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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第九章 三国会議
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カーミラ日記2-1

 時は三国会議より、かなり昔に遡る。

 とある城の玉座の間には、生物の骨が散乱していた。また所々砕けた玉座には、小さな子供が座っている。

 男性か女性とも分からない中性的な顔立ちだ。

 衣服は何も身に着けておらず、体じゅうに乾いた血が付着していた。またその手には人間の腕らしきもの持って、ムシャムシャと食べている。


「満足」


 食事を終えた子供は、骨だけになった腕を放り捨てた。

 そして目を閉じた瞬間に、寝息を立て始める。


「ぐぅぐぅ」


 玉座の間は静寂に包まれて、寝息だけが周囲に響く。窓の外からは日光が差し込んで、時間が過ぎると闇夜に包まれる。

 それが三回続いた頃に、子供は目を覚ました。


「んっんんっ! 寝た」


 子供が体をググっと伸ばすと、腹の虫が鳴いた。

 両手でお腹を押さえた後は、キョロキョロと周囲を見渡す。とはいえ、骨が無数に散乱しているだけだった。

 別に食せるのだが、いまいち気乗りしないようだ。


「腹が減った。カーミラ、来い!」


 子供はぶっきらぼうに叫んだ後は、玉座に背を預ける。

 目の前の床には魔法陣が現れて、一人の女性悪魔が現れた。


「御主人様! 御用は何ですかぁ?」

「食べ物を寄越せ!」

「人間でいいですかぁ?」

「何でもいい」

「じゃあ取ってきますねぇ」

「待て! 連れていけ」


 この場で待ちたくない子供は、両手を前に伸ばす。

 カーミラは「仕方ないなぁ」といった表情で、小さな体を抱き上げた。七歳児ぐらいの体型なので、あまり重くはない。


「持ってくるまで待てないのですねぇ」

「ふんっ! もうこの城には用が無い」


 キョトンとほうけたカーミラは、子供を連れて玉座の間を出ていく。

 二人の向かう先は、地下にある牢屋ろうやだ。城にいた人間を閉じ込めてあるが、もう随分と減っている。

 この子供は、今回の食事が最後と理解していたようだ。


「次は何を食べたいですかぁ?」

「腹が膨れるなら何でもいい」

「分かりましたぁ! それよりも食事の後は、カーミラちゃんと……」

「また、か? 嫌だと言ってあっただろ!」

「ぶぅ。ご褒美が欲しいでーす!」

「シモベは黙って命令に従っていろ!」

「………………」


(もう! 魔人のシモベになれて超ラッキーって思ったのに! 御主人様の頭の中には食べることと寝ることしか入ってないよぉ)


 この子供は魔人である。

 悪魔のカーミラとは、シモベ契約を結んでいた。しかしながら、リリスとしての欲求を満足させてもらえない。

 それに対してほほを膨らませていると、牢屋に到着した。


「ひぃぃ! 悪魔!」

「ここから出せ!」

「助けてくれ!」


 牢屋の中では、数十人の人間が騒いでいる。

 現在は男性しか残っていない。女性は柔らかい肉と脂肪のおかげで、最初に子供が食べてしまったからだ。


「お仲間を連れてきたよぉ!」

「仲間だと?」

「この子供の面倒を見てねぇ」

「貴様には血も涙も無いのか!」

「あるよぉ。あるけど出ないだけでーす!」

「悪魔めっ!」

「えへへ。じゃあ入ってくださーい!」


 牢屋の扉を開けたカーミラは、自身に抱き着いていた子供を下ろす。

 その子供は促されるまま牢屋に入り、近くの男性の傍に歩いていった。


「じゃあねぇ」


 可愛らしく手を振ったカーミラは、牢屋に鍵をかけて離れていく。次に階段を駆けあがって一階に戻ると、地下から悲鳴が聞こえてきた。

 断末魔ならまだ良いだろう。しかしながら、生きた状態で食われている。手足がもがれたり、肩や腹にみつかれているはずだ。

 相手は子供とはいえ魔人なので、逃れようとしても無駄である。

 人間如きでは、その体に傷一つ付けられない。出血多量で死ぬか痛みでショック死するまでは、蹂躙じゅうりんされるしかない。

 当分の間、悲鳴は続くと思われた。


(苦痛と恐怖にゆがむ人間の顔は見たかったけどねぇ。早く次の餌場を探さないと怒られちゃうよぉ。ポロ様はシモベ使いが荒いよねぇ)


 城の地下で人間を食べているのは、暴食の魔人ポロである。

 カーミラがフォルトと出会う前の主人で、暴食と怠惰の大罪を持っていた。だからこそ、食べることと寝ることしか頭に無いのだ。


「いつものように空から探しますかぁ」


 城を出たカーミラは、背中の翼を揺らして空を飛んだ。

 まるで弾道ミサイルのような速さである。にもかかわらず翼の動きと飛行速度がちぐはぐなのは、魔力を使って飛んでいるからだ。

 ともあれ視線を空から正面に移すと、天を貫く巨大な絶壁が見える。大地を分断するかのように左右に続いて、その終わりを確認することはできない。


「高いねぇ。でも越えるわけじゃないから、この辺でいいかなぁ?」


 ある程度の高度まで飛んだカーミラは、視線を下に向けた。

 同時に水平にした手を、額に当てる。

 あまりにも高く飛ぶと、何も発見できない。逆に低いと遠くまで見渡せず、近くにいる獲物しか選択できない。

 微妙な距離感覚が重要だが、この高度なら目的の獲物がいる場所は分かった。

 大型の魔物や魔獣の棲息せいそくする領域である。


(うーん。お腹を膨らませるだけなら、大きな魔獣が楽なんだけどねぇ。御主人様はちっちゃいし! でも……)


「抱いてくれないんだから、これぐらいの遊びはいいよねぇ」


 餌場となりそうな領域から先を見ると、壁で囲まれた町を発見した。

 この高度で発見できるなら、かなり大きな町だろう。ならばとカーミラは体を傾けて、一気に落ちていく。重力と魔力の加速によって、相当な速度が出る。

 これならば、あっという間に到着するはずだ。


「恐怖と絶望は蜜の味でーす!」


 とある町に到着したカーミラは、上空を旋回しながら眼下を眺める。

 現在は夜なので目立たない。しかしながら、スキル『透明化とうめいか』で消えておく。空に悪魔が現れたら、さすがに騒ぎになってしまうからだ。


(ふんふん。建物が多いねぇ。なら餌になる人間も多いよね! まず最初にやることは、領主を見つけて籠絡かなぁ? それから町の封鎖ですねぇ)


 そんなことを考えたカーミラは、ジックリと町並みを確認した。また町の中央付近で、大きな屋敷を発見する。

 領主の屋敷は大きいと、相場が決まっていた。

 窓から光が漏れているので、目的の人物がいそうだ。


「えへへ。発見でーす! 今からカーミラちゃんが行きますよぉ!」


 カーミラは屋敷を目指して、意気揚々と飛んだ。

 そして到着してからは、光が漏れている部屋をのぞき込む。

 視線の先では、一人の少女が本を読んでいた。別の部屋も確認してみるが、光が漏れているのは他に無いようだ。


(さすがにあの娘が領主じゃないよねぇ。もしかして寝ちゃったかなぁ? なら魅了して案内させよーっと!)


「窓から入るねぇ。お邪魔しまーす!」

「何者であるかな?」

「っ!」


 カーミラが窓ガラスを割ろうと、少女のいる部屋に近づいた瞬間。まったく気配を感じなかったが、背後から声をかけられた。

 いきなりのことなので、悪魔でも驚いてしまう。


(あちゃあ! 問題が発生ですねぇ。カーミラちゃんが気付かないなんて……。それに『透明化とうめいか』を見破る目は持っていますねぇ。もしかして……。強い?)


 恐る恐る振り向いたカーミラは、背後の人物を観察した。

 視界に入ったのは、紫色の髪をオールバックで決めた中肉中背の男性だ。

 上質の濃い赤紫の上着を着て、黒いスラックスを履いている。他にも、裏地の赤い黒マントを羽織っていた。

 何となくだが、嫌な予感を覚える。


「あはは……。道に迷っちゃいましたぁ」

「そのようなうそが見抜けぬとお思いであるか?」

「ですよねぇ」

吾輩わがはいが守護するアルバハードに悪魔であるか」


 男性の目が赤く光ったので、カーミラはジリジリと窓に近づく。

 こうしておけば、男性は突っ込んでこないはずだ。もしも正面から向かってくれば組み合って、部屋の中に乱入するつもりだった。

 以降は、部屋の少女を人質にして戦える。

 ただし今は、男性に隙が無い。背を見せれば、深手を負いそうだ。


「アルバハードに手を出すとは……」

「まだ出してないよぉ」

「召喚主は誰であるか?」

「えへへ。このまま消えてくれたら教えてもいいよぉ」

「戯言である。悪魔を見逃すわけにはいかないである!」


(ちぇ。直接戦闘は得意じゃないのになぁ。御主人様、助けてえ! って、あの牢屋の人間を食べ終わるまでは絶対に動かないよねぇ)


 戦闘を回避するのは無理そうだ。

 カーミラは空間に手を入れて、鉄製の大鎌を取り出す。

 空間の先は、魔界に存在する自身の部屋だ。魔界との移動を可能にする「印」を付けてあるので、こういった使い方もできる。しかしながら、手が届く範囲に置いておかなければならない。


「仕方ないなぁ」

「では参るである!」


 男性は腕をクロスさせて、すべての指の爪を伸ばす。

 鋭く堅そうな爪である。あれできむしられたら、カーミラの可愛い顔に傷が付いてしまうだろう。

 治療できない傷だけは勘弁だった。


「えへへ。来ないのかなぁ?」


 カーミラの動きを警戒して、男性は正面から突っ込んでこない。

 やはり少女を気にしているのか、部屋の中に雪崩れ込みたくないようだ。ならばと大鎌を構えて、まずは防御を固める。

 そして鋭い目を向けると、男性の口角が上がった。



【ディメンジョン・ロック/空間移動・禁止】



 予想外の魔法を受けたカーミラは、「しまった!」と顔を歪める。

 この魔法は対象を不可視な膜で覆うことで、別次元への移動を禁じる魔法だ。解除するには、時間経過か術者を倒すかしかない。

 悪魔や精霊は、魔界や精霊界といった別世界から召喚されている。

 移動を禁止されたことで、魔界に逃げられなくなった。


「逃がさないのである」

「ちぇ。召喚主を知りたくないんですかぁ?」

「後で調べるのである。まずは脅威を排除するである」


 覚悟を決めたカーミラは、どう切り抜けようか考える。

 直接戦闘は苦手なので、まずは最も得意なスキルを使う。


「面倒だなぁ。『人形マリオネット』!」


 精神に作用するスキルや魔法は、相手を一気に無力化できる。

 男性のレベルは、カーミラと近そうだった。もしくは、上かもしれない。レジストされる可能性はあったが、男性は右手の人差し指を前に出して左右に振った。

 それ以前の問題だったようだ。


「残念であるな。吾輩に精神攻撃は効かないのである」

「ええっ!」

「尋常に勝負である!」


 男性は予想に反して、正面から突っ込んでくる。

 てっきり、部屋にいる少女を守ると思っていたのだ。

 男性は腕を振り上げて、カーミラを切り裂こうとしてきた。

 そこで大鎌を使って、男性の攻撃を受け止める。後は望みどおり、部屋の中に雪崩れ込めば良いだろう。


「え?」


 これも予想外だった。

 カーミラが男性の攻撃を受け止める寸前、複数の蝙蝠こうもりに分裂した。続けて自身の背後に、その蝙蝠たちが集まる。

 そして、元の男性を形作った。


「ふん!」

「きゃ!」


 虚を突かれた行動によって、男性に蹴りを入れらた。

 その一撃は強烈であり、カーミラは物凄い勢いで地面に落とされる。


「痛たた……」

「死ぬである!」


 上空から男性が迫ってくる。

 腕を引き絞っているので、長く伸びた爪を使ってカーミラを貫くつもりだ。先ほどの蹴りの威力を考えると、十分に可能だと思われた。

 そんなことをされると死んでしまうので、即座に迎撃する。


「えい!」



【ダーク・フレア/闇の激炎】



 カーミラ得意の闇属性魔法である。

 魔法が発動すると爆発が起こって、男性を黒い炎で包み込んだ。

 ついでに向かってくる勢いが落ちて、そのまま地面に落下した。しかしながらよく見ると、男性は両足で着地している。

 魔法を無効化されたわけではないが、どうも威力を削がれたようだ。


(闇属性耐性? 蝙蝠に分裂してたし、あいつは吸血鬼かぁ。カーミラちゃんとは相性が悪いよぉ。ってか何で人間の町に吸血鬼がいるのよ!)


「名前を聞いてもいいかなぁ? 私はカーミラちゃんでーす!」

「で、あるか。吾輩の名はバグバットである」

「バグバットちゃんね。覚えておいてあげるねぇ」

「忘れてもらって結構である。この場で始末をするのである」

「うぅ……」


 会話での時間稼ぎも無理そうだ。

 バグバットの武器と攻撃を考えると、大鎌を使った近接戦は不利だ。懐に入られると、防戦しかできないだろう。

 それに吸血鬼は闇属性に耐性があるので、遠距離戦闘も不利である。


(参ったなぁ。『人形マリオネット』は効かないし、得意の闇属性魔法じゃ致命傷は与えられないのよねぇ。精霊召喚も精神系のシャドーだし……)


 リリスのカーミラは、相手を操る・混乱させる攻撃に特化している。

 希望と絶望の落差を以って、闇に堕ちてもらうのが楽しいからだ。しかも悪魔なので、闇属性の攻撃にも秀でている。

 そして相手も、闇の住人である吸血鬼だった。力が半減させられたようなもので、このまま戦闘を続けても勝ち目は無い。

 残された戦術は一つだけなので、バグバットから距離を取った。


「なら……。ばいばーい!」


 片手を振ったカーミラは、バグバットに背を向けて空に飛んだ。

 魔界に逃げられないなら、さっさと空から逃走を図る。


「ま、待つである!」



【フライ/飛行】



 効果時間が切れるのか、バグバットは飛行の魔法を使った。だが魔界への移動を禁止したことに慢心したようで、一瞬だけ行動が遅れている。

 そのおかげで、距離を稼げていた。

 カーミラが後ろを見ると、彼は怒りの形相で追いかけてくる。ならばと邪悪な笑みを浮かべて、吸血鬼を始末する方法を画策するのだった。

Copyright©2021-特攻君

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