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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第八章 晩餐会
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晩餐会1

 三国会議、初日の夜。

 会場となった迎賓館では、バグバットが主催する宴が開催された。晩餐会ばんさんかいは立食形式になっており、各国の貴族たちがそこかしこに立っている。

 ソフィアが参加するということで、護衛のフォルトも会場に入っていた。


「聖剣ロゼは持ってこなかったのか?」

「いやですわ。武器は持ち込めませんわよ」

「あ、あぁそうだな。普通はそうだよな」


 フォルトの隣に立つレイナスは、質素な紺のドレスを着ていた。グリム家がソフィアのために用意したもので、いわゆる予備の服だ。

 そして聖剣ロゼは、宿舎のベッドに投げ捨てていた。扱いは酷いが、これも普段から騒がしいインテリジェンス・ソードの宿命か。

 今頃はきっと、ベッドの上でシクシクと泣いているだろう。

 涙は出ないが……。


「御主人様! カーミラちゃんも参加していいんですかぁ?」

「もちろんだ。重苦しい雰囲気じゃないし問題無いだろ」


 カーミラには同じ護衛として、黒いローブを着てもらった。ドレスの予備は一着しか用意されておらず、彼女の格好は破廉恥だったからだ。

 ちなみにソフィアのドレスは、聖女と見られるように質素な白である。


(ふふん! 美少女を侍らせての晩餐会。一度は参加したかったな。同じく美女を侍らせた札束風呂と同等の価値がある。まぁあれは……)


 雑誌広告でよく見かける札束風呂の写真。

 あの札束には秘密があり、一番上と下だけが一万円札である。紙幣の間は新聞紙などで盛っており、「ヤラセ」の最たるものだった。

 また画像加工は常で、世の中はそんなに甘くない。インパクトがあるものには確実と言って良いほど仕掛けがあるものだ。

 だまされない目を養うことが重要である。


「フォルト様」

「どうしましたソフィアさん?」

「えっと……。少し目立っています」

「え?」


 ソフィアが言ったとおり、貴族たちからは奇異な目を向けられているようだ。遠巻きだったが、ジロジロと観察されている。

 そういった視線に慣れていないフォルトは、思わずうつむいてしまった。


(俺は護衛だったな。主役はソフィアさんだ。なら俺は空気になるのだ。スッと気配を消す感じで……)


 盗賊や暗殺者ではないので、気配を消すことは無理である。しかしながらフォルトは、それらしくやってみる。

 ついでにカーミラとレイナスを、ソフィアの隣に移動させた。


「二人ともソフィアさんの横に、な」

「「はいっ!」」


 身辺警護の知識が無いフォルトは、三人の後ろに位置した。

 こういった場では、通常だとソフィアの斜め前に立つものだ。立食の晩餐会であれば護衛対象の会話を邪魔せずに、何かあれば前に出られる。

 衆目を避けたかっただけだが、現状はカーミラがその位置にいた。と言っても、今はそんなことを考えている場合ではない。


「でへ」


 フォルトの三人を見る目がオヤジ臭い。おっさんだから仕方ないとはいえ、とてもイヤらしい目つきである。

 視線を少し落とすと、三つの桃が並んでいるのだ。

 さすがに座って眺めることは控えたが、暫く経つと貴族たちの視線を感じなくなった。ならばと桃を目に焼き付けていると、とある人物から声がかかる。

 邪魔は勘弁してもらいたい。


「フォルト殿。晩餐会はいかがであるか?」

「バグバットか」

「本日は楽しんでいかれると良いのである。それと……」


 とある人物とは、吸血鬼の真祖バグバットだった。

 フォルトに挨拶した後は、厳しい目をカーミラに向けている。

 その視線に気付いた彼女は、ニヤリと口角を上げた。鼻で笑ったかのように、相手を挑発するような笑顔だ。


「俺は護衛だ。ソフィアさんと話してくれ」

「これは失礼したである」


 バグバットはアルバハードの領主である。

 晩餐会に呼ばれたのはソフィアなので、フォルトに話しかけられても困る。会話を続けられると、貴族たちの注目が集まってしまう。


「バグバット様。昼間はとんだ失礼を……」

「気にしないで良いのである」

「ありがとうございます」


 簡単に挨拶を済ませたバグバットは、フォルトたちから離れていった。

 主催者であれば忙しいのだろう。追いかけるように視線を向けていると、次々と貴族たちを回っている。


「バグバットも大変だな」

「御主人様の言っていた吸血鬼って、あいつだったんですねぇ」

「知り合いなのか? 魔人に食べられたと言ってたな」

「その場面を見ていましたよぉ」

「な、なるほど。やはりカーミラの元主人か」

「えへへ。誘い込むのに苦労しましたぁ」


 何か因縁めいたものがありそうだが、現在のカーミラはフォルトの身内だ。もしも手を出すのであれば、あの口約束を反故することになる。

 先ほどのバグバットは、こちらに配慮したように見られた。彼女の挑発めいた笑みも、まるで相手にしていない。

 再び彼に視線を向けると、会場の最前列に向かっていた。と同時に、会場では美しい音色の演奏が始まる。

 そして、各国の重要人物が入場してきた。

 晩餐会の進行は分からないので、貴族社会にいたレイナスに問いかける。


「ああやって紹介されるのが最重要人物ってことか?」

「ですわね」


 いま会場にいる者は、エウィ王国であれば伯爵以下の貴族である。しかしながら子爵であっても、官僚クラスは参加すらできない。

 ソル帝国の貴族も似たようなものだった。王制と帝政で違いはあるが、身分制度の仕組み自体は大差がない。

 君主の自称が違うだけである。


「エウィ王国。ハーラス・デルヴィ侯爵のご入場でございます!」


 各国の重要人物が入場してくる中で、デルヴィの名前が登場した。アナウンスによると、爵位が伯爵から侯爵に変わっている。

 ソフィアも気付いたらしく、その場で振り返ってフォルトと目を合わせた。


「やはり昇爵しましたか」

「ソネンさんが上がるかもと言っていましたね」

「はい。これでローイン公爵と同等。御爺様おじいさまにも比肩します」

「地盤固めが済んで、いよいよソフィアさんを狙うと?」

「どうでしょう? そもそも私の身も憶測の範疇はんちゅうですし……」

「でもリリエラの扱いを考えると、ね」

「はい。今日の行動で分かるかと思います」


 デルヴィ侯爵の悪評には、すべて証拠が無い。リリエラに対して行った行為は、ミリアでの出来事だったので証拠として提出できない。

 その侯爵がソフィアとどう向き合うかで、今後の予想が立つだろう。

 危険だが、場所が自由都市アルバハードである。

 直接的な暴力に出られないのは幸いか。


「エウィ王国。シュバリス・ローイン公爵のご入場でございます!」


 次に名前が呼ばれたローイン公爵は、レイナスの父親である。

 その彼女はうっとりとした表情で、フォルトを眺めていた。愛されているのは分かるが、ずっと見られていると恥ずかしい。


「レ、レイナスの父親だぞ?」

「ですが廃嫡された身ですわ。すでに赤の他人ですわね」

「わ、割り切ってるな!」

「ふふっ。私はただのレイナス。フォルト様のものですわ!」


(こっちの世界の女性は切り替えが早いよなあ。リリエラだって奴隷調教をされたとはいえ、過去の自分を捨てたし……)


 このあたりの話も、日本で培った常識とのギャップを感じた。

 そもそも世界が違うので、さもありなんと理解はしている。しかしながらフォルトは、たまに悩むときがあった。

 それを問いかけたところで、レイナスやリリエラは答えられないだろう。彼女たちは日本を知らず、自分たちが常識だと思っている。


「ソル帝国皇帝。ソル陛下のご入場でございます!」


 アナウンスされる順番は権力に左右されるが、首脳級だと国力の順番だった。

 ソル帝国は建国して歴史が浅く、三国の中では一番下である。


(おっ! 同い年ぐらいのおっさんだが……。ヤバいな。威圧感というのか? 圧迫される感じがする。ド素人の俺でも分かるというのは……)


 皇帝ソルは大柄で、顔の彫りが深い中年男性である。

 フォルトの好きだった某世紀末キャラクターと被った。筋肉も隆々で、拳を天に突き上げれば絵になるだろう。

 存在感が物凄く、こちらを見られてもいないのに臆してしまう。


「確かに皇帝って感じだな。もしくは覇王とか?」

「勇魔戦争でガタガタになった帝国を立て直した人物です」

「マリとルリが壊滅寸前にしたんだっけ?」

「軍の被害が甚大で、戦争終結後はかなり弱体化しましたね」

「へぇ」

「その責任を取るように、前皇帝は彼に帝位を譲っています」

「歴史の勉強をしているみたいだ」

「ふふっ」


 フォルトは歴史に興味があり、特に戦国時代を好んでいた。と言っても、武将の生き様や時代背景が琴線に触れただけである。また歴史ドラマの題材になっていることが多く、他にもゲームの世界観で使われていたことが大きい。

 つまり、歴史のテストでは役に立たない。

 ともあれアナウンスは、次の人物に移った。


「エウィ王国第九代国王。エインリッヒ陛下のご入場でございます!」


 渋面を浮かべたフォルトは、エインリッヒ九世に良い感情を持っていない。

 聖女だったソフィアに命令して、こちらの世界に召喚させた人物だからだ。謝罪も無ければ、謁見すらしていない。顔を見るのは、今回が初めてだった。

 腹の虫が収まらないので、視線を向けることもない。


「あいつは嫌い」

「フォルト様!」

「聖女の仕事も国王の命令ですよね? つまり、俺を召喚したのも……」

「そうですが、様々な事情があるのです」

「冗談ですよ。でも感情的には、ね」


(まぁ今の俺は幸せだ。偶然が重なっただけだが……。もし日本から召喚されなければ、今頃はどうなっていたかな?)


 別の意味でフォルトは感謝しているが、それは結果的な話だった。だからこそ、ソフィアに免じて溜飲りゅういんを下げておく。

 それよりも……。


「さてと。次が本命ですね」

「本命、ですか?」

「本命です」


「亜人の国フェリアス。女王名代クローディア様のご入場でございます!」


(きたあ! エルフ! 俺の知っているエルフと同じだ! これは興奮するな。しかも巨乳系エルフではない。ぺったんこ系だ!)


 緑色の長髪をなびかせて、エルフ族の女性が登場した。長い耳が特徴的で、全体的に華奢きゃしゃだ。クローディアという名前らしく、絶世の美人である。

 完璧にフォルトの琴線に触れており、歓喜に支配されそうになった。


「エルフ!」

「フォルト様?」

みなぎってくる!」

「御主人様。落ち着いてくださーい!」

「あ……。済まないな」


 フォルトは少しだけ、いやかなり感情が表に出ていたようだ。

 それほどの衝撃に襲われてしまい、どうしてもエルフが欲しくなった。


(よし! エルフは手に入れるとして、あいつ以外のエルフも見たいな。品定めをするとなると、フェリアスに行くしかない? 確か森だったな)


 フォルトは召喚されてからというもの、魔の森や双竜山の森に引き籠ってる。と考えると、亜人の国フェリアスに行っても良いかもしれない。

 問題はどうやって向かうか、だ。


「双竜山の森に帰ったら旅の準備だな」

「御主人様。どこかに行くんですかぁ?」

「フェリアスに向かう!」

「無理でーす!」

「なぜだ?」

「だって屋敷に帰ったら、絶対に森から出ませんよねぇ?」

「………………」


(さすがはカーミラ。よく分かっている。そうなんだよなあ。どうやって重い腰を上げるかなんだよなあ)


 カーミラが言ったように、屋敷に戻ったら寛いでしまう。

 そうなったら終わりである。何だかんだと理由をつけて、絶対に双竜山の森からは出ないだろう。自由都市アルバハードまで来られたのは、自身の信念として、ソフィアの身を守るためだった。

 決して趣味で訪れたわけではない。


「あいつで我慢する? でも妥協は嫌だな」

「フォルト様!」


 悩んでいるフォルトを、ソフィアが止めた。

 さすがに看過できなかったのだろう。エルフ族はフェリアスの盟主で、クローディアは女王の名代である。もしも手を出すと、外交問題になるのだ。

 最悪は、戦争まで発展する可能性があった。


「俺は国民じゃないし……」

「向こうはそう見てくれません!」

「王国がどうなろうと構わないし……」

「私が困ります!」

「あ……。そうですよね」


(うーん。仕方ないな。今は諦めるか。ソフィアさんは俺が庇護ひごしている人間。身内側だ。困らすのは本意ではない。でもなぁ)


 身内は大切にすると決めている。

 その信念は、フォルトの精神的な安らぎにつながっているからだ。しかしながら、どうしてもエルフが欲しい。

 どうもソフィアは、自身のストッパーになっている。ストレスがまるほどではないとしても、行動の自由を阻害されてる感じだった。


「分かりましたよ。その代わり……」

「何でしょうか?」

「お尻を触りますね」


 エルフ族と桃尻を交換した形だが、ソフィアの回答を待たずして触りだす。フォルトは誰からも見られていないので、いつもの自分を出すチャンスだった。

 貴族たちの視線は、各国の首脳に集まっているのだ。


「少しだけですからね!」

「はいはい」


 フォルトは思う。

 ソフィアはガードが緩すぎる、と。

 よくシュンに口説かれなかったと思うほどだった。弱みに付け込んでいる感は否めないが、はっきり言って押しに弱すぎる。

 きっと今も、「エッッッッグいパンツ」を履いているだろう。


「御主人様! カーミラちゃんも触ってくださーい!」

「私もお願いしますわ」


 二人のやり取りと見ていたカーミラとレイナスから催促された。

 ほほの筋肉が緩んで、フォルトはデレっとしてしまう。もちろんエルフを諦めたわけではないが、今は三個の桃尻を堪能する。

 その間にすべての要人が入場を終えて、晩餐会の開始された。

 参加者の中で一番身分が低い人物は、聖女を剥奪はくだつされて貴族でもないソフィアである。だからこそ、最初は誰も寄りつかない。


「始まりましたね」

「でへ。そうですね」

「そ、そろそろ手を離していただけると……」

「あ、はは……。ところでソフィアさん。楽団というのはあれですか」

「はい。バグバット様がお抱えになられている楽団です」


 晩餐会の開始に合わせて曲が変わり、聴き心地の良い音楽が流れ出す。

 会場の端でヴァイオリン・リュート・ハープなどで演奏している一団が、バグバット専属の楽団である。

 その光景は、小規模なオーケストラのようだった。


「いいね。あの楽団を借りられないかな?」

「バグバット様にお聞きしてみては?」

「そうしよう。おーい! バグバット!」

「フォルト様!」


(あ……。さすがにこの場で呼びつけるのは拙かったか。でも呼んでしまったものは仕方ない。あぁ……。みんなから白い目で見られてしまった)


 フォルトは恥ずかしくなって、ソフィアの後ろに隠れる。

 とても気まずい雰囲気である。楽団の演奏も止まって、会場は静寂に包まれた。とはいえそれも、バグバットによって救われる。


「お呼びとあらば即参上である! 皆様も御用の際は叫ぶのである!」

「「ははははっ!」」


 バグバットが大声を出して、貴族たちから注目を浴びたのだ。

 そして周囲の笑いと共に、晩餐会は再開される。彼の大袈裟おおげさな身振りは、フォルトに向いていた視線を奪うには十分過ぎるほどだった。


(やり過ぎた。済まんなバグバット……)


 さすがにフォルトは、傍若無人が過ぎたかと反省した。今は紳士のバグバットに感謝しながら、この場で縮こまって大人しくする。

 以降は彼が近づいてくるまで、顔を伏せておくのだった。

Copyright©2021-特攻君

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