晩餐会2
大声で叫んだフォルトに、バグバットから近づいてくる。
その光景を貴族たちは、驚きの目で眺めていた。身分では一番低いソフィアの護衛であって、領主自らが会話するほどの人物ではないからだ。
本来なら貴族であっても、声を掛けづらい。
「吾輩に何か御用であるか?」
「忙しいところ悪いな」
「構わないのである。しかしながら衆目を集めたのであるな」
「参ったな。えっと……。楽団を貸してほしいな、と……」
「それぐらいなら問題は無いのである。必要なときに言うである」
「助かる。まぁ明日以降にでも……」
周囲の貴族たちには、会話の内容が聞こえていない。
そして、バグバットは場慣れしている。ソフィアのほうに体を向けて、会話の相手がフォルトではないと演技してくれた。
その心遣いがニクイ。
「それでは晩餐会を楽しむである!」
以降のバグバットに対しても、フォルトは感嘆の吐息を洩らした。
会話を終わらせた後は、会場にいる貴族全員と歓談を始めたからだ。晩餐会の主催者として、誰とでも話すとアピールしているようだった。
本来ならそんなことをせずに、三国の首脳をもてなすはずだ。
(いやはや。できる男とはバグバットのことだな。男の俺から見ても格好いい。でも本当に危なかった。俺は注目を浴びたくないのだ!)
「フォルト様は大人しくしてくださいね」
「はい」
ソフィアから窘められて、フォルトは「借りてきた猫」になった。今回は自分が悪いと自覚しているので、反省の意味も込めている。
ともあれカーミラの腕を引っ張り、とある件を伝えた。
「カーミラ、カーミラ」
「何ですかぁ?」
「レイナスの次は……」
「大丈夫でーす!」
バグバットから楽団を借りられるなら、音響の腕輪に音楽を録音できる。
そこでアーシャを双竜山の森から連れてきて、録音に参加させるのだ。彼女の鼻歌から、バックミュージックを完成させてもらう。
これで彼女が踊っても、音無しのシュールさが失われるだろう。とフォルトが考えたところで、一人の壮年男性が近づいてくる。
「これは聖女様。お久しぶりですな」
「遅れましたが公爵家へのご昇爵。おめでとうございます」
「ありがとうございます。ときに……」
少しだけ見覚えはあるが、この壮年男性はローイン公爵である。
レイナスを堕とすときに、カーミラがドッペルゲンガーに化けさせていた。もちろんうろ覚えなので、フォルトにとっては「どこかで見たかな?」程度である。
公爵家は貴族社会の身分制度で言えば、王家に次いで最も地位の高い貴族だ。
本来なら宮廷魔術師グリムが挨拶を済ませているので、ソフィアには用が無い。しかしながら、その目的は察して余りあるか。
公爵が近づいてきた目的など一つしかないだろう。
「なぜ、この場にレイナスがいる?」
「………………」
そう。廃嫡したレイナスが、ローイン公爵の目に留まったからだ。
当然のように、フォルトも無関係でない。廃嫡する原因を作ったのだから、絶対に何かを言われるはずだった。
「お父……。いえ。ローイン公爵様。ご機嫌麗しく」
「ここにいる理由を聞いておるのだ」
「聖女様の護衛ですわ」
「そうか。我らが王国の大切な聖女様である。慎重に、な」
「はい」
「それと貴様……」
案の定ローイン公爵は、フォルトに厳しい目を向けている。
レイナスは大丈夫と言っていたが、内心ではドキドキしていた。
「何でしょうか?」
「貴様がレイナスをかどわかした異世界人か?」
「そうなります」
「ふん! 貴様は絶対に許さん。王国で何かをやるなら絶対に潰してやるぞ!」
「………………」
「だが、グリム殿への体裁もある」
「え?」
「許しはしないが、レイナスは廃嫡した娘だ。貴様にくれてやる!」
シュバリス・ローイン公爵は、一人娘のレイナスよりも家の名誉を選択した。王族を養子に迎え、貴族家として盤石の地位を得ている。にもかかわらず彼女の前に立ったのは、面と向かってのケジメかもしれない。
フォルトに対しては、腸が煮え返っているはずだ。
「では聖女様。これにて失礼」
「はい」
短い時間だったが、ローイン公爵は離れていった。
人間を見限ったフォルトは、公爵の人間的な一面に対して苦笑いを浮かべる。と同時に、貴族であり続けることに人間の醜さを見た。
レイナスに至っては、何も感じていないようだ。公爵を一瞥しただけですぐに近くまで寄ってきて、うっとりとした表情を浮かべている。
いつもの彼女である。
「いいのか?」
「はい。いつでも殺せますわ」
「い、いや……」
レイナスはカーミラの試験で、実の親でも殺害できるようになった。もしもフォルトに害を成そうとしたら、彼女が排除するだろう。
それもまた面倒なことになるので、釘を刺しておく。
「俺たちに手を出したら、な」
「分かりましたわ」
「しかし、あまり人間味は感じなかったなあ」
「貴族とはそういうものですわ」
「とりあえずは父親公認だ。もともと俺のものだが、完全に俺の所有物だな」
「まあフォルト様!」
フォルトの所有物という言葉に顔を赤くしたレイナスは、体を密着させてきた。だがこれ以上続けると、晩餐会の最初に戻ってしまう。
つまり、目立つ。
「レイナスはソフィアさんの横に、な」
「仕方ありませんわね」
「その代わり尻を触る」
「はい!」
(嬉しそうだな。調教でここまでになるなら……。エルフもいける?)
フォルトの視線が、会場の最前列にいるクローディアを捉える。
この場ではソフィアに止められたが、やはりエルフは欲しいのだ。外交問題になるのなら、レイナスのように調教する方法が良いかもしれない。
彼女のように堕ちれば、問題を提起することもないだろう。
「御主人様がイヤらしい顔をしていまーす!」
「あ……。済まん」
クローディアは現在、他の首脳たちと歓談中だ。
その彼女を調教する妄想を始めてしまった。顔に出てしまうのはフォルト悪癖なので、目を擦って現実に戻る。
そして真面目な顔になったところで、また誰かがソフィアに近づいてきた。
「これは聖女様。ご機嫌麗しく……」
ローイン公爵の次はデルヴィ侯爵だ。
眷属にしたクウのおかげで所見ではないが、蛇のような目が特徴的な白髪の老人である。これ見よがしに話しかけてくるなら、やはりソフィアが目当てか。
侯爵の出方によっては、色々と面倒なことになる。
「ミリア様のご葬儀には参列できず、お悔やみ申し上げます」
「構わぬ。内々で執り行ったゆえな」
「左様でございますか……」
「ソフィア嬢は、相も変わらずお美しいですな」
「過分なお言葉、畏れ多く存じます」
「グリム殿から伺ったが、領地の屋敷で静養していると?」
「はい。暫く体調を崩しておりまして……」
「それはいけませんな。聖神イシュリルの加護があらんことを……」
「お心遣い、痛み入ります」
デルヴィ侯爵が相手では、絶対に気を抜けない。
ソフィアは礼儀正しくも、差し障りの無い会話で対応している。だがここまで話したところで、侯爵の目が鋭さを増した。
「聖神イシュリルではありませんでしたかな?」
「いいえ。私が信仰する神は聖神イシュリルです」
「ふむ。巷では悪い噂が流れていましてな」
「どのような?」
「聖女様の信仰する神が変わっている、などという噂ですな」
「あり得ませんね」
「そうでしょうとも。聖女だった御方だ。あり得ないでしょうな」
芝居じみたデルヴィ侯爵は、ソフィアの体を視線で舐め回している。
フォルトにとっては非常に不快だが、今は黙って聞いているしかなかった。と言っても護衛として、そろそろ終わりにしてもらう。
「ソフィア様はお疲れのご様子です」
「何だ其方は?」
「ソフィア様の護衛です」
「ふん! 護衛如きが出過ぎたことを言うでないわ!」
「………………」
「其方はグリム家の兵士か? 所属と名前を言え!」
「所属はありません。名前はフォルトです」
「どこにも所属していないだと? まさか森の異世界人か?」
「さてどうでしょう」
不興を買ったようで、デルヴィ侯爵の視線がフォルトに向けられた。
まるで、獲物を変えた蛇に睨まれたようだ。
我知らず背筋が凍る視線で、思わずブルっと体を震わせてしまう。同時にゴクリと唾を飲み込むと、侯爵が口角を上げる。
「ふむ。あまり長くも話せぬな。聖女様。これで失礼する」
「はい」
「フォルトと申したな。聖女様の護衛。しかと務めるようにな!」
「はい」
フォルトが気持ち悪いと思うほど、デルヴィ侯爵はあっさりと退いた。しかしながら、ソフィアを狙ってるのは確実だろう。
彼女に向けた蛇のような目は、そう言っていた。
しかも……。
「フォルト様。申しわけありません」
「謝る必要はないですよ。でもあれは、ソフィアさんを狙っているね」
「背筋に寒いものを感じました」
「ついでに俺も狙われたようだけど?」
「みたい、ですね」
以前にフォルトとコンタクトを取ろうとしていたレイバン男爵は、デルヴィ侯爵が抱える手駒の一人と聞いていた。
要は、親玉と面識を持ってしまったのだ。
その侯爵が、あまり会話もせずに退いた。
さすがに真意が読めないので、貴族社会を知るレイナスに問いかける。
「俺は身バレしたようだけど、今後はどうなるかな?」
「フォルト様とは友好関係を結びたいようですわね」
「え? そうなのか?」
「はい。あっさりと退いたのはそのためですわ」
「ふーん」
友好を結ぼうとする会話とは思えないが、レイナスの見立ては正しいだろう。ならばとフォルトは考えるが、はっきり言って男性に用は無い。
そして爺様は、グリムだけで十分である。
リリエラに対する非道な行いも知っているので、塩をまきたいほどだ。
「気掛かりは一つですわね。ソフィアさんを異教徒にするつもりでしたわ」
「やはり最悪の事態はあるってことか」
「はい。ですが、手札を見せたということは……」
「やれやれ」
フォルトに腹芸などできようはずもない。
今の短い会話だけで、頭から煙が噴き出しそうだ。
「ふふっ。フォルト様。暫くはお世話になりますね」
「ははっ。俺が庇護したからには大丈夫ですよ」
そのフォルトの様子を見て、ソフィアは笑みを浮かべる。
今後も双竜山の森で匿うのは確定なので、同じように笑みを返す。彼女も交えた自堕落生活も、別に嫌ではなかった。
ともあれテーブルに視線を移すと、料理が大量に置かれている。
二人の貴族以外には誰も近寄ってこないので、次の行動は決まっていた。
「もういいですよね? いただきます!」
「あっ! フォルト様!」
「もぐもぐ。はい? もぐもぐ」
(これは何かの鳥か? ペリュトンよりは味が落ちるけど……。まぁなかなかイケると思う。俺は腹が膨れればいいしな!)
誰かが制止したようだが無駄である。
暴食が全開になったフォルトは、料理をどんどんと平らげていく。しかしながらこの行動は、さすがに目立ったようだ。
またもや貴族たちから、奇異な目で見られてしまう。
料理を食べる姿など珍しくもないのに、なぜこちらを見るのか。と思っていると、レイナスから耳打ちされた。
「フォルト様。晩餐会の料理には手を付けないのが常識ですわよ?」
「もぐ……。え?」
「毒が混入されている可能性もありますわ」
「へぇ。もぐもぐ」
「もしも食す場合は、口に入れても見られない所で吐き出しますわね」
「何だそれ? 勿体無いな。もぐもぐ」
レイナスの話を聞いても、フォルトの食事は止まらない。晩餐会の料理に期待して腹を空かせてきたので、これは仕方ないのだ。
いま止められると殺気立ってしまいそうだった。
「御主人様は鉄の胃袋ですねぇ」
「ははっ。カーミラも食え。ほら!」
「あーん。じゃあ御主人様も!」
「あーん。もぐもぐ」
フォルトは場を弁えずに、カーミラとイチャイチャする。
この行為に周囲はどよめいているが、すでに気にしていない。
「フォ、フォルト様……。皆が見ています」
「もぐもぐもぐもぐ」
(もういいや。飯ぐらい好きに食わせてもらいたい。こっちを見なくていいから、貴族同士で会話でもしてろ!)
暴食を満足させている最中のフォルトは、貴族について考えるのが面倒臭くなったのだ。視線など気にしていたら、折角の料理が冷めてしまうだろう。
ドンドンとタガが外れていく。
「ソフィアさんも食べる?」
「い、いえ。それどころでは……」
「はい? もぐもぐ」
「すばらしいのである! ソフィア殿のために自ら毒味をするとは!」
「え?」
貴族たちの不快感が最高潮に達したとき、再びバグバットが叫んだ。
そのおかげで、彼らから注目される人物が変わった。貴族たちは一斉に、フォルトから視線を外している。
「今夜の晩餐会は、アルバハードが三国をもてなしているである!」
「「おぉ!」」
「吾輩の面子にかけて、毒などは混入していないのである!」
「「おぉ!」」
「このままですと、すべての料理が食べられてしまうのである!」
「「「ははははっ!」」」
「ささっ! ソフィア様。もう安心です! お食べください!」
バグバットの心遣いに感謝して、恥を忍んでフォルトも大声を上げた。
そしてまた注目を集める前に、レイナスを引き寄せて後ろに隠れる。
「フォルト様?」
「いいから俺の前に立ってくれ」
「わ、分かりましたわ」
それを最後に、またもやフォルトは空気に徹した。
後は目立たず騒がずに、慎ましく食事をするだけだった。バグバットとのコンビプレーで、貴族たちも料理を味わい始めている。
非常に良い方向に変わってくれた。
(いやあ。バグバットには借りを作り過ぎたな。この礼はいずれ返すとしよう。俺は受けた恩に報いる男なのだ!)
フォルトの性格を形作るものに、義理と人情がある。
子供の頃から観ていた任侠映画や時代劇の影響で作られたものだ。個人の性格なので、魔人になっても変わらない。身内を大切にすることや約束を守ること。また他人に対して妥協することも、その性格が関係している。
とりあえず今はバグバットに感謝しながら、次の行動に移った。
「ところでソフィアさん」
「何でしょうか?」
「休憩したくないですか?」
「え?」
「したいですよね? 人が多い場所で疲れたでしょ?」
「え? え?」
「よし! ソフィア様がお疲れだ。みんなで休憩室に行くぞ!」
(もう無理。ギブアップ。引き籠りの俺に、この場は拷問だ!)
一方的に決めたフォルトは、ソフィアに有無を言わせない。
こういった場所には、休憩室があるものだ。会場にいる貴族たちは減っていないようなので、休憩室に人はいないだろう。
それに期待しながら鳥の丸焼きを持って、一目散に会場を去るのだった。
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