フォルト・ローゼンクロイツ1
三国会議は中盤に差し掛かり、各国の折衝もヒートアップしていた。
自国の利益を追求するのは当然である。より有利な条件を引き出すために、三大大国はカードを切り合っている最中だ。
ソル帝国もまたエウィ王国と同様に、自国の官僚を招集している。
「皇帝陛下。エウィ王国とフェリアスの交流が活発になると思われます」
帝国が宿舎にしている一室で、仮の玉座に座るのは皇帝ソルである。
その顔は険しく、常人では覇気で押されてしまうほどだ。威圧感が物凄く、報告をした官僚はブルブルと震えている。
「ふん! あの爺め。うまくやりおったな」
「はい。我らも交渉に臨んでおりますが、やはりターラ王国が……」
会議に出席している帝国軍師テンガイが、官僚の報告に補足する。
三国会議が開催される前に、ランス皇子が攻め落としたターラ王国。
かの国の領土内にある小規模な森には、エルフ族が集落を営んでいた。しかも困ったことに、亜人の国フェリアスのエルフ族と関係があるのだ。
そういった理由で、人的交流に関しては色良い返事がもらえていなかった。
「そうか。だが国土平定はもうすぐであろう?」
「ランス皇子からの報告では、ゲリラ戦をする集団があるとの由」
「ちっ。森には手を出しておらぬはずだがな」
「伝えてはいますが、残念ながら疑われております」
「まぁいい。今すぐ交流を持ったところで帝国に益は無い」
「皇帝陛下。我らはエウィ王国と違う道を進まねばなりません」
「そのとおりだ。奴らが亜人と組むなら帝国は……」
勇魔戦争の終結から、もう十年が過ぎた。
いつまでも三大大国などと、現を抜かしている場合ではないのだ。
「ところで軍師殿。種はあったか?」
「そのための三国会議です。種はありますが芽吹くかどうかは……」
「細工すればよかろう?」
「準備はできております。許可さえいただければ……」
「さすがだな。軍師殿に任せるとしよう」
「ははっ!」
まだ若いテンガイだが、皇帝ソルからの信任は厚い。
実力主義の帝国で、軍師の地位を力で獲得したからだ。内政から外交・軍事に至るまで、すべてを熟知して貢献している。
その彼を、若造と蔑む者は皆無だった。
「それで、例の男は?」
「昨日も聖女と一緒に、バグバット様の屋敷を訪れております」
「女はどうでもよい。監視を怠るな」
「はい。しかし何者でしょうか?」
「聖女が一緒であれば異世界人であろうな」
「勇者とは思えません。どう見ても四十から五十歳ぐらいです」
「ならば魔法使いか?」
「その辺も含めて調査できればと思います」
それは、突如として現れた人物である。
吸血鬼の真祖バグバットと親し気に会話をして、屋敷にも出入りしていた。もしも力があるならば、ソル帝国に欲しい人材だ。
仮想敵国のエウィ王国には、勿体無いと思っていた。
「あの吸血鬼は常に中立だ」
「はい。ですが少しでも動かせれば……」
「敵にすれば、バグバットの怒りを買うと思うか?」
「今の時点では分かりかねます」
「で、あろうな。まぁいい。男の件も任せる」
「ははっ!」
あちらの世界であれば、一人の強者など恐れることはない。
どれほど強くても数に圧し潰されて、近代兵器であっという間に殺害できる。しかしながらこちらの世界では、一人の強者が戦況を変えることが容易だった。
それが、人外の者であれば猶更である。
男を使ってバグバットを動かせれば、何をするにも力を前面に出せるのだ。
「私からは最後になりますが、双竜山から見えたという建物の件です」
「ふん! それは三国会議が終わってからだ」
「ははっ!」
「では、次の報告をせよ」
その後も、官僚からの報告は続く。
最終日までにすべてをまとめ、三国が揃って首脳宣言をするのだ。とはいえその御飯事も、もうすぐ終わりを迎えるだろう。
皇帝ソルは報告を聞きながら、目を細めて天井を見上げるのだった。
◇◇◇◇◇
バグバットの屋敷で用事を済ませたフォルトは、宿舎に戻って寝ていた。
当然のように、アーシャを思う存分に抱いてからだ。彼女は激しい夜の情事で動けなくなった後、カーミラに運ばれて双竜山の森に帰った。
ちなみに楽団は、彼女の鼻歌から曲を起こしている最中だ。音響の腕輪は預けてあるので、完成したら受け取る予定になっていた。
そして交代で連れてきた女性が、フォルトに声をかけてくる。
「ちょっとフォルトぉ。そろそろ起きなさあい」
「ぐぅぐぅ」
「私たちを待たせるの? 貴方は死にたいのかしら?」
「うぅ。起きる」
続けて違う女性の声がしたので、フォルトは薄目を開ける。
そして声が聞こえた方向に顔を動かすと、二人の女性が目に映った。
椅子に座って、オヤツを食べている最中のようだ。ならばとベットから出て、彼女たちのテーブルに着く。
「おはよう。マリ、ルリ」
「御主人様はシモベ使いが荒いでーす!」
「ははっ。往復をありがとうな」
「でもでも。最大戦力を呼んじゃっていいのですかぁ?」
「でへでへ。二人がいなくても過剰戦力だと思う」
カーミラの柔らかい双丘が、フォルトの後頭部を刺激する。
確かにマリアンデールとルリシオンは、魔族の中でもトップクラスの強者だ。
それでも今のレイナスは、限界突破を終わらせてレベル三十を越えた。しかもデモンズリッチのルーチェを戻して、森の管理者ドライアドもいる。
たとえ姉妹がいなくても、森の警備は万全だろう。
「アルバハードは懐かしいわねえ」
「二人は来たことがあるのか?」
「あるわよ。ローゼンクロイツ家を舐めないで!」
「ははっ。バグバットにも会ったことが?」
「あるわね。魔族とも交流していたわ」
「ふーん」
「あら。焼きもちかしら? たまたま外交上の席で会っただけよ」
「ならいい」
何十年も前の話なので、大した嫉妬にはならない。
それにしても、姉妹が外交をするとは思いもよらなかった。
「マリとルリは好き勝手してそうだけどな」
「そうよお。たまたま魔王城にいて、たまたまパパに呼ばれただけよお」
「パパ……」
「ジュノバ・ローゼンクロイツ。魔王軍六魔将の筆頭よお」
「へぇ。ご大層な役職だ。生きているのかな?」
「残念ながら生死は分からないわあ」
「探さないのか?」
「ミイラ取りがミイラは嫌よ。生きていれば、いずれ会えるでしょ」
「あっさりしているな」
「魔族は力がすべてと言ったでしょ。死んだらそれまでよ」
「ふーん」
フォルトは、魔族と人間の差を理解して感心する。
たとえ親であっても、力量に任せているようだ。人間なら探さないまでも、肉親の心配ぐらいはするだろう。
「そうそう。貴方に伝えておくことがあったわ」
「どうしたマリ?」
「パパの話が出たから丁度いいわね」
「うん?」
「私たちと結婚しなさい!」
「………………」
マリアンデールの言葉に、フォルトは思わず口を開けた。
言葉の意味が瞬時に理解できず、視線も泳いでしまう。
「何を呆けているのよ!」
「今なんて?」
「理解できないのかしら。ほんとお馬鹿さんね」
「い、いや。聞き慣れない言葉でな」
(マリはいったい何を言い出すんだ? 確か「結婚しなさい」とか言ったな。合っているか? しかも私「たち」と言ったような……)
聞きなれないというか、フォルトにはまったく縁のない言葉だった。とはいえマリアンデールを見ると、笑顔が消えて真剣な表情をしている。
これは困ったとルリシオンに視線を逸らすと、同様の表情をしていた。
「私たちと結婚しなさいって言ったのよ!」
「はい?」
「そして、ローゼンクロイツ家の当主になりなさい!」
「マリ……」
「何よ」
「頭は大丈夫か?」
「大丈夫よ!」
「そ、そうか。なら、その真意は何だ?」
「ローゼンクロイツ家の家名を継ぎなさいってことね」
「カ、カーミラ?」
フォルトは助けを求めるように、後ろを向いてカーミラに視線を向ける。
その彼女は明後日の方向に顔を反らして、下手な口笛を吹いた。しかも口元が笑っており、顔を戻してウインクされた。
これには首を傾げる一方で、とある話を思い出す。
(これは遊べってことか? そう言えばソフィアさんを庇護するときに、状況を遊びと思え的なことを言っていたな。まさか、な)
「だが断る!」
「なんでよ!」
「い、いや。二人と結婚すると他の身内がなあ」
「まとめて嫁にすればいいわ!」
「はい?」
「貴方がいた世界では知らないけど、こちらの世界は一夫多妻よ」
「なるほど?」
一夫多妻、一妻多夫なのは分かっている。
それについては、確かにフォルトにとって魅力的だった。にもかかわらず結婚となると、人生の墓場に入るようで気が引ける。
それに落ちぶれたおっさんとしては、結婚など手の届かない過ぎたる話だ。
「お姉ちゃんは言い方が拙いわよお」
「え?」
「結婚と言っても、今と何も変わらないわよお」
「いや。変わるだろ」
「単純にローゼンクロイツ家の当主になればいいのよお」
「はい?」
「フォルト・ローゼンクロイツを名乗って、誰にも負けなければいいわあ」
「そ、それが言いたかったのよ!」
マリアンデールが顔を真っ赤にして、取ってつけたような嘘を言う。だがなぜ、そうする必要があるのか理解できない。
首を傾げたフォルトは、姉妹に回答を求めた。
「魔王は魔人。なら、ローゼンクロイツ家の当主が魔人でもいいわよねえ?」
「あぁ……。そういうことか」
「パパがいないからね。私たちが認めてあげるわ!」
「ふーん。ちなみに名乗ると何かあるのか?」
「別に何も無いわよお。あ……」
「やっぱり何かあるだろ?」
「他の貴族家に喧嘩を売られるぐらいねえ」
「ちょっと!」
魔族は上下関係も、力で決める種族だ。
勝てると踏んだ貴族家には戦いを挑んで、勝利と共に立場を逆転させる。魔族の貴族家に爵位が無い理由の一つだった。
ローゼンクロイツ家を名乗ると、そういった争いの渦中に入るのだ。
溜息を吐いたフォルトは、ルリシオンに真意を聞いた。
「はぁ……。して、その心は?」
「ローゼンクロイツ家は無敵よお!」
「要は不在の当主をやれってことか?」
「そうよお」
「マリかルリでいいだろ?」
「もちろん、理由はあるのよお」
姉妹はローゼンクロイツ家の正式な令嬢だが、当主になるのは嫌らしい。フォルトとしても、そんな面倒な家名を押し付けられては困る。
理由があるならばと、一応は問い質しておく。
「私たちがフォルトの下位だからよお」
「へ?」
「ローゼンクロイツ家が誰かの下に付くのは我慢ならないのよねえ」
「魔王の下に付いていただろ?」
「だから、嫉妬の魔人スカーレットの下ねえ」
「なるほど」
フォルトは最近になって、多少は貴族のことを理解してきた。
ローゼンクロイツ家に誇りを持っているがゆえに、家名に泥を塗りたくないという姉妹の思いなのだろう。
魔人を当主とすることで、どの貴族家も退けるつもりなのだ。
(これは……。俺がローゼンクロイツ? あっちの世界だと薔薇十字団の団長の名前だっけ? ヤバいな。ちょっとムズムズしてくる)
「カーミラ・ローゼンクロイツ」
「はあい!」
「答えるなよ」
「えへへ。カッコイイじゃないですか!」
「そ、そうか?」
フォルトと同じ感想を持ったカーミラは、満面の笑顔で抱きついてきた。
最愛の小悪魔に問題が無いなら、姉妹の望みを叶えて良いかもしれない。
「カーミラは分かっているわね」
「結婚はねえ。フォルトを婿養子にするための建前よお」
「ほう。そんなに家名が大切なのか。なら……」
結婚は建前なので、女房面をするつもりは無いらしい。
身内に格差が生まれないならと、フォルトは意を決したように……。
「だが断る!」
「なんでよ!」
「冗談だ。少し考えさせてくれ」
「な、ならいいわよ」
これでなぜ、二人が一緒だったのかを理解した。
アーシャの次は、本来だとルリシオンだけだった。しかしながら双竜山の森を出るときに、「姉と一緒でなければ嫌だ」と駄々をこねたのだ。
それで急遽、カーミラが往復している。
おそらくだが、家督を継がせるタイミングを狙っていたのだろう。
「やれやれだな」
「ローゼンクロイツ家は魔族の名家よ。人間の王族が相手でも効果はあるわ」
「へぇ。王族なんぞと会うことはないけどな」
「ふふっ。色々と巻き込まれそうだからねえ」
「そうか?」
「今の貴方はどこにいるのかしら?」
「あ、はは……。アルバハード、だ」
フォルトが自由都市アルバハードに訪れたのも、ソフィアとデルヴィ侯爵の問題に巻き込まれたようなものだ。
双竜山の森に引き籠ると決めても、そうなっていない現実が情けない。もちろん自身の信念に従った結果なので、マリアンデールの指摘は的を射ている。
今後も同様の件が起きないとは、自信を持って断言できない。
「まぁみんなと相談してからだな」
「ちなみにレイナスちゃんとシェラは大丈夫よお」
「根回しは完璧ってことか?」
「カーミラちゃんは見てのとおりねえ」
「アーシャは戻ったばかりだから何も知らないわ」
「はぁ……」
一連の話から察すると、姉妹は家名を武器に使えと言いたいのだろう。
魔法や格闘だけが戦いではない。人間に限らず、亜人との間でも活用できる。勇魔戦争以前は、普通に交流していたのだ。
フォルトとしては最終的に力で解決してしまえば良いので、この新しい玩具は面白いかもしれない。
それでも結婚という言葉に、本当にどうしようかと悩むのだった。
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