表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界は小悪魔と共に  作者: 特攻君
第八章 晩餐会
108/192

真祖1

 ヴァンパイアとは、吸血鬼と呼ばれる夜の支配者だ。

 アンデッドとして永遠の命を持つものの、その力はピンキリである。すべての吸血鬼は一人の男性を頂点として、その支配下に入っていた。

 その男性こそが、真祖と名高い「始まりのヴァンパイア」である。


「エウィ王国のワインは味わい深いである」

「ふふっ。フェリアスのワインと比べるといかがかしら?」


 薄暗い部屋の中で、二人の男女がソファーに座っている。

 ワイングラスを持つ男性は、自由都市アルバハードの領主バグバット。つまり、始まりのヴァンパイアである。

 そして、彼と向かい合う美しい女性。緑色の長髪を後ろに流して、森の匂いを漂わせていた。特徴的なのは、その髪を抜けて見える長い耳か。

 森の妖精とうたわれるエルフ族であった。


「森の恵みから醸造されるワインは最高である」

「今回はドワーフ王が自ら厳選しましたわ」

「すばらしいのである! 吾輩わがはいはドワーフかも、である」

「お酒へのこだわりはドワーフ族以上だと思いますわ」

「ははははっ! しかしながら、女王は参られないであるか?」

「今回の三国会議では、私が女王様の名代を務めますわ」

「ふむ。であれば……」

「厳しい戦いになりますわね」

「致し方ないですな。吾輩には何もできないのである」

「分かっております」

「ならばよろしいのである。争いは愚の骨頂である!」


 バグバットは真祖として力がありながら、常に中立を保っている。

 ただの博愛主義者なのか、もしくは何か考えがあるのか。真意は誰にも分からないが、どの国にも肩入れすることはない。


「ときにバグバット様」

「何であるかなクローディア殿?」

「魔人の地については?」

「北東の島ルニカがどうかしたであるか?」

「いえ。あれから憤怒の魔人は戻っていませんわ」

「かの地は触れぬがよろしい」

「そう、ですか……」

「魔導国家ゼノリス」

「っ!」


 意味深な会話が続いているが、不老不死の吸血鬼と長寿のエルフ族である。人間には分かり得ない内容か。

 バグバットはワイングラスをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。


「バグバット様?」

「クローディア殿。一つ、面白い話をお聞かせするのである」

「ふふっ。楽しみですわね」

「魔人とは、世界の意思である」

「え?」

「天界の神々は、世界を手に入れただけなのである」

「どういう意味でしょうか?」

「神々とは侵略者である。魔人は世界の原住民なのである!」

「な、何ですって!」


 バグバットの話を聞いて、クローディアは驚愕きょうがくの表情を浮かべた。

 世界は天界の神々が創造したとされている。もしも彼の話が本当ならば、創世神話が覆る内容だった。

 魔人の世界を、天界の神々が奪い取ったのだから……。


(なぜ魔人が大罪の力を有するのか。世界の悪戯であるか? それとも侵略者の神々に対する当てつけであるか。クローディア殿に問うても……)


 クローディアの表情が変わるのを、バグバットは気付いた。

 薄い笑みを浮かべたので、きっと冗談と思ったのだろう。


「ふふっ。ご冗談がお上手ですね。本気にするところでしたわ」

滅相めっそうもないのである。吾輩も世界の意思によって誕生したのである」

「えっ!」

「たまに口にしないと、吾輩は気が狂いそうになるのである」

「それを……。私に話しても?」

「すべてを忘れるので大丈夫である」


 薄暗い部屋の中、バグバットの両目が深紅に染まっていく。

 真祖は人を魅了する邪眼を持つ。しかしながら邪眼とは、様々な効果を発揮する能力である。魅了の邪眼は、そのうちの一つでしかない。

 クローディアの目が虚ろになり、ソファーに背を預けて天井を見上げた。


「クローディア殿?」

「あ……。何の話だったかしら?」

「厳選されたワインの礼を述べたまでであるな」

「そうでしたか。それでは私は用事がありますので……」

「次回は女王の来訪をお待ちしているのである」

「はい。お伝えいたしますわ」


 立ち上がったクローディアは、背を向けて部屋を出ていく。

 バグバットはワイングラス手に取って、ニヤリと口角を上げた。今回の邪眼は、人の記憶を忘却させる能力である。

 そしてワインの味を楽しんだ後、ソファーに座り直す。


「魔人の地ルニカであるか」


(魔人は他の種族に興味が無いのである。同族すらも……。滅びたくなければ、あの島には近寄らぬが吉である)


 バグバットの独り言が響いたとき、部屋の扉がたたかれる。

 入室の許可を出すと、執事が入ってきた。


「旦那様。クローディア様を屋敷の外までお送り致しました」

「わざわざ報告ということは、別の客人であるか?」

「はい。エウィ王国のソフィア様が応接室でお待ちです」

「懐かしいのであるな。二年ぶりの再会である」

「こちらにお呼び致しましょうか?」

「吾輩が行くのである」

「はい」


 バグバットはワイングラスをテーブルの上に置き、執事と共に部屋を出た。

 ソフィアと初めて出会ったのは、勇者の従者だった頃である。また三国からの贈物を、自国の酒に変えるよう提案したのは彼女だ。

 おかげで酒好きになったと思いながら、応接室に向かうのだった。



◇◇◇◇◇



 宿舎を出たフォルトは、昨晩の話を思い出す。

 隣を歩くソフィアは、アルバハードの領主に挨拶に向かうと伝えてきた。護衛をする約束なので、当然のように供をしている。


「今日はそこだけですか?」

「えぇ。ですが面会する数は減らしたつもりですよ」

「気を遣ってもらって悪いね」

「ふふっ。フォルト様の性格は把握しています」


 すでに、フォルトのやる気は半分以下だった。

 元よりやる気は無いのだが、カーミラが頑張っているので少しはマシである。彼女には毎日、違う身内を連れてきてもらう予定になっている。

 現在は双竜山の森に、シェラを運んでいる最中だ。順番は任せているので、誰が来るのかは後のお楽しみだった。


「えっと。シェラから聞いたけど、アルバハードの領主は……」

「吸血鬼です」

「大丈夫ですか?」

「とても紳士な御仁ですよ」

「へぇ。真祖とも聞いたけど?」

「はい。それについては隠していらっしゃいませんね」

「俺の出番がないことを祈るよ」


(実際に戦うとなれば面倒臭そうだ。カーミラでも勝てないなら、俺はどう戦えばいいのやら……。魔法が効けばいいなあ)


 戦闘訓練をやっていないフォルトだが、オーガを倒したことはある。

 また自身の能力を把握するために、様々な実験を行っていた。とはいえ、相手の強さを測ることはできない。しかも、学生のときに所属した部活は文化部だった。殴り合いの喧嘩けんかもしたことはない。

 それに伴って、戦術も魔法を主軸にしている。


「ところでソフィアさん」

「何でしょうか?」

「歩き疲れたので飛んでいきません?」

「嫌です」

「え?」

「そっ、その……。フォルト様は破廉恥です!」


(どうやらソフィアさんに嫌われたようだ。まぁセクハラ全開だったしな。でもそれは、勝手に動く悪い手のせいだ!)


 フォルトが両手をワキワキと握り締めると、ソフィアがプイっとソッポを向いてしまった。現在の姿はおっさんなので、傍から見ると変態に見られそうだ。

 そして溜息ためいきを吐きながら歩いていると、目的の場所に到着した。


「はぁ……」

「着きましたよ」


 それでもソフィアは、あまり人間がいない道を通ってくれた。

 以降は領主の屋敷に入るので、フォルトは空気になる。

 相手を意識せずに、目を合わせないのがコツだ。視線を向けるのではなく、視界に入れる感じにすれば相手に気取られない。


「俺はどうすれば?」

「一緒にいてもらえれば助かります」

「そうですか」


 二人は屋敷の執事に、応接室に通された。

 この場で領主を待つことになる。一応は護衛なので、ソフィアが座ったソファーの後ろに立っておく。後は空気になることだった。

 幸いにして、それは成功している。

 茶を持ってきたメイドらしき女性は、フォルトの存在に気付いていない。出されたカップが、ソフィアの分だけだった。


(ふふん。マリには悪いが、これは俺の特技になるな。まぁ他人の役に立たない特技だけどな。つまり、特技は無しのままか……)


 このような特技は、マリアンデールのつまみ食いと大差がない。となると、特技が無いコンビは継続である。

 そんなことを考えていると、応接室の扉が叩かれた。

 室内に入ってきた人物は、男性が二人だった。先ほど案内してもらった執事と日本を感じさせるスーツの男だ。


(ブラウンのスーツだと? まさか異世界人……。なわけないか。数百年前にどこかの国を滅ぼしたとか? というか似合ってるな!)


 顔はアンデッドらしく青白いが、髪をオールバックに決めたナイスミドル。

 それが、アルバハードの領主バグバットである。


「お待たせ致しました。旦那様がお見えです」

「はい」


 ソフィアは立ち上がり、恭しく礼をする。

 そしてフォルトは、明後日の方向を眺めながら微動だにしない。空気なのだから、相手に気取られては駄目なのだ。


「久しぶりであるな。吾輩、お会いするのを心待ちにしていたである」

「バグバット様もご壮健のようで……」

「ははははっ! 酒のおかげで毎日が充実しているのである!」

「ふふっ。祖父のグリムが届けたお酒はいかがでしたか?」

「帝国よりは、と……」

「相変わらず手厳しいですね」

「前回よりは味わい深かったである」


 酒が好きとは聞いていたが、最初から酒の話である。

 フォルトも酒は好きだった。またタバコも吸っており、仕事を辞めたときに一度倒れたことがある。

 そのときに片方をやめる決断をして、酒を止めたのだ。禁煙は無理だったが、異世界に召喚されてからは吸っていない。

 ちなみに医者からは、「両方やめろ」と言われていた。


(そう言えばタバコを吸っていないな。こっちの世界にあるのか? 久々に酒も飲みたいなあ。料理にも使えるし、カーミラに言って奪ってきてもらおう)


 魔人は病気と無縁である。

 酒を飲もうがタバコを吸おうが、今のフォルトなら問題無い。


「ときにソフィア殿?」

「はい」

「後ろの男は何者であるかな?」

「私の護衛ですが……」

「護衛であるか。そうは思えないのである」

「え?」


(クソ! 空気になり損ねたか? まだまだ修行が必要だな)


 フォルトは空気になりきっていたので、バグバットに見破られて落胆した。

 実のところ、先ほどのメイドらしき女性も気付いている。ソフィアの護衛だと思っていたので、茶を出さなかっただけだ。

 それは知る由も無いが……。


「護衛のフォルトであります!」


 ついフォルトは、自衛隊のような敬礼をしてしまう。

 産まれてこのかた日本人なので、体に染みついた癖は治らないものだ。


「「帰ってきた者」「大罪をまといし者」「神々の敵対者」であるか?」

「なっ!」

「ソフィア殿に「聖女」が無いとは……」

「えっ!」


 バグバットの言葉に、フォルトとソフィアは絶句する。なぜか分からないが、それぞれの称号を言い当てたのだ。

 思わず危険を感じて、片手を前に突き出した。


「おっと。争いは困るである」

「………………」

「失礼。まさか魔人がソフィア殿の近くにいるとは思わず……」

「ちっ。スキルか?」

「そんなところである。戦うつもりはないである」


(吸血鬼の真祖、か。警戒しておくべきだったな。でも、称号を見破るスキルがあったのか? 戦うつもりがないと言うが……)


 緊張感が一気に高くなってしまったが、バグバットは両手を上げた。

 こちらの世界での意味は分からないが、本来は降参の意味合いが強い。戦うつもりがないのは本当かもしれない。


「よろしければ、ソファーに座るのである」

「ふむ。いいだろう」


 最近は傲慢にも拍車がかかっている。フォルトは偉そうに振る舞うことが多くなっていたが、それについては気にしていない。

 とりあえずはバグバットから言われたとおり、ソフィアの隣に座る。

 彼女は戦闘を回避できたと思ったのか、ホッと息を吐いていた。


「ふぅ」

「驚かせてしまったようであるな」

「まったくです。バグバット様は唐突過ぎます」

「しかし「聖女」の称号が無く、アルバハードに訪れたのは……」

「お察しのとおりです。まだ次の聖女は任命されていません」

「それは言ってしまってもいいのか?」


 ソフィアが言った内容は、エウィ王国の重要機密事項だろう。

 それでもフォルトに顔を向けて、笑顔で「大丈夫です」と伝えてきた。


「すでにバグバット様はお見通しです」

「まぁ俺はどちらでも構わないですけどね」

「思慮深い御方ですから……」

「ソフィア殿には敵わないである」


(それよりも、だ。魔人って大したことがないとか? うーん)


 憤怒の魔人グリードは、魔導国家ゼノリスを滅ぼした。しかも十年前の勇魔戦争を勃発させた魔王は、嫉妬の魔人スカーレットである。

 フォルトも魔人になったことで、この力は脅威だろうと思っていた。にもかかわらず吸血鬼の真祖は、魔人の存在を恐れていないようだ。


「見破れるのは称号だけか?」

「レベルやスキルなどは見破れないのである」

「ふーん。内緒にしてもらえれば助かるけど?」

「さて。どうするべきであるか」


 バグバットの対応に、フォルトは警戒感を強める。カーミラ以上の強者なので、口を封じるには骨が折れそうだ。

 そんなことを考えながら、ソフィアの太ももに手を伸ばすのだった。

Copyright©2021-特攻君

感想・評価・ブックマークを付けてくださっている読者様、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ