自由都市アルバハード1
リリエラを送り出して七日目。
フォルトの屋敷では三国会議に向けて、三人の男女が談話室に集まっていた。
一人はもちろん、この屋敷の主人である。もう一人の参加者カーミラを隣に置き、いつものように悪い手を動かしていた。
そして対面には、元聖女ソフィアが頬を赤らめながら立っていた。
「いいね。いいよ」
フォルトの目前には、ソフィアのアバターが展開していた。
まず首から流れるベルトで、胸を隠す布を固定している。また腰から流れる布も、股間を隠す。腕には籠手を装備して、足はロングブーツを履いている。
全体的に青でまとめている衣装だが、それ以外の肌はすべて露出していた。背中は丸見えで、股間を隠す布は垂れ下がってるだけだ。
これでは、簡単にめくれてしまうだろう。完全にビキニアーマーである。
「フォ、フォルト様……」
「うーん」
「はっ、恥ずかしいです!」
「知っています」
(恥ずかしいと言っても着てしまうあたり、実は好きなんじゃないのか? と思ってしまうな。このデザインを選んだのはソフィアさんだしなあ)
ビキニアーマーと言っても、素材が布なのでビスチェに近い。
ビキニビスチェと呼称すれば良いだろうか。いや、良しとしよう。実に危ない系である。とはいえこのままでは、双竜山の森から外に出せない。
下手をするとソフィアが、痴女と間違われてしまうだろう。
そこで、マントと腰巻のようなスカートを渡す。
「これを着てください」
「はい?」
ソフィアに渡したマントは、首から通すと肩口から背中が隠せる。またパレオ型の腰巻は、可愛らしい二つの桃を隠した。
それでも、お尻と太ももの裏だけだ。表は変わらず露出が凄い。
「完璧ですね」
「え?」
「いえ。よく似合いますよ」
「あ、ありがとうございます」
(ソフィアさんの顔が真っ赤だなあ。これで護衛の件の仕返しができた。でも、森を出て護衛かぁ。憂鬱だが、そう言えば……)
エルフ族が見られるということで、フォルトは嫌々ながらも、三国会議での護衛をやることに決めた。
腰は重いが、こればかりはいつもどおりである。
そして泊りがけになるので、今のうちに日程を聞いておく。
「三国会議はどんな感じですかね?」
「日程ですか?」
「うん」
「初日に晩餐会が開かれます」
「へぇ」
「翌日からは分野別の会議が行われて、最終日に首脳会談ですね」
「なるほど」
三国会議とは、大陸の三大大国が開催する国際会議なのだ。
まずは貿易・農業・地域情勢・経済・軍事・人的交流など重要課題を話し合う。最終日には三国の首脳から、大陸中に向けて共同宣言が発表される。
ソフィア自身が参加するものは、初日と最終日の晩餐会だ。またそれとは別に、個別の面会が予定されている。
「色々と大変ですね」
「ですが、時間は余ると思います」
「俺はソフィアさんと一緒にいるだけでいいと?」
「はい。面倒でしょうけどお願いしますね」
「本当に面倒……」
「ふふっ。三国会議の間はお祭りが行われていますよ」
「へぇ。祭りは別にいいや」
(人間嫌いな俺に、人間だらけの祭りなど拷問に近い。人間に酔ってしまうよ。意地でも行かん。あっちの宿舎に引き籠るのだ!)
祭りなど人があふれる場所には、自宅に引き籠る前ですら行かなかった。
せいぜい学生時代に、当時の友達と出店を回ったぐらいか。そもそもフォルトはインドア派なので、恋人がいたときですら建物の中だ。
「そうそう。護衛は何人まで連れていけますか?」
「私は要人ではありませんので、フォルト様だけで良いですよ?」
ソフィアの役割は、聖女という飾りである。
現在は剥奪されており、三国会議では肩書だけの存在だ。人と会うことも少ないので、重々しく護衛を付ける必要が無い。
従者らしき護衛が、一人いれば十分との話だった。
「その従者らしき護衛が俺ってことですね?」
「はい」
「ふーん」
(カーミラは『透明化』のスキルがあるから連れていくとして……。俺は魔人の力で空を飛べば、すぐ会場に到着できる。なら……)
フォルトは閃いたかのように、目を細めてニヤリと笑う。
いま考えている内容は、カーミラがいれば可能である。ならば、彼女には頑張ってもらうつもりだった。
「カーミラには、俺が何をしてほしいか分かる?」
「大丈夫ですよぉ」
「さすがはカーミラだ!」
ツーと言えばカーの間柄なので、カーミラも察したようだ。
三国会議は、数日後に開催される。すでに各国の要人や官僚たちは、続々と現地入りを始めていた。
そろそろフォルトたちも、出発の準備を始めないと拙い。
「何か持っていくものはありますか?」
「フォルト様なら……。枕とか?」
「ソフィアさんの膝枕でいいです」
「っ!」
「冗談ですよ。それに……」
フォルトは考える。
何かが必要なら奪えば良いのだ、と。今でもやっていることなので、現地調達で十分だろう。もちろん奪うのは、カーミラの仕事だ。
またソフィアは、宮廷魔術師グリムの孫娘である。宿舎は同じ場所を使うので、最低限の必需品は揃っているはずだ。
「フォルトさん!」
ソフィアと最後の詰めをしていると、アーシャが談話室に入ってきた。
いつものように腕に抱き着いて、二つの柔らかいものを押し付けてくる。
「でへ。どうした?」
「リリエラちゃんが帰ってきたよ」
「そうか」
本日はリリエラに出したクエストの期限日である。彼女が自由に使える時間は三日だが、フルに活用してきたようだ。
なかなか見所がある。
そしてフォルトは結果を聞くために、テラスに向かうのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトがテラスに出ると、リトの町から戻ったリリエラが待っていた。やつれてもいないし、怪我をしてるようにも見えない。
どうやら、ニャンシーの出番は無かったようだ。
いつもの席に着いた後は、隣に座らせたカーミラを触る。後ろからはアーシャが首に巻き付いて、ソフィアは同じテーブルの席に座った。
「マスター、いま帰ったっす!」
「おかえり」
「カードを作ってきたっす」
「見せてみろ」
「はいっす!」
(ミリアじゃなかったか。まぁ神殿や教会が作るものだから、神様が関係しているのだろうな。スキルは……。『俊足』だけか。変わっていないな)
受け取ったカードを見ると、名前の欄にリリエラと書かれていた。
このカードもよく分からないが、深く考えても意味が無いだろう。魔法と同様に、そういったものだと割り切っておけば良いのだ。
実在する神の思考や能力などは、おっさんに理解できないのだから……。
「称号は……。うん?」
「御主人様。どうかしましたかぁ?」
「いや。「チェイサー」って何だ?」
「そのまま読むと追跡者ですねぇ」
「リリエラは何かを追いかけたのか?」
「何も追いかけてないっす」
カードの称号欄には、「チェイサー」と表示されていた。
言語系は省くが、スキル欄には『俊足』だけである。レベルは七で、レイナスの見立てに間違いは無かった。
この内容なら、今後は足を活かしたクエストが最適だろう。
「ではリリエラ。お楽しみの報告だ」
「はいっす!」
リリエラの報告は長々と話さず要点を抑えていて、とても分かりやすい。
腕を組んだフォルトは、ウンウンと頷きながら聞いた。
一.リトの町までは、予定通り二日で向かう。エンカウントは無し。
二.おじさんに教会の場所を聞くが、身の危険を感じて逃げ出す。
三.おばさんに教会の場所を聞く。
四.教会で目的のカードを作成し、炊き出しを食べて一泊する。
「無難に終わらせたようだな」
「はいっす!」
「それからはどうした?」
五.教会を拠点に、郵便配達の仕事を三日間続ける。(給金の一割寄付)。
六.五日目の夕方に、食料と水を用意する。
七.六日目の朝にリトの町を出発して帰還する。クエスト達成。
リリエラは余った時間を活用して、手持ちの金銭を増やしていた。郵便配達では大した給金にならないが、カード代以上は稼いでいる。
チュートリアルの延長で考えたクエストなので、そんなものだろう。
今後に期待、だ。
(ほほう。郵便配達なら、リリエラの『俊足』を活かせるな。ついでに街並みを把握できて一石二鳥か。まぁ身の上を考えると、よくクリアできたなと……)
リリエラは、元カルメリー王国の王女でデルヴィ伯爵夫人だった女性。
このようなお使いクエストなど、今までの生活で考えたことも無いはずだ。フォルトからすると、今回は失敗すると思っていた。
それが蓋を開けてみれば、無難に切り抜けている。
「リリエラよ。合格だ!」
「やったっす!」
「これでチュートリアルは終わりだ。ニャンシー!」
「にゃ」
リリエラの影から、すまし顔のニャンシーが現れる。
今回の報告では、二番で選択を間違えたらゲームオーバーか。
おじさんについて行けば、どこかに監禁されて犯されただろう。以降は飽きたところで捨てられるか、下手をすると殺害まで視野に入った。
もちろん最悪の場合であって、フォルトの考えすぎかもしれない。とはいえ人間を見限っているので、人の好意には裏があると思っていた。
選択を間違っていれば、眷属の出番があったかもしれない。
「ご苦労だったな」
「何もしておらぬがのう」
「最初からニャンシーの世話になるようじゃ、今後が大変だしな」
「次からはついて行かなくても良いかの?」
「うーん。もう暫く頼む」
「分かったのじゃ!」
とりあえず今回は、リリエラの優秀な部分が見られた。
そこでフォルトは、ニャンシーの手助けを続ける。つまらない選択ミスで、彼女を失うのが勿体無くなったのだ。
こういった思考は、レイナスを手に入れたときも同様だった。自分の所有物は、なかなか捨てられないものだ。
七つの大罪の一つ、強欲が顔を出している。
「それとリリエラ」
「はいっす!」
「クエストが無いときは、森で自由にしていいぞ」
「それって……」
「分かるか?」
「皆様に師事して、色々と教わるっす!」
「ははっ。ただし、森の外には出るなよ?」
「わ、分かったっす!」
(これから難しいクエストもあるだろう。それに耐えられるよう、空いた時間は能力の向上に努めてもらう。某ゲームでも同じだったしな)
フォルトは懐に手を入れて、ご褒美をリリエラに渡した。ゲームではクエストを達成したら、アイテムか金銭が報酬として入手できる。
そこで彼女のために、筆記用具と数枚の羊皮紙を用意しておいた。
「助かるっす!」
「うむ。まぁメモ帳代わりに使え。報告をしやすいようにな」
「大切に使うっす!」
最初から価値のあるものは渡せない。
また今回は簡潔にまとめていたが、次回以降は複雑なクエストも考えられる。リリエラにはゲームは続けてもらうので、上手に活用してもらいたい。
ちなみにこちらの世界の筆記用具は、羽ペンとインクである。
「では休んでいいぞ」
「はいっす!」
筆記用具を袋に入れたリリエラは、最初に飲料水を用意した川に向かった。
おそらくは、洗濯でもするのだろう。彼女の服は身内と違って、魔法付与をしていない。だからこそ洗わないと、清潔感を保てないのだ。
彼女だけ生活感が満載でも、ゲームを進めるまでは我慢してもらうしかない。
ともあれ、今まで黙っていたソフィアが口を開く。
「ミリ……。いえ。リリエラさんは頑張っていますね」
「そうですね。俺とは雲泥の差です」
「あ……。すみません」
「俺は苦労せず魔人になっちゃいましたけどね!」
自虐に入ったフォルトは、リリエラと自分を重ねてしまった。
彼女のほうがどん底なので、それを考えると恥ずかしくなる。しかもゲームと称して遊ぶために、現在の状況を待ち望んでいた。
それが無ければ、今頃は死んでいただろうが……。
(運が良いのか悪いのか。死んだほうが楽だったかもしれないな。まぁ俺は死ねずに魔人になった。リリエラは死ねずに何になることやら……)
「ちょっとフォルトさん!」
「何だアーシャ?」
「リリエラちゃんにも服を作るの?」
「いや。まだいいかな」
「へぇ。珍しいね!」
「クエストの達成報酬として、いずれは用意するか」
「あはっ! どんなのがいいか教えてね?」
双竜山の森の中だけなら、魔法付与した服を支給しても良いかもしれない。
たとえ玩具でも、周囲を汚らしい格好でうろつかれたくはない。となると、まずはボロい服を大量に用意するのが先だろうか。
そう考えたフォルトは、リリエラのアバターについて悩み始めるのだった。
Copyright©2021-特攻君
感想・評価・ブックマークを付けてくださっている読者様、本当にありがとうございます。