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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第九章 三国会議
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カーミラ日記2-2

 空を飛んで逃走を図ったカーミラに対して、吸血鬼のバグバットは執拗しつように追いかけてくる。諦めるつもりはないらしく、その表情は怒りに満ちていた。

 それでも、飛行魔法では追いつけないようだ。


「えへへ。ここまでおいでぇ」



【ダーク・アロー/闇の矢】



 カーミラは飛行しながら魔法を使った。

 そうは言っても闇の矢は、バグバットを狙っていない。眼下に並んでいる適当な民家に飛ばしており、屋根を破壊するだけだった。

 つまり、挑発である。


「き、貴様!」

「えへへ。早く捕まえないと死人が出ちゃいますよぉ!」


 全力で飛べば逃げられるが、それでは先ほどの攻撃に意味が無い。

 カーミラは速度を調整して、程よい距離を保ちながら逃亡を続ける。次に距離が縮まったところで、再び闇属性魔法を放った。



【ダーク・ミスト/闇の霧】



 今度は、視界を遮る魔法だ。

 自身の後方に黒霧を発生させて、更に怒りを誘うつもりだった。冷静になられて町に戻られると、バグバットを始末できない。

 付かず離れずが好ましいので、カーミラは空中で待機する。

 そしてどう対処するか眺めていると、吸血鬼は黒霧に突っ込んだ。


「待つである!」


 魔法の効果としては、黒霧を吸い込むと肺にダメージを与える。しかしながら、アンデッドには無意味だった。

 痛みは感じず、吸血鬼のバグバットなら再生してしまう。だからこそ強行突破したのだろうが、カーミラの狙い通りだ。


(効果が無くてもいいもーん。でも怒ってるねぇ。途中で斬り合ってあげたほうがいいかなぁ? このまま諦められても困るしね!)


 口角を上げたカーミラは、大鎌を頭上で回転させた。

 黒霧から飛び出たバグバットは八重歯をいて、戦闘態勢に入る。


「女の子のお尻を追いかけないでくださーい!」

「悪魔風情が……。黙るのである!」

「嫌ですよぉ。えいっ!」


 一瞬で前に出たカーミラは、バグバットの首を狙って大鎌を振り下ろす。

 首と胴が離れても倒せるとは思えないが、プライドを傷つけられるか。地面に落ちた首を拾いに向かうところは、とてもシュールな姿だろう。だが大振りの攻撃は、長く伸ばされた爪で弾かれてしまった。

 思ったとおり、鋭く固い爪である。


「甘いである!」

「ちぇ。御主人様! 助けてえ!」


 バグバットが反撃に出ようとしたところで、カーミラは再び逃げ出した。卑怯ひきょうな行動だが、悪魔なので気にしない。

 この行動にも怒ったようで、追いかけっこが再開される。


「ふざけた悪魔である!」

「追いついたら戦ってあげてもいいですよぉ」


 以降も挑発を繰り返し、追いつけそうで追いつけない状態を維持する。

 ともあれバグバットは、飛行以外の魔法を使っていない。カーミラを召喚した人物を警戒しているとはいえ、どうやら魔力を温存しているようだ。

 そして鬼ごっこを続けていると、目的地に到着した。


(えへへ。御主人様。餌ですよぉ!)


 目的地とは、主人のポロがいる城だ。

 カーミラは地面に下りて、その場で振り返る。

 追いかけてきたバグバットは、空中で停止していた。しかしながら背後関係を気にしていたので、きっと追いかけてくるはずだ。


「この城は……」

「あれれぇ。もうちょっとで追いつけるのに諦めますかぁ?」

「戯言である。召喚主のところまで案内してもらうである!」


 バグバットは戦闘態勢を維持した状態で向かってくる。

 まだ追いつかれたくないカーミラは、急いで城の中に入った。後ろを見ると追いかけてくるので、地下に続く階段を下りる。


(御主人様は……。やっぱり……)


 階段の先は、地下(ろう)になっている。

 ポロはとっくに人間を食べ終わったようで、人間の骨を枕に眠っていた。カーミラは主人のいる牢屋に入って、バグバットの様子をうかがう。


「血の匂いであるか」


 暫く待っていると、コツンコツンと音が近づいてきた。ならばとカーミラは牢屋から顔を出して、バグバットの姿を視界に捉える。

 吸血鬼らしく、床や壁に飛び散った血痕に反応しているようだ。

 そこですかさず姿を現して、とあるものを投げつけた。


「バグバットちゃん! これあーげるっ!」

「なっ!」


 カーミラの攻撃と判断したのか。

 マントを翻したバグバットは、放物線を描くように投げられた物体を振り払おうとする。だがそれを確認すると、大きく目を見開いた。


「こ、子供であるか?」

「まだ生きてますよぉ!」

「ふざっ!」


 カーミラの一声で、バグバットは子供を受け止めた。

 この行動も今までの挑発と同様と思ったのか、鋭い視線を向けてくる。


「安い挑発はもう良いである」

「そうですかぁ?」

「貴様の出てきた牢屋の中に、召喚主がいるのであるな」

「御主人様ですかぁ? それならバグバットちゃんが持ってまーす!」

「いただきまーす!」


 抱きかかえられた子供から、声が発せられる。

 それに驚いたバグバットが視線を落とすと、口だけが大きくなった子供が、肩口を一気に食いちぎられた。

 アンデッドなので血は噴き出さないが、子供と一緒に左腕が落ちる。

 その瞬間に理解したようで、一気に後方に飛びのいた。


「ゆ、油断したのである」

「傷は深そうですけどぉ。さすがは吸血鬼ですねぇ」

「この程度の傷であれば……」

「えへへ。なら頑張って御主人様と戦ってくださーい!」


 吸血鬼は、魔法か魔法の武器でしかダメージを与えられない。また再生能力が高いので、すでに傷の修復が始まっている。

 カーミラに言われるまでもなく、バグバットは召喚主に視線を向けていた。


「称号は「大罪をまといし者」? 貴様の主人は魔人であるか!」

「ありゃ。見破れるんですねぇ」

「ぺっ!」


 主人のポロは、口から何かを吐き出した。

 よく見ると、バグバットの着ていた服の切れ端だった。暴食であっても、衣類はお気に召さないようだ。


「御主人様! オヤツを逃がしちゃ駄目ですよぉ!」

「殺してから持ってこい!」

「でもでも。そいつはもう死んでまーす!」

「アンデッドか。まぁ食えるなら何でもいいか」


 牢屋の人間も食べ終わって、目の前には食後のデザートがいるのだ。ポロは御馳走ごちそうを前にして、よだれを垂らしながら笑顔を浮かべている。

 そして、右手を突き出した。



【タイム・ストップ/時間停止】



 暴食のポロは、時空系魔法を使った。

 対象の時間だけが止まるので、ゆっくりと近づいて食べるつもりなのだろう。しかしながらバグバットは、驚きの声を上げて後ずさる。

 予想もしていなかった魔法のようだ。


「なっ!」

「ちっ。時間対策をしているな」

「なぜアルバハードを狙ったのであるか?」

「カーミラ! 武器を貸せ!」

「はあい!」

「かの地は魔人にも必要なはずである」

「そこを動くなよ? 食ってやる!」


 大鎌をポロに渡したカーミラは、バグバットに視線を向けた。

 この魔人と会話が成立しないのは当然である。主人の持つ大罪の一つ、暴食を満足させるための餌だと思っているのだ。

 後は見ているだけで終わるので、主人に任せて一歩下がる。

 そして口角を上げると、この魔人は再び魔法を使った。



【タイム・アクセラレート/時間加速】



 時空系魔法が発動すると、ポロが消えた。

 目を見開いたカーミラは、主人の居場所を探す。とはいえ気付いたときには、バグバットの胴体と両足が切断されていた。

 この時空系魔法は、術者の時間を加速させる魔法である。術者の行動が十秒かかったとしても、世界では一秒しか過ぎていない。しかも相手に使う魔法ではないので、時間対策をしていても無意味だった。


「ぬぅ」

「ムシャムシャ」


 バグバットを斬ったポロは、すでに足を食べている。また魔法の反動から、全身から大量の血を噴き出していた。

 ズボンは破かれて、床に散乱している。

 そして斬られた本人は、床にいつくばっていた。


「御主人様は無理し過ぎでーす!」

「傷なんぞすぐに塞がる。ムシャムシャ」


 世界の時間軸は一定である。

 自身の時間を加速させると、そのゆがみにより体に負荷がかかる。ポロの傷はそのためにできたものだった。

 それでも『超速再生ちょうそくさいせい』のスキルを持っているので、すぐに治ったようだ。

 ちなみに時間停止の場合は、相手の空間を止めているので負荷は掛からない。どこともしれない場所で、時間の歪が発生するだけだ。

 それはすぐに修復され、世界には何も影響しない。


「つ、強いのである」

「次は頭か? 腕か?」

「ちっ! この場は退いて傷を再生させるのである」

「御主人様! 逃げようとしていますよぉ!」


 何もできなかったバグバットは、魔人との力の差を思い知ったようだ。

 カーミラの背後を取ったときのように、複数の蝙蝠こうもりに分裂する。だが暴食の魔人ポロが、それを許すはずはなかった。


「待て! 『変化へんげ』!」


 ポロはスキルを使って、背中から触手を大量に出した。

 そして無数に伸びた触手は、すべての蝙蝠を捕まえる。

 この手際に対して、カーミラは拍手をした。主人のデタラメな強さに感嘆して、思わず抱きしめたくなる。

 絶対に怒られるのでやらないが……。


「もぐもぐ。ムシャムシャ」

「御主人様。こいつ、元に戻りませんねぇ」

「もぐもぐ」


 蝙蝠の状態で捕まると、バグバットは元の姿に戻れないようだ。もちろんそんな話に興味が無いポロは、カーミラを無視して食べ始めた。

 何にせよ、これで吸血鬼は始末したことになる。


「えへへ。御主人様。吸血鬼の味はどうですかぁ?」

「知らん。あーん」


 話もそこそこ、最後の一匹がポロの口の中に入るところだ。ならばとカーミラが蝙蝠に顔を近づけて、邪悪な笑みを浮かべた。

 これで町の人間を、主人の餌にできる。


「あれ?」


 カーミラは素っ頓狂な声を上げた。

 ポロが最後の一匹を食べようとしたところで、蝙蝠が砂になったからだ。触手からこぼれ落ちて、床に散乱してしまった。


「まぁいいか。オヤツにはなった」

「もうこの城には用が無いですねぇ。次に……。あれ?」

「どうした?」

「御主人様。オヤツの着ていた服がありますよぉ」


 ポロの近くには、バグバットが着用していた服が落ちていた。

 どうやら、切れ端が集まって復元したようだ。


「要らない」

「魔法の服ですねぇ。どうぞ!」

「要らないと言っただろ!」

「でもでも。勿体もったい無いですよぉ」

「なら寝てる間に着せとけ」

「はあい!」


 折角の戦利品である。

 裸のポロにはうってつけだった。復元するような魔法の服なので、『変化へんげ』のスキルを使っても大丈夫だろう。

 そしてカーミラは、次の餌場について報告する。


「御主人様。人間の町を発見しておきましたよぉ」

「うーん。大きな魔獣が食いたい!」

「えー! 頑張って見つけたのに!」

「うるさい! 俺が寝てる間に連れていけ!」

「ぶぅ。分かりましたよぉ」


 何でも良いと言っていたが、食べたいものがあったようだ。

 シモベは主人に逆らえないので、バグバットがいた町は諦めるしかない。カーミラはポロを抱きあげて、以降は城から飛び立つ。

 大型の魔獣には心当たりがあった。


(ライノスキングが近くにいましたねぇ)


 近いと言っても、それは飛行しているから言える。

 カーミラは記憶を頼りに、ライノスキングの棲息せいそく地に向かって飛んだ。大陸を分断するような絶壁が目印になるので、位置の特定は難しくない。

 腕の中にいるポロは、すでに寝ていた。


「やっぱり大きいですねぇ」


 暫く空を飛んでいると、目的地に到着した。

 カーミラの眼下には、平原地帯が広がっている。

 そして、巨大なサイが歩いていた。ビッグホーンに比肩する大きさで、同じように雑食の大型魔獣である。


「あれなら一カ月は平気かなぁ?」


(あっ! 御主人様に服を着せちゃおうっと!)


 カーミラは空中で仰向けになって、就寝中のポロをお腹の上に乗せる。続けて器用に服を着せると、サイズが調整されてピッタリとフィットした。

 その姿は、吸血鬼の子供に見える。


「きゃー! 可愛い! でも御主人様って……」


 シモベのカーミラでも、主人の真の姿は見たことがない。常に『変化へんげ』のスキルを使用しているので、男女の区別もつかない。

 ともあれ、そろそろポロを起こす。


「御主人様! ご飯ですよぉ」

「ん、んんっ。飯は?」

「真下にライノスキングがいまーす!」

「倒しとけ!」

「でもでも。カーミラちゃんだと時間が掛かっちゃいますよぉ」

「ちっ。あの大きさだと……。カーミラ」

「何ですかぁ?」

「次に呼ぶまで魔界に帰ってろ!」

「分かりましたぁ!」

「落とせ」


 カーミラはパッと手を放して、ポロを地面に向けて落とす。

 これで勝手に処理するだろうが、一応は成りゆきを見守る。



【エクスプロージョン/大爆発】



 ポロが上級の爆裂系魔法で、ライノスキングの頭を吹き飛ばした。

 カーミラの眼下では血煙が舞って、その中に主人が落ちていく。

 かなりの高度から落下したが、暴食の魔人なら無傷で済むだろう。ならばと命令通りに、さっさと魔界に戻った。

 そして、数カ月が経った頃。


「御主人様! 呼びましたかぁ?」

「来たか」


 魔界で過ごしていたカーミラは、主人呼び出された。

 暴食の魔人ポロの周囲には、ライノスキングの骨が散乱していた。流れ出しただろう大量の血は大地に吸収され、また乾いている。

 それ自体は良いのだが、地面には奇妙な紋様が描かれていた。しかも主人の様子が変なので、可愛らしく首を傾げる。


「その地面の紋様は何ですかぁ?」

「消滅する」

「はい?」

「食うのに飽きた」

「ええっ!」


 ポロは何を言い出すのだろう。

 驚いたカーミラは、その真意を主人に問いかけた。しかしながらその返答は、「飽きた」の一点張りである。


「どういうことですかぁ?」

「どうと言われてもな。飽きた」

「分かりましたぁ! 食べさせればいいのですねぇ?」

「そういった話ではない!」

「ちゃんと言ってくれないと分かりませーん!」

「だから飽きたと言っているだろ!」


 やはり要領を得ないが、どうも決定事項らしい。

 主人のポロが消滅すると、カーミラとのシモベ契約が解除されてしまう。さすがそれは困ってしまうので、何とか思い留まるように説得する。


「なら食べるのを控えればいいと思いまーす!」

「うるさい! 黙ってろ!」

「うぅ……」


 残念ながら、説得は無理のようだ。

 黙れと命令されたので、カーミラは口を閉じるしかない。


「カーミラの不満は分かる。だからこその儀式だ!」

「え?」

「俺の持っている能力のすべてを、大罪を持つ者に授ける」

「意味が分かりませーん!」

「新しい魔人が誕生するということだ」

「ええっ!」

「カーミラはそいつのシモベだ!」

「………………」

「いつになるかは不明だがな」


 それだけ言うと、ポロは儀式を開始した。

 突然の話だったが、新しい魔人のシモベになれるのなら良いか。カーミラはポロに執着しているわけではなく、主人が魔人であれば満足だった。

 お互いの関係は、利用して利用される存在なのだ。

 そう思っていたが……。


「カーミラ」

「何ですかぁ?」

「新しい魔人に抱いてもらえ」

「っ!」


 カーミラが「それはズルい」と思った瞬間に、儀式は完成してポロが消滅した。もう影も形も残っていない。

 そして主人がいた場所には、バグバットの服が残されていたのだった。



◇◇◇◇◇



 カーミラとポロがいなくなった城の地下牢。

 その近くの床には、少量の砂が落ちている。

 ただし、ただの砂ではなかった。まるで意思を持つかのように、一粒一粒は徐々に動きだして、一つの所に集まっていく。

 何とも奇妙な光景だが、暫くすると人の頭部を形作った。


「危なかったのである。あの子供は暴食の魔人ポロであるか?」


 紫色の髪をオールバックで決めた男性の頭だ。

 そう。ポロに食べられたはずのバグバットである。

 危なかったと言ったように、蝙蝠の状態から砂になったので助かったのだ。しかしながら量が足りないのか、首から下は実体化しなかった。

 それでも、声が出せれば何とでもなる。



【パリバーラサモン・ジャイアントバット/眷属けんぞく召喚・大蝙蝠】



 バグバットは眷属の大蝙蝠を召喚する。

 魔法さえ使えれば、こういったことも可能なのだ。


「吾輩を屋敷まで運ぶのである。そして執事に渡すである」


 大蝙蝠はバグバットの首をつかんで、城から飛び立っていった。

 もしもポロが魔力を込めた攻撃をしていれば、完全に滅んでいただろう。だが、触手で掴んで食べただけだった。

 その程度であれば、吸血鬼は滅びない。

 いや。普通の吸血鬼なら滅びるが、真祖は滅びないのであった。

Copyright©2021-特攻君

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