生まれ変わった先3
フォルトはカーミラと一緒に、テラスの専用椅子で寛いでいる。
対面ではアーシャが、テーブルに肘をついて寝ている。ニャンシーは足をぶらぶらさせながら椅子に座っていた。
そして少し離れた場所では、二人の女性が木の棒を武器に模擬戦を行っている。一人はレイナスで、対戦相手はリリエラだ。
その光景を、オヤツのポテトチップスを食べながら眺める。
「チュートリアルは面白かったな」
「えへへ。手に入れて正解でしたねぇ」
「うむ。飽きるまでは楽しませてもらおう」
チュートリアルとしてフォルトが出したクエストは、色々とあったがリリエラは達成した。結果として、レイナスと一緒に死体を運んで捨てている。
ちなみに彼女からは、ニャンシーを呼びにいくサブクエストが発生した。
その際、釣りクエストが発生している。後は戻るように達成報告して、メインのクエストを完了させていた。
(サブクエストの連続で笑ってしまったな。おかげで魚を釣る練習ができたというわけだ。まぁ王女が釣りなんて想像もしていなかっただろ)
フォルトは報告を聞いただけで笑ってしまった。ならば、このゲームは面白く自身にとっての娯楽となり得る。
レイナスのような戦闘キャラクターの育成とは、また違った楽しみが増えた。
そんなことを考えていると、彼女から声がかかる。
「フォルト様。お話になりませんわ」
レイナスの眼下では、リリエラがうつぶせで倒れている。とはいえ死んでいるわけではなく、目を回しているだけだった。
見れば分かるのだが、フォルトは頭をかいた。
「きゅぅっす」
「レベルは六、もしくは七くらいだと思いますわ」
エウィ王国民の平均レベルは七だ。
つまり、リリエラは平均である。戦闘能力は皆無に等しいが、こちらの世界に召喚されたときのフォルトと比べれば強い。
これには思わず、うな垂れてしまう。
(そっか。俺はリリエラより弱かったのか。十年以上も引き籠ると、足腰とかお爺ちゃん並みになるからなあ。はぁ……)
フォルトは六畳一間の部屋を思い出して、気分がどんよりしてしまう。
引き籠りの行動範囲は広くないので、とにかく運動不足だった。起き上がるにも腰が痛く、部屋から出て歩きだすと足首が痛い。
杖が欲しいなと考えた時期もあった。
「戦闘能力は無し、と。ニャンシー?」
「何じゃ?」
「頭は?」
「悪くはないのう。魔法は使えぬが、読み書き計算はできるのじゃ」
「なるほど」
現在のフォルトは、リリエラの能力を確認していた。
彼女は荷物を持っておらず、必然的に身分証となるカードも無い。レベルもそうだが、称号やスキルを確認できないのだ。
大雑把でも、彼女の能力を知っておくのは必須だった。さすがに達成が不可能なクエストを出すつもりはない。
(大陸共通の『エウィ語』は使えるようだが……)
こちらの世界の言語は、エウィ語が共通言語である。エウィ王国が三百年前から存在し、人間の国と呼べる国では最古だからだ。
それ以前の国は滅びており、言語としては古代語になる。
人間以外の国も同様で、言語体系の祖が同じという説があった。または天界の神々が、共通言語として与えたとも言われている。
そういった話であれば、いくら考えても意味が無いだろう。フォルトとしては言葉の壁が無いことを、有難がるぐらいで済ませていた。
「リリエラ」
「きゅぅっす」
「起きろ」
「はっ、はいっす!」
軽く打ち合った程度なので、リリエラは怪我を負っていない。
呪術系魔法で傷を移したとしても、体力が戻ったわけでもない。慣れない武器を振り回して疲れきったのだろう。
彼女が立ち上がったところで、フォルトは疑問を口にした。
「リリエラはスキルを持っているのか?」
「『俊足』があるっす!」
「読んで字のごとく、足が速いってことか?」
「そうっす!」
「フォルト様。今のリリエラだと大した速さではないですわ」
レイナスが補足する。
リリエラのスキルについては、彼女が確認していた。現在の身体能力に依存するスキルなので、一般人に毛が生えた程度の速さらしい。
過度な期待はしないほうが良いとの話だ。
(まぁ何となく把握した。力は弱い。頭は普通。すばやさも普通って感じかな? 双竜山の森から出したら、すぐにゲームオーバーになりそうだなあ)
リリエラを身内と同様に考えると、すぐに死んでしまうだろう。
マリアンデールやルリシオンのように強者ではなく、レイナスやアーシャのように鍛えているわけでもない。
いわゆる普通の人間だった。
「リリエラに確認だ」
「何すか?」
「なりたい職業とかあるか?」
「特に無いっすね」
「そっ、そうか」
「でも貴族とかは嫌っす!」
リリエラは王女を捨てたので、それに近いものは嫌らしい。
気持ちは分かる。しかしながら、今回の遊びに決まった道は存在しない。日本で遊んだゲームでは剣豪を目指しながらも、最後で商人になってしまった。
そんなことを思い出したフォルトは、対面で寝ているアーシャの頭を撫でる。
「アーシャ」
「すぅすぅ」
「起きないと悪戯しちゃうぞ」
「いい、よ」
お言葉に甘えたいフォルトだが、今は控えておく。
頼みたいことがあるので、アーシャの肩をユサユサと揺さぶる。
「アーシャ、起きてくれ」
「んっ。なにぃ?」
「リリエラに化粧してやってくれ」
「えっと……。ギャルにするつもりなん?」
「いや。ミリアと分からない程度で!」
「じゃあ詐欺メイクでいっか」
詐欺メイクとは、コンプレックスを隠すメイク方法である。ビフォーアフターは相当変わるが、さりげなく変化させることも可能だ。
リリエラは素材が良いので、コンプレックスは持っていないだろう。目的はそれではなく、化粧で素顔を隠すことだった。
彼女と面識のあるソフィアが、ミリアだと気付いたのだ。ならば同様の人物を考慮するのは、危機管理の上で当然だった。
「マスター。もうミリアはいないっす!」
「そうだな。でも覚えておけ」
「え?」
「歩んだ人生は失われないのだ。今後はリリエラとして生きるがな」
「………………」
「ミリアはリリエラの中にいるが、この世にはいない。理解したか?」
「はいっす!」
「御主人様! ポテトチップスですよぉ」
フォルトは良いことを言ったつもりだった。
それに水を差したのは、隣に座るカーミラだ。オヤツのポテトチップスを手に取って、口の中に入れようとする。
もちろん拒むつもりはないので、甘んじて受け入れた。
「あーん。もぐもぐ」
「マスター?」
「あ……。まぁ何だ。適当に、な」
「………………」
(少し説教臭かったか。おっさんだし仕方ないが……)
赤面したフォルトは、自分で自分を納得させた。
ついでに話が逸れてしまったので、再びアーシャに化粧の件を伝える。
「と言ったわけでアーシャ。リリエラにメイクをよろしく!」
「カーミラも手伝ってよ」
「いいですよぉ」
「マスター。行ってくるっす!」
カーミラとアーシャに連れられて、リリエラは屋敷の談話室に向かった。同時に三人と入れ違いで、ソフィアが屋敷から出てくる。
タイミングとしては良く、フォルトは彼女に質問があった。
「ソフィアさん。こっちにきてくれ」
「はい?」
フォルトは手招きして、ソフィアを呼び寄せる。
そして、先ほどまでアーシャが座っていた席を勧めた。
「カードを作りたいです」
「ミ……。リリエラさんのですか?」
「そうですね」
「神殿か教会で入手できますよ」
「一番近いのは?」
「リトの町にある教会です」
「へぇ。歩いてどれぐらいかかります?」
「一日は必要ですね。馬車ならすぐですが……」
「ふむふむ」
魔の森から引っ越すときに通過したが、フォルトは街並みを覚えていない。
リトの町までは、距離にすると約四十キロメートルぐらいである。丸一日歩くわけではないので、八時間から十時間で到着だ。
朝方に出発すれば、夕方頃に辿り着く距離だった。
「それでフォルト様。どなたが一緒に行かれるのでしょう?」
「え?」
「え?」
ソフィアの質問で、フォルトの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
彼女の頭上にも浮かんだようだ。
「一人で行ってもらいますけど?」
「一人ですか!」
「なっ、何か拙いですか?」
「危険ですよ!」
「そうかもですね」
「若い女性が町の外を一人で出歩くなんて……」
「そういうゲームですよ?」
(やはり良い人ゲームと勘違いされているなあ。ここを拠点にしてもらうが、自力でクエストを達成させるゲームなのだが……)
森の外での行動は、リリエラの自由である。
フォルトの出したクエストを達成させるために、何をしても良いのだ。禁止事項として、売春などはやれないが……。
改めて内容を伝えると、ソフィアは顔をしかめる。
実際のところ、森の外は危険だった。魔物が出没するし、野盗までいる。庇護する前の彼女やグリムでさえ、護衛の騎士たちを伴っていた。
「フォルト様のなさることに口を挟まないと言いましたが……」
「わ、分かりましたよ! ジト目で見ないでください! ならニャンシー!」
「どうしたのじゃ?」
「最初のクエストは、リリエラの影に入って守ってやれ」
「それは構わぬがのう」
「ただし、リリエラを手伝うな。護衛以外はしなくていい」
「了解したのじゃ!」
(確かに、最初の町に行く途中でゲームオーバーはクソゲーだな。お助けキャラをつけてやれば、ソフィアさんも納得するか)
ソフィアに視線を送ると、安堵の表情を浮かべていた。
彼女の性格なら言わずもがな。だがそれも偽善と考えているフォルトの心には、残念ながら響かなかった。
ここまで会話したところで、オヤツを持ったマリアンデールが近寄ってくる。調理場にいるルリシオンから、追加を持っていくようにと頼まれたのだろう。
「レイナスといい。いつも面白そうな遊びを考えるわね」
「マリもやってみる?」
ニヤニヤと笑みを浮かべたマリアンデールが、フォルトの隣に座ってきた。彼女には一度文句を言われているので、体が密着するほど引き寄せる。
そしてレイナスは、自身の背後に移動した。続けて前屈みになり、後頭部に柔らかい二つの感触を与えてくれる。
「やってみたいけどね。様子を見てからにするわ」
「まぁキャラもいないしな」
「それで貴方は、三国会議とやらに行くのかしら?」
「まだ迷っている」
「相変わらず優柔不断ね」
「ふふっ。フォルト様なら絶対に来てくださいますよ」
「そっ、それはどうかな!」
「私がデルヴィ伯爵に攫われてもいいのですか?」
ソフィアを庇護すると約束したので、三国会議についていくと決めていた。
フォルトが渋っているのは、引き籠りの体質が原因だ。長年にわたる精神状態なので、そう簡単には改善しない。
(遊びなら外に出られるが……。護衛とか仕事のようで嫌なんだよな。俺は働きたくない。いや。もう働かないと決めた。無職こそ我が人生!)
魔人という力を手に入れて、わざわざ働きたい者がいるのだろうか。
フォルトは自身を正当化するために、そんなことすら思ってしまう。まさに駄目男だが、これについては意見が分かれるか。
ともあれ、後ろのレイナスから耳打ちされる。
「ヒソヒソ」
「ふんふん」
「ヒソヒソヒソ」
「ふんふんふん」
「ちゅ」
背後から口付けされるのも乙なものだ。フォルトは頬の筋肉が緩んで、デレっとイヤらしい表情に変わる。
そしてレイナスの耳打ちによって、三国会議の件について渋るのを止めた。
「私はルリちゃんとシェラの手伝いに戻るわ」
「つまみ食いはするなよ?」
「味見よ味見。もうすぐ夕飯だからね!」
「あと少しダラけたら食堂に向かう」
フォルトの隣から、マリアンデールの温もりが消える。少し寂しいが、彼女と入れ替わるように歩いてきた三人の女性が目に映った。
どうやら、メイク作業が終わったようだ。
「フォルトさん! できたわよ」
「御主人様。出来栄えはどうですかぁ?」
「マ、マスター」
カーミラとアーシャの後ろには、化粧をしたリリエラがいる。
それにしても、詐欺メイクとはよく言ったものだ。一見しただけでは、ミリアと分からない。しかも長く伸ばした青髪を、シニヨンで決めていた。
別人とまではいかないが、これなら知り合いがいても平気だろう。
「大したもんだなあ」
「あはっ! 女のメイクを舐めないでよね!」
「髪型はカーミラちゃんが担当しましたぁ」
「二人とも凄いっす!」
最近はソル帝国から、化粧品を奪うようになっていた。身内は華やかさが増しており、薄化粧でも魅力を引き出している。
リリエラは玩具だが、その中に入っても十分に可愛いと思う。女性のアバターが好きなフォルトとしては、かなり満足した。
これで準備が整ったとばかりに、ゲームを再開する。
「リリエラよ。チュートリアルの最終段階だ!」
「はいっす!」
「ではクエストを与える。この森から出てカードを作れ」
「カードっすか?」
「身分証になるものだしな」
「確か銀貨一枚が必要っす!」
「支度金は渡す。今回は一週間以内に戻れ」
「はいっす!」
「出発は明日の朝だ!」
「分かったっす!」
明日にしたのは、もう日が暮れそうだからだ。暴食が悲鳴を上げているので、今はゲームよりは身内との団らんだった。
リリエラも連れてこられた当日で、状況の整理をしたいだろう。
「本日は屋敷での食事を許可しよう」
「ありがとうっす!」
リリエラの住まいは、屋敷の隣にあるボロ小屋を与える。と言っても、いつもブラウニーが掃除してるので奇麗だった。
屋敷での生活は、今後の成果次第である。某成り上がりのゲームでも、最初はボロ小屋からスタートだった。
そして任務達成の成績により、暮らしが良くなっていく。
「あ、ソフィアさん」
「はい?」
「グリム家の手助けは無しですよ?」
「え?」
「しようとしましたね?」
「うぅ」
一度伝えた記憶はあったが、再びソフィアに念を押した。
案の定彼女は、リリエラの手助けをするつもりだったようだ。ズルをされると楽しめないので、これについては譲れない。
「じゃあみんな、食堂に行こうか」
明日からは、本格的にゲームを始められる。
それに気を良くしたフォルトは立ち上がり、リリエラに背を向けた。以降はテラスにいる全員を引き連れて、食堂に向かうのだった。
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