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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第九章 三国会議
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フォルト・ローゼンクロイツ1

 三国会議は中盤に差し掛かり、各国の折衝もヒートアップしていた。

 自国の利益を追求するのは当然である。より有利な条件を引き出すために、三大大国はカードを切り合っている最中だ。

 ソル帝国もまたエウィ王国と同様に、自国の官僚を招集している。


「皇帝陛下。エウィ王国とフェリアスの交流が活発になると思われます」


 帝国が宿舎にしている一室で、仮の玉座に座るのは皇帝ソルである。

 その顔は険しく、常人では覇気で押されてしまうほどだ。威圧感が物凄く、報告をした官僚はブルブルと震えている。


「ふん! あのじじいめ。うまくやりおったな」

「はい。我らも交渉に臨んでおりますが、やはりターラ王国が……」


 会議に出席している帝国軍師テンガイが、官僚の報告に補足する。

 三国会議が開催される前に、ランス皇子が攻め落としたターラ王国。

 かの国の領土内にある小規模な森には、エルフ族が集落を営んでいた。しかも困ったことに、亜人の国フェリアスのエルフ族と関係があるのだ。

 そういった理由で、人的交流に関しては色良い返事がもらえていなかった。


「そうか。だが国土平定はもうすぐであろう?」

「ランス皇子からの報告では、ゲリラ戦をする集団があるとの由」

「ちっ。森には手を出しておらぬはずだがな」

「伝えてはいますが、残念ながら疑われております」

「まぁいい。今すぐ交流を持ったところで帝国に益は無い」

「皇帝陛下。我らはエウィ王国と違う道を進まねばなりません」

「そのとおりだ。奴らが亜人と組むなら帝国は……」


 勇魔戦争の終結から、もう十年が過ぎた。

 いつまでも三大大国などと、現を抜かしている場合ではないのだ。


「ところで軍師殿。種はあったか?」

「そのための三国会議です。種はありますが芽吹くかどうかは……」

「細工すればよかろう?」

「準備はできております。許可さえいただければ……」

「さすがだな。軍師殿に任せるとしよう」

「ははっ!」


 まだ若いテンガイだが、皇帝ソルからの信任は厚い。

 実力主義の帝国で、軍師の地位を力で獲得したからだ。内政から外交・軍事に至るまで、すべてを熟知して貢献している。

 その彼を、若造と蔑む者は皆無だった。


「それで、例の男は?」

「昨日も聖女と一緒に、バグバット様の屋敷を訪れております」

「女はどうでもよい。監視を怠るな」

「はい。しかし何者でしょうか?」

「聖女が一緒であれば異世界人であろうな」

「勇者とは思えません。どう見ても四十から五十歳ぐらいです」

「ならば魔法使いか?」

「その辺も含めて調査できればと思います」


 それは、突如として現れた人物である。

 吸血鬼の真祖バグバットと親し気に会話をして、屋敷にも出入りしていた。もしも力があるならば、ソル帝国に欲しい人材だ。

 仮想敵国のエウィ王国には、勿体もったい無いと思っていた。


「あの吸血鬼は常に中立だ」

「はい。ですが少しでも動かせれば……」

「敵にすれば、バグバットの怒りを買うと思うか?」

「今の時点では分かりかねます」

「で、あろうな。まぁいい。男の件も任せる」

「ははっ!」


 あちらの世界であれば、一人の強者など恐れることはない。

 どれほど強くても数に圧し潰されて、近代兵器であっという間に殺害できる。しかしながらこちらの世界では、一人の強者が戦況を変えることが容易だった。

 それが、人外の者であれば猶更である。

 男を使ってバグバットを動かせれば、何をするにも力を前面に出せるのだ。


「私からは最後になりますが、双竜山から見えたという建物の件です」

「ふん! それは三国会議が終わってからだ」

「ははっ!」

「では、次の報告をせよ」


 その後も、官僚からの報告は続く。

 最終日までにすべてをまとめ、三国がそろって首脳宣言をするのだ。とはいえその御飯事も、もうすぐ終わりを迎えるだろう。

 皇帝ソルは報告を聞きながら、目を細めて天井を見上げるのだった。



◇◇◇◇◇



 バグバットの屋敷で用事を済ませたフォルトは、宿舎に戻って寝ていた。

 当然のように、アーシャを思う存分に抱いてからだ。彼女は激しい夜の情事で動けなくなった後、カーミラに運ばれて双竜山の森に帰った。

 ちなみに楽団は、彼女の鼻歌から曲を起こしている最中だ。音響の腕輪は預けてあるので、完成したら受け取る予定になっていた。

 そして交代で連れてきた女性が、フォルトに声をかけてくる。


「ちょっとフォルトぉ。そろそろ起きなさあい」

「ぐぅぐぅ」

「私たちを待たせるの? 貴方は死にたいのかしら?」

「うぅ。起きる」


 続けて違う女性の声がしたので、フォルトは薄目を開ける。

 そして声が聞こえた方向に顔を動かすと、二人の女性が目に映った。

 椅子に座って、オヤツを食べている最中のようだ。ならばとベットから出て、彼女たちのテーブルに着く。


「おはよう。マリ、ルリ」

「御主人様はシモベ使いが荒いでーす!」

「ははっ。往復をありがとうな」

「でもでも。最大戦力を呼んじゃっていいのですかぁ?」

「でへでへ。二人がいなくても過剰戦力だと思う」


 カーミラの柔らかい双丘が、フォルトの後頭部を刺激する。

 確かにマリアンデールとルリシオンは、魔族の中でもトップクラスの強者だ。

 それでも今のレイナスは、限界突破を終わらせてレベル三十を越えた。しかもデモンズリッチのルーチェを戻して、森の管理者ドライアドもいる。

 たとえ姉妹がいなくても、森の警備は万全だろう。


「アルバハードは懐かしいわねえ」

「二人は来たことがあるのか?」

「あるわよ。ローゼンクロイツ家をめないで!」

「ははっ。バグバットにも会ったことが?」

「あるわね。魔族とも交流していたわ」

「ふーん」

「あら。焼きもちかしら? たまたま外交上の席で会っただけよ」

「ならいい」


 何十年も前の話なので、大した嫉妬にはならない。

 それにしても、姉妹が外交をするとは思いもよらなかった。


「マリとルリは好き勝手してそうだけどな」

「そうよお。たまたま魔王城にいて、たまたまパパに呼ばれただけよお」

「パパ……」

「ジュノバ・ローゼンクロイツ。魔王軍六魔将の筆頭よお」

「へぇ。ご大層な役職だ。生きているのかな?」

「残念ながら生死は分からないわあ」

「探さないのか?」

「ミイラ取りがミイラは嫌よ。生きていれば、いずれ会えるでしょ」

「あっさりしているな」

「魔族は力がすべてと言ったでしょ。死んだらそれまでよ」

「ふーん」


 フォルトは、魔族と人間の差を理解して感心する。

 たとえ親であっても、力量に任せているようだ。人間なら探さないまでも、肉親の心配ぐらいはするだろう。


「そうそう。貴方に伝えておくことがあったわ」

「どうしたマリ?」

「パパの話が出たから丁度いいわね」

「うん?」

「私たちと結婚しなさい!」

「………………」


 マリアンデールの言葉に、フォルトは思わず口を開けた。

 言葉の意味が瞬時に理解できず、視線も泳いでしまう。


「何をほうけているのよ!」

「今なんて?」

「理解できないのかしら。ほんとお馬鹿さんね」

「い、いや。聞き慣れない言葉でな」


(マリはいったい何を言い出すんだ? 確か「結婚しなさい」とか言ったな。合っているか? しかも私「たち」と言ったような……)


 聞きなれないというか、フォルトにはまったく縁のない言葉だった。とはいえマリアンデールを見ると、笑顔が消えて真剣な表情をしている。

 これは困ったとルリシオンに視線を逸らすと、同様の表情をしていた。


「私たちと結婚しなさいって言ったのよ!」

「はい?」

「そして、ローゼンクロイツ家の当主になりなさい!」

「マリ……」

「何よ」

「頭は大丈夫か?」

「大丈夫よ!」

「そ、そうか。なら、その真意は何だ?」

「ローゼンクロイツ家の家名を継ぎなさいってことね」

「カ、カーミラ?」


 フォルトは助けを求めるように、後ろを向いてカーミラに視線を向ける。

 その彼女は明後日の方向に顔を反らして、下手な口笛を吹いた。しかも口元が笑っており、顔を戻してウインクされた。

 これには首を傾げる一方で、とある話を思い出す。


(これは遊べってことか? そう言えばソフィアさんを庇護ひごするときに、状況を遊びと思え的なことを言っていたな。まさか、な)


「だが断る!」

「なんでよ!」

「い、いや。二人と結婚すると他の身内がなあ」

「まとめて嫁にすればいいわ!」

「はい?」

「貴方がいた世界では知らないけど、こちらの世界は一夫多妻よ」

「なるほど?」


 一夫多妻、一妻多夫なのは分かっている。

 それについては、確かにフォルトにとって魅力的だった。にもかかわらず結婚となると、人生の墓場に入るようで気が引ける。

 それに落ちぶれたおっさんとしては、結婚など手の届かない過ぎたる話だ。


「お姉ちゃんは言い方が拙いわよお」

「え?」

「結婚と言っても、今と何も変わらないわよお」

「いや。変わるだろ」

「単純にローゼンクロイツ家の当主になればいいのよお」

「はい?」

「フォルト・ローゼンクロイツを名乗って、誰にも負けなければいいわあ」

「そ、それが言いたかったのよ!」


 マリアンデールが顔を真っ赤にして、取ってつけたようなうそを言う。だがなぜ、そうする必要があるのか理解できない。

 首を傾げたフォルトは、姉妹に回答を求めた。


「魔王は魔人。なら、ローゼンクロイツ家の当主が魔人でもいいわよねえ?」

「あぁ……。そういうことか」

「パパがいないからね。私たちが認めてあげるわ!」

「ふーん。ちなみに名乗ると何かあるのか?」

「別に何も無いわよお。あ……」

「やっぱり何かあるだろ?」

「他の貴族家に喧嘩けんかを売られるぐらいねえ」

「ちょっと!」


 魔族は上下関係も、力で決める種族だ。

 勝てると踏んだ貴族家には戦いを挑んで、勝利と共に立場を逆転させる。魔族の貴族家に爵位が無い理由の一つだった。

 ローゼンクロイツ家を名乗ると、そういった争いの渦中に入るのだ。

 溜息ためいきを吐いたフォルトは、ルリシオンに真意を聞いた。


「はぁ……。して、その心は?」

「ローゼンクロイツ家は無敵よお!」

「要は不在の当主をやれってことか?」

「そうよお」

「マリかルリでいいだろ?」

「もちろん、理由はあるのよお」


 姉妹はローゼンクロイツ家の正式な令嬢だが、当主になるのは嫌らしい。フォルトとしても、そんな面倒な家名を押し付けられては困る。

 理由があるならばと、一応は問い質しておく。


「私たちがフォルトの下位だからよお」

「へ?」

「ローゼンクロイツ家が誰かの下に付くのは我慢ならないのよねえ」

「魔王の下に付いていただろ?」

「だから、嫉妬の魔人スカーレットの下ねえ」

「なるほど」


 フォルトは最近になって、多少は貴族のことを理解してきた。

 ローゼンクロイツ家に誇りを持っているがゆえに、家名に泥を塗りたくないという姉妹の思いなのだろう。

 魔人を当主とすることで、どの貴族家も退けるつもりなのだ。


(これは……。俺がローゼンクロイツ? あっちの世界だと薔薇ばら十字団の団長の名前だっけ? ヤバいな。ちょっとムズムズしてくる)


「カーミラ・ローゼンクロイツ」

「はあい!」

「答えるなよ」

「えへへ。カッコイイじゃないですか!」

「そ、そうか?」


 フォルトと同じ感想を持ったカーミラは、満面の笑顔で抱きついてきた。

 最愛の小悪魔に問題が無いなら、姉妹の望みをかなえて良いかもしれない。


「カーミラは分かっているわね」

「結婚はねえ。フォルトを婿養子にするための建前よお」

「ほう。そんなに家名が大切なのか。なら……」


 結婚は建前なので、女房面をするつもりは無いらしい。

 身内に格差が生まれないならと、フォルトは意を決したように……。


「だが断る!」

「なんでよ!」

「冗談だ。少し考えさせてくれ」

「な、ならいいわよ」


 これでなぜ、二人が一緒だったのかを理解した。

 アーシャの次は、本来だとルリシオンだけだった。しかしながら双竜山の森を出るときに、「姉と一緒でなければ嫌だ」と駄々をこねたのだ。

 それで急遽きゅうきょ、カーミラが往復している。

 おそらくだが、家督を継がせるタイミングを狙っていたのだろう。


「やれやれだな」

「ローゼンクロイツ家は魔族の名家よ。人間の王族が相手でも効果はあるわ」

「へぇ。王族なんぞと会うことはないけどな」

「ふふっ。色々と巻き込まれそうだからねえ」

「そうか?」

「今の貴方はどこにいるのかしら?」

「あ、はは……。アルバハード、だ」


 フォルトが自由都市アルバハードに訪れたのも、ソフィアとデルヴィ侯爵の問題に巻き込まれたようなものだ。

 双竜山の森に引き籠ると決めても、そうなっていない現実が情けない。もちろん自身の信念に従った結果なので、マリアンデールの指摘は的を射ている。

 今後も同様の件が起きないとは、自信を持って断言できない。


「まぁみんなと相談してからだな」

「ちなみにレイナスちゃんとシェラは大丈夫よお」

「根回しは完璧ってことか?」

「カーミラちゃんは見てのとおりねえ」

「アーシャは戻ったばかりだから何も知らないわ」

「はぁ……」


 一連の話から察すると、姉妹は家名を武器に使えと言いたいのだろう。

 魔法や格闘だけが戦いではない。人間に限らず、亜人との間でも活用できる。勇魔戦争以前は、普通に交流していたのだ。

 フォルトとしては最終的に力で解決してしまえば良いので、この新しい玩具は面白いかもしれない。

 それでも結婚という言葉に、本当にどうしようかと悩むのだった。

Copyright©2021-特攻君

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