晩餐会3
晩餐会の会場となった迎賓館には、数多くの部屋が存在した。
そのうちの一部屋が、休憩室として解放されている。
歓談できるテーブルと椅子が六セットほどで、それぞれは距離が離れていた。豪華なシャンデリアが室内を照らして、壁には絵画や彫刻が飾られている。
会場を抜け出したフォルトたちは、案内人に連れられて休憩室に入った。もちろん案内人に尋ねたのは、元貴族令嬢のレイナスだ。
ともあれ休憩室に入った後は、四人で休憩できるテーブルに着く。
「人が少なくて良かった」
「ふふっ。フォルト様らしいですね」
「町に出たおかげで多少は平気だけど……」
休憩室には、数人の貴族がいた。
何グループかに別れており、密談でもしているかのようだ。フォルトたちを一瞥した後は、距離を取って背を向けている。
会話の内容には興味が無いので、とりあえず無視しておく。
「ソフィアさん。俺はもう疲れました」
「晩餐会は始まったばかりですよ?」
「はぁ……」
すでにフォルトは、ホームシックになっている。双竜山の森に帰りたいが、三国会議の最終日まではソフィアの護衛だ。
とりあえず、会場から持ってきた鳥の丸焼きに食らいつく。
「フォルト様。お茶を入れましたわ」
「ありがとうレイナス」
「カーミラちゃんもオヤツを持ってきましたよぉ」
「さすがはカーミラだ!」
「えへへ。あーん」
「あーん」
カーミラが持ってきたのは、スライス状の燻製肉である。歯ごたえはあるが、少し塩辛いかもしれない。
喉が渇いたので、レイナスが入れたお茶を一気に飲み干す。
「ふふっ。もう一杯いかがかしら?」
「ありがとう。ところでソフィアさん。他の貴族たちはいいのですか?」
「私よりは御爺様と歓談していると思います」
「なるほど」
基本的に貴族たちは、ソフィアと会話しても意味が無い。
祖父の宮廷魔術師グリムは、国王の側近である。グリム家の当主なので、優先順位的にも彼女は蚊帳の外に置かれる。
そう考えると、ローイン公爵とデルヴィ侯爵は異例だった。
(ローイン公爵はいいとして、問題はデルヴィ侯爵だな。すぐに仕かけてくる様子はないから、当分は安心だと思うのだが……)
ローイン公爵はソフィアと云うよりも、フォルトとレイナスが目的だ。
初めての対面とはいえ、完全に敵視されている。「エウィ王国で何かをやるなら確実に潰す」と言われたが、何をするつもりはないので無視して良いだろう。
そしてデルヴィ侯爵は、ソフィアの身柄が目的だと思われる。
ついでに自身もロックオンされたようなので、何かしらのアプローチがあるかもしれない。迷惑極まりない爺様である。
「やはりデルヴィ侯爵を殺しても?」
「駄目です」
「ですよね。分かっています。分かっていますって!」
デルヴィ侯爵の殺害は、ソフィアから駄目出しされた。
侯爵という権力者を手にかけようものなら、その結果はお察しだ。エウィ王国を敵に回すことになり、庇護者のグリムにも迷惑をかける。
フォルトは冗談として言っただけなので、ジト目の彼女を宥めた。
以降は雑談に興じていると、とある人物が休憩室に入ってきたのを目撃する。
「おっ! あの女エルフだ!」
亜人の国フェリアスの女王名代にして、エルフ族のクローディア。
今夜の晩餐会では一番の収穫で、先の権力者の件は頭の中から消えた。やはりフォルトにとって、エルフは正義である。
彼女の周囲には、これも珍しい人たちがいた。
おそらくだが、獣人族と呼ばれる種族だ。頭部に獣の耳がある以外は、ほとんど人間と変わらない。ニャンシーのように、尻尾は生えていないようだ。
(犬や猫のような耳があるな。男性に興味は無いが、女性も同じ感じかな? もしそうなら萌えるものがあるな! うーん。フェリアス、か)
「彼らは護衛かな?」
「フォルト様は獣人族を見るのは初めてですか?」
「こっちの世界では初めてですね」
「あら。異世界に獣人族がいらっしゃるのですか?」
「いやいや。あっちの世界には存在しませんよ」
こちらの世界で見た亜人や魔物は、日本の創作物に登場している。微妙に違う部分はあるが、概ね同じだった。
エルフ族や獣人族も同様で、何かしらの因果関係がありそうだ。
「あそこだけ人が集まらないね」
フォルトが言ったように、クローディアたちは身内で固まっている。
そして、貴族たちは近寄ろうともしていない。三国会議の晩餐会なのだから、彼らと会話しても不思議ではないが……。
その疑問には、レイナスが答えた。
「確執があるのですわ」
「へぇ。詳しく!」
「フェリアスの住人は、人間から迫害を受けた歴史がありますわね」
「あぁ……。そういう系か」
「今は迫害までされていませんが、差別や偏見は受けていますわ」
「ふーん」
人間は他種族を見下している。
思想や思考、文化などに大きな隔たりがあるのだ。またフェリアスの住人を、奴隷として扱っていた時代もあった。
それでも勇魔戦争では、互いに手を取って魔族を撃退している。
現在は三大大国に名を連ねているので、国家としては対等だった。しかしながら過去の出来事に対しては、謝罪や賠償をしていないらしい。
人的交流もほとんど無い。
「使えるときだけ使う感じかな?」
「フォルト様……」
「ソフィアさん。その言葉の先は受け付けません」
「は、い」
人間を見限ったフォルトは、ソフィアの言葉を遮る。
伝えたいことは分かるが、もう手遅れなのだ。
今まで迫害して謝罪もしないのに、何かあれば助けを求める面の皮の厚さ。人間の醜い部分は嫌と言うほど見てきた。
人間への評価は変わらない。
(でもソフィアさんは言い続けそうだな。そういうところは、人間の良い部分だよ。でも全体的に評価すると醜い、が……)
フォルトは考える。
人間は誰しも、七つの大罪を背負っているのだ。
こちらの世界であれば、人間に限った話ではない。知性を持つすべての種族が背負っており、常識や倫理観の違いだけかもしれない。
人間は悪に堕ちやすく、大罪に歯止めか利かない種族だ。
(魔人が持つ七つの大罪は、人間のそれとは似て非なるものだと思うが……。まぁ俺は元々人間だったし、シナジーはありそうな気はする。ならこっちは?)
そして大罪とは別に、八種の徳も持っていた。
儒教における「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の概念だ。
フォルトは魔人に変わったところで、八徳も持っている。しかも人間の醜さを知ったことにより、これを他人に求めているのだ。グリムやソフィアのように八徳を大きく見せる人に対しては、寛大な心で接していた。
もちろん無意識のうちにやってるので、自覚は無い。
「もしかして魔人とは、大罪が顕現した種族?」
「フォルト様。何か仰いましたか?」
「いえいえ。またソフィアさんをイカせたいな、と……」
「っ!」
これ以上考えると眠くなる。
今でも眠いが、それに拍車をかけてしまうだろう。ソフィアの護衛を続ける必要があるので、フォルトは思考を止める。
それと同時に意外な人物が、テーブルに近寄ってきた。
「聖女ソフィア様とお見受けいたします」
そう。エルフ族のクローディアが声をかけてきたのだ。
三大大国の一角、亜人の国フェリアスの重鎮である。当然のように、獣人族の護衛に守られていた。
どうやら、ソフィアに話があるようだ。
「貴女はフェリアスの……」
「クローディアですわ。以後お見知りおきを……」
「はい。私に何か御用でしょうか?」
「いえ。用があるのは…………」
「どうぞこちらにお座りください」
クローディアの言葉を遮ったフォルトは、椅子から立ち上がって席を譲る。
丁度ソフィアの前に座っていたので、対面形式になって良いだろう。
「あ、ありがとうございます。ですが貴方に用があるのですわ」
「俺、ですか?」
「貴方はその……。何者ですか?」
「ソフィア様の護衛であります!」
フォルトのこれは、決まり文句である。
実際に護衛なので、何も間違ってはいない。自衛隊のような敬礼ポーズは癖になっており、反射的にやってしまう。
エルフに話しかけられて、思わず舞い上がったのかもしれない。
「貴方とバグバット様は、どのような関係で?」
「ソフィア様の護衛であります!」
「バグバット様との関係を……」
「ソフィア様の護衛であります!」
「えっと……」
「ソフィア様の護衛であります!」
(これに徹する! バグバットとの関係など無い! 関係があるのはソフィアさんなのだ! 俺は何の関係も持っていないのだ!)
エルフ族とお近づきになりたくても、それ以上に目立ちたくない。
もう手遅れだと思われるが、フォルトはソフィアの護衛なのだ。
「貴様! 無礼であろう!」
「クローディア様の質問に答えろ!」
「やめなさい!」
要領を得ないとして、クローディアの護衛が怒鳴った。フォルトは何となく、ジェシカやアイナと一緒に魔の森まで訪れた騎士を思い出す。
名前は忘れてしまったが……。
(エ、エロ、エジ……。何だっけ? 魔法で吹っ飛ばしちゃたな。いやいや。ムカついた騎士なんてどうでもいい!)
「ソフィア様と親しい間柄のようで、声をかけていただきました」
「嘘を言いなさい。バグバット様を呼びつけたでしょ?」
「あ……。聞こえていたのか」
晩餐会の会場では、クローディアは最前列にいたはずだ。
国家の代表として、エインリッヒ九世や皇帝ソルと歓談していた。聞こえていないと思っていたが、エルフ族は耳が良いようだ。
ともあれフォルトの窮地と見たか、ソフィアから助け舟が出された。
「私がバグバット様に用事があったので……」
(さすがはソフィアさん。ナイスフォロー!)
「嘘ですわね。あの場で叫ぶなど普通ではありません」
(駄目だったか。この女エルフは鋭い!)
残念ながら無理のようだ。
そこでフォルトは、それらしい回答をする。
「護衛として、ソフィア様から離れるわけにはいきません!」
「………………」
「そちらの護衛の人なら分かる、よね?」
「理解できませんな。近くの給仕に伝えれば良い」
「ぐっ!」
無駄である。
取ってつけたような嘘では、簡単に見抜かれてしまう。
カーミラに助けを求めたいが、ソッポを向いてクスクスと笑っている。レイナスも良い考えが浮かばないようで、ニッコリと笑顔だけを浮かべていた。
(薄情者たちめ! だが、そこが可愛いな。じゃない! お助けバグバットは会場だから期待できないし……。 よし! 「嘘も方便作戦」でいくか!)
「分かりました。本当のことを言いましょう」
「聞きましょう」
「他の人に知られると問題なので、少しお耳を拝借しても?」
「仕方がありませんわね。良いでしょう」
夢にまで見たエルフの長い耳が、フォルトの口元に近づいた。ならば、やることは一つだけろう。
誘惑に負けたので、それを実行してしまう。
「ふぅぅ」
「ぁっ!」
「貴様! クローディア様に何をした!」
耳に息を吹きかけると、クローディアはビックリして後ろに下がった。
それを見た獣人族の護衛が、彼女の前に出て指の関節を鳴らしている。武器を持ち込んでいたら、確実に抜いているだろう。
「済みません。あまりにも魅力的で息が荒くなってしまいました」
「貴様! 死にたいのか!」
「やめなさい!」
フェリアスの重鎮に対して、フォルトは無礼が過ぎたらしい。
そうは言ってもバグバットは、クローディアにとって重要な位置を占める人物なのだろう。護衛の行動を遮ってくれたので、何とか難を逃れた。
冷や汗ものだが、どうやらエルフは耳が弱点のようだ。
「次は許しませんわよ?」
「はいはい。では、ゴニョゴニョ」
「…………」
「ゴニョゴニョゴニョ」
「ぇぇぇぇっ!」
「ゴニョ」
「っ!」
「といった次第です」
「り、理解しましたわ! 貴方たち。行きますわよ!」
「「はっ!」」
クローディアは頬を赤らめて、この場から護衛と共に去った。
作戦は大成功だったようで、フォルトはホッと胸をなで下ろす。
そして一連のやり取りを眺めていたカーミラは、首を傾げている。レイナスやソフィアも興味津々のようだ。
「御主人様はどんな嘘を吐いたんですかぁ?」
「嘘とは失敬な。俺は醜い人間とは違うぞ!」
「フォルト様。嘘の内容によっては……」
「ソフィアさんまで……」
「世の中には良い嘘と悪い嘘がありますわ!」
「レ、レイナスの言ったとおりだ!」
レイナスの言葉が、フォルトの身に染み渡っていく。
何にせよ内容は大したことがないので、彼女たちに明かしてしまう。
「俺はソフィアさんを通じて、バグバットから恋愛相談を受けた」
「はい?」
「バグバットがとある女性を射止めたいと言うので、俺は相談に乗った」
「はぁ……?」
「その相手がクローディアなのだ!」
「そうなんですかぁ?」
「多分な」
「「………………」」
バグバットは紳士である。
きっと許してくれるだろう。また彼が言い出さないかぎり、クローディアには分からない。いっそのこと、本当に付き合ってもらっても良いだろう。
吸血鬼の真祖とエルフのカップルは、フォルトにとって胸熱の展開である。
「ふぅ。一難が去って良かったな」
「フォルト様。また一難が来ると思われますよ?」
「あっはっはっ! まぁ目くじらを立てるような話じゃないさ」
「さすがは御主人様でーす!」
(クローディアは赤くなっていた。満更ではないだろう。しかしそうなると、彼女は狙えないなあ。やはり他のエルフを……)
おそらくクローディアは、バグバットに好意を抱いている。ならば、フォルトが手を出しては無粋だろう。二人の関係を、遠くから温かく見守るにかぎる。
「嘘も方便作戦」で進展があるかは、まさに神のみぞ知るのだ。
そんなことを考えていると、またもや誰かが近寄ってきた。
「フォルト殿とお見受け致す」
「はい?」
今度は貴族らしき中年男性が話しかけてきた。
休憩室なので休憩したいのだが、残念ながら許してもらえないようだ。
「えっと……。誰ですか?」
「失礼。私はバルボと申します」
「はて? どこかで聞いた名前ですが……」
「(フォルト様。デルヴィ侯爵に仕える子爵家の……)」
さすがはレイナスで、貴族のことはよく知っている。
ただし思い出しても、フォルトは嫌な表情になるだけだった。
「そのバルボ子爵が、俺に何か用ですか?」
「デルヴィ侯爵様が、是非とも二人でお話がしたいと申しております」
「あ……。遠慮します」
「はい?」
「面倒だから放っておいてください、と伝えてください」
「なっ! 侯爵様がお呼びなのですぞ!」
フォルトの返答に、バルボ子爵は「あり得ない」という表情だ。
格差社会において、侯爵の命令は絶対なのだろう。呼び出されればすぐに向かうのが当然、とでも言いたそうだ。
これ以上の問答は避けたいが、今度もソフィアが助け舟を出してくれた。
「御爺様の許可はありますか?」
「聖女様……」
「彼は御爺様が庇護する異世界人で、エインリッヒ陛下も認めています」
「それが?」
「許可無く強引に連れていくと、問題になると思いませんか?」
宮廷魔術師グリムは、フォルトの後見人なのだ。
それは国王のエインリッヒ九世が認めており、デルヴィ侯爵でも覆せない。
状況によっては、挨拶程度なら構わないだろう。だが筋を通さないと、国王を軽視していると受け取られかねないのだ。しかも二人きりの密談など、何か良からぬことを吹き込んだとしか思われない。
「そ、そうでしたな! 失礼致しました」
「侯爵様にはそのようにお伝えください」
「分かりました。しかし伝言だけよろしいですか?」
「構いません。子爵様にも立場があるでしょう」
ソフィアの援護射撃が頼もしい。
国王の名前を出されると、子爵では引き下がるしかないようだ。
「友好的な話をしたい。其方のためにもなるだろう。と仰せです」
「ふーん。友好的にねぇ」
「はい。今回は良いとしても、また使者が送られるかと思いますぞ」
「なら考えておく。だから今は放っておいてほしい」
「分かりました。そのようにお伝えします」
バルボ子爵は、そそくさと休憩室から出ていった。
先延ばししただけかもしれないが、フォルトとしては、今後もデルヴィ侯爵と会うつもりがない。伝言は無意味で、一生放っておいてもらいたい。
そんなことを思いながら、レイナスが入れたお茶を飲むのだった。
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