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異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第八章 晩餐会
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真祖2

 ソフィアの太ももに手を伸ばしたフォルトは、ローブの隙間に手を入れる。不謹慎極まりないが、悪い手は気にしないようだ。

 もちろん意識は、吸血鬼の真祖バグバットに向いている。


「ぁっ」


 フォルトは魔人の力を隠しているのだ。バグバットの口を封じなければ、今後の自堕落生活に支障が出るだろう。

 そして魔人とは、すべての種族の敵対者と言われていた。

 エウィ王国から討伐令など発令されても困る。


「フォルト殿とお呼びしても?」

「いいよ。俺はバグバットと呼ぶ」

「構わないのである。勝てそうもないのである」

「どうだろうな。やってみるか?」


 バグバットからめられないように、フォルトが上だと演出する。ソフィアから演技が下手だと言われていたが、主導権を握られたくない。

 一見した感じは、相手のほうが強そうだ。髪型はオールバックで中肉中背。映画に出てくるような悪者の幹部に見える。

 その手の登場人物は、大抵強敵だった。


「争いは困ると言ったはずであるが?」

「だったな。しかし、よく魔人と分かったものだ」

「称号からの推察であるが、フォルト殿が着用している服であるな」

「え? これ?」


(この吸血鬼のコスプレみたいな服は、バグバットの服なのか? でも、カーミラの元主人が着てた服だよな? もしかして返さないと拙いのか?)


 確かにフォルトの服は、バグバットが着用するとしっくりくる。吸血鬼なので当然だが、この服はカーミラが用意したものだ。

 何か接点でもあったのだろうか、と思う。


「随分と昔であるが、暴食の魔人に食べられたである」

「へ、へぇ」

「復活するまでに時間を費やしたものである」

「食べられても平気なのか」

「その程度で吾輩わがはいは滅びないである」


 カーミラの元主人は、暴食の魔人である。ならばバグバットを食した後に、服を奪い取ったのかもしれない。

 何とも想像したくない過去だった。

 そして、吸血鬼は不老不死だが無敵ではない。

 フォルトのいた世界だと、銀の十字架・太陽・ニンニクが弱点と言われていた。またこちらの世界の場合では、魔法や魔法の武器でなければダメージを与えられないと聞いている。

 戦わないに越したことはないので、まずは穏便に話を進めた。


「なら服を返さないとな」

「そのままで良いのである。吾輩は今の服が気に入っているのである」

「そっ、そうか」


(着慣れているので要らないならもらっておこう。それにしても、カーミラの元主人と因縁があったようだなあ。彼女がいないのは幸いだが……)


 カーミラ自身が、バグバットと面識があるのかは分からない。

 この場で尋ねるとやぶ蛇になるので、彼女のことは黙っておく。


「お聞きしても良いであるか?」

「答えられる内容なら……」

「その前に、ソフィア殿がお疲れのご様子である」

「え?」

「はぁはぁ」


 バグバットに促されたフォルトは、隣に座るソフィアを見る。

 彼女は顔を真っ赤に染めて、荒い息を吐いていた。体に力が入っておらず、肩にもたれかかっている。


「ソ、ソフィアさん?」

「フォルト、様……」

「大丈夫ですか?」

「は、い」


(ヤバい。やってしまったな。顔が高揚している。まったく俺の手は悪い手だな。勝手にイカせるなど、俺の意識とつながっているときにしてくれ!)


 バグバットに遠慮して、フォルトを拒めなかったらしい。

 それを見かねたようだが、時すでに遅く悪い手は湿り気を帯びていた。


「フォルト殿は手癖が悪いようであるな」

「あ、はは……」

「それにしても珍しい魔人であるな」

「そうか?」

「話が通じる魔人である」

「珍しいということは……。他にも?」

「魔王スカーレットとは会話が成り立ったのである」

「なるほど」

「基本的に他種族には興味が無く見下す以前の問題であるな」

「へぇ」

「竜がありを見るのと同じことである。聞く耳など無いである」


 どれほど小さな魔人でも、人間からすればはるか上の存在である。天界の神々と同列と考える者さえいた。

 もしも出会えば、大罪に見合った死を迎えるだけらしい。


(暴食なら食べられ、色欲なら死ぬまで犯され、傲慢なら力で踏み潰される感じか。嫉妬とかも受けた側は即殺されるんだろうなあ)


 通常の魔人は、概ねそのとおりだ。とはいえ、話の通じる魔人も存在した。

 話が通じる竜もいるらしいので、それと同様なのだろう。また会話する場合のほとんどは、好奇心からくるものだそうだ。


「それで俺に聞きたい件とは?」

「なぜソフィア殿と一緒にいるのであるか?」

「答える必要は無いな」

「で、あるか」

「一つだけ言えることは、彼女は俺の庇護下ひごかに置いている」

「ならば危害を加えないであるか?」

「逆に手を出したら殺す!」


 最後は語気を強めた。

 フォルト自身と身内に手を出したら殺す。加えて近しい者も同様である。この信念は、永遠に揺るがないのだ。

 バグバットがソフィアに手を出すなら、面倒でも殺すしかない。


「身を案じているだけである」

「バグバットはソフィアさんが好きなのか?」

「気に入っているだけである」

「ふーん」

「フォルト殿は好いているのであるか?」


 随分とソフィアを気遣っているので、少し意地悪な質問をした。だが同様の返しをされて、フォルトは戸惑ってしまう。

 改めて好きかと問われても困る。

 たとえ好いていても、彼女からは嫌われていると思っていた。今もセクハラをしたばかりで、もはや通報からの逮捕レベルである。

 領主の屋敷を出たら、確実に引っぱたかれるだろう。


「どうだろうな。それよりも内緒にしてくれるのか?」

「アルバハードに手を出さないのであれば約束するのである」

「俺と身内に手を出さないなら構わない」

「それで良いのである」

「アルバハードには何かあるのか?」

「で、あるな。しかし、お伝えすることは無理である」

「ふーん」


 どうやらバグバットは、アルバハードにこだわりがあるようだ。

 フォルトは口約束に嫌な思い出を持つが、この約束は守るつもりだった。当然のように怠惰なので、手を出す気は微塵みじんも無い。

 そして興味があるのは、ソフィアを絶頂させた手法である。双竜山の森に帰還したら、是非とも身内で実践したい。


「フォルト殿は色欲が強いようであるな」

「あ、はは……」

「他には……。傲慢と怠惰もお持ちであるか」

「答える必要が?」

「いえいえ。詮索するのはやめておくのである」

「とにかく、俺はソフィアさんの護衛だ!」

「そういうことにしておくのである」

「では、お暇したいが……」


 来訪の目的は、礼儀としてソフィアがバグバットに挨拶することだった。ならばもう、宿舎に帰っても良いだろう。

 フォルトが言葉を濁すと、彼は口元に笑みを浮かべて察してくれた。


「ソフィア殿の挨拶は受け取ったのである」

「悪いな」


 バグバットは優雅な仕草で立ち上がった。

 続けてソフィアに目を向け、フォルトに対して口を開く。


「まだお疲れのご様子であるな」

「あ、はは……」

「吾輩は退席するのである」

「ほ、本当に悪いな!」

「お帰りの際には、扉の前の執事に伝えるのである」

「そうしよう」

晩餐会ばんさんかいで再会するである!」


 それだけ言うと、バグバットは応接室から出ていった。

 ソフィアが言ったように、とても紳士的な人物である。簡単な口約束を破ったアイナたちに比べると、信用が置けそうな気がした。

 人を信じられなくなったフォルトでさえ、だ。


(晩餐会か。そう言えば、三国会議の最初と最後だっけ? ソフィアさんは両方に参加するとか……。なら護衛の俺も参加ってことか)


 三国会議の初日。本日だが、夜には晩餐会が開かれる。

 フォルトは人間嫌いなのに、人間が集まる場所に出席だ。ソフィアの護衛を決めたときに覚悟していたが、いざ当日となると腰が重くなる。


「ソフィアさんは大丈夫ですか?」

「はい。本当にもぅ……」


 嫌そうな表情になったフォルトは、息が整ってきたソフィアに話しかける。

 そして彼女を見ると、ほほがプクッと膨れていた。

 もちろん、先ほどの行為はやり過ぎだと分かっている。代償として、彼女からたたかれても甘んじて受けようと思っていた。


「フォルト様は……」

「はい?」

「私が欲しいのですか?」

「え?」

「あ、いえ……。忘れてください!」


 フォルトは覚悟をしていたが、ソフィアは怒ってはいないようだ。

 欲しいと言えば欲しい。とはいえ、後一歩が踏み込めない女性だった。原因は分かっており、彼女との出会いから今までの経緯が関係している。

 残念ながら、口で説明するのは難しい。


「どうにかなるものなのか?」

「何か?」

「こ、こっちの話です!」

「………………」

「とりあえず帰りましょうか」

「はい。バグバット様には失礼なことをしました」

「挨拶は受け取ったようですよ」

「なら良いのですが……。それにフォルト様の件も……」


 まさかバグバットに、称号を見破る目があるとは思ってもみなかった。

 もしも知っていれば、フォルトを連れてこなかっただろう。と言いたげな表情を、ソフィアは浮かべている。


「気にしなくていいですよ。バグバットは紳士なのでしょう?」

「え、えぇ……」

「もし約束を破ったら、俺も破ります」


 フォルトが魔人だと知っている人物は、身内とソフィア以外には存在しない。だからこそ世間に広まれば、バグバットが約束を破ったことになる。

 恩には恩で、あだには仇で返すべきだ。


「それよりもソフィアさん」

「はい?」

「気持ち良かったですか?」

「しっ、知りません!」


 こういうところが駄目男なのだろう。

 フォルトの脳裏には、誰かが言ったデリカシーという言葉が思い出された。日本にいた頃なら、確実に干される。

 二人は扉の外で待機していた執事に声をかけて、バグバットの屋敷を後にする。もう立ち寄る場所は無いので、そのまま宿舎に帰還した。


「お食事のときは呼びに参ります」

「それまでは寝ます!」


 ソフィアは頬を赤らめて、部屋の前から立ち去った。アーシャの勘でも恋愛経験は無いと導き出していたので、とても初々しく思える。

 ともあれ部屋に入ったフォルトは、待機していた身内に声をかけた。


「レイナスを連れてきたか」

「えへへ。じゃんけんで勝ったようですよぉ」

「みんなの食事はルリに任せてきましたわ! ちゅ」


 レイナスが聖剣ロゼを床に放り投げて、フォルトの首に巻き付いた。次に顔が近づけて、頬に口付けされた。

 相変わらずの愛情表現でも、おっさんには刺激が強い。

 緩んだ顔に変わるのは仕方がないことだ。


「夕方まで寝るところだが、その前に……」

「はい!」

「御主人様! 私もでーす!」

「もちろんだ」


(俺もソフィアさんでたかぶってしまった。でも昨日はシェラを壊しそうだったし、少し自重しないと駄目だな)


 身内がいない時間は、フォルトのストレスがまる。しかもそのまま色欲を発散すると、大変な事態となる。

 やはり、双竜山の森から出るべきではない。三国会議が終わったら、今後は外出することもないだろう。

 そう思いながら、ベッドに飛び込むのだった。



◇◇◇◇◇



 自身の執務室に戻ったバグバットは、新しく注いだワインを一口飲む。

 アンデッドなので汗は出ないが、今は流れ出した錯覚を抱いていた。


「ふぅ。吾輩としたことが、冷静さに欠けたのであるな」


(まさか魔人が現れるとは……。詳しくは分からないのであるが、嫉妬の魔人スカーレットと同様に話が通じるのである。助かったである)


 バグバットはワイングラスをテーブルに置き、腕を組んで目を閉じた。

 短時間だったが、とても濃い時間を過ごしたのだ。

 今回の三国会議は重要だが、それ以上の案件が発生してしまった。さすがに無視するわけにもいかず、脳裏で様々な情報を思い描いていた。


(吾輩の服・暴食の魔人・ソフィア殿・聖女・異世界人・「帰ってきた者」・護衛・エウィ王国・勇者召喚・聖神イシュリル)


 フォルトについて、まずは簡単にまとめた。

 これが、濃い時間の中身だ。短時間で入手できた情報を使って、アルバハードの脅威にならないかを探る。


「導き出される答えは遠そうであるな」


(吾輩の服と暴食の魔人。もしかすると、シモベのリリスがいるであるか?)


 ふと昔を思い出して、バグバットは苦笑いを浮かべる。

 自分が食われるさまを眺めていた小悪魔を思い出したのだ。しかも、邪悪な笑みを浮かべながら……。


(やれやれである。一度は追い詰めたであるが、主人の居場所に誘われていただけであったとは……。あの小悪魔がいるとなると厄介であるな)


 カーミラと因縁があるバグバットは、頭を振って天井を見上げる。しかしながら今は、フォルトのことを深く掘り下げるのが先だった。

 優先順位を間違えてはいけない。


「次にソフィア殿・聖女・勇者召喚・異世界人の線であるな」


(勇者召喚された異世界人が魔人になった可能性は、無きにしもあらずであるな。暴食の魔人は消滅したはずであるが、シモベのリリスがいるとなると……)


「儀式であるか。ならば称号が理解できるである」


 バグバットは頭脳をフル回転させて答えを探す。

 ソフィアという人物から、異世界人の存在まで導き出した。様々な情報を持っているので可能だったが、どれも憶測の域を出なかった。


「知ったところで意味は無いのであるな」


 それが答えである。

 いくら吸血鬼の真祖であっても、魔人には勝てないのだ。と言っても、バグバットが負ける可能性は低い。

 事実、暴食の魔人に食べられても存在している。


(あのときは食事でなく戦闘なら、吾輩は消滅していたである)


 アンデッドに痛覚は無いが、それでも身震いしてしまう。

 暴食の魔人には、残念ながら話が通じなかった。バグバットは触手に絡めとられて、ただの食料として食われたのだ。

 そのような体験は、もう御免であった。


「話が通じるならば、友好関係の構築は可能であるか?」


(ソフィア殿に手を出さなければ、アルバハードは安全である。約束は守る男だと感じたのである。それに間違いはないのである。過信は禁物であるが……)


 目を開けたバグバットは、空になったグラスにワインを注ぐ。

 とりあえず、今は情報が足りていない。秘密に迫っても意味は無いが、何の対策もしないのは愚の骨頂である。

 友好関係が結べれば御の字か。


「まずは情報収集である。関係の構築が急務であるな」


 バグバットは席から立ち上がる。

 そして、ワイングラスを片手に窓を開けた。風が部屋に入ってくるが、もちろん涼むための行動ではない。

 グラスを持たない手を前に伸ばし、とある魔法を使った。



【パリバーラサモン・ジャイアントバット/眷属けんぞく召喚・大蝙蝠おおこうもり



 一概に召喚魔法と言っても、様々な系統がある。特定の眷属を召喚する魔法は、通常の召喚魔法より使い勝手が良い。

 フォルトの場合だと、ニャンシーやルーチェを直接召喚できる魔法だ。しかしながら使えないので、彼女たちは魔界を走っている。

 バグバットに召喚された大蝙蝠は、窓から飛びだして空高く舞った。


「行くである」


(近づくのは危険である。半径二百メートルは離れるである)


 バグバットは思念を飛ばして、自身の眷属に命令を下す。

 それを受けた大蝙蝠は、軌道を変えて都市の中に消えていった。今夜の晩餐会で再開するが、まずはフォルトの行動を監視させるのだった。

Copyright©2021-特攻君

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