生まれ変わった先1
三国会議。
それは、二年に一回行われる国際会議である。十年前の勇魔戦争で魔族に勝利した三大大国が、世界のために話し合いをする場。
日本でいうところのサミットである。
会場となる場所は、三国が交差する自由都市アルバハード。どの国家にも属していない中立都市で、領主はヴァンパイアとも呼ばれる吸血鬼だ。
「うむ。美味であるな」
とある部屋でワイングラスを片手に、窓から外を眺めている人物がいた。
スーツという名称の異世界の服を着用して、紫色の髪をオールバックでまとめている。顔は青白く赤目で、体格は中肉中背といったところだ。
振り返ってニヤリと上げた口角からは、長く鋭い八重歯が見える。
この男性こそが、アルバハードの領主バグバットである。領地に五百年以上も存在しており、すべての争いに中立を貫いていた。
「お気に召していただき、恐縮でございます」
部屋の中央付近には、一人の魔法使いが立っている。
茶色のローブを着用しているので体格は分からないが、年齢は若く二十代前半か。また片手には、豪華な杖を持っていた。
「テンガイ殿。皇帝は息災であるか?」
「ますますのご隆盛で、臣下一同は覇気に圧される毎日です」
「定命の者は大変であるな」
テンガイと呼ばれた魔法使いが、バグバットに頭を下げた。
この礼儀正しい男性は、ソル帝国に仕える軍師である。
若いとはいえ、頭脳・機転・力のすべてを兼ね備えている逸材だ。皇帝ソルの信任も厚く、三国会議の準備を一任されている。
「今回も会場を貸していただき、ありがとうございます」
「世界平和に寄与する会議である。存分に議論を交わすのである」
「はい。贈物も納めさせていただきました」
「毎回痛み入るのである」
「お酒が好きと存じておりますれば……」
「永遠に生きるための知恵であるな」
生きるとは語弊がある。
吸血鬼はアンデッドなので、すでに死んでいる。と言ってもテンガイは、それを指摘するほど馬鹿ではない。
挨拶もそこそこに、二人の会話は続く。
「他の国々は?」
「王族や女王はまだであるが、配下の者は続々と到着しているのである」
「我らが皇帝は、一両日中に到着なさります」
「で、あるか。聞き飽きたと思うが、今回も伝えるのである」
「はい」
「吾輩は中立である」
「心得ております。アルバハードで騒動は起こしません」
ここまで話したところで、部屋の扉が叩かれる。
バグバットはワイングラスを揺らしながら、入室の許可を出した。
「旦那様。お客様がお越しになっております」
扉を開いて礼をした男性は、バグバットの執事だった。
ただし、この人物も吸血鬼である。元々は人間だったが、バグバットに血を吸われたことでアンデッド化した。
血は食事にあらず。
吸血鬼に血を吸われた相手は吸血鬼になる。命令には絶対服従の眷属に変わり、一族として扱われるのだ。
「どなたであるか?」
「エウィ王国の宮廷魔術師グリム様でございます」
来客の名前を聞いたテンガイは、思わず苦笑いを浮かべた。
ソル帝国とエウィ王国は、表立って敵対していないが仮想敵国同士である。さすがに同席は宜しくないと考えて、部屋を退出する旨をバグバットに告げた。
「まぁ待つのである。テンガイ殿も会われていくと良いのである」
「ではもう少しだけ……」
残念ながら立場は、バグバットのほうが上である。
テンガイは諦めたように留まって、グリムの来訪を待つ。
「では部屋に通すのである」
「畏まりました」
バグバットの命令を受けた執事が、部屋を後にした。
それから数分ほどで、執事に案内されたグリムが現れる。いつものように長く白い顎鬚を扱きながら、部屋に入室してきた。
「これはバグバット様。久しぶりじゃのう」
「よくぞ参られたのである。孫娘殿は息災であるか?」
「ほっほっ。領地で骨休みをさせていますな」
「で、あるか」
「後日、挨拶に寄越すがのう」
「楽しみであるな。して、国王は?」
「一両日中には到着なされますぞ」
「皇帝と同じであるか」
「ほう」
バグバットの言葉に反応したグリムが、手前に立つテンガイに視線を送った。
二人の出会いは六年前に遡り、その年の三国会議で顔を合わせている。以降は互いに油断のならない相手として、常に頭脳戦を繰り広げていた。
今年も同様である。
「最近のテンガイ殿は、何かと忙しそうじゃな」
「お陰様で。エウィ王国は現在、闘技場を建造中とか?」
「国民も娯楽が欲しいでのう。運営方法をご教授してもらえるかな?」
「であれば、視察団でも送られればよろしいでしょう」
「ほっほっ。双竜山が騒がしくて手が回らぬのう」
「生態系が変わったと聞きましたが?」
「足を踏み入れた人間は、オーガに襲われるかもしれぬな」
「物騒な山になっていますね」
「どこぞの黒ずくめな人間が食われねば良いのう」
「ダマス荒野で石化しなければ良いですね」
「ほっほっ。山越えする人間の気が知れぬのう」
「まったくです」
お互い軽いジャブの応酬である。
その光景を眺めているバグバットは、ワインを飲んで唇を湿らせた。次に呆れたような素振りを見せて、グリムとテンガイの会話を止める。
「両陛下の受け入れを始められてはいかがであるか?」
「そうでしたな。後ほど贈物も到着しますぞ」
「痛み入るのである」
「ではバグバット様。私は失礼します」
「ワシもこれにて……」
「御機嫌よう」
グリムとテンガイは、同時に部屋を出ていく。扉が閉まる頃には、お互いが背を向けて、反対方向に歩いていた。
それを見送ったバグバットは、再び窓の外を眺めるのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトの屋敷の隣には、双竜山の森で最初に建てた小屋がある。
その小屋の寝室に設置されたベッドの上には、全裸の女性が寝ていた。食事の量が少なかったのか痩せこけており、顔や体に刻まれた傷が痛々しく見える。
鼻も潰れているが、息はしているようだ。
「起きろ」
「………………」
「起きろ」
「………………」
「起きないと悪戯しちゃうぞ」
「…………ぁ」
フォルトの声を受けて、女性が目を覚ます。
その目は虚ろだが、ゆっくりと上体を起こした。しかしながら驚きもせず、周囲を見ることもない。
ただ前を見るのみだ。
「お前は誰だ?」
「私は名も無き奴隷です」
「ミリア」
「いいえ。私は名も無き奴隷です」
「そうか」
「はい」
この女性は、カーミラが運んできたミリアである。
彼女の気力の無さは、まるで人生を諦めたような状態だ。主人に奉仕するだけの奴隷として刷り込まれたのだろう。
フォルトは眉間にシワを寄せて、愛しの小悪魔に声をかけた。
「カーミラ」
「はあい!」
「っ!」
フォルトの後ろから、カーミラが姿を現す。同時に首に腕を巻き付けて、柿のような大きさの双丘を押し当ててきた。
まったく飽きない感触である。
「契約通りに助かったよぉ」
「あ……」
「夢だと思っていたかなぁ?」
「たす、かった?」
「そうだよぉ。契約通りにねぇ」
「けい、やく……」
「御主人様の遊び相手になってくださーい!」
「あっ!」
ミリアは思い出したのか、大きく驚いている。
そして周囲を確認するように、キョロキョロと顔を動かした。
「今から『契約』に背くと、ドッカーンでーす!」
「は、い……」
「名も無き奴隷よ」
「はっ、はいっ!」
フォルトが声をかけると、ミリアはビクッと背筋を正した。恐る恐る目を合わせてくるが、先程と違って虚ろではない。
これなら、会話ができるだろう。
「俺の遊び相手になってくれるそうだな?」
「はい!」
「俺はフォルトだ。よろしくな」
「よ、よろしくお願い致します」
「もう一度聞こう。お前は誰だ?」
「名も無き奴隷です」
「カルメリー王国第一王女ミリアではないのか?」
「いいえ。名も無き奴隷です」
「そうか。ではミリアとして扱わなくてもいいな?」
「構いません。私は主人に奉仕する奴隷です」
(これは凄いな。記憶は残っているだろうが、完全に奴隷だと自覚している。それとも美しい姿に治してやったら、ミリアに戻ってしまうのだろうか?)
奴隷調教とは恐ろしいものだと、フォルトは考えてしまう。
このミリアは、カルメリー王国第一王女でデルヴィ伯爵夫人だった女性。にもかかわらず一カ月ぐらいの調教で、従順な奴隷になったのだ。
ゲームキャラクターとしては問題無いだろう。
さすがに、今の姿だと萎えてしまうが……。
「手始めに、その醜い姿を戻すとするか」
「え?」
「カーミラ」
「はあい!」
カーミラは寝室から出て、一人の男性を運んできた。
眷属のニャンシーが連れてきた人物である。魔界を通ってきているので、息はしているが虫の息である。
もちろん、現在の状況も分かっていない。
「その人は?」
「お前を買おうとしていた客らしい」
「っ!」
「もう放っておいても死ぬからな。勿体無いし、こいつを使う」
【ウーンズ・トランスファー・カース/傷移しの呪い】
言葉尻にフォルトは、ミリアに対して呪術系魔法を使った。
痛みを与える魔法ではないので、彼女は何をされたか分かっていない。しかしながら魔法が発動すると、彼女の体が暗黒に包まれていく。
さすがに身構えたようだが、数秒後には暗黒は消え去った。
それと同時に、虫の息の男性が絶叫を上げる。
「ぎゃああああっ!」
「きゃあ!」
断末魔の悲鳴を聞いたミリアは、驚いて目を閉じながら耳を塞いだ。
上体も前に倒して、何も視界に入れないようにしている。
(うーん。やっぱり呪術系魔法は便利だなぁ)
男性の顔や体には、彼女の傷がすべて移動していた。
傷を移された男性には、今まで経験したことのない激痛が走ったはずだ。死因はショック死だと思われる。
特に罪悪感を感じないフォルトは、カーミラに指示を出す。
「そいつを小屋から出して、彼女に鏡を渡してくれ」
「はあい!」
「………………」
ミリアはまだ目を閉じているので、今のうちに死体を遠ざける。彼女の精神状態を考えると、先に結果を見せたほうが良いだろう。
カーミラやニャンシーが苦労して入手した玩具なのだ。
いきなり壊れてもらっては困る。
「鏡で自分の姿を確認してねぇ」
「え?」
カーミラは命令を遂行して、ミリアに鏡を手渡す。
どうやら、フォルトの狙い通りになったようだ。彼女の目に光が宿ってきて、表情にも笑顔が浮かび始めた。
アーシャのときと同じようなものだ。
「ミリア」
「………………」
「ミリア」
「………………」
「名も無き奴隷よ」
「はい!」
フォルトは念入りに名前で呼んだが、彼女は反応しなかった。元の姿に戻っても、奴隷として刻まれた精神はそのままだ。
これには苦笑いを浮かべそうになるが、とりあえず結果を説明する。
「お前の傷は、あの男がすべて引き受けた」
「え?」
「見てのとおり奇麗な状態に戻ったぞ」
「あ……」
「孕んだ子供も男の体内に移った。処女に戻ってるはずだ」
「ええっ!」
ミリアは王女というだけあって、見目麗しい女性だ。とはいえ、抱くために連れてきたわけではない。
ここからが、フォルトの本題である。
「さてミリアよ」
「………………」
「名も無き奴隷よ」
「はい!」
「まずは名を与える。お前は今後、リリエラと名乗れ!」
「リリエラ、ですか……。分かりました」
名前が名も無き奴隷だと、色々と不便である。
リリエラという名称については、特に意味は無い。単純にパッと思い浮かんだだけなので、日本の漫画やゲームなどのキャラクター名かもしれない。
ただし、次に伝えることは意味がある。
「そして、口調を変えろ」
「はい?」
「語尾に「す」と付けろ」
「なぜっすか?」
「それでいい」
(まずはキャラメイキングだ。リリエラを作る!)
彼女には今後リリエラとして、第二の人生を始めてもらう。
これが、フォルトの思惑だった。ミリアからかけ離れることで、新たな人生を歩みやすくなるだろう。
ついでに、新鮮さが欲しかった。
「俺のことは、マスターと呼ぶがいい」
「マスターっすか?」
「いいね。何か萌える」
「?」
満足したフォルトは、どこぞのスマートフォンゲームを思い出す。
実のところ、プロデューサーは捨て難かった。しかしながら何をプロデュースするわけでもないので、ここはマスターとしてしまう。
「ではリリエラ。これを着ろ」
フォルトはボロい布の服を、リリエラに向かって放り投げる。
本来ならアバターを楽しみたいが、これから行う遊びは成り上がりのゲームだ。最初から色々と与えては、ゲームにならない。
そして彼女が服を着たところで、ゲームの概要を説明する。
「成り上がりっすか?」
「まぁどん底から這い上がる過程を楽しむゲームだ」
「どうやればいいっすか?」
「それを考えるところからスタートだ」
「はいっす!」
「ミリア」
「マスター、私はリリエラっすよ?」
リリエラは頭が良いのか、今の状況に順応しようとしていた。
悪魔の契約を結んだとはいえ、最悪の状況からは脱しているのだ。第二の人生を受け入れて、馬鹿な真似だけはしないで欲しい。
フォルトはそう思いながら、説明の続きをする。
「これだけは守ってもらう」
「なんすか?」
「一カ月に一回は戻ること」
「はいっす!」
「俺からの指示が達成できなくても、一カ月後には戻ること」
「はいっす!」
「最後になるが……。体を使った行為は許さん!」
「え?」
「売春などで金銭を稼ぐな、と言っている」
「………………」
フォルトは、嫉妬と色欲の大罪も持っている魔人である。自分の玩具にしたリリエラが、他人に体を差し出すことは許さない。
売春という選択は成人指定ゲームにあるが、今回のゲームでは無しだ。
「まずはチュートリアルだ!」
「はいっす!」
リリエラに簡単な説明も終わり、フォルトはゲームをスタートする。まずは手近なところで、彼女にゲームの全容を理解してもらうのだ。
そしてカーミラの腰に手を回し、テラスに向かうのだった。
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