自由都市アルバハード2
双竜山の森にある湖の周囲では、リリエラが基礎訓練を行っていた。体力を付けるべく、レイナスやアーシャと一緒に汗を流している。
初回のクエストを終わらせたが、次回まで間が空くからだ。ソフィアの護衛を引き受けたフォルトが、森を離れる。
留守中は、能力の向上に努めると言っていた。
「さてと! 行くとしますかね」
「えっと……」
その光景を眺めているフォルトは、隣にいるソフィアに声をかける。彼女はビキニビスチェを装備しているが、現在は全身を隠すローブで隠していた。
ともあれ三国会議が開催される自由都市アルバハードでは、先に到着しているグリム家の宿舎を使うことになっている。
開催日まで時間はあるが、水面下では活発に協議が行われているらしい。忙しいようなので、到着しても会えるかは分からない。
そして、カーミラには指示を出す。
「カーミラはアレをよろしくね」
「はあい!」
「アレとは?」
ソフィアはモジモジとしながら、上目遣いでフォルトを見てくる。
徒歩や馬車だと、今から出発しても間に合わないのだ。となると、アルバハードに向かう手段は一つしかない。
それを行うために、両手を広げて彼女に近づいた。
「内緒です。ではどうぞ」
「本当に平気なのですか?」
「大丈夫ですよ。ほら。俺の首に掴まってください」
俯いたソフィアは両手を伸ばして、フォルトの首に絡ませてくる。
それを確認した後は、彼女を抱え上げてお姫様抱っこした。
「きゃ!」
「絶対に手を離さないでくださいね」
「わ、分かりました」
「御主人様! いってらっしゃーい!」
(いい匂いだなあ。それに柔らかい。しかも恥ずかしいのか体が熱い。顔を見てこないようにしているあたり、頬が真っ赤なのだろう)
そんなことを考えたフォルトは、スキル『変化』を使って翼を出す。
目的地のアルバハードまでは、空を飛んでいくつもりなのだ。とはいえ全力で飛行すると加速が凄く気絶してしまうので、ソフィアを魔力で包んであげる。
「どっこいしょっと!」
「きゃああああっ!」
フォルトは東に向かって、ぐんぐんと上昇した。
まるで弾道ミサイルのような速さである。
それでも魔力の膜で覆われているので、風圧などは感じない。以降は地表から五十キロメートルぐらい上昇したところで止まった。
「ソフィアさん?」
「はっ、はい!」
「下を見るといいですよ」
「え?」
「世界は広いですね」
「きゃああああっ!」
(まぁそうだろうな。地面なんて遥か彼方だ。でも広い大陸だなあ。もっと先に陸がありそうだけど……。よく見えないや)
こちらの世界が、地球のように丸い惑星なのかどうかは分からない。もっと上昇すれば、宇宙に出られるかもしれない。
もちろん、フォルトは試そうと思わなかった。
空から眺めた感じでは、この大陸は広大過ぎる。大陸は海に囲まれており、視線の先には他の大陸らしき影が見えた。
世界は広かった、ということだ。
「ソフィアさん?」
「はぁはぁ」
叫び疲れたソフィアは、顔をフォルトに向けてきた。
この高度から落ちれば確実に死亡するので、彼女は怯えてしまったか。だが手を放さなければ落ちることはなく、仮に落ちても拾い上げられる。
それを伝えると、彼女は安心して息を整えていた。
「魔力で覆っているので大丈夫ですよ」
「そうですか?」
「これから目的地のアルバハードまで一気に落ちます」
「えぇ……」
「怖いですか?」
「そっ、それはもう!」
確かに最初の飛行は、フォルトも怖かった。
あのときはカーミラも一緒にいたので、多少の安心感はあった。ならばとソフィアを落ち着かせるために、とある手段を選択する。
「フォルト様! どこを触って!」
「ははっ。柔らかい胸ですね」
「やっ、やめてください!」
「俺の手に意識を向けていれば気になりませんよ」
「ですが!」
「行きますよ!」
「きゃああああっ!」
日本であれば、完全にアウトである。
ソフィアの抗議を最後まで聞かず、フォルトは一気に降下する。アルバハードの位置は聞いているので、角度を付けて落ちるだけだった。
上昇するよりも下降するほうがスピードは出る。魔力での推進力も加えて、かなりの加速度になっていた。
「どうですか?」
「あ……。大丈夫なようです」
「それは良かった」
「ありがとうございます。では手を……」
「あぁ失礼。平気ならやめときますね」
「あ、いえ。えっと……」
(もっと触っていたかったけどな。落ち着かせるという大義名分が失われたし、もうやめておこう。これ以上触っていると言い訳が……)
誰が聞いても大義名分ではなく、ただのセクハラ行為だが気にしない。ついでに速度を上げて、ソフィアにも気にさせない。
そして暫く降下していくと、アルバハードらしき町が見えてきた。
初めての来訪だが、彼女に聞いたとおりの位置なら場所は合っている。しかしながら、このまま到着すると拙い。
そこでフォルトは、魔法を使う。
【マス・インジビリティ/集団・透明化】
集団化した透明化の魔法で、二人を周囲から見えなくした。
以降は人のいない場所に下りて、宿舎に向かうだけである。だが互いに見えないので、ソフィアはキョロキョロと首を振っていた。
いや。互いに見えないは間違いだ。
フォルトは、透明化を見破る目を持っている。
彼女の奇麗な顔を眺めがら、スキルと魔法を解除した。
「下ろしますね!」
「あ、ありがとうございます」
「立てますか?」
「はい!」
「ここからは案内してくださいね」
「分かりました」
(用意してもらっている宿舎とか場所が分からん。とりあえず、ソフィアさんについて行けばいいだろう。だがしかし!)
小太りのおっさんに戻ったフォルトは、周囲をキョロキョロと見渡す。続けて真面目な顔になり、ソフィアにあることを頼んだ。
アルバハードに訪れたのは良いが、ここから先が問題なのだ。
「悪いけど人のいない場所を通ってくださいね」
「え?」
「俺は人混みに酔うと思います」
「そっ、そうでしたね!」
人間嫌いで引き籠っていたフォルトでも、人とすれ違うぐらいは可能。問題は人混みと無縁の生活が長かったので、目を回してしまいそうなのだ。
現在は三国会議が開催されるからか、人通りが多い。だからこそ路地裏などを通って、グリムの宿舎まで向かいたい。
「人間が……。多いですね」
「この時期はかなり集まりますよ?」
「手を離さないでくださいね」
「ふふっ。子供みたいですね」
「迷ったら掃除しそうなので!」
「っ!」
(人混みにキレて、周囲を吹き飛ばしてしまいそうだ。やってもいいんだけど、俺は約束を守る男なのだ! それに、ソフィアさんの手が柔らかい)
女性の手など毎日のように握っているが、フォルトは飽きることがない。
自身は「女好き」と改めて認識したところで、ソフィアの手を強く握った。
「で、では行きましょう」
「今日は宿舎から出ないですよね?」
「御爺様がいれば挨拶するぐらいはお願いしますね」
「もちろんです。まぁそれだけなら、部屋でゆっくりとするかな」
「ふふっ。外に出るときは声をかけますね」
フォルトは数日もしないで、ホームシックになりそうだった。アルバハードに到着したばかりだが、双竜山の森に帰りたくなっている。
引き籠りのリハビリが必要かもしれない。
「はぁ……。帰りたい」
「まだ来たばかりですよ?」
「そうですけどね。テラスが懐かしい」
「懐かしいって……。まだ何時間も経っていません!」
「ははっ。俺は駄目男なのです」
フォルトの希望どおりに人通りの少ない道を歩いていくと、二十分ほどでグリムの宿舎に到着した。やはり遠回りになってしまったようだ。
それにしても、さすがは国王の側近である。特別な屋敷が与えられており、立派な屋敷を宿舎としていた。
双竜山の森の屋敷とは大違いである。
「グリムの爺さんって、やっぱり偉いのですね」
「普段はそうでもないのですが……」
「分かります。好々爺ですしね」
「ふふっ。そうですね」
宿舎の前や周囲にも、多くの警備兵が立っている。
これだけでも、グリムがエウィ王国の重要人物と分かった。
そしてソフィアは、元聖女として顔が知られている。彼女を確認した警備兵は頭を下げて、玄関の扉を開けてくれた。
二人は中に入り、割り当てられた部屋に向かう。
「俺は適当に寛いでいますね」
「はい。暫くはお休みください」
やっと一息付けると思ったフォルトは、ソフィアと別れて部屋に入る。
中を見渡すと、大好きなベッドが視界に入った。ならばとそれ以外には目をくれずに、ベッドに向かって飛び込んだ。
そして仰向けになり、満面の笑みで天井を見上げる。
場所が変わっても、個室で怠惰に過ごすのは大好きなのだ。
「カーミラがいないけど、とりあえず一寝入り。ふぁぁぁ」
フォルトは欠伸をしながら、ゆっくりと目を閉じる。
フカフカのベッドで、とても寝心地が良い。自宅のベッドとは雲泥の差だ。ブラウニーが製作した粗悪品だからか、ギシギシと音を立てて気が散るときがある。
ともあれソフィアの胸の柔らかさを思い出しながら、寝息を立てるのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトが暫く寝ていると、両腕に違和感を感じた。
どうやら眠りが浅くなり、目覚める寸前のようだ。しかしながら、まだ目を開けることはない。左右の手を動かして、その違和感の正体を触る。
そして、目を閉じたまま呟いた。
「カーミラ、シェラ。おはよう」
触った感触だけで、フォルトは対象を当てる。
身内にはそれぞれ特徴があり、目を閉じていても分かるのだ。十分に堪能した後に目を開けると、それは正解だった。
「えへへ。連れてきましたよぉ」
「うん。シェラもお疲れ」
「さすがに空は怖かったですわ」
カーミラに出した指令は、身内の誰かを連れてくることだった。
彼女も空を飛べるのだ。フォルトと同様に抱えてくれば、一人を連れてくるなど造作もない。しかもレベル百五十の悪魔なので、飛行速度も速い。
(カーミラには悪いが、毎日森に戻って様子を見てもらう。何かあれば、俺もすぐに戻るからな。まぁそれは建前だけど……)
「今は何時ぐらいだ?」
「そろそろ夜になりますよぉ」
「なら飯の時間かな」
「だと思いますわ」
「では、ソフィアさんから呼び出しがあるまで……」
当然のようにベッドからは出ず、三人で横になっている。
スキンシップは大切なのだ。マリアンデール風に言うと、カーミラとシェラ成分の補充である。
そしてモゾモゾと動きだしたところで、部屋の扉がノックされる。
仕方なく手を止めて扉を眺めていると、ソフィアが中に入ってきた。
「フォルト様。お食事の用意が……。え?」
「飯かあ。腹が空いたところです」
「シェ、シェラさん? それにカーミラさんも……」
「ソフィアさん。お邪魔しておりますわ」
「やっほ!」
「何でここにいるのですか!」
(ソフィアさんの叫びは分かる。護衛は俺だけの予定だったしな。だがしかし! それは無理というものだ。俺には彼女たちが必要なのだ!)
身内がいるからこそ、フォルトは精神的な安らぎを得ている。もちろん色欲の大罪を持っているので、肉体的な温もりも必要だ。
いくら双竜山の森から出ようとも、常に彼女たちを感じたい。
「連れてくるなら先に言ってください!」
「俺だけと聞いたので……」
「そのつもりでしたけど……。もうっ!」
「ははっ。でも人数分の食事は無いですよね?」
「少し時間を頂ければ作ってもらいますよ」
「お願いします。では小一時間後に!」
ソフィアはブスッと頬を膨らませながら、部屋を出ていった。カーミラやシェラを追い返すわけにもいかないのだろう。
フォルトは「悪いことをしたな」と思ったが、反省はしていない。
「よし! 飯ができるまで寝るか!」
「はあい!」
「で、では失礼しますわ」
三人で寝ると言っても、文字通りに寝るわけではない。小一時間も時間があるのだから、肉体的な温もりを求める。
上体を起こしたフォルトは、二人の身内を抱き締めるのだった。
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