第1話 ゾンビになりました
俺の名前は小早川犀。
しがない中流大学の二年生だ。
バイトは少し前までやっていたが、もう辞めた。
学校に行くのも週に2回か3回で、あとは適当なツレと遊びほうけている。
何かがあったわけではないが、ただ自分が堕落した生活を送っている自覚はあった。
そう、何かがあったわけではないのだ__決して。
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時間は少し遡る。
人のひしめく夜の街を、俺と彼女は歩いていた。
彼女の名前は、ユリカ。
名前の通りのような、とても可愛らしい子だ。
俺みたいなのがそんな子と知り合えたのは、陽キャラの輪の中に居たからだ。
陽キャラ……中高生、いや、ませている小学生の間でも存在するかもしれないこの言葉は、人間という生き物の方向性を的確に二分している。
陰と陽。
それぞれの道は天と地ほど隔たっている上に、一度地に堕ちれば這い上がることは至難の技だ。
俺は地に堕ちまいと、足掻き続けた。
本当は好きだったものを捻じ曲げて、それなりに悪いこともして、恋愛ごっこに身を投じ……その結果が、今だ。
でも、あの日、彼女に俺は言われてしまったんだ。
「サイくんってさ、自分持ってる?なんか、周りのことばっか見てない?」
その言葉は、自己と他者の間で揺らぎ続けた俺の心を的確に抉ったのだった。
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「だったらなんだってんだよ、畜生め!」
その言葉を蒸し返すと未だに怒りが湧いてくる。
ただその怒りは、今まで自身の生き方に対してなのか、彼女の言動そのものに対してなのか、はっきりしない。
「はぁ…やってらんねぇよなぁ…」
俺は足早に家を出た。
そして、いつものツレの元へ行く。
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「サイぃ!お前なんであんないい女連れてんのにまだ童貞なんだよ!」
金髪パーマのチャラ男が俺の肩を引っぱたく。
こいつは山田、見た目の通りのお調子者だ。
「うっせぇな…俺だってやりてぇけど、こういうのは雰囲気っつーか…」
「馬鹿野郎が……そういう時くらいちょっと乱暴でもやっちまうのが常識なんだよ」
自分だったらとっくにそうしているとでも言わんばかりのふてぶてしさで山田はふんぞり返る。
すると、また1人声を荒らげる。
「ヤリチン山田にはわかんねぇでしょーけど、一級品てのはこう……時間をかけて仕込んでいくもんなんだよ!」
赤髪に金色のでかいピアスを開けてるこいつは草野。山田と比べると大分華奢だが、負けないくらい煩い。
「草野ぉ!てめぇに言われたくはねぇよてめぇには!俺は手っ取り早く食ってるだけだけどよ、お前は人のもんばっかに手ぇ出す糞野郎だ!」
誰を抱いた、誰に手を出した、そのぐらいの次元でしか言葉を交わせない生き物共。
だが、この輪にいなければ、俺は今頃教室の隅の陰キャラだ。
酒と煙草と女。
それがこの輪を乱さないの条件だ。
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ひとしきり呑んでツレ達と別れた俺は、路線の横にある街路樹をとぼとぼと歩く。
あることがきっかけで、普通から逸れたくないと願った。
それからずっと、人の輪から外れないように生きてきた。
いつしか見た夢も、もう忘れた。
何かを愛する気持ちも、信じる気持ちも__
「なんだか、死んでるみたいだな、俺」
その独白が、もしかしたら運命を手繰り寄せたのかもしれない。
瞬間、強烈な痛みと共に、自身の全てが消し飛んだ。
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「やっほー」
次に目覚めた時にいたのは、ジメジメした墓場のような場所だった。
天候は雨…曇天の空は夜の闇よりも重く視界にのしかかる。
目の前には、黒い装束に身を包んだ誰か。
「なんだ、誰なんだあんた一体」
「気になりますか?僕の顔」
顔を覆っていた布を剥いだ先には、ユリカの顔があった。
「ユリカ……?なんだよ!驚かせやがって、ハロウィンならまだ早いぜ」
「僕は、君の知ってるソレじゃなーい。へへ、面白いでしょ?いつだって僕の顔は、その人間の望んだモノに写るのさ」
言っている意味がわからなかった。
「まぁ、そんなことはどうでもいいのさ。君におめでたいニュースがありまーす!」
装束は続ける。
「君はたった今死にました。でも、僕らのお願いを聞いてくれれば、生き返らせてあげることができます!」
死んだ…???
そうか、死んだからこんな変なもの見てるのか、俺。
「…………ゾンビになって三つの世界を救ってください」
「………は?」
「えっとですねぇ、ゾンビになれるのは強い強い魂を持つ一部の生物だけなんです。その強い強い魂を持つ貴方に不死者になって貰うことで……」
「あぁ、そういうことか……わかったぜ。」
「え!理解してくれたんですか?それなら良かった~では早速……「逃げる!!!!!!」
俺の意識が飛んだのは、この訳の分からない誘拐犯に拐われたからだ。
きっとそうだ。
ここを逃げ切れば、どこか民家のある場所に出ることができるかもしれない。
今は振り向くな、逃げることだけを___
「無駄ですよーん、てーい!」
装束は俺の目の前に現れて、大きな手斧で俺の身体を刻んだ。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁあ」
「そんな声を出さなくたっていいんですよ、だって痛くないでしょ?」
本当だった。
確かに身体に傷は入っているが、出血もさほど無く、痛みなど欠片も感じない。
「受け入れてください…自分が死んだことを、そして……」
自分が死んでいるのだと自覚した途端、身体の血色が鈍く青ざめていく。
「屍者になったことを……」
続くかも