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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第九章 三国会議
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三国会議・祭り3

 露店で大食いの注文を入れたフォルトは、時間内にすべてを平らげた。

 鉄の胃袋とは、よく言ったものだ。魔人は強酸のような胃液で、固形物だろうと一気に溶かしてエネルギーに変換できる。

 そして他の客からは、げっぷと共に見られていた。


「御主人様。どうでしたかぁ?」

「うーん。旨かったけど……」


 時間制限があったので、フォルトは料理が出された瞬間から食べていた。

 お好み焼きのような料理だったが、正直なところ何を食したか覚えていない。二人の身内に切り分けてもらいながら、ドンドンと消費したからだ。

 ともあれ露店を出ると、遠くに人だかりが見えた。

 カーミラとアーシャも気付いたようで、何事かと視線を向ける。


「なにあれ。何か面白いことでもやってんの?」

「さぁ?」

「御主人様。痴漢の死体が発見されたと思いまーす!」

「あぁ。自殺させたのだったな」

「………………」


 ソフィアが黙っている。

 魔人だと告白したときは、フォルトの行動に口を挟まないと言っていた。しかしながら、先ほどは諫言かんげんを受けた。

 完全には無理だと理解しているが、今の話も内心が察せられる。


(やれやれ。場の雰囲気が悪くなるな。とりあえずは帰るとするか。このまま町に出ていても良いことはないだろう)


「ソフィアさん。帰りますよ」

「はい」


 雰囲気が悪くなるのもそうだが、さっさと帰りたい事情もあった。

 やはりフォルトは、人混みが苦手なのだ。

 惰眠を貪るに限るので、寄り道をせずに真っすぐ宿舎に向かう。到着後はソフィアと別れて、自身に割り当てられている部屋に移動した。


「御主人様は寝るんですかぁ?」

「そのつもりだけど?」

「もうすぐ夕飯でーす!」

「あ、そうだな。露店の飯じゃ腹一杯にならなかった」


 惰眠を貪りたかったが、別に眠くはない。中途半端に食べたので、怠惰よりも暴食の大罪が勝っている。

 そしてフォルトは、町に外出して満足しているアーシャに顔を向けた。


「食べた量は中途半端で、時間も中途半端だな」

「じゃあフォルトさん! する?」

「それは寝る前がいいな」

「珍しいね!」

「二人を満足させる時間も中途半端なのだ」

「た、確かにそうね!」


 双竜山の森で暮らしていれば、フォルトに中途半端な時間は存在しない。

 思うがままに行動しており、時間など気にしていない。だがソフィアの護衛をするだけで、中途半端な時間ができる。

 相手に時間を合わせるのだから仕方ない。

 彼女の行動時間は、朝から夕方だった。夜は宿舎にいるので、自身の時間は必然的に夜から朝となる。

 晩餐会ばんさんかいが入ると、夜中から朝になるか。


「こういう時間は、ゲームをして暇を潰すのだがな」

「リリエラちゃんのゲームってさ。時間がかかるっしょ」

「そう言えば、リリエラは何をやっていた?」

「レイナス先輩と基礎訓練。ルリ様と保存食を作ってたかな?」

「なるほど。野営を視野に入れているのか」


 王女だったリリエラだが、現実的に生き残る術を身に付けているようだ。

 支援と呼べるかは謎でも、フォルトの身内から様々なことを習っている。奴隷状態から成り上がるなら、それが正解だろう。


(リリエラは限られた支援を有効活用しているなあ。本当に大したものだ。まぁ支援があっても、俺みたいな奴は何もしないだろうがな)


 日本にいた頃のフォルトは、国や自治体からの支援など諦めていた。

 普通はリリエラのように支援される側から、それらに助けを求めるものだ。とはいえ行動に起こせないほど、氷河期世代の引き籠りの実態は厳しい。

 バブルの崩壊から長期にわたった結果、体を動かす気力が失われている。だからこそ、支援の申請をする意欲が沸かないのだ。

 そして現在行われている支援は、実情を当事者から聞き取りをしていない。支援自体も、当事者にとって無意味だった。


(基本的に自分から動かないクズだった。そういった引き籠りは発見してもらうのを待っている。だが絶対に探さないだろうな)


 こればかりは、当事者にならないと理解できない話である。

 普通に生きている人からすると、単なる甘えにしか聞こえない。子供部屋おじさんと揶揄やゆされるぐらいだ。

 もちろん、当事者本人も同じことを思っている。

 実のところ国が本気を出せば、そういった個人を発見するのは容易だ。にもかかわらず特定されない現状に失望して、負のスパイラルに囚われていた。

 年齢的にも将来の希望を持てず、人生からの退場を考えている始末だ。

 「手の施しようがない」との言葉はあるが、まさにそのとおりである。だがそれで見捨てて良い話でもなく、重大な社会問題となっていた。

 結局は臭いものに蓋をして、今まで長期にわたって放置したツケだ。といった思考の旅に出たフォルトは、額に眉を寄せて口を開いた。


「ははっ。リリエラが羨ましいな」

「どうしたんですかぁ?」

「いや。何でもない。やっぱりやるぞ!」

「きゃ!」

「ちょ、ちょっと!」


 カーミラとアーシャを両脇に抱えたフォルトは、フカフカのベッドに雪崩れ込む。もうすぐ食事の時間だが、もうお構いなしだ。

 そして、三人の影が混じり合う。

 以降は情事の途中で休憩に入って、夕飯は遅らせるように伝える。遅らせたと言うか、グリムやソフィアは先に食事を終わらせていた。

 それには苦笑いを浮かべて、一日を終えるのだった。



◇◇◇◇◇



 日付も変わってフォルトの目の前には、バグバットがソファーに座っている。

 カーミラがアポイントを取ったので、領主の屋敷を訪れたところだ。応接室に通されて、今に至っていた。

 一緒にいるのは彼女の他に、アーシャとソフィアである。


「あれってスーツじゃないの?」

「そうだな」

「こっちの世界にもあるんだね!」

「詳しい話は聞いていないが、な」


 吸血鬼の真祖バグバットは、ブラウンのスーツを着こなす紳士。

 フォルトやアーシャからすると、日本を感じさせる服だ。


「してフォルト殿。吾輩わがはいは楽団を貸し出せば良いのであるな?」

「助かる。アーシャの鼻歌から曲を起こせるかと思ってな」

「それは可能である。ただし、時間を頂くのである」

「できれば三国会議が終わるまでに欲しい」

「確約は難しいのであるが、楽団の準備はできているである」


 バグバットは両手をたたいて、応接室に執事を呼び入れた。

 音響の腕輪の使用方法は、アーシャが知っている。後は楽団がいる部屋で、用事を済ませてもらえば良い。


「よろしくアーシャ!」

「あんまり期待しないでよね!」

「ははっ。アーシャ用だから、自分が納得すればいいと思う」

「そっか。じゃあ行ってくる!」

「カーミラも頼む」

「はあい!」


 さすがに、アーシャを一人で行かせるのは忍びない。

 レベル百五十のカーミラであれば、何か問題が起きても余裕で守れるだろう。本当は傍に置いておきたいが、身内の安全が第一だ。

 まだバグバットを、完全に信用していないのだから……。

 そして二人は、執事に連れられて応接室を出た。


「しかしフォルト殿は、面白いことを考えるものであるな」

「そうか? 何なら楽団のお礼に同じものをあげるよ」

うれしいのであるな」

「なら後で届けさせる」

「有難く受け取るのである。ですが……」

「うん?」

「その魔道具は高級品である。外に出さぬが賢明である」

「へぇ。頭に入れておく」


 レイナスにも言われていたが、バグバットの助言だと重みがある。

 これは年齢などが関係してくるので、彼女には難しいだろう。


(何百年も領主をやってると違うな。やはり目上の者は敬うべきであるな。あ、バグバットの口調が移った)


「時にフォルト殿」

「何だ?」

「昨日は少々問題があったようであるな」

「………………。見ていたのか?」

「大変恐縮であるが、監視をしているのである」

「それは構わないが……。俺の身内に手を出したからな」

「で、あるか」


 バグバットとの約束は、自由都市アルバハードに手を出さないこと。

 それには、フォルトの身内に手を出さないことが条件になっている。つい先日の話なので、それは理解しているはずだ。


「なるべくなら、捕縛を選択してほしいのである」

「面倒でな。それよりもバグバットは、人間に肩入れしているのか?」

「吾輩は中立である。ゆえに争い事を好まないだけであるな」

「ふーん」


(多少の問題なら大目に見るけどな。アーシャの尻を触るとは許せない。あれを触っていいのは俺だけだ!)


 傲慢・嫉妬・色欲が混ざり合う。

 憤怒が入らないのは、程度の問題だった。痴漢程度なら激怒するほどでもない。身内が犯されたり殺されたら表に出るだろう。


「話は変わるが、バグバットの着ているスーツは……」

「その昔であるが、エウィ王国から献上されたのである」

「作っているのではないのか」

「もう何着か欲しいのであるな。なかなか入手できない一品である」

「バグバット様には……」


 ソフィアが会話に加わってくる。

 バグバットが彼女と出会うまでは、各国から珍品が献上されていた。とはいえ、それを酒に変えたのは彼女である。

 珍品の収集よりも、「モノの変化」を楽しむように提案したのだ。以降は何に対しても変化を意識するようになったとの話で、人生の暇が潰せているようだ。


「やはり長く生きると暇なのか?」

「で、あるな。興味を失うのが原因である」

「へぇ」

「酒の変化を楽しむようになってからは、人生が面白いのである」

「なるほどなあ」


(変化を楽しむねぇ。吸血鬼の真祖ともなると、長期間で楽しんでいるのかもしれないな。確かにそういったものを考えると、時間はあっという間に過ぎるか)


 日本では、「モノの変化」が激しかった。

 戦後七十年以上が経過して、現在に至るまでに様々な変化があった。

 短期間での変化で著しいのは、やはり通信手段だろう。黒電話から携帯電話までそこそこの時は経っているが、以降のスマートフォンまで速かった。

 もちろん、飲食も速い。

 時代により変化が著しく、昭和と令和では味が段違いだ。

 普段であれば、日々食する「モノ」なので気にならないだろう。しかしながら、食べ比べると分かるものだ。


「調味料関係に力を入れてほしいものだ」

「で、あるか?」

「調味料の「さしすせそ」がそろっていない」

「それは何であるか?」

「砂糖、塩、酢、醤油しょうゆ味噌みそだったかな?」

「ほう。最後は不明であるが……」

「済まんな。作り方はサッパリだ」


(うろ覚えでは絶対に作れない。まぁ異世界人がいるのだから、製法を知っている奴はいそうだけどな。誰か作らないかなあ。俺は食べるのが専門だ!)


 思わずフォルトは舌なめずりした。

 味噌の他にも調味料の種類が増えれば、毎日の食生活が華やかになる。と言っても自身は何もできないので、いつも他人任せだが……。

 そのような思いを知ってか知らずか、バグバットが立ち上がった。


「それでは、楽団の様子を見に行くのである!」

「だな」


 楽曲の録音にも興味があるフォルトは、バグバットに釣られて席を立つ。同時にソフィアに目を向けると、なぜか座ったままだった。

 そこで、「どうしました?」と声を掛ける。


「あ……。フォルト様は先に行ってください」

「え?」

「バグバット様に御爺様おじいさまからの伝言がありました」


 どうやらソフィアは、バグバットに伝え忘れた件があったようだ。

 すでに立ち上がっていたフォルトは「どうせすぐに応接室を出るから」と、彼女の座るソファーの後ろに回った。

 とりあえず、護衛として離れるわけにはいかない。


「大丈夫ですよ。三国会議の件ですので……」

「ふーん。俺に聞かれては拙い話かな?」

「知ると面倒なことになりますよ?」

「うぐっ! な、ならバグバット。分かっていると思うが……」

「もちろん手は出さないのである。吾輩にも立場があるのである」

「じゃあソフィアさん。何かあったら、こいつを盾にしてくれ」


 フォルトはバグバットに許可を取らず、その場で召喚魔法を使った。

 はっきり言って、敵対行動と受け取られる可能性は高い。



【サモン・ケルベロス/召喚・地獄の番犬】



 床に現れた召喚陣からは、三つ首を持った大型の黒犬が召喚される。

 室内の三分の一は占拠している大きさだ。

 かなり厳つい顔で、地獄の番犬という名称に偽りは無い。「グルルルルッ」と(うな)っている口には鋭い犬歯が並んで、炎がチラチラと見えていた。

 今にも敵をみ砕こうと、バグバットを見下ろしている。

 召喚場所には配慮したので、調度品などは壊れていない。さすがに縦横無尽の動きはできないが、ソフィアの護衛は可能だろう。

 何かあれば思念で伝えてくれるので、その場合はすぐに戻れる。


「信用が無いのであるな」

「俺は身内しか信じないからな」

「で、あるか」

「楽団はどこにいるのだ?」

「執事を呼ぶのである」

「助かる」


 大変失礼で無礼ではあるが、バグバットはまったく動じていない。

 普段と変わらずに両手を叩いて、応接室に執事を呼び入れた。


「フォルト殿を楽団の所まで案内するのである」

「畏まりました」

「ソフィアさん。後でね」

「は、い」


(手は出さないと思っているけどな。人間じゃないし信じてもいいけど、バグバットとはまだ出会ったばかりだ。今後の行動で判断させてもらおう)


 執事も吸血鬼だからなのか、地獄の番犬を見ても動じていない。

 ともあれフォルトは人間嫌いだから、人間以外を信じるのではない。長年の人間不信がたたって、誰も信じられないのだ。

 身内を除いて、であるが……。

 以降は執事に連れられて、カーミラとアーシャがいる場所に向かう。

 廊下を歩いていると、楽団の奏でる音楽が流れてきた。何度か同じメロディーが聴こえるので、鼻歌を曲にしているところだろう。

 それに気分を良くして、口角を上げるのだった。

Copyright©2021-特攻君

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