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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第八章 晩餐会
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晩餐会2

 大声で叫んだフォルトに、バグバットから近づいてくる。

 その光景を貴族たちは、驚きの目で眺めていた。身分では一番低いソフィアの護衛であって、領主自らが会話するほどの人物ではないからだ。

 本来なら貴族であっても、声を掛けづらい。


吾輩わがはいに何か御用であるか?」

「忙しいところ悪いな」

「構わないのである。しかしながら衆目を集めたのであるな」

「参ったな。えっと……。楽団を貸してほしいな、と……」

「それぐらいなら問題は無いのである。必要なときに言うである」

「助かる。まぁ明日以降にでも……」


 周囲の貴族たちには、会話の内容が聞こえていない。

 そして、バグバットは場慣れしている。ソフィアのほうに体を向けて、会話の相手がフォルトではないと演技してくれた。

 その心遣いがニクイ。


「それでは晩餐会を楽しむである!」


 以降のバグバットに対しても、フォルトは感嘆の吐息をらした。

 会話を終わらせた後は、会場にいる貴族全員と歓談を始めたからだ。晩餐会ばんさんかいの主催者として、誰とでも話すとアピールしているようだった。

 本来ならそんなことをせずに、三国の首脳をもてなすはずだ。


(いやはや。できる男とはバグバットのことだな。男の俺から見ても格好いい。でも本当に危なかった。俺は注目を浴びたくないのだ!)


「フォルト様は大人しくしてくださいね」

「はい」


 ソフィアからたしなめられて、フォルトは「借りてきた猫」になった。今回は自分が悪いと自覚しているので、反省の意味も込めている。

 ともあれカーミラの腕を引っ張り、とある件を伝えた。


「カーミラ、カーミラ」

「何ですかぁ?」

「レイナスの次は……」

「大丈夫でーす!」


 バグバットから楽団を借りられるなら、音響の腕輪に音楽を録音できる。

 そこでアーシャを双竜山の森から連れてきて、録音に参加させるのだ。彼女の鼻歌から、バックミュージックを完成させてもらう。

 これで彼女が踊っても、音無しのシュールさが失われるだろう。とフォルトが考えたところで、一人の壮年男性が近づいてくる。


「これは聖女様。お久しぶりですな」

「遅れましたが公爵家へのご昇爵。おめでとうございます」

「ありがとうございます。ときに……」


 少しだけ見覚えはあるが、この壮年男性はローイン公爵である。

 レイナスを堕とすときに、カーミラがドッペルゲンガーに化けさせていた。もちろんうろ覚えなので、フォルトにとっては「どこかで見たかな?」程度である。

 公爵家は貴族社会の身分制度で言えば、王家に次いで最も地位の高い貴族だ。

 本来なら宮廷魔術師グリムが挨拶を済ませているので、ソフィアには用が無い。しかしながら、その目的は察して余りあるか。

 公爵が近づいてきた目的など一つしかないだろう。


「なぜ、この場にレイナスがいる?」

「………………」


 そう。廃嫡したレイナスが、ローイン公爵の目に留まったからだ。

 当然のように、フォルトも無関係でない。廃嫡する原因を作ったのだから、絶対に何かを言われるはずだった。


「お父……。いえ。ローイン公爵様。ご機嫌麗しく」

「ここにいる理由を聞いておるのだ」

「聖女様の護衛ですわ」

「そうか。我らが王国の大切な聖女様である。慎重に、な」

「はい」

「それと貴様……」


 案の定ローイン公爵は、フォルトに厳しい目を向けている。

 レイナスは大丈夫と言っていたが、内心ではドキドキしていた。


「何でしょうか?」

「貴様がレイナスをかどわかした異世界人か?」

「そうなります」

「ふん! 貴様は絶対に許さん。王国で何かをやるなら絶対に潰してやるぞ!」

「………………」

「だが、グリム殿への体裁もある」

「え?」

「許しはしないが、レイナスは廃嫡した娘だ。貴様にくれてやる!」


 シュバリス・ローイン公爵は、一人娘のレイナスよりも家の名誉を選択した。王族を養子に迎え、貴族家として盤石の地位を得ている。にもかかわらず彼女の前に立ったのは、面と向かってのケジメかもしれない。

 フォルトに対しては、腸が煮え返っているはずだ。


「では聖女様。これにて失礼」

「はい」


 短い時間だったが、ローイン公爵は離れていった。

 人間を見限ったフォルトは、公爵の人間的な一面に対して苦笑いを浮かべる。と同時に、貴族であり続けることに人間の醜さを見た。

 レイナスに至っては、何も感じていないようだ。公爵を一瞥いちべつしただけですぐに近くまで寄ってきて、うっとりとした表情を浮かべている。

 いつもの彼女である。


「いいのか?」

「はい。いつでも殺せますわ」

「い、いや……」


 レイナスはカーミラの試験で、実の親でも殺害できるようになった。もしもフォルトに害を成そうとしたら、彼女が排除するだろう。

 それもまた面倒なことになるので、くぎを刺しておく。


「俺たちに手を出したら、な」

「分かりましたわ」

「しかし、あまり人間味は感じなかったなあ」

「貴族とはそういうものですわ」

「とりあえずは父親公認だ。もともと俺のものだが、完全に俺の所有物だな」

「まあフォルト様!」


 フォルトの所有物という言葉に顔を赤くしたレイナスは、体を密着させてきた。だがこれ以上続けると、晩餐会の最初に戻ってしまう。

 つまり、目立つ。


「レイナスはソフィアさんの横に、な」

「仕方ありませんわね」

「その代わり尻を触る」

「はい!」


うれしそうだな。調教でここまでになるなら……。エルフもいける?)


 フォルトの視線が、会場の最前列にいるクローディアを捉える。

 この場ではソフィアに止められたが、やはりエルフは欲しいのだ。外交問題になるのなら、レイナスのように調教する方法が良いかもしれない。

 彼女のように堕ちれば、問題を提起することもないだろう。


「御主人様がイヤらしい顔をしていまーす!」

「あ……。済まん」


 クローディアは現在、他の首脳たちと歓談中だ。

 その彼女を調教する妄想を始めてしまった。顔に出てしまうのはフォルト悪癖なので、目を擦って現実に戻る。

 そして真面目な顔になったところで、また誰かがソフィアに近づいてきた。


「これは聖女様。ご機嫌麗しく……」


 ローイン公爵の次はデルヴィ侯爵だ。

 眷属けんぞくにしたクウのおかげで所見ではないが、蛇のような目が特徴的な白髪の老人である。これ見よがしに話しかけてくるなら、やはりソフィアが目当てか。

 侯爵の出方によっては、色々と面倒なことになる。


「ミリア様のご葬儀には参列できず、お悔やみ申し上げます」

「構わぬ。内々で執り行ったゆえな」

「左様でございますか……」

「ソフィア嬢は、相も変わらずお美しいですな」

「過分なお言葉、畏れ多く存じます」

「グリム殿から伺ったが、領地の屋敷で静養していると?」

「はい。暫く体調を崩しておりまして……」

「それはいけませんな。聖神イシュリルの加護があらんことを……」

「お心遣い、痛み入ります」


 デルヴィ侯爵が相手では、絶対に気を抜けない。

 ソフィアは礼儀正しくも、差し障りの無い会話で対応している。だがここまで話したところで、侯爵の目が鋭さを増した。


「聖神イシュリルではありませんでしたかな?」

「いいえ。私が信仰する神は聖神イシュリルです」

「ふむ。ちまたでは悪いうわさが流れていましてな」

「どのような?」

「聖女様の信仰する神が変わっている、などという噂ですな」

「あり得ませんね」

「そうでしょうとも。聖女だった御方だ。あり得ないでしょうな」


 芝居じみたデルヴィ侯爵は、ソフィアの体を視線でめ回している。

 フォルトにとっては非常に不快だが、今は黙って聞いているしかなかった。と言っても護衛として、そろそろ終わりにしてもらう。


「ソフィア様はお疲れのご様子です」

「何だ其方そのほうは?」

「ソフィア様の護衛です」

「ふん! 護衛如きが出過ぎたことを言うでないわ!」

「………………」

「其方はグリム家の兵士か? 所属と名前を言え!」

「所属はありません。名前はフォルトです」

「どこにも所属していないだと? まさか森の異世界人か?」

「さてどうでしょう」


 不興を買ったようで、デルヴィ侯爵の視線がフォルトに向けられた。

 まるで、獲物を変えた蛇ににらまれたようだ。

 我知らず背筋が凍る視線で、思わずブルっと体を震わせてしまう。同時にゴクリと唾を飲み込むと、侯爵が口角を上げる。


「ふむ。あまり長くも話せぬな。聖女様。これで失礼する」

「はい」

「フォルトと申したな。聖女様の護衛。しかと務めるようにな!」

「はい」


 フォルトが気持ち悪いと思うほど、デルヴィ侯爵はあっさりと退いた。しかしながら、ソフィアを狙ってるのは確実だろう。

 彼女に向けた蛇のような目は、そう言っていた。

 しかも……。


「フォルト様。申しわけありません」

「謝る必要はないですよ。でもあれは、ソフィアさんを狙っているね」

「背筋に寒いものを感じました」

「ついでに俺も狙われたようだけど?」

「みたい、ですね」


 以前にフォルトとコンタクトを取ろうとしていたレイバン男爵は、デルヴィ侯爵が抱える手駒の一人と聞いていた。

 要は、親玉と面識を持ってしまったのだ。

 その侯爵が、あまり会話もせずに退いた。

 さすがに真意が読めないので、貴族社会を知るレイナスに問いかける。


「俺は身バレしたようだけど、今後はどうなるかな?」

「フォルト様とは友好関係を結びたいようですわね」

「え? そうなのか?」

「はい。あっさりと退いたのはそのためですわ」

「ふーん」


 友好を結ぼうとする会話とは思えないが、レイナスの見立ては正しいだろう。ならばとフォルトは考えるが、はっきり言って男性に用は無い。

 そして爺様は、グリムだけで十分である。

 リリエラに対する非道な行いも知っているので、塩をまきたいほどだ。


「気掛かりは一つですわね。ソフィアさんを異教徒にするつもりでしたわ」

「やはり最悪の事態はあるってことか」

「はい。ですが、手札を見せたということは……」

「やれやれ」


 フォルトに腹芸などできようはずもない。

 今の短い会話だけで、頭から煙が噴き出しそうだ。


「ふふっ。フォルト様。暫くはお世話になりますね」

「ははっ。俺が庇護ひごしたからには大丈夫ですよ」


 そのフォルトの様子を見て、ソフィアは笑みを浮かべる。

 今後も双竜山の森で匿うのは確定なので、同じように笑みを返す。彼女も交えた自堕落生活も、別に嫌ではなかった。

 ともあれテーブルに視線を移すと、料理が大量に置かれている。

 二人の貴族以外には誰も近寄ってこないので、次の行動は決まっていた。


「もういいですよね? いただきます!」

「あっ! フォルト様!」

「もぐもぐ。はい? もぐもぐ」


(これは何かの鳥か? ペリュトンよりは味が落ちるけど……。まぁなかなかイケると思う。俺は腹が膨れればいいしな!)


 誰かが制止したようだが無駄である。

 暴食が全開になったフォルトは、料理をどんどんと平らげていく。しかしながらこの行動は、さすがに目立ったようだ。

 またもや貴族たちから、奇異な目で見られてしまう。

 料理を食べる姿など珍しくもないのに、なぜこちらを見るのか。と思っていると、レイナスから耳打ちされた。


「フォルト様。晩餐会の料理には手を付けないのが常識ですわよ?」

「もぐ……。え?」

「毒が混入されている可能性もありますわ」

「へぇ。もぐもぐ」

「もしも食す場合は、口に入れても見られない所で吐き出しますわね」

「何だそれ? 勿体もったい無いな。もぐもぐ」


 レイナスの話を聞いても、フォルトの食事は止まらない。晩餐会の料理に期待して腹を空かせてきたので、これは仕方ないのだ。

 いま止められると殺気立ってしまいそうだった。


「御主人様は鉄の胃袋ですねぇ」

「ははっ。カーミラも食え。ほら!」

「あーん。じゃあ御主人様も!」

「あーん。もぐもぐ」


 フォルトは場を弁えずに、カーミラとイチャイチャする。

 この行為に周囲はどよめいているが、すでに気にしていない。


「フォ、フォルト様……。皆が見ています」

「もぐもぐもぐもぐ」


(もういいや。飯ぐらい好きに食わせてもらいたい。こっちを見なくていいから、貴族同士で会話でもしてろ!)


 暴食を満足させている最中のフォルトは、貴族について考えるのが面倒臭くなったのだ。視線など気にしていたら、折角の料理が冷めてしまうだろう。

 ドンドンとタガが外れていく。


「ソフィアさんも食べる?」

「い、いえ。それどころでは……」

「はい? もぐもぐ」

「すばらしいのである! ソフィア殿のために自ら毒味をするとは!」

「え?」


 貴族たちの不快感が最高潮に達したとき、再びバグバットが叫んだ。

 そのおかげで、彼らから注目される人物が変わった。貴族たちは一斉に、フォルトから視線を外している。


「今夜の晩餐会は、アルバハードが三国をもてなしているである!」

「「おぉ!」」

「吾輩の面子にかけて、毒などは混入していないのである!」

「「おぉ!」」

「このままですと、すべての料理が食べられてしまうのである!」

「「「ははははっ!」」」

「ささっ! ソフィア様。もう安心です! お食べください!」


 バグバットの心遣いに感謝して、恥を忍んでフォルトも大声を上げた。

 そしてまた注目を集める前に、レイナスを引き寄せて後ろに隠れる。


「フォルト様?」

「いいから俺の前に立ってくれ」

「わ、分かりましたわ」


 それを最後に、またもやフォルトは空気に徹した。

 後は目立たず騒がずに、慎ましく食事をするだけだった。バグバットとのコンビプレーで、貴族たちも料理を味わい始めている。

 非常に良い方向に変わってくれた。


(いやあ。バグバットには借りを作り過ぎたな。この礼はいずれ返すとしよう。俺は受けた恩に報いる男なのだ!)


 フォルトの性格を形作るものに、義理と人情がある。

 子供の頃から観ていた任侠にんきょう映画や時代劇の影響で作られたものだ。個人の性格なので、魔人になっても変わらない。身内を大切にすることや約束を守ること。また他人に対して妥協することも、その性格が関係している。

 とりあえず今はバグバットに感謝しながら、次の行動に移った。


「ところでソフィアさん」

「何でしょうか?」

「休憩したくないですか?」

「え?」

「したいですよね? 人が多い場所で疲れたでしょ?」

「え? え?」

「よし! ソフィア様がお疲れだ。みんなで休憩室に行くぞ!」


(もう無理。ギブアップ。引き籠りの俺に、この場は拷問だ!)


 一方的に決めたフォルトは、ソフィアに有無を言わせない。

 こういった場所には、休憩室があるものだ。会場にいる貴族たちは減っていないようなので、休憩室に人はいないだろう。

 それに期待しながら鳥の丸焼きを持って、一目散に会場を去るのだった。

Copyright©2021-特攻君

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