カーミラ日記2-1
時は三国会議より、かなり昔に遡る。
とある城の玉座の間には、生物の骨が散乱していた。また所々砕けた玉座には、小さな子供が座っている。
男性か女性とも分からない中性的な顔立ちだ。
衣服は何も身に着けておらず、体じゅうに乾いた血が付着していた。またその手には人間の腕らしきもの持って、ムシャムシャと食べている。
「満足」
食事を終えた子供は、骨だけになった腕を放り捨てた。
そして目を閉じた瞬間に、寝息を立て始める。
「ぐぅぐぅ」
玉座の間は静寂に包まれて、寝息だけが周囲に響く。窓の外からは日光が差し込んで、時間が過ぎると闇夜に包まれる。
それが三回続いた頃に、子供は目を覚ました。
「んっんんっ! 寝た」
子供が体をググっと伸ばすと、腹の虫が鳴いた。
両手でお腹を押さえた後は、キョロキョロと周囲を見渡す。とはいえ、骨が無数に散乱しているだけだった。
別に食せるのだが、いまいち気乗りしないようだ。
「腹が減った。カーミラ、来い!」
子供はぶっきらぼうに叫んだ後は、玉座に背を預ける。
目の前の床には魔法陣が現れて、一人の女性悪魔が現れた。
「御主人様! 御用は何ですかぁ?」
「食べ物を寄越せ!」
「人間でいいですかぁ?」
「何でもいい」
「じゃあ取ってきますねぇ」
「待て! 連れていけ」
この場で待ちたくない子供は、両手を前に伸ばす。
カーミラは「仕方ないなぁ」といった表情で、小さな体を抱き上げた。七歳児ぐらいの体型なので、あまり重くはない。
「持ってくるまで待てないのですねぇ」
「ふんっ! もうこの城には用が無い」
キョトンと呆けたカーミラは、子供を連れて玉座の間を出ていく。
二人の向かう先は、地下にある牢屋だ。城にいた人間を閉じ込めてあるが、もう随分と減っている。
この子供は、今回の食事が最後と理解していたようだ。
「次は何を食べたいですかぁ?」
「腹が膨れるなら何でもいい」
「分かりましたぁ! それよりも食事の後は、カーミラちゃんと……」
「また、か? 嫌だと言ってあっただろ!」
「ぶぅ。ご褒美が欲しいでーす!」
「シモベは黙って命令に従っていろ!」
「………………」
(もう! 魔人のシモベになれて超ラッキーって思ったのに! 御主人様の頭の中には食べることと寝ることしか入ってないよぉ)
この子供は魔人である。
悪魔のカーミラとは、シモベ契約を結んでいた。しかしながら、リリスとしての欲求を満足させてもらえない。
それに対して頬を膨らませていると、牢屋に到着した。
「ひぃぃ! 悪魔!」
「ここから出せ!」
「助けてくれ!」
牢屋の中では、数十人の人間が騒いでいる。
現在は男性しか残っていない。女性は柔らかい肉と脂肪のおかげで、最初に子供が食べてしまったからだ。
「お仲間を連れてきたよぉ!」
「仲間だと?」
「この子供の面倒を見てねぇ」
「貴様には血も涙も無いのか!」
「あるよぉ。あるけど出ないだけでーす!」
「悪魔めっ!」
「えへへ。じゃあ入ってくださーい!」
牢屋の扉を開けたカーミラは、自身に抱き着いていた子供を下ろす。
その子供は促されるまま牢屋に入り、近くの男性の傍に歩いていった。
「じゃあねぇ」
可愛らしく手を振ったカーミラは、牢屋に鍵をかけて離れていく。次に階段を駆けあがって一階に戻ると、地下から悲鳴が聞こえてきた。
断末魔ならまだ良いだろう。しかしながら、生きた状態で食われている。手足がもがれたり、肩や腹に噛みつかれているはずだ。
相手は子供とはいえ魔人なので、逃れようとしても無駄である。
人間如きでは、その体に傷一つ付けられない。出血多量で死ぬか痛みでショック死するまでは、蹂躙されるしかない。
当分の間、悲鳴は続くと思われた。
(苦痛と恐怖に歪む人間の顔は見たかったけどねぇ。早く次の餌場を探さないと怒られちゃうよぉ。ポロ様はシモベ使いが荒いよねぇ)
城の地下で人間を食べているのは、暴食の魔人ポロである。
カーミラがフォルトと出会う前の主人で、暴食と怠惰の大罪を持っていた。だからこそ、食べることと寝ることしか頭に無いのだ。
「いつものように空から探しますかぁ」
城を出たカーミラは、背中の翼を揺らして空を飛んだ。
まるで弾道ミサイルのような速さである。にもかかわらず翼の動きと飛行速度がちぐはぐなのは、魔力を使って飛んでいるからだ。
ともあれ視線を空から正面に移すと、天を貫く巨大な絶壁が見える。大地を分断するかのように左右に続いて、その終わりを確認することはできない。
「高いねぇ。でも越えるわけじゃないから、この辺でいいかなぁ?」
ある程度の高度まで飛んだカーミラは、視線を下に向けた。
同時に水平にした手を、額に当てる。
あまりにも高く飛ぶと、何も発見できない。逆に低いと遠くまで見渡せず、近くにいる獲物しか選択できない。
微妙な距離感覚が重要だが、この高度なら目的の獲物がいる場所は分かった。
大型の魔物や魔獣の棲息する領域である。
(うーん。お腹を膨らませるだけなら、大きな魔獣が楽なんだけどねぇ。御主人様はちっちゃいし! でも……)
「抱いてくれないんだから、これぐらいの遊びはいいよねぇ」
餌場となりそうな領域から先を見ると、壁で囲まれた町を発見した。
この高度で発見できるなら、かなり大きな町だろう。ならばとカーミラは体を傾けて、一気に落ちていく。重力と魔力の加速によって、相当な速度が出る。
これならば、あっという間に到着するはずだ。
「恐怖と絶望は蜜の味でーす!」
とある町に到着したカーミラは、上空を旋回しながら眼下を眺める。
現在は夜なので目立たない。しかしながら、スキル『透明化』で消えておく。空に悪魔が現れたら、さすがに騒ぎになってしまうからだ。
(ふんふん。建物が多いねぇ。なら餌になる人間も多いよね! まず最初にやることは、領主を見つけて籠絡かなぁ? それから町の封鎖ですねぇ)
そんなことを考えたカーミラは、ジックリと町並みを確認した。また町の中央付近で、大きな屋敷を発見する。
領主の屋敷は大きいと、相場が決まっていた。
窓から光が漏れているので、目的の人物がいそうだ。
「えへへ。発見でーす! 今からカーミラちゃんが行きますよぉ!」
カーミラは屋敷を目指して、意気揚々と飛んだ。
そして到着してからは、光が漏れている部屋を覗き込む。
視線の先では、一人の少女が本を読んでいた。別の部屋も確認してみるが、光が漏れているのは他に無いようだ。
(さすがにあの娘が領主じゃないよねぇ。もしかして寝ちゃったかなぁ? なら魅了して案内させよーっと!)
「窓から入るねぇ。お邪魔しまーす!」
「何者であるかな?」
「っ!」
カーミラが窓ガラスを割ろうと、少女のいる部屋に近づいた瞬間。まったく気配を感じなかったが、背後から声をかけられた。
いきなりのことなので、悪魔でも驚いてしまう。
(あちゃあ! 問題が発生ですねぇ。カーミラちゃんが気付かないなんて……。それに『透明化』を見破る目は持っていますねぇ。もしかして……。強い?)
恐る恐る振り向いたカーミラは、背後の人物を観察した。
視界に入ったのは、紫色の髪をオールバックで決めた中肉中背の男性だ。
上質の濃い赤紫の上着を着て、黒いスラックスを履いている。他にも、裏地の赤い黒マントを羽織っていた。
何となくだが、嫌な予感を覚える。
「あはは……。道に迷っちゃいましたぁ」
「そのような嘘が見抜けぬとお思いであるか?」
「ですよねぇ」
「吾輩が守護するアルバハードに悪魔であるか」
男性の目が赤く光ったので、カーミラはジリジリと窓に近づく。
こうしておけば、男性は突っ込んでこないはずだ。もしも正面から向かってくれば組み合って、部屋の中に乱入するつもりだった。
以降は、部屋の少女を人質にして戦える。
ただし今は、男性に隙が無い。背を見せれば、深手を負いそうだ。
「アルバハードに手を出すとは……」
「まだ出してないよぉ」
「召喚主は誰であるか?」
「えへへ。このまま消えてくれたら教えてもいいよぉ」
「戯言である。悪魔を見逃すわけにはいかないである!」
(ちぇ。直接戦闘は得意じゃないのになぁ。御主人様、助けてえ! って、あの牢屋の人間を食べ終わるまでは絶対に動かないよねぇ)
戦闘を回避するのは無理そうだ。
カーミラは空間に手を入れて、鉄製の大鎌を取り出す。
空間の先は、魔界に存在する自身の部屋だ。魔界との移動を可能にする「印」を付けてあるので、こういった使い方もできる。しかしながら、手が届く範囲に置いておかなければならない。
「仕方ないなぁ」
「では参るである!」
男性は腕をクロスさせて、すべての指の爪を伸ばす。
鋭く堅そうな爪である。あれで掻きむしられたら、カーミラの可愛い顔に傷が付いてしまうだろう。
治療できない傷だけは勘弁だった。
「えへへ。来ないのかなぁ?」
カーミラの動きを警戒して、男性は正面から突っ込んでこない。
やはり少女を気にしているのか、部屋の中に雪崩れ込みたくないようだ。ならばと大鎌を構えて、まずは防御を固める。
そして鋭い目を向けると、男性の口角が上がった。
【ディメンジョン・ロック/空間移動・禁止】
予想外の魔法を受けたカーミラは、「しまった!」と顔を歪める。
この魔法は対象を不可視な膜で覆うことで、別次元への移動を禁じる魔法だ。解除するには、時間経過か術者を倒すかしかない。
悪魔や精霊は、魔界や精霊界といった別世界から召喚されている。
移動を禁止されたことで、魔界に逃げられなくなった。
「逃がさないのである」
「ちぇ。召喚主を知りたくないんですかぁ?」
「後で調べるのである。まずは脅威を排除するである」
覚悟を決めたカーミラは、どう切り抜けようか考える。
直接戦闘は苦手なので、まずは最も得意なスキルを使う。
「面倒だなぁ。『人形』!」
精神に作用するスキルや魔法は、相手を一気に無力化できる。
男性のレベルは、カーミラと近そうだった。もしくは、上かもしれない。レジストされる可能性はあったが、男性は右手の人差し指を前に出して左右に振った。
それ以前の問題だったようだ。
「残念であるな。吾輩に精神攻撃は効かないのである」
「ええっ!」
「尋常に勝負である!」
男性は予想に反して、正面から突っ込んでくる。
てっきり、部屋にいる少女を守ると思っていたのだ。
男性は腕を振り上げて、カーミラを切り裂こうとしてきた。
そこで大鎌を使って、男性の攻撃を受け止める。後は望みどおり、部屋の中に雪崩れ込めば良いだろう。
「え?」
これも予想外だった。
カーミラが男性の攻撃を受け止める寸前、複数の蝙蝠に分裂した。続けて自身の背後に、その蝙蝠たちが集まる。
そして、元の男性を形作った。
「ふん!」
「きゃ!」
虚を突かれた行動によって、男性に蹴りを入れらた。
その一撃は強烈であり、カーミラは物凄い勢いで地面に落とされる。
「痛たた……」
「死ぬである!」
上空から男性が迫ってくる。
腕を引き絞っているので、長く伸びた爪を使ってカーミラを貫くつもりだ。先ほどの蹴りの威力を考えると、十分に可能だと思われた。
そんなことをされると死んでしまうので、即座に迎撃する。
「えい!」
【ダーク・フレア/闇の激炎】
カーミラ得意の闇属性魔法である。
魔法が発動すると爆発が起こって、男性を黒い炎で包み込んだ。
ついでに向かってくる勢いが落ちて、そのまま地面に落下した。しかしながらよく見ると、男性は両足で着地している。
魔法を無効化されたわけではないが、どうも威力を削がれたようだ。
(闇属性耐性? 蝙蝠に分裂してたし、あいつは吸血鬼かぁ。カーミラちゃんとは相性が悪いよぉ。ってか何で人間の町に吸血鬼がいるのよ!)
「名前を聞いてもいいかなぁ? 私はカーミラちゃんでーす!」
「で、あるか。吾輩の名はバグバットである」
「バグバットちゃんね。覚えておいてあげるねぇ」
「忘れてもらって結構である。この場で始末をするのである」
「うぅ……」
会話での時間稼ぎも無理そうだ。
バグバットの武器と攻撃を考えると、大鎌を使った近接戦は不利だ。懐に入られると、防戦しかできないだろう。
それに吸血鬼は闇属性に耐性があるので、遠距離戦闘も不利である。
(参ったなぁ。『人形』は効かないし、得意の闇属性魔法じゃ致命傷は与えられないのよねぇ。精霊召喚も精神系のシャドーだし……)
リリスのカーミラは、相手を操る・混乱させる攻撃に特化している。
希望と絶望の落差を以って、闇に堕ちてもらうのが楽しいからだ。しかも悪魔なので、闇属性の攻撃にも秀でている。
そして相手も、闇の住人である吸血鬼だった。力が半減させられたようなもので、このまま戦闘を続けても勝ち目は無い。
残された戦術は一つだけなので、バグバットから距離を取った。
「なら……。ばいばーい!」
片手を振ったカーミラは、バグバットに背を向けて空に飛んだ。
魔界に逃げられないなら、さっさと空から逃走を図る。
「ま、待つである!」
【フライ/飛行】
効果時間が切れるのか、バグバットは飛行の魔法を使った。だが魔界への移動を禁止したことに慢心したようで、一瞬だけ行動が遅れている。
そのおかげで、距離を稼げていた。
カーミラが後ろを見ると、彼は怒りの形相で追いかけてくる。ならばと邪悪な笑みを浮かべて、吸血鬼を始末する方法を画策するのだった。
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