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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第八章 晩餐会
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晩餐会3

 晩餐会ばんさんかいの会場となった迎賓館には、数多くの部屋が存在した。

 そのうちの一部屋が、休憩室として解放されている。

 歓談できるテーブルと椅子が六セットほどで、それぞれは距離が離れていた。豪華なシャンデリアが室内を照らして、壁には絵画や彫刻が飾られている。

 会場を抜け出したフォルトたちは、案内人に連れられて休憩室に入った。もちろん案内人に尋ねたのは、元貴族令嬢のレイナスだ。

 ともあれ休憩室に入った後は、四人で休憩できるテーブルに着く。


「人が少なくて良かった」

「ふふっ。フォルト様らしいですね」

「町に出たおかげで多少は平気だけど……」


 休憩室には、数人の貴族がいた。

 何グループかに別れており、密談でもしているかのようだ。フォルトたちを一瞥いちべつした後は、距離を取って背を向けている。

 会話の内容には興味が無いので、とりあえず無視しておく。


「ソフィアさん。俺はもう疲れました」

「晩餐会は始まったばかりですよ?」

「はぁ……」


 すでにフォルトは、ホームシックになっている。双竜山の森に帰りたいが、三国会議の最終日まではソフィアの護衛だ。

 とりあえず、会場から持ってきた鳥の丸焼きに食らいつく。


「フォルト様。お茶を入れましたわ」

「ありがとうレイナス」

「カーミラちゃんもオヤツを持ってきましたよぉ」

「さすがはカーミラだ!」

「えへへ。あーん」

「あーん」


 カーミラが持ってきたのは、スライス状の燻製肉くんせいにくである。歯ごたえはあるが、少し塩辛いかもしれない。

 喉が渇いたので、レイナスが入れたお茶を一気に飲み干す。


「ふふっ。もう一杯いかがかしら?」

「ありがとう。ところでソフィアさん。他の貴族たちはいいのですか?」

「私よりは御爺様おじいさまと歓談していると思います」

「なるほど」


 基本的に貴族たちは、ソフィアと会話しても意味が無い。

 祖父の宮廷魔術師グリムは、国王の側近である。グリム家の当主なので、優先順位的にも彼女は蚊帳の外に置かれる。

 そう考えると、ローイン公爵とデルヴィ侯爵は異例だった。


(ローイン公爵はいいとして、問題はデルヴィ侯爵だな。すぐに仕かけてくる様子はないから、当分は安心だと思うのだが……)


 ローイン公爵はソフィアとうよりも、フォルトとレイナスが目的だ。

 初めての対面とはいえ、完全に敵視されている。「エウィ王国で何かをやるなら確実に潰す」と言われたが、何をするつもりはないので無視して良いだろう。

 そしてデルヴィ侯爵は、ソフィアの身柄が目的だと思われる。

 ついでに自身もロックオンされたようなので、何かしらのアプローチがあるかもしれない。迷惑極まりない爺様である。


「やはりデルヴィ侯爵を殺しても?」

「駄目です」

「ですよね。分かっています。分かっていますって!」


 デルヴィ侯爵の殺害は、ソフィアから駄目出しされた。

 侯爵という権力者を手にかけようものなら、その結果はお察しだ。エウィ王国を敵に回すことになり、庇護ひご者のグリムにも迷惑をかける。

 フォルトは冗談として言っただけなので、ジト目の彼女をなだめた。

 以降は雑談に興じていると、とある人物が休憩室に入ってきたのを目撃する。


「おっ! あの女エルフだ!」


 亜人の国フェリアスの女王名代にして、エルフ族のクローディア。

 今夜の晩餐会では一番の収穫で、先の権力者の件は頭の中から消えた。やはりフォルトにとって、エルフは正義である。

 彼女の周囲には、これも珍しい人たちがいた。

 おそらくだが、獣人族と呼ばれる種族だ。頭部に獣の耳がある以外は、ほとんど人間と変わらない。ニャンシーのように、尻尾は生えていないようだ。


(犬や猫のような耳があるな。男性に興味は無いが、女性も同じ感じかな? もしそうならえるものがあるな! うーん。フェリアス、か)


「彼らは護衛かな?」

「フォルト様は獣人族を見るのは初めてですか?」

「こっちの世界では初めてですね」

「あら。異世界に獣人族がいらっしゃるのですか?」

「いやいや。あっちの世界には存在しませんよ」


 こちらの世界で見た亜人や魔物は、日本の創作物に登場している。微妙に違う部分はあるが、概ね同じだった。

 エルフ族や獣人族も同様で、何かしらの因果関係がありそうだ。


「あそこだけ人が集まらないね」


 フォルトが言ったように、クローディアたちは身内で固まっている。

 そして、貴族たちは近寄ろうともしていない。三国会議の晩餐会なのだから、彼らと会話しても不思議ではないが……。

 その疑問には、レイナスが答えた。


「確執があるのですわ」

「へぇ。詳しく!」

「フェリアスの住人は、人間から迫害を受けた歴史がありますわね」

「あぁ……。そういう系か」

「今は迫害までされていませんが、差別や偏見は受けていますわ」

「ふーん」


 人間は他種族を見下している。

 思想や思考、文化などに大きな隔たりがあるのだ。またフェリアスの住人を、奴隷として扱っていた時代もあった。

 それでも勇魔戦争では、互いに手を取って魔族を撃退している。

 現在は三大大国に名を連ねているので、国家としては対等だった。しかしながら過去の出来事に対しては、謝罪や賠償をしていないらしい。

 人的交流もほとんど無い。


「使えるときだけ使う感じかな?」

「フォルト様……」

「ソフィアさん。その言葉の先は受け付けません」

「は、い」


 人間を見限ったフォルトは、ソフィアの言葉を遮る。

 伝えたいことは分かるが、もう手遅れなのだ。

 今まで迫害して謝罪もしないのに、何かあれば助けを求める面の皮の厚さ。人間の醜い部分は嫌と言うほど見てきた。

 人間への評価は変わらない。


(でもソフィアさんは言い続けそうだな。そういうところは、人間の良い部分だよ。でも全体的に評価すると醜い、が……)


 フォルトは考える。

 人間は誰しも、七つの大罪を背負っているのだ。

 こちらの世界であれば、人間に限った話ではない。知性を持つすべての種族が背負っており、常識や倫理観の違いだけかもしれない。

 人間は悪に堕ちやすく、大罪に歯止めか利かない種族だ。


(魔人が持つ七つの大罪は、人間のそれとは似て非なるものだと思うが……。まぁ俺は元々人間だったし、シナジーはありそうな気はする。ならこっちは?)


 そして大罪とは別に、八種の徳も持っていた。

 儒教における「仁・義・礼・・忠・信・孝・てい」の概念だ。

 フォルトは魔人に変わったところで、八徳も持っている。しかも人間の醜さを知ったことにより、これを他人に求めているのだ。グリムやソフィアのように八徳を大きく見せる人に対しては、寛大な心で接していた。

 もちろん無意識のうちにやってるので、自覚は無い。


「もしかして魔人とは、大罪が顕現けんげんした種族?」

「フォルト様。何か仰いましたか?」

「いえいえ。またソフィアさんをイカせたいな、と……」

「っ!」


 これ以上考えると眠くなる。

 今でも眠いが、それに拍車をかけてしまうだろう。ソフィアの護衛を続ける必要があるので、フォルトは思考を止める。

 それと同時に意外な人物が、テーブルに近寄ってきた。


「聖女ソフィア様とお見受けいたします」


 そう。エルフ族のクローディアが声をかけてきたのだ。

 三大大国の一角、亜人の国フェリアスの重鎮である。当然のように、獣人族の護衛に守られていた。

 どうやら、ソフィアに話があるようだ。


「貴女はフェリアスの……」

「クローディアですわ。以後お見知りおきを……」

「はい。私に何か御用でしょうか?」

「いえ。用があるのは…………」

「どうぞこちらにお座りください」


 クローディアの言葉を遮ったフォルトは、椅子から立ち上がって席を譲る。

 丁度ソフィアの前に座っていたので、対面形式になって良いだろう。


「あ、ありがとうございます。ですが貴方に用があるのですわ」

「俺、ですか?」

「貴方はその……。何者ですか?」

「ソフィア様の護衛であります!」


 フォルトのこれは、決まり文句である。

 実際に護衛なので、何も間違ってはいない。自衛隊のような敬礼ポーズは癖になっており、反射的にやってしまう。

 エルフに話しかけられて、思わず舞い上がったのかもしれない。


「貴方とバグバット様は、どのような関係で?」

「ソフィア様の護衛であります!」

「バグバット様との関係を……」

「ソフィア様の護衛であります!」

「えっと……」

「ソフィア様の護衛であります!」


(これに徹する! バグバットとの関係など無い! 関係があるのはソフィアさんなのだ! 俺は何の関係も持っていないのだ!)


 エルフ族とお近づきになりたくても、それ以上に目立ちたくない。

 もう手遅れだと思われるが、フォルトはソフィアの護衛なのだ。


「貴様! 無礼であろう!」

「クローディア様の質問に答えろ!」

「やめなさい!」


 要領を得ないとして、クローディアの護衛が怒鳴った。フォルトは何となく、ジェシカやアイナと一緒に魔の森まで訪れた騎士を思い出す。

 名前は忘れてしまったが……。


(エ、エロ、エジ……。何だっけ? 魔法で吹っ飛ばしちゃたな。いやいや。ムカついた騎士なんてどうでもいい!)


「ソフィア様と親しい間柄のようで、声をかけていただきました」

「嘘を言いなさい。バグバット様を呼びつけたでしょ?」

「あ……。聞こえていたのか」


 晩餐会の会場では、クローディアは最前列にいたはずだ。

 国家の代表として、エインリッヒ九世や皇帝ソルと歓談していた。聞こえていないと思っていたが、エルフ族は耳が良いようだ。

 ともあれフォルトの窮地と見たか、ソフィアから助け舟が出された。


「私がバグバット様に用事があったので……」


(さすがはソフィアさん。ナイスフォロー!)


うそですわね。あの場で叫ぶなど普通ではありません」


(駄目だったか。この女エルフは鋭い!)


 残念ながら無理のようだ。

 そこでフォルトは、それらしい回答をする。


「護衛として、ソフィア様から離れるわけにはいきません!」

「………………」

「そちらの護衛の人なら分かる、よね?」

「理解できませんな。近くの給仕に伝えれば良い」

「ぐっ!」


 無駄である。

 取ってつけたような嘘では、簡単に見抜かれてしまう。

 カーミラに助けを求めたいが、ソッポを向いてクスクスと笑っている。レイナスも良い考えが浮かばないようで、ニッコリと笑顔だけを浮かべていた。


(薄情者たちめ! だが、そこが可愛いな。じゃない! お助けバグバットは会場だから期待できないし……。 よし! 「嘘も方便作戦」でいくか!)


「分かりました。本当のことを言いましょう」

「聞きましょう」

「他の人に知られると問題なので、少しお耳を拝借しても?」

「仕方がありませんわね。良いでしょう」


 夢にまで見たエルフの長い耳が、フォルトの口元に近づいた。ならば、やることは一つだけろう。

 誘惑に負けたので、それを実行してしまう。


「ふぅぅ」

「ぁっ!」

「貴様! クローディア様に何をした!」


 耳に息を吹きかけると、クローディアはビックリして後ろに下がった。

 それを見た獣人族の護衛が、彼女の前に出て指の関節を鳴らしている。武器を持ち込んでいたら、確実に抜いているだろう。


「済みません。あまりにも魅力的で息が荒くなってしまいました」

「貴様! 死にたいのか!」

「やめなさい!」


 フェリアスの重鎮に対して、フォルトは無礼が過ぎたらしい。

 そうは言ってもバグバットは、クローディアにとって重要な位置を占める人物なのだろう。護衛の行動を遮ってくれたので、何とか難を逃れた。

 冷や汗ものだが、どうやらエルフは耳が弱点のようだ。


「次は許しませんわよ?」

「はいはい。では、ゴニョゴニョ」

「…………」

「ゴニョゴニョゴニョ」

「ぇぇぇぇっ!」

「ゴニョ」

「っ!」

「といった次第です」

「り、理解しましたわ! 貴方たち。行きますわよ!」

「「はっ!」」


 クローディアはほほを赤らめて、この場から護衛と共に去った。

 作戦は大成功だったようで、フォルトはホッと胸をなで下ろす。

 そして一連のやり取りを眺めていたカーミラは、首を傾げている。レイナスやソフィアも興味津々のようだ。


「御主人様はどんな嘘を吐いたんですかぁ?」

「嘘とは失敬な。俺は醜い人間とは違うぞ!」

「フォルト様。嘘の内容によっては……」

「ソフィアさんまで……」

「世の中には良い嘘と悪い嘘がありますわ!」

「レ、レイナスの言ったとおりだ!」


 レイナスの言葉が、フォルトの身に染み渡っていく。

 何にせよ内容は大したことがないので、彼女たちに明かしてしまう。


「俺はソフィアさんを通じて、バグバットから恋愛相談を受けた」

「はい?」

「バグバットがとある女性を射止めたいと言うので、俺は相談に乗った」

「はぁ……?」

「その相手がクローディアなのだ!」

「そうなんですかぁ?」

「多分な」

「「………………」」


 バグバットは紳士である。

 きっと許してくれるだろう。また彼が言い出さないかぎり、クローディアには分からない。いっそのこと、本当に付き合ってもらっても良いだろう。

 吸血鬼の真祖とエルフのカップルは、フォルトにとって胸熱の展開である。


「ふぅ。一難が去って良かったな」

「フォルト様。また一難が来ると思われますよ?」

「あっはっはっ! まぁ目くじらを立てるような話じゃないさ」

「さすがは御主人様でーす!」


(クローディアは赤くなっていた。満更ではないだろう。しかしそうなると、彼女は狙えないなあ。やはり他のエルフを……)


 おそらくクローディアは、バグバットに好意を抱いている。ならば、フォルトが手を出しては無粋だろう。二人の関係を、遠くから温かく見守るにかぎる。

 「嘘も方便作戦」で進展があるかは、まさに神のみぞ知るのだ。

 そんなことを考えていると、またもや誰かが近寄ってきた。


「フォルト殿とお見受け致す」

「はい?」


 今度は貴族らしき中年男性が話しかけてきた。

 休憩室なので休憩したいのだが、残念ながら許してもらえないようだ。


「えっと……。誰ですか?」

「失礼。私はバルボと申します」

「はて? どこかで聞いた名前ですが……」

「(フォルト様。デルヴィ侯爵に仕える子爵家の……)」


 さすがはレイナスで、貴族のことはよく知っている。

 ただし思い出しても、フォルトは嫌な表情になるだけだった。


「そのバルボ子爵が、俺に何か用ですか?」

「デルヴィ侯爵様が、是非とも二人でお話がしたいと申しております」

「あ……。遠慮します」

「はい?」

「面倒だから放っておいてください、と伝えてください」

「なっ! 侯爵様がお呼びなのですぞ!」


 フォルトの返答に、バルボ子爵は「あり得ない」という表情だ。

 格差社会において、侯爵の命令は絶対なのだろう。呼び出されればすぐに向かうのが当然、とでも言いたそうだ。

 これ以上の問答は避けたいが、今度もソフィアが助け舟を出してくれた。


「御爺様の許可はありますか?」

「聖女様……」

「彼は御爺様が庇護する異世界人で、エインリッヒ陛下も認めています」

「それが?」

「許可無く強引に連れていくと、問題になると思いませんか?」


 宮廷魔術師グリムは、フォルトの後見人なのだ。

 それは国王のエインリッヒ九世が認めており、デルヴィ侯爵でも覆せない。

 状況によっては、挨拶程度なら構わないだろう。だが筋を通さないと、国王を軽視していると受け取られかねないのだ。しかも二人きりの密談など、何か良からぬことを吹き込んだとしか思われない。


「そ、そうでしたな! 失礼致しました」

「侯爵様にはそのようにお伝えください」

「分かりました。しかし伝言だけよろしいですか?」

「構いません。子爵様にも立場があるでしょう」


 ソフィアの援護射撃が頼もしい。

 国王の名前を出されると、子爵では引き下がるしかないようだ。


「友好的な話をしたい。其方そのほうのためにもなるだろう。と仰せです」

「ふーん。友好的にねぇ」

「はい。今回は良いとしても、また使者が送られるかと思いますぞ」

「なら考えておく。だから今は放っておいてほしい」

「分かりました。そのようにお伝えします」


 バルボ子爵は、そそくさと休憩室から出ていった。

 先延ばししただけかもしれないが、フォルトとしては、今後もデルヴィ侯爵と会うつもりがない。伝言は無意味で、一生放っておいてもらいたい。

 そんなことを思いながら、レイナスが入れたお茶を飲むのだった。

Copyright©2021-特攻君

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