の人間が驚くのは無理もないだろう。と思ったフォルトは近くに逃げてきた人に向かって、手を挙げながら呼び止めようとした。


「それは俺の連れです」

「きゃー!」

「「警備兵! 警備兵!」」


(聞いちゃいねぇ。なら面倒だけど無力化しよう)


 頭をかいたフォルトは、自身が習得している魔法に意識を向けた。

 ちなみにアカシックレコードには、まだ取り出していない魔法が膨大にある。いま使える魔法は、「とりあえず便利そう」といった選択だった。

 ともあれ、現状を打破できそうな魔法は……。



【マス・キャプチャー/集団・捕捉】



【マス・スリープ/集団・睡眠】



 視界に入らない場所も騒がしかったので、まずはターゲットを固定する魔法を選択した。しかる後に、廊下で逃げ惑う人々を眠らせる。

 魔人が放つ魔法に、人間が抵抗するのは難しい。

 特に何の力も持たない者は、前にのめり込みながら床に倒れた。


「うわぁ……」


 その中には、大きな音を立てて倒れた人もいる。顔を床にぶつけているので、とても痛そうだ。しかしながら、それでも目覚めない。

 さすがは魔法だと、フォルトは感心する。

 それも束の間、目的の部屋から一人の女性が出てきた。


「フォルト様!」

「あ、ソフィアさん。いま部屋に向かおうと……」

「この騒ぎは、いったい何でしょうか?」

「済みません。マリとルリが来ていることを言い忘れました」

「………………」

「パニックに近かったので、廊下にいた全員を眠らせましたよ」

「はぁ……」


 皆が無事と知り、ソフィアは溜息ためいきを吐いた。彼女の顔には、「まったくもう!」という言葉が書いてあるかのようだ。

 その表情を見たフォルトは、本当に申しわけなさそうにした。


「マリさんとルリさんはどちらに?」

「調理場でオヤツを作っていると思いますよ」

「………………」


 ジト目のソフィアが怖い。

 後ずさりしたフォルトは、更に縮こまってしまう。


「そんな目で見ないで……」

「とにかく! 警備兵に伝えて事態を収拾しておきます!」

「ごめんなさい」

「もぅ。フォルト様は、私の部屋で待っていてください」

「分かりました。あ、でも宿舎の中の警備兵は寝ていると思います」

「外の警備兵に伝えてきます!」

「あ……。はい」


(さすがに怒らせたなあ。本当に済みません! でも不可抗力なのだ。まぁ俺が悪いのは分かっている。しかし! 仕方がなかったのだ)


 フォルトは悪いと思いながらも、自身の行いを正当化する。とはいえ、半分以上は冗談みたいなものだ。

 この宿舎の中では、ソフィアと身内以外の人間はどうでも良い。

 とりあえず言われたとおりに、彼女の部屋で待つ。部屋といっても宿舎なので、内部の造りは似たようなものだ。


「でもソフィアさんの匂いがするね。って俺は変態か!」


 一人でボケとツッコミをしてから、フォルトは部屋にある椅子に座った。警備兵に伝えるだけなら、すぐに戻ってくるだろう。

 そして、「今日も部屋に籠れれば良いな」と天井を仰ぐ。


「お待たせしました」

「お帰りなさい」


 ソフィアを見ると、あまり怒っていない様子だ。部屋に入った後は澄まし顔で、向かいの席に座った。

 もしかしたら、フォルトだからと諦めているのかもしれない。


「今日の予定はどうなっていますか?」

「宿舎に何名かの客人が来られる予定です」

「おっ! なら外に出なくていいですね」

「はい。出かける用事はありません」

「ソフィアさんの後ろに控えていればいいのかな?」

「そうしていただけると助かります」


 ソフィアの言葉で、フォルトは安堵あんどしてしまう。

 どうしても、自室に引き籠っているほうが幸せを感じてしまうのだ。となると、宿舎に来訪する人間が鬱陶しく思える。


(カーミラに言って、宿舎に来る前にサクッと殺せないものか? いや。やっぱり駄目だな。折角ソフィアさんが怒りを抑えたのだ。平穏が一番だ)


 良からぬことを考えたが、フォルトは溜飲りゅういんを下げた。

 ソフィアには笑顔が似合うので、余計なことはしないに限る。もしも来客が訪れず殺害されていれば、確実に疑われてしまうのだ。

 ともあれ目を細めて彼女を見ると、何やら立ち上がっていた。


「フォルト様」

「え?」

「立っていただいてもよろしいですか?」

「えぇ構いませんよ」


 首を傾げたフォルトは、ソフィアの言ったとおりに立ち上がる。以降は彼女が近づいてきて、あろうことか体じゅうを触り始めた。

 これには、両手を広げて戸惑ってしまう。


「あ、あのソフィアさん? 何を……」

「少し黙っていてください!」

「はい」


 おっさんの体を触っても、気持ち悪いだけではなかろうか。

 そう思ったフォルトだが、ソフィアの手が止まらない。ならばと二度と無い経験なので、彼女の気が済むまで触らせておく。


「お腹がプニプニしていますね」

「あ、はは……」

「こっちは……」

「おっ! そ、そんなところを!」

「え? 痛かったですか?」

「い、いえ。おおう!」


 ソフィアはいったい、何がしたいのか。

 フォルトには見当も付かないので、彼女に真意を聞いてみる。


「し、して。その心は?」

「はい?」

「なぜ俺の体を触っているのかと……」

「お、お、お」

「お?」

「終わりです!」


 後ろに回り込んだソフィアは、フォルトの背中を押してくる。

 そして何が何やら分からないまま、部屋を追い出されてしまうのだった。



◇◇◇◇◇



 自身の部屋に戻ったフォルトは、先程の状況を三人の身内に説明する。

 それを彼女たちは、顔を見合わせながら面白そうに聞いていた。


「私たちが来ているのを知らなかったのねえ」

「調理場に入ったら、人間どもが算を乱して逃げていったわ」

「部屋の外の騒ぎは聞いていましたけど放置しましたぁ!」


(さすがにソフィアさんの行動は言えない。ここでの話題は魔族襲来の件だ。しかしソフィアさんは、何がしたかったのだ?)


 天井を見上げたフォルトは、カーミラを膝の上に座らせた。次に目の前にある野菜の盛り合わせを、パリパリと食べていく。

 さすがに、毒野菜に分類されている野菜は無い。だが葉が食べられる野菜は、調理場に置いてあったらしい。

 もちろん悪い手で、彼女を触ることも忘れない。

 以降は暫く和んでいると、マリアンデールが口を開く。


「私たちは最終日までいるわ」

「え? 帰らないのか」

「最終日も晩餐会ばんさんかいなのでしょ? 久しぶりに参加したいわあ」

「さすがは魔族の名家と言えばいいのか?」

「当然よ。バグバットにも挨拶ぐらいはしてあげるわ」

「でもそれだと、みんなに不公平感が……」

「アーシャ以外には了解を取ってあるわよ」

「………………」


(いつもアーシャがのけ者のような気がするな。タイミングが悪いと言えば悪いのだが、この埋め合わせは戻ったらするか)


 アーシャが虐められているわけではない。

 むしろ仲は良いのだが、彼女は何かを決めるときにいない場合がある。今回の件もそうだが、屋敷の外をうろついている時間が多い。

 活動的なギャルだから仕方ないが、運は良くないだろう。


「いいよ。でも町に出られると困るみたいだけどな」

「なら、これがあるわあ」


 ルリシオンが懐から、目元だけを隠す仮面を取り出した。しかしながら姉妹が外に出られないのは、頭の角が原因である。

 仮面では意味がないのだ。


「それじゃない感が……」

「ふふっ。角の『隠蔽いんぺい』ぐらいはやれるわよお」

「そうなんだ」

「私たちは隠す必要性を感じないから使わなかっただけよ」

「マリは隠さなくても……」

「何か言ったかしら?」

「イイエ。何デモアリマセン」

「貴方ねぇ」

「ははっ。リボンは可愛いと思うぞ」

「そ、そう? なら許してあげるわ」


 フォルトの何気ない言葉に、マリアンデールは少し照れている。

 コンプレックスの小さな角を隠すための小物だが、ツーサイドアップに付けたリボンは彼女のチャームポイントでもある。


「角が隠せるのなら、仮面の意味は何だ?」

「晩餐会と言ったらこれじゃない?」

「仮面舞踏会と勘違いしていないか?」

「面が割れてる有名人はつらいわねえ。とだけ言っておくわあ」

「帝国か?」

「覚えているかは知らないけどねえ」


 勇魔戦争では、ソル帝国と遊んでいた姉妹だ。

 顔を覚えられている可能性はあるが、十年以上も前の話だった。しかも、相対した人間を蹂躙じゅうりんしているはずだ。ならばもう、この世にいないような気もする。

 ともあれフォルトは、これからやることがあった。


「さてと。ソフィアさんの護衛に行ってくる」

「真面目にやってるのねえ」

「似合わないか?」

「うん」

「そうねえ」

「はい!」

「………………」


(みんなは俺のことをどう思って……。って怠惰の魔人で括られていそうだな。七つの大罪は全部持っていますよ!)


 フォルトが常に全開な大罪は怠惰・暴食・色欲である。

 どれもバランスよく発揮しているが、怠惰が起点になっているか。


「ま、まぁ外に出るならバレないようにな」

「分かったわあ」


 マリアンデールとルリシオンは自由奔放なので、フォルトとしては行動を縛りたくない。森の中でも好き勝手に動いており、しかも強者である。

 心配することは何も無く、気にも留めていなかった。

 そして、ソフィアの部屋に向かう。

 先程はペタペタと体じゅうを触られたので、色欲が刺激されている。と言っても、それを発散する時間は無かった。

 今でも少しモヤモヤするが、とりあえず部屋の扉をたたく。


「ソフィアさん?」

「お待ちしておりました。では本日もお願いしますね」


 すでに客が来ているようで、ソフィアに連れられて応接室に向かう。

 室内では、貴族服の男性が待っていた。彼女が入室するとソファーから立ち上がって、会釈とともに挨拶している。


「これはソフィア殿。本日はお日柄も良く……」

「はい。では打ち合わせ始めましょう」

「まずはグリム様に頼まれていた資料。もう一枚が……」

「………………」


 挨拶もそこそこ、ソフィアは打ち合わせを開始した。

 基本的に彼女は、グリムの補佐的な仕事をやっている。

 その当人は、国王と一緒に色々とやっているのだろう。宿舎にはほとんど帰ってこないので、彼女の苦労が察せられる。

 そんなことを考えていると、フォルトは少しずつ眠くなってきた。


「ソフィア殿はご存知か? グリム様に良からぬうわさが流れていますぞ」

「それは?」

「グリム様のせいで国境に不備があったと……」

「まあ!」

「噂の出所は分かりませんが、ブレーダ伯爵がデルヴィ侯爵に……」

「教えていただきありがとうございます」

「いえいえ。では、グリム様によろしくお伝えください」

「はい。伝えておきます」


(すでに何を話しているか分からんな。言葉尻が聞き取れない。後どれぐらい続くのだろうか? 眠い。腹が減った。ヤりたい)


 ソフィアの後ろに立っているだけなので、フォルトはとても暇である。

 来訪者が敵対行動をとってくれれば、暇を潰せるだろう。しかしながら何も起こらないので、眠気によって意識が飛びそうになる。

 そして応接室には、間髪を入れずに次の来客が訪れる。

 適当に会釈をすれば良いらしいが、すでにフラフラ状態だ。


「ところでソフィア嬢。レイバン男爵という男ですが……」

「はい?」

「グリム様に面会を希望されてるようですぞ」

「あら。御爺様おじいさまにですか?」

「はい。あれはバルボ子爵が子飼いにしている男。お気を付けくだされ」

「ありがとうございます」

「いえいえ。私は彼が好かんのです。では、グリム様によろしくと……」

「はい。伝えておきますね」


 何やら久しぶりな名前を聞いて、フォルトの眠気が多少はマシになる。

 双竜山の森に入れないので、グリム家に渡りをつけるつもりか。


(レイバン男爵ねぇ。意外とめげないな。最初からそうすればいいのに……。それでも俺が会うことはないけど……)


 以降も同様の来客が、十数人ほどいた。

 その間のフォルトは、ずっと立っている。ソフィアの護衛を引き受けて、一番の苦痛を感じる時間だった。


「……様?」

「…………」

「……ト様?」

「…………」

「フォルト様?」

「んんっ! ソフィアさん。どうされましたか?」


(しまった。ウトウトしてしまった。護衛失格だな。よし! 首にしてもらおう。それからさっさと森に帰って、自堕落生活に戻るのだ!)


 だがしかし、そうは問屋が卸さない。行動に起こしてしまうと、ソフィアと結んだ庇護ひごの約束を破ることになるのだ。

 それでは、自分が許せなくなる。


「終わりましたよ?」

「あ、あぁ。そうですか」

「眠そうですね」

「あ、はは……。さすがに、ね」

「ふふっ。私の部屋で眠気覚ましの茶でも入れましょう」

「ありがとう」


 ソフィアの気遣いに感謝である。

 今日の面会は終わりなので、もう自室に戻って休める。ならばとフォルトは笑顔を浮かべて、テーブルに積み上がった書類を抱える。

 そしてフラフラになりながらも、彼女の部屋に向かうのだった。

Copyright©2021-特攻君

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