三国会議・祭り3
露店で大食いの注文を入れたフォルトは、時間内にすべてを平らげた。
鉄の胃袋とは、よく言ったものだ。魔人は強酸のような胃液で、固形物だろうと一気に溶かしてエネルギーに変換できる。
そして他の客からは、げっぷと共に見られていた。
「御主人様。どうでしたかぁ?」
「うーん。旨かったけど……」
時間制限があったので、フォルトは料理が出された瞬間から食べていた。
お好み焼きのような料理だったが、正直なところ何を食したか覚えていない。二人の身内に切り分けてもらいながら、ドンドンと消費したからだ。
ともあれ露店を出ると、遠くに人だかりが見えた。
カーミラとアーシャも気付いたようで、何事かと視線を向ける。
「なにあれ。何か面白いことでもやってんの?」
「さぁ?」
「御主人様。痴漢の死体が発見されたと思いまーす!」
「あぁ。自殺させたのだったな」
「………………」
ソフィアが黙っている。
魔人だと告白したときは、フォルトの行動に口を挟まないと言っていた。しかしながら、先ほどは諫言を受けた。
完全には無理だと理解しているが、今の話も内心が察せられる。
(やれやれ。場の雰囲気が悪くなるな。とりあえずは帰るとするか。このまま町に出ていても良いことはないだろう)
「ソフィアさん。帰りますよ」
「はい」
雰囲気が悪くなるのもそうだが、さっさと帰りたい事情もあった。
やはりフォルトは、人混みが苦手なのだ。
惰眠を貪るに限るので、寄り道をせずに真っすぐ宿舎に向かう。到着後はソフィアと別れて、自身に割り当てられている部屋に移動した。
「御主人様は寝るんですかぁ?」
「そのつもりだけど?」
「もうすぐ夕飯でーす!」
「あ、そうだな。露店の飯じゃ腹一杯にならなかった」
惰眠を貪りたかったが、別に眠くはない。中途半端に食べたので、怠惰よりも暴食の大罪が勝っている。
そしてフォルトは、町に外出して満足しているアーシャに顔を向けた。
「食べた量は中途半端で、時間も中途半端だな」
「じゃあフォルトさん! する?」
「それは寝る前がいいな」
「珍しいね!」
「二人を満足させる時間も中途半端なのだ」
「た、確かにそうね!」
双竜山の森で暮らしていれば、フォルトに中途半端な時間は存在しない。
思うがままに行動しており、時間など気にしていない。だがソフィアの護衛をするだけで、中途半端な時間ができる。
相手に時間を合わせるのだから仕方ない。
彼女の行動時間は、朝から夕方だった。夜は宿舎にいるので、自身の時間は必然的に夜から朝となる。
晩餐会が入ると、夜中から朝になるか。
「こういう時間は、ゲームをして暇を潰すのだがな」
「リリエラちゃんのゲームってさ。時間がかかるっしょ」
「そう言えば、リリエラは何をやっていた?」
「レイナス先輩と基礎訓練。ルリ様と保存食を作ってたかな?」
「なるほど。野営を視野に入れているのか」
王女だったリリエラだが、現実的に生き残る術を身に付けているようだ。
支援と呼べるかは謎でも、フォルトの身内から様々なことを習っている。奴隷状態から成り上がるなら、それが正解だろう。
(リリエラは限られた支援を有効活用しているなあ。本当に大したものだ。まぁ支援があっても、俺みたいな奴は何もしないだろうがな)
日本にいた頃のフォルトは、国や自治体からの支援など諦めていた。
普通はリリエラのように支援される側から、それらに助けを求めるものだ。とはいえ行動に起こせないほど、氷河期世代の引き籠りの実態は厳しい。
バブルの崩壊から長期にわたった結果、体を動かす気力が失われている。だからこそ、支援の申請をする意欲が沸かないのだ。
そして現在行われている支援は、実情を当事者から聞き取りをしていない。支援自体も、当事者にとって無意味だった。
(基本的に自分から動かないクズだった。そういった引き籠りは発見してもらうのを待っている。だが絶対に探さないだろうな)
こればかりは、当事者にならないと理解できない話である。
普通に生きている人からすると、単なる甘えにしか聞こえない。子供部屋おじさんと揶揄されるぐらいだ。
もちろん、当事者本人も同じことを思っている。
実のところ国が本気を出せば、そういった個人を発見するのは容易だ。にもかかわらず特定されない現状に失望して、負のスパイラルに囚われていた。
年齢的にも将来の希望を持てず、人生からの退場を考えている始末だ。
「手の施しようがない」との言葉はあるが、まさにそのとおりである。だがそれで見捨てて良い話でもなく、重大な社会問題となっていた。
結局は臭いものに蓋をして、今まで長期にわたって放置したツケだ。といった思考の旅に出たフォルトは、額に眉を寄せて口を開いた。
「ははっ。リリエラが羨ましいな」
「どうしたんですかぁ?」
「いや。何でもない。やっぱりやるぞ!」
「きゃ!」
「ちょ、ちょっと!」
カーミラとアーシャを両脇に抱えたフォルトは、フカフカのベッドに雪崩れ込む。もうすぐ食事の時間だが、もうお構いなしだ。
そして、三人の影が混じり合う。
以降は情事の途中で休憩に入って、夕飯は遅らせるように伝える。遅らせたと言うか、グリムやソフィアは先に食事を終わらせていた。
それには苦笑いを浮かべて、一日を終えるのだった。
◇◇◇◇◇
日付も変わってフォルトの目の前には、バグバットがソファーに座っている。
カーミラがアポイントを取ったので、領主の屋敷を訪れたところだ。応接室に通されて、今に至っていた。
一緒にいるのは彼女の他に、アーシャとソフィアである。
「あれってスーツじゃないの?」
「そうだな」
「こっちの世界にもあるんだね!」
「詳しい話は聞いていないが、な」
吸血鬼の真祖バグバットは、ブラウンのスーツを着こなす紳士。
フォルトやアーシャからすると、日本を感じさせる服だ。
「してフォルト殿。吾輩は楽団を貸し出せば良いのであるな?」
「助かる。アーシャの鼻歌から曲を起こせるかと思ってな」
「それは可能である。ただし、時間を頂くのである」
「できれば三国会議が終わるまでに欲しい」
「確約は難しいのであるが、楽団の準備はできているである」
バグバットは両手を叩いて、応接室に執事を呼び入れた。
音響の腕輪の使用方法は、アーシャが知っている。後は楽団がいる部屋で、用事を済ませてもらえば良い。
「よろしくアーシャ!」
「あんまり期待しないでよね!」
「ははっ。アーシャ用だから、自分が納得すればいいと思う」
「そっか。じゃあ行ってくる!」
「カーミラも頼む」
「はあい!」
さすがに、アーシャを一人で行かせるのは忍びない。
レベル百五十のカーミラであれば、何か問題が起きても余裕で守れるだろう。本当は傍に置いておきたいが、身内の安全が第一だ。
まだバグバットを、完全に信用していないのだから……。
そして二人は、執事に連れられて応接室を出た。
「しかしフォルト殿は、面白いことを考えるものであるな」
「そうか? 何なら楽団のお礼に同じものをあげるよ」
「嬉しいのであるな」
「なら後で届けさせる」
「有難く受け取るのである。ですが……」
「うん?」
「その魔道具は高級品である。外に出さぬが賢明である」
「へぇ。頭に入れておく」
レイナスにも言われていたが、バグバットの助言だと重みがある。
これは年齢などが関係してくるので、彼女には難しいだろう。
(何百年も領主をやってると違うな。やはり目上の者は敬うべきであるな。あ、バグバットの口調が移った)
「時にフォルト殿」
「何だ?」
「昨日は少々問題があったようであるな」
「………………。見ていたのか?」
「大変恐縮であるが、監視をしているのである」
「それは構わないが……。俺の身内に手を出したからな」
「で、あるか」
バグバットとの約束は、自由都市アルバハードに手を出さないこと。
それには、フォルトの身内に手を出さないことが条件になっている。つい先日の話なので、それは理解しているはずだ。
「なるべくなら、捕縛を選択してほしいのである」
「面倒でな。それよりもバグバットは、人間に肩入れしているのか?」
「吾輩は中立である。ゆえに争い事を好まないだけであるな」
「ふーん」
(多少の問題なら大目に見るけどな。アーシャの尻を触るとは許せない。あれを触っていいのは俺だけだ!)
傲慢・嫉妬・色欲が混ざり合う。
憤怒が入らないのは、程度の問題だった。痴漢程度なら激怒するほどでもない。身内が犯されたり殺されたら表に出るだろう。
「話は変わるが、バグバットの着ているスーツは……」
「その昔であるが、エウィ王国から献上されたのである」
「作っているのではないのか」
「もう何着か欲しいのであるな。なかなか入手できない一品である」
「バグバット様には……」
ソフィアが会話に加わってくる。
バグバットが彼女と出会うまでは、各国から珍品が献上されていた。とはいえ、それを酒に変えたのは彼女である。
珍品の収集よりも、「モノの変化」を楽しむように提案したのだ。以降は何に対しても変化を意識するようになったとの話で、人生の暇が潰せているようだ。
「やはり長く生きると暇なのか?」
「で、あるな。興味を失うのが原因である」
「へぇ」
「酒の変化を楽しむようになってからは、人生が面白いのである」
「なるほどなあ」
(変化を楽しむねぇ。吸血鬼の真祖ともなると、長期間で楽しんでいるのかもしれないな。確かにそういったものを考えると、時間はあっという間に過ぎるか)
日本では、「モノの変化」が激しかった。
戦後七十年以上が経過して、現在に至るまでに様々な変化があった。
短期間での変化で著しいのは、やはり通信手段だろう。黒電話から携帯電話までそこそこの時は経っているが、以降のスマートフォンまで速かった。
もちろん、飲食も速い。
時代により変化が著しく、昭和と令和では味が段違いだ。
普段であれば、日々食する「モノ」なので気にならないだろう。しかしながら、食べ比べると分かるものだ。
「調味料関係に力を入れてほしいものだ」
「で、あるか?」
「調味料の「さしすせそ」が揃っていない」
「それは何であるか?」
「砂糖、塩、酢、醤油、味噌だったかな?」
「ほう。最後は不明であるが……」
「済まんな。作り方はサッパリだ」
(うろ覚えでは絶対に作れない。まぁ異世界人がいるのだから、製法を知っている奴はいそうだけどな。誰か作らないかなあ。俺は食べるのが専門だ!)
思わずフォルトは舌なめずりした。
味噌の他にも調味料の種類が増えれば、毎日の食生活が華やかになる。と言っても自身は何もできないので、いつも他人任せだが……。
そのような思いを知ってか知らずか、バグバットが立ち上がった。
「それでは、楽団の様子を見に行くのである!」
「だな」
楽曲の録音にも興味があるフォルトは、バグバットに釣られて席を立つ。同時にソフィアに目を向けると、なぜか座ったままだった。
そこで、「どうしました?」と声を掛ける。
「あ……。フォルト様は先に行ってください」
「え?」
「バグバット様に御爺様からの伝言がありました」
どうやらソフィアは、バグバットに伝え忘れた件があったようだ。
すでに立ち上がっていたフォルトは「どうせすぐに応接室を出るから」と、彼女の座るソファーの後ろに回った。
とりあえず、護衛として離れるわけにはいかない。
「大丈夫ですよ。三国会議の件ですので……」
「ふーん。俺に聞かれては拙い話かな?」
「知ると面倒なことになりますよ?」
「うぐっ! な、ならバグバット。分かっていると思うが……」
「もちろん手は出さないのである。吾輩にも立場があるのである」
「じゃあソフィアさん。何かあったら、こいつを盾にしてくれ」
フォルトはバグバットに許可を取らず、その場で召喚魔法を使った。
はっきり言って、敵対行動と受け取られる可能性は高い。
【サモン・ケルベロス/召喚・地獄の番犬】
床に現れた召喚陣からは、三つ首を持った大型の黒犬が召喚される。
室内の三分の一は占拠している大きさだ。
かなり厳つい顔で、地獄の番犬という名称に偽りは無い。「グルルルルッ」と唸っている口には鋭い犬歯が並んで、炎がチラチラと見えていた。
今にも敵を噛み砕こうと、バグバットを見下ろしている。
召喚場所には配慮したので、調度品などは壊れていない。さすがに縦横無尽の動きはできないが、ソフィアの護衛は可能だろう。
何かあれば思念で伝えてくれるので、その場合はすぐに戻れる。
「信用が無いのであるな」
「俺は身内しか信じないからな」
「で、あるか」
「楽団はどこにいるのだ?」
「執事を呼ぶのである」
「助かる」
大変失礼で無礼ではあるが、バグバットはまったく動じていない。
普段と変わらずに両手を叩いて、応接室に執事を呼び入れた。
「フォルト殿を楽団の所まで案内するのである」
「畏まりました」
「ソフィアさん。後でね」
「は、い」
(手は出さないと思っているけどな。人間じゃないし信じてもいいけど、バグバットとはまだ出会ったばかりだ。今後の行動で判断させてもらおう)
執事も吸血鬼だからなのか、地獄の番犬を見ても動じていない。
ともあれフォルトは人間嫌いだから、人間以外を信じるのではない。長年の人間不信が祟って、誰も信じられないのだ。
身内を除いて、であるが……。
以降は執事に連れられて、カーミラとアーシャがいる場所に向かう。
廊下を歩いていると、楽団の奏でる音楽が流れてきた。何度か同じメロディーが聴こえるので、鼻歌を曲にしているところだろう。
それに気分を良くして、口角を上げるのだった。
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